2003年01月03日

古沼氏対平岡氏

 かつての帝京高の名手平岡が、監督として大津高を率いて母校と対決した。

 平岡は主将として広瀬(元レッズ)、前田(元フリューゲルス)らと共に決勝で、宿敵清水東を破って全国制覇を遂げた時の主将。清水東優位と予想されたその決勝戦、平岡の好クロスからの前田の見事なボレーで奪った1点を、実に冷静な守備で守り切っての優勝だった。いかにも帝京らしい「勝負強さ」を見せた素晴らしい戦いだった。

 当時から帝京古沼監督は、平岡の将来について「JSLを狙うのではなく、指導者になるべき」と発言していた。その発言通り、大学卒業後は故郷でコーチとして活躍し、大津を再三全国大会に出場させている。現在の日本のユースクラスを代表するコーチの1人と言えよう。

 その平岡氏が、ついに恩師に「恩返し」をする機会に恵まれた訳だ。しかし、「返り討ち」にあってしまった。PK合戦は、「運」、「準備」、「精神状態」が錯綜するバトル。そして、PK合戦の勝率のよいチームは「勝負強い」と言われる。平岡氏は、かつて選手平岡が具現化した「帝京伝統の勝負強さ」の前に敗れたと言うところか。

 この対決の直前に、かつての宿敵だった「三羽ガラス」で最後まで現役として頑張った大榎が引退を決意したのも、何とも言えない因縁を感じる。
posted by 武藤文雄 at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 若年層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2002年12月13日

高校サッカーの誤審

 高校サッカーの誤審問題が今なお議論を呼んでいる。これは、本当に厄介な問題だ。

 最初に「誤審報道」を読んだ時は、「よくあるトラブル、またか」と思ったが、その後インタネットで流通した映像を見て驚いた。誤審である事が、一目瞭然だったからだ。例えば先日の韓国−イタリアでのトッティの退場は「微妙な判定」だが、このゴール見落としは、完全な誤審だ。もっとも、韓国−スペインの副審よりは、「やむを得ない」要素があるかもしれないが。

 映像の力は恐ろしく、またインタネットのパワーは絶大だ。おそらく、日本中のサッカー愛好家は、皆「誤審」である事を認識してしまった。

 しかし、では試合の判定をくつがえすべきか、再試合をすべきか、等となると、やはり私は否定的にならざるを得ない。結果(つまり誤審で認められなかったゴールは一切無かったと言う判定)を受けざるを得ないと思う。サッカーにおける客観性は、その試合の主審に任せるしかないからだ。ベルギー戦の3点目は、紛れも無く日本のゴールだと思うが、あきらめるしかないのと同じだ。



 おそらくイングランド人は未来永劫ディエゴを許さないだろう。しかし、間違いなくディエゴはあの試合で「2ゴール」を奪ったのだ。

 あまりに不運にあの試合を落としたチームの選手たち、関係者たちには、気の毒で言葉がない。しかし、あえてサッカー馬鹿からは不遜な言葉を送るしかない。

「それがサッカーなのだ」

と。
posted by 武藤文雄 at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 若年層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする