2007年03月23日

ペルー戦を前に

 明日はペルー戦。
 ここまで順調にチーム作りを進め、11月の札幌サウジ戦では(終盤失速気味ではあったが)素晴らしい攻撃的サッカーを見せてくれたオシム爺さんが、いよいよ欧州クラブ在籍選手まで選考範囲を広げたチームをお披露目してくれる。
 さて、今回のメンバ構成においては2点注目すべき点がある。
 
 まず1つ目。今野が外された事だ。爺さんお得意の2段階メンバ発表だが、1度目に
今まで呼ばれているのに今回呼ばれなかった選手に関しては、ここ数試合の調子を見てのイエローカードだと思って欲しい。ただしレッドカードのように呼ばれなくなるわけではない。今以上に考えて、いいパフォーマンスを発揮し戻ってきてほしいというメッセージだ。
とのコメントが発表された。爾後の2次発表で、寿人、巻と言った常連が呼ばれたが、今野は呼ばれなかった。今野と言う選手は常時安定した出来を見せる選手で、そう極端に調子を崩すタイプではない。そして、先ほど述べた札幌サウジ戦では、見事なプレイを見せ、チームの中核である事を示していたと思う(もちろん、やや軽率なマーキングから敵にPKを与えた場面は批判されるべきだが、あのPK提供に関しての責任はその前にミスをした啓太と半々と考えるべきだと思うのだが)。と言う訳で、今野が外れた事に私は全く納得できていない。もっとも、私は今期に入ってまだ1度もFC東京の試合の映像は見ていないので、今野の最近の調子は把握していないのも確かなのだが。それほど調子を崩しているのだろうか。

 次に2つ目。欧州クラブ在籍選手から中村と高原のみが選考された事。全く本題には関係ないが、この2人のみが呼び戻されたと言うと、2年前の埼玉北朝鮮戦を思い出したりもする。まあ、この2人の実績と現在の充実振りを考えれば、選考は当然だろうが、やや驚きは中田が選考されなかった事。トルシェ氏時代は前線へのフィードの長さと精度でレギュラを確保していた中田だが、当時はいささか守備に不安があった。ジーコの時代は本来のボランチで起用される度によいプレイを見せながら肝心の場面では使ってもらえなかった。その中田は、今やスイスのトップクラブで守備面での強さも見せていると言うから、当然選考されると思っていたのだ。
 ただし考えてみれば、今回新たに召集された経験豊富な選手は、中村と高原以外に中澤がいたのだ。ある程度機能するようになったチームに、チーム全体に影響を与えるレベルの高い選手を加えるとしたら、確かに4人は多過ぎる。結果的に中澤の代表復帰により、中田が押し出される事になったと言う事と理解できるのではないか。
 高原のドイツでの好調ぶりは見事なものだ。この選手は02年のJリーグで大ブレークし、ドイツに渡った。渡独直後のプレイ振りは悪くなく、代表でも03年コンフェデでは得点こそなかったものの、よいプレイを見せていた(あの灼熱の中、「選手交代」と言う概念のないジーコのおかげでボロボロになってのプレイだったが)。ところがその後調子を崩し、中でも05年のテヘランイラン戦では、日本代表史に残るほどの無様なプレイを見せた事もあり、結局ワールドカップでも今一歩のプレイ振りだった。ところが今シーズンはブンデスリーガの得点王争いにも参画しそうな勢い。以前述べたが代表に呼ばれない事で体調維持が巧くいっているからだろうか。高原と言う選手は、典型的な万能型のストライカなので、巻とも寿人とも(久保とも)よいコンビが組めるだろう。是非ここは一皮むけた高原を見せてもらいたいものだ。
 中村は先日のチャンピオンズリーグミラン戦であまりよいプレイを見せる事ができなかった。あのミラノでミラン戦について言えば、周囲の選手がもう少し自らつぶれて中村が前を向いてボールを受けられるような工夫がなかったのが残念だった。中村と言う選手は、あくまでもそのようなサポートを受けて活きる選手なのだ(大変残念ながら、そこがカカーとの大きな差だろう、尤もカカーと比較できるところまで中村が、いや日本人選手が評されるのは大変素晴らしい事だと思うが)。爺さんならば、そのあたり周辺の選手が中村を活かし、同時に中村が周辺の選手を使うような、組み合わせを実現してくれるのではなかろうか。特に中村と憲剛の組み合わせが愉しめれば、嬉しいな。
posted by 武藤文雄 at 23:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月25日

移転記念

 こちらへの移転記念に、幻の名作(笑)を公開します。

 今までも何度か自慢しましたが、「イハラ、イハラ」を歌い始めたのは私です。そのくらい、井原への思い入れは深かったのです。この作品を書いた時、本気で「井原は、2年後のワールドカップに私を連れて行ってくれるのではないか」と思ったものです。残念ながら(?!)その願望は2年後ではなく10年後になりましたが。
 10年後にはなりましたが、その10年後にトゥルーズ、ナント、リヨンで、井原が見せてくれたプレイを堪能できた事、そしてそこに至るまでの井原の道のりを見続ける事ができた事は、本当に幸せだと思っています。

 そのあたりの古い原稿も少しずつ公開して行こうと思っています。
posted by 武藤文雄 at 22:46| Comment(0) | TrackBack(1) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パスの角度、それ以上にタイミング

(加藤浩次氏の出身高校を間違えていたので修正しました、コメント欄で指摘いただいた「たいしょう様」どうも、ありがとうございました。修正2007年2月25日)

 スーパーサッカー恒例?加藤浩次氏による久保インタビュー。素晴らしかった。

 もちろん、小学校の時の時制が定かでない作文も、横浜FCに移籍した経緯(高木氏からの電話らしいのだが)も、カズのサイン奪取柵越えも、「ゴッドファーザー見たら『人が死ぬ』からどうも」も、「奥が好き」も、いずれも愉しかった。妻と娘と3人で深夜に大笑いして愉しめる好企画(さすがに坊主は熟睡中)。
 ついでに言えば、映像に出てきた小学校の時のコーチ、あのコーチが久保に「サッカー」を教えてくれたから、我々は久保を堪能できた、いやできるのだ。、このような方こそ、我々が感謝すべき日本サッカーの大貢献者だ。
 しかし、横浜FCに移籍して悩んでいる事に話が及んだ時に、何とも言えない感動を覚えた。まだチームメートの特色を把握できない現状の久保、チームメートの「パスの角度」いやそれ以上に「タイミング」の理解がまだ自分も得られていないし、チームメートも自分を理解してくれていない悩み。この一見豪快そのものに見える天性のストライカが、いかに繊細な駆け引きで得点を決めてきたかがわかるコメントだった。大笑いする好企画の最中に、プロフェッショナルの本質を読み取る事ができる素晴らしいインタビューだった。
 確かに、かつて久保が決めてきたれもが、「久保自身がよいタイミングでボールを受ける事」を基盤にしたものだった。適切にボールを受けた後は、とんでもないシュートが飛び出す久保なのだが、「ボールを受ける」事が全ての基盤となる訳だ。

 加藤浩次氏の久保インタビューは3回目らしい。毎回見事に久保の本音を引き出す対応は、さすがに「ちゃんと若い頃サッカーをやっていた人」兼「ちゃんとしたマスコミ人」。このいずれかの要素が欠けても、「久保の本音」は聞き出せないのだろう。よい企画だった。

 大笑いしながら、インタビューの合間に挟まる過去の久保の美しい得点の映像。娘が私に聞いてきた。「ねえ、お父さん、どうして去年ドイツに久保はいなかったの?」
 娘よ。それを聞いてくれるな、父は悲しいのだから。でも久保には南アフリカがある。
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2007年02月19日

16年前の日本代表

 流通経済大学GK林が代表候補に選考された。アジアユースでの大活躍は記憶に新しく、大柄ながら俊敏、勇気もある逸材だけに、この機会にオシム氏や川口の薫陶を受け、成長への起爆剤として欲しいものだ。

 さて、林の代表招集に関して、JFAより「大学生の選考は16年ぶり」と言うアナウンスがなされた。今日は、このシーズンの日本代表の活動を振り返ってみたい。そうこの91年シーズンは、日本代表史上最悪の監督が就任していた暗黒時代の最後の年だったのだ。



 まずこの年の4月上旬、当時欧州チャンピオンズカップの準決勝のマルセイユ戦を控えていたスパルタク・モスクワが来日(後から知ったが、このチームには若きモストボイなどがいたのだな、なかなか強力なチームだった)、日本代表と当時JSLのトップを走っていた読売クラブと2試合を行った。当時読売所属だった堀池、ラモス、武田、カズなどの代表選手が自クラブの試合に回ったため、日本代表に当時大学生だった礒貝(東海大)、森山(順天堂大)の2人が抜擢された(本論には関係ないが、2人は帝京高の同級生、同期には本田泰人がいる)。ちなみにこの年はバルセロナ五輪の1次予選が行われる年で、生れた月の関係でこの2人は五輪代表の権利がなかった(本田も同じく権利がなかった事は、先日も述べた通り)。彼らとは同学年の高校時代のライバルで大学では磯貝と同チームになった澤登が、五輪代表の主将を務めていた。

 この時の読売はセレソンの監督経験もあるダ・シルバ氏が率い、JSL史上最強とも言われたチーム。読売は見事な攻撃的サッカーを見せ、主審に取り消された疑惑のノーゴールがありながら2−2の引き分け。火曜日に行われた国立でのナイトゲームだったが、非常に興奮させられる試合だった。

 一方の日本代表は、その2日後の昼間に同じ国立で試合を行った。観客に来て欲しくなかったのではないかと勘ぐりたくなるような試合時間。試合内容も、ただよい選手を並べてみたと言う、いかにも当時の代表監督らしいもの。2日前の読売の試合とは対照的に実につまらない試合だった。閑散としたスタジアムに我々の「ヤメロコール」がむなしく響き渡った。もっとも、監督はダメでも選手達は優秀なので、試合をしているうちに、井原、柱谷、阪倉、浅野らの連携がどんどんとよくなっていく守備ラインは面白かったな。そして、この試合のスタメンの2トップは礒貝と森山だった。素質あふれるこの2人だったが、何ら具体的な連携の指示もなかったのだろう。ほとんど印象的なプレイは見せてくれなかった。

 その後6月に行われたキリンカップ、日本代表は、タイ代表、ブラジルのバスコ・ダ・ガマ、イングランドのトットナム・ホットスパーに3連勝して初優勝。特にスパーズに4−0で完勝した試合は、(シーズンオフでやる気もなく体調も悪いとは言え)日本のトッププレイヤが、戦闘能力でイングランドのプロを圧倒したのは嬉しかった。これらの試合にも、礒貝、森山は帯同しているが、読売勢の復帰で出場機会はほとんどなし。余談ながらキリンカップ終了後の記者会見で、当時の日本代表の主将の柱谷哲二は記者会見で「まだ学生の礒貝と森山が我々と同じボーナスを受領できない事は、大きな問題点。」と毅然として語ったと言う。このような場面を思い出すと、柱谷哲二の指導者としての再チャレンジを多いに期待したくなる。

 続いて7月、イビチャ・オシム氏が率いるパルチザン・ベオグラードが来日、日本代表は大宮で引き分け、三ツ沢で惜敗する。パルチザンは、よいチームで、攻撃はスピーディだし守備も実に粘り強い。日本も攻撃は今一歩ではあったが、成り行きで戦っているうちに守備はどんどんよくなってきており、なかなか面白い2試合だった。

 そして、この年の最大の目標である日韓定期戦が、長崎で行われた。この試合については、過去も再三触れた通り、この試合のためにベテラン勢を呼び戻した韓国に、日本の攻撃の担い手であるラモスを徹底的に押えられ、GK松永のチョンボをつかれて後半に1点を奪われ、全く危なげなく逃げ切られてしまった。試合後、戦犯であるラモスが「どうして韓国相手におびえるのだ」とか「東京でやれば勝てたのに」などと可愛らしく吠えたと言う。ちなみにこの試合は、礒貝、森山に加えて、早稲田の原田武男もメンバ入りしていた。一応五輪代表からの昇格と言う名目ではあったが、真実はご当所選手のメンバ入りと捉えるべきだろう。当時はまだFC小嶺とて、代表候補選手をあり余るほど出すには至っていなかったのだ。

 その晩、仲間達と長崎名物卓袱料理を堪能していたら、同じ料亭にその試合で笛を吹いてくれたマレーシア人が、長崎協会の方々に招待されており交流したのもよい思い出だ。もっとも、料理は最高だったが、酒の肴としての試合の思い出は重苦しかった。優秀な選手が登場しながらも勝てない日本。もう未来永劫日本が栄光を掴む事はないのではとすら思える内容の悪さ。この僅か10ヵ月後にハンス・オフト氏が登場し、歴史が完全に切り替わる事など、まだ誰も予想すらできなかったのだ。
posted by 武藤文雄 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

中澤の代表復帰

 中澤は、昨年ワールドカップで敗退後、オシム氏が代表監督に就任した早々に「代表辞退を意思表示した」と報じられ、実際そのままオシム氏の選考から外れていた。

05年は圧倒的な守備能力を発揮し文句無く代表の中核として機能していた中澤。ところが、肝心のワールドカップの年の昨06年に入ると、序盤から明らかに体調維持に苦しみ極度の不振に陥ってしまった。それでも6月のワールドカップには、何とか体調を整えて見事ななプレイを見せてくれた。あのブラジル戦の前半の失点、ロナウドを見失ってしまった中澤だが、それはそれでワールドカップ本大会で史上最高の9番にあそこまでの高度な動きをさせる事になった事は、中澤の能力の高さの現れでもあったのだ。

 その直後の「代表辞退」表明。当時私は「積み重なった疲労を考慮すれば、無理もないのかな」と考えた。そして、中澤は疲労を回復させた後、とうとう帰ってきてくれた。まだ齢28歳、老け込むには早過ぎる。あのロナウドにやられた痛恨の経験を、必ずや南アフリカに向けて発揮してくれるはずだ。



 ともあれ、今回の中澤の招集は、現在の代表チームにとんでもない緊張感を提供する事になる。現在の代表チームのセンタバック、ボランチのレギュラ格の選手は、闘莉王、坪井、阿部、今野、啓太、皆代表でもJでもよいプレイを見せており、やや固定化された感もあった。しかし、中澤がチームに加わった今、彼らのいずれもが、ポジション確定とは言い難い雰囲気になってしまった。闘莉王は高さ、強さ、強引な攻撃参加など多数長所があるが、中澤は高さ強さについては遜色なし、闘莉王ほど下品な攻撃参加はないがセットプレイでの得点力は抜群だし、何より豊富な経験を誇る。もちろん、この2人は並んでもプレイできるだろうが、阿部の展開力と射程の長さ、今野の広範な運動量と攻め上がり、坪井の俊足を活かした粘り強い守備を考えた時に、闘莉王とてポジションが安泰では無い事は間違いない。さらに、守備ラインから阿部なり今野がはみ出た場合、当然彼らを中盤に起用する発想が出てくるから、啓太とてポジション確実ではなくなってしまっている。さらには、阿部や今野はサイドプレイヤとしての起用も考えられようから(阿部はないかな?)、加地や駒野はの刺激まで準備されている。

 もちろん、欧州では中田と稲本が虎視眈々と復帰を狙っているのだし。一方、今回は召集対象外となった五輪組(でも何故林だけは選ばれたのだろうか)の水本と青山にしてみても、A代表のレギュラを獲得するまでに、己がいかに能力を高めなければならないかが、「中澤の選考」1つで一層明確になったはずだ。



 やはり、爺さんは凄いと思う。



 代表チームの守備ラインと言うのは、攻撃ラインと異なり、どうしてもある程度の固定が必要となりがちなもの。しかし、固定されるまでには健全な競争があるべきで、そのような競争の中から、落合弘、加藤久、堀池巧、そして井原正巳らは抜きん出た存在となり(中澤もこのランクに並べてよいだろう)、長期に渡り「彼だけは間違いなく代表のレギュラだ」と語られる選手に成長していったのだ。

 健全な競争の復活を素直に喜ぶものである。
posted by 武藤文雄 at 22:41| Comment(47) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月08日

日本代表チームの格

 3月24日の国際Aマッチデー、国立でペルーと戦う事がほぼ決まりつつあるようだ。元々、川淵、鄭両会長がゴルフ場で日韓戦開催を合意しながら、謎の理由で流れたところから、この日のマッチメークの苦戦が始まったらしい。流れた理由に2説あるようで、1つは韓国の監督が日本との対戦を忌避したがったと言う説、もう1つはお互いがホームゲーム開催を望んだと言う説。いずれも突っ込みどころ満点の理由だが、いずれの理由にしても日本協会の首尾の悪さは相当なものがあるのは間違いない。

 しかしながら、「だったら欧州で試合を組んだらよい」と言う意見がネット界隈で見られたが、それはいかがなものか。現実的に酒精メーカとの契約で相当数のA代表試合を国内で組む必要があるのは自明であり、カスミを食っては生きていけないのだから。もっとも、私が「いかがか」と思う理由は、極めて個人的なもの。何より私はたまには、国内でベスト(に近い)メンバの代表の国際試合を、愉しみたいからだ。



 ともあれ興味深かったのは、一部のマスコミがペルーを「格下」と報じている事だ。FIFAのいい加減なランキング、あるいは82年以降ペルーがワールドカップから遠ざかっているあたりを論拠にした報道だろうか。けれども、いくら日本代表について強気な発言が得意な私でも、ペルーを「格下」と断定する勇気はないな。

 そもそも我々はペルーに勝った事がないのだし。トルシェ氏時代の99年キリンカップでは圧倒的攻勢を取られながらかろうじての0−0の引き分け、直後のコパアメリカではスコアこそ2−3だが内容は完敗(この試合は日本代表生活が終わりに近づいていた井原の八面六臂の活躍がなければ何失点したのかと思わせる酷い内容だった。まあ、このあたりのトルシェジャパンの試合振りは本当に悲惨だったな(その分、五輪代表は強かったけれど)。そして、今でも記憶に新しい05年マナマ決戦直前のキリンカップ、終了間際に見事にやられた試合(余談ながら、このリンクを貼った文章で妄想した、自選B代表はなかなか愉しいな)。



 ただし、「格下」と言う表現はさておき、日本代表チームの世界的位置づけを考えると、中々面白いものがある。ワールドカップに日本はつごう3回出場しているが、1次リーグ突破に成功したのは地元開催の02年だけ。まあ、「本大会出場の可能性は相当高いが(アジアと言う楽な地域にいる事も大きいけれど)、本大会で1次リーグを突破するのには苦労する」と言うレベルだろう。

 昨年日本が戦ったAFC非所属国を考えてみる。合衆国、フィンランド、ボスニア・ヘルツェゴビナ、エクアドル、ブルガリア、スコットランド、ドイツ、マルタ、クロアチア、ブラジル、トリニダードトバコ、ガーナ。これらの国のうち、明らかに「格上」はブラジルとドイツくらい。一方「格下」と思えるのは、マルタとトリニダードトバコのみではないか。そして、クロアチアとガーナは「ちょっと日本よりは強いかなあ」、そして他の国は「ホームならば勝って欲しいなあ、敵地ならばちょっと苦しいかなあ」と言うレベルだと思う。

 何を言いたいかと言うと、欧州、南米の2番手国、北中米、アフリカ、そしてアジアのトップ国、全部で30から50くらいの国の集団は、おおむね日本と同じレベルなのではないかと。上記したが、アジアと言う楽な地域にいるので、ワールドカップ本大会への出場の可能性は相当高いのだけれども。92年にオフト氏が日本をアジアチャンピオンに導いた時、日本はようやくその集団の後方に入る事ができた。そして、以降上下動をしながら基本的には、この集団の中では上の方にいるのではないかなと。ジーコを監督にした事で下降してしまった事は確かだが、一方であの奇跡のアジアカップのような得難い経験も積んだり、コンフェデのブラジル戦みたいな試合もあり、上昇する時もあった。上下動なんてこのようなものだ。

 昨年にしても、ワールドカップは残念だったが、一方で欧州のトップクラブで多くの選手がレギュラを張り、次々と優秀な若手選手が登場するなど、大ぐくりではよい年でもあった。オシム爺さんのチーム作りを、このような大ぐくりの視点で見守る事事は、これからの3年間の大いなる愉しみでもある。



 で、また選考は延長ですか。これもまた愉しい。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(8) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月14日

欧州クラブ日本人選手

 欧州のクラブで活躍する日本人選手の多くが好調だ。

 最も派手な活躍を演じている中村は言うまでもない。一時負傷のためスタメンを外れていた松井だが、先日の試合で2得点し、体調さえ整えば相当なレベルにある事を示してくれた。1度も映像を見ていないのだが中田浩二はセンタバックとして相当活躍しているらしい(射程の長さと展開力が武器だったこの選手が、欧州でセンタバックとして確立している事は、日本代表にとって非常に重要に思える)。そして、ここ数年今一歩の(と言うより今十歩くらいか)の出来だった高原と稲本も、それぞれレギュラとして大活躍している。高原はよく点を取っており、渡独直前にJリーグで得点王になった時のよいプレイを思い出したかのよう。稲本も名門クラブで中心選手として活躍、早期敗退したもののチャンピオンズリーグでも堂々とプレイしていた(ジーコ時代に、さっぱり自クラブで機能しないこの2人が代表に優先的に選ばれる事に毒を吐き続けたのは懐かしい思い出だ)。小笠原と大黒は、思うような活躍ができていないようだが、2人とも今期からの加入と言う事もあるので、仕方がない部分もあるかもしれない。

 昨シーズンは、中村と松井の2人はほぼフルレギュラとして活躍したが、それ以外の日本人選手は中田を含めてほとんどがレギュラとは言えない状態だった。それに比べると今シーズンは見事なものだ。2010年に向けて明るい話題であるのみならず、長期的にも彼らの経験は日本サッカー界にとって財産になるだろう。



 これだけ多数の欧州クラブ在籍選手が今シーズン活躍しているのは、やはり彼らがワールドカップ以降1度も日本代表に召集されなかった事が大きいとしか言いようがないだろう。何のかの言って、欧州と日本は遠い。我々凡人が出張や観光で飛行機で行き来をするだけでも相当疲労する。週末に試合をして消耗した選手が、(いくらファーストクラスを利用しようとも)すぐに日本に飛んで試合をし再び疲労し、とんぼ返りに欧州に戻る。これで体調を維持するのは相当厳しい。少なくとも今シーズンに関しては、この召集がなくなった事が各位の体調維持に大きくプラスにはたらき、好調につながっているのだろう。

 思えば、中田がフランスワールドカップ後にペルージャに移籍した以降、毎シーズン欧州クラブ在籍選手は、公式戦でなくとも、しばしば代表の強化試合のために帰国してきた(あるいは対戦国に出向いてきた)。この移動で体調を崩した選手はかなり多い。04年シーズンの中田のグロインペイン(当時の中田のフル稼動は凄かった)は、明らかに再三の代表召集の影響があっただろう。00年シーズン、城が神戸の中国戦で膝を負傷したのも忘れ難い嫌な思い出だ(この負傷で城は早期の引退を余儀なくされたと言う)。高原の2度目のエコノミー症候群も遠距離移動による悲劇だった。体調不良とは違うが、中村がレッジーナ時代に周囲から度々帰国する事を非難された事、小野がワールドカップ予選のインド戦に出場するのに対し当時のフェイエノールト監督グーリット氏が「日本がインドに勝つために小野が必要なのか」と語った事なども、欧州クラブ所属選手の代表招集における問題点と言えよう。



 オシム氏は代表監督就任以降、アジアカップ予選突破と言う結果を残すのみならず、札幌サウジ戦では内容的にも見事な美しいサッカーを見せてくれた。しかも、国内の選手だけで代表を結成した上での成果である。準備期間の少なさと異様な過密日程にも関わらずだから恐れ入る。見事な成果と言ってもよいだろう。加えて、欧州クラブ在籍選手を「呼ばない」と言う行為を通して、皆活躍させた事も大したものだと言わざるを得ない。リヤドサウジ戦など、中村のFKに頼りたくなるのが普通だと思うのだが。



 とは言え、ここまで「代表に召集しない欧州クラブ在籍選手が活躍する」と、結構困った問題が出来する。

 まず第1に、今後の日本代表強化はいよいよ監督に高度なマネージメント能力が必須となる事。先ほど「2010年に向けて明るい話題」と軽々しく語ったが、現場の運営は深刻だ。「代表監督が欧州クラブ在籍選手を代表に呼ぶと調子が落ちる」と言っているようなものだからだ。これは完全な矛盾現象。代表に呼べば調子が落ち、呼ばなければ連携が取れない。ジーコのように何も考えない監督ならば悩まなかったのだろうが、オシム爺さんが、この微妙なサジ加減をいかにさばくのか。結構愉しみと言えば愉しみ。

 第2の問題はもっと深刻。こう考えると、今後ますます日本国内の代表試合で欧州クラブ在籍選手を愉しめない事になる。大事なタイトルマッチを応援に海外に行く事はやぶさかではないが、それとは別にたまには国内で中村や松井や中田浩二を加えた「ベストメンバ」の代表戦を堪能したい。定期的に「ベストメンバ」の日本代表を国内で愉しむ事は、もはや簡単には望めない贅沢なのだろうか。
posted by 武藤文雄 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月15日

美しい3得点

 前半16分過ぎ、サウジの甘いクロスを川口がキャッチ。素早く右に開いた加地にグラウンダの展開(これは急)、加地は巧く前向きにターンしながら中央の憲剛にはたく(これは緩)、憲剛はダイレクトで速く低く正確なクサビを巻に当てる(これは急)。巻はよいトラップで前を向きつつ大きく逆の左サイドに展開(これは緩)、左オープンで受けた駒野は走りこんだ勢いを止めずに前進、アレックスが左外に走りこんで敵DFを引き付けてできた空間に走りこみニアにセンタリング(これは急)、ムンタシャリ独特の身体を伸ばし切るプレイでクリアされたものの、実に美しい展開だった。NHKの町田アナウンサも、よほど嬉しかったらしく、大騒ぎしていたが、この美しい展開以降日本は圧倒的にペースを掴む。
 引き続き、今野、闘莉王、阿部の最終ラインでいやらくしボールを回し、右に流れた阿部が中央憲剛に預けて、最前線に進出、憲剛は阿部に引き付けられたサウジ守備陣の逆を突き我那覇に精度のあるロングボールを合わせるが、かろうじてGKが好捕。そのゴールキックを、日本守備陣が簡単にカットし少し回した後、引いてきた憲剛に。憲剛は素早く右でフリーになった加地に展開、加地は冷静に前線でフィードすると、右に流れてきたアレックスが突破を狙うが、サウジ守備陣がかろうじてタッチに逃げる。そのスローインを、アレックス、加地、啓太でつなぎ、上がってきた闘莉王がフリーで巻へ狙いすましたスルーパス、巻は巧いトラップから強シュートを放つが敵GKが好フィスティングで逃げる。その憲剛のCKは敵GKがパンチで逃げるが、それを拾ってしつこく攻め込み、最後は憲剛の好クロスをサウジDFがかろうじてCKに逃げる。そして、この2度目のCKを憲剛は、ピタリと巻に合わせ(巻の前に我那覇が走りこんだのがまたよかった)、サウジがかき出したところを、闘莉王が詰めて先制した。
 何という分厚い攻めだろうか。川口が最初に加地にフィードしてから、最後に闘莉王が押し込むまで、3分30秒。この3分30秒間、ゲームメーカの憲剛と、リベロの闘莉王を中軸に、11人全員が次々に登場し、緩急、高低、前後左右、様々なひねりを加えた美しい攻撃を連発し、サウジの堅陣をこじ開けた。
 その後の猛攻がまた凄い。我那覇と駒野の逸機も、チーム全体の組み立てによるもの。このあたりで町田アナウンサは興奮のあまり「サウジ相手にこんな猛攻するなんて」と語った後、6年前のアジアカップ1回戦の4−1の完勝を思い出すのが御愛嬌。
 そして、2点目の美しい事。日本のプレスにパスの出しどころがなくなったサウジの甘いパスを駒野がカット。落としたパスを受けた阿部は、闘莉王とのパス交換の後、左足(利き足じゃないから凄い)で精度の高いサイドチェンジを加地にピタリと合わせる。加地の外側を長躯した今野が走り抜けパスを受けると、今度は加地が今野の外に走り抜けサウジDFを引き出す。そのおかげで全くフリーとなった今野は狙い済ましたクロス、我那覇は余裕綽々ヘッドを決めた。憲剛を軸にめまぐるしい攻撃をしかけて1点目を奪った日本。そして、2点目は阿部と今野と言う守備ラインに控える至宝コンビの演出によるものだった。
 TV画面に、啓太の代表試合が7試合目と言う表示を見て、「あー早くもオシム爺さんもは7試合目の采配なのか」と感慨にふけった。そして、「ワールドカップ以降僅かに5ヶ月で、ここまで見事なサッカーを見せてしまって大丈夫なのかな」と余計な心配をし始めたその時。

 啓太が絵に描いたようなプレゼントパス。そこからのサウジの速攻。人数が足りているにもかかわらず、今野が少々厳しすぎるチェックをしてしまいPK献上。豪州人の主審も、このまま大差がついては拙いと思ったのかもしれない。が、啓太のチームの好リズムを過信したが故のミスパス、今野の不用意な対応。逆説めくが、ここまでの美しい攻撃に対比して、このような未成熟なミスがあると妙に安心する。ただし、啓太も今野も、決して若くはない。水野や柏木がこのようなチョンボをするなら可愛いが、2人共もういい年齢なだから、猛省すべき。

 そして後半。開始早々に日本は遅攻からまたも美しい3点目。川口、啓太、闘莉王とスローテンポなつなぎ、憲剛が右の阿部に展開、阿部は我那覇が得意の短いクサビを入れ、我那覇は正確に憲剛に落とす、憲剛はここでスピードアップ、左前方のアレックスに当て、アレックスはより左後方の今野に落とす。ここまでのパス交換で今野はハーフウェイライン近傍で全くフリーになる事に成功。落ち着いて、前方に走り出す駒野にフィード。フリーで抜け出した駒野は左足で低いセンタリング、そこには先ほど阿部の前方にいた加地が走りこむも合わせ切れず。しかし、そのウラには巻と我那覇が前後差をつけて走り込んでおり、最後は大外からきた我那覇が全くのフリーで冷静に敵陣に流し込んだ。川口が啓太にパスしてから、我那覇が流し込むまで30秒たらず。この間、サウジは全くボールに触れず、一方日本は全選手が絡んだ完璧な得点だった。

 あ、それ以降は津波警報になってしまいました。本業の都合で、時間差視聴(つまり録画を爾後愉しもうとしたのです)を試みたのですが、NHK衛星放送は津波警報に切り換えてしまった訳。まあ、天変地異重視は当然でしょう。したがって、高松の奮闘も、闘莉王のPK失敗も(でも、どうして闘莉王が蹴ったのだろうか)映像は見ていません。いつ再放送があるのかなあ。まあ、あの3点目までの濃厚さを存分に堪能したので、よしとすべきでしょう。
 オシム氏には相当な期待をしていた。凄いチームを作ってくれると信じていた。しかし、ここまで早く見事なチームを作ってくれるとは思ってもいなかった。実に見事な試合だった。
 そして、その他に..
 欧州には中村も松井も中田浩二もいる。Jリーグにも、小野や福西や久保がいる。この日のベンチには、隼磨、長谷部、寿人、前田ら優秀なタレントがズラリと待機していた。もちろん播戸も遠藤もいる。さらに反町氏は、この日召集された本田や青山を筆頭に、水本、谷口、北斗、水野らを抱えている。吉田靖氏は、福元、梅崎、柏木、内田、若森島...そして城福氏は柿谷...

 何のかの言って、夢のような4年間を愉しめるだろう事を改めて確信した次第。
posted by 武藤文雄 at 23:55| Comment(29) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

贅沢を言えばキリがないが、存分に満足できる試合であった

<修正について>

 テキストエディタに書いていた最終バージョンではないものを、BLOGに記載してしまいました。明らかな誤植や編集不足を修正し強引に加藤久を登場させたりした最終版に、変更しました(06年10月7日)



 水本に痛恨の失敗経験を積ませる事ができた、これがこの日の最大の成果なのかもしれない。将来、「へー、水本がこんなミスをした試合があるのだ」と、貴重な思い出になる試合になる事を。



 サウジ戦もそうだったが、よい内容の試合をしながら、どうしても詰め切れない展開が続き、ちょっとした隙を突かれて敗北。よい展開をしていたからこそ悔しい。

 確かにあれだけ準備期間がなく、さらに負傷者が続出の状況で、まだ5試合目で、あそこまでできた事は評価すべきだろうが、歴然とした差を感じた事もまた事実。まあ、仕方がない。相手も強かったのだし。でも悔しいのだ。

 キックオフ直前に競技場に飛び込んだもので、「ほー、あの8番は巧いなあ」と最初ノンビリした感想を述べていたのだが、ガーナがちゃんとエシアンまで来て、まじめに試合してくれたのだから嬉しかった。そのガーナとあそこまでしっかりと戦っていたのだ。だからこそ悔しいではないか。



 ぶっつけで今野、阿部、水本、啓太の中央に駒野の絞りを加えて、あれだけ連動する守備ラインを、ほんの2、3日の練習で叩き込むのだから、爺さんはやはり凄いなと。これで守備については、阿部、坪井、今野、啓太、闘莉王、水本、加えて外から絞る駒野と、人材は存分に確保された。さらに谷口も青山も福元もいるし(どうも福元の伸び悩みが不安なのだが)、他にも気の利いた守備者は何人か出てくるだろうし、中澤の疲労回復も期待できるし、いざとなったら30歳になって松田も落ち着くかもしらんし。若干、全体的に背が低いのが気になるが、カンナバーロやアジャラや、さらにドーンと古くなるがパサレラにしても加藤久にしても、ヘディングの強さと高さは別物なのだし。

 今はまだマンマーク頼りだが、連携ができてきくれば、おそらくゾーンとマンツーマンの切り替えが円滑になるはず、そうすればスイーパの阿部が随時中盤に上がれるようになるだろう。あるいは闘莉王が最前線に(笑)。

、もし敵がアレックスを押し込もうとして、右サイドを突出してきても、駒野(いや今野や阿部をここに置いてもいいし)がサイドバックに下がって全体が左に寄れば問題なし。そう考えると、アレックスはアレックスでいいけれど、ここに松井を置いたり、本田が伸びてきてここに入ることを想像すると、愉しい。



 攻撃については、3点気になった事がある。

 1つは寿人の動き過ぎ。そのためかどうか、決定機で2回もトラップミスをすると言う醜態を演じてしまった。先発選手の中で、最も得点能力があるのが寿人である事に異論はなかろう。ならば、「いかに寿人に点を取らすべきか」が、チームの主題となるべきだと思う。ところが、寿人は敵サイドバックの攻め上がりのマークから、ウィングプレイから、中盤へのつなぎの参加から、動き過ぎる仕事を余儀なくされた。これは、本人の問題でもあるし、周囲の選手の問題でもあるし、オシム氏の指示の問題でもあろう。上記した守備ラインのこなれが、問題を解決していく事になるとは思うのだが。

 しかし、肝心の場面でミスをせずにいかに得点を決めるか、これはフォーメーションや要求されるタスクとは別物のはず。このレベルの相手で見えてきた問題点を、いかに正すか。まずはJでの改善を期待しよう。

 2つ目は山岸の消極性。やや左右がアンバランスな3−4−3的なフォーメーションで左のウィング、反対のウィングは点取り屋の寿人、後方のサイドMFはアレックスと言う、非常に難しいポジションに起用されたのは確かだが、ボールの引き出しも消極的だったし、よい体勢でボールを受けた後も逃げのパスばかりだった。もう1回くらいは機会を与えられると思うが、非常に厳しい言い方になるが、少なくともこの日の出来では、「場違い」と言わざるを得ない。あのポストを叩いた一撃が決まっていれば、印象も随分異なっていたのかもしれないが。潜在能力は抜群のものがあると期待される逸材なのだから、とにかく仕掛けて欲しい。

 そして3つ目は遠藤の自覚不足。期待されているのは、完全なチームリーダなのだ。ボールを持った時に、絶えず敵の隙を突いて突破を狙う、周囲の選手の特長を理解し活かすべくボールを回す。ところが、この日の遠藤は、およそ甘えたプレイを言ってきた。このポジションには、中村もいる、小笠原もいる、そして今は不振に苦しんでいるが小野もいる。中村は遠藤の1年上、小野と小笠原は同級生。つまり遠藤にとって、若さが武器になる訳でもない。若さと言う意味では、梶山なり本田なり梅崎なり柿谷なりが出てくるかもしれないのだ。彼らが不在の時に存分に君臨しておかねば、遠藤の2010年は無くなってしまうかもしれない。だからこそ、一層の君臨に期待しているのだが。

 そして、遠藤のライバルがさらに登場した。憲剛である。



 憲剛と交代出場した播戸と共によかった。0−1でリードされての起用。「点を取るしかない」と言う、わかりやすい状況だったのだが。おそらくこの2人が、味方として一緒にプレイするのは初めなのだろうが、ぶっつけで結構連携が取れていた。そして、中盤の憲剛が前線の播戸を狙うと言う攻撃の主軸(「チームとしての攻撃の狙い」とでも言おうか)ができた事で、終盤日本は攻勢を取る。

 とは言え、2人ともやや敵陣に急ぎ過ぎていたのも確か。憲剛は絶えず敵陣を狙って無理なパスを繰り出していたが、たまに外を使うとか、自分で外に流れるとか、強引に前線に進出するとか、長谷部のドリブルを使うとか、もう一息の余裕が欲しかった。播戸も、勝負どころでちょっと立ち止まるとか、たまには我那覇と前後の位置関係を変えるとか、羽生と左右の位置関係を変えるとか、何がしかの変化をつけて欲しかった。



 ともあれ、悪くない試合だった。結果を除いては。

 ホームの有利さはあっても、明らかに見えたガーナとの差。今、ガーナと中立地で10回試合をしたら、せいぜい2勝3分け5敗くらいの差があるか。でも、上記した改善や積み上げを繰り返せば、3勝4分け3敗くらいには、十分持ち込めそうな気がした。問題は、2010年でベスト8以上に行くためには、5勝3分け2敗くらいまでは、持って行かないと厳しい事。

 そのためには、今日登場した17人あるいは登場できなかった選手達の何人かが、本当にスーパーな選手になるまで成長する事が必要なはず。
posted by 武藤文雄 at 23:07| Comment(11) | TrackBack(2) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

憲剛と播戸

 ただでさえ元々人数を選んでいない後方の選手が不足気味の代表なのに、CBのレギュラの坪井と闘莉王、右DFの加地と3人のレギュラ格が負傷辞退と言うのだからオシム氏の悩みも深かろう。最初の選考では水本1人しかCBが選考されていなかった(もっとも、そのような状況においては阿部がCBに使われるのは間違いないので「1人しか」と言うのは不適切な表現なのだが)。さらに中東遠征で選考されていた伊野波も不在。「いくら地元での親善試合のガーナ戦といい、守備者の控えは不在はまずかろう」と思っていたら、今野、青山、山口と追加召集が発表されて、ヤレヤレ。

 ともあれ、憲剛と播戸がついに代表入りした。インド戦と併せて、いかほどの出場時間が提供されるかはわからないが、期待したい。



 中村憲剛は、今節は(昨日寿人を称えた)サンフレッチェ戦。見事なプレイを見せたが、皮肉にも直接得点に絡む事はなかった。しかし、前半まだ0−0の時間帯にロングスローをサンフレッチェがしのいだボールを拾って、見事なターンから見せてミドルシュート(GK下田がファインセーブ)、後半2−2となった直後右サイドを鮮やかな技巧で突破してポストに当てる、さらに3−3と追いついた直後にミドルシュートが僅かに枠を外した。と、3本決定的に近いシュートを放っていた。さらに、この試合では幾度と無く中村憲のパスから両翼やDFが、前線の選手を追い越す好機を掴む事ができていた。加えて、ペースが悪くなった時間帯、中盤後方でサンフレッチェが攻勢に立つと見るや、渋い守備でよくボールを拾っていた。非常にアタマのよい選手であり、技巧も十分。周囲がよければよいほど、機能し得るタレントである。代表であのゲームメークぶりを堪能できるかと思うと、期待は高まるのだ。



 そして、播戸。先日も言及したが、ここ最近の好調ぶりは見事の一言。あのように表に気迫が出ながら、冷静なストライカはいいよ。もっとも、今節は播戸のガンバはヴァンフォーレに苦杯を喫したのだけれど。0−2の状態で二川とマグノ・アウベスの仕掛けから相変わらずの見事なトラップで抜け出しGKと1対1に、落ち着いて狙うも枠を捉え損ねると言う逸機。その直後、守備の連携ミスから失点し0−3になり、さすがにもうダメか、と思わせておいて、播戸はフルパワーでガンバを奮い立たせる。遠藤と二川が仕掛けた攻め込みのボールが右から左に流れるのに合わせて、振り向きざまに強烈な左足での一撃を決め、まずは2点差に。ガンバはさらに猛攻を重ね、家長が左サイドから中央に切れ込んでシュート、そのこぼれ球を播戸が見事に拾って鋭角のセンタリング、最後は二川が強烈に決めて1点差に。終盤、GKがこぼす所に飛び込みながら押し込み損ねた播戸は、必死に「後方から押された」とアピール。こら播戸、蹴った後に押されたのだから、悪いのは枠を外したお前だ。もっとも、普段からころんでばかりいる選手があの手のアピールをすると見苦しいが、播戸だとつい許したくなったりして。



 まずはオシム爺さんが、この2人に出場機会を提供してくれる事を願いたい。あ、播戸には「腕章」巻かせるってのはダメでしょうか。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(3) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする