2013年07月13日

くだらない自惚れ

 本業の都合で、ブラジルとチリに滞在。サンティアゴで、南米最後の夜を迎えています。ベガルタの結果に一喜一憂しながら。
 どうしようもなく忙しいのですが、サンパウロでポルトゲーサ対クルゼイロを見る事ができました。連れて行ってくれた人の手違い?で、アウェイのクルゼイロのサポータ席のど真ん中を体験できたりして。
 また、クリチーバに行ってきました。ビジネスパートナが、コリチーバの熱狂的サポータ。25年前に派手なフェイントで敵DFを抜き去る事でブラジル南部の小都市のサポータを熱狂させた細身の若者が、20年前には格段に線が太くなり全国民を熱狂させる多産系のストライカに成長した話で盛り上がりました。

 ちょっとした国際会議?の座長をしたのですが、出席者はアメリカ人3人(生粋のヤンキー、ユーゴスラビア系、アラブ系)、チリ人1人、コロンビア人1人、そしてブラジル人1人(サンパウロのサポータ、「武藤さん、なんで去年コリンチャンズのサポータがあんなにたくさん日本に行ったかわかりますか?あいつらが世界一になれるのは100年に1回なんですよ、その点俺たちは過去3回世界一になっているから」と言う奴)、そして日本人2人(サッカーあまり詳しくない若い女性、中年のサッカー狂おじさん)。
 で、晩飯の話題はやはりサッカー。皆が「コンフェデの日本は見事だった、特にイタリア戦はすばらしかった。」とかお世辞を言う(まあ、お世辞を言われる立場なだけだけれども)。
 そして、段々我慢できなくなって、とうとう英語版サッカー講釈。
「今度のコンフェデは日本にとって失敗の大会だった。だいたい、遠藤がピルロと同等の中盤構成ができる事はわかっていた事、パウリーニョの方が点を取れるし、シャビの方が変化が多いけれど。長友と内田の両サイドバックは世界最高レベル、まあマルセロとダニエウ・アウベスの方がちょっとうまいような気もするけれど。岡崎、香川、本田の攻撃ラインはどんな相手からでも点はとれる、ちょっとブラジルやウルグアイに比べると迫力に欠けるかもしれないけれど。だから、あのくらいできて当然。特にイタリア戦は最悪の試合、2対0から、あんな追いつかれ方しては、とてもではないが本大会で上位進出は望めない。」
などと、皆で盛り上がりました。

それでサンパウロのサポータが言ってきました。
「Muto san, I think you were born in a wrong country. You should be a Brazilian. 」
思わず、ニヤリとしながら答えましたよ。
「Yes, I respect Brazil. But... I love Japanese football and I am happy I am a Japanese. 」
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2013年05月27日

ドイツに勝つためには

 欧州チャンピオンズリーグ決勝。改めて「ドイツのサッカーってすげえなあ」と感心する試合だった。そして、最近は自惚れも相当になってきているので、「このレベルのチームにそれなりに抵抗できないと、ワールドカップの上位進出はないな、どうしたらよいのか」と考えられるようになってきた。

 前半のドルトムントの高速プレス。バイエルンもそれを堂々と受けて立つ。両軍とも、ほとんどスペースがないような目まぐるしい試合展開。とは言え、主導権は先に仕掛けたドルトムントのもので、幾度か決定機を掴むが、そこにはGKノイアーが立ち塞がる。一方、バイエルンにはどのような状況でも、ボールを収めて起点になれるリベリーと、超高速化でもボール扱いがぶれないトーマス・ミュラーがいる。僅かにドルトムントのプレスをかいくぐれば、相応に決定機を掴める。しかし、ドルトムントGKヴァイデンフェラーも再三の美技。
 さすがに後半に入り、ドルトムントのプレスがゆるみ、試合は少し落ち着く。そうなると、両軍の「戦闘能力差」が少しずつ出始める。60分に、リベリーとの芸術的なワンツーで抜け出したロッベンがヴァイデンフェラーを引き出してゴールラインと平行のセンタリング、マンジュキッチが押し込み、バイエルンが先制。しかし、ドルトムントは再び奮起し攻勢に立ち、ロイスの単身突破に気圧されたダンテが明らかなPKとなる反則。ギュンドアンが決めて同点となった。
 ここで、試合は落ち着くのかと思ったが、ドルトムントは再び攻め合いを挑む。しかし、そのやり方は「戦闘能力差」を明確にしてしまうものだった。そして、アディショナルタイム直前、ノイアーの正確なゴールキックを、ドルトムントペナルティエリア僅か外で受けたリベリーは、2人に挟まれながらも芸術的な技巧でボールを収め、後方からトップスピードで抜け出すロッベンにラストパス。ロッベンのボールコントロールは完璧、コースを消しに来るヴァイデンフェラーの裏を突き、角度をつけたサイドキックで勝負を決めた。リベリーとロッベン、ドイツの隣国のスーパースタアが、鮮やかな個人能力で勝負をつけてしまった。
 最後はスーパースタア。そう言うものなのだろう。

 おもしろい試合だった。ちょっとせわしなかったけれども。

 日本代表が、ブラジル大会でドイツ代表と戦うとしよう。とにもかくにも、あの高速プレスにいかに対抗するかどうかだろう。今のドイツは、あのプレスを仕掛ける事ができる事が、まず凄い。そして、さらに凄いのは、相手が同じプレスで対抗してきても、エジルが自前のテンポで組み立て、トーマス・ミュラーがトップスピードでそれを受ける事ができる事だ。南アフリカ大会で、我らが宿敵豪州が、それに踏みつぶされたのは記憶に新しい。いや、ディエゴ率いるアルゼンチンも決定機を外し続けているうちに、やられてしまったな。
 では、どうするのか。

 1つは、あれだけのプレスが来たら、自由にプレイできるのは、せいぜいセンタバックとゴールキーパくらいだろうと言う事。バイエルンは、あのプレスに苦しみながら、ボアテンクとダンテが冷静につなぎ、時にはノイアーも組み立てに参加していた。この試合を見て、ザッケローニ氏がセンタバックとして今野に拘泥する理由が、わかったような気がした。そして、バックアップとして伊野波を重要視する事も。あれだけのプレスで押し込まれたら、最終ラインの選手がしっかりとした組み立てができるかどうかが、勝負を分ける。しかし、その場合失う高さについてどう考えるのか。麻也のバックアップの一番手が、組み立てに相当課題がある栗原である事を併せ、非常に難しい問題である。
 また、そう考えたときに、川島で行き続けるのか、西川を試して行くのかと言うあたりも興味深い。最終ラインからのフィードの精度や、組み立ての冷静さは、西川が川島を上回ると、私は見ているからだ。ただ、上記した今野の強さへの懸念を考えると、川島の高さはとても重要なのだが。すると、やはり闘莉王の事がどうしても気になって来る。と、陳腐な議論。
 余談ながら、遠藤が来年6月まで体調を存分に整え続けられるとすれば、今日のドルトムントの高速プレスに相応に対抗したのではないかとも、ちょっと思っているのだが。一拍フェイントをはさんで、内田にはたいて時間を稼いでおいて、全体を引きつけてから本田に正確な縦パス入れたりして。
 さらに余談。日本代表の将来を考えると、大きくて上手で頭のよいセンタバックとゴールキーパをいかに育てて行くかは、本当に重要になって来るように思える。これを論じるとキリがないから別途。

 2つ目。もし、ここに黄色いユニフォームを着た香川真司がいたらどうなっていたのか。ドドドドドとドルトムントがプレスをかけて、バイエルンからボールを奪い、裏を狙ったときに、香川がいれば一瞬スピードを落とせたとは思う。そうすれば、ノイアーにも迷いが出た可能性はあろう。ただ、そこでボアテンクとダンテとシュバインシュタイガにはさまれて、香川が抜け出せたかどうか(いや、もちろん抜け出して欲しいのだが)。
 言い方を変えよう。このようなビッグゲームで、勝負が煮詰まった85分以降に、香川は味方のGKのロングフィードを敵ペナルティエリア近傍で、しっかり収めてラストパスを出せるだろうか。やはり、リベリーに比べれば、まだまだではないかと思うのだ。メッシ、クリスチャン・ロナウド、ネイマール、リベリー、スナイデル、エジル、イニエスタ、ルーニー。道は遠いと悲観的に捉えるか、比較し得るタレントを所有できると素直に喜ぶか。もちろん、私は後者です。
posted by 武藤文雄 at 00:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月02日

決心

ACLについては、あまりに書きたい事が多すぎる。
ここでは敗戦についてのみ講釈を垂れる。

こういう事なのかと再認識した。
リーグ戦で負けても、下位リーグに落ちても、上位リーグに上がれなくても、次がある。もちろん、相応に戦力が整う年が次にいつ来るかはわからないが。昨年、リーグ優勝を逃した際にも、「もう次の機会は来ないかもしれない」と散々嘆いた。でも、丹念に努力を積めば、それを狙う機会が再度訪れる可能性はあるだろう。

しかしだ。

この2ヶ月半に渡った夢のような七転八倒を再度体験し、今回以上の成果を収めるためには、上記した「再度訪れる」に勝ち抜き3位以上を獲得するか、天皇杯を制覇するのが前提となるのだ。
そこまでの成績を収めて、初めてリセットされた再戦の権利を得る事ができる。そして、そこからこの七転八倒の繰り返し。そして、この繰り返しのもがきを打ち破って、上位進出を目指さなければならない。
挑戦した上で、結果を出して、そこで初めて再挑戦権が得られる。そして、勝負はそれからだ。本当に遠い道だ。

ソウルで、悔しい敗戦の後(もちろん、悔しかったけれど、今日の悔しさの比ではなかったのだが)、一緒に焼肉で宴会を行った仲間に学生さんがいた。彼が言った。「次は、いつあるかわからないですから。」私は笑いながら答えた。「私が生きているうちに次はないかもしれないが、あなたが生きているうちには、次はあるでしょう。」

俺はもう52歳。そう、俺にはもう次はないかもしれない。

その終幕劇。
ウィルソンと言うすばらしいストライカと、イルマトフ氏と言うすばらしいレフェリー。もしかしたら、このすばらしい2人のサッカー人の出会いは、今日が最初だったのではないか。そして、その出会いの場として、日本最高のスタジアムであるユアテックが準備されていた。しかも、ACL1次ラウンド最終戦と言う最高の舞台。
私自身、イルマトフ氏が、私のスタジアムで笛を吹く事に興奮していた。

あれはイルマトフ氏の生涯数少ないミスジャッジだったと確信している。

俺の人生たった1回のACLが、これで終わるなんて。
サッカーって、何と魅惑的なものなのだろうと再認識した。

これで終わるなんて嫌だ。

必ず帰ってくるのだ。
「いつか」なんて悠長な事を言っていられるか。
「来年」帰ってくるのだ。
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2013年04月19日

書けないストレス

 少々本業が忙しい事もあり、真っ当に作文する時間がとれない。落ち着いて考えてみれば、この1ヶ月間で、南京遠征で2日、ソウル遠征で2.5日、仙台帰省で0.5日、合計で5日分休んでいるのだから、稼働の1/4サボった事になる。年度末、年度始めの事を考えれば自業自得である。幸せな事だ。
 ただ、ユアテックFCソウル戦を中心に書きたい事が無数にあるのに、時間的余裕がなくて書く事が叶わない現況は、すごいストレスだ。これまた幸せな事だ。
 時間もないので、大した事は書けないのだが、改めて、敵地セレッソ戦、敵地ソウル戦、地元アルビレックス戦、地元ソウル戦、地元東京戦、と振り返ってみると、何と贅沢な2週間だったと思う。
 特に感慨深いのは、言うまでもなくACLのホーム&アウェイの2試合の狭間に、「最悪」の内容のアルビレックス戦があった事だ。この「最悪」を挟んでの、超難敵との国際試合2本の連戦。特にユアテックの試合内容は、世界中どこに出しても十二分に誇り得る質の高いものだった。しかも、その2試合とも、序盤の攻防が勝敗を分ける事となった駆け引きの妙。さらに、ホーム&アウェイの2試合でのみ味わえる、双方のチームの変化の堪能。ああ、いかん、書き始めると止まらなくなる。
 ともかくだ。短期間のうちの、しかもなじみのあまりない相手との、ホーム&アウェイの妙味。かかるタイトルの重さ。もう最高だ。ブリーラムと江蘇舜天と、とりあえずあと2つが控えている。
 勝ち抜くから、もっと愉しめるのだが。ブリーラムに遠征できない己の情けなさを噛み締めつつ。
posted by 武藤文雄 at 01:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月08日

ソウルにて

 まず敗戦について。
 勝敗の分水嶺が林のファンブルだったのは間違いない。しかし、ベガルタのサポータならば、誰も林を責めないのも当たり前の話。こう言う事もあると言うだけだ。林がこの経験を活かし、ブラジルで林を応援できる事を望むのみだ。
 1点目の失点は、今期おなじみの激しさの欠如。昨期、一昨期に、ベガルタがJで上位進出できた要因は、中盤でも最終ラインで敵が嫌気を指すような激しい守備だったはず。一層の組織守備の洗練、堅牢な敵守備の崩し、それらを目指すのは重要だが、まずは激しさ、厳しさ。原点を思い起こして欲しい。
 前半2点差になってからの試合内容は、悪くなかった。あの難しい環境下で、戦いながら守備を見事に修正させたからだ。特に、蜂須賀や和田が、あの厳しい試合を戦いながら、対処能力の向上を見せてくれたのも嬉しかった。エスクデロとの間合いに苦労していた蜂須賀は、前半終盤からは自分の間合いを確保、エスクデロをよく止めてくれた。押し上げのタイミングを図る事ができなかった和田は、後方を意識しつつも、勝負どころで前進できるようになり質の高い押し上げができるようになった。
 特に和田が上々のプレイを見せてくれた事を評価したい。左サイドバックが固まらない事と朴柱成と再契約しなかった事を嘆く向きが多いが、皆冷静になろうではないか。俺たちの朴柱成が、4月上旬にしっかりと体調を整えられたと思いますか?
 ただ、攻撃はよくなかった。2点差を何とかしたい想いは伝わってきたが、あまりに単調な攻めに終始したからだ。巷で言われるように、敵GK退場後も感心しなかったが、そこに至るまでの時間帯も、とにかく変化が足りなかった。梁の消耗、赤嶺、菅井の不在、ウィルソン、太田の過剰な責任感、ヘベルチの若さなどが錯綜したためだったのだろう。この苦しい時期を乗り越え、ヘベルチの大化けを期待しつつ。
 件のPK直後の単調な攻撃。あれは一種の雰囲気なのだと思う。素人GKに向けてクロスを蹴ればよいのに、実直に柳沢とウィルソンにクロスを上げてしまう。それを修正できない柳沢。ある意味でサッカーの全てを経験した柳沢でも、あの状況を修正できないのだから。やはり、サッカーっておもしろい。くそぅ。
 一方で選手達の戦う気持ち、勝とうとする気持ちが伝わってくる試合だった。だからこそ、悔しくて悔しくて仕方がない想いを抱く事ができ、「異国まで旅して甲斐があった」と、つくづく感じる事ができた。眞露と焼肉を堪能しながら、この悔しさを反芻できる喜びといったら。

 ソウルワールドカップ競技場の雰囲気は、南京のそれに比べれば残念なものだった。
 観客が少ない事はさておき、バックスタンドに変な応援団がいるのだ。妙なチアガールやマスコットがリードする集団、20年以上昔のJSL時代の企業応援団を思い出す雰囲気。後半半ばには、ピッチ上で選手達が死闘を演じている最中に、風船を飛ばす愚行。その他にも、知人によると、試合の流れに関係なく、大騒ぎを演じていたらしい。
 いや、他にサポータがいないならば、それもよいさ。あのJSLの応援団だって、当時は貴重だったのだし。でも、ちゃんとゴール裏には、FCソウルをサポートする見事なサポータ集団もいたのだ。ソウルの得点に歓喜し、ウィルソンのPKを必死に声で妨害する。俺たちと同じような集団が。だから、あのバックスタンドの応援団は不愉快だった。せっかくの好試合への、ただの外乱だったから。
 南京の大観衆、直接触れ合う事はできなかったが、平日の試合のあの大観衆には感心した。そして、あれだけの大観衆があの試合に集まるにもかかわらず、あの国の代表チームが情けない程弱い事を不思議に思った。
 この日のソウル。これしか観衆が集まらず、集まった観衆のあの雰囲気。そして、こう言った悲しいスタンドの雰囲気にもかかわらず、この国の代表チームがあれだけ強い事を不思議に思った。
 近隣のライバルに対する伶俐な観察は、今後も我々の重要な課題となる事だろう。

 南京での引き分けも悪くなかったが、このソウルもすばらしかった。ソウルに来てよかった。先日、ヨルダンに行かなかった己を呪ったが、南京、アンマン、ソウル。この3つのうち、何を選択すべきだったか。やはり南京とソウルだな。アンマンを捨てた己の判断を後悔しつつも、存分に満足している。これだけの贅沢な悩み、たった52年余の人生で味わえた幸運を心底噛み締めたい。ありがとう、梁。ありがとう、遠藤。ありがとう、林。
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2013年04月02日

敵地FCソウル戦前夜

 梨泰院のホテルにて。
 先般の江蘇舜天戦は、上海から数時間の都市南京での、そして週中での試合だった。そのため、2日間お休みをいただいたものの、ただ現地に行って帰ってくるだけの、いわゆる弾丸旅行だった。試合そのものの経験は最高級のものだったが、旅行と言う視点では、あまり面白みはなかった。いや、サッカー体験という意味では最高でしたけど。

 しかし、ソウルとなると、日本からの距離も時間も僅か。明日のキックオフまでの時間は、妻の買い物にでも付き合い、のんびり観光も愉しめると言うものだ。
 この街には想い出が多過ぎる。過去、私が最も多く滞在した事のある異国の街だ。本業、サッカー合わせて、いったい何回この街を訪れた事だろうか。
 この街で観た幾多の試合による絶望と歓喜、若き日に本業で七転八倒した経験、あれこれ堪能した美味い食事、友人達と盛り上がった幾多の宴席。いや、この街が大好きなのですよ。
 最初のこの街経験が、1985年の11月だったのが大きかったのかもしれませんが。ああ、許丁茂。

 この国と、私たちの関係が常に微妙だった事は否定しない。そして、ここ最近の関係がある意味でとても冷ややかになっている事に無力感も感じる。
 しかし、サッカー狂として、隣にこの厄介な国がいてくれた事、これからもいてくれる事に感謝したい。
 だいたい、その横にずっと面積もでかくて、人口は多いが、サッカー的には、何の役にもたたない国もあるのだし。いや、南京は愉しかったですけれども。

 そして、明日。
 私のクラブは、この隣国の首都のクラブと、タイトルマッチを戦う。難しい試合になるだろう。初めてのソウル体験から28年、自分の故郷の私のクラブが、こうやってソウルで戦う日が来るなんて、当時は思ってもいなかった。己の幸せを噛み締めつつ戦うのだ。
 赤嶺のみならず石川まで離脱するなど、悩みも多い。しかし、私は手倉森氏を信頼している。そして、足りないところを埋めるのは、我々サポータの責務だ。
 うん、勝つのだ。
posted by 武藤文雄 at 01:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

5指に入るアウェイゲーム

 1週間以上経ってしまいましたが、江蘇舜天との対戦記です。

 江蘇舜天は、初戦で敵地とは言えFCソウルに大差で敗れている。したがって、ホーム初戦の、この試合は何が何でも勝ち点3獲得が必要な試合となった。ほぼ満員の大観衆の後押しを受け、立ち上がりから最前線で強烈なプレスを仕掛けてくる。
 ベガルタは、このプレスに苦労する。雨もよいの気候もあり、芝が重いのだろう。パススピードが上げ切れない事もあり、プレスをかわす事そのものに苦労してしまい、後方から精度の高いボールを入れる事ができない。そして、左サイドバックの蜂須賀の位置取りのミスを突かれ、幾度か決定機を許す。それを、林の美技や、渡辺広大の身体を張った守備や、バーの助けで、何とか防ぐ。
 そうこうしているうちに、初登場となったジオゴがよくボールを拾い(序盤の交錯場面で警告を食らいながら90分間奮闘したジオゴはすばらしかった)、ヘベルチと梁のキープから、何とかスローテンポに落とし、試合を落ち着ける事に成功した。中でも、後方から丹念に左右にボールを回し、最後蜂須賀が上げた低いクロスを、フリーで佐々木がミドルシュートを狙った攻撃は鮮やかだった。このような攻撃頻度を増やしたかったのだが
 直前のアントラーズ戦と異なり、ウィルソンが引いて前線に作ったスペースに飛び込む人数が少なく、好機を思ったようには作れない。これは、梁が前線に飛び出さない事が大きかった。中盤のパートナのヘベルチの守備力を信頼していないのかもしれない。そうなると、武藤に期待がかかるのだが、いつもの事だが動き直しが少なく、ボールが受けられない。
 嬉しかったのは蜂須賀の成長、上記の通り序盤にミスが目立ったが、難しい戦いを演じているうちに、見る間に位置取りが修正され、安定した守備を披露してくれた。前途有為な若者が、苦しい経験をしながら成長してくれるのを見るのは嬉しい。
 幾度か危ない場面もあったが、60分過ぎまでは、相応にスローテンポに落とす時間帯もあり、何とかしのぐ。そして、手倉森氏は、ここまで我慢した上で、赤嶺と太田を起用した。理屈としては、この交代で、前掛りに来る江蘇舜天の裏を突き、ベストの3トップで点を取って勝つイメージが湧いてきた。
 ところが、江蘇舜天の守備陣は、赤嶺も太田も、よく調査していたのだろう。交代直後の時間帯は、いったん後方を厚くして試合を落ち着けてきた。そして、70分過ぎくらいから、再び前掛りに猛攻を仕掛けてきた。
 こうなると、疲労気味の中盤は相当つらい。比較的元気な赤嶺と太田は、よい動き出しからボールを引き出そうとするが、そこにボールを供給する力がもうベガルタの中盤にはなくなっていた。そして、幾度も決定機を作られては、林やポストやゴールカバーが防ぐ展開になってしまった。ベンチには和田も奥埜もいたのだから、中盤で守れる選手、戦える選手を入れるべきだったのだ。
 しかし、手倉森氏は動かない(まあ、いつもの事だが)。そして、終盤に中原を投入。「勝ちたい」と言う思いもあったのかもしれないし、敵の終盤のパワープレイをはね返す効果も期待したのかもしれない。そして、中原は、最前線でロングボールを受けて、状況を打開しようとするのだが、頑健なCB対応を焦ったか、競り合いでは、ことごとくファウルを連発。有効に機能しなかった。
 かくして、林の神業に安堵する展開が継続。「うわああああああ」「ふうぅぅぅぅ」と、言う発言が錯綜する時間が継続した。そして、江蘇舜天のいかにも中国のチームらしい、単調で強引な攻撃や、シュートの拙さにも助けられ、何とか0対0で試合を終える事に成功。貴重な勝ち点1を獲得できた。

 今まで幾度となく、日本代表を敵地で応援してきたが、この試合はこれらの経験の中で、間違いなく5本の指に含められる試合だった。
 もちろん、「私たちのクラブが海外で!」と言う、感慨深さが大きかった。
 言うまでもないが「うわああああああ」感は、ほぼ満員の大観衆の大声援で大増幅された恐怖感となる。そして、「ふうぅぅぅぅ」感は、彼らの溜息で一層の安堵感として強化される。この恐怖感と安堵感の落差が、快感となる。この快感の絶対値の大きさが最高だった。
 「異様」としか言いようがない警備体制が作り上げた雰囲気も、忘れ難い思い出だ。このあたりの詳細は後で述べる。
 いずれにしても、これらの要素が味わい深く混じり合い、さらには豪雨(もっとも我々は屋根の下だったので影響は、ほとんどなかった)、レーザポインタ、ノンビリした警備の公安の方々(後述)などの味付けもあり、何とも言えない、忘れ難い試合となったのだ。

 クラブの公式国際試合。本当に素晴らしい娯楽なのだと再認識した。うん、愉しい。
 私は梁の仲間たちと、手倉森氏を信じている(「その割には、手倉森さんをオモシロがってばかりいるではないか」と言うツッコミは禁止します)。今シーズン、可能な限りの公式国際試合を味わう機会を提供してくれるはずだ。モロッコまで。そして、俺は一介のサポータとして、それを微力ながら助け、愉しむのだ。

(付録)
 南京郊外のホテルに集合させられた我々は、まず全員がパスポートを撮影される。ただし、パスポートの写真と顔をしっかりと確認しないのはご愛嬌、いずこの国もこの手の事務方はこんなものかもしれない。
 その上で、バス3台に分乗、競技場に向かう。渡されたチケットは、橙色で同グループの4クラブの紋章が印刷されて、中々格好よかった。日本のチケットが、コンビニ汎用台紙の印刷である事を、改めて残念に思った。そして、ベガルタは「仙台維加泰」と記載されていた(厳密には「維」は中国風簡体字だったが)。てっきり「仙台七夕」が中国表記だと思い込んでいたので少々以外だった。
 競技場の地下駐車場に到着。不思議なのは、人数をちゃんと数えない事。もし、誰かが中国人サポータ席侵入を試み狼藉を働こうとしたら、簡単に実施可能だった事だろう。どうも、公安の方々は、「中国人が日本人を襲う」想定しかしていないようだった。正しい現状認識だとは思うし、文句を言う筋合いではないですが。
 全員が誘導された競技場入口までのアプローチは、制服の公安の方々が整列し、現地の方々との接触は不可能になっていた。と、思ったら、素敵な格好をした若い女性が、平然と並んでいる制服組を通過。普段からそこを通っているのだろう、落ち着いたものだ。「あれれ」と思っている我々にどんどん近づいて来る。制服隊も、呆然と彼女を見送る。我々の近くまで来たところで、慌てた感じの公安係員が何人か、彼女を追いかけ、肩を掴んで呼び止めた。厳重な警備と言っても、そんな感じだった。
 警官隊なり軍隊が、地元の方々との間に壁を作ったアウェイゲームは随分と経験した事がある。しかし、過去の経験では、その壁の向こうには必ず興奮し、我々に敵意をむき出しにした敵サポータがいるものだった。しかし、この日は、そう言った連中は皆無。壁近傍に敵サポータはいなかった。
 競技場の入口は1ヶ所で、金属探知期や、鞄の中身チェックがある。が、誰も何もとがめられなかった。国立での代表戦の持ち物確認よりも格段にルーズだったと言えば、状況が理解できるだろうか。
 そして、我々のブロックには、スタンドの他地域からは、一切アクセスできないようになっていた。唯一アクセス可能なのは、スタンドからの進出だが、そこには分厚い制服公安の壁。
 もっとも、我々のブロックには、普通の服を着た一般の男女が既に100人くらい(つまり我々と同数くらい)座っていた。いわゆる私服の公安の方々だったのは言うまでもない。そして、我々と一緒に倍くらいの制服組が入ってきた。各所で公開された写真は、我々のぐるりを同数の公安の方々が囲んでいたが、同じブロックにはその倍くらいの公安の方々がいたのだ。さらに、スタンド裏には、タバコなど吸いながらノンビリしている公安、上記した他ブロックとの守備を担当する公安、入口と階段で警備を担当している公安、上記した素敵な彼女を呼び止めた公安...つごう、千人以上の公安の方々が我々を守ってくれていた。さらに我々のブロックは2階席で屋根があり、上から攻撃される心配もない。こんな安全で快適?なアウェイゲームは初めてだった。これでビールを売っていてくれれば最高なのだが。いや、怪しげな、リキュール?は売っていたな。あと、お茶とコーヒー。あと、ブロックに2ヶ所、無料のウォーターサーバがあった。紙コップもたくさん。
 唯一、攻撃されたのが、例のレーザポインタだった訳だ。あれも不思議だ。我々はさておき、梁や広大にまで、あそこまで盛大にポインタを当てておいて、攻撃者が糾弾されないとは。これはこれで、ルーズとしか言えない警備。
 試合終了。安全のために約30分、スタンドで待機。しかし、外を見ても、我々にアプローチ?してくる敵サポータは皆無だった。ノンビリと退場。10倍以上いた公安の方々に「再見」、「謝謝」とお礼しながら、再びバスに、そして最初に集合した郊外のホテルに。
 現地はこんな感じでした。まあ、これを厳戒態勢と呼ぶべきなのかどうかは、人それぞれ。
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2013年02月27日

武藤に賭けたのだから

 ベガルタはACL初戦、ホームでブリーラムに痛い引き分け。
 後半梁のPKで先制し、その後も好機を複数回つかみながら决め切れずにいるうちに、CKから同点に追いつかれた展開。この流れだけを思い起こすと、いかにも不運に思えるが、決してそうも言い切れない試合だった。前半は好機を中々作れなかったし、同点以降はほとんど有効な攻め込みができなかった。「勝ち点3を獲得してもおかしくないが、勝ち点1に留まっても仕方がない」試合だったのだ。

 ブリーラムは期待通りとてもよいチームだった。
 いかにも東南アジアらしい、各選手の巧妙な足技。しかし、過去の東南アジアのチームにありがちの局地戦で優位に立つ事に喜んでしまう悪癖もない。すばやくボールを回し、広い展開を志す。しかも当たりはきつく、プレッシャも厳しい。タイにこのレベルのチームが出てくる事そのものが、ちょっと嬉しかった。東南アジアのレベルアップは、アジアのサッカーレベルを格段に高める事になるのだから。

 ベガルタの4DFは、右から田村−渡辺広大−石川−和田。移籍で獲得した石川と和田がスタメンだった。これは、菅井、上本、鎌田が負傷離脱中、昨年のレギュラ朴柱成と再契約せずとなれば、常識的な布陣。そして、石川は(アルビレックスでの実績を考えれば当然だが)、落ち着いたカバーリングで上々の内容。和田も、攻撃参加の頻度や逆サイドからの攻撃に対する絞りに課題はあったものの、ベガルタでの初めての試合と考えれば、合格点だろう。4DF全体で見ても、オフサイドトラップも順調に機能していたし、飛び出してくる選手への受け渡しも上々。朴柱成の不在は寂しいけれど、和田が成長してくれれば、昨年まで存分に愉しんできた「弱点」を忘れる事ができるかなとも思える4DFだった。
 ただし、失点場面は広大が敵主将のCBに振り切られてヘディングシュートを許したもの。75分と言う勝負どころで、あれを許しては勝てない。広大も26歳、このオフにはマリノスから正式オファーがあったとの噂もあったが、ベガルタで戦い続ける事を決心してくれたとの事だ。しかし、あそこできめ細かな守備ができなければ、鎌田や上本が復帰してくれば定位置争いは厳しい。石川もいるのだし。奮起を期待したい。

 前半ベガルタは、4−3−3的布陣。角田がアンカー的に位置取り、富田がその前、梁がトップ下。左が武藤、右が太田、トップが赤嶺。この布陣が機能しなかった。チーム全体が中央突破と後方からのフィードに拘泥しすぎていた。特にまずかったのは左サイド。せっかく左に展開しても、武藤はキープするでも、和田の上がりを待つ訳でも、強引に突破する訳でもなく、中へ中へ入っていくためにリズムができなかった。結果、石川も広大も角田も、左展開を避けるようになり、バランスがどんどん悪くなっていった。
 後半、武藤をトップに上げ、梁を左サイドにして4−4−2に。これがうまくいった。梁がサイドに開けば、和田も上がれるようになり左右のバランスもとれる。武藤が赤嶺の左右を遊弋する事で、赤嶺へのマークも甘くなる。そうこうしているうちに、速攻から武藤が右に流れて太田の前進の起点となり、太田のクロスから敵DFのハンドを生みPKを獲得、梁が先制した。
 以降ベガルタは次々と速攻から好機を掴む。しかし、ここで足を引っ張ったのは武藤。武藤はよい位置でボールを引き出そうとする動きはよい。しかし、そこでチームメートからボールが出ないと、再度の動き出しがない。だから、攻撃の変化が生まれない。
 典型的な場面は、太田がショートカウンタからドリブルで前進し、最後ウィルソンにスルーパスを通したもののオフサイドになった場面。武藤は、最初太田の左前方に位置どったが、太田が武藤の方向へのドリブルを選択した。そうなれば、武藤は太田にスペースを空けた上で、外に1度開いて新たにパスを受ける動きをしなければいけない。しかし、武藤はズルズルと太田のドリブルに併走、結果太田はパスを出しづらくなり、ウィルソンへのラストパスが一拍遅れ、オフサイドになってしまった。
 この場面の直前、手倉森氏は、この日控えに入っていたウィルソンを起用。誰もが武藤との交代かと思ったが、退いたのは赤嶺。手倉森氏の武藤への期待が痛いほど伝わってきた。

 けれども、氏の選択は、この試合に関しては間違っていた。
 上記の逸機を含め、武藤が動き出しを繰り返さないことで、ベガルタの攻撃は変化がどんどん乏しくなっていく。
 同点に追いつかれ、武藤に代えてベテラン新加入の佐々木を投入。ところがこの時間帯に至り、角田がほとんど動けなくなっていた。したがって、佐々木がせっかく変化ある受けの動きをしても、佐々木にボールが出ない。その状況下で、手倉森氏は終了間際に中原を起用。いくら前線に弾をこめても、後方が火をつけられなければどうしようもない。
 最初の交代で武藤を残した事が、すべて裏目裏目に出た試合だったのだ。

 しかし、私は手倉森氏の采配を評価したい。使わなければ選手は伸びない。今日の引き分けは痛いけれど、将来武藤がそれを取り返してくれれば、それでよいのだ。今日の試合は、武藤にとって、格好の失敗経験になった事だろう。
posted by 武藤文雄 at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月26日

ACL開幕、仙台スタジアム、ブリーラム戦前夜

 ACLである。
 私のベガルタ仙台が、こんなにも早くアジアの大会を戦う事ができるようになるなんて。ちょっと前までは考えた事もなかった。高揚している。98年に「明日はトゥルーズだ!」と、友人とリヨンで一杯やっていた時の、あの何とも言えない興奮を思い起こす。
 そして、明日仙台に帰る新幹線では、翌朝アヴィニョンの宿を出発し電車が次第にトゥルーズに近づいていった時の興奮を思い起こす事だろう。
 初めての機会と言うのは、たった1回しか味わう事ができない。本当に幸せな事だ。何とすばらしい時代になってくれた事だろう。いつもいつも語っているが、こんな幸せな時代が到来するなんて、若い頃は思ってもいなかった。

 一般的に考えて、このグループの本命はFCソウル。我が軍は江蘇舜天と2位争いをするのが、常識的予想と言うものだろう。そうは言っても、当然FCソウルの首をかき切る事を狙うのは当然ではあるが。
 とにかく、最初の2試合、明日のホームブリーラム戦と、続く敵地の江蘇舜天戦が、非常に重要なのだ。ブリーラムに勝ち、江蘇舜天と引き分ける事ができれば、グループステージ2位以上に大きく近づく事ができる。しかも今期より、1/16ファイナルはホーム&アウェイになった。たとえ、グループリーグが2位でも、1/16ファイナルをユアテックで戦う事ができる。Jのライバルを含む、どんな強豪との対戦でもユアテックでは勝ち点3をかなりの確率で期待できるのだから、グループリーグの1位抜けに拘泥する必要はない。
 そうこう考えると、初戦のブリーラムに勝ち切る事が、いかに大切な事かと、改めて思えてくる。

 昨日、北日本は今世紀始まって以来の寒波に襲われたと言う。
 そして、在仙のベガルタサポータの多くは、スタジアムの雪かきに追われたとの事だ。遠方にいて、何の手伝いもできない己がもどかしい。皆さんの努力により、芝の状態を含め、最低限のコンディションは整ったようだ。寒さは相当だろうが。だいたい、2月の厳寒期に、ナイトゲームでサッカーを行うと言う概念そのものが、わが故郷にはなじまないのだけど。
 しかし、考えてみれば、その極寒のコンディションは、南国から遠来のブリーラムには相当厳しい環境となる事だろう。寒ければ寒い程、当方は有利なのだ。参戦者にとって、つらい事は確かだが、ここは素直に喜ぶ事にしよう。

エルゴラッソによると、キャンプ中に、鎌田、菅井、角田らの中心選手に負傷が続いた事もあり、移籍加入の石川と佐々木、獲得したばかりのジオゴ、新人の蜂須賀(特別指定選手として、昨期から出場していたが)、若手(と言っても、他のクラブの常識から言ったらそうは若くはないが)武藤と奥埜ら、昨期とは随分異なるスターティングラインナップが予想されているようだ。
 これはこれで、長く厳しいシーズンを戦っていくためには、とても大切な事だ。潤沢な資金であり余る余剰選手を抱えるような贅沢は我が軍には許されない。すべての選手を戦力化し、厳しい日程のシーズンをこなしていく必要があるのだから。そして、それが即、アジアチャンピオンへの唯一の方法だ。

 Jリーグを目指すクラブが故郷にできた事そのものが嬉しかった黎明期。各種の不運と放漫な経営で迷走した90年代後半。清水秀彦氏一世一代の手練手管とマルコスによるJ1昇格の歓喜。清水氏の美しい自転車操業を堪能した2シーズンのJ1時代。色々な監督を試す事で、みんなで無常観を学習した「けさ位」時代、中でも世界サッカー史にも稀な「算数事件」を経験できた幸運。あのヤマハスタジアム。J1復帰、J2優勝、天皇杯ベスト4。震災と上位進出。そして、私たちはここまで来た。
 視点を変えれば、私たちにできたと言う事は、日本中の誰にでもできると言う事だ。カネはなくても情熱だけでここまでできる。もちろん、日本最高のスタジアムと、日本最高(と言う事は世界最高)のマスコットに、私たちはまだまだ追いつけていないかもしれないが。いや、日本中の誰にでもできるのではないな、世界中の誰にでもできると言う事だろう。
 だから、私たちは走り続けるのだ。他から追いつかれないように。明日の極寒のユアテック、じゃなかった仙台スタジアム。モロッコへの旅が始まる。
posted by 武藤文雄 at 00:21| Comment(3) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月02日

欧州移籍が止まらない

 大前元紀、小野裕二、永井謙佑、そして金崎夢生。
 いわゆるロンドン世代の攻撃タレントが、次々と欧州クラブに旅立っている。いよいよ、日本の優秀なタレントの欧州流出が止まらない雰囲気になってきた。しかも、ロンドン世代と言っても、実際のロンドン五輪代表は永井のみ、他の3人はロンドンには行ってない。いや、3人とも、関塚氏に、ほとんど試される事なかった。つまり、そのような国際的に無名の(しかし、日本サッカー界にとっては宝物の)選手が、20代前半で欧州に買われて行く時代になったと言う事だ。
 日本サッカー界がいかに他国から高く評価されているかと考えると喜ばしいが、Jリーグから次々にスタアがいなくなる寂しさもある。何とも味わい深い、複雑な心境。

 圧倒的な実績を誇るのは大前。高校選手権を制した流通経大柏高で大スタアとして活躍し、エスパルスに入団。最初の2シーズンは出場機会がほとんどなかったが、2010年シーズンに使われ始め、2011、12年シーズンは完全にエスパルスの大黒柱に成長。高校時代からのシュートの巧さ(ボールを止める場所のよさと冷静さがすばらしい)、セットプレイの精度、小柄な体躯を活かしたシャープな突破、小柄ながら飛び込むタイミングが絶妙なヘディング。まぎれもなくJ屈指の機動的な攻撃タレント、この2シーズンのJリーグの彩りを鮮やかにしてくれた選手だ(いや、どうしてもエスパルスに勝てないベガルタサポータの感想で、誉め過ぎかもしれませんが)。ともあれ、この選手が、五輪代表に不在だった事そのものが、一種のスキャンダルに近い。メキシコ戦や韓国戦の終盤、「ベンチに大前がいてくれれば」と思ったのは私だけではないだろう。国際経験は少ないが、欧州に買われて行っても何ら不思議でないタレント。
 小野裕二の狡猾さは、新しい息吹を感じさせてくれる。日本の前線の選手と言えば、カズ、中山、久保、寿人のように得点を狙うために動くタレント、柳沢や高原に代表される多様な能力を見せるタレント、大久保、田中達也、石川ナオのような突破力を武器にするタレント、鈴木隆行や巻のようにひたすら労働するタレントなどがいた。それに対し、小野の魅力は、したたかな位置取りからの受けの巧さ。無理をしたい時は得点をそのまま狙うし、我慢する時はキープに転じる事もできる。もちろん、いずれの英雄達も30歳前後になれば、そのような柔軟な対処がとても上手になる。しかし、小野裕二は、それを20歳そこそこで実現していたのだ。このような狡猾な若者は、中々登場しない。ベベットやラウルなどの系譜に入る才覚を持った若者だと期待してきた。
 永井謙佑の五輪での活躍はすばらしかった。数mのダッシュが鋭い選手はいるが、永井はその加速が30mくらい落ちない。往々にして日本の俊足選手はブラックアフリカと対戦すると、見事なアジリティで敵を抜きさっても、フィニッシュ前に追いつかれてしまう事が多かった。しかし、永井はフィニッシュまで、フリーで走り切れるし、シュートもそこそこ巧いし、プレイの選択も上々だ。そう考えると、永井の潜在能力は格段のものがあり、世界屈指のFWになる可能性も秘めていると思う。個人的に永井のプレイで大好きなのは、長駆疾走で攻め込んだ後に、敵ボールとなって全軍が守備に入った時に、最前線からヨタヨタとオフサイドになる事を注意しながらジョギングで戻る場面。身体のエネルギーを振り絞って全力疾走+もう一仕事した後のヨタヨタは、大変美しいものがある。
 金崎夢生は、この世代の選手としては、(ほんの3年くらい前は)香川と並び最高の実績を誇っていた(2人共89年早生まれの同級生)。ナビスコ制覇を含む、トリニータでの幾多の栄光。南アフリカ大会のメンバ入りも期待されたタレントだ。当時は、プレイ面でムラが多い香川よりも、安定感があり信頼できると言う向きも少なくなかった。ふてぶてしいボールの持ち方と高速ドリブルが魅力。背を立てた姿勢から突破を図るのか、パスを選択するのか、守備者からすると非常に読みづらい。不運にも、負傷での離脱が多く、五輪代表からもほとんど声がかからなかったのだが。
 永井は五輪代表で、金崎はトリニータで、それぞれ監督が彼らを軸にした攻撃を作り込み、彼らも輝く事ができた。しかし、スタアがずらりと揃うグランパスでは、そうは行かなかった。しかも、ピクシーは、よい選手を並べて総合力で敵を圧倒するサッカーを好む、そして闘莉王と言う圧倒的存在が中軸として機能する(欧州トップクラブの監督は、ファーガソン氏を典型に、こう言うやり方を好む人が多い、モウリーニョ氏やベンゲル氏が例外なのだ)。結果的に、2人ともいわゆる「駒」としての起用に終始、大化けはできずにいた。確かに2人とも「河岸を変えるタイミング」にも思う。

 繰り返すが、永井を除いては、皆必ずしも豊富な国際経験を積んだ選手ではない。しかし、大前に代表されるように、皆がJでの実績は相当なレベルの選手たちではある。欧州クラブが、まだ代表に定着していないこれらのタレントの素材を見抜いて(代理人のお勧めに「トライしてもよいか」と考えて)、欧州に連れて行っているのだから、これは大変な事態だ。「国際経験が乏しくても、日本での活躍、実績があれば、欧州のトップレベルで通用する」との判断が普通になっていると言う事か。冒頭にも述べたが、結構な時代になったものだ。
 もちろん、代表未満の彼らが欧州に買われて行く事そのものが、Jのスタア不足につながるのは言うまでもない。ベガルタサポータとしても、エスパルス戦で大前の恐怖に怯える快感は何ものにも代え難いものだったし。彼らがいないJリーグは、いる時と比較すれば少々寂しいものになるのは否定できない。

 しかし、我々は割り切らなければならない。

 スタアの流出は確かに寂しい。けれども、仕方がない事なのだ。彼らを国内につなぎ止めたかったら、最低限相応のサラリーを約束しなければならない(もちろん、名誉、やりがい、歓喜なども重要だけれども)。そして、そのためにはJの観客が増えて行く事が全てなのだ。ブンデスリーガ級の観客動員があれば、ほとんどの問題は解決するのだ。
 それには時間がかかる。今、やれる事は、Jの観客数を増やして行く事につきる。
 今となれば、ピッチの上で、長谷部達がラーム達を上回る事は、不可能でないと思う。けれども、我々がかの国のサポータ達を上回るには、まだ時間をもらわなければならないと言う事だ。早く、長谷部達に追いつかなければ。
posted by 武藤文雄 at 00:18| Comment(3) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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