2008年04月15日

ホッケー五輪予選(上)

 13日の日曜日に、フィールドホッケーの五輪最終予選が岐阜で開催され、日本は後一歩で出場権を逃した。NHKを中心に盛んに報道してくれていたので、決勝戦のテレビ中継をじっくり見ることができたもの。結果は大変残念だったが、タイトルマッチとしての緊張感あふれる試合で、1時間半すっかり堪能させていただいた。
 調べてみると、この最終予選は、世界各地の予選を勝ち抜けなかった国が3グループに分かれて、各グループから1国が出場権を得る。日本での大会は、出場国6国がリーグ戦を行い、上位2チームが決勝戦で出場権を争う規定となっていた。日本は、そのリーグ戦でドイツに敗れ、マレーシアと2位を争った。そして、リーグの最終戦でマレーシアと直接対決、終盤まで2−3とリードされていたが、終了間際の劇的な得点で追いつき、得失点差で2位になり劇的に決勝進出を決めていた。ドイツは世界ランク1位との事だが、どうやら欧州予選で「番狂わせ」されてしまったがゆえに、日本で行われるブロックに回ってきたらしい。日本からすれば、いい迷惑だったのだが、これはどうしようもないか。
 ちなみに、マレーシア戦の劇的な決勝点だが、前日のTVのスポーツニュースごしだが、日本選手の足にボールが当たったかのようにも見えた。何と、この競技では、地面をボールが転がっているにもかかわらず、ボールを足で扱うと反則になるのだ。しかも、自陣そばで足でボールを扱うと、ペナルティコーナと言う、サッカーで言うとPKほどは点が入りそうもないが、CKよりは明らかに点が入りそうな罰を食らう(いや、ペナルティコーナって、壁がゴールラインに立たなければならない、ペナルティエリア正面のちょっと外からの直接FKと喩えれば妥当なような気がする)。これは厳しいルールだ。ある程度サッカーをやった事がある人間には、絶対プレイできない競技ではなかろうか。もし私が「目の前に自分がどうしても触りたいと思っているボールがよぎって、足を出していけない」と言う状況に陥ったら、気が狂うのではないかと思う。話は戻るが、マレーシアは件の決勝点について、日本のファウルだったのではないかと正式に抗議したが、認められず、日本の勝利が確定、決勝進出となったとの事だった。

 さて、試合。
 フィールドの大きさは91.4m×55mとサッカーより一回り小さいが、プレイヤの数は11人と同じ(こちらで調べました)。ただ、試合が始まってみると、狭いところで同じ人数でやっているのに、サッカーよりゴチャゴチャした印象がない。で、しばらくしてから気が付いたのだが、オフサイドがないのだ。オフサイドがないから、守備ラインはどうしても深くなるので、コンパクトにならないのだな。で、その違和感が結構大きい。逆襲速攻の場面など、ドリブルする選手が敵陣に近づき映像が進むと、突然進行方向から、新しい守備者が(FWも引き連れて)出てきてビックリしたりする。
 そして、各選手のスティックワークが見事。全速力で走りながら、あのスティックでボールを小刻みに触り、フェイントをかけたりするのだから。しかも、スティックの片面しか使っていけないそうなので、各選手とも実に繊細なスティックワーク。
 前半、日本は速いボール回しで、再三攻め込み、好機を作る。ただ、ゴール前になると、厳しいプレッシャの中、僅かなスペースでボールを捕らえる技巧も、敵を跳ね返すだけのパワーもなく、どうしても得点にはいたらない。う〜ん、どこかで見慣れた光景か。そして、そうこう攻め切れぬうちに逆襲から先制される。この場面、低く斜めに日本ゴール前をよぎるようなボールに対し、居残っていたFWに巧く合わせられてしまった。テレビ桟敷で思わず「オフサイドだろう!」と、怒鳴ったのだが...
 後半立ち上がりに、ドイツはペナルティコーナから、(サッカーで言うところの)壁パスを見せ2点差に。前半のペナルティコーナに対し、日本選手が目の覚めるような厳しいチェックで防いだ場面を意識したのだろう。意表を付くアイデアと正確な技巧で裏をつかれてしまった。そのあたりから、前半の飛ばし過ぎもあったのか、数的優位が作れなくなり、攻め込めない時間帯が続く。そして、ペナルティコーナから、2点目とは逆に豪快なシュートを打たれ2点を追加され、終わってみれば0−4の完敗となってしまった。選手達は最後まで下を向く事なく戦い抜いたのだが。
 何とか攻勢を取れた前半に先制できれば、状況は好転したのだろうが...

 とは言え、予選独特の緊張感は中々のもので、大変興奮させられる試合だった。そして、出場権を獲得できなかった選手達の無念さが、映像から伝わってきた。素晴らしいタイトルマッチだったし、メキシコ五輪以来40年ぶりの出場を狙っていたと言う大一番だっただけに、もう少しマスコミ的な注目を集められないのかとも思った。先日ハンドボールの予選が話題を集めたように。
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2007年12月03日

野球代表北京五輪出場決定

 やはり野球の国際試合は面白い。

 昨日の日曜日。NHKの風林火山がいよいよ「川中島前夜」。実は私は武田信玄フリーク。我が故郷を大都市にした伊達政宗の姑息な(いかにもサッカー的だが)生き残りも尊敬している。しかし、天下を取ろうとした割に北方のライバルに気を取られているうちに、より若い織田信長に機先を制されながらも、丹念に正攻法で西を目指した信玄が大好きなのだ。どうでもよいが、Gacktの上杉政虎も中々よいが、どうせならば天海祐希か荒川静香を起用して欲しかったと(以下自粛)。
 学生時代に川中島や長篠に旅し、当時の歩兵の経験をすべく、幾度も古戦場を疾走した事もある。今の不摂生からは、あれだけ長距離を疾走できた事が考えられないが、かつての戦争の実感を把握するのに、あれほど有効な方式はないと思っている。
 などと、大河ドラマを見終わり、ふと新聞を見たら、何と野球の日韓戦をやっているではないか。

 あわててチャンネルを回すと、そこでは陰々滅々とした死闘が演じられていた。

 後から知ったのだが、韓国はダルビッシュ先発を予想していたが、成瀬の先発を聞いてスタメンを試合直前に入れ替えてきたとの由。星野監督が「紳士協定違反だ」と激怒したとの事だが、この手の国際試合に「紳士協定」もヘッタクレもないわな。
 8回表に日本は4−2と2点差にする事に成功。その裏の守備が見事だった。岩瀬がヒットと死球を許しノーアウト1,2塁のピンチ。ところが日本は「2点差」を認識し、1点を取られても構わないと言う姿勢の守備を見せる。1点差とされ、ツーアウト2塁でヒットを打たれてのはヒヤリとしたが、日本の守備はゆるがず、リードを守った。
 それにしても、成瀬−川上−岩瀬ー上原と継投し、藤川を温存、渡辺はメンバ外と言うのだから、代表チームと言うのは豪華なものだと改めて感心。
 しかし、昨年の世界選手権?と言い、先日ドラゴンズが韓国のチームに公式戦で負けた事といい、日韓の実力差は相当詰まっているのだろうな。

 そして今日。帰宅すると日本が1−2で負けている(直前にダルビッシュがホームランを打たれたらしい)。これは大変だ、と思う間もなかった。
 ノーアウト1、2塁で、2塁ランナに宮本を代走で起用し、その直後にフィルダースチョイスが起こるか?!恐るべし星野采配(笑)。さらにその直後スクイズでまず同点。以降、西岡、川崎、新井、阿部(青木の四球を交え)がボカスカと連打を集中し、大差をつけてしまった。
 その後、ダルビッシュ−藤川−上原、とこちらも堂々たる継投。終わってみれば、大差の勝利だった。

 とにかく、このような野球の国際試合は、一球ごとに力が入り、「いよっしゃあ」となるから愉しい。主審の、ストライク、ボールの判定の不安定さは残念だったが、まあそれはそれ。

 とにかく、たっぷりと国際試合の愉しさを堪能できた次第。
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2007年11月13日

稲尾和久氏逝去

 西鉄ライオンズの黄金時代を支えた名投手、稲尾和久氏が急逝した。冥福を祈りたい。
 
 氏が引退したのは1969年。さすがに、私は稲尾の現役時代の記憶はない。ただし、以降の野球の様々な報道で「稲尾こそが日本史上最高の投手」と論じられている事に興味を引かれた。400勝を上げた金田正一がいるにも関わらず。長じてから、稲尾の活躍を文章で読み、なるほどと思えてきた。たとえば58年の日本選手権。6試合に登板、うち5試合先発、4勝2敗、サヨナラホームラン含む、とか61年の42勝14敗をを、どう講釈したらよいのか。時代が違うと言えばそれまでだろうが、当時の野球が今とはまた異なる興奮させられるものだったのは間違いないだろう。
 現役時代を知らない名選手」は、監督、コーチ、評論家などで活躍する姿を見るのだが、稲尾氏はいずれの立場でも、現役選手に対する「尊敬の念」を持って発言していた。最近では、いかにも好々爺とした風情で、愉しそうに野球を語る姿が好きだった。

 西鉄ライオンズのファンは、稲尾の全盛期に「神様、仏様、稲尾様」と称えたと言う。日本のスポーツ界で、神仏と同等に崇められた存在は、稲尾と双葉山くらいではなかろうか(もっとも双葉山は、別な意味で「神」の問題を起こしたようだが)。確かに全盛期の記録を見せられれば、「神様、仏様、稲尾様」になるよな。

 日本サッカー界にいつか、往時の稲尾和久のように、神仏と同格に崇め奉られるタレントが出てくる事を祈る。
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2007年11月05日

落合の日本選手権制覇、素人の素朴な疑問

 選手時代から、落合は好きな選手だった。知性と技巧が融合したバッティングは、野球の素人でも「見事なものだな」とわかりやすかった。晩年のジャイアンツ時代「チームが苦しくなった場面」で投手に一声かけるタイミングが絶妙だったが、試合の流れを完璧に把握しているが故なのがよく理解できた。
 ドラゴンズの監督として、抜群の実績を挙げているのは間違いないところだったが、このチームの伝統?か、どうしても日本選手権では勝ち切れずにいた。

 で、素人の疑問なのですよ。もちろん、山井の交代についてです。

 「あそこまで完璧だった山井(マメがどうしたとかを含めて)」より「押えの切り札岩瀬」の方が、押える確率は自明なほど高いのだろうか。
 自明なほど高いなら、落合采配は当然だろう。野次馬が論評するのは自由だが、「日本一」のためにそのような采配をするのは当然の事だろう。
 でも、私にはその「自明さ」がよく理解できない。94年にジャイアンツの槙原が完全試合を達成した直後のTVでのインタビューで「今日は投げていて全く打たれる気がしなかった」と言う趣旨の発言をしていた。おそらく完全試合を実現するような時は、投手は体調調整や技術のバランスが完璧にはたらいているのだろう。
 そう考えると、「山井をそのまま投げさせた方が、ドラゴンズの勝利の確率は高かった」ように思うのですが、違うのだろうか。
 ともあれ、あそこで完璧に押えた岩瀬が凄いのは確かだがね。
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2007年10月05日

大相撲の危機

 大相撲が深刻な事態に襲われている。言うまでも無く、時津風部屋でのリンチ殺人事件である。

 冒頭に述べておくが、この事件は、朝青龍サッカー騒動とは全く質が異なる。朝青龍騒動は、単なる相撲界内部の内輪もめであり、誰に迷惑をかけた訳でもない。朝青龍が内規(巡業期間はオフではなく活動期間である事)を破り、それが中田英寿と取り巻きの金儲けに巻き込まれた事で公になり、その後処理を朝潮(高砂親方)が誤っただけの話である。まあ、サッカー人としては、爾後に発表された中田英寿の空気が読めないコメントは感心しなかったが、大変残念な事に既に彼はサッカー界の人間ではないのだし。

 しかし、今回の時津風部屋事件は異なるのは言うまでもない。これは殺人事件である。しかも、被害者の知人による密室内で行なわれた、陰惨な殺人事件なのだ。
 北の湖のおじぎの角度が浅いのが話題になったが、北の湖にが対応すべき問題は、おじぎの角度ではなく、過去の状況の明示化と、それに伴う未来への展開であるのは言うまでもない。
 双津龍(時津風親方)の解雇、北の湖以下の理事の自主減俸などの処置が決定されたが、相撲界が行なわなければならないのは、そのような「トカゲの尻尾切り」ではない。
(1)時津風部屋で何が起こったのか
(2)過去類似の事件はあったのか
(3)今後これらの事件を無くすために何をするのか
(1)を司法当局に任すのは(悲しい事だが)起こってしまった事ではあり、仕方が無いかもしれない。しかし、(2)、(3)は相撲界にしかできない事だ。既に世論は(2)を当然の事実と見なし始めている。このまま事態を放置したら、(2)は既定の事実と見なされ、相撲界に入門する人間はいなくなってしまうくらいの危機的状況なのだ。事は人の生き死にの問題である。「人の噂も七十五日」は通用しないのだ。

 初代貴ノ花(故人、2代目貴乃花、3代目若乃花(先日離婚報道)の父親)引退時に、二子山部屋の稽古風景がテレビで放映された事がある。当時まだ横綱にはなっていなかった隆の里(鳴門親方)が若い衆を徹底的にしごく映像が映し出された。先日来テレビで再三採り上げられている「ぶつかり稽古」。凄まじい迫力にちょっと驚いた記憶がある。横でニヤニヤ笑っている2代目若乃花(間垣親方)も印象的だったが。ちなみに、「隆の里に『かわいがられていた』若い衆は、実は初代貴ノ花の内弟子で...」と言う噂があったが真偽は不明。
 北の湖、三重の海(武蔵川)、藤ノ川(伊勢の海)らが今しなければならない事は、このような過酷な鍛錬が「あくまでも鍛錬である事」を示す事である。そして示せないならば、過去の問題点を可能な範囲で抽出し反省点を明確にして、「徹底した再発防止」を行なう事である。当然ながら、外部の監査的な対応も必要だろう(大相撲界には幸いにして「横綱審議委員会」と言う外部の人間の公的組織があるのだが)。

 私は大相撲が大好きだ。大相撲の魅力は、鍛え抜かれた力士の個性的な対決と、伝統の様式美にある。
 幾度か国技館の桝席で生観戦をした事がある。原色で彩られた土俵周囲の美しさ、土俵入り、仕切り、勝ち名乗りなどの伝統的な姿勢。一方で鍛え抜かれた力士の技巧。それぞれの力士は、皆全く異なる個性を武器にしており、それぞれの相対関係は一瞬の立会いの差や駆け引きで大きく変わる。それでも数年に1人登場する、大鵬、北の湖、千代の富士、2代目貴乃花、朝青龍などの、群を抜く天才。
 個人的には様式美はさておき、個性の激突は、サッカーとの類似性を感じている。各個人の特長がすぐわかるのは、サッカーも相撲も全く同じ。元々、私は幼少時サッカーの事などロクに知らなかった。もしかしたら私のサッカーに対する執念は、大相撲のテレビ観戦が基礎になっているかもしれない。

 このまま事態を放置しておくと、大相撲は消えてしまうのではないか。最近の北の湖の振る舞いを見ていると、その危機感の欠如に苛立つのだ。
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2007年09月17日

サッカー狂から見た柔道世界選手権

 リオデジャネイロで行なわれた柔道世界選手権。最終日に棟田、谷、塚田が金メダルを獲得、前日まで不振だった日本勢もやれやれと言ったところだろうか。結果的には、日本は、この3個の金メダルで金メダル数も地元ブラジルと並び、総メダル数でもトップになったと言う。やはり、苦しみ抜いたこの大会でも、やはり名実共に我が日本は世界最強の柔道国と言えるだろう。

 この最終日の大団円までは、今回の世界選手権は日本にとってよい事があまりない大会だった。
 大会前に、かの山下氏が理事選挙を,落選する事態。本件が、国際柔道連盟の権力闘争だったあたりの背景はこちらに詳しい(当のご本人が書かれている文章なので、割り引いて読む必要があるかもしれないが)。ただ、こちらの記事通りに、国際柔道連盟が「カネ」のための人事が動くのは、これはもう仕方がない事。カスミを食うだけでは物事は進まないのだし、TV放映料やスポンサーがあって、大きな組織は動くものだ。幸い、世界選手権で広告看板を出しているのは多くが日系企業だし、日本のTV局の発言権は相当大きいはずだから、日本柔道界の発言力は相当強い状態が継続すると思う。案外、日本柔道界にとって重要な事は、ビセール氏よりも日本の広告代理店に影響されない信念を持ち続ける事だったりして。
 また、大会初日に2枚看板とも言うべき井上、鈴木が「疑惑の判定」で早期敗退。さらに各選手の成績も今一歩だった。特に初日の2連敗は、柔道の素人がTV桟敷で見ていた限りではよく理解できなかった。しかし、こちらによると、国際柔道連盟審判委員の川口孝夫氏が
(負けは)やむなし。(判定は)最後に決めた方を取ることが多い
と語っている。微妙な判定でもあり、「日本の柔道基準」と「他国のJUDO基準」の違いもあったのかもしれない。まあもし日本人選手が「返し技」で金メダルを取っていれば、「日本人が勝てばそれで満足」と言う思いで、日本国内ではそれほど問題にはならなかったのかもしれない(もっとも、日本人選手は皆返し技など考えずに、堂々と攻めて勝ちに行こうとするから見ていて興奮するのだが)。
 このあたりは、念仏の鉄氏が柔道の世界普及史と言う観点から思慮に富むエントリをまとめられている。

 ここでサッカー狂視点から暴論を述べたい。
 柔道は国際競技なのだから、発祥の地日本が考えている柔道から少しずつ変質して行くのは仕方がない事ではないのか。
 たとえば、サッカー発祥の地は言うまでも無くイングランド(世界各地に蹴鞠とかカルチョとかセパタクローとか「足」を主体にした競技があったのは確かだが、現状のサッカーは、やはりイングランド発と考えるべきだろう)。しかし、サッカーのスタイルは世界各国に広がるに連れ千差万別になっていった。各地の気候、国民性、嗜好などから、受け入れた各国がサッカーを消化して言ったのだ。
 これはサッカーに限った事ではない。野球にしても、現在日本は世界チャンピオンな訳だが、発祥の地の合衆国のBASEBALLを日本風に攻守走いずれも精緻化する事に成功したのが主要因となったのは記憶に新しい。そう考えると、世界各地に柔道が広がる事で、他国が「柔道」を「JUDO」として消化して行くのは仕方がない事だと思うのだ。様々な国の人々が「柔道」を自国なりに解釈し、日本と異なるスタイルで戦ってくるところが、国際試合の面白さだと思うのだが。
 しかも、日本柔道は今なお名実共に世界最強。とすれば、敵が守備的に戦い、日本の隙を突いてくるのは当然の策。それでも、多くの選手は一本勝ちを連発するのだから、大したものではないか。

 結びに雑感をいくつか。
 鈴木の苦杯に、棟田の押さえ込みに、それぞれ乗り出して興奮する斎藤監督。88年のソウル五輪、どうしても金メダルを取れなかった柔道選手団の殿として最終日に登場し、堂々と金メダルを獲得してくれた19年前を思い出した。今回も最終日の歓喜だったな。
 リオから帰国は大変長い旅となる。なんと日本選手は、金メダルの3人だけがビジネスクラスでの帰国で、その他の選手はエコノミークラスだと言う。それの是非をどうこう言う気はないが、やはり日本柔道界は凄いよ。
 谷亮子は、まごう事なき日本スポーツ史に残るスーパースターなのだが、この方の発言を聞くと、喋り方と言い、内容と言い、かの長嶋茂雄氏にそっくりだと思うのは私だけだろうか。谷亮子は平成の長嶋茂雄なのだろうか。う〜ん。
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2007年09月01日

世界陸上についての雑感

 今日は諸事情あって本業がらみの出張。土曜日だと言うのに、子ども達にも遊んでもらえなかったし、J1の映像も見る事ができなかった。己の情けなさを呪うのみ。で、サッカーとは全く異なる話題。

 出先に向かう羽田空港で何気なく大型TVを見ていたら、世界陸上の50km競歩をやっていた。それも正に終盤戦。競歩と言う競技の過酷さは、自分で試しにやってみればすぐわかる。「頼むから走らせてくれ」と言う程の難行苦行だ。それも、この季節の大阪で50kmの距離を「歩く」のだから、いくらトップアスリートでも相当過酷な事だろう。だからこそ、映像を通しての迫力は素晴らしかった。優勝した豪州の選手が、苦痛に顔をゆがめながらも森島スタジアムに入り、顔をクシャクシャにしてもがくようにゴールイン。美しい場面だった。もっとも、優勝選手が決まるたびに、わざとらしく出るテロップにはいささか辟易してるのだが。
 ところが、事件はその直後起こった。日本のエース山崎が大映しになる。入賞圏内ギリギリらしいが、相当疲労しており、苦しい状況にあるのは素人でもすぐわかった。そして、係員が森島スタジアムに誘導。「頑張れ、あと少しだ。」と、待合室中が盛り上がる。ところが、ここまで絶叫するばかりで、ほとんど有用な情報を我々に提供していなかったアナウンサが、初めて有用な情報を絶叫して説明してくれる。
「山崎はもう1周残っています!まだ競技場に入ってはいけません!」
遅れて競技役員?が山崎を追いかけるが、追いつけず?山崎は必死の形相でフィールドを回りゴールイン、そして失格。何とも言えないむなしい映像だった。
 信じられない事件だ。誘導係員が選手の周回数を勘違いして誘導してしまった訳だ。世界最高峰の大会でこんな信じられない事が起こってよいのだろうか。

 今回の世界陸上に関しては、残念なニュースがいくつか聞こえてくる。
 まず、期待された日本選手の不振。思うような成績が残せないのは、相手のある事で、ある意味仕方がない。しかし、期待された有力選手が、自己ベストからほど遠い記録で惨敗を続ける。それどころか、競技最中で負傷しまともな記録を残せない選手まで再三。野次馬の立場からはどうこう言えないが、何かどこかで間違った強化が行なわれたのではないかとしか言いようがない。もっとも、我々も昨年のドイツでは(以下自粛)。せめても、残る女子マラソンと4×100mリレーと言う大物競技での歓喜を期待したいのだが。
 もう1つ。各方面から聞こえてくる運営の拙さ。やれ、某国の選手にホテルがあてがわれず、ロビーに寝る事を余儀なくされたとか、某国の選手がホテルに戻ろうとしたらバスが行ってしまっていて深夜まで待たされたとか。ボランティアの方々の情報交換の掲示板が某ウェブサイトにあり、誰もがアクセスできるのだが、ここに書かれている情報が真実だとしたら、運営のレベルの低さにはあきれるばかり。このような噂が真実かどうかは、わからない。もしほとんどが真実ならばとても悲しい事だ。もし事実と異なるのならば、大会本部(?...と言う組織があるのかどうかは知らないが、そのような組織はあるだろうから)明確にマスコミを通じて発言すべきだと思うのだが。

 個人的には世界陸上にはよい思い出がある。
 91年夏に東京で行なわれた世界陸上。100m決勝があった日のチケットが幸運にも入手できたのだ。カール・ルイスがリロイ・バレルと競い堂々の世界新記録を樹立したあの日だ。とにかく100m走には感動した。カール・ルイスは、本当に「速い」のだ。
 この日のチケットは売り切れていた、それ以外の日のチケットも結構売れていた記憶があるので、今大会のガラガラにはビックリ...しない、だってあの高額ならば仕方がないがな。
 この日は他にも見所がタップリ。
 午前中に行なわれていた女子マラソンの表彰式、銀メダルを山下佐知子が獲得していた。ちなみに有森裕子は4位だった。今では五輪や世界選手権の女子マラソンにおいて日本選手が上位に来るのは当然の感があるが、当時としてはメダルを取った事が驚異だった。君が代は歌えなかったものの、このような国際大会で日の丸が上がるのを目の当たりにしたのは感動的だった。大体、当時のサッカー日本代表の実力たるや(...以下略)。
 この日決勝が行われた女子走り幅跳びの決勝。当時のスーパースター、ジャッキー・ジョイナー・カーシー。見事なジャンプで金メダルを獲得した。ちなみにカーシーは決勝序盤の踏み切りで足首を捻挫してしまい、休み休み丹念にジャンプを重ねていた。そして、その間に男子100mの表彰式が始まった。カール・ルイスを称えるために米国国歌が流れる。その瞬間だけ、カーシーはしっかり立ち上がった。格好よかった。
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2007年08月02日

阿久悠氏逝去について

 阿久悠氏が亡くなったと言う。

 「う〜ん」とうなって、いくつかの関連サイトを見に行き、氏が作詞した曲を再確認した。

笑って許して、また逢う日まで、ピンポンパン体操、あの鐘を鳴らすのはあなた、ミュンヘンへの道、どうにもとまらない、せんせい、狙いうち、ジョニーへの伝言、ウルトラマンタロウ、絹の靴下、街の灯り、わたしの青い鳥、個人授業、みずいろの手紙、五番街のマリーへ、宇宙戦艦ヤマト、乙女のワルツ、ロマンス、時の過ぎゆくままに、北の宿から、嫁に来ないか、青春時代、ペッパー警部、ふり向くな君は美しい、津軽海峡・冬景色、勝手にしやがれ、思秋期、UFO、サムライ、二十歳前、狼なんか怖くない、たそがれマイラブ、ブルースカイブルー、LOVE(抱きしめたい)、舟唄、雨の慕情、No1、もしもピアノが弾けたなら、色つきの女でいてくれよ、居酒屋、熱き心に

 凄い。
 一連の曲は70年代初頭から80年代半ば(私が10代から20代半ばの頃)にかけての曲。若い頃大好きだった女性歌手の曲を多く手がけていたので、一層思い入れが深いのかもしれないが。もっとも、若い方々からすれば、一連の曲を書き出しても、何の事やらわからないかもしれないけれどね(坊主は「UFO」だけは知っていた)。
 歌謡曲の作詞家が誰かなんて、曲を聞いているときも歌っているときも、ほとんど気にしないものだ。阿久悠氏が亡くなり、氏の作詞リストを見て「この曲も氏が手がけていたのか」と驚く曲が多い。こう並べてみて改めてこの人はある種の天才だったのだと思った。そう、この人の業績は、並べる事で大変な迫力を増すのだ。
 それにしても、ピンポンパン体操と、狙いうちと、ジョニーへの伝言と、ふり向くな君は美しいと、狼なんか怖くないと、舟歌と、それぞれの歌詞が、同じ頭脳から出てきた事を考えるのは愉しい(ピンポンパン体操とふり向くな君は美しいは類似系かもしれないな)。まさにポリバレント(ちょっと違うか)。

 この人がいなかったら、私のカラオケライフはどんなに寂しいものになっていた事だろう。こんな陳腐なお礼は甚だ失礼かもしれないけれど。心から冥福をお祈りします。
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2007年05月20日

フットサルアジア選手権決勝

 恥ずかしながらフットサルは自分でプレイした事はあるもののトップレベルの試合を観るのは、TV観戦含めて初めて同然。ともあれ、結果は大変残念だったイランに敗れた決勝戦の映像は、存分に堪能させていただいた。ともあれ、ピントのずれている視点があるかもしれないがご容赦を。

 言われ尽くされている議論かもしれないが、フットサルはサッカーとは全く異なるスポーツだ。決定的に異なるのは中盤がない事。速攻がかけられない時はサッカー同様ボールを回して敵の隙を伺うのは同じだが、この日の両国のように組織的に集中した守備振りだと、それだけでは崩せない(守備力が弱いチームが相手だと、ミドルシュートを打つスペースができるのかもしれないが)。結果、遅攻で直接崩すと言うよりは、むしろ後方でボールを回す目的は、全体で動いて敵守備網にズレを作り、速攻と同様に前線に速いボールを送り込む機会をうかがう事が狙いに思えた。このあたり、サッカーとは全く異なる概念だ。
 サッカーとは異なる競技な事は確かなのだが、では似た広さのバスケットボールやハンドボールに似ているかと言うと、「足と手」の決定的な違いがある。バスケットやハンドボールでは、「ボール保有時には得点をする」事が基盤となるが、上記したようにフットサルの場合はボールを回していても得点にはつながらないケースが格段に多い。すると、類似するスポーツとして当然考えられるのはアイスホッケーなのだが、オフサイドと壁の利用とゴール裏でのプレイの相違から、これまた全く異なるスポーツの様態を呈してしまう(ボールを運ぶスピードはアイスホッケーが一番近いかもしれない)。昔、合衆国で流行っていたと言うプロの室内サッカーは壁を使ってもよかったはずだけれども。そう考えると、フットサルは全く独自の競技なのだろうなと。
 もちろん、基本技術としての足技の重要性は言うまでも無くサッカーとの類似しているのだが。

 イランとの決勝は、見たところ完敗。エースストライカの9番をこちらは止められず、一方敵の主将のヒゲの10番の心憎いポジショニングに日本の攻撃はほとんど止められてしまった。正直なところ、こちらがホームだったにも関わらず、よほどの幸運に恵まれないと勝てないのではないかと印象を受けた。もちろん、1試合だけ見ての印象に過ぎないし、昨年は逆に準決勝でイランに快勝しているとの事。実際には両国の戦闘能力差はそれほど大きな差は無く駆け引きや作戦で、結果的に内容、得点とも差がついたのかもしれない。
 ただいずれにしても、この決勝戦を見る限りでは、このレベルまで来ていると、ボール扱いと判断力と言うサッカーと同様の「個の力」の向上が必要なのかと推察した。

 フットサルと言う競技は、普及については今後も問題ないように思える。少年にとってサッカーへの導入としても適しているだろうし(ロナウド、ロナウジーニョと言った名手達がフットサル出身と言うし)、成年が仕事帰りにやる競技としても相当定着しているし、年寄り同士ならば動かずに済むフットサルは悪くないし(ただし、サッカーと異なりサボるとすぐばれるのは問題だが)。問題は、その普及から強化にどう結びつけるかだろう。
 今秋より開催されるFリーグが、どれほどの集客が可能で、各クラブの損益計算がいかほどになるのか。Lリーグと同様Fリーグも、常にJリーグと言う強豪と戦いながらの集客が必要となる。また、サッカー女子代表のように、勝利が一層のサッカーの普及につながる(刺激された女性が1人でも多く球を蹴り始める)循環が働くかと言うと微妙な部分もある。フットサル代表の見事な勝利に刺激されて、サッカーあるいはフットサル人口が増えるかと言うと、その露出の少なさ、特にサッカー露出との相対差を考えると、そう単純には事が運ばないようにも思えるからだ。
 などと言うややこしい事は、Fリーグの各クラブ(既にプロのクラブもあると言う事だが)が経営破綻さえしないと言う前提を守りながら、走りながら考えればよいのかもしれない。とにかく、私の宿題は秋から始まるFリーグをまず生観戦する事だな。
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2006年10月30日

野球の凄さ

 1年間だけ、仕事の都合で愛知県東部に居住した事がある。ちょうどその時、JSLではヤマハが優勝した。磐田のヤマハスタジアムへはクルマで1時間ほどで行かれるので、当時の優勝争いの大一番だったヤマハ−日本鋼管戦などを観戦したのはよい思い出だ。ヤマハの柳下、石神のCBコンビと、鋼管の松浦の丁々発止は、今でも目に浮かぶ。ちなみにFC東京の倉又監督は、当時の鋼管の主将で、闘志と知性あふれるサイドバックだった。この時に知り合ったヤマハサポータの友人達は、今でも私の貴重な財産となっている。

 一方、面白いものでプロ野球でもその年はドラゴンズが優勝した。つまり、サッカーも野球も近隣地域のチームが優勝した訳だ。一緒に仕事をしていた仲間の多くは当然ながら、ドラゴンズびいきだから、随分と祝い酒をおごってもらったのも愉しい思い出だ。ちなみに、当時のチームは星野氏は監督就任2年目、落合が主砲でフル回転し、立浪が新人だったのだから、時代を感じずにはいられない。



 そのドラゴンズが、落合監督の下セリーグを制覇しながらも、またも日本選手権で敗れた。ドラゴンズは選手権では勝てない事に定評がある。けれども、今年の相手は大沢親分、江夏以来久々の選手権のフライヤーズじゃなかったファイターズだけに、今度こそ勝てるかと思われた。しかし、北海道サポータに押し切られてかのような敗戦だった。昨年のオリオンズじゃなかったマリーンズの勝利と言い、この2年の選手権は強力なサポータ抜きでは語れないようだ。

 一方で、ファイターズの快進撃を、非常に複雑な思いで眺めているコンサドーレのサポータが多いのも確か。北海道あるいは札幌をホームタウンとして、活動を開始したのはコンサドーレの方がずっと早かったのだが、現時点では「見かけの人気」に大きな差がついてしまった。さらに言えば、コンサドーレの場合、一時はJ1に定着する雰囲気すらあったのに、明らかな監督選考の不備から始まるJ2陥落、同時に顕在化した財務的な危機により、J2中位に低迷する事になっただけに、悔しさはひとしおかもしれない。いや、近い将来イーグルスの強化が順調に進めば、我々ベガルタサポータも同じ感情を持つかもしれない。

 このあたりは、やはり「野球の凄さ」だと思う。我々サッカーサイドの人間が何を言っても、この国における野球は凄い。もちろん、そこに至るまでにファイターズやマリーンズの営業努力もまた並々ならぬものだったのだろうが。よく「野球人気は頭打ち」と言う議論をよく読むが、私にはとてもではないがそうは思えない。06年の野球を回顧してみれば、王監督の下で世界一になって、ユースの日本選手権の決勝では歴史的な好ゲームがあって、トップリーグでは札幌と名古屋のクラブが叡智を尽くした死闘を演じた。我々が川淵会長とジーコでアボーンしたのとはえらい違いだ(いや、Jリーグはこれから非常に面白い終盤戦を愉しめるだろうが)。むしろ、「野球人気は頭打ち」ではなく、単にジャイアンツと言う球団が苦戦していると言う事なのだろう。



 一方でかなり驚いた事がある。小学6年の坊主が「『遊びとしての野球』をほとんどした事がない」と言うのだ。「野球は道具が必要だし、ルールがややこしいからすぐケンカになるし」と言っていた。私が子どもの時は、放課後いつも野球ばかりやっていた。もちろん、「校庭でバットを使ってはいけない」と言ったキマリもあったから、いわゆる「ハンドベースボール」が多かったが。確かにルールの解釈で、よくケンカしていた記憶はあるけれど。ところが、坊主に言わせると「野球は少年団に入っている子が、ユニフォームを着てやる競技」らしい。坊主がサッカー少年団所属で、極めて特殊な父親の息子である事は割り引いて考えなければならないが、「みんなで身体を動かしたい時はサッカーだよ、道具はいらないし、わかりやすいし。」との事だ。

 野球の凄さは認めざるを得ないだろうが、確かに時代は動いているのかもしれない。



 誤解されては困るが、私はサッカー人だが、野球とサッカーの人気が排他的なものだとは思っていない。野球場に生観戦しに行く時間があったら、サッカーを見に行くだろうが、野球(を含めた他のスポーツ)をノンビリ愉しむのも嫌いではない。上記のWBCも甲子園決勝も、存分に愉しませてもらったし。野球とサッカーは「排他的ではない競合」として、相互を利用しつつ成長すべきものではないかと思っている。

 先ほど、コンサドーレについて述べた時に「J1に定着」と言う表現を用いたが、長い歴史で見れば「J1に定着」と言う日本語が妥当かどうかは疑問が多い。たとえば、マンチェスターユナイテッドが2部落ちしたのは「ほんの」30年ほど前の話で、前回ファイターズならぬフライヤーズが日本選手権を制覇した時よりは「最近」なのだから。つまり、長い歴史と言うのはそう言うものなのだ。ファイターズとコンサドーレの、ホークスとアビスパの、ドラゴンズとグランパスの、カープとサンフレッチェの、そしてイーグルスとベガルタの、「排他的ではない競合」関係の戦いは、未来永劫続く。



(付録)

 お遊びです。

 ファイターズが栄冠を掴むまでの一連の道のりで、最も興奮したのは、プレイオフの決勝点の場面の森本の2塁からの快走でした(ホークス斉藤和に完璧に抑えられていたファイターズだったが、9回ウラに森本四球、田中雅送りバント、小笠原敬遠、セギノール三振で迎えた2アウト1、2塁で、稲葉の内野ゴロで2塁のフォースプレイになる所に小笠原が飛び込みセーフ、その間に森本が長躯ホームを突いてしまった!)。で、この場面をサッカーにシミュレートしてみました。もし、野球に詳しい方が不快に思ったらゴメンナサイ。



 お互い完璧な守備で守り合っていた試合。ホークスの守備は、CBの斉藤和の驚異的な読みを軸に安定し、何らゆるぎを見せない。一方若手の八木を最終ラインに起用した日本ハムの守備ラインも堅実でとてもではないが崩せそうもない。

 かくしてお互いに0−0で迎えたロスタイム。日本ハムのサイドハーフ田中賢が、ソフトバンクの中盤のプレスの僅かな隙を見つけてアーリークロス、もちろんそのクロスのコースを冷静に読み切った斉藤和は落ち着いてコースに入る。ところが、日本ハムの闘将小笠原が、そのクロスに強引に頭から飛び込んだ。

 そのため体勢を崩した斉藤和は味方につなぐのを断念し、プレイを切るためタッチラインにクリア。ところが、この日素晴らしい気迫で守備ラインを引き締めていたサイドバック森本が、好機はここしかないと読んでいたのか長躯70mを疾走していた。森本はそのクリアを拾って、角度のないところからアウトサイドにかけたシュート、その一撃が完璧な決まってしまった。

 ゴールキーパの新庄が、森本の近くまで来ていたのがご愛嬌。



 って言う感じでしょうか。それにしても、ノーヒット、ノーエラーで、点が入るのだからビックリしました。それでサヨナラ勝ちで優勝と言うのですから...
posted by 武藤文雄 at 23:24| Comment(8) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする