2012年03月15日

個人能力で殲滅

 先日の敵地マレーシア戦で、このチームの戦い方は大幅に改善、いや改革された。
 シリアとの2試合が典型だったが、せわしなく前にボールを出す事を急ぎ、簡単にカットされては逆襲速攻を許し、自ら状況を苦しくしていた。過去40年近く、色々なサッカーを堪能してきたが、「敵のよさを引き出すサッカー」を全力で、しかも2試合続けて同じ相手に演じるチームを見たのは初めてだった。これはこれで経験である。
 しかし、この個性的極まりないサッカーは、先般の敵地マレーシア戦で封印された。扇原を軸に、中盤でじっくりつなぐ、当たり前のサッカーに切り換えたのだ。結果、危ない場所でボールを奪われて、逆襲を食らうリスクは減ったし、敵陣に近づく頻度は減ったが、敵陣を脅かす頻度は、格段に向上した。
 ただし、残念な事に、改革以降このチームはまだ2試合目。連携不備と言うよりは、「チームとしてどう崩して、どう得点を奪う」と言う概念が、まだ全くないようだ。したがい、特に前半、守備を分厚く固め、速攻に活路を見出そうとするバーレーンを、攻めあぐんだのは仕方がない事だった。前半の攻撃を見ても、およそ得点の匂いはしなかった。右サイドで酒井が、フリーランしても、東も清武も使おうとしない。その瞬間、観客席から嘆息がこぼれるが、マレーシア戦より前の長い強化期間を無駄にしていたのだから、これはもう仕方がない。
 (まだまだ欠点が多いし、この日も前半ミスパスからピンチを招いたりはしていたが)扇原を軸に、スローテンポで丁寧に試合を組み立てるサッカーを構築するには、ある程度時間がかかるものだ。
 え、マレーシア戦から、実質的な指揮官が変わっ(以下消去)

 とにかく、丁寧にボールをつなぎ、急ぎすぎないサッカーをすれば、失点のリスクも格段に少なくなる。前半を終え、よほどの不運が錯綜しない限り、日本が負ける事はあり得ない事は確認されていた。

 で、問題は、いかに点を取るか。
 後半、日本は、敵プレッシャの厳しい扇原ではなく、山口が再三敵DF後方にボールを出し、原口、大津、清武らが「裏を突く」攻撃を狙い始めた。見え見えと言えばそれまでだが、とても有効な攻撃方法である。そして、もし敵に読まれたとしても、個人能力(ここでは「個人能力」と言う言葉を、技巧とフィジカルと言う切り口で使っています)を前面に押し立てれば、それを突破する事も可能になる。
 1点目、比嘉のフィードを受けた原口の強引極まりない突破、そしてえぐり、鋭く低く上げられたクロス、飛び込んで来た扇原は僅かなスペースを逃さず利き足でない右で強烈に叩き込んだ。正に、圧倒的な個人能力での殲滅。
 2点目、原口を警戒するバーレーンDFを引き出しておいて、原口から東に、東は冷静に丁寧なクロス、大津がつぶれ、ファーサイド全くフリーの清武に。清武が全くフリーで悠然とボールに寄るあの瞬間、スタジアムの全てが得点を予感し、全員が立ち上がる、そして、その通り歓喜の絶叫。
 連携どころか、共通認識もないこのチームだが、アジアの予選くらいならば、選手個々の個人能力発揮で解決できてしまうのだ。

 すばらしい時代になったものだ。
 90年代、ようやくアジアのトップになれた頃。吉田光範、ラモス、都並、山口素弘、相馬、呂比須と言った、ある局面では抜群の能力を持っているし、精神的にも格段ではあるが、一部致命的な欠点を持っている選手が中核として機能していた。結果、中東諸国あたりと試合をすると、こう言った選手の弱点を突かれ、苦戦する事が再三あった。それをカバーしていたのが、全選手の意識統一による攻守に渡る連携だったり、井原正巳と言う大巨人のカバーリングだった。
 オフト氏就任以降、早いもので20年経った。時代は変わった。少なくともアジア予選。連携のひとかけらもないチームが、中東の強豪国に対し、各選手の個人能力を前面に押し出すだけで、殲滅できる時代となった。11人、いや控えを含めたラージグループのいずれの選手も、もう上記の英雄達が抱えていた欠点は持っていない。
 よい時代になったものだ。

 今はダメダメの選手達かもしれない。しかし、昨日も述べたように、いわゆる北京世代の現代表の中核選手たちが、4年前の北京で、どんな体たらくだったかは、皆の記憶に新しい。ロンドン世代の若者達の多くも、きっと化けてくれるに違いない。皆が、圧倒的な個人能力を持っているのだから。

 みんな、上記の大先輩達の知性を、ちゃあんと身につけてくれるよね。大丈夫だよね。
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2012年03月13日

五輪予選最終戦のはずのバーレーン戦前夜2012

 だんだん興奮してきた。

 明日は五輪予選、たぶん最終戦となるはずの国立バーレーン戦だ。このようなタイトルマッチの興奮は、やはり格別なものがある。
 今回の五輪代表チームには、無数に不満がある。と言うか、呆れてもいる。知性の欠如、単調な攻撃、相手へのリスペクトの不足。1992年にオフト氏がA代表監督に就任した以降、知性と士気の2面では、最低の代表チームと行っても過言ではないだろう。2006年のいわゆるジーコジャパンも酷かったが、あのチームは滅茶苦茶だったが、選手の多くは成熟し、適切に戦おうとしていた。それに対して、今回の五輪代表は、多くの選手が知性のひとかけらもないサッカーで、敵のよさを引き出し、自ら苦戦を招くと言う悪循環を繰り返して来た。
 ようやく、先日のマレーシア戦で、当たり前のサッカーを見せ、選手個々の戦闘能力差を発揮した勝利を上げてくれた状況にある。

 まあ、いいだろう。
 4年前のチームも酷かった。北京本戦でさえ、長友は自信のないプレイでUSA戦で致命的な失点を演出、本田はオランダ戦であり得ないPKを提供、岡崎は気負いばかりが目立ちファウルを連発、香川は自らイニシアチブを取る事はなかった。

 ね、そう考えると、何か余計な心配しなくてよいように思えてくるでしょ。

 今、何の役にも立たない選手でも、彼らはエリート中のエリート。何かのきっかけを掴んでくれれば、化けるのではないかと。
 まあ、この年代の選手の中で、最もJでの活躍実績がある、大前と青木が不在だとかのツッコミは別として。

 明日が愉しみだ。
 最高の君が代を歌い、最高の声援を送り、最高の結果を待つ。
 こうなると、理屈でも、何でもない。
 私たちの若者に最大限の声援を送り、共に戦う事。

 そして、歓喜。

 他に何があろうか。
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2012年02月23日

マイナスからのスタートだけれども

 五輪代表は、まあ「まともな試合」を見せてくれた。とは言え、この最終予選に入って以降、「まとも」と言ってよい試合を見せてくれたのは、初めてなのだから、評価すべきなのだろう。

 今までのようにせわしない攻撃ではなく、扇原がテンポを1回落とした「当り前のサッカー」を見せてくれた。もちろん、今までのやり方が滅茶苦茶だったから、積み上げた連携は皆無に近く、せっかくの「緩」から「急」への変化は、ほとんど見られなかった。しかし、個人能力で崩せる確率は、「緩」で攻め込む方が、「急」ばっかりよりは、格段に高まる。そのため、大迫、扇原、酒井の圧倒的な個人能力で、得点を重ねる事に成功した。
 4点差と言う結果も、合格点だろう。もちろん、贅沢を言えばきりがない。後半序盤に4点差として、しかも前半からじっくりとボールを回した事でマレーシアが相当疲労していたのだから、もう2点くらいは欲しかった。ただし、現実的には大迫と扇原が敵のラフプレイで負傷退場してしまったのだから、仕方がない。上記の通り、現状のこのチームでは「個人能力」で点をとるしかないのだから。永井も原口も斉藤も、よい体勢でボールを受けて初めて機能するタレントだが、よいボールを供給してくれる人材が、後ろからも前からもいなくなってしまっては。そう言う意味では、自ら能動的にスペースを作って突破ができる山崎の離脱は、本当に痛かった訳だ。
 重要な事は、扇原と酒井が、堂々と個人能力を前面に出すプレイをしてくれた事だ。ここまで追い込まれたためかもしれないけれど。そして、相変わらず、東は酒井にスペースを提供しようとはしていなかったし、鈴木や濱田は急ぎ過ぎのパスが多かった。したがって、関塚氏が能動的に、扇原にゆっくりした展開を指示したり、酒井の前進を狙わせた訳ではないように思える。つまり、この2人は、自らの判断で、従来の試合とは異なる、しかも自らの能力を前面に押し立てたプレイを見せてくれたのだ。いや、結構な事ではないか。ロンドンはさておき、ブラジルに向けては。
 ザッケローニ氏や原氏が、あの酷いサッカーを放置してきたのは、この2人の自覚を促すためだったのではないかとすら、邪推したくなる。いや、関塚氏の深謀遠慮?

 ただし、今までがあまりに酷かったためか、このチームは問題山積なのも、また事実。
 酒井を除く3人のディフェンダ、鈴木、濱田、比嘉の、自信喪失は目を覆うものだった。ここまでのシリアとの2試合で、急ぎ過ぎから再三敵に簡単にボールを渡し、安易に逆襲を許し、難しい1対1の局面を幾度も作られたトラウマのためだろうか。この日も、大した攻撃ではないのに、1対1となると、完全に腰が引けてしまい、与えなくてもよいコーナキックを再三提供していた。困ったものだ。
 また、比嘉はこの日(いや、この日も、と言うべきか)、あり得ないプレイをしている。頭を強打した大迫が動けなくなっていた時間帯、永井が交代で入ろうとタッチ沿いで待機していた時(アナウンサがそう言っていた)、反対サイドで得たスローイン。「ああ、大迫を代えられる」と安堵していたら、何と比嘉はクイックスローで、プレイを継続してしまった。何と周りが見えていない頭の悪い選手だろう。このポジションは、ドイツに去った酒井高徳を含め、丸橋祐介、金井貢史、そしてこの日も控えに回った吉田豊と、Jで定位置を確保している選手が多数いるのだが。

 東も、相変わらずひどかった。1点目につながったスルーパスなど見事なものだった。なるほど、この選手は鋭い個人技を持っている。けれども、酒井のスペースを消し続けたる動きを典型に、チームメートの特長、能力を活かそうと言う発想が、まるでないのだ。
 たとえば、酒井と比嘉、大迫と永井、原口と斉藤では当然使い方が異なる。けれども、そのような意識が極めて希薄なのだ。受け手にパスを合わせるのではなく、受け手に自らのパスに合わせる事を要求すると言う意味では、若かりし頃の(つまり全盛期の)中田英寿をちょっと思い出したりする。けれども、残念ながら、現状の東のパスの鋭さは、往時の中田には遠く及ばない。

 まあ、いいだろう。文句を言いたい事は無数にあるが、少なくともこの日は、今まであまりにひどかったこのチームが、相応にまともな試合を見せてくれたのだから。上記したように、現状のチームは、マイナス成分が相当に大きい。でも、たとえマイナスでも、そのマイナスを少しずつ減らし、いつかは反転するためのスタートとなる試合だった。
posted by 武藤文雄 at 01:52| Comment(11) | TrackBack(1) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月20日

五輪代表選手達に期待して

 五輪代表監督の関塚氏には、過去再三厳しい論評を繰り返して来た。今さらそれを繰り返すつもりはない。まあ、こう言う事はよくある事なのだ。飲み込みづらい状況を、飲み込みながら、チームを応援するのも、サッカーの愉しみの1つ。そして、己の悲観的予測が外れ、土下座する機会が訪れるのは、サポータ冥利と言うものだ。
 とは言え、どうして欧州クラブ在籍選手の召集にこだわるのかは、全く理解できない。先方の判断により、召集選手が変化してしまう事の方がよほどチーム作りの障害になると思うのだが。もちろん、大津はよい選手だ。呼べるにこした事はない。けれども、Jにも多数優秀な選手はいる。五輪本大会ならばさておき(いや、それへの出場権が危ういから、皆で悩んでいるのだが)、予選のこの時点では、確実に召集可能な選手でチームを編成すべきだと思うのだが。まあ、いいや。

 しかし、改めて選手達に問いたい。
 各選手達は、不本意にも「前に、前に」と言うサッカーを指示され、苦闘しているのだろう。たぶん「不本意と考えている」と思っているのだけれども、そうだよね、皆さん。
 しかし、プレイするのは、監督でなく、選手達なのだ。たとえ、監督が不可思議な指示をしていたとしても、その局面の判断は選手達に任されているのがサッカーだ。そして、自分が「ここは急がない方がよい」と考えたならば、急がなければよいのだ。自分の得意なプレイがでいないならば、要求すればよいのだ。

 たとえば、扇原貴宏に問いたい。
 周囲を見て、前線の受け手の準備が整っていない時に、強引に前に出すのが得策ではない事は、わかっているはずだ。また、後方で安全策で回す事が、バランスを崩すと判断したならば、自らが強引にドリブルで前進すると言う手段もある。いずれにしても、常に変化をつける事が、扇原の仕事のはずだ。その代わり「必ず自分にボールを集めろ」と、チームメートに断言する必要はあるかもしれないが。

 たとえば、酒井宏樹に問いたい。
 自らの最大の武器を、もっとチーム内で主張すべきではないのか。自分が右サイド前線に進出できれば、大仕事ができる事を。そして、そのためには、自分の前のスペースを空けてもらい、その上で自分がクロスを蹴りやすい場所に、正確にパスを入れてくれる事を要求すべきだろう。その代わり、「毎試合アシストを成功させる」と、チームメートに断言する必要はあるかもしれないが。

 五輪に出る事ができるか、できないか。もし、できなければ、その痛みは結局選手達に降り掛かる。もし、できれば、その経験は選手達にとても貴重なものになる。
 アテネでも、北京でも、五輪代表は、試合内容も結果も酷かった。でも、当時の五輪代表選手の幾人かは、その後も努力を重ね、今や堂々たる日本代表選手だ。彼らは、五輪の貴重な経験を、自らのものにしたのだ。
 結局、戦うのは選手達なのだ。そして、1人1人が、いかに知的にプレイできるかが問われているのだ。
 
 今、重要な事は、残り2試合を「きっちりと勝ち切る事」につきる。状況が許せば、大量点がとれれば、なお嬉しいが、それは試合展開次第と考えるべきだろう。もはや、監督采配云々ではなく、各選手が、プロフェッショナルとしての誇りを持ち、常に状況を的確に判断したプレイをしてくれればよいのだ。そうすれば、結果はついてくるはずだ。
posted by 武藤文雄 at 00:35| Comment(25) | TrackBack(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月10日

原さんが、そう判断したのならば

 個人的には関塚氏更迭が、五輪出場の可能性をより高くするものだと確信を持っている。しかし、どうもそうはならないようだ。ただ、私はそれでも、日本の1位突破の確率は相当高いと見ている。

 日本にとって幸運な事に、バーレーンがマレーシアに2連勝し、勝ち点6を積み上げて来た。そして、次節のバーレーン対シリアはバーレーンホームだ。手合わせした実感からすれば、アルサリフとアルスマの2枚看板がいるシリアが戦闘能力で上回るかもしれないが、現実的にシリアが勝ち点3を取れるかは微妙ではないか。バーレーンはとにかくこの試合に勝てば、プレイオフ以上の可能性が出てくるのだし、必死に戦うだろうし。とすれば、日本がマレーシアに勝てれば、俄然有利になる。それでも、シリアが勝った場合は、確かにお互いが最後の試合でどれだけ得失点差を積み上げられるかとなる。その場合、時差の関係から試合開始時間調整が問題になるが、幸いシリアは湾岸ではないので、3月ならばそう暑くはないはずで、日本協会が適切に交渉すれば同時刻キックオフに持ち込めるだろうから、そう極端に不利になるものでもない。
 そう考えると、マレーシア戦はある程度差をつけたいが、まずは確実に(と、偉そうに言ってよいのかは、わからんが)勝ち点3を取る事が重要となる。
 そして、今のチームは、とにかく中盤で急ぎ過ぎさえしなければ、酒井の前を塞ぎさえしなければ、格段に状況を改善できるのだから(つまり欠点が明々白々なのだから)、相当な伸び代を持っていると言う事になるし。まあ、そう考えると、一部報道であったように「宇佐美だ、大津だ」は違うように思う。やはり、「柴崎だ、茨田だ」の方が正しいような。あと、苦しい時間帯のために「大前だ、青木だ」と言いたくなるけれど。
 まあ、善処を期待しよう。
 
 ちょっとこのチームのこれまでを振り返ってみる。
 このチームの出足はすばらしく、いきなりアジア大会優勝からスタートした。しかも、この時はリーグ終盤に当たっていたために、Jリーグで主軸だった選手を選考できない状況だったにもかかわらずだ。したがって、関塚氏の手腕も評価されたし(いや他人事のように言ってはいけません、私も絶賛しましたから)、皆がこのチームの将来に明るい希望を抱いたものだった。それが、どうしてこんな事に、なっちゃったのだろう。
 アジア大会決勝と先日の中立地シリア戦のメンバを比較してみると、ちょっとビックリ、メンバがほとんど変わっていないのだ。変わったのは、GKが安藤→権田、右DFが實藤→酒井、センタバックが薗田→濱田、そしてMFで水沼→山田。権田、酒井、山田の3人はA代表招集経験がある選手で(しかし3人が3人とも、思うようにこのチームでは機能していないのは、深刻な悩みなのだが)、センタバックはたまたまこの世代で一番人材が乏しいところ。そう考えると、この4人の交代は、ある意味で当然とも言える。また、このチームで、これ以外のタレントで戦力化されている選手は、大迫、清武、扇原、吉田くらい。
 そう考えてみると、関塚氏はアジア大会時点で既にチームの骨格を決めていたと言う事になる。そして幾度も指摘してきたが、別格の香川、あるいは宇佐美や大津のように海外でプレイする選手を除いても、この年代は既にJで相当の実績を挙げているものの、選ばれていない選手は類挙に暇ない。そして、これまた上記したように、このチームは課題は明白。そして、その課題を解決するのも、ちょっとメンバを代えたり、約束事を徹底すれば、それほど難しい事ではないはずなのだ。
 何も遠藤や憲剛のように、知性あふれるボール回しをしろと言っているのではない。たまに急がずゆっくりとボールを回せばよいのだ。何も長谷部や岡崎のように精緻に内田を前進させるような動きをしろと言っているのではない。酒井が前進してクロスを入れやすいように、右サイドは塞がずスペースを空ければよいのだ。うん、大丈夫、改善できるはずだ。できるよね。
 まして、この手痛い敗戦だ。もう、これからは、どの選手も、ちゃんと敵をリスペクトしてくれる事だろう。

 ともあれ、原博実氏の決断は、関塚監督留任と言う事だ。
 原氏なり、ザッケローニ氏が、これらの明白な課題に気がついていない訳がない。色々と思うところはあるが、私は原氏を信頼している。
posted by 武藤文雄 at 01:03| Comment(8) | TrackBack(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月06日

まずは関塚氏更迭から

 試合が1対1のまま進む。
 ラスト5分になり、当然のようにシリアは猛攻をしかける。したがい、日本としては分厚く守って、落ち着いて時間を使いたいところだ。駆け引きや判断に不満山積のこのチームだし、この日もここに至るまでの試合運びには嘆息だらけだったが、敵地クウェート戦の終盤はちゃんと試合をクローズした実績もある。
 実際敵エースのアルスマに対しては、粘り強くマークしていたし、こぼれ球も落ち着いて拾えていた。「山田直輝と東と永井の3人が、いつも無理せずに、もう少し時間を稼いでくれればよいのに」と言うあたりが、不満ではあったが。
 日本のクリアに対し、シリア2番の主将でセンタバックの大黒柱アルサリフが挙動を開始する。ある意味では最も恐ろしい選手だ。ところが、そばにいる山田直輝の対応が遅い、イヤな予感がした。アルサリフは、山田が遅れた寄せに対し、強引なシュート。ドライブのかかったシュートに権田は的確に反応したように見えたが、ボールに触れず、ネットを揺らしてしまった。
 不運と言えば不運な失点だが、ある意味必然的な失点でもあった。勝負どころで、アルサリフが前進してくるのは当然の事で、国立でのプレイ振りを思い起こせば「最も警戒する事態」である。それに対して、山田と権田の準備不足は、衝撃的だった。あの無防備さでは、必然的な失点と言うしかない。

 このチームは「シリアをリスペクトしていなかった」から負けたのだ。

 負けた事そのものは仕方がない。相手も強かったし、アルサリフとアルスマはすばらしい選手だったし。
 けれども、そのような厄介なチームと戦うにあたり、少しでも敵のよさを消し、少しでも自軍のよさを出す努力が、このチームには全く見えない。以前から、それが見えない事に、大いなる危惧をいだいてきた訳だが、やはりダメだった。

 負けた事は仕方がないが、やり方が間違っているのだ。関塚氏を更迭すべきだろう。

 前半、特にリードされた以降の愚かしいロングボール戦法。ここまで知性のない試合を見せられると絶望的になる。前半終了間際に、大迫と永井の個人能力で追いつく事ができたのは超幸運だった。それにもかかわらず、その直後に一斉に前進する事で背後をとられ、シリアに好機を許す、呆れる程の稚拙な時間の使い方(これは、国立での試合でもそうだった)。
 後半、無理攻めしていたシリアに疲労が見られ、だいぶボールがキープできるようにはなってきた。しかし、最終ラインでボールを奪うや、常に強引な速攻を狙ってはボールを奪われる事の繰り返し。アルサリフに厳しくマークされている大迫に単純なアーリークロスを入れる(もっとも、大迫は国立で完敗したこの厄介なCBを相当研究したのだろう、同点弾の入れ代わりを含め、相応に戦ってはいた)。相変わらず、酒井宏樹の右足を活かそうと言う工夫の1つも見えない。
 「ああ、相変わらずだなあ」と溜息をつきながら迎えた、後半終了間際だった。
 そして、あそこまで敵の大黒柱の攻撃参加に無神経だったのは、正に監督の責任以外何ものでもない。繰り返すが、チーム全体が、この難敵をリスペクトしていなかったのだから。

 試合終了後、テレビのインタビューで、関塚氏は「後半はプラン通りに進んでいたのだが」と言う趣旨の事を語っていた。あの稚拙な試合が、彼の「プラン通り」と言うのだから、議論の余地はもうないだろう。お辞めいただくしかない。プランそのものが間違っているのだから。

 五輪の自力出場権がなくなったのは、今回にはじまった事ではない。そう言う意味では、定例行事と言ってもよいようにすら思える。
 アテネの時は埼玉でバーレーンに敗れた時点で自力は消えていた(この時は、さらに続く国立レバノン戦でも終盤同点に追いつかれ、大久保の一撃で振り切るまでは、自力消滅以前の苦しい瞬間もあった)。北京の時は、敵地カタール戦で先制しながら、信じ難い不運の連鎖で逆転負けして、その瞬間は「自力」は消えていた(サウジの奮戦で無事「自力」は復活したのだが)。
 だから、それほど悲惨な事態でもないのも確かだ。ただし、過去2回の「危機」とは質的な問題が異なる。過去2回の監督にも色々不満が多かったし、散々愚痴を言ったものだった。けれども、今回の関塚氏の失態(負けた事ではないですよ、チームの明らかな問題を放置している事、あるいは明らかな問題を作り込んでいる事)は、看過できない。

 結局、過去も幾度も講釈を垂れたように、あのようなサッカーではダメなのだ。それにしても、国立であそこまで課題が明確になっていたのだから、ちゃんと修正すれば問題なかったはずなのだが。そう言う意味では、原博実氏の責任は重い。とは言え、まだ時間はある。トップでの五輪出場のためには、残り2試合でたくさん点をとればよい訳で、監督を代えれば、さほど大きな問題はないだろう(一部の選手も代えたいがそれはそれとして)。
 私はチームが少々不振に陥っても監督交代については消極的な論陣を張る事が多い。しかし、今回くらい、迷わずに「更迭すべき」と確信した事はそうはない。 

 原博実氏の英断を期待したい。
posted by 武藤文雄 at 01:08| Comment(28) | TrackBack(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月04日

五輪代表中立地シリア戦前夜

 五輪代表の敵地(じゃないな、ヨルダンだな)シリア戦が1週間後に近づいてきた。

 先日の国立でのシリア戦で、ひどい内容ながらとにかく勝った事で、勝ち点的には優位に立つ事ができた。引き分け、食い合いもなく、総当たり戦を半分終えた状態だから、2勝1敗で2位につけているシリアと引き分ける事ができれば、トップ獲得の可能性は濃厚になる。

 とは言え、シリアは難しい相手だ。国立での試合を見た限り、同点弾を食らったストライカ、最終ラインを締めていたCBなど個人能力の高い選手もいるし、チーム全体の敢闘精神も上々だ。シーズンオフ明けの2月と言う時期も厳しい。特に多くの選手が、ようやく昨期にプロフェッショナルとして年間を通して活躍した経験しかないだけに、オフの過ごし方も難しかった事だろう。一部報道によると、中立地とは言え、グラウンドコンディションも悪そうだ。
 ただし、先日のホームゲームであれだけひどい試合内容でも、最終的に戦闘能力差で押し切れた。そして、あれだけ、課題を露呈したのだから、その課題を修正すれば、敵地(おっと中立地戦か)とは言え、そう劣勢にはならないだろう。サッカーの常識から考えれば、引き分け以上の結果を得る可能性は相当高いはずだ。しかも、先方は勝ち点3がノルマだから、時間帯によっては相当無理をしてくるはず。俊足の永井や、タフに戦い続ける事のできる山崎や、上下動をいとわない酒井や比嘉や吉田と言ったサイドバックがいるだけに、敵の前掛りは歓迎するところだろう。サッカーの常識から考えると、日本が引き分け以上の結果を残せる可能性は極めて高いと言える。繰り返すが、課題を修正すればだが。
 ただし、あのひどい試合後の関塚氏の発言を読むと、非常に不安になってくる。氏はあれだけ明らかだった課題を的確に認識していないのではないかと。勝って嬉しいのは理解するが、あれだけ反省が多い試合だったにもかかわらず、さらには反省点が明確な試合だったにもかかわらず、何とも能天気な記者会見の発言に、不安を感じるのだ。
 とにかく、あの試合は(いや、このチームは他の試合でもそうなのだが)、常にせわしなく変化に欠ける攻撃を繰り返したのみならず、無理に攻め急ぐ事で敵の逆襲を再三許していた。全員が献身的に、シリアのよさを引き出した試合と言ってもよかった。
 もちろん、1点差でリードしている終了間際にCBの濱田がCKで得点を狙いに行くなどセオリーに反しシリアへのリスペクトを欠いた事、相変わらず最大の武器の1つである酒井宏樹をうまく使えない事、単調なセットプレイを繰り返した事など、総じて「判断力」に欠けた試合だった。
 よく、上記の問題を解決するために、柴崎なり茨田のような冷静にボールを回し、テンポを落とせる選手を呼ぶべきだと言う意見が多い。けれども、関塚氏は敢えて彼らを呼んでいない事、山口や扇原がセレッソ戦ではあそこまで急ぎ過ぎていない事を考えると、関塚氏が「あのようなせわしないサッカーをやりたがっている」のではないかと、いっそう心配になるのだ。

 もう1つ。
 関塚氏のメンバ選考に疑問を唱える向きも多い。かつての五輪代表を思い起こしても、これだけJで実績を挙げている選手が選ばれていない五輪代表は珍しいからだ。丸橋、高橋峻希、柴崎、茨田、青木、大前、水沼、金崎、工藤、宮吉、小野裕二ら。さらに海外でプレイする宇佐美、宮市、大津ら。もちろん、代表チームのメンバ選考への不満は永遠の酒の肴。私自身、青木と大前は必ず呼ぶべきではないかと言いたくなるし、海外でプレイする大津(あるいは宇佐美)に拘泥するならば他の国内選手に門戸を開くべきではともツッコミたくもなる。
 ただ、この関塚氏の考え方は、プラスに考えるべきだと思う。8年前のアテネ五輪、当時の山本昌邦監督が、常に大量のメンバを選考し、大会直前、いや大会に入ってからも「テストごっこ」を繰り返し、ベストはおろかベターなチームさえ作れず惨敗した事を考えれば、関塚氏のやり方はずっと納得できる。そして、今回のメンバ選考も従来のメンバに加え、J2で秀でた実績を挙げて来た齋藤学、選手層の薄いCBに大岩と高橋祥平を呼んでいるのも妥当な選考だ。清武の不良離脱は痛いし、本来であれば代わりの選手も呼びたかったところだが、上記した2月のオフと言う事を考えると難しかったのだろう。
 そう考えると、この問題は、日本サッカー界の選手層が極めて分厚くなっただけの事のような気もする。そして、これだけ豊富なメンバがいるにもかかわらず、センタバックにタレントが少ないのは、何ともおもしろいものだ(だからと言って先々どうなるかわからないのは言うまでもない、北京五輪世代では一番タレントが不足気味だった前線だが、多くが大化けして今日では代表の中核にまで成長しているのだから)。

 まあ、こうやって、ああでもない、こうでもないと言うから、代表戦は愉しい(いや、別に代表戦に限らず、いつも、ああでもない、こうでもないと講釈を垂れているのだが)。前向きになってテレビ桟敷から必死に応援するべきだな。何のかの言って、関塚氏は、アジア大会以降、ちゃんと勝ち続けているのだから。
posted by 武藤文雄 at 23:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月30日

しつこく五輪代表について

 少ししつこく、五輪代表について考察を続けます。講釈師流邪推の連発ですよ、あくまでも。
 
 エルゴラとダイジェストの五輪代表記事は、このシリア戦に相応の高い評価を与えている。その論調は、同点にされた後に勝ち越した事を「成長」「収穫」と捉えている。しかし、戦闘能力がより高いチームが、後半半ばに追いつかれ、そこから突き放すのは、サッカーでは当たり前の事。さらに言えば、この五輪代表は昨年のアジア大会制覇と言う実績が証明するように、元々勝負強いチームなのだ。ヘマな試合展開で突き放し損ねた、あるいは同点にされたのを、戦闘能力差で勝ち切った事を、今さら誉めるのは、かえって彼らに失礼ではないのか。
 もう1つ、ダイジェストは「清武、原口をA代表に取られ、主将の山村を負傷で失いながら」と書いていたが、これもなあ。関塚氏は自ら敢えて、大前、茨田、青木、金崎、小野、柴崎と言ったタレントを選考外にしているのだ。やや人材に欠ける感のある最終ラインならさておき、中盤より前については「人材不足」は禁句だろう(もちろん、前任の反町氏と異なり、関塚氏は一切、自らの人材には不満を発言していない模様だが)。

 とにかく、五輪代表がおよそ知性に欠ける試合を続けているのは確かだが、では各選手が知的でないか、となると、そうは思えないのだ。扇原にしても山口蛍にしても鈴木大輔にしても酒井宏樹にしても、少なくとも私が見たJの試合では、格段に知的なプレイをしている。
 だから、多くの人が「若いから仕方がない」と語っているのにも、賛同しかねるのだ。試合の短い局面で、「カッと」頭に血が上って、知的ではないプレイをするなら、「若さ」かもしれない(まあ30歳になっても、そう言う選手も結構いるけれどね)。けれども、普段のJでよほど創意工夫あるプレイをしている選手なのだから、単に「若さ」で片付けてよい議論とは違うのではないかとも言いたくなる。
 そう考えると、五輪代表のあの急ぎ過ぎのプレイは、やはり関塚氏の責任ではないか、と思えてくる。もっと、いやらしい言い方をすると、各選手に「とにかく早く前に速いボールを入れろ」と指示をして、各選手はとにかくそれに従っているのではないかと。
 さらに邪推を発展させると、関塚氏が上記のJで実績あるタレント達を敢えて選考していない理由は、「自分の言う事を聞かないからではないか」と。拙ブログのコメント欄を含め「柴崎を選べば改善」との意見も多いが、その柴崎にしても、関塚氏は合宿に呼んでいるのだよね。それでも選考してない。つまり、「柴崎がいない方が強い」と、関塚氏が考えているのではないかと。

 まあ、「憲剛とジュニーニョがいない関塚さんは只の人」と言う向きも昔から多いのだが。

 いや、逆の見方もある。
 関塚氏は何と言っても「憲剛を育てた」男なのだ。私が憲剛を初めて見たのはこの試合だったが、この時でさえ、憲剛は24歳、大学を出て2年目だった。つまり、今の扇原や山口よりも年齢が上だった。前向きに考えれば、関塚氏は信念を持って「第2の憲剛」を育てていると。
 さらに言えば、関塚氏の背後には、ザッケローニ氏も原氏もいるのだ。彼ら2人が、この悲しい五輪代表を見て、「それでよし」と考えているとは、とても思えない。
 そう考えると、この情けないシリア戦の内容は、実は我々凡人には計り知れない何か壮大な仕掛けが隠されていたのではないかとも思えて来たりして。来ないか。

 ともあれ、敵地シリア戦は2月5日との事。
 厳しい日程だ。このチームのほとんどの選手は、今年ようやくシーズンを通して戦い抜く経験ができ始めた若手選手。若いから肉体的疲労の影響は少ないかもしれないが、精神的には相当な疲労が溜まっているはず。しっかりとした長期休暇を取らせるべき。したがい、この敵地シリア戦は、現実的にチーム強化の時間はほとんどなく、各選手の体調を揃えるのが精一杯だろう。
 バーレーン戦のように「安全第一」風のロングボール戦法だが、これはシリアの思う壷。不正確なロングボールならば、容易に2番は止めてくるだろうし、日本の押し上げがほんのちょっとバランスを崩せば、その奪われたところから、ロングボールで例の10番が突破を狙ってくるだろう。そうこう考えると、次のシリア戦は苦しい展開が予想される。
 いや何、簡単な事なのだ。この国立の試合を反省して、中盤で急ぎ過ぎず、つなぐ所はちゃんとつないでくれれば、何も問題ないのだけれどももね。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(11) | TrackBack(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月28日

深刻な五輪代表

 五輪代表は、非常に苦しい試合ながら、国立でシリアに重要な勝利。この手のタイトルマッチはとにかく結果が大事なので、本当によかった。本当によかったのだが...
 
 内容は最低としか言い様のない試合だった。

 日本選手の技術、フィジカルはすばらしい。すばらしいのだが、あまりに判断力が低いのだ。この判断力の低さは、先日のマレーシア戦でも見られたが、何ら改善されていない。ここまで、あまりに稚拙で愚かな試合展開を見せられると、そしてマレーシア戦以降それが何ら改善されていない現実を考えると、何かしら絶望的な想いに囚われてしまう。

 とにかく前に前に急ぎ過ぎなのだ。
 中盤なり後方で、ボールを回すのと、縦に急ぐのとのバランスは、常にサッカーにおける重要な課題だ。安全サイドのために、ボールを回してばかりいると、およそ迫力のないサッカーになり、結局その回したボールを奪われて速攻を食らったりするなど、ロクな事はない。だから、いつも各選手は縦にボールを出して突破を狙えないか、考え続ける必要がある。
 けれども、このチームは、いつもいつも縦を狙う事を考えているのはなく、機械的にすぐに縦を狙ってしまう。特に中盤の扇原と山口蛍が顕著だが、最終ラインの選手も皆同じ傾向がある。パスの出し手は、自分の体勢が必ずしもよくないにもかかわらず、縦に速いボールを早めに入れようとする。そのような縦へのボールは、精度とタイミングが重要なので、体勢がよくなければ、成功の確率は低い。また、当然受け手も常に準備できているとは限らない。そんなこんなで、再三前線で簡単にカットされ逆襲を許してしまう。
 シリアのトップの10番の能力の高さは見事だったし、7、8、9も皆よいタレントだった。こう言った選手に前線でボールを渡すと、苦しくなる。だからこそ、簡単に速攻を許さないように、攻撃(要は悪い奪われ方をしない事)を工夫するのが重要。しかし、上記の通り皆で無理をしては、速攻を許すと言う展開となってしまった。特に後半は、せっかくリードしているのに、それを繰り返すのだから...
 さらに悪い事に、いつもいつも縦に入れてくれば、敵の守備陣だって慣れてくるし、読みやすくなる。特にシリアの主将の2番はフィジカルや1対1の強さも中々だが、何より読みがよいので、この日本の単調に縦に入れる攻撃はほとんど押さえられてしまった。
 また急ぎ過ぎるので、サポートが間に合わないと言う問題もある。両サイドバックの酒井も比嘉もスタミナが豊富な選手で、上下動を繰り返すのは得意のところだが、ボールよりは速くは走れない。だから、彼らのサポートが間に合わずボールを奪われる事も多かった。そうなると、サイドバックの裏を速攻で突かれると言う悪循環にもつながる。
 一方で、日本は前線近く(具体的に言えば、敵ゴールラインから20m程度の奥深く)で、1対1なり2対2なりの状況に持ち込む事ができれば、次々と決定機を作る事ができていた。決勝点がその典型で、単純なサイドチェンジで比嘉が前線奥深く進出、あの疲労していた終盤に見事な脚力で突破し、鮮やかなクロスを上げてくれた。この他にも、大迫も直輝も大津も、前線で前を向ければ、見事な能力を発揮していた。この日、後方からの急ぎ過ぎのパスをうまく収められず2番に完敗し続けた大迫だが、よい体勢でボールをもらった後半の1回だけは見事に2番を振り切り抜け出して決定的なシュートを放っていた(GKがこぼしたボールを大津が詰めるが、直輝がブロックしてしまった...ただ、大迫があの場面でカーブをかけたシュートを狙い、グラウンダの強いシュートを打たなかったのに不満はあるのだが、それは今日の本題とは関係ないのでここまで)。

 日本の各選手がいつも「前に前に」と急ぎすぎず、時にはゆっくりとボールを回せば、あそこまで敵の速攻を食らって苦しい思いをする事もなかったはずだ。また、そうやって敵の守備の様子を見て、パスの出し手も受け手もよい体勢の時に前線にボールを入れていれば、もっともっと前線の選手の特長が発揮できて決定機を作れたはずだ。
 言い方を変えれば、この日の日本のサッカーは「みんなで必死になって、日本のよさを消し、シリアのよさを引き出す」ものだった。まあ、興奮はしたけれどね。

 他にも判断力の欠如は多数見受けられた。
 
 相変わらず、お互いの特長を活かそうとしていない連携の稚拙さ。
 たとえば、酒井宏樹の右足のクロス、大津の突破力、山田直樹の緩急など、このチームには既にJでも相当の実績を挙げている武器がある。けれどもマレーシア戦でも指摘した通り、それらの特長を相互に活かそうとする意識が低過ぎる。お互いが、チームメートを4−5−1と言う風に並んでいる「駒」としか思っていないのではないか。
 酒井がタイミングよく前進しようとしたスペースを東がわざわざ斜行して埋めてしまう。後方から挙動を開始して、緩から急に動いてスイッチが入る山田が大迫より前でボールを受ける。大津は上記急ぎ過ぎのために、結果ハーフウェイライン付近のゴチャゴチャの突破に、エネルギーを費やす事になる。大津がハーフウェイライン近傍で、鮮やかな個人技を発揮するのに、何の意味があるのだ。
 結果的に、どの選手もJで(おっと大津はブンデスリーガか)見せてくれている魅惑的な特長を発揮できない事となっている。

 セットプレイの工夫の少なさ。
 敵陣近いセットプレイは、山田と扇原が蹴る。2人がボールの前に立ち、1人目がボールをまたいで走り抜け、もう1人がクロスを狙う。全く同じパタンを試合中ずっと続ける忍耐力と創意工夫のなさ、ある意味で感心した。もちろん、すべてシリア守備陣に読まれてしまったけれど。
 前半の先制点はショートコーナで敵DFをボールウォッチャにする事に成功した事によるものだった。そのような成功例があったのだが、どうしてFKにもそのような変化を取り入れないのか。失敗を繰り返すのも情けないが、成功を取り入れられないのも悲しい。

 時間の使い方の稚拙さ。
 前半終了間際に、濱田の得点でリード。本当ならば、ここで厳しいプレスをかけて、自陣にボールを入れずに前半を終えたいところだったが、安易に攻め込みを許しFKを与えてしまう。そのFKが逆サイドに流れたを拾ったのが比嘉。ここで比嘉は信じられない判断をする。既にアディショナルタイムが終わろうとしているのだから、敵陣深くのタッチに蹴り出してしまえばよかったのに、前線にフィードしたのだ。そして、そのボールを拾われ、再度シリアは攻め込みを許した(日本が何とかしのいで前半終了)。敵陣タッチに蹴り出していれば、そのままタイムアップとなったかもしれないし、もしそうならずとも敵陣のスローイン。まず、危ない場面を作られる心配はない。こんな事、普通にサッカーをやっている小学生でもわかっている事だ。
 苦労して苦労してようやく突き放した後半アディショナルタイム。永井の頑張りでCKを得た。あとはコーナフラッグ近傍でボールキープして時計を進めればよい場面。ところが、その場面で濱田が得点を狙い敵陣に進出したのだ。ただただ呆れてしまった。これは、判断と言うより、サッカーのセオリーなのだ。このようなケースでは、無理をしない方が、勝利の確率は格段に高い事など、これまた小学生でも知っている事だ。
 厳しいタイトルマッチを戦っていると言う緊張感を持っているのか?、シリアに対するリスペクトを持っているのか?と問いたくなるような愚かなプレイだった。

 繰り返そう。
 全軍で必死になって、日本のよさを消し、シリアのよさを引き出した一戦だった。

 これだけひどい試合をしても勝つ事ができた。正に「勝ちに不思議の勝ちあり」とも言うべきか。いや、不思議ではないのかもしれない。圧倒的な戦闘能力差がありながら、それを最小にする作戦で苦戦したが、結局それでもなお埋められない差があったと見るべきか。
 2月5日はシリアとの敵地戦。この日の不出来の反省があれば問題ないと思う。しかし、勝利に興奮した関塚氏のインタビューを見た限りは、不安は高まるばかりである。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(8) | TrackBack(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月22日

史上最強だが、このままでは将来性を感じない五輪代表

 五輪代表はマレーシアに2−0で快勝。戦闘能力差は明らかではあるが、難しいタイトルマッチの初戦。勝ち点3を確保した事は評価されるだろう。
 また戦闘能力面から見ても、過去の五輪代表と比較しても史上最強ではないかと思わせる陣容。唯一CBがタレント不足を取りざたされる今回のチームだが、ボランチやサイドバックからのコンバート、長身選手に拘泥しないなどにより、存分に対応可能な選手層を持っていると見る。関塚氏が、レッズでほとんど出場経験がない濱田に拘泥する意図は不明だが、酒井宏樹、山村、扇原、村松ら、少なくともアジア予選を突破するのに必要なセンタバックはそろっているのだから。もちろん、ロンドンでは闘莉王、麻也、今野など。中澤と言う手もあるし。
 試合のねらいも各論的には悪くない。3ラインを維持し、組織的に守るマレーシアの守備は中々強かった。それに対し、山村と扇原が素早くボールを散らし、守備ラインを分散させる。両サイドでボールを収めると、両酒井のサイドバックが押し上げ、数的優位を作る。そこから、速いボールを軸に中央の崩しを狙う。クロスが上げられないと見るや、高速パスをつないで中央突破も狙う。ボールを奪われるや、すぐに守備に切り替えてボール奪取を目指す。正に教科書通りの策を、執拗に繰り返した。サボる選手もいないし、全員が集中して戦い続けた。

 けれども、少なくともこのマレーシア戦を見た限り、得点の匂いが薄いのみならず、チームとしての将来的な伸びしろを、あまり感じなかった。全員の努力はすばらしいが、走りすぎ、戦いすぎ、急ぎすぎているのだ。そして、結果として生じる問題点を、具体的に3つ指摘する。
 1つには、「守備の堅い相手を崩すためには、早くかつ速く攻める事が必要」なのだが、その手段(早くかつ速く攻める事)が目的化してしまっているように思えたのだ。たとえば、典型的なのは開始早々の決定機。左サイドを人数をかけて崩し、酒井高が高速のセンタリング、大迫がトラップし損ねたボールを、トップスピードで走りこんだ清武が抜け出すが飛び込むスピードを制御しきれずシュートがミートできずに、GKに防がれた。速いボール回しで敵DFも崩せたが、自分たちもそのスピードを制御し切れなかった攻撃だった。以降も、このような高速攻撃ばかり狙い、結果的に己のスピードを制御しきれずに、崩しきれない場面が頻出した。そんな、しゃかりきになって、急がなくてよいのだが。
 2つ目。お互いがそれぞれのの特長を活かそうとしていない。たとえば、このチームには、酒井宏樹の高精度クロスとか、原口の強引なサイド突破からのシュートとか、永井の縦に出る速さとか、Jリーグでも猛威を振るっている「ずば抜けた武器」が多数ある。たとえばレイソルならば、全ての選手は酒井宏に右足で狙い澄ましたクロスをいかに蹴らせるかを常に考えている。グランパスならば、一部の選手は永井の縦の速さを活かす長いボールを常に狙っている。レッズならば、山田直輝と平川と田中達也は、原口の爆発的ドリブルが活かせるような動きを常に意識している。けれども、この五輪代表はそのような、チームメートの長所を活かそうとする配慮が、およそ感じられない。厳しい言い方をすれば、知的ではない戦い方。
 そして3つ目。よい意味でのチーム内の上下関係がなさすぎる。よいチームと言うものは、一種の上下関係があり、中核を担う選手と、彼らに献身する選手とのバランスが必要。ところが、このチームは主将を大学生の山村が務めていたり、エース格の永井も大学出立てでグランパスでは地位を獲得していなかったり、チームの背骨となるCBがJでの出場経験が浅かったり、本来であれば大黒柱の香川は既に大出世してはるか彼方に行ってしまっていたり。要は、「この人が大黒柱!」と言う存在がいないのだ。結果、何か全員がチマチマ動きまわる試合となっている。もちろん、この試合の清武は「自覚と自惚れ」十分で、本人は仕切る気持ち十分だったが、何せ大迫も原口も東も永井も山崎も「何くそ、清武には負けるものか」状態だったし...

 まあ、それもこれも、みなA代表のプレゼンスが上がった事、同時にA代表の中核が欧州で活躍している事など、日本のサッカー界のレベルが上がったからなのだろう。ために、選手たちは五輪代表に選ばれたくらいでは全く満足していない。目標は果てなき上である事が、正確に日本サッカーのトップレベルに定着してきたという事だろう。15年前のように、五輪代表のエースになった事で天狗になって、自らを見失うタレントが出るような悲しい事態を観る事はもうないのだろう。しかも、代わりとなる同世代のタレントが無数にいるし。
 だから、彼らは皆必死にまじめに戦ったいるのだ。そして、そのまじめさが、変化を奪い、試合を苦しいものにする。いや、難しいものだ。
 関塚氏の悩みも深いな。まじめにがんばれば、よいサッカーになる訳ではないと言う現実。しかも、技巧も皆問題ないのだから。いかにチームに知性を織り込むのか。日本サッカー界も、こんな高級な悩みを味わえるようになったのかと思うと感慨深い。
 うがった見方もできる。ザッケローニ氏と関塚氏は、確信犯としてこのような単調な試合をしているのではないかと。喉から手が出る想いで探している、前線にフィードができる180cm後半の高さのあるディフェンダ。逆襲速攻時に、強引に少人数で突破しきれる前線のタレント。この五輪代表には、完成度はまだまだだが今のA代表には少ないタレントになり得る素材が多数いるのだ。そう考えると、この2人が確信犯で、五輪代表をA代表の人材開発機関と捉えているようにも思えるではないですか。
 言うまでもなく、現状から脱却する方法も無数にある。大前や水沼倅や青木のようにクソ頑張りできるタレントを起用する事で、よい意味でのチーム内の献身者が生まれ、バランスをとる事ができる。指宿のように酒井宏のクロスをたたき込むスペシャリストになりそうな人材もいる。もちろん、茨田のように高精度のパスを操れる選手、山田直輝のように緩をうまく使って急を活かせる選手、小島秀仁や柴崎岳のようにパスの感覚が非常に高いタレントもいる。

 まあ、このマレーシア戦のチームには、不満が多かった訳です。そして「関塚氏が何を狙っているか」もよくわからない現状もあります。だから、これ以上はどうこう語れません。このチームが五輪出場権を獲得し、ロンドンで相応の成績を残すのは、間違いないでしょう。だからこそ、関塚氏の評価は「ブラジルでロンドン世代の選手がいかに世界を席巻するか」と言う事になるのでしょうね。
 だからこそ、でかくて速いのだけでなく、頑張れて精度高くて狡猾なのも、試合に出すべきだと思うのですが。陳腐な締めですみません。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(6) | TrackBack(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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