レッズ−エトワール戦、私はレッズサポータの方々の真ん中で観戦する機会を得た。ご承知のようにトヨタカップのチケットは完全指定席方式。さすがのレッズサポータ諸兄も、まとまった席の確保は困難だったようで、ゴール裏2階席中央部に終結を試み、たまたまその一角の席の指定券を私が持っていたと言う事なのだが。
キックオフ約15分前にゲートをくぐると、通路はレッズサポータ諸兄で満ち溢れている。その混乱を掻き分けて自分の席に行くと、赤い服を着たお嬢さんが荷物を置いている。
「すみません、ここは私の席だと思うのですが。」
と言うと、慌てて荷物をよける。どうやら、とりあえず空いている席を占拠していただけの事らしい。後から後から指定券を持った人間が来るたびに混乱が起きる。若い男性レッズサポータが
「すみません、悪いのは我々だと言うのはわかっています。拙ければすぐどきます。他にやりようがなくて...」
と言い訳していた。クソ真面目な考えからすれば「自分の席で応援する」と言うやりようはあるかもしれないが、私はそのような杓子定規な野暮は大嫌いだから、できる限り協力した。とにかく詰めて立って通路も使えば、座席数の倍以上の人数が収容できる。不平がありそうな方には
「彼らは決勝になればいなくなるのだし、大事なタイトルマッチなのだから、協力しましょうや。サッカーちゅうのはこう言うものですし。悪いのは日本協会ですから」
と、レッズに無関係そうな声の大きい中年男がなだめて周辺の整理を行なえば、少しはトラブルも小さくなると言うものだ。周辺にトラブルがあると、集中して観戦できないと言う切実な事情もあったのは認めるが。それにしても、他クラブのサポータから再三レッズサポータの量に任せた狼藉に対する不平をよく聞くが、この日に関しては私の周囲にいた皆さんは皆礼儀正しかった。
この大会の日程が準備された時点で、レッズ(あるいはフロンターレ)がこの試合に登場する確率は決して低くはなかった。(地元枠と言う極めて恥ずかしい問題を抜きにしても)例えば1万人分とかの枠をACLの決勝終了後に売り出すだけで、状況は随分と改善されたと思うのだが。
考えてみれば、他のクラブの応援振りを横から眺めるのは簡単だが、サポータの真っ只中で観戦すると言うのは得難い経験だ。
この日私のスタンスは「結構熱心にレッズに勝って欲しい」と言うもの。それは以前から述べているように、私はベガルタのサポータであると同時に日本代表のサポータであり、世界の中の日本サッカー界のプレゼンスが向上するために、この大会における日本クラブの好成績は重要だと思うからだ。だから、ミラン戦では、レッズがよいプレイをすれば「持ち上がれ阿部!」とか「よっしゃ啓太!」と騒いでいたし、失点場面では「あいやー坪井!」とか「中央に2人目が来るぞ!」などど絶叫していた。
しかし、レッズサポータに囲まれた状態は想定していなかった。と言って、一緒にコールしたり歌うのもねえ。少なくとも私の周囲のレッズサポータの方々ほど、心底勝利を祈っているかと言うと何とも言えないし。大体、「UuuuuhW! uWashington!」コールならさておき、心の中で、「Ah... I am not a member of REDS, but ... I sincerly hope REDS will win...」などと思いながら「We are REDS!」なんてコールするのは、やはりレッズ諸兄に失礼と言うものだろう。
ともあれ、歌ったり踊ったりコールしたりを除いては、レッズサポータと呉越同舟(もっとも呉と越ほど敵対はしていないと思うが)しながら、ミラン戦同様、あらん限りの声で好き勝手な野次を飛ばし、坪井と都築のおバカに頭を抱え、ワシントンの得点に絶叫する事になった。PK戦後は横にいたおじさん(と言っても私よりは若かったな)に勧誘され肩を抱いて踊り狂う事になったのだが。
他のクラブの応援振りを間近で見るのも、勉強になるものだな。大体、遠くで聞いていると、コールや歌は何を述べているのか聞き取れない事が多いのだが、さすがに間近で聞けば意味もよく理解できる。確かに「赤き血のイレブン」は格好いいし。ちなみに一緒に観戦していた友人が、「あの永井って言うのは、玉井真吾の息子なのか」と訳のわからない発言をしていたな。違うよ、大永井の息子はレイソルだって。
1つだけ残念な事。試合終了後、レッズサポータ達が「We are DIAMONDS」を歌い始めた。あの「Sailing」の節のやつだ。普段レッズの試合後にこれを聞くのは忌々しい思いになる事も多いが、この日に関してはまあよいだろう。
と思っていたら、主催側が信じ難い暴挙。サポータが朗々と勝利を愉しんでいる時に、突然Chemistryが現れて、歌い始めたのだ。当然、競技場中のスピーカから歌声が流れ始める。繰り返すが、これは許し難い暴挙だ。サッカー場はサッカー人のためにある。試合後、サポータは勝利を喜ぶ権利がある。それを土足で踏みにじるような行為である。加えて、この時点で決勝のキックオフまで1時間以上時間があった。ほんの数分くらい待てば問題なかったのに。つまり、最初の台本がヘマだったのだ
これは、Chemistyはもちろん(と言うか、あれだけのミュージシャンがあのような悪い雰囲気で歌わざるを得なかったのは気の毒だ)、仕切った広告代理店が悪いのではない。悪いのは日本サッカー協会だ。あのようなイベントでは、台本製作前にサッカーサイドが「サッカーの都合」を適切に伝えておかなければならない。もっとも、当日の進行現場側も柔軟な進行をもう少し考えてもよかったとも思うが。Chmistryのスケジュールの都合だろうか。
まあ、レッズサポータ達もさすがで、全く妨害を気にせず朗々と歌っていたけどね。
終盤ボロボロになっていたレッズについては
過日述べた通り。心底「どうしてこの男達は戦い続けられるのだろうか」と思った。そして、それに対する推論を少し。
上記の私の疑問に対し、「レッズサポ」さんが「客席にいたなら、わかるでしょ?」とコメントして下さった。おそらく「レッズサポ」さんは「自分達の壮大な応援が選手達を支えたのだ」と言いたいのだろう。
しかし、それは違うと思う。もちろん、応援が勝たせる試合と言うものは結構ある。しかし、応援でいつも勝てるならば、レッズはJリーグ黎明期からトップを走っていただろうし、ベガルタだってすぐにJ1に昇格している(泣)。
この日参戦できたレッズサポータの方々の見事な応援は実感したが、個別のサポータの応援そのものはどこのクラブでもそう変わるものではない。レッズ応援席の真ん中にいたベガルタのサポータがそう実感したのだ。いや、他クラブのサポータの方々だって、そう考える事だろう。
しかし、レッズサポータが他クラブより優れている事がある。あの多人数のサポータの整然とした応援だ。言うまでもなく、まず人数が違う。さらに、その人数にも関わらず、声が揃っているとか、ブーイングのタイミングがよい、とかの応援技術も相当なものだ。さらに加えて、入場時の見事な自主規制とか、チケット確保の手練手管など、競技場周辺でのスキルも大したものだ。レッズサポータの凄さと言うのは、そのような総合力なのだ。無論、時にその凄さが他クラブのサポータに大いなる不快感を与える事例も見聞きするのだが、それはこの日の本題ではない。
しかし、この日は上記した日本協会のチケット販売の段取り悪さもあり、これらのレッズサポータの利点を思うように活かせない試合だった。そう、この日のレッズは上記「レッズサポ」さんがおっしゃってくれた「客席にいたなら、わかるでしょ?」が、通常通りに機能しない日だったのだ。極端な事を言えば、この日のレッズイレブン(正にイレブンだよな、オジェク氏は交代すら使わないのだから)にとっては、この日本協会の段取り悪さに始まるサポータの少なさも、苦闘の要因と言えたかもしれない(誤解されては困るが、私の周囲のレッズサポータの方々は大したものでしたよ)。
それでは彼らは勝ち抜いた。だから感心したのだ。「どうしてこの男達は戦い続けられるのだろうか」と。
おそらく、累積値なのだと思う。
今年の
天皇杯決勝で、私はブッフバルド氏がレッズに叩き込んだ「勝利のメンタリティ」に感心した。そして、その「勝利のメンタリティ」は今シーズンを通してさらにレッズの中で研ぎ澄まされたのだろう。選手のプロフェッショナルな姿勢と、(あの非交代策、ターンオーバの否定により私はオジェク氏をあまり評価していないが)オジェク氏を初めとするコーチ陣の指導と、阿部の補強に代表されるフロントの手腕と、そして過去から綿々と続けられてきたサポータの応援と、それぞれが累積し、この日の信じ難い勝負強さになったのではないか。
あの苦しい後半戦、2−1に突き放したきっかけは啓太の「ここしかない」と言う場面での前進だった。同点となった終盤、これまでフラフラボロボロだった若い細貝の攻め上がりから決定機を掴んだ。彼らのあの信じ難いガンバリは、過去のレッズの累積値が作り上げたものだったのだ。
今シーズンは、フロンターレの
凄絶なPK負けと、レッズの信じ難いPK勝ちを体験できた。この2試合共にJリーグ15年の集大成とも言うべき試合だったのだ。