2008年03月27日

不愉快の弁を繰り返す

 さすがにいくら激怒していても、酒を飲んで、寝て、シゴトをして、寒い中閑散とした競技場で意味不明の試合(よい試合だったけれど)を観れば、少しは落ち着こうと言うもの。改めて、あの思い出しくもない無様な試合を反芻してみたい(何か矛盾している日本語だな)。

 試合直後に激怒したが、直接的な敗因は川口と阿部のミスである。どのような選手にもミスはある。ジョホールバルでは井原のトラップミスから同点に追いつかれた。試合の重要さでは、格段にジョホールバルの方が上だった。しかし、昨日の川口と阿部には腹が立つが、当時井原には腹が立たなかった。否定しないが、私は井原が大好きだった。けれど、川口も阿部も十分好きな選手のはずだ、井原ほどじゃあないけれど。そうなると、この温度差は好みの深さの違いだろうか。
 ただし、ちょっと違う印象もあるのだ。過去、幾度川口のおバカに悩まされた事か。上記のジョホールバル、2失点とも川口の責任は小さくなかった。ドイツ予選の埼玉北朝鮮戦の失点も川口の「決めつけ」による失点だった。そして、ドイツでの豪州戦...しかし、それらの川口おバカは「何か許せる」思いがあった。しかし、昨日のおバカを許せない自分がいるのだ。
 おそらく、昨日のチーム全体のぬるい雰囲気がどうにも嫌なのだからだと思う。
 
 と言う事で間接的敗因に移ろう。

 序盤はむしろ日本ペース。啓太や憲剛が中盤で再三インタセプトに成功し、速攻を仕掛ける。また、阿部と今野の出足もよく、敵攻撃陣にシゴトをさせない。サイドで再三数的優位を作り、駒野と安田の両翼からよい攻め込みを見せる。バーレーンの中央が強いため、簡単には崩せないが、悪くない立ち上がりだった。
 ところが前半半ばくらいか。A・フバイルの執拗なキープに今野が我慢できずファウルで止めた場面があった。A・フバイルは典型的な天才肌のストライカで、「ここまで粘ってくるとは」と驚いた場面だった。一方で今野は我々が誇る知的労働者。敵の天才に、当方の知的労働者が根負けするのは、非常にイヤな予感がした。
 そして、そのFKあたりからバーレーンペースに移る。全員が執拗なフォアチェック。思わず日本は余裕のない縦パスで逃げる。溜めも仕掛けもないロングボールばかりでは、いくら巻でも勝てない。簡単に跳ね返され、2トップにつながれ、またファウルで止める。と、悪循環が継続した。
 ここでの問題はやはり憲剛である。押し込まれてバタバタしている時こそ、中盤の将軍はチームを落ち着けなければならない。しかし、遠藤と言うパートナ不在(たしかにJ開幕後の調子は最悪と言っても過言ではない程だったので、思い切って外したのだろう)、部下の知的労働者達は余裕なし、と言う状況では憲剛も落ち着かないプレイを重ねるばかりだった。
 だからと言って、各選手がああも注文相撲にはまって蹴りあいをするのはいかがなものか。遠藤がいないと、自律判断で展開できる選手はいないのかと言う酷い惨状だった。
 また(ミラン・マチャラ氏の指示だと思うが)、DFなり後方の選手が強引にドリブルで前進しミドルシュートを狙ってくるのは、嫌らしかった。たしかに、日本のDFは瞬発力の差を恐れるあまり、ディレイし過ぎて敵に切れ込まれる傾向がある。言い換えれば、全員のフォアチェックと後方の選手のドリブルシュート、この2つのみがマチャラ氏が仕掛けた策だったのだ。
 もっとも、前半に敵の体力に任せたプレスに苦戦するのは、アジアのチームに対してはよくある話。後半になるとすっかり敵が消耗し、日本ペースでの試合となるのは、過去いくらでも経験している。思わしくなかった前半を0−0で終えたのは、ある意味では日本の計算通りとも言えなくもなかった。

 しかし、後半立ち上がりにバーレーンの猛攻を食らう。相当無理な走りをしているバーレーンが、この時間帯仕掛けてくるは明確なのだが、その注文相撲に安易にはまるのが相当不愉快だった。たまらず、岡田氏は遠藤を起用。そのあたりから、バーレーン選手の疲労も顕著になり、以降は敵に好機を与える機会はほとんどなくなった。
 予想通り後半半ば以降は、バーレーン選手の疲労は顕著に。敵に次々と足がつる選手が出始め、いよいよ日本ペースになる展開になった。しかし、敵の攻撃が完全に停滞してしまったこの時間帯、日本もそれに合わせたかのように、停滞してしまった。後半半ばまでの展開も残念だったが、この時間帯の仕掛けの停滞には本当に失望した。
 そして、運命の失点場面へ。取られた時間帯が最悪だった。もっと早い時間帯だったら、まだ逆襲の時間が残されていたのだが。

 前半にズルズルと敵ペースに持ち込まれたのは、選手全体の能力不足と言う事だろうか。不振の遠藤不在が、それを際立たせてしまった。
 そして遠藤投入以降の、敵疲労状況にも関わらずのグダグダ。上記したこの日の間接的敗因。これは前半の不出来とは質が違う。想像だが、バーレーンの選手達の疲労が顕著になり、悩んでいたフォアチェックがなくなってきた時に、「よし、これで勝てる」と安易に思ってしまったのではないか。そして、「戦う気持ち」もそのままどこかに忘れてしまったようだった。

 結論から言えば、岡田氏のチーム全体のコントロールが、巧くいかなかったと言う試合だった。もしかしたら、あの無様な失点をした瞬間に、岡田氏を含めた選手達は目を覚ましたのかもしれない。6月の4連戦は厳しい日程にはなるが、それはいずれの国も同じ事。重要な事は今回の反省を活かした次への準備だろう。そう思わなければやりきれないと言う事もあるが、「おお、ようやくワールドカップ予選だ」と高揚する気持ちもある事も確か。 
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2008年01月15日

藤枝東は局地戦でのボールキープを狙えなかったか

 昨日のエントリ
藤枝東の各選手は「蹴り合い」だけは避けようとして、技術でこのプレスをかわし、局面の打開を図ろうとした。ところが、結果的にはこのこだわりが災いした。流通経済大柏の「囲い込み」の餌食となり、再三自陣近くでボールを奪われ速攻を許す事になったからだ。
と述べたところ、かの党首殿より早速
流経のプレスに対抗して裏へ蹴るというのは当然の発想です。でも広島ユースは高円宮杯決勝でそれをやって完敗しました。藤枝東も総体でこれを試して流経に負けたそうです。(中略)藤枝東に厳しいようですが、あれは「こだわり」でなく唯一の選択だったのだろうと思います。
と鋭い指摘をいただいた。
 全くその通りで、「蹴り合い」をしても勝てる可能性は極めて低かったろう。いや、ただでさえ低かった勝つ確率は、より低いものになっていたようにも思える。もちろん、ここまで大差はつかなかった可能性はあるかもしれないけれど。理由は明白で、流通経済大柏の4DFと比較して藤枝東攻撃陣の脚力が優れているとは言えないから、「蹴り合い」に持ち込んでしまうと、得点の確率は一層下がっただろうから。たとえば、藤枝東高時代の中山雅史とか山田暢久とか「強さ」も武器にした攻撃タレントがいれば状況は違っただろうが。
 そう考えれば、「蹴り合い」を避けて、リスクを負いながら長所の技巧を活かそうとする勝負に出て、その賭けに敗れたとも言えるだろう。

 では藤枝東はどうすればよかったのか。
 もう1つ別な手段はあったと思うのだ。それは、ボール扱いの良さを守備に活かし、局所戦に持ち込み、流通経済大柏の時間を少しでも短くする事だ。藤枝東は、流通経済大柏の厳しいプレスと強い守備にも関わらず、マイボールになる度に毎回敵陣まで攻め切ろうとした。そして、そのために数的優位を確保するために、速くボールを回すなり、ドリブルを仕掛けるなりして、中盤を抜け出そうとした。流通経済大柏のプレスが厳しかったため、最終的に中盤で1対2あるいは1対3に孤立する事が多くなってしまったが。
 そうではなくて、マイボールになった時に、速く攻める事を放棄して、複数の選手でボールを回し、取られない事に集中する手段があったのではないか。つまりボールを奪ったら、自陣でよいからタッチライン沿いに展開し、そこで3、4人が比較的近い距離に集まり、技巧を活かしてドリブルとパスを併用して、とにかくボールをキープし続けるのだ。当然、流通経済大柏は厳しいプレスで追い掛け回してくるだろうが、1対2や1対3でキープするのは苦しくても、3対3や4対4ならば、あれだけ技術のある選手達だ、キープはできるはずだ。このような数的優位を確保するためには、長い距離の全力疾走は必要ない。集中力を持ち、早い動き出しで短い距離を走ればよい。これならば、肉体能力の差もそうは出ないはずだ。そして我慢を重ねながら、流通経済大柏の守備ラインがずれたら敵陣の裏を狙うも良し、逆サイドのバランスが崩れているならば逆サイドを狙うもよし、河井ならばそのような局面を変えるプレイも可能だったのではないか。
 どうせ我慢する展開になるのだ、自分でボールを保持する事に我慢する事で活路を見出せなかっただろうか。
 現実にこのようなプレイを見せてくれたのが、トヨタカップ2003年のボカだった。くしくも、相手は昨年12月と同じミラン。しかし、先月と異なり、03年はボカは、ひたすら守備的にボールをしっかりと回すサッカーでミラン相手に堂々とした勝負を演じ、最後はPK戦で打ち破った。

 準決勝から決勝まで1週間の時間があった。1週間を通して、守備的なボール回しの準備を行なえば、藤枝東は相当な抵抗ができたのではないかと思う。
 そしてこのやり方は、日本代表が欧州や南米の列強と抵抗する際にも、有力な手段だと思うのだが。
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2008年01月14日

流通経済大柏の完勝

 高校選手権決勝、新興の強力チーム流通経済大柏と名門中の名門藤枝東の対決となった。試合前は、高円宮杯を制した制した流通経済大柏がやや優勢なのかなとは思っていたが、藤枝東の準決勝や準々決勝の得点の技巧と着想も中々レベルが高く、拮抗した好ゲームを期待していた。生観戦を計画していたが諸事情で断念、自宅でテレビ観戦となったのだが、どうやら満員札止めだったらしいので、結果的には正しかったのか。
 で、試合内容。流通経済大柏が予想を飛び越えて強く、正に完勝。藤枝東は何もできなかった。準決勝、準々決勝を見る限り、藤枝東も相当強力なチームに思えたのだが、ここまで流通経済大柏が強いとは正直言ってビックリ。

 開始早々から流通経済大柏の強烈なプレスに藤枝東は中盤を全く抜け出せない。最前線からのチェイシングが厳しく、藤枝東の前線へのフィードが精度を欠くため、流通経済大柏の守備網が藤枝東FW陣を圧倒する。そのため藤枝東の中盤は前を向いてプレイができない。
 唯一エースの河井はよくない体勢でボールを受けても、見事な技巧で前を向くが、すぐに2〜3人くらいに絡まれてしまう。それでも河井は鮮やかなフェイントで抜け出しかける事もあったが、そうなると流通経済大柏は迷わずファウルで止める。押し込まれている影響で河井がボールを受ける場所はハーフウェイライン近傍なので、藤枝東はFKを獲得してもあまり有効ではない。
 それでも藤枝東の各選手は「蹴り合い」だけは避けようとして、技術でこのプレスをかわし、局面の打開を図ろうとした。ところが、結果的にはこのこだわりが災いした。流通経済大柏の「囲い込み」の餌食となり、再三自陣近くでボールを奪われ速攻を許す事になったからだ。

 開始早々の先制点は、大前が前向きにペナルティエリア内でボールを受けたところで勝負あり(巧く右サイドを崩して大前にパスを出した主将の名雪だと思ったが、技巧も判断も非常に優れた選手だな)。大前は実に見事なボール扱いで藤枝東DF3人を引き寄せてから、後方に目がついているかのようなマイナスのグラウンダのラストパス。全くフリーで走り込んできた村瀬が冷静にコースを狙って決めた。以降も流通経済大柏のペースで試合は続くが、藤枝東も粘り前半は1−0で終わる。押されていた藤枝東が1点差でハーフタイムを迎える事ができたので、流通経済大柏も攻め疲れがでてくるであろう後半はかなり面白い展開になるのではないかと期待した。
 そして後半開始早々、河井が右サイドから仕掛け、好クロスに藤枝東FWが合わせようとする好機を掴む。期待通り、前半我慢した藤枝東ペースになるのではないかと期待は高まった。しかし、これが、この日藤枝東の最初にして最大の好機になるとは。
 この直後、左サイドをえぐった流通経済大柏の低いクロスを、負傷上がりと言う上條(とても負傷上がりには見えない程よいプレイだった)が持ちこたえ、走り込む大前に正確に流し、大前がアウトサイドで狙いすましたシュート。藤枝東1年生GK木村が見事な反応で防いだが、そのこぼれ球を名雪が拾いセンタリング、逆サイドで待ち構えた大前がダイレクトでニアサイドを抜く一撃を決めた。これで事実上、勝負はお終い。それにしても、大前のゴール前の技術の精度には本当に感心させられる。よくもまあ、あのクロスから正確に低くコースを狙った強いシュートが打てるものだ。
 このあたりからは、流通経済大柏の一方的展開となる。あれだけ押されてしのぎ続けた藤枝東だったのだが、2点差となり精神的にも相当つらくなってしまったのも大きかったろう。原則、速攻を仕掛ける流通経済大柏だが、攻め切れないと判断すると、再三左サイドで数人でボールキープして遅攻を仕掛ける。このボールキープが巧みで、藤枝東はどうしてもボールを奪えない。出足や裏を付く速さのみならず、ボールキープでも藤枝東は劣勢になるとは思いもしなかっただろう。3点めは左サイドバックのえぐりから、上條のつぶれ、フリーの大前、と完璧な崩し。4点目は大前のCKから逆サイドに待機していた交替直後の田口がフリーで決めた。さすがに終盤、流通経済大柏のフォアチェックは緩んできたが、最終ラインの強さは変わらず、藤枝東は好機らしい好機すら掴めなかった。

 エースの大前が終始敵陣近くでよい体勢でボールをもらい続けた流通経済大柏と、エースの河井が敵陣より遥か離れた場所で奮闘を続ける事を余儀なくされた藤枝東。準決勝から1週間日が空いたためか、流通経済大柏各選手の体調が非常によく、あれだけ厳しいプレスを90分近くかけ続ける事ができた事が大きかったのかもしれないが、ここまで大きな差は全く予想していなかった。多くの名選手を育成してきた本田裕一郎氏の経歴での集大成とも言うべき試合だったのではないか。そして、あの藤色のユニフォームのチームがここまで何もできないと言う事に、何とも言えない感慨を持つ試合でもあった。
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2008年01月06日

高校選手権準決勝

 ベスト4は流通経大柏、津工業、高川学園、藤枝東。中々バランスの取れた4強と言えるだろう。高円宮杯を制覇した流通経大柏は、タレント豊富なJクラブユースと互角以上の戦闘能力を持つ首都圏の強豪。津工業は古くからのサッカーどころ三重県の代表、名門四日市中央工を下しての出場だが基本的な戦闘能力が高いのだろう。高川学園は、学校の経営問題から名前が変わったが、高松大樹、中山元気、中原貴之らの大型ストライカを輩出し続け、安定した強さを持つ地方の私立高校。そして、松永行、菊川凱夫、山口芳忠、桑原隆、松永章、碓井博行、中村一義最近では中山隊長、山田暢久、長谷部誠らを育んだ名門中の名門の藤枝東。全国にサッカーが普及し、Jクラブに高素材が流出しているため、上位進出チームが予想しづらい高校選手権だが、何となくもっともらしいベスト4が並ぶのが面白い。

 流通経大柏対津工業。流通経大柏は今大会の映像は初見だが、さすがに優勝候補らしく、ここに来て調子を上げてきたのか。エースの大前が爆発すると共に、見事な守備の固さを見せた。敵のクロスに対するDFの堅実な対応、球際に対する強さが素晴らしい。津工業はスキルフルな選手を抱えているが、ここまでの連勝で精神的にも肉体的にも一杯だった感じもあり、単発な攻撃に終始、終盤大差がついてからは守備の粘りもなくなってしまった。
 高円宮杯の時も思ったが、大前のような瞬間的に高速になれて、かつ技巧に優れたストライカは将来が多いに愉しみ。個人的に気に入ったのは4点目(大前自身としては3点目)、ペナルティエリアに敵GKが飛び出した所のこぼれ球を拾って無人の敵陣に蹴り込んだ一発。無人のゴールを狙うと判断した瞬間のトラップが正に完璧だった。このトラップが正確だったからこそ、落ち着いて敵DFをかわす事が可能になり、そのままボールを蹴りこむ事ができた。
 
 一方の高川学園対藤枝東。これは熱戦となった。
 開始早々の藤枝東のビューティフルゴールには恐れ入った。サイドからグラウンダの低い横パスと軽妙なボールタッチの組み合わせで、高川守備陣に僅かなギャップを作り、エースの河井がそのギャップから強烈に決めた。これは凄い得点だ。最後に河井がシュートを狙うまでは、各選手が瞬間瞬間で敵の逆を付く事を狙って高川守備陣を揺さぶる事を狙っていた。逆に言えば、最終的にどのような崩しをするかは最後に河井がヒラめく時点で初めて明らかになった訳だ。これは防げない。絶好調のアルゼンチン代表チームのような得点だった。そう言えば、準々決勝の三鷹戦の先制点も、浮き球をつないでズドンと言うアルゼンチンばりの得点だったな。このような技巧と発想の得点は、私のような年代の人間にとっては正に70年代に憧れた「藤枝東のサッカー」。美しい。
 高川学園も精力的に両翼から攻め込む。しかし、藤枝東の守備ラインが実に粘り強い。最終ラインの個々の強さと、中盤選手の知的な位置取り。これは80年代から90年代に精強を誇った堀池、服部、田中誠に代表される静岡らしい知的な守備を思い出した。高川はスピードのある技巧派を多数抱えていたが、上記したようなかつての大型ストライカがおらず、どうしても崩しきれなかった。むしろ、両翼に拘らず片方のサイドに選手を集めて拠点を作るような「奇策」を弄してもよかったのではなかろうか。
 それにしても藤枝東の決勝進出は、73−74年シーズン(高校選手権がまだ大阪で行なわれていた)、あの中村一義が、山野兄弟(山野孝義氏は現NHK解説者)の北陽高に敗れた時以来だな。

 かくして興味深い決勝戦となった。
 Jクラブユースを連覇して高円宮杯を獲得した流通経大柏。高速ストライカの大前を軸にした速い攻撃と、強い守備。一方の古典的名門の藤枝東は、河井を中心に技巧的で発想に優れた攻撃と、知的な守備。いかにも、関東の洗練されたサッカーと、静岡の技巧を活かすサッカーの対決となった。両軍のベテラン監督は1週間の準備期間をどう活かそうとするか。大前と河井と言う小柄ながら、抜群の素質を持つタレントは、どのようなヒラメキを見せてくれるか。
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2008年01月03日

宮城県工高の奮闘

 仙台に帰省中。

 高校サッカー選手権のテレビ中継は地元チームの中継。今年の宮城県代表は宮城県立工業高校。地元では県工と言われている。赤と白の横縞のストッキングが、30年前の私の高校時代から変わっていなかったのが嬉しい。テレビ桟敷で大騒ぎしていたら、娘が「お父さん、この高校と試合した事はあるの?」と聞いてきた。「もちろんある。負けたり、引き分けたり、負けたり、勝ったりしていた。」と答えた。大体こんな星勘定だったな。県工の私の1年下には、後に住友金属(アントラーズの前身)で高速ウィンガとして長く活躍する茂木一浩がいて、随分痛い目に会わされたものだった。ちなみに茂木は、80年代半ばJSL1部と2部を上下する住金のエースとして素晴らしい活躍をしてくれた。同年齢の鈴木淳(当時仙台向山高校、現アルビレックス監督)とは高校時代からライバルとしてそれなりに話題になっていたな。

 で、県工の初戦の相手は鹿児島実業。何が腹が立ったと言えば、アナウンサが最初から「鹿実が勝つ」と言う前提で放送をしている事だった。しかも解説者は鹿実OBの前園真聖氏。上位進出する鹿実の初戦突破を観察すると言う番組編成が自明ではないか。
 しかし、流れてくるテレビ映像は、テレビ局の思惑とは全く異なるものだった。立ち上がり、様子見で試合に入った鹿実に対し、県工は最前線からプレスをかけ攻撃を仕掛ける。このプレスが相当厳しいのだが、主審の判定基準が激しいチャージを許容するものだったため、ほとんど反則が取られないのが県工に幸いした。そして、前の方の各選手が自らフィニッシュを決めようとする意欲にあふれていた。昨日の天皇杯決勝にたとえて言えば、皆が内田的な意欲を見せていたのだ。それでも鹿実は押されているとなると、7,8人で守備ブロックを固め、しっかりと守ってくる。このあたりは、豊富な試合経験の賜物だろう。「よくない時間帯は耐えるべし」と言う教えがしっかりと、各選手に身についているのだ。それでも、前進意欲がとぎれない県工は、前半半ばにCKから見事に先制点を決める。
 この時点では解説の前園氏も冷静だった。「いやあ、宮城工業高のプレスは素晴らしいですね。鹿実は受身に回ってはいけません。」と余裕の目線を継続。しかし、アナウンサの「なんと、なんと、宮城県工業が先制しました!」はいくら何でも失礼だろうが。
 後半の立上りこそ押し込まれたが、粘り強い守備で対応。この時間帯は危なかったが、鹿実が県工の逆襲を警戒したのか、比較的深めに守備ラインを築いていたため、第2波、3波の攻撃がやや薄かったのも幸いした。後半半ばに逆襲から見事な個人技で2−0に突き放すロビングシュート。上記したように鹿実の守備は人数が揃っていたのだが、技巧あふれるドリブルと前半から見せてくれたフィニッシュへの意欲が奏効した。この時点で前園氏もさすが絶句。こうなると鹿実の攻撃は焦り気味になり、県工は分厚いカバーリングで冷静にいなす。さらにロスタイムには自陣FKから、時間稼ぎの交代で起用した選手がファーストタッチで得点を決め3−0としてしまった。何とも見事な勝利だった。
 県工が鹿実をよく研究し激しいプレスと前線の個人能力で対抗した事、鹿実が「確実に初戦突破」を考えやや守備的に戦い過ぎたのが裏目に出た事の2点が勝敗を分けたのだと見た。

 これは上位進出か、と盛り上がったのだが、次の試合の都立三鷹戦で敢え無く敗退。鹿実戦と異なり、前半何か集中を欠いた入りをしてしまい、いきなり2失点。そのままズルズルと押し切れず敗れてしまった。この試合の解説も前園氏だったのが、「昨日の良さが出ていない」と不満そうだった。確かに鹿実戦に焦点を合わせ過ぎ、目標を達成してしまって、集中を欠いたのかもしれない。また、2点差と言う事を考え過ぎて攻め急いだのも敗因に思えた。
 このあたりが、高校選手権の面白さでもあり、難しさでもあるのだろう。
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2007年10月08日

体育の日のテレビ桟敷

 高円宮の決勝を観に行く計画もあったのだが、諸事情で叶わず、1日自宅に滞在。結果的に朝から様々な競技の映像を愉しむ1日になってしまった。

 まず大リーグのヤンキース−インディアンス。
 既に2敗してもう後がないヤンキースが、序盤0−3とリードを許す大苦戦。このまま松井のシーズンもオシマイかと思っていたら、そう単純ではなかった。
 松井は、まず3回に内野安打で出塁しチャンスを作って、そのままホームを踏む。続く5回もレフト前安打で出塁し、後続が続いてまた得点。引き続き、3ランホームランが出て逆転。さらに6回には1死2、3塁で敬遠され、続くバッタの右前安打を右翼手がタイムリエラーで1塁から長躯ホームイン。3得点を挙げ、勝利に貢献した。膝の負傷は相当悪いらしくDHでの起用だったが、貢献度は相当高かった。
 大リーグの試合を丁寧に観るのは珍しいのだが、6回松井が敬遠される直前の場面は無死1、2塁で代打が起用され見え見えのバントを行なうのは興味深かった。やはり大リーグでも、バントすべき場面は同じなのだなと。終盤5点差のヤンキースが継投をどうすべきかも、明日以降の試合を見据えなければならないので、また複雑。「大リーグは日本と異なり細かい野球をしない」と言うのは間違いなのを再確認できた。

 続いて高円宮杯決勝。
 序盤から流通経済大柏が運動量で圧倒する。トップの小柄な大前の素早い動き出しに呼応して3人から4人が同サイドに一斉に飛び出す動きが面白い。サッカーのセオリーは、ピッチ全体を広く使い敵DFを分散させる事だが、流通経済大柏のやり方は全く逆。狭いエリアに3、4人が飛び出し、その範囲で数的優位を作り、強く精度の高いパスをトップに当てて崩しを狙う。サンフレッチェの守備は4DFのラインディフェンスだが、68mのピッチの左右全面を4人で真面目にカバーしようとするので、局所的に必ず数的不利ができる。このような局所サッカーを狙う場合、運動量やパスの精度が狂うとどうしようもなくなるものだが、流通経済大柏はこのやり方70分過ぎまで押し切ってしまった。
 サンフレッチェは2つの対処法があったと思う。流通経済大柏のサイドバックの押し上げは、ちゃんとMF陣が見張る事ができていたので、両サイドバックはタッチライン沿いに拘泥せず、中央に絞りこんでしまってよかったのではないか。そうすれば、あれだけ数的優位を作られる事はなかったと思う。あるいは、流通経済大柏のハイペースが90分間続くとは考えづらいので、3DFか何かに切替えスイーパを置いた布陣で我慢をするとか。
 しかし、サンフレッチェは奇策で対応する事なく、通常のラインディフェンスで我慢を継続した。流通経済大柏が攻め疲れするまで0点で押えられればよかったが、あれだけ攻められればいつかミスが出る。失点場面は明らかにGK原のミス。(流通経済大柏から見て)左サイドを大前がえぐり低いセンタリング、詰めてくるFWはいなかったので、DF篠原に任せればよかったのだが、無理に取りに行ってしまった。篠原は篠原で原の無謀な飛び出しを無視して、さっさとタッチにクリアすればよかったのだが、原の声が耳に入ったのだろう遠慮?してボールに触れなかった。結果的に2人ともボールに触れず(触らず)ボールは中央に流れ、全くフリーの小島が流し込んだ。
 さすがにその後は流通経済大柏も運動量が落ちてきたが、逆にサンフレッチェは守り疲れが出てしまったのか、攻め手がないまま時間がどんどん経過してしまう。それならば、パワープレイに出るとか、中盤の選手を代えて運動量を増やすとかすればよいのだが、そのままのメンバで戦いを継続。終盤、立て続けに3人交代を使ったが、流通経済大柏の守備を脅かす事はほとんどなくタイムアップ。
 戦闘能力差から、試合前優位が伝えられたサンフレッチェだが、守備も攻撃も何か杓子定規に終始し、結果的に何もできずに90分を終えてしまった感が強かった。言い換えれば、大ベテランの本田監督と、まだ若い森山監督の差が出た試合と言えるのかもしれない。
 また大前は素晴らしい選手だと思ったが、年齢別の代表には選ばれないのだろうか。少なくとも、これだけのタレントをJリーグが必要としない程、日本サッカー界は選手層が厚いとは思えないのだが。

 そして、夕刻にはラグビーワールドカップ、イングランド−豪州戦。
 9年前にブラジル−ノルウェー戦を愉しんだマルセイユのヴェロドロームスタジアム。
 まあ両軍のラックでのボールキープの巧い事。日本のラグビーと、これらのトップレベルの差は、フィジカルよりもラックで体勢が崩れた際のボールキープ能力(つまりボール扱いの巧さ)にあると、あらためて確信した。
 豪州の方が、ボールを持った時に変化をつける事のできる選手や、突破に工夫できる選手が多かったように思える。しかし、イングランドは豪州ラックがボールキープしている時、とにかくラフプレイやオフサイドを起こさぬように、ひたすら我慢し続けた。結果的に微妙な判定のペナルティの獲得に成功し、豪州を振り切ってしまった。
 トップレベルのラグビーを見る度に、しっかりしたボールキープ、我慢を重ねる守備、貴重なセットプレイを得点につなげる、とサッカーとの類似性を感じる事ができるものだ。

 と、テレビ桟敷でサッカーを含めた各種競技を堪能できた体育の日であった。
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2007年08月28日

29年前の高校3年生

 ジュニアユース代表は、ナイジェリアに完敗した後、フランスにも敗れ、3位抜けも得失点差で叶わず、1次リーグ敗退となった。ナイジェリアに対しては(果敢な戦い振りはさておき)ちょっとどうしようもない印象があったが、フランスとは十分やれていた。しかし、柿谷のあの「ミラクル」があってなお、短い時間帯で逆転されたのだから、言い訳の余地はなく完敗と言うしかないだろう(たまたま「魔の時間帯」で2失点したのは確かだが、全体の流れから言ったら2失点はやむ無し、と言う展開ではあったのだから)。ちょっと悔しいのは、グループリーグが3位でもベスト16に残れる可能性があったため、2点差にされるのが最悪の事態となるために、試合終盤に強引な無理攻めができなかった事か。また、何とかしたい試合終盤に、柿谷と水沼の2人共がピッチにいないのも残念と言えば残念。
 しかし、未だベンチプレスすらしていそうに見えない貧弱な上半身しかしていない、我らが若者達が技巧と判断で、フランスとナイジェリアと堂々と戦っただけで、現時点では十分かと言う気もする。追いつくのは不可能かもしれないが、フィジカルの差はこれからの鍛錬でいくらでも詰まるはず。したがい問題になるのは、技巧と判断なのだ。
 「勝てなかった」事よりも、「つなげなかった」、「逃げのロングボールを蹴ってしまった」、「仕掛けるべき時に仕掛けなかった」と言う事を、1人1人がどれだけ反省できるか。先の長い戦いは継続する。まずは2年後のワールドユースが愉しみである。

 ともあれ、ちょっと水沼親子について。

 1978年、翌年の第2回ワールドユースを目指して強化を進める松本育夫監督率いる日本ユース代表は、バングラデシュで行なわれたアジアユース大会に出場した。この大会の上位2国が翌年日本で開催されるワールドユースに出場できる。もちろん、日本は地元なのでこの大会の成績はどうあれ、ワールドユース出場権があるのは言うまでもない。
 そのアジアユース。水沼貴史は高校3年生で日本の中心選手として出場した。最終ラインには柳下正明(浜名高→東農大)、水沼と同じ浦和南高の田中真二。水沼と一緒に中盤を構成したのが、半年前の高校選手権の準決勝で浦和南の3連覇の野望を打ち砕いた四日市中央工業高出身の樋口士郎(当時本田技研)、さらに全国的には全く無名の存在だった仙台向山高の鈴木淳(まだ高校2年生だった)。最前線には、尾崎加寿夫、さらには直前のインターハイで大活躍した関塚隆などがいた。
 前年の77年イラン大会では、金田喜稔、木村和司、山本正邦らのメンバで、準決勝進出を果たしていた日本(もし、この準決勝でイランに勝っていれば、第1回ワールドユース大会に出場できていたのだが)。このバングラデシュでの大会は、直前に行なっていた欧州遠征の内容もよかった事もあり、それなりの好成績が期待されていた。
 しかし、大会に入って日本のプレイは低調。日本は敢え無く1次リーグで敗退する。

 その後、日本は約1年間、徹底した強化を継続し、79年のワールドユースに臨むが、2分け1敗でグループリーグ敗退。再び日本がワールドユースに登場するのは、94年の予選を勝ち抜いた95年大会の16年後となる(この時の中心選手は田中誠、松田直樹、奥大介、中田英寿など)。

 この親子は、共に高校3年生で日の丸を背負い苦闘を演じてくれた訳だ。水沼貴史が出場していたのはアジアユース大会。一方水沼宏太が出場したのは1世代下ながら世界大会であるワールドジュニアユースだけれども。

 若い選手に過剰な期待をかけるのは適切ではない事を理解しているつもりだ。しかし、右サイド下がり目からの突破と味のあるクロス、敵陣前でのふてぶてしさ、ハイスピードのパスに対するボレーキックの巧さなど、親父殿を思い起こさずにはいられないプレイ振り。そう考えると、ついつい、この若者だけには大きな期待をしたくなってしまうのだが。
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2007年08月20日

ジュニアユース代表、まずは1勝

 ワールドジュニアユース初戦の相手はハイチ。

 TVのアナウンサが再三「ハイチは33年ぶりの世界大会」と強調していた。確かに、33年前にワールドカップ本大会に登場したが故に、私は「ハイチ」と言う国が中米のどこにあるか答える事ができるのだな。当時、欧州予選を無失点で通過したイタリアから得点を奪うのはいずれの国かと議論されていたが、1次リーグ初戦でアウトサイダと見られていたハイチが鮮やかな得点を奪ったのが印象的だった。この試合はその後イタリアがしっかりと3点取って逆転したが、イタリアはこの初戦がケチのつき始め。その後アルゼンチンと引き分け(当時のアルゼンチンは今日と異なり、優勝候補と言う雰囲気ではなかった)、さらにこの大会大躍進するポーランドに完敗し、敢え無く1次リーグ敗退となる。ハイチは結局、3連敗でワールドカップを終えるが、あの初戦のイタリア戦の速攻の鮮やかさは今でも記憶に残っている。

 さて、そのハイチ戦。
 ハイチの選手は皆アフリカ系の黒人選手。中米のチームを相手にしていると言うよりは、アフリカのチームと戦っている風情だった。そして日本はいかにも日本らしく、各選手が勤勉に動き短いパスをつなぎ、敵の隙を見つけてはサイドチェンジで変化を入れヒタヒタと攻め込んだ。正にミニ日本代表である。そして先制。
 ところが、後半も半ばまで進み、同点を狙ってハイチが前に出てくると、よいリズムを思うように維持できなくなる。解説の清水秀彦氏が、「ラインが下がり過ぎ」、「中盤で止まらない」と嘆くたびに、それ以上に状況が悪化し、つまらないミスも増えてくる。そして、ルーズボールのクリアミスを拾われ、冗談のような難しいドライブがかかったミドルシュートを決められ同点。
 そして、この失点直後から決定的にリズムがおかしくなる。中盤でやらずもがなのミスを連発、幾度も横パスを引っ掛けられ、速攻から決定機を許す。それをあのPK戦を勝ち抜く原動力になったGK廣永が再三のファインプレイで防ぐ。
 この苦境に城福氏は、負傷のために温存を余儀なくされていたエースの柿谷を投入。そして見事なサイドチェンジで主将の水沼が右サイドフリーでボールを受け、飛び込む河野(先日Jリーグデビューを飾ったタレントだと言うが、ボールをもっての落ち着きが頼もしい)が大柄頑健なCB2人に挟まれているのを見てとった水沼は親父譲りの図太さで低く速いセンタリング。混戦になったところを、河野が心憎いまでの冷静さで押し込んだ。さらに河野の好スルーパスで抜け出した柿谷がGKを鮮やかに抜き去り角度のないところから、何とも言いようのないシュートを決め2点差にした。

 苦しい試合ではあったが、終盤に攻撃のスターが活躍し振り切った試合。初戦としてはまずまずだろう。これから、もっと苦しい敵が待ち受けているのだろうが、この調子で上位進出を目指して欲しいものだ。

 しかし、どうして我々の代表チームは、A代表からこのU17まで、リズムが悪くなると、中盤の横パスをああも再三かっさわれるのだろうか。
 シュートを打たないとか、得点が中々入らないとかは、これは元々の素質か、国民性か(笑)、国民のサッカーへの嗜好か、不明だが何か理屈もつけられそうな気がする。そして、イライラする事は否定しないが、そのような課題を抱えながらも、いずれの選手も精神力と技巧と判断力のバランスが取れているのが、日本代表なのだ。
 しかし、1度リズムが崩れた際に、どうして大人から子供まで(笑)、ああも横パスを敵に奪われるのかは本当に不思議だ。リズムがよい時は、皆あんなに上手なのに。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 若年層

2007年07月12日

勝負は先だ

 若年層の代表チームは、有為な素材に経験を積ませるためにあるのだから、負けたとは言え我々の若者達がこれだけの経験を積む事ができたのだから、大成功と言える大会だったのだろう。と、強がりを言うには、あまりに惜しい敗退だった。

 チェコ戦と言うと、3年前の甘美な思い出と言う事になる。しかし、今回のチームは、当時ネドベドに率いられた速くて鋭いパスでひたひたと攻め込んでくるやり方とは随分異なり、大柄な選手への長いボールを基盤にしたチームだった。ネドベドやポボルスキーと言ったタレントがいないと、コーラー、ロクベンツ頼りになってしまうと言う事なのか。ちょっと寂しかった。その寂しいチームに注文相撲でやられたのだから、悔しさはひとしおなのだが。

 序盤こそ押し込まれたものの、前半半ば以降日本は小気味の良いパスワークでチェコを圧倒。CKで先制後も攻勢を取る事ができていた。さらに後半早々にPKで加点(映像で見る限り明らかなPKだし、完全に崩せていた)。典型的な勝ちパタンと思われた。
 ところが、このあたりからチェコが、「長身選手に長いボールを合わせ後方から怒涛の押し上げをする」と言う、単調ながら徹底した攻撃をしかけてきた。日本の対応手段としては
(1)ラインをさらに上げて前線からプレスをかける
(2)中盤の運動量を上げて再度ボールキープで優位になるようにする
(3)後方の選手を増やしてはね返す
(4)敵の間延びを狙い逆襲速攻を仕掛ける
等の方法が考えられた。2点差があるのだしいずれかの手段に意思統一し、まずは落ち着くべきだった。しかし、残念な事にいずれの策を執る事もなくズルズルと押されるに任せてしまった。そのような意味では、個々の選手の判断力にも大きな課題があったし、吉田監督の采配にも疑問が残った。チェコは相当無理攻めを仕掛けていたのだから、我慢すれば攻め疲れも期待できたのだが。
 失点はPK2本によるものだが、いずれのプレイもPKと言われて仕方がないものだった。PK場面以外も、あの時間帯には好機を多数作られたのかだから、追いつかれて当然と言う時間帯だった。せめて1点差にされた時は、落ち着く絶好のタイミングだったのだが。
 同点になって、チェコが一息ついた以降は、退場者が出た事もあって、再び日本のペースとなった。以降は慌てる事なく丁寧に攻め、延長終盤には後一歩まで攻め込んだのだが、仕留め切れなかった。この日3本のPKを取った主審だが、終盤の誰が見てもハンドでPKと言う場面を見落とされたのは悔しいね。

 それにしてもバランスの取れたよいチームだった。穴がないと言う意味では、99年の準優勝のチームよりも優れていたのではないか。当時のチームと比べて攻撃ラインは遜色ないし、守備ラインの人材は格段に今回の方が優れていたと思う。だからこそ、もう少し多くの試合経験を積んで欲しかった。世界のベスト16程度で終わってしまうには、あまりに惜しい世代だった。
 当時小野たちはやはり同じ1/16ファイナルで、ポルトガルと死闘を演じPK戦で準々決勝進出を決めた。あの試合は後半早々遠藤が先制し、さらにポルトガルが選手交代を使い切った後にGKが負傷退場。10人で素人GKとなったポルトガルが、逆に戦意を高めてきて猛攻を仕掛けてきた。日本は、80分に追いつかれ、延長でも圧倒的な攻勢を取られたが、かろうじて同点で試合を終え、PK戦の末振り切る事に成功した。
 チェコの5人目にやられるまで、あの場面を思い出し、勝利を信じていたのだが。

 済んでしまった事は仕方が無い。そして、彼らの挑戦はこれで終わりなわけではない。まずは今秋行なわれる五輪最終予選がその舞台となる。8月上旬には最終予選に向けた遠征が行なわれると聞いているが、そこから今回のユース選手が大量に五輪代表に流入し始めるはず(五輪代表の反町監督はA代表に帯同しベトナムにいるのだが、ヴィクトリアに行かなくてよかったのだろうか)。
 そして、安田よ。君が目指した「99年メンバ越え」は、ワールドカップ本大会で実現してくれ。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(10) | TrackBack(2) | 若年層

2007年07月06日

好調ユース代表の不安

 ユース代表は第2戦のコスタリカ戦に見事な勝利を上げた。

 正に「中米の雄」対「東アジアのトップチーム」の戦いの典型。両軍の技巧によるボールキープ能力はほぼ互角、前線からのプレスも強力でお互い容易に中盤に拠点を作れない。それでも、僅かな隙を見つけて中盤でフリーの選手ができると、コスタリカは俊足のFWが日本の守備ラインの背後を狙い、日本は両サイドからの崩しを試みる。
 前半やや劣勢だった日本だが、コスタリカがやや疲労しプレスが甘くなってきた後半半ば、少しずつ柏木が前を向けるようになり、日本の好機が増え始める。
 決勝点は内田?が前線に入れた速いボールが敵に当たって、偶然に右サイドでアトムが前を向いてボールを捉えたのが起点。素早く当てられた若森島がさらに左に展開。この展開前に若森島は、左にドリブルでそのまま左足でシュートに持ち込むかのような動きを見せた。そのため、敵DFは3枚若森島にアプローチする事になり、梅崎は完全にフリーでボールを受ける事ができた。中央から左に振られた3枚のDFは当然視線を梅崎に移すから、起点となったアトムがファーに飛び込むのを誰もつかまえられなかった。若森島の素晴らしい想像力による得点だったと言えるのではないか。この若者は、得点後の振る舞いがアレだから誤解?されているが、判断力と言うかサッカー頭と言うかは非常に優れているように思う。もっとも、本人は梅崎のセンタリングを自分で決めるつもりだったかもしれないから、褒め過ぎかもしれないが。

 ともあれ、気になった事が1点だけ。
 このユース代表のフィールドプレイヤレギュラの10人を(非常に失礼ながら)性格的な見地から4種類に分類してみる。こうして見るとこのチームが非常にバランスが取れているのがわかるな。
 いわゆるアレ:若森島、槇野、安田
 天才:柏木、梅崎
 知的労働者:青山、アトム、河原(「えなり」と呼称するか迷うところだが)
 精神的支柱:福元、内田。
 ところが、この日は「精神的支柱」であるべき福元と内田のミスが目立った。特に主将の福元は、再三後方を取られ危ない場面を作ってしまった。大体、坊主頭の福元の左右の選手の頭が金色と真っ赤なのがそれぞれのキャラクタを示しているのだが、福元のミスを再三安田がカバーしてくれた。坊主頭が「スマン」とあやまり、金色が「いいよ、いいよ」と返すのが、何とも言えずに味わい深かったが。
 また内田も今一歩の内容だ。アジアユースではこの選手の攻め上がりが大きな武器になっていたのだが、今大会はセンタリングの精度があまりよくない。守備面でも軽率なミスが目立つ。
 2人とも、体調が今一歩なのか、バカダンスに参加しないのがいけないのか、原因は不明だが、今後の上位進出に向け気になるところだ。
 言い換えれば、そこが改善されれば、欧州、南米の列強にも存分に対抗できる戦闘能力を感じるよいチームだと思う。こちらで金色君が語った目標達成を期待したい。

 ついでに1つ余談。アトムの英語表記は「ATOMU」より「ATOM」の方がよいと思うのだが。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 若年層