2011年01月05日

素人が見た箱根駅伝の終盤戦

 正月の箱根駅伝。
 心ある陸上競技関係者の嘆きを大きいのは理解できる。学生の、しかも全国選手権でもない一地方大会が、最大の大会であるかのような取り扱い。肝心の競技ではなく、周辺のストーリを針小棒大に採り上げ、ブレーキの選手が出ると本当に嬉しそうに吠える下品な実況者達。かつての名選手だが、およそ専門家的なコメントを何もはさまない解説者。この大会の存在が、日本長距離界の強化を阻害しているとの意見も多い。
 しかし、そのような真摯な陸上競技関係者には申し訳ないのだが、野次馬の私にとっては、毎年正月に、この大会を冷やかすのが大好きだ。長距離競技など、めったに映像1つ見ないのだが、ノンビリした正月に、一杯引っ掛けながら、読書したり、年賀状を眺めたり、原稿の整理をしたりしながら、BGM風に箱根駅伝を流しておいて、上記した下品なアナウンサが絶叫すると画面に注目すればよいし。

 しかし、今年の箱根駅伝の終盤戦、早稲田大と東洋大の終盤の首位争い、特に8、9、10区の戦いぶりには完全に引き込まれた。素人目にも、本当におもしろく緊迫した戦いが演じられたからだ。
 リードした早稲田、詰める東洋、いずれの選手も冷静に己のペースを崩さない。往々にしてこの大会は(駅伝一般に言える事で、この大会に限らないかもしれないが)、終盤にもつれると、必ず強引に無理をする選手が出る。そして、ほとんどのケースでそのような選手は、半ばまでは好走するが、終盤疲労からかえってタイムを落とす事が多い。ところが、この両学は、お互いが見えるくらいの距離で走りながらいずれもペースを乱さない。
 特に驚異的なのは追い上げる東洋大の選手達。あの僅かな距離まで追いつめながら、無理をせずに丹念に走りきり、最後の3人は皆区間賞を獲得した。おそらく、いずれの選手も、無理をして差を詰めたかったに違いないが、我慢に我慢を重ねて、マイペースを守り切り、区間最高で走り切った。8区、9区の東洋の選手が、区間賞のインタビューで「もっとタイムを詰めなければならなかった」と言ってはいたが、何と言っても区間賞は取っているのだ。彼らはベストを尽くし、あれ以上は難しかったのだろう。
 それでも、通常ならば、早稲田のいずれかの選手が根負けして、無理をしてペースを崩す事で追いつく事が可能だったのだろう。ところが、早稲田は早稲田で、粘り強く無理をする事なく走り切り、とうとう首位を守った。特に10区の10km過ぎからは、東洋の選手がペースを上げ、少しずつ差を詰めて来た。それにもかかわらず、早稲田のアンカーも、後方を気にしながらも、我慢してペースを守り通したから大したものだった。この大会の過去の早稲田の選手は、張り切り過ぎて失敗する事例が多かっただけに、この粘り強さは実に見事だった。
 結果的には、両学とも大会新記録のタイムと言う好記録。逃げた早稲田も、追った東洋も、それぞれ賞賛される戦いだったと言えるだろう。東洋の監督が、敗因を「1区の消極性」と語ったと言うが、双方が丁寧な走りを貫いただけに、わずかな差を生んだのが最初の最初だった、と言う分析はとても説得力があるものだった。

 このような両軍の戦いぶりに、サッカーのしっかりとした守備的な試合を思い出したのは私だけだろうか。
 丁寧に守備を固め、几帳面にカバーを続ける事で、とにかく失点だけは徹底して防ぐ。それを90分なり120分続け、相手の隙に食らいつく。双方が隙を見せなければ、0−0で終わってしまうかもしれないが、点を取られなければ負ける事はないのだ。もちろん、その均衡状態を破るような、鮮やかな攻撃が真の強者には必要なのだが、そのためにもまずは十分な守りが必要なのだ。
 東洋が勝てなかったのも、大エース柏原を除いては、鮮やかに攻撃し切れる選手がいなかったと言う事なのだろう。けれども、柏原以外の東洋選手達は几帳面に戦い切ったのだから、見事なものだった。同時に、わずかな差を、これまた几帳面に守り切った早稲田もまた見事だった。
 私は、このような守備的かもしれないが、双方がガップリ四つに組んだ、几帳面な戦いが大好きなのだ。
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2010年05月13日

島野修氏への感謝

 ジャイアンツとブレーブスの投手だった島野修氏が、先日亡くなったと言う。まだ59歳だったと言う。若過ぎる死だ。心から、ご冥福を祈りたい。
 選手としては大成できなかったが、引退後、ブレーブスのマスコット「ブレービー君」(ブレーブスがブルーウェーブになってからは、「ネッピー君」)の「中の人」として、見事な活躍をした方である。そして、私は野球人そのものである島野氏は今日の日本サッカー界に大変な功績を残して下さったのではないかと思っている。甚だ強引な解釈だと思うし、ご本人も思ってもいないだろうけれど。

 「ブレービー君」はすばらしいマスコットだった。愛嬌のある仕草。選手に対する巧みな鼓舞。全身から醸し出されるユーモア。そして、何より身体が動く、動く、見ているだけでおもしろいマスコットだった。当時のブレーブスの本拠地の西宮球場でオールスターゲームが行われた際の「はじけっぷり」など、正に見事なものだった。
 当時「大リーグには、見事な演技を披露するマスコットがいるらしい」と言う報道はあった。けれども、今日と異なり、大リーグの映像など滅多に手に入るものではなかった。「ブレービー君」は、それら大リーグの動きを先駆的に取り入れ、さらに日本風の愛嬌やベタベタ感などの独自性も盛り込まれた希有なマスコットだった。正に、国内のマスコットとしては創始的な存在だったのだ。

 ここで、若い方のために、氏が所属していたブレーブスについて概説しておく。阪急ブレーブスは70年代に、西本幸雄氏、上田利治氏の指揮の下、精強を誇ったパリーグのチーム。おそらく、歴代の日本野球のベスト9を選抜すれば、外野手としてイチロー、松井秀喜と並んで必ず選抜されるであろう福本豊を核弾頭に、長池徳士、スペンサー、足立光宏、山田久志、加藤秀司、山口高志、マルカーノなど幾多の名選手がいたチームだった。
 しかし、とにかく強いのだが「人気が無い(観客動員が今一歩)」事で定評のあるチームだった。当時は主に西宮球場をホームにしていた訳だが、近くに抜群の人気を誇るタイガースがいたのも災いしたのかもしれない。そして、その「人気の無さ」もあって、88年に阪急はオリックスに球団を売却。その後、愛称がブレーブスからブルーウェーブに代わり、イチローの活躍などもあった。しかし、常に「人気の無さ」に悩み、2006年の近鉄バファローズとの合併騒動につながっていく。
 70年代の全盛期を過ぎた81年「ブレービー君」は登場した。何とか観客動員を上げようと、あれこれの方策を行った当時のブレーブスフロントのアイデアだったのだろう。

 野球人としての島野氏は、1968年にドラフト1位指名で、ジャイアンツに入団した投手だった。前途有為な大器と期待されていたが、負傷などもあり、ほとんど活躍できないまま、ブレーブスに移籍。ブレーブスでも、芽が出ずに引退を余儀なくされた(ドラフト時の島野氏については、有名な余談があるので興味ある方は、ネットで調べて下さい、本題にはあまり関係ないので触れませんが)。
 そして、引退後「ブレービー君」の「中の人」に就任した訳だ。「ブレービー君」は、独自の人格を持ち、チームを巧みに応援しながら、観客を愉しませる、日本最初のマスコットだったのだ。そして、「ブレービー君」は娯楽としてのスポーツの愉しみ方を、日本に定着させるのに大きな貢献をしたと評するのは、私だけではないと思う。
 そして、選手として大成できなかった苦労人の島野氏が、「ブレービー君」で大活躍したのは偶然ではないだろう。島野氏は、現役時代の思いを、ファンサービスと言う形態で見事に昇華させたのだ。

 で、強引にサッカーの話。
 先日も述べたが、Jリーグにおけるマスコット達は、皆自律し独自の人格を持ち、さらにはクラブの代表として行動し始めている。彼らの存在が、我々のサッカーライフを、とても実り豊かなものしてくれているのだ。
 けれども、先駆者である「ブレービー君」がいなければどうなっていただろうか。「グランパス君」以下の我らのマスコット達がここまで見事に、そして早期に自律し活躍する事ができていただろうか。私にはとてもそうは思えない。「ブレービー君」のような先駆者がいたからこそ、今日の彼らがいるように思えてならないのだ。そういう意味で、私は島野氏に感謝しても感謝しきれない思いを持っている。

 改めて、ご冥福を祈ると共に感謝の言葉を捧げたい。ありがとうございました。
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2009年09月25日

土井正三氏逝去

 読売巨人軍が9連覇した際の、セカンド、主に2番を務め土井正三氏が亡くなった。67歳だったそうだ。2年前だったろうか、病魔に冒されたために、車いすで東京ドームに登場した姿は衝撃的だったが、思うような回復は果たせなかったと言う事か。
 あの強かった9連覇時の巨人の中核選手が鬼籍に入ったと言うのは、やはり結構な衝撃。そう言う時代になったと言う事なのだろう。

 真剣に野球を見るようになったのは小学校の1、2年生の頃で、ちょうど9連覇の黎明期。したがって「野球と言うものは、巨人が優勝するものだ」と思い込んで見ていた世代と言う事になる。当時の少ない情報量の時代では、当然ながら熟知している野球選手も巨人の選手。したがって、セカンドと言うポジション、2番打者と言う打順は、土井正三のもの、あるいは土井のように小柄で技巧的な選手のものであると言う固定概念を持つ時代であった。もっとも、さすがに投手だけは、巨人のライバルとなる選手達、たとえば江夏豊、平松政次、安仁屋宗八、あるいは日本選手権で戦う足立光宏と言う面々の印象は強烈。もちろん、「恐怖の悪役」と言う立場ではあったが。

 指導者としての土井氏は、イチロー黎明期に一悶着、二悶着あったとの事で、必ずしも評価は高くない。あれだけ、知的に自分のプレイを持っていた人だけに管理者として、「超個性的」スーパースターの取り扱いだけを間違えたと言う事だろうか。あるいは、若い頃から、長嶋と王を見慣れていたので、この2人と比較して、イチローはそこまではすごくないタレント、と思い込んでしまったかのだろうか。しかし、だからと言って、選手土井正三の価値が下がるものではないのは言うまでもない。

 考えてみると、巨人の9連覇時と言うのは、選手の面々と言うのは、ほとんど変わっていない。ほぼ9年間に渡り、同じメンバで戦っていたのだ。捕手は森昌彦、内野は王貞治、土井正三、長嶋茂雄、黒江透修、外野は高田繁、柴田勳、末次利光(初期は国松彰)。だいたい投手陣も、ずっと堀内恒夫と高橋一三が軸だった(初期には城之内邦夫、末期には渡辺秀武も重要だったが)。これほど長期にわたり、固定メンバで戦えるチームと言うのは、やはり相当珍しいのではないかと思う。時代もよかったのだろうが、やはりメンバがすごかったのだと思う。
 だから、私にとっての野球って単純なのだよね。1番の柴田か高田が塁に出る。2番の土井か黒江が細工する。その後、王と長嶋がボカリと打ってたくさん点が入る、以上。
 そのようなつながりの中で、団体競技においては「土井のような選手」がチームをつなぎ、まとめる。と言うのは、自分自身の中での一種の固定概念のようになっているやに思う。だから、きっと私は明神が好きなのだ(あるいは今野でも啓太でも小椋でも、そして米本でもいいが、今野はちょっと派手すぎるかな)。

 ご冥福をお祈りします。
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2009年04月21日

中田英寿氏のビジネス

 いささか旧聞だが、中田英寿氏が出身地甲府で行った花相撲について。

 読売新聞の山梨版にこの試合の準備のギクシャクが記載された。地方版の記事配信で、甲府市長兼山梨県サッカー協会会長、同協会専務理事らその地方の著名人が実名で出ているだけに、ある程度は信頼してよい記事だと考えられる。

 この文章を含めた各種報道を読む限り、おおむね以下の顛末のようだ。
 商品としての中田氏の肖像や行動を用いてビジネスを行っているサニーサイドアップ(中田氏も役員として経営に参画)が、中田氏の故郷で行われる信玄公祭りとタイアップしたサッカー試合と言うビジネスを企画。それに甲府市長(繰り返すが、兼山梨県サッカー協会会長)が乗ったと言う事だろう。
 しかし、当然ながら、日本協会(シーズンの真っ最中の花相撲に否定的)とヴァンフォーレ(Jリーグ翌日に2軍とは言え花相撲の相手をして良い事はキャッシュインを除くと全くない、そのキャッシュもどの程度ヴァンフォーレに渡されるかは疑問)は否定的。板ばさみになった山梨県協会の実務者が奔走して、2団体をなだめすかして実現に至ったと言う事ではないか。
 最終的に日本協会も完全にこの花相撲に全否定的ではなかった。名波浩氏、相馬直樹氏、北澤豪氏、山口素弘氏と言った、今後日本協会の主流近傍で生活を営もうと言う人材がが小遣い稼ぎで参加していたと言う。つまり、彼らに対し「参加するな」と言う絶対的な圧力はかからなかった模様だ。
 サニーサイドアップとしては、信玄公祭りと同じタイミングでの試合だから、大量のキャッシュが回るので、どうしてもこの機会に行いたいイベントだったのだろう。

 中田氏の集客力は、氏が自らの努力とサニーサイドアップ社の独特のマーケティング活動で築いたもの。その特別な能力を使ってビジネスを行う事は大変結構な事だと思う。氏が若くして、現役引退した事は残念だが、引退後にも氏のサッカー能力を用いてビジネスするのも当然の事だ。
 けれども、どうして中田氏あるいはサニーサイドアップの企画する催し物と言うのは、毎回胡散臭い雰囲気が漂うなり、ひと悶着あるなどするのだろうか。購入者に一見寄付行為を行っていると錯覚させるホワイトバンド、相撲界全体に迷惑をかけた朝青龍とのボール蹴り、チャリティマッチに見せかけた(ようにしか思えない)日産スタジアムでの花相撲。
 今回の甲府での騒動により、山梨県と言う中田氏にとって貴重な出身地において、今後の活動をやりづらくする事になってしまったのではないか。こうやって何かするたびに、大なり小なり問題を発生させる事は最終的に中田氏にとってプラスにならないと思うのだが。
 って、私が心配する話でないな。正に余計なお世話だ(まあ、私の書く文章のたいがいは、余計なお世話なような気もするが)。

 ともあれ、結びにもう1つ余計なお世話を。
 この試合のニュース報道を見て、私が一番がっかりしたのは、中田氏が首に分厚いネックレスを巻いてプレイしていた事だ。現在のルールでは、あのような装身具を身に着けてプレイする事は許可されていない。これは「万が一の負傷」のリスクを避ける事が目的。日本協会からもいわゆる小学生を含めた草サッカーまで「徹底せよ」と強く通達が出ている事だ。
 つまり、主催者の中田氏自らが「この花相撲をサッカー的にはそこらへんの少年団の試合より価値が低いもの」に貶めていた事になる。

 あのジョホールバルで我々に未曾有の歓喜を提供してくれた若者の現状を憂えるものである(と3たび余計なお世話)。
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2009年03月26日

祝WBC2連覇

 少々遅いですが、WBCの連覇について、素人の戯言を。

 いや嬉しい。
 もちろん私はサッカー人だから羨望の気持ちも大きい事は否定しない。しかし、それ以前に私は日本人であり、幼少のみぎりは「野球で育った」人間だ。逆にサッカー人だからこそ、国際試合の愉しさがわかるだけに「野球の国際試合を見てみたい、そして日本が世界一になるのを見たい」と言う気持ちは、他の人に比べて強かった。それが2連覇なのだから本当に大したものだ。トップと言うのは奪うよりも維持するのが難しいのだから。

○韓国とは5試合して3勝2敗で最後に振り切った。
○日韓とも、お互い同士を除いて全勝同士が決勝戦を戦った。
○日本はキューバに2回、合衆国に1回それぞれ完勝している。
○韓国もベネズエラに1回完勝している。
○日本は前回から2連覇、韓国も前回準決勝進出。
 以上を考えると、何がどうあろうが、結果のみならず日本が世界最強国で、韓国が次席としか言いようがない結果ではないか。さらに言えば、合衆国を含めたカリブ沿岸諸国よりも、極東の野球レベルの方が、(少なくとも現時点では)高いと言う事になるような気がするのだが、違うのだろうか。それとも、こう言うと「いや合衆国は本気でない」とか反論が来るのでしょうか。
 私自身、幼少の頃から「野球は合衆国が最強」と思い込んでいた。実際、私が小学生の頃、日本選手権終了後のオフに大リーグのチームが来日、当時9連覇最強の頃の巨人と各地で連戦する花相撲。巨人は中々代リーグに勝てなかったのだ(この花相撲は、たとえば私が小学2年と5年の際に行われたが、当時仙台在住だった小学生の私が、地元でON砲を観戦できる貴重な機会だった)。
 けれども、今回日本が完勝した試合を見る限り(録画のダイジェストしか見ていないが)、投手力、守備力、走塁力は、明らかに当方が上に思えた。終盤に詰まった場面で、先方の中心選手ジーターがタイムリーエラーした場面など、「運不運」でなく「実力」と捉えるしかないと思うのだが。

 すっかり日韓定期戦状態だった訳だが、やはりあの組み合わせは理解できない。再三「合衆国が有利になるような変則日程」と言う報道を見たが、あまりそうも思えない。ドミニカがオランダに負けると言う大番狂わせがなければ、合衆国はプエルトリコ、ベネズエラ、ドミニカと準決勝進出を争わなければならなかった。実際、第2ラウンドでプエルトリコに「奇跡のサヨナラ」ができなければ、合衆国はまたも準決勝進出に失敗していたのだから。
 まあしいて言えば「合衆国は準決勝までどうしても最強日本とはやりたくない」と言う理由くらいしか思いつかないのだが(しかし決勝進出を考えると、日本と2次ラウンドで同じグループになる方が、合衆国にとってもよかったようにも思えるが)。そう考えると、何度も何度も最強日本と戦う事を余儀なくされた韓国の決勝進出は、本当にすばらしい成果だと評価できるだろう。

 日本の投手起用はよくわからなかった。松坂と岩隈のフル回転は当然だろうが、ダルビッシュや藤川はし素人目には格段によいとは思わなかったのだが。涌井や渡辺俊介をもっと使ったらいいと思ったのは私だけでしょうか。
 もちろん、優勝したのだから何も文句はありません。

 結びは全く3年前と同じです。
 そして、いつか、いつか、我々もワールドカップで優勝したい。野球が世界一になったのだ。俺たちも世界一を目指さなければ。できれば俺が生きているうちに。
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2009年02月28日

WBCへの期待と疑問

 WBCが近づきマスコミの盛り上がりも中々のものがある。色々な見方はあろうが、私はWBCを愉しみにしている。
 私は昔から野球の世界選手権の登場を心待ちにしていたのだ。決勝戦で、いわゆる日本らしい野球で合衆国を打ち破ったら、さぞ気持ちがいいだろうなと思いつつ。そう言う意味では、期待していたストーリとは随分違ってはいたが、前回の世界制覇には素直に喜んだものだった(もちろん、サッカー人としての羨望も強くあったけれど)。
 何が愉しいかと言えば、合衆国人と飲んでいる時に野球に話を持っていき、「何はともあれ、俺達は世界チャンピオンだからね。」と語る事。突然話が飛ぶが、以前豪州人とトルコ人と飲んでいた時に、ワールドカップの話になり、双方から「そう言えばワールドカップでお前らを」と突っ込まれ「シュン」としたのは、これはこれで実に心地よい思い出だ、やはりサッカーの方が格段にグローバルだな。
 コメント欄で、マスコミのWBCへの取り上げ方に苦言を呈した方が複数名いらっしゃった。そのような思いは私にもある。けれども、仕方がないではないか。その程度のマスコミしか我々は所有していないのだ。少しずつ改善していく事は必要だし、努力していくべきだろうが、現状は現状。マスコミ云々はさておき、私は素直にタフな国際試合を愉しむ方が、格段にトクだと思っている。

 戯言はさておき、第2回に向けて素人なりの素朴な疑問、感想を3点(もちろん以降もまた戯言だけれども)。

 まず前回も述べたが松井秀樹の不在が残念。誤解しないで欲しいが、私は松井を非難する気持ちは一切ない。特に今回は負傷上がりだった事もあり、やむを得なかったのだろう。しかしながら、日本野球史に残るこのスーパースターが現役時代に2回もあった世界選手権に出場できなかった事は非常に残念に思えてならない。稲葉も村田ももちろんいい。しかし、イチローと松井が競演する国際試合を1度は見たかったではないか。これはON砲時代に幼少を過ごした中年男のノスタルジアかもしれないが。

 2つ目は大観衆に公開する練習の是非。一部のスポーツ新聞に本件に関して、報道陣にも練習を公開しない岡田氏率いるサッカー代表を揶揄する文章まで掲載された。そのような浅薄な議論はさておき、素人ながら野球代表は大丈夫なのか心配になる。野球のトップチーム(と言うよりはトップ中のトップだな)が臨む国際試合。守備連携の強化、攻守いずれものサインプレイなど、確認し習熟する必要がある事項は無数にあるはずだ。そして、そのような鍛錬は見て面白いものではなく、一般観衆への公開とはなじまないものように思うのだが。ごく限られた強化期間なのに、大観衆下でそのような集中的な鍛錬は難しくなかったのだろうか。ファンサービス、金儲け、いずれも重要だが、WBCの連覇の方がもっと重要ではないか(その方がよりレベルの高いファンサービスだし、より多くの金儲けにつながるように思うのだが)。もっとも、そのような厳しくレベルの高い鍛錬はしっかり行われたが、マスコミが表層的な報道しかしていないために、私が心配しているだけかもしれないが。

 3つ目は強化試合について。先日豪州と強化試合を2試合、大差で勝利した。しかし、豪州には大変失礼だが、戦闘能力差が非常に大きく、実質的な強化になったかは甚だ疑問。戦闘能力と国民の関心と言う視点からは、野球代表にとっての豪州は、サッカー代表におけるフィリピンなり台湾のようなものだろう(もっとも、アテネで中畑氏率いる野球日本代表は豪州に負けたのだったな)。マスコミによる景気付けにはちょうどよいかもしれないが、実質的な強化に役立ったとは思えない。
 せめて(サッカーにおける)タイやインドネシアのようなチームとやれれば、状況は飛躍的に改善するのだろうが、残念な事に野球にはそのようなチームはない。タイっぽい感じがする台湾、バーレーンっぽい感じがする韓国は、予選の当該対戦国。まあ、1次ラウンドで台湾や韓国のように骨っぽい相手と戦い強化しながら、ファイナルで合衆国、プエルトリコ、ドミニカと言った強豪と戦おうとするのが現実的なのだろう。
 と書いていたら、今日はライオンズに苦杯。結果は感心したものではないが、本番に向けてはよい準備となったのではなかろうか。
 もっとも、有料準備試合でこんな事態になったら、サッカーだったら大騒ぎになるだろうが、野球はどうなのだろうか。
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2008年04月16日

ホッケー五輪予選(下)

 大体ホッケーの公式戦を、真剣に見たのは生まれて初めて。せっかくの機会なので、引き続き雑感を。

 各競技のルールの成り立ちの問題。
 昨日、オフサイドがない事を述べたが、このあたりの競技ごとのルールの相違を考えてみた。各競技のルールは長年にわたりその競技を積み重ねる事で、「このくらいの制限にすると試合をやって(あるいは見ていて)面白い」と言うバランスで成り立っていると思う。
 たとえばラグビー。ボールを自在に手で扱える。長いパスをしたいならば蹴ってもよい。手でボールを保持している選手からボールを奪うのは容易でないため、下半身につかみかかりなぎ倒す事でボールを奪う(倒されたらボールは放さなければならない)。つまり守備者は敵を抱え込む事が許される。また、キックを含めパスの自由度が高いので、オフサイド(待ち伏せ)は厳しく、ボールより前の選手のプレイ参加は相当制限されている。ボール保持者の自由度が高いだけに、守備者にはかなりの自由なプレイが、攻撃者には待ち伏せに対する制限がある訳だ。
 一方のホッケー。オフサイドがない事により、待ち伏せ攻撃が可能。そのため、守備ラインは相当後方に引く事になり、中盤のスペースは比較的自由になる。おそらく、オフサイドありにすると(比較的最近までオフサイドがあったかのような記事も見たのだが)、中盤でのプレッシャが厳しくなり過ぎて、ボールを前に運ぶのが困難になるのだろう。また守備者は、あくまでもスティック対スティックの戦いで、身体を当てる事は相当制限されている。つまり、ボール保持をするのが簡単ではないために、守備者の行為の制限は厳しく制限され、かつ待ち伏せも許容されている。
 そして、足でボールを扱うサッカーは、ラグビーとホッケーの中間の許容値を持つ競技なのだ。守備者は肩を当て、身体を入れる事は許容される。待ち伏せは、敵が2人残っていれば許される。要は競技への制限は、ラグビーとホッケーの中間になる。
 それぞれの競技のルールは、お互いを横にらみして決められた訳はないのだから、「ラグビーの手>サッカーの足>ホッケーのスティック」と言う難易度の相違が、必然的にそれぞれの競技の「落とし所」を決めて行ったのだろう。こう言うのって、面白いと思いませんか?

 全く別な競技力と言う本質的問題。
 ドイツと日本の差は何だったのか。ずばり、技術それも非常にレベルの高いところでの技術の差だったのではないかと思うのだ。
 例えば、昨日述べたように、日本は前半結構攻め込んだ。シューティングサークル(ゴール前の半円、その中からのシュートしか得点にならない...つまりミドルシュートがないのだ)に入った頻度は、日本の方が多かったのではないか。これは、日本選手の運動量と速いパス回しが有効で、サイドに早く展開ができた事、さらにそれを受けたサイドの選手がしばしば正確なダイレクトパスで(要はパスをワンタッチで)前線につなげた事が奏功したと思う。しかし、そこまで攻め込みながら、最後シュートを決め切れなかった。これは、ドイツのGK(これが往時のマイヤーみたいに、でかいくせに反応が速い)とCB(と呼んでいいのだろうか、とにかく強い、K・H・フェルスターとかコーラーとか)を破る事ができなかった事による。日本のFWも非常に俊敏なのだが、最後ゴール前でGKを打ち破るためには、速く流れるボールを僅かなスペースで捉える必要があるのだが、ギリギリのところで技術がそのスピードに追いつかず、よいシュートが打ち切れなかった。
 また後半、やや日本の運動量が落ちてくると、中盤のゲームメーカ(リトバルスキーのように回転しながら間合いを取るのが抜群に巧い)のボールをどうしても奪取できない。そこで持ち込まれてしまうので、攻め返す頻度が極端に落ち、日本ゴール前の攻防の時間が増え、結果的にゴール前で反則を犯し、ペナルティコーナを多数回与えてしまった。
 ここからは素人の妄言。日本選手の技術も相当なレベルにあるとは思ったが、ドイツに勝つためには、もはや「選手の能力を最高レベルに引き上げる」と言う、最も困難な事しか残っていないような気すらした。もっと小さなスペースでボールを扱える俊敏なストライカ、キープ力のある敵の中盤エースを自由にさせず同等の展開が可能なMFが必要に思えた。つまり、ロマリオとドゥンガ。
 言い換えれば、世界最強のドイツに対しこれ以上の試合をするためにはは、選手の能力をギリギリ、ロマリオ、ドゥンガクラスまで引き上げるしか残ってない所まで、戦ったように思うのだ。コンディショニングにしても、作戦にしても、現状の日本が出来る限りの全てを出す事ができたのではないか。そう考えると、試合終了時の選手の落胆、テレビの解説者(前代表監督だそうな)の、悔しさを噛み殺した、試合終了後の「やれる事は皆やったのだが」と言うコメントは、それぞれ非常な重みを持ってくる。

 あれだけ興奮し落胆し勉強にもなった。本当にいいものを見せていただいたと思う。
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2008年04月15日

ホッケー五輪予選(上)

 13日の日曜日に、フィールドホッケーの五輪最終予選が岐阜で開催され、日本は後一歩で出場権を逃した。NHKを中心に盛んに報道してくれていたので、決勝戦のテレビ中継をじっくり見ることができたもの。結果は大変残念だったが、タイトルマッチとしての緊張感あふれる試合で、1時間半すっかり堪能させていただいた。
 調べてみると、この最終予選は、世界各地の予選を勝ち抜けなかった国が3グループに分かれて、各グループから1国が出場権を得る。日本での大会は、出場国6国がリーグ戦を行い、上位2チームが決勝戦で出場権を争う規定となっていた。日本は、そのリーグ戦でドイツに敗れ、マレーシアと2位を争った。そして、リーグの最終戦でマレーシアと直接対決、終盤まで2−3とリードされていたが、終了間際の劇的な得点で追いつき、得失点差で2位になり劇的に決勝進出を決めていた。ドイツは世界ランク1位との事だが、どうやら欧州予選で「番狂わせ」されてしまったがゆえに、日本で行われるブロックに回ってきたらしい。日本からすれば、いい迷惑だったのだが、これはどうしようもないか。
 ちなみに、マレーシア戦の劇的な決勝点だが、前日のTVのスポーツニュースごしだが、日本選手の足にボールが当たったかのようにも見えた。何と、この競技では、地面をボールが転がっているにもかかわらず、ボールを足で扱うと反則になるのだ。しかも、自陣そばで足でボールを扱うと、ペナルティコーナと言う、サッカーで言うとPKほどは点が入りそうもないが、CKよりは明らかに点が入りそうな罰を食らう(いや、ペナルティコーナって、壁がゴールラインに立たなければならない、ペナルティエリア正面のちょっと外からの直接FKと喩えれば妥当なような気がする)。これは厳しいルールだ。ある程度サッカーをやった事がある人間には、絶対プレイできない競技ではなかろうか。もし私が「目の前に自分がどうしても触りたいと思っているボールがよぎって、足を出していけない」と言う状況に陥ったら、気が狂うのではないかと思う。話は戻るが、マレーシアは件の決勝点について、日本のファウルだったのではないかと正式に抗議したが、認められず、日本の勝利が確定、決勝進出となったとの事だった。

 さて、試合。
 フィールドの大きさは91.4m×55mとサッカーより一回り小さいが、プレイヤの数は11人と同じ(こちらで調べました)。ただ、試合が始まってみると、狭いところで同じ人数でやっているのに、サッカーよりゴチャゴチャした印象がない。で、しばらくしてから気が付いたのだが、オフサイドがないのだ。オフサイドがないから、守備ラインはどうしても深くなるので、コンパクトにならないのだな。で、その違和感が結構大きい。逆襲速攻の場面など、ドリブルする選手が敵陣に近づき映像が進むと、突然進行方向から、新しい守備者が(FWも引き連れて)出てきてビックリしたりする。
 そして、各選手のスティックワークが見事。全速力で走りながら、あのスティックでボールを小刻みに触り、フェイントをかけたりするのだから。しかも、スティックの片面しか使っていけないそうなので、各選手とも実に繊細なスティックワーク。
 前半、日本は速いボール回しで、再三攻め込み、好機を作る。ただ、ゴール前になると、厳しいプレッシャの中、僅かなスペースでボールを捕らえる技巧も、敵を跳ね返すだけのパワーもなく、どうしても得点にはいたらない。う〜ん、どこかで見慣れた光景か。そして、そうこう攻め切れぬうちに逆襲から先制される。この場面、低く斜めに日本ゴール前をよぎるようなボールに対し、居残っていたFWに巧く合わせられてしまった。テレビ桟敷で思わず「オフサイドだろう!」と、怒鳴ったのだが...
 後半立ち上がりに、ドイツはペナルティコーナから、(サッカーで言うところの)壁パスを見せ2点差に。前半のペナルティコーナに対し、日本選手が目の覚めるような厳しいチェックで防いだ場面を意識したのだろう。意表を付くアイデアと正確な技巧で裏をつかれてしまった。そのあたりから、前半の飛ばし過ぎもあったのか、数的優位が作れなくなり、攻め込めない時間帯が続く。そして、ペナルティコーナから、2点目とは逆に豪快なシュートを打たれ2点を追加され、終わってみれば0−4の完敗となってしまった。選手達は最後まで下を向く事なく戦い抜いたのだが。
 何とか攻勢を取れた前半に先制できれば、状況は好転したのだろうが...

 とは言え、予選独特の緊張感は中々のもので、大変興奮させられる試合だった。そして、出場権を獲得できなかった選手達の無念さが、映像から伝わってきた。素晴らしいタイトルマッチだったし、メキシコ五輪以来40年ぶりの出場を狙っていたと言う大一番だっただけに、もう少しマスコミ的な注目を集められないのかとも思った。先日ハンドボールの予選が話題を集めたように。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(1) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月03日

野球代表北京五輪出場決定

 やはり野球の国際試合は面白い。

 昨日の日曜日。NHKの風林火山がいよいよ「川中島前夜」。実は私は武田信玄フリーク。我が故郷を大都市にした伊達政宗の姑息な(いかにもサッカー的だが)生き残りも尊敬している。しかし、天下を取ろうとした割に北方のライバルに気を取られているうちに、より若い織田信長に機先を制されながらも、丹念に正攻法で西を目指した信玄が大好きなのだ。どうでもよいが、Gacktの上杉政虎も中々よいが、どうせならば天海祐希か荒川静香を起用して欲しかったと(以下自粛)。
 学生時代に川中島や長篠に旅し、当時の歩兵の経験をすべく、幾度も古戦場を疾走した事もある。今の不摂生からは、あれだけ長距離を疾走できた事が考えられないが、かつての戦争の実感を把握するのに、あれほど有効な方式はないと思っている。
 などと、大河ドラマを見終わり、ふと新聞を見たら、何と野球の日韓戦をやっているではないか。

 あわててチャンネルを回すと、そこでは陰々滅々とした死闘が演じられていた。

 後から知ったのだが、韓国はダルビッシュ先発を予想していたが、成瀬の先発を聞いてスタメンを試合直前に入れ替えてきたとの由。星野監督が「紳士協定違反だ」と激怒したとの事だが、この手の国際試合に「紳士協定」もヘッタクレもないわな。
 8回表に日本は4−2と2点差にする事に成功。その裏の守備が見事だった。岩瀬がヒットと死球を許しノーアウト1,2塁のピンチ。ところが日本は「2点差」を認識し、1点を取られても構わないと言う姿勢の守備を見せる。1点差とされ、ツーアウト2塁でヒットを打たれてのはヒヤリとしたが、日本の守備はゆるがず、リードを守った。
 それにしても、成瀬−川上−岩瀬ー上原と継投し、藤川を温存、渡辺はメンバ外と言うのだから、代表チームと言うのは豪華なものだと改めて感心。
 しかし、昨年の世界選手権?と言い、先日ドラゴンズが韓国のチームに公式戦で負けた事といい、日韓の実力差は相当詰まっているのだろうな。

 そして今日。帰宅すると日本が1−2で負けている(直前にダルビッシュがホームランを打たれたらしい)。これは大変だ、と思う間もなかった。
 ノーアウト1、2塁で、2塁ランナに宮本を代走で起用し、その直後にフィルダースチョイスが起こるか?!恐るべし星野采配(笑)。さらにその直後スクイズでまず同点。以降、西岡、川崎、新井、阿部(青木の四球を交え)がボカスカと連打を集中し、大差をつけてしまった。
 その後、ダルビッシュ−藤川−上原、とこちらも堂々たる継投。終わってみれば、大差の勝利だった。

 とにかく、このような野球の国際試合は、一球ごとに力が入り、「いよっしゃあ」となるから愉しい。主審の、ストライク、ボールの判定の不安定さは残念だったが、まあそれはそれ。

 とにかく、たっぷりと国際試合の愉しさを堪能できた次第。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(41) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月13日

稲尾和久氏逝去

 西鉄ライオンズの黄金時代を支えた名投手、稲尾和久氏が急逝した。冥福を祈りたい。
 
 氏が引退したのは1969年。さすがに、私は稲尾の現役時代の記憶はない。ただし、以降の野球の様々な報道で「稲尾こそが日本史上最高の投手」と論じられている事に興味を引かれた。400勝を上げた金田正一がいるにも関わらず。長じてから、稲尾の活躍を文章で読み、なるほどと思えてきた。たとえば58年の日本選手権。6試合に登板、うち5試合先発、4勝2敗、サヨナラホームラン含む、とか61年の42勝14敗をを、どう講釈したらよいのか。時代が違うと言えばそれまでだろうが、当時の野球が今とはまた異なる興奮させられるものだったのは間違いないだろう。
 現役時代を知らない名選手」は、監督、コーチ、評論家などで活躍する姿を見るのだが、稲尾氏はいずれの立場でも、現役選手に対する「尊敬の念」を持って発言していた。最近では、いかにも好々爺とした風情で、愉しそうに野球を語る姿が好きだった。

 西鉄ライオンズのファンは、稲尾の全盛期に「神様、仏様、稲尾様」と称えたと言う。日本のスポーツ界で、神仏と同等に崇められた存在は、稲尾と双葉山くらいではなかろうか(もっとも双葉山は、別な意味で「神」の問題を起こしたようだが)。確かに全盛期の記録を見せられれば、「神様、仏様、稲尾様」になるよな。

 日本サッカー界にいつか、往時の稲尾和久のように、神仏と同格に崇め奉られるタレントが出てくる事を祈る。
posted by 武藤文雄 at 23:03| Comment(3) | TrackBack(4) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする