2008年05月13日

また中学生の成長を愉しむ

 さて、中学校は県大会が始まった。
 前日来の大雨でグラウンドコンディションが心配されたが、水はけのよいグラウンドを会場校が丹念に整備してくれたため、ほぼ問題なく試合ができた。ちなみに会場校は、先日地域大会の準決勝を争った地域きっての強豪校。彼らからすれば、自分たちが戦うつもりだった試合だったのだ。その彼らに整備してもらったグラウンドで戦える事を、我らが中学生はどのくらい理解してくれたか。
 
 劣勢を覚悟していたが、前半はほぼ互角の展開だった。初戦と言う事や、雨上がりの不安定さを気にし過ぎたのか、敵が単調に長いボールを使ってきたのだ。これならば、4DFは跳ね返しやすい。特にこの日は、フィジカルのCBが絶好調、読みも冴え渡る。さらに大黒柱は精力的に上下動を繰り返し、将軍は早めにパスをさばき、大エースをサポートする。皆調子がいい。と、言うよりこいつらは、一連の試合を重ねる事で成長したんだな。調子がいいのではなくて、巧くなったのだ。ただ、敵守備陣も大エースと2トップを執拗にマーク。こちらも崩しきれずに前半を終えた。
 後半は様相が一変した。敵の監督が修正を指示したのだろう。敵が落ち着いて中盤でボールを回し始めたのだ。こうなるとつらい。押し込まれて、思うように逆襲も適わない時間帯が継続した。さらに後半半ば、当方の将軍が敵ともつてバランスを崩した際に、当方の別な選手と交錯、負傷退場してしまった。当方は大エースを後方に下げ、さらに守備的に戦う。押し込まれて、ほとんど好機すらつかめないまでも0−0で試合は推移する。そして終了間際、久々にハーフウェイラインからやや敵陣に入ったところで、大エースが前を向いてボールを持てた。その瞬間、判断力の右サイドバックが果敢にオーバラップ(あれだけ攻め込まれていながら「ここぞ」と言う場面で長躯前進した判断、勇気、体力、いずれもすばらしい)、落ち着いてキープから好クロス、そこに突破力抜群が飛び込みシュートを放つが、ほんの数十cm枠を外してしまった。さらにストライカのポストプレイから大エースが打つもこれまた僅かに枠を外れ、ついに試合は延長戦に。
 延長(5分ハーフ)では、大黒柱は見るからに足がつりそうで厳しそう。彼が中盤で機能しなくなると相当苦しいと心配していたが、走り切ってくれた。そして、後方に引いた大エースとフィジカルを軸に全員で守りきり、またもPK戦に持ち込んだ。。
 PK戦、敵の2番手キッカの選択に驚いた。大変技術的にはレベルの高いFWで当方の脅威となっていた選手なのだが、傍で見ていてわかるほど気の弱いタレントなのだ。案の定、彼のキックはコースが甘く、絶好調の当方主将のセーブの餌食となってしまった。主将はさらにもう1本止め、またもPK戦を制し、歓喜の2回戦進出となった。
 何とまあ、粘り強い連中なのだ。

 しかし、残念な事も。実は先日は書かなかったのが、先日の地域大会の準決勝の延長戦、当方の俊足は店頭した際に手を骨折してしまった。さらにこの日の試合後、将軍も足を骨折していた事が判明。サッカーには負傷がつきものなのだが残念。
 残りの連中は、彼らの分も頑張るのだ。
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2008年04月29日

続々中学生の成長を愉しむ

 さて中学校の大会。今日は準決勝と決勝を1日で行うレギュレーション。とは言え、決勝に残れば県大会進出なので、とにかく準決勝に勝つ事が何よりも重要。

 準決勝の相手は地域最強との噂がもっぱらのチーム。主将のトップ下の10番が抜群の能力を持ち、センタバック2枚が強力。チーム全体のレベルも高く、速くて丁寧なボール回しは鋭い。
 我がチームの監督は、敵主将に当方の大黒柱をマンマークでつけた。大黒柱は本当によくやった。敵主将はドリブルも巧いし、パスも正確。この1年年上の難敵に対し、丹念にしつこくアプローチする事で、自陣から遠い場所でプレイさせる事に成功した。あの幼少時のハナ垂れ小僧が、ここまでサッカー選手として成長してくれた事が素直に嬉しい(ほかの選手もそうだけど...逆に今少年団のハナ垂れ小僧達と毎週遊んでいると、こいつらが将来あんなに立派になっていくのかと、これまた一層感慨深い)。
 相変わらずバック4は、安定して機能。大黒柱が敵主将を押し出す事で、敵がロングボールを蹴ってくると、おちついて第1波をはね返す。大エース、俊足、将軍の3人はこのはね返したボールに執拗に絡み、第2波を許さない。この攻撃ならば防げる。
 一方、(それほどの頻度ではないが)大黒柱が敵主将を止め切れず、前向きにボールを持たれて仕掛けてくると、サイドを崩され、ゴール前での勝負に持ち込まれてしまう。もう1つ怖いのはセットプレイ。セットプレイだけは敵エースは、大黒柱の妨害なしで精度の高いボールを入れてくる。この日はフィジカルCBが抜群の安定感を見せ、主将GKの果敢な飛び出しと合わせ、何とか押えきる。とにかくこのような攻撃の回数をできるだけ少なくできれば。
 では、どうやって点を取るか。突破力抜群とストライカの2トップがよい体勢でボールを渡せるように、大エースをどのくらいの頻度前を向かせられるかと言う事になってくる。しかし、敵もそのあたりはよくわかっていて、大エースへのマークは執拗を極める。それでも、前半終了間際にこの3人で攻撃を仕掛け、最後は突破力からストライカに強いパス、ストライカは敵ストッパを背にしながら見事なターン、振り向きざまにファーサイドに強く低いシュートを放ちGKを破った。「釜本か!」と言いたくなるほどの見事なストライカの個人技で先制してしまったのだ。
 3月に卒業した連中が多数応援に来ていたのだが、あまりの妙技に皆「うわ〜〜〜!すげ〜〜〜!」と大騒ぎだ。中でもストライカの兄貴は「おかしい、これは何かの間違いだ、あいつがこんなに巧い訳はない」と語り、友人達に「弟の方がもう巧い事を素直に認めろ」とやり込められていた(兄貴の名誉のために言っておくが、あくまでもこれは言葉の綾、彼は昨年の中盤のエースで、近くの強力高校に加入しがんばっている)。

 後半、敵の圧力が高まる。GKが大当たりと言う事もあり、1−0のまま時計が進むが、次第に危ない場面が増えてくる。我がチームは、俊足、将軍に代えて、大柄脚力とスーパーサブを起用し、中盤の運動量を確保する。あと10分になって、いよいよ敵は後方の選手が前掛りで猛攻を仕掛ける。結果的に当方の大エースへのマークが甘くなる、たちまち大エースは見事な展開から絶好機を作り、スーパーサブが絡んで最後は大柄脚力が狙い済ましてシュートを放つが、敵GKに超美技で防がれた。惜しい。
 好事魔多し。直後のCK、敵はフィールドプレイヤ1人を残して全員が前線に進出、混戦から押し込まれ、とうとう同点に追いつかれてしまった。
 感心したのは、それ以降。「あと僅かを守り切れなかった」とのショックを引きずらず、全員が集中したプレイを継続。5分ハーフの延長も、ひるむ事なく戦い続け、危ない場面もあったが、当方もチャンスをそれなりに作るなど、ほぼ互角の攻防。勝負はPK戦に。
 PK戦では先蹴の当方の4人目までは全員が成功する息詰まる展開。そして敵の4人目、主将GKが見事な反応、こぼれたボールはバーに当たり、外へ転がった。歓喜に飛び跳ねる主将。踊り続ける彼に、センタサークルからチームメートが「次はお前だ!」と声がかかる。どうやら5人目に蹴る事を忘れていたらしい。思い出した彼は「おお、任せろ!」と胸を張ってペナルティスポットに。ところが、人工芝に滑ったのか、転倒しながらのキックとなり「うわあ」と一瞬思ったが、敵GKは逆を取られボールはネットに突き刺さった。
 見事に県大会出場を決めてくれた。すごい。

 決勝戦は、準決勝終了後のインタバルが長かった当方が、体力的に圧倒的に有利となった。大エースへのマークが甘く、序盤から再三決定機を掴む。そして前半半ば過ぎ、右サイドを大エースが突破し低いセンタリング、ニアで突破力抜群がつぶれ、ファーに走りこんだストライカが先制弾。これでストライカは、2年生ながら5試合で6得点、堂々の得点王だ(と思うのだが)。以降も押し気味に試合を進め、終了間際に逆襲から突破力抜群が決め、突き放し優勝。

 「伸び盛りのチームが試合ごとに力をつけて行く」そのものの快進撃だった。長い事サッカーを見ているが、ここまで短期間に成長する事例は記憶にないくらい。こんないい経験をさせてくれた選手たちに多謝。
 今までも君達には、幾度も喜びを提供してもらったが、まただね。本当にありがとう。
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2008年04月26日

続中学生の成長を愉しむ

 と言う事で、中学校は準々決勝。これが素晴らしい試合を演じてくれたのです(以下、各人の特長についてはこちらを参照)。

 敵は技巧に優れたチームとの情報どおり。しかし、開始早々から我がチームは運動量で押し込みペースを掴む。4人のバックラインは出足が素晴らしく敵FWより早くボールに触り(特に勇気あるCBと判断力の右バックの2人の前に出る動きは絶好調、おかげでフィジカルのCBは余裕も持ってカバーリングに回れた)、大黒柱と将軍がよくボールを散らし、大エースと俊足を走らせる。突破力抜群とストライカは息の合った動きで再三敵陣に迫る。CKを何度も掴み、幾度か決定機を掴むもどうしても決めきれない。
 敵もこの地域では屈指の強さを誇る少年団出身の選手が多く、CB(高さと速さを兼備)、サイドバック(主将で10番ながらSB、足も速く対応も柔らかい)ボランチ(技巧も正確、身体も頑健)、トップ(裏に出る速さが抜群)と能力の高い選手を並べているだけに、最後のところがどうしても破れず0−0で前半終了。
 当方が相当数の好機を掴んだのに対し、敵の好機は1回だけ。これは、当方のDFがインタセプト狙いが球足が予想より速く(普段土のグラウンドでしかやっていないのだが、準々決勝以降は人工芝のグラウンドでやれるのだ)敵FWと入れ替わってしまい、そこから崩されてGKと1対1とされてしまった場面(主将GKが見事な飛び出しではじき出して事なきを得た)だった。
 当方の運動量に敵が圧倒された感のある前半だったが、後半には落ち着いてつないで来る事が予想され、決して予断を許さないハーフタイムだった。

 後半、予想通り敵はボランチを軸に丁寧につないで来る。当方のフォアチェックがかわされ、中盤で回せされるとつらい。敵ボランチに当たるのは当方の将軍なのだが、体重差は歴然としており、よほど巧く身体を入れないと飛ばされてしまう。この苦しい時間帯を4DFはよくしのいだ。特に敵の裏に出るのが速いトップを、当方の左DFが押えたのが大きかった。
 苦しい局面を打開するためにベンチは俊足に代えてスーパーサブを送り出す。これが成功した。スーパーサブの強引な前進により、また押し込む事に成功したのだ。
 そして、迎えた後半10分、大黒柱が見事に敵ボールを奪取し、低く正確なフィードを将軍に。将軍は左サイドの大エースにつなぐ。大エースは1度縦に出るそぶりから、右サイドのスーパーサブにサイドチェンジ。フリーのスーパーサブは、ニアにアーリークロスを上げると、突破力抜群(跳躍力も凄い)が見事に飛び込んでよくひねったヘディング、しかし惜しくもバー。ところが、ふわりと浮いたボールをよく見ていたストライカが落ち着いたヘッドでネットに突き刺した。1−0。このストライカ君は、大柄だが空中戦には課題があったのだが、この場面は見事だった(本人曰く「生涯初めてのヘディングによる得点」らしい)。
 以降、敵は前掛かりに来るが、無理攻めはまだ仕掛けてこない。例の10番の主将がSBからトップにポジションを変えてくるが、先方の監督はバランスを崩すのは嫌うタイプらしく、FWを1枚後方に下げたので、FWの人数は変わらないので、当方は同じ守備体系で対応。また敵のボランチが前に出てくると怖いなと思っていたのだが、相変わらず後方でボールをさばいてくる。それでも2度ほど好機を掴まれたが、主将が思い切りのよい飛び出しと好反応で防ぐ。そうこうしている間に、残り10分。
 中盤に2年生が多い我がチームにとって終盤の守備は厳しいものになると思われた。ところが、敵が無理に攻めてこない。例のボランチもCBも後方に留まっている。よく見てみると、2人とも疲労が顕著になっていた。一方、当方の将軍は2年生ながら(ガキの頃から持久力が大したものだったのだが)足が止まらない。いや、彼だけではない、当方は皆がまだよく走っている。冬場の走り込みの差が出たのだ。最後の10分、当方は2トップが居残り速攻を仕掛け、決定機を2度掴む。ストライカのシュートを敵GKが伸び切りのセービングで防ぎ、大エースの強シュートがバーを叩く。
 最後の5分はさすがに敵が前に選手を残す。大黒柱もバックラインに下がり、敵の攻撃をはね返す。バック4は3年生で、スタミナは皆残っていたが、この日大活躍だった大黒柱はやはり2年生、最後に来て足が半分つっているようで、クリアの後ラインを上げるのもつらそう。しかし、全員でこの苦しい時間帯も出足で負けず、敵に好機すら作らせず、逃げ切った。

 とにかくベスト4。あと1つで県大会。準決勝の相手は、もっと強いと評判のチームだが、がんばれ。
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2008年04月22日

中学生の成長を愉しむ

 19日に中2になった坊主の中学校の公式戦が開幕した(坊主はまだベンチだけど)。32チームのトーナメント戦で決勝に残った2チームが県大会に出場できる。昨年は堂々の県大会初出場を果たした。しかし、レギュラの3年生が大量に抜けたが、新3年生は中学からサッカーを始めた選手たちを含め、非常にまとまりのよい学年で、着実に力をつけている。久々の応援だが、どこまでやれるか期待して参戦した。

 初日の日程は厳しく、1日で2試合2回戦までを消化する。

 まず初戦、出足も技巧を我がチームが上回る。2度ほど好機を逸してイヤな予感が漂ってきたところで、こぼれ珠を右サイドバックが遠目から思い切りよくシュート。ドライブがかかったボールを敵GKが抑え切れず先制。このサイドバックは中学から始めたのだが、判断力が非常によい、この得点も判断力の賜物だろう。
 続いて、3年のセンタバック(少年団時代からフィジカルが強かった)が前線をよく見て、3年の突破力抜群のFW(これは中学から始めた、運動能力と取り組む姿勢が素晴らしい)に正確で低いフィード。このセンタバックは縦に急ぎすぎる傾向があったが、この冷静さは見事。突破力抜群は球足の速さに止め切れなかったが、その裏に2年のストライカが入り込み裏に抜け出してGKと1対1になり、落ち着いてサイドネットに流し込んだ。彼は早くも170cmを越えフィジカルで負けなくなり、後方からのボールが収まるようになり、自信をつけている。
 バックラインは皆3年生、少年団出身は件のセンタバックだけだが、上記の右バックを含め忠実によく守る。もう1枚のセンタバックは非常に勇気のあるタレント、左バックはいつも冷静な対応と大胆な攻撃参加が武器。去年までは、しばしばラインがボコボコになりどうなる事かと思っていたが、今日は整然かつ組織的な守備で安心して見ていられた。
 その後も攻勢を継続、終わってみればストライカはハットトリック、突破力抜群も幾度もよい突破を見せ終盤に1点決め5−1。終盤にはスーパーサブの3年生(非常に明るい性格で度胸十分、彼の起用で幾度も流れを変えてきている)が幾度も突破に成功、と理想的な完勝だった。

 そして第2戦。これは厳しい戦いになった。運動量も技巧も敵を上回っていたが、敵は分厚く守っているだけに崩せない。前半こそある程度両翼から攻撃できていたが、後半は相当疲労していたのだろう、中盤でパスを受ける動きが減ってしまい、裏を狙って蹴るだけの単調な攻撃になってしまった。監督(顧問の先生)は3年の中盤の大エース(少年団時代から高速ドリブルが武器だったが、ここに来て長いパスも蹴れるようになってきた)のサイドを変え、最後はポジションを前に上げてボールを引き出そうとさせたが、中盤の2年生トリオが単調な攻撃に終始してしまった。
 で、中盤の連中。1人は小柄だが抜群の俊足で少年団時代からサイド突破が武器。まだ体重が軽いから一発目のトラップで前を向くのが肝心なのだが、2試合目は疲労も相当なようでキープが精一杯のようだった。ここに大柄で脚力のある左利きの3年生を起用するオプションもあるが、敵がベタ引きしていると起用しづらかったのか。ドイスボランチは少年団時代、中盤の将軍だった奴と守備の大黒柱だった奴。ほとんどのチームがこのポジションには強さもある3年生を起用しているが、監督は新チーム結成以来「先を見据えて」この2人を使っている。将軍の方だが、スタミナはある方で苦しい2試合目もよく押し上げてはいた。しかし、これまた体重が軽いから寄せられると突破し切れない。もっと早い判断で自分から仕掛けて欲しいところ。大黒柱の方は、粘り強くボールをキープ、片方のサイドが詰まると落ち着いてターンして逆サイドを狙う。ただ疲労の色は濃く、最初の展開で仕事が終わってしまい、彼のパスを受けた選手は縦に急ぐしかなくなってしまった。
 かくして、どうしても攻め切れず0−0のままPK戦に。ここで主将のGKが大活躍。去年の夏の大会でもPK戦を勝ち抜いているのだが、PKによほどの自信を持っているのだろう。いきなり最初の1本を止め、プレッシャを受けた敵の2人目は腰の引けたキックで外し、勝負あり。当方は4人全員が確実に決めてくれた。このあたりは主将の面目躍如たるところか。

 26日の準々決勝は相当強力な相手との事。冬の走り込みは十分だった模様で、全員が気持ちで負けなければ(これは一番大事だな)運動量ではやられないはず。攻撃は大エースにいかによい体勢でボールを渡せるかがポイントか。そのためには、3年生に遠慮せずにいかに2年生が戦えるかだな。皆ボールをもらう前に周囲を見て判断するところまではできているのだから、パスした後にすぐに次のプレイを考えて、動く事ができるかどうか。皆後一歩で殻が破れそうな所まで来ているのだ。がんばれ。
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2007年04月30日

若者達の成長

 坊主が中学校のサッカー部に入り、父親は晴れてコーチ業を卒業しサポータへ昇格?できた。

 で、春の地域大会の応援を堪能させていただいた。もちろん、坊主はまだ1年生だから1軍の公式戦には出る事ができずベンチの後ろでお茶出しなどして観戦しているだけ。当然ながら、主役は中学3年、2年の「かつての教え子達」である。大会は完全なトーナメント方式。決勝に進出できた2チームが県大会に出場できると言うレギュレーション。今年の我が中学は例年になく強力な陣容が揃い、初めての県大会出場の可能性も高いと言う事で、選手達も(父兄達も?)燃えていた。彼らは時々少年団の練習に顔を出してくれていたので、個々の連中の技巧と戦術眼がよく進歩しているのは知っていたが、チームをじっくりと観るのは久し振りだった。
 これが、見事なチーム力なのだ。若くて精力的な顧問の先生を中心に、ここまでよほどの努力を積んできたのだろう。前線に俊足で頑健な2トップを配し長いボールで突破を狙うやり方なのだが、パスの出し手と前線の動き出しがよく同期しており、チームとしてよく反復練習を積んでいる事がよくわかる。また、選手達の攻守の切替の早さがすばらしい。特に「攻から守」の早さは絶品で、ボールを奪われてすぐにプレスをかけ分厚く守る。これも、相当厳しいトレーニングと意識付けの賜物。そして、最後まで足が止まらない。よく走り込んでいる。

 そして、それらの鍛錬の成果を活かして、苦戦を重ねながらも準決勝進出を決めて今日の準決勝と相成った訳。勝てば県大会出場、負ければ何もなし。この厳しい難関に「かつての教え子達」が挑戦するのだ。これは観ない訳にはいかない。と言う事で、日本代表やベガルタの試合同様の緊張感で試合に臨む事になった。
 試合は開始早々にCKから攻め上がっていたストッパが難しいボレーシュートを決めて先制に成功。小学校の時は本能的なストライカだった男が、その得点感覚を大事なところで発揮してくれた。私の前で観戦していた、ストッパと同じ顔をしている小学5年の弟(現在の少年団の教え子)は大騒ぎだ。ちなみにこのストッパ君、人工芝のグラウンドは不慣れなためか、この得点後自陣前で複数回空振りをしてピンチを招いていた。試合後「ミスばっかりでやばかったすよ」と言っていたが、いいじゃないか一番肝心なところで難しいボレーキックを決めたのだから。その後は両軍の選手の「何としても勝つんだ」と言う気迫が前面に出た肉体戦が継続し前半終了。
 後半早々から、敵は気力を振り絞って前掛りに来る。ガップリそれを受け止める我が選手達。そして、逆襲からエースストライカが強引に敵DF2人を振りちぎり、ペナルティエリアに入ったところで強烈なインステップでのシュートを二アサイドに叩き込んだ。小学生の時から大柄で頑健だったが、順調にエースに成長してくれたもの。それにしても、あの体勢からニアにインステップで決められる下半身の柔らかさと強さには驚かされた。横で応援していたお母上の嬉しそうな事。
 どのチームにも言えることだが、2点差になると負けている方は精神的にガクッと来る傾向があるようだ。30分ハーフの短い時間では、確かに後半の2点差を引っくり返すのは少々辛いのは確かなのだが。そこを見逃さなかった我がチーム、中盤の技巧派が巧いボールキープから敵守備ライン後方へ完璧なスルーパス。先ほどのエース君が今度は落ち着いてGKを破った。3−0。勝負は決した。見事な試合振りで、県大会初出場。

 午後に行なわれた決勝戦は、前半にCK崩れから先制される。後半、前掛りで攻め込もうとしたところ、守備の連携ミスから2点差となり、力尽きてしまった。2点を追加され0−4で完敗(この試合では「2点差」が我が軍に重くのしかかった訳だ)。試合後はさすがに皆落ち込んでいた。
 しかし、それでも県大会出場権を獲得したのだ。むしろ、決勝で完敗した事も彼らの糧となるはずだ。本当によくやってくれたと思う。

 私が出会った時、彼らは小学校の2、3年生。まともに日本語も喋れない(笑)鼻たれ小僧達だった。それが6年も経つと、ここまで成長するのだ。
 彼らがピッチ上で見事なプレイを見せてくれる事は嬉しい。でも、もっと嬉しいのは彼らと「サッカーの話」ができるようになっている事だ。私の顔を見るとGKは「位置取りの修正」について尋ねてきてくれた。ボランチとは、味方のセンタリングの場面で攻め上がるべきだったか否かを議論できた。センタバックとは、3DFの時と4DFの時の敵をマークする際の身体の向きについて語り合った。何と前向きな連中なのだ。
 彼らならば決勝の1点目の失点を繰り返さないだろう。あの場面、自陣左サイドからのCKを1度GKがパンチで左サイドにはじき出したが、拾われてファーサイドにセンタリングを上げられ、フリーにしてしまった敵にヘディングを決められてしまった。「センタリングをしのいだ後は首を振る事」、この失敗経験を通じて彼らはそれを体得してくれる事だろう。

 坊主もよいクラブに加入できたものだ。
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2007年02月12日

さらば友よ3

 過日、「今シーズンの少年サッカーの試合はこれでお終い、優勝できてよかったよかった」と自慢話を書いたのですが、再度自慢話にお付き合い下さい。

 あの大会終了後、少し離れた地域のミニタイトルマッチに招待されたのだ。既に22回の歴史を持つこの大会。手渡されたプログラムには地域の商店や飲食店などが多数スポンサとして参加しており、初日には地元クラブのお母さん方が美味しい豚汁まで準備してくれると言う歓待振り。日本のサッカー界がこのような地域に密着して努力を重ねている方々で支えられている事を改めて認識できる素晴らしさ。このような大会は各地で行われており、我がクラブも年に複数回招待していただける事がある。いずれの大会も広範囲な地域からチームが集まるためレベルが高く、我がクラブは過去中々よい成績を収める事ができなかった。ところがこの大会、我が教え子達が見事なプレイを見せてくれたのだ。



 大会には12チームが参加、初日には3チームずつ4組に分かれたグループリーグを戦う。上位2位に入ると翌日の2次トーナメントに出場できるレギュレーション。

 まず初日の1次リーグはよく試合をする隣町のクラブ。最近相性がよかった事に加え、先方は負傷者が多かった事もあり、後半立ち上がりまでに3−0と大きくリード。「主将のストライカ」が敵守備ラインの裏を、しつこく突いたのが奏効した。ところが、ここから敵の5年生のエースが機能。逆襲から3点を奪われて、一時は4−3まで追い上げられるも、終了間際に当方の「中盤の将軍」が20mのミドルシュートを決め、5−3と突き放した。

 続く2試合目は相当な強豪チーム。この試合では、当方の「守備の大黒柱(地域トレセン選手)」が敵のエースストライカ(前の試合ではハットトリックを演じた)に対し、1対1でことごとく勝利。我が軍の「俊足ウィング」が中盤に引いて前線に絶妙なスルーパスを出し、「来年のエース」となるはずの5年生のFWが巧く抜け出して先制して前半終了。「俊足ウィング」は、これまで抜群の足の速さを生かした突破とシュート、センタリングを武器にしていたのだが、このような気の利いた変化技もできるようになっていたのは嬉しかった。後半も敵の攻撃を巧くつぶし敵にペースを渡さず、「将軍」が見事なドリブルで3人抜きの後スルーパス、再び「来年」が抜け出して2点目。2−0で快勝した。



 2日目の2次トーナメント。最大の問題は昨日中盤に引いたプレイを見せ新機軸を開いてくれた「俊足ウィング」が、柔道の試合で不参加な事だった。

 準々決勝の相手は、この招待大会の主催チーム。地元のチームゆえ、サポータであるお母さん方がたくさん見えていていて、典型的なアウェイゲーム。最終ラインを思い切り押し上げ、速い展開で攻め込んでくる厄介なチームだった。ところが、「俊足」不在を「主将」と「来年」が奮起してカバーくれた。「主将」は、運動能力の高さが売り物で、インステップキックの強さと精度は抜群。普段はただのいたずら小僧だが、責任感も中々で、他のチームにとって大変な脅威だった。ところが、その責任感の強さが災いしてか、肝心の勝負どころで、もう1つその能力を発揮しきれないでいた。一緒に指導している仲間が彼の父親で、そのあたりもプレッシャになっていたのかもしれない。ところが、この試合で彼が大ブレークしたのだ。名コンビの「俊足」の不在が、逆によい刺激になったのかもしれない。開始早々に角度の無いところから強シュートを放つと、敵GKは足でかろうじてブロック。その後、ハーフウェイラインを超えたあたりで思い切りよくロングシュート。枠は外れたもののこの2発で敵GKは、弱気になったようだ。そのゴールキックをあろう事か「主将」の正面に蹴ってしまった。落ち着いてトラップした「主将」は3度目の正直と言わんばかりにドライブがかかった強烈なシュートをゴールネットに突き刺した。この一撃で勢いに乗った我がチーム、「主将」がハットトリック、「来年」が2点と、5−0で快勝に成功した。

 準決勝の相手は、実力的にはこの大会トップかもしれないと言う難敵。子ども達も「まず守備から入ろう」と考えたのだろう。慎重な試合振りで中盤戦を演じ、前半0−0で終了。ハーフタイムにドイスボランチの「将軍」と「坊主」に指示をした。「ここぞと言う時には前進して攻撃に参加しろ。その後戻るのはつらいだろうが、楽をしては勝てないぞ。」親譲りの単純な性格をしている「坊主」は、後半開始早々敵ボールを自陣で奪い取るや、無骨なフェイントで2人を外して勇気を持って前進、丁寧にルックアップして前線で抜け出した「来年」にスルーパス。ところが敵のスイーパがよくその動きについてくる。「来年」はここでよく粘り、逆サイドでフリーになっていた「主将」に正確な横パス。フリーの「主将」が狙い済ましたシュートを決めると言うビューティフルゴールで先制。さらにその直後、ゴールまで30mはあろうかと言う位置で掴んだFKを「主将」が直接シュート、敵GKがこぼす所を「来年」が詰め2点差に。終盤にFKから1点差とされるが、危なげなく逃げ切った。

 決勝戦は、前日2試合目で戦った相手との再戦。さすがに2日間で5試合目となると、双方疲労が目立ち、お互い攻め切れないままに前半終了。ここまで来ると、ハーフタイムにはどうしても精神論になる。「勝つ気持ちが強い方が勝つのだ。このメンバで試合するのはこれが最後だ。勝ちたかったら死に物狂いで一歩目を早くしろ。そうすればボールが取れる。そこから慌てずにつなげ。」そして後半開始早々、「守備の大黒柱」が敵ボールをインタセプトし、そのまま攻撃参加。落ち着いて前線をルックアップし、敵DFの裏を狙う巧妙な浮き球のパス、意図をよく読んでいた「主将」が抜け出し、GKの頭越しにロブのシュートを決め先制に成功。ここからは、お互い疲労しているため、完全に蹴り合いになってしまった。これはハーフタイムの私の指示が拙かったと反省。「1につなげ、2に出足を負けるな」と指示をすべきであったが、子ども達は「出足」に専念してしまった。ここで我が軍の「無口で小柄だが最高到達点でボールをキャッチできるGK」が活躍。苦し紛れの敵シュートを、実に冷静なポジショニングでことごとく押え切ってくれる。そして、歓喜の優勝。



 優勝チームには豪華なクリスタル風の優勝カップ。大きな盾。そして1人1人には金メダルが授与される。子ども達の誇らしげな笑顔。一方で勝てなかった敵チームの子ども達の悔しそうな表情。サッカーと言う至高の玩具を通じ、歓喜と痛恨を味わう事で彼らは成長するはずだ。

 このような大会では、他のクラブの指導者との情報交換も愉しみの1つ。この大会では、攻撃的なサッカーで優勝できた事もあり、我がクラブの評判はすこぶるよかった。「土日だけで、あそこまでテクニックのある子を育てられるのですね」とか「大柄な子もパワーに頼らず技巧を活かしたプレイをするのはいいですね」とか「どの子も顔を上げて回りを見ようとするのは見事ですね」とか。エヘン。

 とにもかくにも、6年生の子ども達には、曲がりなりにも「周囲のルックアップと自立的なドリブル」を伝えて中学校に送り出す事ができた。5年生の子ども達は、これらの基本を身に付けつつ「勝つ喜びと自信」を身につけてくれた。そして何よりも皆サッカーを大好きになってくれた。

 まあ、指導の素人なりに自分でもよくやったかなと。



 もっとも、こうやって毎週末子ども達とサッカーで遊んできて学んだものは、子ども達よりも自分の方が大きかったのかもしれない。一介のサッカー狂として、子ども達がサッカーを身につけていく過程を観察するのは、本当に勉強になった。何度も語ってきた事だが、彼らには感謝してもしきれない思い出がたくさんある。

 そして、最後の最後に私に優勝と言う歓喜を提供してくれたのだ。



 さらに...

 閉会式も終盤、突然進行役が全く意表をついた発言。「では恒例の最優秀監督表彰です。」

 齢46歳。サッカーに浸って約35年。個人表彰を受け、盾までもらったのは初めてでした。皆、本当にありがとう。
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2007年01月13日

さらば友よ2

 今日は朝6時起きで少年団の大会。朝から会場準備、審判、コーチなどで慌しく過ごした。このような大会は年に数回あるので、特別な事ではない。しかし、今日の大会は私にとっては特別だった。何故ならば1年生の時からずっと指導を継続してきた坊主の同級生たちは早くも6年生、そしてその連中が小学生として戦う、最後の公式戦だったのだから。



 大会のレギュレーションの詳細はややこしいので省略するが、出場各チームが2試合を戦い勝ち点がよい上位2チームが決勝に進出する。初戦、我がクラブは常にライバルとして戦ってきた隣の学区のクラブと対戦。前半に、こぼれ球を拾われミドルシュートを決められ先制を許す。前半のうちに同点に追いつき、後半中盤を制覇して圧倒的に押し込み、幾度と無く決定機を掴むが、どうしても勝ち越し弾を決められない。逆に終了間際に、敵に決定機を許すなど冷や汗をかく場面もあり、1−1の引き分けに終わる。



 結果として、次の2試合目は何があっても勝たなければ決勝に出られない事になった。相手は隣町のスキルフルな選手を多数抱えるクラブ、これまた何度も戦った事のある敵だった。入場する彼らの後姿を見ながら何とも言えない思いにふけった。もしかしたら、この試合が彼らを指導する最後の試合になるかもしれない。最後にしたくはないのは当然だけれども、むしょうに寂しさがこみあげてきた。

 けれども、子ども達はコーチの不安を簡単に一掃してくれた。「勝たなければならない」我がクラブは、全員が厳しい状況をよく認識し、開始早々から全員がよく動き前線からプレスをかけて、ボールを奪うやひたむきに攻め込む。レベルは果てしないほど異なるが、その攻撃姿勢と意欲は78年のアルゼンチン代表チームを思い起こさせてくれる程だった。そして、開始5分で速攻から左右に揺さぶる分厚い攻めから先制。さらに10分には、FW2人が巧くパスをつなぎ敵DFを引きつけ、ボランチから長躯した坊主が完全に抜け出す。が、坊主は親譲りのボールコントロールの悪さから、シュート直前にボールを長く出し過ぎる。「ああ、決定機を逃した」とベンチでがっかりしていたら、敵DFが焦ったのだろうか、直後に坊主を後方から押し倒しPK。ラッキー。2−0で早々にリードし、そのまま押し切って決勝進出を決めた。



 そして決勝戦。今度は本当に彼らが戦ってくれる最後の公式戦。色々経緯は錯綜するが、敵の戦闘能力は今日の3試合では一番落ちる相手となった。この相手ならば、落ち着いて戦えばよほどの不運がなければやられない。この決勝戦での選手入場は、先程とは異なる思いを感じられた。ここまで残ってくれれば、寂しさではなく、何とも言えない喜びにふける事ができたのだ。「ああ、この子たちと6年間愉しく遊んで来られたのだな」と。

 試合前に子ども達は3つの事を伝えた。(1)相手より一歩でも早くボールに触れ(2)(いつも言っている事だが)急いで蹴らずに落ち着いてつなげ(3)敵陣に向かう体勢でボールをもらったならば自分がシュートを打つイメージを持て。

 子ども達は、この3つの指示をよく理解してくれて戦った。前半から圧倒的攻勢に立つものの、敵GKの好セーブをなかなか破れない。ここで坊主が再び機能する。ハーフウェイライン近傍からドリブルをスタート、2度ほどパスを出す振りをして敵DFを撹乱しそのまま強引に前進、敵DFは動き回る我がFWに引きずられ結果的に坊主の前にスペースが開く。坊主はそのまま前進し、落ち着いてボールを持ちかえシュート、が、そのシュートは完全に当たり損ねる。ところが、その当たり損ねが逆に幸いしてボールは敵ゴールに転々。勝てば官軍だな。以降も圧倒的に押し込む我がクラブ。後半に入り、分厚い攻めからから2点目。この得点を決めたのが、最近よく練習を頑張って頻繁に試合に出られるようになってきた5年生の公式戦初得点だっただけに、これまた本当に嬉しかった。この2点目で勝負あり。その後2点を追加し完勝した。



 決勝終了以降、喜びに湧く子ども達を見て、改めて何とも言えない感慨に浸ることができた。坊主が少年団に加入し、結果的に少年団のコーチを務める事になって6年間が経過した。そして、この子ども達と6年間、毎週末ボールを蹴って遊んできたのだ。

 私は、サッカーを講釈する事と応援する事に関しては世界中のどこの誰にも負けないつもりだ。しかし、サッカーを教える事については、まあ門前の小僧だな。でも、この6年間、拙いながらにも自分の全てを君達に伝授したつもりだ。そして、君達は皆成長し、ただのバカ餓鬼が、サッカー選手見習までにはなってくれた。、俺が君達にサッカーと言う麻薬の魅力のほんの1%しか教えられなかった事はよくわかっている。でも、君達はこの麻薬の魅力から離れられなくなりつつあるようだ。

 君達を直接指導する事ができる時間はもう後ほんの僅かだ。これからも、この世界最高の玩具を堪能して欲しい。そして、何年か経ち、一緒に酒精を飲めるようになった時、サッカー談義をしようではないか。今よりずっと大人になった君達に、俺は本当のサッカーの魅力と魔力を語る事ができるのだから。



 86年のキリンカップ。優勝したベルダー・ブレーメン。試合終了後、この日腕章を巻いていた奥寺康彦と監督のオットー・レーハーゲル氏の抱擁。試合後、レーハーゲル氏は語った。「奥寺とは5年間共に戦った。5年と言う月日は人生にとって、非常に長い年月だ。この長期間、奥寺と共に戦った事を誇りに思う」と。

 私も彼らに言いたい。「6年間と言う月日は人生にとって、非常に長い年月だ。この長期間、君達と毎週末ボールを蹴って遊んだ事を誇りに思う。」
posted by 武藤文雄 at 22:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 底辺

2006年12月03日

4級審判講習会2006(上)

 毎年恒例の4級審判更新講習会を受講してきた。先般、日本協会が審判登録をWEB化した事があり、少々審判資格認定の現場は混乱気味のようだった。

 まず更新講習会の申し込みがインタネット経由になった。ところが、当初申し込んでいた日に海外出張がずれ込み出席できなくなった。当然キャンセル手続はインタネットでできるのかと思い、海外から当該サイトにアクセスするがキャンセルの画面は見つからない。よくよく調べてみると、県協会宛にメールを発信して、キャンセル依頼を行うらしい。どうやら県協会の事務員の方が代行してキャンセル手続をして下さる仕組みらしい。

 まあ、いいだろう。とにかく別な日時を再びインタネットで予約、今日会場に向かったわけ。受付でパソコンを操作する女性の方に、審判証を提出するとバーコードスキャナで確認してくれて「武藤文雄さんですね」と確認される。「お、IT化されて格好いい」と思うと、おもむろに隣に座っているオジサンが、プリントアウトされている本日の受講者リストを一生懸命探してくれて、私の名前の所に赤鉛筆で丸印をつける(それも「あいうえお」順でないので、検索は大変そう)。それを80名の参加者全員に行う。

 さらに、レフェリーダイアリー(審判をした記録を書き込むノート、年間10試合以上審判をしないと、体力テストを受けなければならない)を渡すと、私の名前やバーコードの紐付けをするでもなく、他の人のレフェリーダイアリーと同じ箱に無造作に入れてしまう(これでダイアリーを開いて、中に入れた審判証で名前を調べないと誰のものかわからなくなってしまう)。つまりIT化最大のメリットの1つである検索の容易化は、現場では一切行われていない事がよくわかる。

 いつも更新講習会の内容は同じ。先生(1級審判員の方)の講義を聞き、ルールテストを受け、採点いただいている間に追加の講義があり、「はい、全員合格ですよ。」と言われて、更新手数料を支払っておしまい。それが今回からはWEB登録になり、支払い処理はオンラインになった。講習会で現金をハンドリングする必要がなくなったのは、現場の方々にとってはメリットだろう。ところが、その決済が開始できるまでに2週間ほどタイムラグがあると言うのだ。どうやら、今日の結果が書いた紙を、日本協会に送り別途インプットが完了した後に、支払い手続が可能になるらしい。「支払い手続画面で『まだ受付可能になっていない人』は、日をおいてアクセスして下さい」と、懇切丁寧に説明いただいた。

 さらにプリントが配られる。従来、県内の各地域ごとに各審判員は所属チームで紐付けがされていたので、各地域ごとに審判名簿を作る事が可能で、大会がある時にはその地域の代表の方に連絡すれば、審判を斡旋できる仕組みが出来上がっていた。ところが、WEB化したために、どの審判がどの地域の所属かどうかを把握できなくなったらしい。そのため、「個人情報提供に同意いただける方には『自己申告』でどの地域に属するか『書いて欲しい』」との事だった。



 はっきり言おう、これはイヤミだよ。

 IT化、それもWEBを利用したWEB化を適切にすれば、情報の共有による格段な利便化、無駄な工数の削減、第三者へのサービス拡大が図れるのは、どなたもご存知な事。しかし、上記の文章をお読みいただきたい。そのいずれもが実現できていない。少なくとも、私は今日の経験から判断するに、IT化のメリット享受は、ほとんど理解できなかった。決定的にシステムの要件定義が間違えているのだ。



 せっかく運動具メーカと酒精メーカが下さった大量のキャッシュを、ドブに捨てているのではないかと懸念するものである。もし、「いや、そうじゃない、日本協会の審判登録システムは『本当に素晴らしいシステム』なのだ、日本協会は上手にお金を使っているのだ」と言う方がいたら、是非反論をお寄せ下さい。その方が嬉しいのですし。
posted by 武藤文雄 at 23:44| Comment(5) | TrackBack(0) | 底辺

2006年04月11日

勲章を目指して

 先日、日本サッカー協会から郵便が来ていた。私の過去の足跡を評価して、ワールドカップのチケットを送ってくれたのかと思ったが、もちろん違った。更新された審判証の送付が目的だった。ところが審判証と同封して緑色のカードが同封されていた。

 最初は、「何なんだこのカードは?」と考え込んだ。そして、日本協会の示している使い方を読んで絶句した。どうやら少年サッカーにおいて、以下の事態が発生した場合に使うものらしい。
(1)怪我をした選手への思いやり

(2)意図していないファウルプレーの際の謝罪や握手

(3)自己申告(ボールが境界線を出たとき:スローイン、CK 、GK 、ゴール)

(4)問題となる行動を起こしそうな味方選手を制止する行為

(5)チーム(オフィシャルを含む)が試合全体を通し、警告も退場も受けず、ポジティブな態度を示す。(レフェリーは試合終了の笛を吹く際に、チームベンチに向かってカードを提示する)
 とにかく、少年サッカーの現場で右往左往している身としては、非常に違和感を感じざるを得ないのだ。



 まず(1)。敵だろうが味方だろうが、負傷した仲間がいた場合、多くの子どもは心配そうに見守っている。もっとも、主審や周囲にアピールできる子はほとんどおらず、近くでオロオロするだけなのだが。それは思いやりがないからではなくて、どのようにアピールしてよいかわからないからだ。それで褒められたら、仲間が怪我したために褒められたと思って、子どもは困ってしまうのではないか。

 次に(2)。意図しなかったファウルをしてしまった時に謝罪するのも普通の光景。傷つけた敵選手に「ごめん」と言うのは多くの子がする態度だし、主審に「すみません」と謝るのも日常光景。ただ、主審に促されずに握手をするようになれば、美しいがファウルされた方は痛くてそれどころでないケースも多い。

 (3)の自己申告。これを実践する子どもは滅多にいない。グリーンカードをもらった子どもが、試合後にサポータである母親たちに叱られなければよいが。いや、グリーンカード欲しさに、マイボールなのに敵ボールと主張する子どもがいたりして。さらに蛇足を加えると、アルゼンチンやイタリアの指導者に、本件を尋ねた時の反応が知りたい。

 (4)は結構興味深い。これは結構少年サッカーでありがちなパタン。自分のレベルに着いていく事ができないチームメートをなじるエース格の子がよくいるのだ。そのような子どもを諌めた子どもは、なるほど大物だ。その子どもにグリーンカード。う〜ん。これは面白い...かもしれない。

 (5)についても考えてしまう。底辺レベルの少年大会では、警告も退場もないのが普通であり、その結果終了後に褒められたとしたら、子どもは相当戸惑うだろう。

 

 まあ何にせよ、主審に緑のカードをもらって褒められれば、子ども達はうれしいだろう。しかし、上記した通り、もしまともに運用すれば、毎試合グリーンカードの連発と言う事になり、感動も薄れていく。もっとも、カードの色こそ違え、我々審判たちは皆「柏原丈二感覚」を味わえるかもしれないが。

 いっそ、これを導入したいならば、逆に少年の大会ではなく、Jリーグで実行したらよいのではないか。ベガルタが負けている試合の終盤に、ベガルタの選手が「あ、私が出したので敵のボールです」と自己申告してグリーンカード。いくら「逆境を愉しむ事こそサポータ人生」とうそぶく私でも...

 いや、Jリーグの場合は逆か、赤も黄色も出さずに試合を終えた主審に、オシムのお爺ちゃんがグリーンカード。
posted by 武藤文雄 at 23:38| Comment(6) | TrackBack(1) | 底辺

2006年03月05日

疲労困憊です

 今日は、終日少年団の新人戦への帯同があり、Jリーグどころでは無い1日だった。自チームのコーチのみならず、会場作り(水溜りの補修やライン引き)、審判など、「自分が他者のために役に立っている無償奉仕喜び」をたっぷり味わう事ができた。とは言え「Jリーグ?何それ?」と語れるくらい、子ども達の奮闘は愉しかった。でも、朝から1日肉体労働をしていたので疲労困憊。

 と言う事で、Jリーグについては試合結果とスポーツニュースのフォローのみ。 



 柳沢のハットトリック。2点目がよかった。小笠原の仕掛けから、全くフリーになったところで、実に冷静に流し込んだ。よい得点だった。ここ最近、「シュートの入らない柳沢」は、あのような場面で強くコースを狙ったシュートを打っては敵GKにぶつけたり、空振りをしていたのだから。

 しかし、あの2点目の場面は、柳沢が若い頃よく点を取っていた頃の冷静さを思い出させてくれた。これを継続してくれれば。 

 私の記憶が間違っていなければ、この素質豊かなフォワードプレイヤ(現状ではストライカと言えないのが悲しいのだが)は、2年間のイタリア滞在で1点も上げる事ができなかったはず。その柳沢が1試合で3点取ったのだから、めでたいと言えばこれほどめでたい事はあるまい。このままボコボコ柳沢が点を取り続けてくれれば、いやこの2点目のようなプレイを継続してくれれば、ドイツに向けてとても明るい事態となるではないか。皮肉を語る筋合いではないな。

 柳沢のみならず、久保(2得点)、寿人、巻と、代表のストライカが皆、得点を上げたのも結構な話題。もちろん、サンフレッチェやジェフのサポータたちからすれば、「エースが点を取ろうとも、負けたらツマラン」なのだろうけれど。

 そう言えば昨晩見たバイエルン−ハンブルガーSVで、高原がまた決定機を外していたのだが...いや待て、身勝手な代表サポータと言う立場からすれば、バイエルン相手に点を取るよりは、ボスニア・ヘルツェゴビナから点を取る方がずっといいから、文句を言う筋合いではないな。



 ところで余談です。

 明日(3月6日)発売のエル・ゴラッソに、BLOGとは異なる切り口の、J開幕に関する講釈を書いています。是非購入の上、お読みください。



 少年団の話に戻ります。

 決勝戦。1点リードされていた我がチーム。終了1分前、中盤のリーダが強引なドリブル突破から2人を抜き去り強シュート。敵キーパがファインセーブ、しかしボールはこぼれる。そこを忠実に詰めていた我が坊主。ゴール前1m、シュート。

 けれども枠を外れた。この馬鹿野郎。準優勝。

 でも皆よくやった。と言う事で今日は愉しい自棄酒さ。
posted by 武藤文雄 at 22:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 底辺