2008年03月24日

背番号問題

 先週発売のサッカーマガジンは「背番号特集」。J各クラブなり、欧州の著名クラブなりでの、各選手の背番号に対する拘泥を中心に、色々な切り口で背番号についての議論が。 その中で興味深かったのが、46ページの「数字の持つ意味とは何か」。欧州とブラジルの(最終ラインを中心にした)背番号の相違を述べたもの。これはこれで、興味深い記事なのだが、私なりの薀蓄の深堀り、と言うか30年来疑問を持っているお話。

 元々、サッカー黎明期(〜1920年代)のポジションと背番号は下記の通り。
11LW 9CF 7RW
 10LI 8RI
6LH 5CH 4RH
  3LB 2RB

 1930年代より、オフサイドルールの変更により守備ラインを3人にして、組立をインナーに託すやり方が定着(たとえばこちら)。いわゆるWMシステムである。この頃までは、いずれの国でも背番号の配置は同じだった模様。
11LW 9CF 7RW
 10LI 8RI
 6LH  4RH
3LB 5CH 2RB
    (CB)

 で、1950年代あたりに、ハンガリーやらブラジルが新たなサッカーを展開、守備ラインが4人になるにあたり(いわゆる4−2−4システムに発展、さらに60年代以降4−3−3に発展して行く)、各国で微妙に背番号に違いがでてきた。

 欧州各国は概ね以下の通り。CBが5番と6番、守備的な中盤に4番(ただし、この4、5、6が微妙に入れ替わるのだが)。右バックは2番、左バックは3番。
11LW  9CF   7RW
  10HB  8HB
     4HB
3LB 6CB 5CB 2RB

 一方、ブラジルは右バックの2番は同じだが、左バックは6番。CBは3番と4番。守備的な中盤に5番。これは、欧州各国とブラジルの「発展形」に相違があったからと推定されているが、この欧州とブラジルの相違についてはサッカーマガジンも指摘している。
11LW  9CF   7RW
  10HB  8HB
     5HB
6LB 4CB 3CB 2RB

 ところが、さらに不思議な話がある。それはアルゼンチン。多くの方がご存知だと思うが、アルゼンチンではCBは2番と6番(ちなみにカバーリングが巧いCBが6番、敵をつぶすタイプのCBが2番をつける事が多い)、サイドバックが3番と4番なのだ。常に対立するブラジルへの対抗意識なり意趣返しなのかと思いたくなるくらいの相違である。
11LW  9CF   7RW
  10HB  8HB
     5HB
4LB 6CB 2CB 3RB

 その後、80年代後半から、3DFシステムが登場し、各国の背番号事情は一層ややこしくなる(実際、3DFのいわゆるサイドMFが、サイドバックの背番号をつける事が多いので、より事態は混乱している)。まあ、それはそれとして、まずは4DFの背番号配置の問題について、私は不思議でならないのだ。欧州とブラジルとアルゼンチンが、見事な程に違う配置。いったい、どのような経緯でそうなっていったのか。
 誰か詳しい人がいたら、教えてください。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | サッカー一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
少しさかのぼって、興味深く拝読いたしました。ほんとにたくさん試合をご覧になってきたのだなと感心してしまいました。わたしはたぶん同世代ですが、半分も見ていないと思います。

さて、わたしはもうサッカーマガジンを読んでいないのですが、背番号の件、僭越にも自分なりの仮の結論を申しあげます。
おまけに事実を現地の方にうかがってもいないのですが、あえて。

大雑把には、ブラジルとアルゼンチンは同じだったと思います。ルイス・ペレイラ時代を想起してください。
それがレアンドロ時代ころ(?)から右バックを2とする風習に変わったような気がします。
わたしが想定している南米タイプは、とりあえずウルグアイ型と称させていただいており、欧州はイギリス型と認識しています。

ウルグアイはおそらくWMの影響が極小で、2バックの伝統から派生した変化を大事にする。
これに対してブラジルは、ハンガリーのコーチなどによって早々にWMが普及し、ダイアゴナルWMなどへ発展する。両サントスに2と3をつけるなどしていたのだと思います。これがどこかでウルグアイ型に回帰したのではないかと想像してます。

2バックは元来が、ウィングハーフがサイド・バックになる4バック。ただしセンターハーフがディフェンシブ・スクリーンでなく、アタッキング・センターハーフだったのが昨今との大きな違いでしょう。
つまり2と3が中央の守備者です。4と6が外。だから今でも大方の南米諸国は5が中盤ですね。

   5           5
6     4  →  6 3 2 4
  3 2

上記の右側が、2バック≒4バックのゾーン守備という概念を大事にしたウルグアイ型の純粋スタイルで、ここから先述したブラジルのように、事情不明ながら変容したところもあるということだと考えております。
ウルグアイも、パオロ・モンテーロが4を好んだころ、センターバックを3と4にして、2を右にしてたと思いますが、今はどうなのでしょう。

ちなみにイギリス型の伝統を無視してしまったのが、80年代末(?)からのアヤックス・オランダ型かなと思います。

仮説なのに延々と失礼しました。
Posted by コリバノフ at 2008年03月27日 20:35
続けてすいません、書き忘れてました。
アルゼンチンのクラブの試合では、4と6がサイドのディフェンダーというのをテレビで見ました。かなり前であやふやではありますが。
最近でも、サネッティが4とか8を着てたのは、右側が主戦場という概念からではないでしょうか。
1から11までを着る試合で、4が左、3が右というのは見たことありませんでした。
アルゼンチンはウルグアイに近いと思います。

三人オフサイドの改定は1925年6月に決定され、たぶんイギリスでは翌シーズンからプロ・リーグで採用されたはずです。
イングランドでは20年代後半からアーセナルがWMを始め、急速に他チームが同化したといいます。
でも、代表チームの選考委員会は、数年はストッパー・センターハーフを選考してなかったのではないかと思います。たぶん、イングランド代表がつねにSTを配置するようになったのが、30年代からでは。

主要な大陸国は、ドイツ代表を除けば使わなかったと思われ、あくまでもウルグアイ型の4バックだったはずです。それはつまり古式イギリス型です。
WM導入は、ハンガリーでは西部戦線発火前の1940年春、スペインでは戦後の1947年ころ、オーストリアはその後になってからみたいです。

ブラジルにWMを伝えたというイジドール・キュルシュナーは、ハンガリーを出てコーチをしてる時代に、チャプマン・システムを吸収したものと考えます。
Posted by コリバノフ at 2008年03月28日 01:24
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック