2006年08月10日

頼むよ坪井

 「時間がない」

と、オシム氏は語り続けていたが、次に控える重要な公式戦のための仕掛けはしっかりとなされていた。

 闘莉王、坪井、鈴木啓太のレッズの3人による中央の守備、隼磨の前進に合わせて3人が右にずれて駒野が中央に絞る事(この駒野の使い方は、ジェフにおける坂本の使い方を思い起こす...余談ながら、国内屈指の知性的職人坂本は恩師オシム氏の下、A代表に選考されるのだろうか)、川口と闘莉王の守備範囲の調整。こう言った守備面での整備を、僅かの期間で行い、翌週のイエメン戦に備えようと言う意図だったのだろう。啓太の1つ前にいる長谷部も前に行き過ぎず、この後方7人の守備はなかなか厚かった。

 イエメンがどのようなチームかはよく知らないが、西アジアの2、3番手国である。この厚い守備を基礎に試合をすれば、よほどの事が無い限りには点を取られないだろう。1週間後の公式戦に向けて、よい準備ができたものだ。

 と思っていたのだが...

 豪州戦にせよ、トリニダードトバコ戦にせよ、「坪井の足攣り」は何なのだ。2回見せられると、もう偶然では片付けられない。それなりの経験を積んだトッププレイヤとは思えない失態だ。これで週末Jリーグを戦った後の水曜日の試合、坪井をスタメンに使うのは、相当勇気が必要になってしまった。オシム氏にとってはあまりに大きな誤算。頼むよ、坪井

 交代で起用した栗原の出来は「若手の有力選手だが...」としか言いようのないものだった、捲土重来を期待したい。むしろ、Jでも相当な実績を挙げていて、先日中国のフィジカルだけの選手を完封した青山を試しておくべきだとも思ったのだが。

 イエメン戦の闘莉王の相方は誰になるのだろうか。坪井で行くのか。アテネ五輪チームで闘莉王、啓太と合わせた事のある茂庭を召集するのか。オシム氏の教え子の水本か。はたまた潜在力の青山か。阿部や坂本がCBで起用されたりして...



 攻撃については、まああんなものだろう。アレックスが2点目を決めるまでの内容は実に見事だったが、以降は運動量が落ちてしまった。

 中でも、アレックスの使い方が面白かった。若い頃の高速ドリブルの印象が強いせいか、どうしてもサイドの選手と言う思い込みがあったが、この日は左足の精度を活かした攻撃的MFでの起用だった。このポジションならば、悪癖の持ち過ぎも是正されやすいのではないか。敵にセンタリングに尻を向けるのは相変わらずで笑えたが。オシム氏は、この日のアレックスのようなラストパサーのポジションを常時準備するのかどうか。もしそうならば、このポジションを、中村、小笠原、アレックスらが争う事になるのだろうか。ここの争いに、五輪チームの本田や梶山が割って入れば、一層面白くなるのだが。

 ともあれ、A代表試合であり、もう少し切れ味と言うか、攻撃力を見せて欲しかったのもの確か。チーム全体のコンディションがよくないのみならず、監督の方針の徹底なり仕掛けなりもまだまだこれからの段階。だからこそ、選手たちには互いの「個」を活かす工夫を期待したい。我那覇なり寿人なり(召集が確実視される)巻なりに得意のシュートを打たせるためには、あるいは達也によい体勢よい場所でドリブルを開始させるためには、どのようボールを提供すればよいのか、小林大悟や長谷部や隼磨には、そこをよく考えて欲しいのだ。逆も当然真、自分の得意なプレイをするために、何を要求するのか。そのような最低限の準備をした上で、各自のセンスを活かした即興的な美しい攻撃を期待しても、バチは当たらないと思うのだが。
posted by 武藤文雄 at 23:44| Comment(3) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

トリニダードトバコ戦を前に

 トリニダードトバコの監督は、あのクライフオランダのストッパだったレイスベルゲンとの事。30年前にテレビでしか拝めなかったスターが、このような形で眼前に来るのだから、サッカーの歴史って本当に面白いものだと思う。



 次に追加6選手について。

 鈴木啓太は今野の代わりと言う位置づけか。アテネ五輪代表からの落選以降も、着実にレッズで活躍、成長、今ではA代表に選ばれても、何ら不思議ではない存在感を持つに至った。闘莉王、坪井との連携と言う有利さもあり、このまま定着する可能性も高い。

 中村直司と山瀬。これはいかにもオシム氏好みの「飛び出せる選手」、近い将来羽生とポジションを争うのか。ただ、2人とも実績は相当なものがあるものの、中村は今シーズンの調子はもう1つの感もあり、山瀬は長期に渡り負傷に悩まされていただけに、少々驚きの選考となった。いずれにせよ、オシム氏とては、このタイプの攻撃兵器は必須と考えているのだろう。

 坂田についても素材の優秀さは間違いのないところ。瞬間的なスピードで裏に抜ける事ができるのみならず、美しいフォームからインステップキックの強いシュートを打てる。こちらも、負傷が多く、ここのところ継続した活躍はできていなかったのだから、素材の優秀さでの選考と言うところか。

 栗原と青山は若手選手の中で「強さ」と「守備の工夫」が同居した選手。青山については元々五輪代表を一足飛びするのではないかとの予測もあったのだが、昨日の中国戦から直行合流とは恐れ入ったものだ。西川は相当刺激を受けているに違いない。

 この6人は、実質的にはジェフやガンバの選手の選考が可能であれば、選ばれていない可能性もあったのかもしれないが、逆に考えれば絶好の好機と言う事になる。それぞれ「素材」には間違いないので、この好機を活かして欲しいところだ。



 一番気になるのは、オシム氏がトリニダードトバコ戦とイエメン戦をどうつなごうとしているのかだ。随分前にオシム氏が「トリニダードトバコ戦は無い方がよかった」と言う趣旨の発言をしていたようだが、なければないで随分困った事になったような気もする。もしこの試合がなければ、イエメン戦は12日のJが終わってから、中3日で正に「ぶっつけ」で臨む事になっていたはず。そのような意味では、この試合があった事で「不完全ながら少々の準備ができた」と言う事見方もできると思うのだが。ともあれ、「複数クラブの選手が呼べない準備試合を1週間前に行い、1度解散して中2日でリーグ戦を戦い、さらに中3日で重要なタイトルマッチを戦う」と言う日程は、やはり何とかしなければならない。もし、オシム氏が「代表選手は12日のリーグ戦の出場は勘弁して欲しい」と言う要求を出してきた場合、日本協会はどうするつもりだったのか。少なくとも、この試合のために、ガンバの選手がリーグ戦に出られなかったよりは、正当な要求に思えたりして(誤解されては困るが、私はそうは思っていない、アジアカップのこの相手ならば、J優先が妥当だと思っている)。

 不思議なのは、この滅茶苦茶な日程にも関わらず、私が知る限りイエメン戦への不安を述べている人がいない事。私だって常識的には、よほどの事がない限り、勝ち点を失う事はないと思うよ。でも、レバノンは2年前のワールドカップ1次予選では地元でUAEに勝ったり、敵地でタイと引き分けたりしているのだ。全くのアウトサイダとは言えない。

 今さら言っても仕方がない事であり、オシム氏と選手たちの奮闘を期待するしかないのだが、どうにも気になる日程問題である。いつも述べている事だが、本質的にはJ1のクラブ数を16に減らすしか方法はないように思えるのだが。



 ともあれ、まずは明日のトリニダードトバコ戦。長谷部や大悟や隼磨の作ったチャンスを、寿人や達也が次々と決める爽快な試合を期待したい。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(14) | TrackBack(2) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月04日

第1次オシムジャパンについて

 実は本業都合で異国にいた。出国の時に、「ああ1月半前は最高の期待と興奮でここを通ったのだなあ」と感慨にふけったりしてね。

 で、帰りの成田EX。車輌内で流れているニュースは「山岸、闘莉王、我那覇らが初選考」とテロップが流れる。「え、ジェフの選手は選考外じゃなかったっけ」と、しばらく悩んでいたが、山岸違いだった。



 「13人」と言うだけで、「おじいちゃんの日本協会へのいやがらせ」と言うのはいくら何でも考え過ぎだろう。オシム氏は冷静に強化計画を練っていると見る。ジェフとガンバとアントラーズからも適切な選手を選び、アジアカップ予選に備えようとしているのだろう。

 アジアカップ予選を考えると、16日の新潟イエメン戦は極めて重要な試合だ。日本とサウジがトップを争いイエメンが続くと考えるのが、常識的な戦闘能力予想。2位に入ればよい規定からすれば、ホームのイエメン戦は何があっても勝ち点3が欲しい。さらに9月上旬に敵地でサウジ、イエメンと連戦がある。ここを最悪2引き分けで乗り切る必要もある。オシム氏はそこまでを冷静に見据え、トリニダードトバコ戦で最低限のチームの骨格を作り、(Jが1試合挟まると言う信じ難い状況を乗り越えて)イエメン戦にベスト、じゃなかったベターなチームを作り、さらに来月の厳しい中東2連戦に臨もうとしているのだろう。そのためには、ある程度絞り込んだメンバ内に統一した感覚を作りたいがゆえの、今回の13人選考と見た。



 選考されたメンバは、案外に平凡でオーソドックスだった。いずれもJ屈指の選手として評価が固まっている選手たち。平均年齢も25歳を越えており、決して若いチームではない。「オシム氏じゃなければ選ばない」と言うタイプの選手は、後日発表されるジェフの選手からと言う事だろうか。

 後方の選手にレッズ勢が多いのは、クラブでのコンビを活かそうとしていると言う事だろうか。そのような観点から、やはり一番興味深いのはアレックスの選考、小野、啓太の不選考か。

 アレックスについては、過去も散々書いてきたが、判断力に非常に大きな課題があった選手。オシム風の指導が加わったアレックスがどのようなプレイを見せてくれるか。

 GKの山岸を含めたレッズ勢が後方に多く選ばれているが、レッズの守備の要である鈴木啓太は選ばれなかった。このポジションには五輪代表のチームメートだった今野、(選考が確実視されている)阿部、(希望的観測ですが)久々に呼び戻される明神と言った面々に、啓太が入る余地はないと考えられたのか。

 そして小野の脱落。これは私にとっては事件だ。確かに豪州戦の小野はよくなかったが、一方で5月のキリンカップにおける小野は最高と言ってよい出来だった。そのよかった小野を、代表で全く機能させられなかった前任者への愚痴はさておき、ワールドカップ明けの小野のプレイ振りに冴えは無く、不選考は当然なのかもしれない。しかし、このまま消えられては困る存在なのだし、本人もそのつもりはないだろう。捲土重来を期して欲しい。

 まあ、他にしいて言うならば、「服部公太(4年後を考えると年齢的にキツイのだが)と中村憲剛はダメですか?」くらいかなと。



 最後に、ちょっと気になる事。

 報道によると、「元々当初予定していた代表発表は1日だったが、オシム氏の要望で4日に後ろ倒しした」そして、その結果、「アントラーズの選手は皆遠征に出発してしまった。1日に発表していれば、それらの選手は日本に残ってトリニダードトバコ戦に出られた」との事。日本協会は、オシム氏が発表を延長を希望した際にその事を正しくオシム氏に伝える事ができていたのだろうか。

 それならば、オシム氏の対応も異なったものになっていたような気がしてならないのだが、考えすぎだろうか。
posted by 武藤文雄 at 22:11| Comment(14) | TrackBack(1) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月30日

別れの日

 川淵会長の留任が正式決定したらしい。悲しい別れの日が来た。



 齢45にして、生まれて初めてデモと言うものにも、参加する事になりそうだ。それにしても、グダグダと文書で文句を言うしか能が無い私と比較して、このような活動を具現化できる方々は、本当に凄いと思う。トリニダードトバコ戦、オシムジャパンのスタートにはそぐわない「カワブチ、ヤメロ」を叫ばなければならないのが、ただただ悲しい。



 ニュースリリースで発表された記者会見での川淵会長の言葉が味わい深い。

FIFAワールドカップの日本代表については多くのファンに失望を与えた。また、新監督に関する失言も言い訳の余地はない。しかしこれについては、自らの責任を棚上げするためにやったのではないことは良心に誓って言える
のだそうだ。その良心が疑われているのだし、問題は「己の責任棚上げ」ではなく、「失言をしてしまう人間が要職に就く資格があるのか」なのだが。己の何が問題視されているかすら、わからなくなっているのだろう。先日のエントリでも述べたオシム氏就任記者会見での、ジェフに関する信じ難い放言と言い、最近の川淵氏は、あの豪州戦以降「何か話せば話すほど事態を悪くしている」感が強い。今後もこのような軽率な発言が続くのだろうか。

 サッカーは、周りをよく見て、1人1人が最適な判断をする事を求められる競技なのだが。

 

 協会会長の進退問題と言えば、長沼元会長の事件が記憶に新しい。

 95年秋に当時の技術委員会が、日本代表監督の加茂氏を更迭し、当時ヴェルディ監督だったネルシーニョ氏を推薦した。当初その監督人事の権限を任されたはずの技術委員長加藤久氏は、ネルシーニョ氏との交渉を推進していた。ところが、長沼会長を中心とした「幹部会」(岡野前会長、川淵会長もメンバに入っていた)が、その人事を引っくり返し加茂監督の留任を発表、その後の記者会見で糾弾されて興奮した長沼会長は「加茂でフランスに行けなければ、自分が辞める」と捨てゼリフを吐いてしまった。いわゆる「腐ったミカン」事件である(その後、ネルシーニョ氏が、協会幹部を「腐ったミカン」と非難したもの)。

 ところが、97年フランス予選で加茂ジャパンが苦戦している最中、長沼会長は加茂氏を更迭し岡田氏を抜擢し、ジョホールバルの歓喜につなげた。もちろん「長沼会長抜群の手腕」と言う話にはならず、ワールドカップ予選後に辞任する事が期待されたが、そのままズルズルと会長の座に居座った。まあ、フランスへの初出場と言う歓喜に、長沼氏の見苦しさが掻き消えたと言う印象だった。当時、フランス出場を置き土産にして長沼会長が退任していれば、さぞカッコよかったと思うし、当時私もそのような文章も書いた事があったが、今回の川淵会長の居座りとは程度が異なる。長沼会長の不首尾は、「前言撤回」程度であり、何かしらユーモラスなものもあった。このあたりは、「典型的なナニワブシ」タイプの人望のある長沼氏ならではのものなのかもしれないが。

 けれども、今回の川淵会長の居座りは全く異なる。豪州戦以降、その場をごまかそうとして不用意かつ傲岸不遜な発言を継続。再三述べている「失言そのものによる要職への資格問題」(この発言だけで論外なのだが)、他にも常軌を逸した発言の数々。ジェフ関係者とオシム氏自身を傷つけ謝罪もしない態度。ジーコへの丸投げのみならず、敗戦後の開き直り。およそ理論的に整合の取れない「ジーコの継承」発言。あの苦渋に満ちたオシム氏の横でニヤニヤしていた田嶋氏を昇格させる厚顔無恥振り。

 何故にここまで居座ろうとするのだろうか。イエスマンで固めようとするのだろうか。最初、某週刊誌の記事を読んだ時は、「出る杭は打たれる」程度の問題と思っていた。大体、協会会長が「『川淵企画』と言う別会社を作って金儲けをしてはいけない」と言う法律はないのだし、「公私混同」問題や「愛人疑惑」はいわゆる週刊誌ネタだと思っていた(思おうとしたのかもしれないが)。しかし、ここまで「必死に居座ろうとする態度」を見せられると、「どうしても留任して隠滅しなければならない証拠」でもあるのだろうかと思えてきてしまうではないか(もちろん、「そんな理由ではない」と信じたいのだが)。

 氏の過去の日本サッカーに対する貢献は格段のものがあった。しかし、ここ最近の信じ難い言動と今回の居座りは、それらの貢献に対する評価を全て無にしてしまう。



 ちなみに私には上記ニュースリリースのこの文章の意味がよくわからない。
JFA会長には引き続き川淵三郎キャプテンが就任し...
「キャプテン」と言う呼称は、「協会会長」の愛称かと思っていたのだが、どうやら川淵氏の属人的な呼称の模様だ。言い換えると、今後川淵氏が別な役職に就いた場合も、川淵三郎キャプテンと呼ばれると言う事なのだろうか。例えば、川淵氏がサッカーを自分でプレイし、そのチームのキャプテンを務める場合は、「キャプテンの川淵三郎キャプテン」と呼ぶのだろうか。また、(以下はあくまでも例えです、他意は一切ありません)川淵氏が何がしかの犯罪の容疑者となった場合は「川淵三郎キャプテン容疑者」と呼ぶ事が奨励されるのだろうか。

 なお、川淵会長の呼称については、私の友人(サッカー狂会の先輩)が約4年前に書いたこの文章が、非常に興味深いので参照にして欲しい。



 こうなれば、神経戦だ。オシム氏と反町氏を邪魔しない範囲で、執念深く「カワブチ、ヤメロ」を継続しなければならない。我々の「カワブチ、ヤメロ」を聞きながら、笑いをこらえる反町氏の表情が今から想像できるけれど。
posted by 武藤文雄 at 23:59| Comment(22) | TrackBack(4) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

オシム氏を支えられるのか

 過日、女子代表の中国への完勝をTVで堪能した。組織的で献身的でそして何より知的な守備ライン。澤の少し前で技巧とアイデアを発揮する大野を軸に、昨年の東アジア選手では、やや不満だった即興性も、かなり改善されていた。ベテランの酒井が不在だったが、負傷なのか若手が成長した故の不出場なのか定かではないが、MFでの守備も見事なものだった。贅沢を言えば、逆に先制されてしまった時に何とかするためには、攻撃にもう少しの変化が欲しいが、そのための武器はまだ隠し持っているものと期待しておこう。

 あと1勝でワールドカップ出場、よりによってその相手は豪州、朗報を待ちたい。



 A代表監督オシム氏、五輪代表監督反町氏、世界屈指の大ベテラン監督とJで堂々たる実績を上げた若手の日本人監督。就任の経緯に目をつぶれば、史上最高の陣容と言えるだろう。過日放送されたオシム氏の特集番組で氏が日本サッカーについて問われ、「追いつこうと思うから離されるのだ」などと語られるのだから、もうたまらない

 一方で、私のような日本代表サポータが喜ぶと言う事は、その度にジェフの関係者の方々は胸をかきむしられるような思いを味わうのだろうから、今回のオシム氏招聘劇にはやりきれない思いを感じる。先回のエントリでも述べたが、協会首脳の無反省ぶりには憤りや悲しさを通り越して、驚きさえ感じてしまう。川淵会長も田嶋委員長も、周りが見えないのみならず、まともな判断能力を持った人が周囲にいないのだろうか。

 やりきれないのは確かではあるが、現実的にオシム氏に代表監督として戦っていただける事になった。あのいい加減な招聘に対して、オシム氏が「諾」と言ってくださったのだから、まだ俺の代表チームは捨てたものでは無いのだろうか。

 となると、問題は日本協会のバックアップ体制になる。今日の本題はその問題への不安を述べる事にある。



 1つ目。オシム氏の年齢的な問題。

 オシム氏は60代半ばで、しかも持病があると言う話もある。取材している記者をからかっただけかもしれないがこんな迫力ある発言をした事もある。そして、日本代表監督は大変な激務なのだ。

 Jリーグを毎週複数試合視察し、さらに見逃した試合のVTRをチェックする。時に直接のライバルとなる韓国や豪州やイランの動向調査、いや本大会対策と言う意味では欧州選手権からコパアメリカからアフリカ選手権などの国際大会のスカウティングのために足を運ばなければならない。それと別に、欧州でプレイしている選手の視察及び本人や所属クラブとの打ち合わせも定期的に必要だろう。一連の報道から推定するに、前任者は上記の海外における活動をほとんどしなかったらしいのが悲しいが(もしかしたらブラジルに帰国するフリをして、欧州行脚をしていたのかもしれないが)。しかし、オシム氏のような真摯な人であれば、そのような活動をせずにはいられないだろう。オシム氏の部下が代わりにそのような勤めをすればよいのだが、あのような経緯で招聘したものだから、ジェフで使い慣れたスタッフは一切連れて行く事はできない。日本協会はそこまで、しっかりと考えているのだろうか。

 おそらく、その活動は反町氏を軸に、コーチに就任した大熊、加藤、井原、川俣と言った面々(これらの面々の妥当性については別に議論したい)あるいはスカウティング担当の協会スタッフにかかってくる。前任者がワールドカップ直前に友人の雇用を要求し日本協会がそれを受けたのは今となれば懐かしくもアホらしい思い出だが。少々残念なのは、一部報道で「入閣確実」と言われた小野剛氏が不在な事。加茂、岡田時代に、その抜群の調査力で名参謀と言われ、(先般辞任したとは言え)サンフレッチェでも監督としてそれなりの実績を残した小野氏だけに、オシム氏、反町氏との協調作業には結構期待していたのだが。



 2つ目。単独チームと代表チームの違い。

 我々が親しんできたオシム氏は、毎日一緒にいるジェフの選手を厳しく鍛え抜く監督、と言う印象が強い。しばしば話題になる七色(少しオーバだが)のビブスを駆使し、選手の頭と身体をクタクタにさせる練習はその一例。そして、日々オシム氏に鍛え抜かれた事で、タフで堅実な事が売り物だった坂本は国内屈指のオールラウンドプレイヤとなり、若年層から期待されていたものの潜在力を発揮しきれずにいる感があった阿部はアジア屈指の展開者として素質を開花させ、ジェフ加入時にはボールをまともに止める事のできなかった巻はブラジル戦でも十分に通用するストライカになった。いや、巻だけではない、佐藤勇人も、羽生も、山岸も、皆オシム氏に鍛えられて、成長してきた。彼らがA代表に選考されても驚く人はいないだろう。

 しかし、代表監督に求められる能力は少々異なる。各選手を日々鍛える事は叶わない。好みの選手を集め、限られた時間で方針を徹底させ、90分の戦いに全力を尽くさせる。もちろんオシム氏のそちらの能力もまた格段なのは、90年前後のユーゴスラビア代表監督時代に証明されているのだが、具体的にどのような方法を採るのかは、非常に愉しみだ。さらには、アルビレックス時代に、執拗に細かな指導(どちらかと言うと、こちらはその執拗さは「日々の作戦」面で顕著だった)で実績を挙げてきた反町氏が、オシム氏からどのような刺激を受け、監督としての能力を高めていくかどうかも、大いなる期待である。

 一方で、微妙な不安。オシム氏も反町氏も、コンセプトを徹底するために、出来る限りでの長期間の選手拘束を希望するかもしれない(さすがに山本氏の五輪監督時代のように非常識な要望は出さないと思うのだが...)。その場合、日本協会はますます難しくなる日程問題と直面する事になるが、どうさばくつもりか。



 3つ目。日本協会のサポート体制への疑問。

 前任者への最終評論は別途行うつもりだが、前任者は前任者で幾多の問題があったものの、日本協会が前任者を適切にを支える事ができていなかった事を忘れてはいけない。。

 例えば、久保の選考についてジーコ氏とマリノス間でのトラブル。あるいは、ワールドカップ半年前のインタナショナルマッチデーで欧州在籍組が参加できるにも関わらず、国内での花相撲を優先する愚挙。チームの規律を守れなかった選手をジーコ氏が代表から外す処罰に出たにも関わらず、当時の山本監督にその選手を五輪代表に選ぶ事を許すいい加減さ。これらの過去の問題を振り返るにつけ、日本協会の前任者へのサポートの悪さを改めて感じる。

 上記した強化日程の問題を含めて、最近の日本協会には「定見」が感じられないのだ。欧州組を召集できないエクアドルとの親善試合のためにJの公式戦を控えるガンバから宮本たちを取り上げておいて、一方で欧州組が合流できる東欧遠征にも関わらずJの花相撲のために宮本や中澤を拘束する。もっとも、それに対する不満を述べずにおいて、クロアチア戦後に「暑いから...商売のために酷い目にあった...」と語る事のできる前任者の神経もまた美しいものがあったのだが。



 ともあれ、サイは投げられた。

 極めて不幸な成り立ちではあったが、最高に近い陣容となった代表チーム首脳。頼むから、日本協会には適切なサポートを期待したい。
posted by 武藤文雄 at 23:07| Comment(13) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月22日

とりあえず川淵会長について

 そろそろベガルタの苦闘に専念したいのだが、ワールドカップがらみで書きたい事がまだまだあるので、社会復帰はもう少し先と言う事で。



 日本代表新督就任記者会見をTVで観ていて何とも悲しくなった。片やサッカーの全てを知り尽くしているかのような東欧の名将、こなた我が国屈指の実績を持ち、将来の期待あふれる若手指導者(「現役時代の彼のプレイ振りにについて近々...」と予告を振ったりして)。最高に近いのではないかと思わせる組み合わせ、本来であれば近い将来に向けて希望と期待に満ち溢れた記者会見になるはずなのに。

 真ん中にすっかり人相が悪くなってしまった川淵会長。かつての歯切れのよい口調ではなく、何かおどおどしたような態度。表情も何かしら硬い。20年近く昔の豪雨のJSL、百人ちょっとしか観客がいない中で氏の隣で立ちながら観戦した古河の試合。私の誘導尋問に乗せられて、日本サッカーの将来に向けて真摯に情熱を持って、色々な事を語ってくれた時の精悍な表情はもう帰ってこないのか。



 川淵会長については、ジーコを代表監督に選考した事(もっとも、選考の際にいかほどの責任があったのかがグレーな事を理由に逃げ切ろうとしているようだが...これに関しては別に述べます)、あるいは、一連の広告代理店との癒着(もっとも、巨額のカネに巻き込まれつつある日本サッカー界ゆえ、氏のみがその圧力下に置かれている訳ではないのだが...これに関しても別に述べます)、さらにはドイツでの敗戦の反省をなおざりにしつつある事(もっとも、「なおざりにする事」自体が己の責任になる事を理解できていない事が悲しいが...これに関しては書きたくないけれどたぶん別に述べます)が、再三問題視され、協会会長を辞するべきと言う世論が多い。これら3つの問題は、それぞれ大変大きな問題な事は確かだ。



 しかし、これらのような「議論の余地がある」問題以前に、氏は既に日本サッカー協会のような公的な機関のトップの資格がない事を、自ら外部に示してしまった。言うまでもなく「次期代表監督候補者失言問題」である(以下の文章は、ジェフが公式に発表したこの文章が真実である事を前提にしている)。

 このジェフの公式発表文書によると、川淵会長は自分の組織内の非常に重要な人事について、比較的近しい存在の別組織に対して、当初の合意事項から嘘をついて(ここでの「嘘」とは、ジェフサイドは契約が切れる07年当初から契約するのが前提と認識していたのに対し、ジェフに事前宣告する事なく06年夏場からの契約を前提にした事)、ヘッドハントを行おうとしていた。その事の是非も論外(今回の前例により、数年前にグランパスがジェフのベルデニック監督を強奪したのを契機に、日本協会主導で作られた監督の引き抜き防止規定が有名無実化した、今後日本協会及びその下部組織のJリーグは「監督引き抜き」が起こっても、実効的な指導ができない事になる)だが、一万歩譲って背に腹は変えられないと妥協したとする。

 そうだとすると、この人事交渉は極めて高度でギリギリのものとなる。その最中に、その事を記者会見で喋ってしまう事自体が信じ難い。この失言が、わざとか、わざとではないか、は問題ではない。「重要なポストのトップシークレットの人事問題」を外部にペラペラ喋ってしまうような人間を、誰が信用するだろうか。交渉そのものを頓挫させるリスク、もれてしまった事で一層コストがかかるリスクなどは当然の事として。

 日本サッカー協会とは、100億円以上の予算を預かり、FIFAから唯一の国内サッカー統括団体と公認された、完全な公的団体であり、そのトップの責任は大変重い。しかし、上記のように「絶対もらしてはいけない事」をもらしてしまった人間を、誰が信用するだろうか。もう誰も、川淵会長には「秘密にしなければならない」重要事項を話そうとはしないだろう。このような失態を1度でも犯した人間は、大きな組織の上位職につく資格はないのだ。つまり、「事の成否」や「過去行動の妥当性」と言った議論の余地なく、川淵会長は自らその能力が無い事を示してしまったのだ。 

 もっとも、マスコミ(スポーツ関連のマスコミではなく社会関連のマスコミ)がそのような糾弾をしないの

は、マスコミを中心とする日本社会が「スポーツ団体のトップなんてその程度だろう」と思っているからで、それはそれで少々寂しいのだが。



 さらにいくつか付帯的な議論を。

 川淵氏の失言以降、幾度かテレビでオシム氏なりジェフと交渉する田島技術委員長の映像がTVで流れた。その度に私は一層悲しくなった。日本協会側のミスで、オシム氏にもジェフにも多大な迷惑をかけている状況下で、田島氏はニヤニヤと笑っているのだ。「自分方に非がある際に歯を見せては絶対にいけない」と言うのは、ビジネスの基本中の基本。その常識すら持っていない人間が、上位職にある事の衝撃。

 とどめは、上記記者会見での川淵会長の言葉。
「今日、イビチャ・オシム監督と日本代表の監督としての契約をできることを非常に嬉しく思っています。その反面、千葉のチーム関係者やサポーターの皆さんには色々なご心配や、納得の行かないこともあると思いますが、オシム監督を日本代表チームに送り出してよかったと思える日が早くくることは間違いないと思っています。」
頼むよ、広告代理店。いくら川淵会長が判断能力がないにしても、台本くらいは書いてくれよ。



 以上論理的にまとめてきたが、以下は感情論。



 私はあなたの選手時代を知らない。知っているのは70年代半ば古河の監督時代からだ。その時あなたは、クライフオランダに感銘を受け、永井や奥寺による運動量流動的サッカーを見せてくれた。その後は日本協会の強化畑に移ったあなたは再三豪腕を振るう。モスクワ五輪予選敗退後、大黒柱の前田秀樹を残し日本代表を大幅に若返らせた。当時の監督渡辺正氏が病気に倒れた際は短期的に代表監督を務め、技巧的な選手に中盤を託す(当時の日本としては)画期的なサッカーを見せた。そして、92年には、代表監督にハンス・オフト氏を招聘する鮮やかな手腕を見せた。同時期にはJリーグのチェアマンとして、中京地方にある大手メーカを説得する事に成功した事を皮切りに、各クラブが企業の冠に頼らず、地域名を前面に押し出す経営をする事を強力に推進した。結果として、日本中津々浦々でトップレベルのサッカーを毎週のように愉しむ文化が定着した。あなたの過去の日本サッカーの貢献は最高級のものがあるのだ。

 まだ間に合う。今ならば、日本サッカー界の偉人として、終生に残る評価を得た人物として記憶される事が可能だろう。でも、もう時間はない。居座れば居座るほど、状況は悪くなる。繰り返すが、今しかない。



 私は国立競技場で、あなたに「ヤメロコール」はしたくないのだよ。
posted by 武藤文雄 at 23:02| Comment(39) | TrackBack(6) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月19日

エルゴラ日本代表総論再録

 先日、お伝えした通り、エル・ゴラッソに、ワールドカップにおける日本代表の総論を書かせていただいた。明日以降、BLOGを通じて詳細な議論を展開する予定だが、自分なりの1つの結論となっているので、エルゴラ原稿の全文を以下に掲載させていただく。

 それにしても、まだワールドカップが続いているうちから、協会会長の「馬鹿」としか言いようのない不用意な発言から始まる次期監督問題と、日本屈指の経験と実績を誇る代表選手の悲しい現役引退宣言。ただでさえ、超過酷なJ2はそのまま行われているのに、落ち着かない事この上ない。そして、今日からはJ1も再開。不器用な私には、なかなか切り替えが難しい日々が続く。自分としても、早くリハビリを行って、ベガルタサポータとして社会復帰を目指しているのだが。

 まあ、ともあれ、以下が全文です。お読みください。



<<<以下全文掲載>>>



 ドイツではクロアチア戦、ブラジル戦を応援する事ができた。ワールドカップ本大会で母国を応援する事は、何にも変えがたい人生最大の娯楽。結果は大変残念であり、何とも言えない大きな悔しさと悲しさを味わっての帰国となったが、ここまで悔しがり悲しむ事ができるのも、またサッカーの魅力と再認識させてもらった。

 帰国後、各種マスコミでの日本代表に関する一連の報道を読んだ。1次リーグで敗戦したのだから、当然厳しい論調のものが多かった。そして、代表の練習振りと試合内容を総括し、「覇気の感じられない練習」と「不甲斐ない戦い振り」を批判する内容が目立った。

 例えば、本誌でも寺嶋朋也氏が豊富な現地取材を基に、そう言った観点から厳しく代表チームを批判する見事な総括を行っている。また、今大会において日本サッカーに数少ない明るい話題を提供してくれた上川主審、広嶋副審の2人が「『日本は一番戦っていなかった』と厳しく批判した」との報道も、その流れの1つと言えよう。

 それぞれの批判は今回の日本代表チームの問題を見事に捉えていると思う。しかしながら、現地で純然たる「サポータ」として、日の丸を振りながら声の限りに応援してきた私からすると、上記の批判にはやや違和感を感じずにはいられないのだ。

 ピッチ近傍で応援していた私が見る限り、ほとんどの日本代表選手は、多方面から高評価を得ている中田や川口のみならず、「その日のピッチ上」では力の限り頑張っていた。今大会不振を極めた中村は、クロアチア戦終盤フラフラになりながらも攻撃が単調にならぬように必死にタメを作る努力を重ね、見事なスルーパスを玉田に通した。決定機を外し悪評にさらされた柳沢だが、敵の前線からのプレスに守備陣が苦しんでいたクロアチア戦前半幾度となく得意の早い動き出しからロングボールを引き出す動きを繰り返していた。久々の登場となった稲本も、ノーガードの打ち合いとなったクロアチア戦終盤敵の逆襲を見事な粘りでよく押さたし、大差がついたブラジル戦終盤はあきらめずに長躯前進し敵陣を狙っていた。私が見る限り、ほとんどの選手が頑張っていたのだ。もし後年この大会が「川口と中田だけが頑張った大会」と記憶される事になったとしたら、とても悲しい事だ。

 そして、この受け取り方の落差こそ、今大会の敗因を示しているのではないかと思えてならないのだ。

 ピッチ近傍で応援している私の目には「頑張っている」ように見え、記者席から分析している記者には「不甲斐ない」ように見えた事。それは、選手たちが「個人戦術レベル」で奮戦し、「チーム戦略レベル」では機能していなかったと言う事なのではなかろうか。具体的に言い換えると、今回の日本代表は、チームとして機能せず、個人能力の戦いを余儀なくされた事、そして現状の個人能力では、ブラジルにはもちろん、クロアチアにも勝てないと言う事、これがドイツ大会での我々の代表チームの結論だったのだ。

 チームとして機能しなかった事。その原因の多くは監督のジーコ氏にあった事は言うまでもない。元々大会前から、その監督手腕には疑問符がついていたジーコ氏だが、「ここまで無能だったとは」と言うのが、大会を通じての正直な感想。豪州戦で疲労した前線の選手を交代させなかった事に代表される采配ミス、中村を筆頭に明らかな体調不良の選手が多かった事に代表されるチームとしての体調管理ミス。小野と言うタレントを有効に使う方法を見出せなかったチーム運営ミス。あげく、退任の記者会見で己の無能ぶりを棚に上げて、日本サッカーの未成熟を言い訳にするとは。結果論ではあるが、日本協会の4年前の決断が間違っていたのである。

 しかし、監督の選考失敗に関しては、ある意味一過性の話である。日本協会も反省して、早速改善の手を打ってきているようだ(ただし、その方法は全くの論外。4年前の監督選考の失敗よりも、今回の監督招聘方法の失敗はより糾弾されるべきだろう)。より深刻なのは、多くの選手の個人能力が世界のトップに遠かった事ではないか。

 今回の代表選手の多くは、若年層の世界大会で相当な実績を上げ数年以上の代表経験を持っており、世界のトップレベルに近づく事が期待されていた。しかし、彼らのうち、この4年間で明らかに成長し、そのランクを上げた選手は、中村と中澤、そして最終選考で離脱した久保くらいではなかったか(その3人とも体調問題に悩んだのは皮肉な事だ)。今大会も素晴らしかった中田を含め、他の選手には目立った成長は見受けられなかったのだ。

 直接的な敗因は監督にあるのは間違いないが、一方であれだけの逸材たちが伸びきっていない事実は、日本サッカー全体の課題として考え続けなければならないのではなかろうか。
posted by 武藤文雄 at 23:42| Comment(65) | TrackBack(6) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月05日

やはり辞めないで欲しい

 過去ワールドカップで、ただの1度もPK負けした事のないドイツと、ただの1度もPK勝ちした事のないイタリア。一方で、イタリアに勝った事がないドイツ。前半からイタリアが前掛りに攻めかけたのは予想外だったが、1試合ごとに連携も個人能力も向上していくかに見えたドイツ守備陣をどうしても崩せない。少々攻め疲れ気味になり、ドイツの逆襲を再三許すようになり、0−0のまま延長戦も終盤に近づき、PK戦突入が予想された時間帯。「どちらのジンクスが生き残るのか」と少々複雑な思いを感じ始めた時の、ピルロのノールックパス、グロッソの一撃であった。

 いかにもドイツ−イタリアらしい試合。それにしても、ドイツは本当によく戦ったと思う。あの戦闘能力で、アルゼンチンにもイタリアにも、あそこまで抵抗したのだから。クリンスマン氏は、大会最高殊勲監督と評しても過言ではない。



 今日は触れたくはないが、中田の引退について再考察する事にしよう。

 やはり、いくら考えても「残念だ」としか言いようがない。これだけの能力があり、実績があり、自らを鍛え抜き、経験を積んできた選手だ。30歳を過ぎて、ますます経験を磨き、もっともっとすごいプレイを見せてくれるはずだった。

 したがって、往生際が悪いと言われようが、翻意を期待したい。誤解されては困るが、本人が熟慮の末に決めた意思決定なのだろうから、その想いが適う可能性は僅少だろう事はわかっている。また、翻意を期待する理由も、単に「老獪な中田のプレイを堪能したい」と言う、甚だ身勝手なものだ。

 けれども、今大会のジダンやフィーゴのプレイを思い出すと尚更、「一層熟成した日本サッカー史上最高の選手のプレイを愉しみたい」と言う想いが強まるのだ。



 本来であれば、過去中田が見せてくれた幾多の名場面を改めて振り返り、適えてくれなかったいくつかの想いを語るべきなのだろう。しかし、本件については往生際の悪さを主張するのみに止めたい。



 なお、昨日のエントリで「発表のタイミング」について疑義を唱えた事に対し、コメント欄でいくつか異論をいただいた。改めて、本件に関する本意を記載したい。

 やはり、発表はもう数日待ち、ワールドカップ後にして欲しかった。今は準決勝以降の死闘を愉しみながら、「日本の何がいけなかった」を反芻する事に専念したいのだ。さらに、中田は世界的選手である。この突然の発表は、(ワールドカップに向けて戦っている)かつての僚友トッティらにも、衝撃を持って受け取られる可能性もあるだろう。そのような意味でも待って欲しかった。

 中田は、川淵会長と異なり常識人であり、そのようなタイミングの拙さを理解しているに違いない。それにも関わらず、このタイミングで発表したからには、相応の事情があった事が容易に想像できる。そのために「あまり言いたくはないが」と言う表現を取った次第。



 繰り返すが、やはり辞めないで欲しい。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(32) | TrackBack(4) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月30日

広告代理店否定論を憂いて

 疲労困憊で明日から本業への復帰をしなければならない。もうボロボロなのだけれども、人生でも屈指の悔しさを味わうなど、得難い経験をしてきたのだから、不満を行っては罰が当たるな。



 ざっと、ネットや各種マスコミの一般論を読んで、広告代理店への批判が高まっている事に驚いている。おそらくジーコがクロアチア戦後に、見苦しい言い訳として暑い昼間の試合が2試合続いたためだと、抜かしたのが起爆材になったのだろう。確かに「視聴率のために選手が犠牲になった」と言うのは、サッカー初心者にはわかりやすい理屈だ。



 私は訴えたい。「でも、それは違う。」

 

 サッカー強国になるためには、いつかワールドカップで優勝するためには、カネが必要なのだ。そして、サッカーと言う抽象的な概念に対して、自社の宣伝を媒体にする事で、カネを出してくれるスポンサがいかにありがたい事か。そして、そのようなスポンサを交通整理する広告代理店は、日本サッカーの発展には必要不可欠な存在なのだ。

 ほんの20年近く前を思い出してみればよい。JSLを観にいけば、十分面白いサッカーをやっていた。しかし、その面白いサッカーを多くの人々に伝えるためには、広告代理店を中心として積極的な販売活動を行い、Jリーグと言う別な商品にしたてる事が必要だったのだ。日本代表は、アジアでもトップに近い戦闘能力を持っていたにも関わらず、国立競技場で行われる重要な国際試合は閑散としたスタンドで行われていた。それを常時満員の会場で行われるようにするためには、「青」の商品価値、存在意義を存分に宣伝する必要があったのだ。

 サッカーと言うコンテンツは「素」でも十分に面白い。しかし、それを多くの方々にわかってもらうためには、広告宣伝と言う媒体が必要なのだ。そして、代表チームの宣伝を担当する会社と、Jリーグを担当する会社と、2つの広告代理店の活躍があって、この日の日本サッカー界の発展がある事を忘れてはいけない(この2社の微妙な競合関係が状況をややこしくしているのだが、それはそれとして)。



 さらに言えば、日本のワールドカップの試合を、日本にいる多くの人々が常識的な時間(22時開始)で生中継で愉しめる事の方が、現場が暑い想いをするよりも重要と言う理屈も通るのだ。22時ならば皆観られる、午前4時開始ならば、(我々のような)物好きしか観られない。どちらが重要かは、簡単に結論が出る問題ではないのだ。

 このワールドカップに限らず、敵地での親善試合がしばしば日本の視聴者に便利な時間に行われ、結果的に現地のスタンドの入りが悪くなり「真のアウェイ経験を選手たちが味わえない」事を批判する文章を目にしてきた。私はそのような文章を読むと複雑な気持ちになっていた。「事の成否はさておき、日本のスポンサのカネ、及び日本の一般人がそのスポンサに出すカネ、それらがいかに重要な事か」と。

 もちろん、今日の日本サッカー界の興隆は、それらのカネが本質ではない。100年にもなろうかと言う日本サッカー界の歴史の積上げを受け、特に60年代後半以降日本中のサッカーおじさんが地域の少年団を育て分厚いピラミッド構造を作り上げた事そのものが本質である。

 その分厚いピラミッド構造を、一層活かすためには、広告代理店の活躍及びスポンサの存在が非常に大きいと言う事だ。

 おそらく、「広告代理店及びスポンサを重視しよう」と言う私の発言には、経済基盤の弱いJクラブのサポータの方であれば、より賛同いただけると思う。とにかくカネがなければ始まらない事もあるのだ。



 一連の議論とは別に、「ここ10年くらい日本サッカーの強みの1つに、体調管理の難しい暑い試合を適切なコンディショニングで臨む事で優位に闘うのは常識的な話だったのだが、今回は...」と言う話があるが、これは別な機会に。



 しかし、残念ながら広告代理店の方々は「サッカー人」ではない。したがって、時々サッカーの本質を外した提案、要求をしてくる訳だ。例えば、大事なワールドカップ本大会前の練習を集中した環境で行えないような提案とか、大事なインタナショナルマッチデイに行われる欧州での強化試合があるにも関わらず国内で行われる花相撲を優先して欲しいとか。

 誤解されては困るが、もちろんそれぞれの代理店の個別の担当者の方はサッカーの魅力を十分に理解した「サッカー人」なのかもしれない。しかし、企業の論理(利益の追求)はどうしても短期的なものになりがちであり、「サッカーの本質」を外したものになるリスクがあると言う事だ。



 それを是正するのは「サッカー人」の仕事である。

 具体的には日本協会であり、Jリーグ当局である。上記の理不尽な要求をキッパリ断れば済む事だったのだ。ところが、このような悲しい事態になってしまったのは、肝心の「サッカー人」側がぐらついていた事が問題だったのだ。彼ら(広告代理店)の問題ではなく、我々(サッカー人)の問題だったのだ。



 だから「今回の責任を取って『今回の協会関係者』は皆クビだ!」と言いたくなる気持ちもわからずでもない。けれども、物事はそう単純でもないのだな。それについては明日以降。
posted by 武藤文雄 at 03:22| Comment(70) | TrackBack(1) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月28日

帰国を前に

 ケルン大聖堂近くのホテルでこの文章を書いている。

 ブラジル戦、そして日本敗退については、想いがあまりにも交錯してしまっており、何か書き始めるとすぐに大長編になってしまい、現地での多忙さにかまけて書けずにいた。いや、他にも書きたい事は無数にあるのだが、とにかく時間がなくて。



 例えば、日本敗退の悔しさ。

 この快感が交わった無類の悔しさをできるだけ正確に描写しようとすると、直前の準備の悪さ、ジーコのチーム作りの拙さ、伸びなかった好素材、日本代表とコマーシャリズムの関係など、書かなければならない事が無数に出てくる。とてもではないが、短期間ではまとめられない。

 インタネットで日本の様子を見ると、オシム氏招聘、川淵会長の迷走、ジーコの見苦しい言い訳、広告代理店の位置づけなどの問題が錯綜している模様。これらを含めて、大会への想いは徐々に整理して行こうと思っている(と4年前も同じ事を言って、とうとうまとめる事ができずにいるのだけれども)。

 ただ結果を結果として受け止めるにしても、ブラジル戦を現地で観戦できて本当に幸福だったと思う。試合終了後まともに歩けないほど絶叫し続けて、言葉が出ないほど悔しさを(それも複雑な悔しさを)感じる経験など人生でそう味わう事ができない。

 ドーハほど単純な悲しみでもなければ、ジョホールバルほど単純な喜びでもない。ナントでは仕方が無いとの想いを抱きながらも世界の壁を感じる大ショック(もう1試合残っている複雑な状況だったし)。利府では「地元、出生地」と言う特殊要因の中での、「精一杯感」。

 しかし、この日ドルトムントで感じた悔しさは、「もう少し何とかなったのではないか」「どうしてこうなってしまったのだ」と言う想い。さらに一方で「『本大会の1次リーグで敗れる事に絶望感を味わう』程、俺は偉くなったのか」と言う逆の想いも。ついでに、中田、中村、小野の鼎立を(いやそれどころか、世界での君臨を、少なくとも今現在)味わう事ができなかった喪失感、加えて「彼らの今後の代表チーム経験はどうなるのか」と言う不安。

 これらが交じり合って整理できないのだ。

 さらにテレビ観戦したイタリア−豪州戦、生観戦したウクライナ−スイス戦、改めて「ここまでは来られたのではなかったのか」と言う悔しさを一層味わう事ができた。特にウクライナ−スイスが行われたケルン、青と黄色のツートン、あるいは赤と白の衣装をまとった両国のサポータが、朝から次々に駅に降り立ち、気勢を上げる事に対する羨望と嫉妬。そして、彼らのチームと私の今回のチームの明確な差の実感、改めて感じる悔しさ。



 あるいは、重厚、豪華そのものの準々決勝の組合せ。

 ドイツ−アルゼンチン、イタリア−ウクライナ、イングランド−ポルトガル、ブラジル−フランス。

 何と優勝経験国6国がベスト8に残っている(本大会に出場できなかったウルグアイ以外の優勝経験国は皆ここまで残った訳だ)。ウクライナは旧ソ連の主流を長く占めていたのだから、欧州屈指の強国と言える。ポルトガルも伝統的に強豪クラブを抱え、近年選手育成も順調に進んでいるこれまた欧州屈指の強国。この顔ぶれを見てしまうと、極東の新興国が「ベスト8を目指す」とよく言えたものだとも考えてしまう(どこかの誰かは目標はベスト4だと言い、敗退後はその発言をすっかり忘れているようだが、この男の健忘症は今に始まった事ではないのだから、アルツハイマーかとも言いたくなるが)。

 それでも、この一角に食い込みたかった。

 

 もう1つ。体験の濃密性。

 昨日、ドルトムントからケルンに向かう電車で「クリチーバ」のユニフォームを着たブラジル人と10分ほど会話した。先方も英語ができたので、結構突っ込んだ会話ができたのだ。

 彼は自分のクラブに17年前に所属していた新進気鋭の若いストライカの母国のサポータと会話ができた。

 私は我が国の稀代の英雄が日本に帰国する前に所属したクラブのサポータと会話ができた。

 この会話を紹介するだけで、ブログのエントリが2個くらいはできてしまいそうだった。そして、このような体験を次々に味わえる。

 ワールドカップの旅と言うのは、かほど濃密なものなのだ。



 ともあれ私は帰国する。

 私を支えてくれた家族、会社の同僚たち、友人たち、特に魅力的なツアーに誘ってくれたSさん、Oさん、そして宮本と中田が率いた23人、いや全ての日本代表選手、いや全ての日本のサッカー人、いや世界中のサッカー人に感謝の気持ちを伝え、帰国の途につきたいと思う。

 本当にありがとうございました。

 

 そうそう、ブラジル戦キックオフ直前に、突然私の席に湧いて出てきて、共に声の限りに立てなくなるまで応援した盟友にも改めて感謝の言葉を伝えたい。ありがとう。
posted by 武藤文雄 at 17:25| Comment(19) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする