2004年09月06日

敵地のインド戦に向けて −ジーコのひみつ、その2−

 早いもので、敵地のインド戦まで、あとわずか。

 アジアカップを制したチームに、小野、久保、高原が加わり、中村、玉田が体調不良で抜ける編成。細かな疑問を言い始めれば、体調が全く読めない欧州の高原よりは大久保や田中達也だろうとか、アジアカップで諸問題を露呈したサイドプレイヤに五輪代表を含めた新たな選手の起用を検討すべきではないか、などと突っ込み所は多々あるが、そのような話をいくら議論しても不毛のは、この2年間で存分に学んだ事だ。

 ただし、中田がセリエAの開幕にすら間に合わないかもしれないと言う情報、何となく疲労の蓄積で昨シーズンに戻ってしまったのではないかと思わせる中村の体調、どうしてレイソルで活躍している玉田が負傷で不選考なのか、などメンバに入らなかった選手のフィジカルコンディションについてはとても気になるのだが。

 インドの気候条件がいかほど過酷は不明だが、シンガポール戦と異なり、出場選手皆が日本から現地に行くのだからあそこまで動けなくなる事はなかろうし、何より久保もいるのだし、当たり前に大量点を取って勝ってくれる事だろう。



 と私のような野次馬は思うのだが、ジーコ氏は違うようだ。

「とにかく勝てばよい」

と発言したとの由。以前ならば「また試合後の言い訳の伏線が始まった」と素直に理解するところだが、アジアカップ制覇をした今となっては、そう素直に理解するのは、いささか危険である(笑)。私は、「ジーコ氏は『心底1点差でもいいから勝てればよい』と思っているのではないか」と思い始めたのだ。

 我々が「大差で勝ちたい」と思うのは、先を読んでの話。オマーンでもし1点差で負けた場合、少しでも勝ち抜きの確率を高めるために、インド戦でより大量点を取っておく事が望ましい(現時点で若干得失点差で劣勢でもあるし)からだ。

 ところが、ここまでのジーコ氏の采配ぶりを眺めると、以前から散々批判してきたのだが、中長期思考が感じられない。今回の「1点差発言」もそうだが、昨年の東アジア選手権でも香港戦で大量点を狙いに行かず、最後の日韓戦で得失点差で劣り優勝できなかった。

 いや、得失点差の議論に留まらない。準備試合でも、タイトルマッチでも、ジーコ氏は「ベストメンバ」を選んで、交替選手を使わない事が多い。ただひたすら目先の勝利を目指しているかに見える。



 今までの論点では、

「だから長期的視点がなくその場主義のジーコ氏では駄目なのだ」

が結論だった。しかし、アジアチャンピオンを獲得した今、そう結論を急ぐのではなく、視点を変えてみたらどうかと思い始めたのだ。つまり、

「ジーコ氏は信念を持って『その場主義』を貫いている」

と考えてみたのだ。言い方を変えよう。サッカープレイヤとしてありとあらゆる修羅場をくぐってきたこの男は

「サッカーの必勝法は『その場主義』だと体得している」

のではなかろうか。



 この思いつきのような仮定を元に議論を継続していきたい。



 あ、先日全く別なアプローチで準備されたチームが惨敗したのを目の当たりにした事が、この仮定を補強しているのは否定しません。
posted by 武藤文雄 at 21:27| Comment(3) | TrackBack(1) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月05日

ジーコのひみつ、その1

 先月、3度目のアジアチャンピオン就任直後に、一体私はジーコ氏の「何」に恐れ入ればよいのだろうかと問題提起を行った。どうも、皆様(笑)が、同様に悩んでいらしたようで、コメント欄に多数のご意見をいただいた。それぞれ大変鋭いご意見で、自分なりの構想構築に大変参考になった。



 それなりに自分の考えはまとまり始めている。アジアカップを制覇したから、ジーコ氏のやり方全てを認めようと言う気も無い。しかし、アジアカップを制覇したのだから、ジーコ氏には、過去我々が目にしながらも、文章化できなかった(あるいは見落としていた)「何か」があるのではないかと思えてならないのだ。現役時代、選手ジーコが見せてくれたスルーパスやシュートの巧みさ、アントラーズ黎明期の実質監督時代の見事なチーム作り、そして日本代表監督としてのグダグダ振りとアジアカップ制覇。ここまで私たちが気が付かなかった「何か」があるのではないか、その「何か」を文章化できれば、サッカーを観て愉しむ野次馬冥利につきるのではないかなどと妄想を抱いている訳。



 そして結論めいた事を先に述べてみたい。

 ブラジルサッカー界と日本サッカー界の出会いは、ネルソン吉村の来日だろう。そしてそれから約35年が経った。その間、ジーコ氏を中心に幾多のブラジルの偉大なサッカー人が来日した。ジーコ以前JSL時代の、ネルソン、ジョージ小林、セルジオ越後、ジョージ与那城、セイハン比嘉、カルバリオ、マリーニョ、ラモス、そしてオスカー。ジーコ以降のジョルジーニョ、ドゥンガ、ジーニョ、セサル・サンパイオらを筆頭とする本当のトッププレイヤたち、ダ・シルバ氏、ニカノール氏、オタシリオ氏そしてフェリペ氏などの名将たち。日本サッカー史屈指のストライカであるカズがユース時代にブラジルで生活しトッププロになってから帰国したのも重要だ。

 ここまで密接に、我々はブラジルサッカーを学んできた。多くを吸収したつもりだった。

 しかし、ジーコ氏の監督術と言うか、戦略眼と言うか、何と言うかは知らないが「ジーコ方式」を観ていると、過去35年間のブラジルとのお付き合いでも、未だ明文化されずに我々日本人が気が付かずに来た「何か」が、明確にあるように思えてきたのだ。

 

 最初はまとまった長い文章にしようかと思ったが、それではいつ完成できるかわからない(笑)。と言う事で、「ジーコのひみつ」探求については、ジーコジャパンを追いながら、日記で少しずつ小出しにして段々とまとめていくと言う姑息な策(笑)を取ろうと思う。と、言う事でインド戦の展望に進む事にする。
posted by 武藤文雄 at 23:58| Comment(1) | TrackBack(1) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月18日

マッチメーキングの難しさ

 おそらく、ジーコ氏も宮本も、直前になって「どうしてこの試合をしなければならないのだろう」と悩んだのではないか。マッチメークをした平田氏だって「結果的に失敗だった」と思っているのではないか。

 酒精メーカをスポンサにした一連の国内でのA代表マッチは、我々サッカー狂にとっては代表チームを生観戦する貴重な機会だし(今日はTVとさせていただきましたが)、日本協会にとっては強化費用を捻出する重要なイベントだ。マッチメークをした当初は、おそらく欧州シーズン開始直前(早々)のタイミングならば、選手が集めやすい。アジアカップ終了後、インド戦前に一試合しておおくのは悪くないと思ったのだろう。さらに夏休み中ならば関東圏以外でナイタの国際試合も開きやすいし。

 しかし、ここに来て、疲労しきったアジアチャンピオンたちを、Jリーグ開幕直後にも関わらず再召集しなけらばならない事になってしまった。しかも中田、小野、中村らの欧州勢はもちろん、久保までが使えない(とすればインド戦とはメンバが違いそう)。さらに国内の盛り上がりも五輪一色でマスコミの注目もイマイチ。ついでに関係ないが1次リーグ突破がならず盛り上がらない雰囲気(これは連日の八つ当たりだな)。このような状態での試合となってしまった。いや、マッチメークと言うのは非常に難しいものだ。

 しかも迎えるのは2軍とは言え、呼べば必ず真面目に試合をして下さるアルゼンチン。

  これで「勝て」とか「内容のある試合を」と言うのは少し酷ですね。

 

 そのような悪条件下で日本は、まあよくやったと言えるのではないか。特に負傷者も出さず、フォーメーションもいくつか試し(ジーコジャパンでは珍しい)、そこそこの試合もできた。相変わらず両サイドの守備は改善の余地がある事、いくら中澤でもこの相手と正対した1対1となるとそうそうは止められない事なども確認できた。また、アジアカップでも不満を感じたが、小笠原にはもう少し頑張って欲しかった。しかしまあ、今日については、そんなところだろう。

 アルゼンチンも、代表チームの層を厚くすると言う意味のある試合だったのではないか。

 

 と言う事で「ジーコ氏のひみつ」についてはもう少し待って下さい。自分の中では、まとまりつつあります。ただ、文章にするまでこなれていないのです。予想外に五輪が早く終わってしまったので(また八つ当たりだ)、思ったよりは早くまとめられそうです。



 では仮眠に入ります。せめて、よい試合を、そして勝利を。
posted by 武藤文雄 at 22:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月09日

改めて感じた日本と中国の大きな差

 まずはJ2、昨日のベガルタの同点劇、映像を見ていないのだが、93分と94分に得点して2−2に追いついたらしい。凄いね。ホームでの引き分けは悔しいはずだけれど、まあ、この劇的性と、トップ独走のフロンターレから勝ち点を奪えた事に満足すべきなのだろう。フロンターレには、この引き分けに動ぜず他チームから着実に勝ち点3を奪い続ける事に期待したい。次節は水曜日のモンテディオ戦、中2日の厳しい試合だが、幸い近隣の山形だけに遠征の疲労はない。丁寧に戦い、勝ち点1を狙いつつ隙をついて勝利を目指したい。

 一方のモンテディオだが、地元でサンガに逆転負けを食らったとの事。これはベガルタにとって嬉しくない報せだ。モンテディオとしては地元での連敗は避けるべく、相当集中してベガルタ戦に臨んで来るだろう。そして、戦闘能力では最高レベルながら低迷しているサンガが勢いづくリスクがあるからだ。

 全てのチーム関係者が自分の利害のみを考えて、他チームの勝敗を考慮する。やはりJ2は本当に面白い。



 さて、昨日結論を出し切れなかったジーコを哲学する件。もう少し時間を下さい。と、言うより、哲学推進(笑)のために、決勝戦を日中比較しつつ振り返ってみたい。

 

 中国はフラットな4DFをベースにした4−4−2。守備ラインから早め早めに両翼に展開するのが狙い。早めに前線、両翼にボールを展開するのは、攻撃の有効な手段だ(もっとも早く攻める事が手段でなく目的化すると、攻撃が単調になってしまうのだが(以下自粛))。ところが、中国は両翼に展開してからが遅い。そのため、日本の中央の守備が固まってしまう。両翼展開後、守備が固まる前にアーリークロスを上げるなり、そこからさらにゴールラインぎりぎりをえぐるなり、引き付けておいて逆サイドを狙うなりすればよいのだが。この日本戦も、イラン戦も、中国はこの単調な攻撃を繰り返す事になってしまった。

 唯一の失点は、せっかくサイドで手数をかけてくれた敵に対し、意図不明の守備で中央への突破を許した加地の自作自演だった。

 極めて危険な過程だが、もしアレックスが中国にいれば状況は変わっただろう。アレックスは持ち過ぎてつぶされる事も多いが、時に判断よく高速のアーリークロスを正確に入れる。この日も同点にされた直後に鈴木に合わせたクロスは絶妙だったし、あのバーレーン戦中澤に合わせたクロスを何と表現してよいものか。アレックスのように諸刃の剣的な選手は中国にはいない。いるのは切れ味の悪い刃物のような選手ばかりだ。

 さらに極端に言えば、上記で酷評した加地が中国にいても日本は悩んだはずだ。加地の持ち味は、ここぞと言う時に強引に敵DFのウラをつこうとする突破。そのような突破を狙われるだけでも、アレックスの後方をカバーする宮本の悩みは増えたに違いない。しかし、そのような狙いがない敵攻撃陣は、宮本にとって容易いものだった。



 中国の最前線は老雄ハオ・ハイドンが溜めたり、すり抜けを狙ったり、攻撃の変化の全てを担当する。そしてもう1枚のストライカは、高くて巧いがそれだけ。位置取りも漫然としているし、日本の忠実な守備を食らうと振り向けない。しかも、頼りのハオ・ハイドンは過去何試合も日本と戦っているが、日本に脅威を与える事に成功した事はほとんどなかった。敵国のエースには大変失礼ながら、ハオ・ハイドンはその程度のクラスのストライカだ。アリ・ダエイや黄善洪らのクラスには遠く及ばない。TV解説の井原は、アナウンサに「敵の大エースハオ・ハイドン」と振られて失笑していたのには笑えた。そりゃ、井原からすれば格下も格下だよな。そのような30過ぎのストライカに頼らざるを得ないのが、中国の現状なのだ。

 一方の日本。久保も田中達也も大久保も高原も招集できないジーコ氏が選んだ今大会の2トップは鈴木と玉田。2人とも素晴らしかった。

 鈴木は決して巧い選手ではないが、とにかく身体を張ってボールをキープする。そして隙があれば前進する。いくら削られても、その特長を繰り返す。このようなスタイルのFWは欧州のセカンドクラスの代表チームに結構多い。横なり後方にいるスター選手のために90分(おっと再三延長戦になったから120分か)戦い続けるタイプの戦士だ。

 玉田はとにかくシュートを狙う。ボールを受ける瞬間玉田はシュートを考える。最後の最後、中村のスルーパスを受けた瞬間、玉田の球出しがちょっと大き過ぎるのではないかと、私は危惧した。しかし、私も中国GKもそれに騙された。玉田は最初のボールタッチから敵をギリギリの間合いで抜き去り(外すのではないウラをつくのだ)最終的にシュートを打つ事のみを考えてタッチする。あのバーレーン戦の2得点も、いずれもこの玉田の絶妙なボールタッチから生まれた。このような前進は、ロマーリオやエメルソン(レッズの)のようなブラジル人の名手が得意とするもの、玉田は日本サッカー界が育んだブラジルタイプのストライカなのだ。



 もちろん、日中の差は上記に留まらない。むしろ、上記のポジションは差が少ない方かもしれない。中村と中澤はもう素材の問題だろうから言及に及ばず。宮本、中田浩二、遠藤のように知的につなげる選手はどうして中国に出てこないのか。川口のように技術はもちろんだが、精神力で自らを律するファイタも見かけない。かほど、日本と中国の差は大きいのだ。

 1人でいいから、バーレーンのA・フバイル(30番の点取り屋)、ヨルダンのサイード(3番の左バック)のような、驚きを起こせるタレントが1人でもいれば、状況は改善されるのだが。

 一昨年の秋口、アジア大会前に中国で、山本氏率いる現五輪代表は中国五輪代表と戦い敗れた。あの試合の後半、中国は相当小柄だが非常に技巧的でウラをつけるFWを起用した。日本の守備陣はそのFW1人を追いかけるのに苦労していた。あのFWがもし順調に成長して、一昨日フィールドに登場していれば...
posted by 武藤文雄 at 23:49| Comment(4) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月07日

歓喜の短信

 つまらない決勝戦だった。

 全く試合前の予想通り。唯一の誤算は加地のおバカ。あれがなければ、軽く2−0か、3−0の勝利。2−1で日本がリードした終盤、だんだん腹が立ってきた。中国は本当に優勝したいならば、攻撃を工夫しろよ。

 どうして、いつもいつも前に前に急ぐのだ。

 どうして、単調なクロスを中に入れるのだ。

 どうして、ちょっとでいいから溜めを作ろうとしないのだ。



 あんな攻撃で日本から点を取れると思っているのか。



 強いと言うのはつまらないものだな。

 92年広島アジアカップの感動はもう味わえないのだろうか。



 え、中田浩二のハンド?忘れた。
posted by 武藤文雄 at 23:46| Comment(4) | TrackBack(4) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月04日

とにもかくにも後1勝

 中国−イランの死闘を見ながら、不思議な気持ちになっていた。

 大柄でボール扱いはよいがとっさの判断力が足りない選手を11人並べ、サイドからのドリブル突破と空中戦とロングシュートに活路を見出そうとして、抑揚も変化もないサッカーでここまで残ってきた中国。一方、いささか守備に隙はあるものの、アリ・ダエイの落ち着いたキープから、マハダビキア、カリミが止めようも無いドリブルで守備ラインを切り裂くイラン。

 日本の優勝の事を考えれば、決勝の相手が中国の方がありがたいに決まっている。しかしせっかくのアジアカップの決勝戦、どうせならばイランと技巧とアイデアの粋を競う勝負も観てみたい。一体、中国とイランどちらを応援すべきなのか。つまり迷っていたのだ。まあ、当方が先に決勝進出を決めただけに、ヨルダン戦後の韓国−イラン戦同様、お気楽な気持ちで「どっちが来てもいいや」とも思っていたのだけどね。



 と言う事で決勝は中国戦。疲労困憊、遠藤不在、爺古健在、観衆愚昧と言う悪環境ではあるが、相互の戦闘能力比較からすれば、勝つ可能性が極めて高い相手となった。日本代表には、ただひたすら勝利と言う結果を求めたい。

 とにかくこの決勝戦での勝利は、将来の日本そしてアジアのサッカーのために極めて重要なのだ。



 誤解して欲しくないが、先日も講釈を垂れたように、私は中国人サポータのブーイングについては問題視していない。不愉快ではあるし、みっともないとも思う。しかし、今我々が戦っているのは、サッカーの国際試合であり、応援に来るサポータには馬鹿もいる。その馬鹿の比率が、他国と比較して多いからと言って、我々が文句を言う筋合いではなかろう。日本政府が苦言を呈したり、特別サッカー好きではない日本人が不快感を顕わにするのは、構わないだろう。しかし、我々はサッカー人である。サッカー人だったならば、例えその理由が何だろうが、敵地で敵のサポータが自国にブーイングをする事は納得の上、戦わなければならない。

 したがって、一部の方面でいささか煽情的に「くたばれ中国」と言う趣旨の意見が述べられているにに、私は与しない。



 決勝で中国に勝つことの重要性は以下の2点である。

@ドイツワールドカップに向けて、中国を含めた各国に日本には歯が立たないと思わせるため

 70年代半ばに中国が国際サッカー界に復帰して以降、80年代終盤までは日本は中国の後塵を拝していた。しかし、92年にオフト氏が監督に就任し、北京でのダイナスティカップで中国に快勝して以降、双方の地位は完全に逆転した。それ以降、日本が中国に敗れたのは、98年春先の国立での敗戦(ただし、監督岡田氏がフランス本大会に向けて各種のテストを行った試合だったのだが)くらいだろう。とするならば、この決勝戦でしっかりと叩いておけば、来年の2次予選でも精神的に圧倒的優位に立てる。

 さらに言えば、オマーン、ヨルダン、バーレーンと言う、日本をあと一歩まで追い詰めた各国は、「あそこまで好機を掴みながらも、日本には勝てないのか」と、いささか絶望的な思いがあるはず。ここで日本が中国に勝ち優勝を遂げれば、これらの中堅国はいよいよ「ああ、日本には勝てない」と改めて思うはずでは

Aアジアのレベルアップのために

 万が一にも、この段階で中国が日本に勝って優勝する事態になったならば、上記したアイデアも変化もないサッカーが、アジアを制することになる。これは耐えられない。サッカーにとって、上背や体重よりも、技巧や判断力が格段に重要である事を、日本優勝と言うわかりやすいサンプルでアジア中に伝えたいではないか。



 ただ、繰り返すが私は決勝については楽観的だ(ジーコが凄い事をして来なければ)。

 戦闘能力差は、今までも再三述べてきた通り、当方が上回る。

 そして中国各選手の精神状態。いささか楽な組合せと判定に恵まれ準決勝進出。準決勝ではイランと死闘を演じ、ここまで来た。とすれば、選手たちは「ノルマ達成済み」と言う気持ちになっているのではないか。一方、日本の選手たちからすれば、「イランや韓国が相手だったらさておき、中国に」決勝で負ける事があれば帰国後能動的な評価は得られづらい事は理解されているだろう。そして万が一勝てなければ「今までの努力が水の泡、ヨルダン戦やバーレーン戦に必死に勝利を収めた努力が無駄になる」事も、骨の髄まで染み付いているだろう。

 つまり、決勝で勝とうとする意思も、格段に当方が上回れると思うのだ。

 楽観的に土曜の晩を待つ事にしよう。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(1) | TrackBack(1) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月03日

続美味い酒

 本当に面白い試合だった。最高の酒だ。

 たった4日間で2回もここまで感動的な歓喜を味わう事ができるなんて。タイトルマッチはこうじゃなくちゃいけない。



 キックオフ直後、「今日は流れがいいな」と思わせておいて、福西、田中誠、川口が揃って大チョンボで失点。再三の決定機を玉田と鈴木が決められない。敵ボールを素晴らしいインタセプトをした遠藤が中村につなぎ「さあ決定機だ」と思わせておいて赤紙を出す演出上手の主審(VTRを利用しあの死んだ振りをした選手と審判への懲罰をどこまでやれるか、日本協会の手腕に期待したい)。後半開始早々、ようやく中村のCKから中田浩が同点。さらに中田浩の見事なスルーパスから玉田が抜け出し、物凄い弾丸シュートで逆転。すっかりバーレーンが疲労しきっているので「シメシメ」と思わせておいて、中村の再三の軽率なミスパスで押し込まれる。さらに小笠原の信じ難いミスパスから再び同点。全員が疲れた身体に鞭打って攻撃し左サイドでアレックスがフリーになって「やった」と思わせておいて、持ち過ぎでカットされ逆襲速攻、加地がゴール前で転倒し、さらにあろう事か川口がニアサイドを抜かれ再びリードを許す。「もうダメだ」と思わせながら、必死に攻撃を行い、アレックスがフリーになり、中央に進出した「エースストライカ」中澤のダイビングヘッドがネットを揺らす。いや、興奮しました。さらにロスタイムフリーの小笠原が痛恨の逸機で再び延長に。そして玉田!!!!延長終盤の鈴木と玉田の献身的なボールキープ、あれほど時計が進むのが遅いと感じる事はなかった。

 いや、本当に2時間半の死闘を愉しませていただきました。もう恒例だけれども、本当に本当に本当にありがとう。そして今日の感謝の対象は、いよいよ全員だ。ここまで精神的に強い選手たちを所有する事を本当に誇りに思う。

 

 これで今年に入ってから5回目だ。埼玉でのオマーン戦、敵地でのシンガポール戦、先日のオマーン戦、3日前のヨルダン戦、そして今日。タイトルマッチの真髄をこれだけ愉しませていただいているのだ、ジーコ氏に感謝すべきなのかな。はっきり書くけど、もちろん皮肉だよ。だけど、この半年間で5つも物凄い試合を体験できたのは事実だな。全部勝ってるのだし。



 まあいいや。詳細は別途考えよう。やはり、イランと中国の死闘を肴に、我らが誇りの日本代表選手たちの奮戦を思い起こすだけで今日は十分だ。



 そして酒の肴。決勝戦は決勝らしく、イランと雌雄を決したかったが、中国なら楽だな。日本は何と幸運なのだろう。あの力任せで創造性のひとかけらもないサッカーに失点は考えられない。ヨルダンやバーレーンと異なり、相当ラクな相手だ。連覇は確実だな。
posted by 武藤文雄 at 23:48| Comment(2) | TrackBack(1) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月01日

あと2勝

 ベガルタは久々にアウェイで勝利。先制しながら追加点を奪えぬうちに同点とされる苦しい展開ながら、終盤に若きホープ萬代が決勝ゴール。2位から7位までが勝ち点4差にひしめく大混戦だが、とにかく丁寧に勝ち点を積上げる事が肝要。勝負どころはまだまだ先だ。



 と言う事で、日本代表に戻ろう。

 

 「1次リーグは力半分で戦い、余力を残して準々決勝以降を戦おうとしている」と言う希望的な観測は外れたようだ。ヨルダン戦も、オマーン戦同様出足の悪さから、中盤を制されての大苦戦となってしまった。イラン戦でのメンバ固定は、着実に選手たちのスタミナを奪っていたようだ。コンディショニングを整えられないジーコは何度でも繰り返すのだろう。

 余談ながら、ヨルダンの監督は90年ワールドカップのエジプトの指揮官との事。あの時のエジプトはいいチームだった(ミルチノビッチ氏率いるコスタリカが見事すぎて、印象が薄いのだが)。88年欧州選手権を制したオランダと互角に渡り合った試合は本当に見事だった。



 開始早々からペースを握られハーフウェイラインも越えられない。しかしオマーン戦もそうだったが、相当押し込まれても、2ストッパの地域抑止能力、宮本の適切な位置取り、川口のロングシュートへの完璧な対応で、危ない場面を作らせないのが今の日本(その割に中盤を制したタイ戦の失点は無様極まりなかったが)。と、思っていたら、あえなく失点。

 敵左DFサイードがタッチ沿いを突破しようとした場面、田中誠はほぼ完璧に身体を入れてブロック。ところがサイードが強引ながら素晴らしいスライディングタックルを仕掛け、@ボールを捉えつつ、A田中誠をふっ飛ばし、B自らは見事なボディバランスで立ち上がった。100点満点のスライディングと言えよう。田中誠不在の(日本から見た右サイド)は無人の荒野。サイードは余裕綽々加地を外し、ファーポストに好クロスを上げた。田中誠と加地が抜かれる事で宮本、中澤はシフトするように右側にポジションを移していたので、このクロスに対する事になるのはアレックス。いくら川口でもこれは防げない。

 この場面、サイードの個人能力が田中誠の個人能力を上回ったと言えよう。個人能力で守ってきたチームが、これではどうしようもない。

 ちなみに負け犬の遠吠えになるが、このスライディングタックルは後方からの結構危険なものだった。最近の欧州や日本の基準ではファウルを取られる可能性があるのではないか。この試合の主審は再三日本を悩ませたが、(PK合戦時の謎の振る舞いはさておき)必ずしも不公平ではなく、基準は明確だった。例え後方からだろうが危険だろうがボールに足が届いているタックルはファウルとしなかった。逆にボールがプレイングディスタンスに入っていても、ボールに触れず身体を入れて敵を飛ばすプレイはファウルとしていた。まさにこの失点は大会前の懸念した通りのスタイルの主審に悩まされるこの試合を示唆するものだったのだ。



 オマーン戦に似てはいたが、この失点以外にも何度か決定機を敵に与えてしまった事が大きな違い。後半30分過ぎに中央左サイドへの縦パスを中澤がかぶった形になりウラを取られ好クロスを上げられた場面(川口触れず、ただし飛び込んだ敵FWも1人だけだった、この大会ほぼ完璧な出来の中澤だがこの場面の判断だけはミスに思えたのだが)、後半終了間際福西のミスパスをペナルティエリア直前で拾われた場面(福西のこのミスは言い訳の余地なし)、延長後半CK崩れからの逆襲速攻(これは守備に残っていたアレックスの軽率そのものの対応による、あの時間帯にあのような判断をするとは...)。いずれも守備者の微妙なミスがらみ。あれだけ悪環境の連戦であれだけ押し込まれてしまっては、ミスもでようというものか。

 しかしあれだけ押し込まれたとは言え、日本の決定機はそれ以上あった。ただし、そのほとんどは中村のセットプレイからだが(あの後半終了間際に鈴木にピタリと合わせたクロスは、流れの中からだったが、凄かったね)。しかし、最近の久保、4年前の森島のように、ここぞと言う時に決定力を発揮する選手がいない日本ゆえ(中澤の得点力をどう評価するかだが)、もっと決定機の頻度を高めないと、120分間かけて1得点がせいぜいと言う事になってしまう。

 (意図してかどうかはさておき)イタリア風に勝つというならば、疲労していても最終ラインのミスは論外だし、好機の頻度を増やす必要があるのだ。



 とするならば、やはり両サイドMFの人選はいかがなものかと言う事になってくる。

 加地は元々攻撃を期待されての起用であるが、上記失点時の1対1のもろさはあまりにも残念。もっともこの選手の守備感覚の課題は、シンガポール戦失点時の寄せの甘さといい以前からのもの。ところがこの日は攻撃面でも課題を露呈した。再三切返しを狙われボールを奪われてしまったのだ。この選手の魅力は縦に出る思い切りのよさなのだが、その決断がつかないところを狙われてしまった。敵の出足に押し込まれている苦しい時間帯は、サイド沿いでキープして時間を稼ぐのは1つのやり方なのだが、あれだけボールを奪われると苦しい。

 そしてアレックス。失点時の絞込みのまずさはあまりにも残念。さらに上記した延長後半の決定的ピンチを誘引した軽率な寄せは論外。もっともこの選手の守備感覚の課題は、再三再四敵クロスに尻を向けるプレイ振りに代表されるが、ジーコ氏がサイドバックにコンバートしてから全ての試合でのもの。ところがこの日は攻撃面でも課題を露呈した。判断が遅いのだ。そのため、前に出るタイミングが悪く、2トップが孤立するのみならず、中村のウラへの狙いに全く反応できなかった。現状のこの選手の魅力はノーステップで蹴る事ができるクロスボールなのだが、いつ蹴るかの決断ができないところを狙われてしまった。延長終了間際、主審にぶつけたクロスは醜態としか言いようがない。余談ながらPK戦、主審がゴールを変えたときにもう1度蹴ろうとしたのはなかなか面白かった。ダメモトとは言え、ジーコ氏のいい意味での薫陶だな。



 監督批判の典型パタンは人選問題だ。しかし、人選問題はあまりにもデリケート。自分でもわかるが私が「明神、大森、服部公太、黒部、そして薩川!を使え」と言うのは、好みの問題だ。「誰を選ぶから(あるいは誰を選ばないから)この監督はダメ」と言う論理はわかりやすいが、反論も容易。つまり、水掛け論なのだ。ジーコ氏がアレックスと加地を起用するのも、彼らのプレイスタイルなり発想なりを、ジーコ氏が高く評価しているからだろう。それは否定しない。2人とも欠点もあるが、長所もある魅力的な選手だからだ。

 しかし問題はこの両サイドプレイヤを固定し他の選手を試さない事なのだ。この2人の「クラス」は、中田、小野、久保、中澤とは違うのだ。無条件で日の丸のレギュラが提供される「クラス」ではない。この2人の固定は、日本代表を苦しくするのみならず、この2人の成長を阻害していると考えるのは私だけだろうか。



 韓国が消えた。

 あと2勝である。ヨルダン戦の苦戦、インターバルの少なさなどから考慮して、バーレーン戦も苦戦を余儀なくされるだろう。しかし、最終ラインの強さ、中村が作る(いや小笠原や藤田が参画してくれても全然問題ないのですが)決定機を考えれば、負けるとは思えない相手だ。そして決勝、イランよりは当方のバランスがまだましだろう(もっとも調子を取り戻したマハダビキアの4アシストは凄かったが)。そして、中国ならば点を取られる事はあり得ない。

 火の出るような日韓戦が観られないのは残念極まりないが、韓国の敗退により、いよいよアジアチャンピオン防衛が近づいてきた。残り4国、それぞれの状況を考えれば考えるほど、アジアチャンピオンの座に1番近いのは、やはり我々なのだ。
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2004年07月31日

美味い酒

 感動的な勝利を反芻しながら飲む酒は最高だ。しかも、その肴が韓国とイランの激闘なのだから。 

 この文章を、イラン−韓国戦を冷やかしながら書いている。このような状況は、サッカー観戦の醍醐味の1つだ。当方は次ラウンドへの進出を決めている。難敵は死ぬ思いでもがいている。しかも、お互いボコボコ点の取り合いをしているではないか。

「おお、李東国君、カリミ君、お互い頑張っているではないか。是非消耗し合ってPK合戦くらいやったらどうかね。」

いや気楽なものである。そして、既に決定している次ラウンド進出への経緯が、困難なものであった程、野次馬的な快感は強い。



 ヨルダンの4人目、5人目、6人目、それぞれがPKスポットに向かう時(つまりこれを決められれば負ける時)、TVカメラはジーコ氏を大映しにした。この2年間ですっかり人相が悪くなった偉大なサッカー人の憮然とした表情を観て、思い出が錯綜した。

 若い頃、ブラジル代表でなかなか活躍できなかった時代。全盛期の美しいスルーパス、直接FK、すり抜けて最前線に飛び出しての見事なゴール。住友金属に加入した時に「どうせ本気は出さないのではないか」との懸念を打ち破る真摯なプレイ振り。J初年度の見事な「実質監督」。アントラーズのGMとしての見事な差配。そして代表監督...

 「いよいよお別れか」と思いつつ、「いや、奇跡が起こって欲しい」と思いつつ、川口が構える度に「川口頼むぞ」と念を送る。いや、代表の試合はこうでなくてはいけない。

 そして、また別れ損ねてしまった。

 

 考えてみれば、ジーコ氏のおかげなんだろうな。

 もし普通の監督に任せていれば、今頃当たり前のように4連勝して、

「アジアサッカーのレベルダウンをどうする」

などと議論していたのだろう。

 ワールドカップ予選も、勝ち点9、得失点差プラス20くらいで単純な独走体勢。

 2004年のサッカーシーンは、せいぜいアテネ五輪をたしなむ程度で、ここまでエキサイティングなものにはならなかったろう。



 それにしても奇妙なPK戦だった。

 30年余のサッカー経験で、最初の2人づつで0−2となっての逆転劇を観るのはは3回目。しかし、トップレベルのサッカーでは初めてだな。

 しかも、PKの場所を変えるPK戦は初めてだ。それも不可思議極まりないタイミング。日本が2人蹴り、ヨルダンが1人しか蹴ってないと言う中途半端な状況で。もし日本が負けていたならば物議をかもしただろうな。

 あの訳のわからん状況で冷静さを保った川口に改めて敬服。

 

 川口よ、本当に本当に本当にありがとう。勝利そのものも嬉しいよ。でも、君に久し振りに心の底から御礼を言えるのもまた嬉しいのだよ。



 試合内容に関する講釈(愚痴)は改めて、明日以降にさせて下さい。悪い事は忘れて、今は勝利の余韻に酔いたいのです。
posted by 武藤文雄 at 23:58| Comment(14) | TrackBack(3) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月29日

人それぞれ

 よく理解できないのだ。「中国人が日本代表にブーイングを浴びせる事」に、一体何の問題があるのだろうか。



 情報操作とか、動員された恣意的なものだとか、お調子者が多いとか、実態は様々だろう。また歴史的な問題や政治的な問題がゼロだと言う気も無い。しかし、もし日本代表の戦闘能力が、大会出場国の中でも下位のものだったら、このようなブーイングを浴びる事ができただろうか。ブーイングを受けられるのは強者の証なのだ。

 大体考えてみよう。中国人からすれば、地元のアジアカップ、何としてでも優勝したいと言う思いがあるだろう。そしてそのためには、中国よりも強いチームの早期敗退を望むのは当然だ。とすらば、日本の試合を見る中国人が、せめて日本が敗れる確率を高めるために、必死にブーイングをするのは当たり前ではないか。そして、行儀のあまり良くない人が多ければ、国歌吹奏はブーイングの格好のタイミングとなってしまうのだ。私は重慶でブーイングする人々を、愉快には思わないし、共感もしない。しかし、彼らが日本を恐れている事だけはよく理解できる。少なくとも、彼らはあれはあれでサッカーを愉しんでいるのだ。

 大体、欧州で代表チーム同士の試合を観戦すればすぐわかるが、敵国の国歌吹奏時は、多くの国でブーイングの嵐である。まあ、考え方を変えれば、重慶のサポータたちは、欧州トップモードなのかもしれないな。



 さて、今日帰宅の電車で同じ車輌に、レアルマドリードのユニフォームに身を固めた若者がいた。私はほとんど興味がないが、ジェフがレアルと戦うニュースくらいは知っている。どうやら、この若者はレアルが金儲けのために実施した花相撲を観戦していたのだろう。

 ただし、私はこのような若者の考え方が全く理解できない。一体何が愉しくて、金儲けのために来日している異国のチームに、身を擦り寄らすような振る舞いをするのだろうか。しかし、これも1つのサッカーの愉しみ方なのだろう。



 結局、サッカーと言うこの魅惑あふれる玩具の愉しみ方は人それぞれなのだ。重慶の中国人にもレアルのユニフォームを身に付ける人たちにも。たとえ、その愉しみ方が自らのそれと異なり、不愉快に思うことがあったとしても、お互い大人なのだから、それぞれの愉しみ方を尊重すべきなのだろう。



 中国でブーイングの嵐に遭遇し、不愉快な思いをした方々が「決勝でお前らにあったら粉砕してやる」と、密かに言い返すのは愉しい。しかし、残念ながらその野望は実現しそうにも無い。日本の決勝進出はほぼ確定済みだが、先方が韓国、イラン、イラクのブロックで勝ち抜けるとは思えないからだ。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(12) | TrackBack(1) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする