ガンバとアントラーズが思うように勝ち点を伸ばせないでいる。いずれのチームも、先週のACLの疲労が抜けていないのだろう。黄金週間ゆえ継続する過酷なスケジュールを西野氏とオリベイラ氏はどうさばくのか。
と言う事で、今日は(自分で宿題としていた)西野氏について語りたい。
西野氏の事を私は嫌いだ。理由は単純な話だ。過去も何回も書いた事がある。さらに興味のある方は、左側の検索窓に「西野」と入力し、記事のボタンを押して検索すれば、偏見と屈折に満ち溢れた西野氏評を愉しんでいただけるであろう。「嫌い」と書くものだから、過去も再三コメント欄でお叱りをいただいた事がある。しかし、嫌いなものはどうしようもないし、「嫌い」と書いておけばお読みになる方も、「ああバイアスがかかっているな」と読んでいただけると思うのだが。
ともあれ、このような偏見に満ちた私ではあるが、西野氏が紛れもなくここ最近日本で最も実績を挙げてきた監督である事は否定できない。そして、氏自身2度目のアジアチャンピオンズリーグへの挑戦となる今シーズンは、ガンバフロントの努力で揃った質量ともに強力な陣容で、氏がどのような戦いを見せてくれるか、多いに愉しみである(私にとっては屈折した愉しみだが)。
西野氏はガンバ監督に就任前にも存分な実績を残しているのは言うまでもない話。まず、アトランタ五輪出場、今でこそ日本は95年以降、ワールドカップ、五輪、ワールドユース、いわゆるプロが出る世界大会は毎回皆勤している(実際、のワールドユース以降これら3大会に日本が出場しなかった事はない、ブラジル、アルゼンチン、韓国!でさえワールドユース予選ではドジを踏むのだ。13年間予選突破率10割なんて、世界中で日本くらいなのではないか...と、少し統計を調べてみたのだが、完全には調べ切れていません、誰か調べてください)。しかし、当時は「日本が予選を突破する」と言う概念そのものが薄かった。実際日本がアジアの予選を突破できたのは、直前のワールドユース(その主力だった田中誠、松田、中田らがそのままアトランタのこのチームにも参画していた)を除けば、あのメキシコ五輪まで遡らなければならなかったのだ。そのアトランタ予選を突破した事は高く評価されよう。
アトランタ本大会でもブラジルに見事な勝利を収めている(あの勝利について、「守備的で情けない戦い方」と言う評価はあり得ない)。準々決勝進出には失敗したが、あれはナイジェリア戦の「鈴木秀人の歴史的珍プレイ」によるもの。監督は結果責任を負うのは仕方がないが、どう考えても鈴木秀人の責任は重い。
ただし、当時私は2つの点で西野氏に不満だった。
1つはオーバエージを使わなかった事。当時は井原とカズの全盛期この2人に加え、代表で地位を獲得しつつあった名波か森島あるいは手薄な右DFの名良端、柳本、ミニラ中村あたりを、アトランタに連れて行けば格段に強力なチームになっていただろうし、翌年のフランス予選にもよい準備となった。そもそも、当時のA代表加茂監督は、攻撃の切り札である前園を「五輪優先」で自由に使えなかったのだから、ひどい話だ(このあたりはこちらを参照ください)。
もう1つは、三浦淳、平野と言ったJで格段に実績を残した選手を起用しなかった事。三浦淳は当時フリューゲルスで完全な中心選手、同じチームの前園との連携も期待できた。平野もグランパスでの評価は小倉よりも高いくらい、95−96シーズン天皇杯決勝はピクシーの指揮の下、平野はA代表でもレギュラを獲得するのではないかと思わせる質の高いプレイを見せていたのだが。
西野氏はアトランタ後、レイソルの監督に就任。これはかつての中心選手がそのチームの監督を務めると言う、当時としては珍しくない人事だった。
そこでも、西野氏は見事な実績を挙げる。生え抜きの渡辺毅、加藤望、即戦力として獲得した洪明甫、薩川、期待の若手の明神、北島、南、大野、酒井(負傷による早過ぎる引退が本当に残念な選手だった)と言った選手をまとめ、99年にはナビスコ優勝。さらに00年シーズンには黄善洪が加入し一層チームは強力に、通期での勝ち点はトップながら、前後期共に制せずリーグ制覇を逸した(後期優勝を争うアントラーズとの最終戦での直接対決はJリーグ史に残る名勝負だったが、勝ちが必要なレイソルは攻め切れず涙を飲んだ)。
翌シーズン、充実したメンバにさらに柳想鉄が加わり、磐石のチーム力と思われたが、開幕からチームは不振。前期を中位に終えたところで、解任されてしまった。
アトランタ五輪にしても、レイソルにしても、相応の結果を出していた西野氏。選手に恵まれた部分もあったが、よい選手を並べれば勝てると言う訳ではない事は言うまでもない。ただその割に、もう1つ高い評価を得られなかった。
1つは、常に硬直した采配を批判された。フォーメーションは3−5−2に常に固定。それも、2ストッパにスイーパの3DF、ボランチ2枚にトップ下、2トップの1枚はポストプレイヤが要求される、と固定したやり方に選手を当てはめる事に拘泥し続けたからだ。アトランタで平野や三浦淳を選考しなかったのもそのためだと思われた(もっとも、三浦淳は3−5−2のサイドMFが本職なので、なぜ西野氏に嫌われたのかは不明)。
選手がしばしば造反するのも目立った。アトランタでの前園、中田らが離反した事(短期的なタイトルマッチで、そのような態度を取る選手も、それを抑えられない監督も、それぞれ情けないと思うが)は有名だが、レイソルでもA代表に選ばれるようになった北嶋が出場機会について不満を顕わにした。
そして、西野氏はガンバの監督に就任する。
(以下続く)
2008年04月30日
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武藤文雄のサッカー講釈: 西野監督について(上)
Excerpt: と言う事で、今日は(自分で宿題としていた)西野氏について語りたい。 西野氏の事を私は嫌いだ。
Weblog: Reysoloid
Tracked: 2008-05-02 10:10









>当時は井原と数の全盛期・・・
井原とカズって事ですよね?
小さなツッコミすいません、では西野評の続きを楽しみにしています。
はい、嫌いです。
西野監督については「悪くない」を「良い」に
動かすのが得意ではない方なのではないかという印象を
持っています。
続編を愉しみにしています。
当時のJチャンピオンをイチョンス率いる蔚山がケチョンケチョンにしたのですから気持ちいいでしょう
あの試合は西野監督の小さくない罪のひとつですね(笑)
さて、5月3日、名古屋戦にガンバは勝利しました。
これで、オタクの西野論評(下)は一体いつになったら掲載されるんでしょうか?
予想通りガンバの成績が落ちた時期に書いてきましたねwww
さて、5月3日の名古屋戦、ガンバは勝利しました。
これで西野論評(下)はいつになったら掲載されるんでしょう?
また負けが続いたときですかwww
後藤健生氏が「鈴木のプレーがサッカーの歴史を変えてしまった」という趣旨の文を書いていたのを思い出しました。
西野氏はあまり好きではありませんが、実績は日本人最強なんでしょうね。
監督の指示を守らなかった吉原を干したのも印象的でした。
>
>Posted by at 2008年05月03日 16:15
ここの記事はそんな短期的な勝敗の波に合わせて書かれてはいないよ。
他の記事も見てみ。
成績がよければ続編を載せにくくなるなんて、聞いてるこっちがびっくりするわ。
ほっときゃイイんですよこんなのは。
「予選終了が4月で本大会が8月。中4ヶ月では新しい選手を呼んで
チームにフィットさせるのは困難。オーバーエージを呼んでも
プラスには働かない」と解答しています。
シドニー大会(このときは前年秋に予選終了)の頃の
インタビューで、「今回、僕が監督だったらオーバーエージも呼ぶよ」と。
アテネ大会では小野伸二を呼んでかえっておかしくなったことを思うと、
これも一つの見識でしょう。
個人的に思うことは、「西野氏がベガルタに来たら2ヶ月で
逃げ出すだろうな」ということ。足りない選手をやりくりするとか
好みじゃない選手を我慢して使うとかが得意じゃない(ように見える)ので、
フロントと育成組織がしっかりしていないと力を発揮できないんじゃないかな。
今、一瞬でこれだけ思いついたんだけれど・・・
後、誰でしたっけ?
川崎にいる井川なんかも嫌われてたな。
清水の児玉も使われなかった。
新潟の松下も西野の下を離れて活躍
してるねえ。
北島 吉原
前園 フェル
中田 松下
新井場 児玉 宮本 井川
都築
J1でも中位には食い込めそうだな。