2005年04月01日

アザディスタジアムの感動

 少しずつ機会を拾ってイランでの思い出話を。

 

 やはりあのスタジアムの雰囲気には感動した。10万人だか、12万人だか知らないが、皆がサッカーを愉しんでいる。

 特に国旗が多いのが格好いい。私は原則代表試合は日の丸を振る事にしているのだが、日本の場合不思議な事に日の丸を持ってくる方が案外と少ない。その点、アザディ・スタジアムはイラン国旗がたくさん。思想問題に持ち込まれると困るのだけれども、同じ旗が多数舞うのは景色としてとてもキレイだと思う。ダイヤモンドサッカーで見たクライフの悲しげな表情とミュンヘンオリンピックスタジアムを埋め尽くしたドイツ国旗、NHKの深夜の生中継で堪能したあの紙吹雪の後から一斉に登場する水色と白のアルゼンチン国旗。こう言った若い頃の思い出の影響なのかもしれないけれど。

 意表を突かれたのが応援のキー(高さ)。スタンド中でピーピーと指笛を含む高い声援が起こったので、てっきり日本代表が登場して非難の声かと思ったら、それはイラン代表に対する声援。逆に日本代表に対しては低い声援、これはこれで我々がなじんでいるブーイングよりはキーが高いので、あまり非難されている感覚にならない。このあたりは、まさに異国情緒。

 様々なところで報道されているが、高速ウェーブは面白かった。これはマハダビキアのような高速ドリブラを好む国民性と、小野や中村のような技巧ドリブラを好む国民性の違いだったりして。もっとも、欧州のウェーブは日本やイランと比較して、同時に立ち上がる人数が多く(つまり幅が広い)特徴がある。誰かそのあたりの研究をしてください。

 応援のパタンも斬新なものがいくつか。同じ区域の連中が、ボートのオールを漕ぐような仕草をするやつ。一斉に後ろを向いて飛び跳ねるやつ。メインスタンドとバックスタンドで「イーラン、何とか」とコールし合うパタンも面白かった(何となく「イーラン負けろ」「イーランダメだ」と言い合っているようにも聞こえたのだが)。



 我々日本人サポータ席は福西が得点を決めた方の1階ゴール裏だった訳だが、イランサポータ席との国境は、パイプで作られた急ごしらえの柵のみ。何か武田勝頼の騎馬軍団を止めるために織田信長が作った馬防柵を思い出した。ただし、当時の織田徳永連合軍のように3層に渡り分厚い武装兵士が守ってくれればよいのだが、軽装の警官が少数待機するのみ。もし日本が勝っていたら、簡単に守備は破られていたのではなかろうか。

 と言う事で私は側面からの歩兵攻撃、上方からの飛び道具攻撃、いずれもから安全な中央後方に位置する事にした。軽傷ながら負傷した日本人の方がいたようで、私についても多くの方が心配して下さったが、無事でした。ご心配おかけして申し訳ありませんでした。



 我々を乗せたバスがスタジアムに近づくと、多数のサポータが旗を振って挑発してくる。当方も立場上手を振るなどして、場を盛り上げる。何人かがビスタチオ(これが美味いんだな)か何かを投げて来る。そのうち、ビスタチオのみならず石も飛んで来る。バスは直接スタンドへ入場可能なトンネル状の入り口に着けられ、入場したらビックリ。もう満員ではないか。つまり、スタジアム外で我々を大歓迎してくれた連中は、入れなかった人達だったのだ。

 スタンドで久々に再会を果たした事情通(前日、大変な目に会ったらしいが)によると、どうやら早朝から並ばないと入場できなかったらしい。ただし、我々が入場した頃には視認できた通路が、試合開始時には無くなっていた。どうやら、満員だろうが何だろうが気にせず入場した輩が多数いたらしい。そう言えば、傾斜しているスタジアムの外壁をよじ登っている奴が多数いたな。



 とにかく、あの満員のサポータ達は、サッカーを愉しむ術を知っている連中だった。強力な敵はマハダビキアやハシェミアン達だけではなかったのだ。
posted by 武藤文雄 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月10日

豪州がアジア連盟に?

 豪州がオセアニア連盟を脱退し、アジア連盟への加入を希望しているらしい。豪州からすれば、74年ワールドカップに初出場した後の幾多の艱難辛苦を思えば、無理もない願いと言う事か。今回のワールドカップ予選についても、ライバルのニュージーランドが敗退、ソロモン諸島との一騎打ちを勝ち抜くと、オセアニア予選は突破。しかし、その後に南米チームとのプレイオフが待っている。ここまでの楽な戦いと最終戦の落差の大きい事。

 豪州からすれば、オセアニアで楽勝を続けプレイオフで南米の強豪と戦うよりは、混迷極まる(?)アジアの戦いに参加した方が、タフな国際試合を多数経験できるのみならず、ワールドカップへの近道となると考えたのだろうか

 元々オセアニアとアジアは80年代半ばまでは、ワールドカップ予選は同じブロックだった。上記した74年の豪州にせよ、82年のニュージーランドにせよ、アジア−オセアニア代表としてのワールドカップ出場。84年のロサンゼルス五輪予選は、日本の記憶としては2次予選でのピヤポンショックが有名だが、1次予選も大苦戦だった。同じグループ(2位まで2次予選出場権を得る規定)のニュージーランドにはホーム&アウェイで2連敗で、日本はかろうじて台湾を上回り2位抜けで2次予選への進出を決めたのだ。

 そのオセアニアの事実上のリーダである豪州が、アジア連盟への加入を希望している。とすれば、落しどころはアジア連盟とオセアニア連盟の合併(あるいは予選の一体化)しかないのではなかろうか。もし、豪州がオセアニア連盟から脱退した場合、オセアニア連盟のサッカーレベルは極端に下がってしまう。これはサッカーの世界的発展には巧くない(え、そんな事気にせずに、日本も南米連盟に加入すべしって?)。オセアニア連盟に所属する諸国の多くは小さな島国だけに、アジアと合併し中東などの遠方への遠征が伴う経済負担がどうなるかだが。



 ワールドカップ予選やアジアカップに豪州代表が登場するだけで、タイトルマッチは俄然面白くなるはずだ。これはとても愉しみな事だ。韓国、イラン、サウジと言った強国と同格のライバルが増えるのは悪くない。ただし、私のようにビリビリ感を愉しむ偏屈は単純に喜んでしまうが、アジアサイドの普通の人ならば、ワールドカップ枠の拡大抜きには、豪州の参画は簡単には認められないのではないか。しかし、現状のアジア枠は4.5と実力から言えば相当過大なものがある。それが5になる事が他地域から簡単に認められるものなのだろうか。むしろ、2006年にアジア代表が(2002年に引き続き)相当よい成績を残さなければ、枠は減る方向に進むのではないか(もっとも、アジアへのこの寛大な「枠の広さ」は、中国、日本などの経済力に期待してのものだから、そう言う意味では安泰なのかもしれないけどね)。

 と言う事で、豪州のアジア参画問題もジーコ氏に戻ってくるのだな。頼みますよ。あくまでも目標は「本大会のベスト8入り」なのですからね。
posted by 武藤文雄 at 22:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月03日

リヌス・ミヘルス逝く

 あの1974年のオランダを率いたリヌス・ミヘルス氏が亡くなった。享年77歳と言う。

 オランダが世界屈指のサッカー強国である事に異論を持つ人は少なかろう。しかし、このオランダがワールドカップなり欧州選手権でファイナリストになったのは、たったの2回。クライフの74年ワールドカップと、ファン・バステンの88年欧州選手権しかない。そのたった2回のチームを率いていたのはいずれもミヘルス氏だった。

 74年決勝は、敵地ミュンヘンでの試合ながら、事前にはミヘルス氏率いるオランダの圧倒的優勢が伝えられていた。ヨハン・クライフがリードする「未来のサッカー」とまで言われた所謂トータルフットボール。しかしベルディ・フォクツと言う世界サッカー史上最高の労働者と、ゲルト・ミュラーと言う世界サッカー史上最高のスペシャリストと、そしてフランツ・ベッケルバウアと言う偉大なコーディネータの前に、涙を飲む。

 88年準決勝、ミヘルス氏率いるオランダは(16年後の今日、高原のホームとなっているスタジアムで)、14年振りに西ドイツと対戦。西ドイツの監督は、あの時腕章を巻いていたベッケルバウア。マテウスとクーマンがそれぞれPKを決めて迎えた終了間際、ファン・バステンの鮮やかな一撃で、この宿敵を屠った。そして、決勝。14年前涙を飲んだミュンヘンオリンピックスタジアム、グーリットのダイナミックなヘディングと、ファン・バステンの歴史に残る信じ難いボレーシュートで、ソ連に快勝。



 あれこれ検索して、ようやく英訳されたクライフのコメントを見つけた。



 ファン・ブロイケレンもファン・アーレもR・クーマンもライカールトもファン・ティヘレンもヴァウタースもA・ミューレンもE・クーマンもファネンブルグもグーリットも、そしてファン・バステンも。ヨングブルッドもシュルビアもハーンもレイスベルゲンもクロルもヤンセンもハネヘムもニースケンスもレップもレンセンブリンクも、そしてクライフも。皆が恩師を偲んでいる事だろう。

 今晩は私もお相伴させていただく。合掌。



追加

 コメント欄でザッキさんに指摘されたのですが、落ち着いて考えてみれば、オランダは78年、故エルンスト・ハッペル氏が率いた時も、決勝に進出してました。ごめんなさい。このハッペルと言うオッサンも相当なタマだったなと。
posted by 武藤文雄 at 23:53| Comment(5) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月18日

も1つ日本、欧州間の移籍金問題

 北朝鮮戦の興奮で、すっかりご無沙汰してしまった「中田浩二」騒動。本件について、もう少し述べておきたい事があるので、再び取り上げる事にした。



 まず、本件に関しては、多くの方々からコメントをいただいた事に多謝。複数エントリ間で錯綜してしまったので、この場で改めて御礼させていただき、各コメント欄での返答は控えさせていただくのでご容赦を。本当にありがとうございました。



 今回の騒動、あるいは数年前の廣山の一件を鑑みて、「日本国内の移籍制度を『海外標準』に合わせるべきではないか」との意見を目にする。私はそうは想えないのだ。以下、理由を述べる。



 現状では日本から海外移籍する選手は非常に少ない。言ってみれば、日本のサッカー界からすれば、例外事項である。その例外事項のために、制度を変えるべきだろうか。

 ちなみに、海外移籍が少ない理由は明白。為替差を考慮した選手の所得でJリーグのトップクラブを上回るのは、世界中で西欧のトップクラブしかない。そして、その西欧のトップクラブは、Jリーグよりレベルが高い(当たり前か、ちょっと悔しいけれど)。そして、EU枠もある。

 また、日本人には言語の問題がある。南米の選手が南欧のクラブに移籍する限りは言語の問題は非常に少ない。さらに、西欧系言語を母国語とする人が異なる西欧系言語を学ぶのに費やすエネルギは、日本語(ついでにハングル)を母国語にする人が西欧系言語を学ぶエネルギーに比べて格段に小さいのは常識的だ。つまり、南米はもちろん、アフリカ、北中米の選手と比べて、日本選手は西欧リーグで活躍するために、言語の壁を破らなければならない。ちなみに、韓国選手の多くも、西欧で七転八倒しているのも、言語の問題は小さくないと見る。

 上記の為替と言語の問題がある限り、Jリーグから海外に飛び出す選手の数は限られると想う。そして、限られる以上は、移籍制度は国内リーグが健全に発展する形態とすべきではないか。そして、現在の日本の移籍制度は、(改善すべき課題もあろうが)ある種の合理性があり、各クラブがこれに従う事で、着実にJリーグは発展している。

 以上が、私が移籍制度を「海外に合わせる必要はないのではないか」と言う理由である。

 

 余談。

 ただし、「海外標準」つまり、24歳以上は移籍金撤廃、違約金のみとした場合、J1のトップクラブは無理して、高校チーム卒業の逸材を囲い込む必要がなくなる可能性がある。J1下位以下のクラブから、優秀な選手をカネで集めればよくなるからだ。そうなると、ユース代表クラスの選手は無理にJ1トップクラブに加入せずに、J1の下位クラブやJ2クラブに加入するようになり、リーグ全体のバランスが取れるようにも想える。またユース代表の監督が「選手がJで試合に出ていないから、なかなか伸びない」と言い訳愚痴を言う必要もなくなる。

 そう言う意味で、「海外標準」ルールが、逆にJリーグの健全発展を呼ぶ可能性もあるかもしれないな。
posted by 武藤文雄 at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月31日

大久保のスルーパス

 週末休養後の月曜の早起きは悪くない。特にAM5時キックオフはいい、ハーフタイムに髭を剃り、後半に朝食を取り、試合終了後大久保のプレイを想い出しながら職場に向かう。



 と言う事で、マジョルカ−ヘタフェ。いかにもクーペル氏らしく、4DF、4MFが整然とゾーンを固めるフォーメーション、たまに前線にフィードが出ても、大久保はもちろん、ルイス・ガルシアもMFのサポートが遅く、ボールキープにも散々苦労する。

 さらにTV画面では、前線で大久保がどのような動きをしているのかが、判別できない。とは言え、ルイス・ガルシアと大久保が再三、錯綜した動きをして、敵DFを振り回しているのは理解できた。ヘタフェの守備陣(4枚、時には5枚)が2人を追い駆け回すのに相当苦労していたから。

 ただし、大久保にとってつらいのは、一番力が発揮できる前向きの体勢で(敵陣に向かって)受けられるようなボールが供給されない事。後方を向いた状態での足元へのパスがほとんど、しかも上記のように敵DFの方が数が多いので、味方にリターンを戻すのが精一杯。これは2つ要因が考えられる。MFがそこまでの技量が無い、そしてチームメートが大久保の良さを存分に理解しきれていない。



 大久保にとっては厳しい外的環境だったにも関わらず、この日も一仕事してくれたのが、本当に嬉しい。前半見せてくれた、ルイス・ガルシアへのあの完璧なスルーパス。TV桟敷からでも、直前に大久保がちょっとアタマを上げ、そのルックアップがスルーパスにつながったのが、的確に理解できた。いや、早起きの甲斐はあったと言うもの。



 新たなクラブに移籍した選手にとって重要な事は、移籍早々にそこそこでいいから「結果」を出す事。大久保は、マジョルカ加入直後のデビュー戦で派手に活躍、さらに今節美しいスルーパスを通す事に成功。これで、当面起用される保険がかかったと言っても過言ではない。今日の活躍で、あと2、3試合は続けて先発起用される可能性は高くなったと見る。その好評価の中で、より明確な「結果」を出して欲しい。



 おおそうだ。考えてみれば、中田も小野も欧州では派手なデビューを飾ったのではないか。
posted by 武藤文雄 at 00:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月27日

さらに日本、欧州間の移籍金問題、と言うより、頑張れ!中田浩二

 中田浩二は選択した。

 男が選択したのだ。先に幸多かりし事を。

 

 と、ここで終えていればいいのに、ついグダグダと講釈を垂れてしまうんだな。 

 どうして「中田浩二」(ここで「中田浩二」は、代理人を含めた中田浩二サイドと言う意味で用いる)は、こんな手の込んだ事をして、アントラーズのフロントに恥をかかせて去っていったのだろうか。



 私自身、勉強不足でFIFAの国際移籍規則を把握していなかったのは恥ずかしい限りだが、まさかアントラーズのフロントがそうだった訳がない。とすると、中田浩二がマルセイユを訪問した以降の報道におけるアントラーズ社長の発言を読む限り、アントラーズフロントが「中田浩二」に騙された、としか思えないではないか。これでは、アントラーズフロントの面目は丸つぶれである。

 これならば、最初から「契約失効直前だ、クラブに残るキャッシュは格安だが、私は欧州に行きたい」と宣言して動いた方が、「中田浩二」としてはトクだったのではないか。もしその状態でアントラーズが異議を唱えたならば、「夢の海外進出を目指している若者に所属クラブが横槍」と言う構図になったと想う。そして規則に加え、世論をバックにシャンシャン。

 また、(何らかの判断により)最初から「騙まし討ち」を狙ったにしても、もつれ始めた頃(アントラーズ社長が「日本の規定の満額を考慮」と発言した頃)に、(こっそりとでいいから)意図を伝えていれば、アントラーズサイドに適切な引き際を提供できたはず。

 もっと円滑にするためには、(マルセイユサイドの財布都合もあるが)もう少しキャッシュを引き出す工夫をして、アントラーズに適切な根回しをしておけば、何も騒動を起こさずに「おめでたいニュース」となっていた可能性は低くない。



 私はサッカーに関するビジネスに携わった事はない。したがって、その特殊事情は、サッカー狂としての野次馬的な感想しか抱けない。

 しかし、一般的な継続性が要求されるビジネスにおいては、契約と言う文書化された相互理解を基盤に、双方が歩み寄りを行い、お互いの利益を最大にするのが肝心。まして、先方の顔をつぶすのは論外。たとえ、実質的な勝敗があったにせよ、敗者に「言い訳の余地」を残すのは「継続」のためには非常に重要なはずなのだが。そして、日本のサッカー選手である中田浩二には「継続性」は非常に重要だったはず。「中田浩二」はそこまで考えたのだろうか。



 もっとも、中田浩二が帰国の事など心配する必要がない程、欧州で活躍すれば何の問題も残らない。所詮この世界は「勝てば官軍」なのだ。そして、それだけの潜在力は持っている男のはずだ。そして、今回の移籍は少なくとも「移籍先の監督が心底求めた」移籍のはず。

 ルビコンを渡った以上は、ただひたすら栄光を目指して欲しい。
posted by 武藤文雄 at 23:59| Comment(8) | TrackBack(3) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月25日

続々日本、欧州間の移籍金問題

 いよいよ中田浩二問題も煮詰まってきた。

 

 スポーツ新聞報道なので割り引いて考えてみる必要はあろうが、アントラーズサイドは中田浩二に「残る」か「勝手にするか」と最後通牒をつきつけたらしい。中田浩二は追い込まれてしまった。大事なワールドカップ予選前に、代表選手が契約問題でこのような状況に追い込まれたのはとても残念だ。考えてみれば、今回のオファーは中田浩二と縁深いトルシェ氏の引きから始まったもの。適切な交渉が行われていれば、ここまでもつれる事はなかったろう。このようなトラブルを見ると、中田浩二が有能な代理人と契約していればと、残念に想わざるを得ない。



 とは言え、アントラーズの「ゼロ円」移籍案は、一昨日、昨日とグダグダと講釈した、FIFAルール(一昨日まではEUローカルルールと想っていたんだな)と、JFAルールの間隙をつく、1つの手段だ。もし中田浩二が欧州で想うように力が発揮できずに(あるいはマルセイユの現監督がクビになり(笑)、次の監督から干された時に)、再びJでプレイしようとした時に、2年半以内ならばアントラーズにJFAルールの移籍金を支払わなければならないと言う事になるから。アントラーズからすれば、ある一定期間に渡り、移籍金を受け取る権利を持てる。

 さらに選手に対する相当厳しい脅しにもなる。もし深刻な負傷などした場合に、中田浩二が帰国していずれかのクラブと契約しようとした場合でも、アントラーズが満額の移籍金を求められたりしたら目も当てられない。

 さらに、マルセイユがアントラーズに納得できる移籍金さえ払えば、上記の問題は消えるのだから、ある意味で合理的な対抗策である。

 今回の騒動によって、JFAもFIFAの移籍ルールに合わせたルールに変更すべきではないかとの意見を見かける。しかし、「この2年半ルールを延長するだけで、海外流出防止になるな」と言う印象を持った(あ、私は決してそれを望んではいませんよ、だけど今回みたいなトラブルが起これば、Jの各クラブはそのような「防衛する」方向に動くだろうな)。



 もう1つ、コメント欄で、「楽しく読ませてもらってます」氏より、「為替差により優位な人材が国を越えて流動化する事は、他産業では当然であり、サッカーも例外ではない」と言う意見が寄せられた。早速、他の方が反論を寄せて下さったが、私も同氏には賛成できない。

 経済原理により国際的に人材が流動化すれば、結果的に特定の国にその産業力が偏在化する事になる。しかし私は、サッカーと言う産業は「世界中全ての国の津々浦々で、よいサッカーを見て愉しむ事ができる環境が存在する」事が重要だと想っている。私に「ベガルタ仙台」と言う玩具が不可欠なのと同様に、(日本や欧州と比較して)経済状況が良くない中南米、アフリカ、アジアなどの方々にも同様な玩具が必要なはずだ。その玩具を、世界中のサッカー狂のために、適切に提供する環境を提供するのがFIFAの最も重要な業務ではないのか(例え、それが保護貿易と言われたとしても)。

 とは言え、同氏の意見は、「よいサッカー選手が、できる限りよい収入を得られればよい」と言う見地からは、適切なものだと想う。私は意見が異なるが、異論あっての議論。適切な発言に多謝。



 中田浩二の決断がどうなるかはわからない。このトラブルを糧として、一層成長してくれる事を。
posted by 武藤文雄 at 23:44| Comment(9) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月24日

続日本、欧州間の移籍金問題

 昨日の拙稿に関して、様々なコメントをいただいた。また、たまたまほぼ同じタイミングで、本件に関して全く異なる解釈をされていた方のWEBサイトで拙稿を含め、FIFAの規約の分析を行っていただいているようだ。

 結論から言えば、昨日述べた私の理解は誤りだったようだ。私はボスマン判決の影響は、EU内限定だと考えていたが、それに則ってFIFAが国際移籍規定を変更しているとの事。抜粋するとコメント欄で指摘いただいたこちらになるみたい。勉強不足でした、ごめんなさい。



 ただ、往生際が悪いが、正直言って、このFIFAの規定は驚き。これは異なる国同士の為替差(言い換えると物価差あるいは人件費差)を全く意識していない。同国間(あるいはEU間)だったら、契約で拘束する期間が終了すれば、他のクラブのオファーを自由に受ける事ができるのは納得できない事ではない。けれども、この規則を文面通りに理解すれば、例えば日本なりUSAなり西欧諸国なり比較的物価及び人件費が高い国は、そうでない国のサッカー選手が所属クラブとの契約を終えた時に、為替差を利用してその国では得られようも無い収入を提示すれば、簡単にその選手が入手できる事になってしまうではないか。

 南米や中米などの各国、あるいは各クラブは、この規則に従い、なすがままに欧州(もしからしたら日本も)のクラブに選手を供出しているのだろうか。それとも、この規則を遵守するために、押さえたい選手には皆複数年契約をしているのだろうか。もっとも、複数年契約を拒絶されたら、止めようはないのだけれども。

 このような不平等な規定を、FIFAが規定して構わないのだろうか。



 もっとも、FIFAの規定がどこまで拘束力を持つかも議論の対象となろう。EUにおいては司法判決が出ているのだろうが、他の国ではそのような判決が出ていないとしたら、各国協会はFIFA規則に殉ずる順ずる必要はない。例えば、現状のJリーグ移籍規定は日本の法律では違法判定が出ていない。したがって、アントラーズサイドから言えば「FIFA規定そのものが無効」と強弁する事も可能かもしれない。あるいは、「日本国内においては移籍金の支払いがなければ、契約終了にはならない」などの屁理屈も可能かもしれない。

 もちろん、そのような屁理屈をこねたところで、失うコストは小さくないから、どこかで落しどころが模索されるのだろう。



 とは言え皆様、貴重なご意見多数ありがとうございました。
posted by 武藤文雄 at 23:57| Comment(8) | TrackBack(1) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月23日

日本、欧州間の移籍金問題

 最近、中田浩二、フィリップ問題を取り上げる事が多い。今日は、アントラーズとマルセイユの間でもめている?移籍金周辺問題について。



 本件についての私の理解は下記の通り。間違いがあったら指摘して下さい。

 

 まず欧州において、契約期間が切れた選手に移籍金が発生しないのは、国際標準でも何でもなく、EUと言う複数国家連合における地域的な規則。約10年前に、EUの裁判所の判決が基本となっている。例のボスマン判決である。

 そのため、多くのクラブは複数年契約の中途で選手を移籍させて、違約金の形態で移籍代を確保する。欧州では複数年契約の残存期間が短くなると「移籍金」が下がる傾向があるが、これは複数年契約残存期間で現保有クラブに将来発生する雇用費用に連動しているため。



 一方の日本の年齢や年俸で最大移籍金が決まる規則も、無論日本国内にのみ通用する独自の規則。Jリーグ黎明期に作られた規則だが、特徴的なのは最大移籍金が発行されると、事実上選手には無条件で移籍する権利が生まれる事(旧所属クラブの保有権は優先されない)。

 この移籍金は、現保有クラブの提示年俸とも連動するので、契約残存期間とは関係なく、現保有クラブが満額(なりそれに近い金額)を要求するのも当然である。

 

 規則が異なる国同士の移籍なのだから、双方の規則はいずれも有効とはならない。そうなると、ごくありふれた複数国間のビジネスとなる。

 つまり、アントラーズサイドはマルセイユに対し、(「将来海外移籍を承認する」と言う類の特別なオプション契約がないのならば)「国際移籍証明書」を発行しないと言うカードを見せながら、妥当と思える金額を請求する。この場合、日本風のナニワ節としての「過去の功績と、中田浩二の海外への夢」も考慮に入るかもしれない。さらに将来の帰国後の優先権に関する要求もありか。

 一方、マルセイユのフロントは、現監督が「中田浩二が欲しい、彼が獲得できればこれだけの成果を上げる」と言うコミットとのバランスをとりながら、いくらまで出せるかを提示する。



 したがって、アントラーズと中田浩二の契約期間が切れたからと言ってマルセイユは無料で中田浩二を獲得できる訳ではないし、アントラーズは日本の規則による移籍金を満額もらえる筋合いでもない。あくまでも、双方の交渉で移籍金は決まるものである。

 最悪、交渉がもつれた場合は、FIFA?の裁定を仰ぐ事になるのかもしれない。ただ、これまた通常のビジネスでは当然の事だが、交渉がもつれたと言って裁判まで行っていたらコストがかかって仕方が無いから、どこかで落し所を探す事になるのが普通。



 私の理解は以上。



 私は日本のトッププレイヤが欧州でどんどんと活躍して欲しいと考えている。一方で、Jの各クラブが健全な収入を得る事も望んでいる。双方のバランスが取れる事を期待する。しかし、そのバランスが取られないならば仕方が無いと想う。その場合は、中田浩二は次の機会を目指すべきではないか。そうならない事を望んでいるのだが。
posted by 武藤文雄 at 22:57| Comment(12) | TrackBack(1) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月19日

定年延長制度?

 北朝鮮戦のチケットも確保した。テヘラン行きの妻の許可も確定ではないが取り付けつつある。いよいよ8年振りの2次予選、これ以上の幸せはあろうかと想う日々。ダラダラと書き連ねてきた「ジーコのひみつ」をそろそろ進めようとしているのだが、次々に雑音が入り他の事を講釈してしまうんだな、これが。



 と言う事で、今日のお題は、あのコリーナ氏。私と同年生まれのヒーロー中のヒーロー?定年が近づいており、あの冴え渡る吹きっぷりを愉しめるのもあと僅かと想っていた。ところがこちらによると、状況が許せば、まだまだ氏の笛を愉しめる事になりそうではないか。いや、よかった、あの毅然とした笛は愉しいよね。期待しよう。



 とは言え、落ち着いて考えてみると、私にとってあの毅然としたレフェリングは、悪い想い出が多いのもまた事実。

 アトランタ五輪。初戦のマイアミの奇跡で1勝を上げて臨んだナイジェリア戦。先に失点した日本は必死に攻撃をかける。敵ペナルティエリア内で前園がドリブル、敵DFに引っ掛けられ転倒!「PKか」と想われた瞬間、主審のコリーニ氏は冷静に前園にイエローカード。後でVTRで見ると、なるほどダイビングに見えるね。くそぅ。

 2002年6月17日、神戸。ブラジル−ベルギー戦。私は相当真剣にベルギーを応援していた。理由はこちら。そして、ヴィルモッツが見事なヘディングシュートを決める。私はその瞬間、心底めまいを感じた。「これで、トルコ、セネガル、ベルギーを下せば、決勝進出だ」と。しかし、サッカーはそう甘いものではない。全く理由は理解できなかったが、主審はベルギーのファウルを取り、ノーゴールとなってしまった。この試合のその後は、リバウドの信じ難いシュートが出るなどしてブラジルが2−0で勝利。

 そして翌18日。深夜バスと新幹線を乗り継いだ、我が故郷の宮城スタジアム。前半早々、中田浩二のミスからの敵コーナキック、ウミト・ダハラが全くのフリーになり強烈なヘディングシュート。しかし、私は慌てなかった。昨日の今日である。きっと心ある主審がノーゴールにしてくれるのではないかと。でも、主審はコリーナ氏だった...

 

 いや、素晴らしい審判だと思います。え?!、あの日コリーナ氏ではなく、モレノが我が故郷に降り立っていたら...
posted by 武藤文雄 at 23:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする