2006年03月17日

祝、WBC準決勝進出

 堂々たる準決勝進出である。幸運だった事は否定しないが、ここまで失点を最小限にすべく丁寧に戦い続けたがゆえの勝利である。リーグ戦形式のタイトルマッチでは、我慢を重ね、丁寧に戦い続ける事が必須である事は、いずれも競技でも同じと言うことだろう。

 私は、野球に関して政治的な問題についてはよくわからん。ただし、30年以上にわたり、サッカーの日本代表チームを心血注いで応援してきた立場の人間からすれば、どうにも納得できない事がある。

 どうして松井秀喜は今サン・ディエゴにいないのか。

 それでいて、ヤンキースのオープン戦には出ている。さらに松井のチームメートは他国の代表でWBCに出ている。さらに言えば、今からでも、サン・ディエゴ行きの飛行機に乗れば、負傷した岩村の代わりにメンバ入りできるのではないか。同様に「ボンズが負傷者の代わりに出場か」と言う報道を読んだ記憶があるのだが。いや、岩村はいい選手で準決勝に出て欲しいけどさ。
 松井秀喜と言う天性のアスリートは、イチローたちの苦闘を見て(見てはいないかもしれないが、内容と結果くらいは新聞などを通じて知っているだろう)、ヤンキースのオープン戦に平常心で参加し続ける事ができるのだろうか。今から、サン・ディエゴに向かったって誰も文句は言わないのではないか。さすがにヤンキースは文句を言うだろうか、でもあと2試合だけではないか。しかも、ヤンキースにはヒマになったジーターやロドリゲスが帰ってくるから構わないのではないか。
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2006年02月24日

氷上の美を堪能して

 娘がちょっとした事情で、村主章枝選手を熱狂的に応援している。と言う事で、娘に付き合って、ちょっと早起きして、女子のフィギュアスケートを堪能させてもらった。



 まず、坊主と私は、妻と娘に怒られてばかり。スルツカヤ(ロシア)とコーエン(米国)が失敗するたびに、「よっしゃ!」と叫ぶ男2人は、その度に女2人に叱られる。「お父さん、お互いベストを尽くしての勝負でしょう!」

 坊主に至っては、コーエンが登場した瞬間に「ブー」と大声でやるものだから、姉に厳しく糾弾される。どう考えても、そう教育してきた父親に問題があるのだが、坊主には「世の中は理不尽なもの」と学んで欲しい。

 でも娘よ。君の大好きな村主さんがメダルを取るためには、この東西の美女のいずれかが失敗してくれなければならないのだよ。君はその問題をどう消化するつもりなのか。父のようなサッカー狂(あるいは相対論的な社会観しか持たない馬鹿)からすれば、敵の力を削ぐのは重要事項なのだが。

 と、フィギュアスケートとサッカーの愉しみ方はあまりに対照的な事はよくわかった。

 

 それにしても採点競技と言うのはよくわからない。

 素人の私の見るところ、少なくとも最後のフリー演技は、荒川静香と村主章枝の演技は、コーエン、スルツカヤを圧倒していたと思う。

 前回の五輪で、審査員の国際談合がバレたために、今大会から大幅に採点方法が変わったらしい。解説の佐藤有香氏が新採点方法の観点から、事細かに「村主はどのジャンプが足りなかったから減点対象」と説明してくれた。確かにジャンプなどの技術で足りないものがあったのかもしれない。けれども、「演技表現実行力」や「振り付け」や「要素のつなぎ」などについては、村主は米露の美女たちより格段に優れていたと思うのだが。

 素人は安心して暴言を吐ける。「審査員が村主の日本的な良さ−行間の美−を理解できなかったに違いない」と。

 あれでメダルが取れないとは...



 それにしても、荒川静香の輝きは一体何と表現したらよいのだろうか。

 正直言って、荒川の印象は、8年前の長野の時の「我が郷土出身の若手スケータ、でも勝負弱い」と言うものだった。今回についても、「スルツカヤには歯が立たないのだろう、でも村主か荒川かどちらかは銅メダルは取ってくれるのかな」と言うイメージしかなかった。

 しかし、ショートプログラムの時点で、荒川の雰囲気と言うか貫禄には、何か表現し難い凄みを感じ始めた。そして、今日のフリー演技。あのイナバウアから3連続ジャンプ、ビールマンスピンをはさんでフィニッシュに至る流れ、凄い。

 そして、さらに荒川の輝きを一層認識したのは、表彰式。表彰式の最初は、「おー、そう言えば今度のオリンピックの表彰式は、このようなシステムなのか、1回も見る事ができなかったからな」とか「メダルの真ん中に穴があるのか」などと、間抜けな感想を抱いていた。

 しかし、荒川が最も高い表彰台に立った時にドキリとした。後光が差している。両サイドに従えた両大国の美女と比較して、上背、スタイルと言う外観的な特長のみならず、荒川独特の直立した姿勢、落ち着いた笑顔、すっと伸びる手の振り方、そして勝利したが故のオーラ、全てに勝っているのだ。

 これが世界一と言うものなのか。わかっている人はわかっていたようなのだが。

 

 最後に少々危ない戯言を。

 君が代と共に日の丸が揚がる。スルツカヤのために揚がったのはロシアの3色旗だった。どうせならば、旧ソビエト連邦の例の赤い旗だったならばよかったのに。日の丸の下に星条旗と革命旗が揚がる光景は、一層愉快だったろうに。
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2006年01月09日

娯楽都市紀行

 どうやら日本国内は高校選手権の話題で持ちきりらしいが、先日申し上げたように私は異国で本業に励んでいる。実は訪問地は、合衆国はラスベガス。世界屈指の歓楽都市だが、初めての訪問である。たまにはサッカー以外の紀行文でも書いてみよう。

 手軽にギャンブルを楽しめることで有名な都市だが、なるほど、町中のホテルに大掛かりなカジノがついており、スロットはもちろん、カードやルーレットがどこでもできる。ディーラのお姉さんをからかいながら(からかわれながら)スティーブ・マックィーン気分など味わえる訳だ。熱くならなければ、カネもそんなにかからない。このあたりは、カジノの数の多さにはあきれたが、まあ想定範囲内だった(待ち合わせの度に時間つぶしで、ついスロットに手を出してしまうのは問題だったが)。

 しかし何より驚いたのは、繁華街に林立する高級ホテルの外装デザインの無思想性である。当然ながら、いずれの外装もそれなりにカネがかかってはいる。しかし、いくつかのホテルは、何と世界各国の有名観光地をそのままパクって来ているのだから凄い。具体的にはリアルト橋、コロッセオ、エッフェル塔(最初通天閣かと思ったが同僚によると、エッフェル塔らしい)、自由の女神など。中でも究極は、ピラミッドとスフィンクスをデカデカと外装にしているホテルの名前が「ルクソール」なのは、驚きはもちろん、笑いすら通り越して、脱力感を感じた。

 この無思想性と言うか、ド派手大好き主義については、スケールこそ異なるが、極めて乱暴かつ強引な喩えだが、中部地方によく見受けられるラブホテルの外装を思い出したりして。ただし、同じホテルでも、ラスベガスでは「高級ホテル」の外装デザインであるところが、決定的に違うのだが。

 一方で、それらの「高級ホテル」地域で催されているショーのレベルの高さが、また流石なのだ。誰も私のショーについての講釈は期待していないだろうが、あれだけスタイルが良くて踊りが巧い女性が林立する迫力は相当なものだ。しかも、そのようなショーがこの都市中各地で無数に行われているのだから。最高級と言われているいくつかのショーは、予約が一杯で見る事ができなかったが、そこまでのレベルに到達していないと思われるショーでも十分に愉しむ事ができた。

 さらに、ちょっと感激したのは、最高級ホテルの横の人工池で毎日15分おきに行われていると言う噴水のショー。サッカーならどんな状況でも、日本語で記述するべく努力するのだが、あの噴水の見事さの描写は私の手に余る。手に余るのだが、本当に見事な美しさだった。



 サッカーと言うビジネスは、色々奇麗事を言おうと思えば言えるけれども、最後の最後は娯楽の切り売りに尽きる。そうである以上は、競合となる商材は、他の娯楽全てのはず。そう考えてみると、サッカービジネスで食おうとする人ならば、1つの究極の競合の1つとして、ラスベガスを訪ねても良いのではないか。



 野洲高校を見そびれた負け犬の戯言でした。
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2005年07月18日

灼熱の地獄

 先日の「代表対オールスター」のエントリに、信じられないほど多数の方々からご意見をいただいた。いやビックリです。いつも述べている事だが、自分の戯言をきっかけに、多くの方が意見を交わしていただけるのは、本当に嬉しい。まさに「酒の肴」ではないですか。

 自分の意見は全く変わっていない。代表チームにとって来年に向けて、今回の欧州遠征は非常に重要。例えば具体的な課題として、中田、小野、中村の共存への模索、そしてこの強力MF陣と久保と大黒の組合せ作りなど、やるべき事は多数あるはず。当然ながら、後方の選手も、それに併せてベストのメンバを連れて行くことが重要。

 もっとも当の本人が違う考えをお持ちなのかもしれないのがまた愉しいのだけれども、本当にこのオッサンは、ちょっとブラジルと巧く試合ができると、浮かれちゃうんだよな...

 ともあれ、本件については事態を見守りたい。また機会があったら、暴言を吐こう(あ、この主語は私です、チェアマンではありません)。皆様もまた感想を寄せていただければ、ありがたい事この上ない。



 ともあれ、また更新をサボってしまった。実はこの連休は、よせばよいのに、家族サービスで中部地区で行われている国家的行事の見物旅行に費やしていた。何を好き好んで、この灼熱地獄の中、わざわざ連休中と言う多数の人々が集まるタイミングで、高額のキャッシュを支払って、あんな場所に出かけるのか。我ながら愚かしいと思うが、まあ娘と息子に「どうしても行きたい」と主張されては仕方が無い。そして、この最悪に近いタイミングにしか、家族を連れて行けない己の不甲斐なさを呪うのだ。

 どう考えてもJリーグの方が愉しいと思うのだが、娘と息子の意見は違っていたのだ。かくして、この週末は、ベガルタの快勝も、アントラーズとガンバの停滞も、マリノスの痛恨も、ヴェルディのドツボも、フォローがほとんどできなかった。

 と言う事で、更新も遅れたし、皆様の熱い議論へのフォローも遅くなってしまった。

 ごめんなさい。

 

 この中部旅行については、サッカーに対する講釈とは別に、書きたい事が無数にあるのだが、いくつかアホな戯言を。詳細については機会があれば。



 あのアクセスの悪さは異常。私はアングラで調べた方法で事なきを得たが、馬鹿正直に、当局から指定された方法でアクセスした方々は、1〜2時間くらい貴重な時間をロスしたのではないか。



 屋根、日陰の少なさも異常。特に国内の企業系のパビリオンのいくつかは、長時間人を待たせる時に、平気で人々を日なたで待たせる。特に不愉快だったのが、民間運輸業者のパビリオン。自分達の管理の都合で、客につらい思いをさせる事を気にしていなかった。悔しいのは、この会社だけは、「不愉快だから使わない」とは言えない、完全独占企業である事。この会社の会長を勤めている方を、著作の論理性から尊敬しているだけに、よけい残念。



 グランパスの親会社は、評判通り凄かった。体験するために、物凄い早起きを強いられたのだが。最初は「これだけ別嬪のコンパニオンを揃えるのだから、さすがに期の最中で藤田とルイゾンを買える財力は凄いな」と間抜けな感想を抱いていたが、ショーが始まったらそのコンテンツの見事さに改めて感心。ロボット達の動きの見事さは、TV映像とはまた違う。やはり、サッカー同様、生観戦に勝るものはないな。



 長時間艱難辛苦を味わう日本企業館より、すいている外国館の方た愉しい(中身もそれなりだが)。中でも、アルゼンチンとクロアチアが、それぞれ代表チームのユニフォームを展示していたのが面白かった。そう言えば、7年前のフランスも暑かったな。



 私のお勧めパビリオンは、リビアとスリランカ。冷房が効いた快適な部屋で、完全に横になって熟睡できるスペースがあるのが最高。
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2005年05月30日

先代貴ノ花死去

 先代貴ノ花、二子山親方が亡くなった。まだ55歳、あまりに若過ぎる。

 

 現役時代の貴ノ花は、誠に花のある力士だった。

 「土俵の鬼」と称された名横綱若乃花の実弟として、若い頃から注目される存在ではあった。土俵の鬼は長男、貴ノ花は末弟、鬼は当初末弟の入門に反対したそうだ。しかし、是が非でも入門したいと言う弟に対し、兄は「兄弟の縁を切る」と言う姿勢で臨んだと言う。事実、その指導は峻烈を極めたらしい。

 そして、貴ノ花がそのような「血縁」による人気が不要となるには時間がかからなかった。その相撲振りがあまりに見事だったからだ。細身ながら、実にしなやかな筋肉を利した相撲振り、常に正攻法で勝負に臨み、負けそうな状況になっても信じ難い粘り腰を見せる。

 名横綱大鵬を引退に追いやった相撲。投げの打ち合いで双方がバランスを崩しながら、先に倒れるかと思わせた貴ノ花が空中でこらえているうちに、大鵬が先に転倒。名横綱はこの敗北を最後に土俵を去った。

 横綱北の富士に土俵ほぼ中央であびせ倒しを食らい、倒れそうになりながら、柔軟な腰でうっちゃり風の逆転劇を試み、北の富士に先に手を突かせた相撲。「突き手」をとって貴ノ花の勝利とすべきか、「かばい手」と判断し北の富士の勝利とすべきか、大論争が巻き起こった。

 同世代のライバルとなる輪島と貴ノ花が、共に大関昇進を賭けて臨んだ場所の千秋楽の直接対決、水入りの大相撲を演じて、共に大関昇進を決めた一番も凄い相撲だった。

 大関昇進までは順調過ぎるくらい順調だった貴ノ花だが、その後負傷、病気などに悩まされ、思うように活躍できない。同時に大関に昇進した輪島は早々に横綱昇進。さらに、3歳年下の北の湖(これは相撲史に残る天才だからやむを得ないのだが)、同部屋の二代目若乃花らにも追い越される。それでも、休場した場所を除けば、着実に勝ち越しを重ね、大関の地位を維持。そして、地道に努力を重ね大関在任3年目には、全盛期の横綱北の湖と優勝を争う。優勝決定戦で、堂々と北の湖を寄り切り初優勝した瞬間は、大相撲史上最も盛り上がった場面と言っても過言ではない程だった。その後も1度優勝するも、どうしても連覇はできず横綱昇進は叶わなかった。とは言え引退するまで堂々と50場所、8年間に渡り大関を維持。大関在任最長記録を誇る。

 引退時の記者会見で印象的な発言が2つ。1つ目、横綱を目指すためにもっと体重が欲しかったのではないかと言う質問に「体重は不要だが、もっと頑丈な身体が欲しかった」との発言。2つ目、「(引退した場所で大活躍した新進気鋭の千代の富士に対して)自分と同様に軽量の優秀な素材の成長が嬉しい」と言う趣旨を述べた事。そして千代の富士は名横綱となり大活躍、その千代の富士に引退の引導を渡したのは、貴ノ花の息子の貴花田(後の2代目貴乃花)となるのだが。

 

 引退後は親方として多数の力士を育成。もちろん、育てた力士の代表格は2人の息子であり、それについては以前触れた



 貴ノ花が大関を張っていたのは、私が小学校6年から大学2年に至る時代だった。私の青春時に、ベルティ・フォクツと藤島信雄と並び、最も影響を与えてくれた偉大なアスリートだった。
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2005年05月16日

イチローのフェイント

 たまには野球の話。

 

 スポーツニュースで、イチローの活躍をボーッと眺めていた。

 相も変わらず、プラティニかルイ・コスタか小野かを彷彿させる、絶妙に敵守備陣の間を突く正確なバッティング。フォクツかカンナバーロか大森を思い出させる、スタンドギリギリでボールをキャッチする守備の妙技。全く巧いものだなあと、本当に感心する。日本でプレイしているうちに、1回くらいは、この選手のプレイ振りを生観戦すべきだったな、と反省したりして。



 とは言えここまでは、まあよく観る光景だ。しかし、今日のイチローのゴール前じゃなかった、本塁前でのプレイには、ビックリした。イチローは一塁走者。味方の長打に長躯し一塁から本塁を狙う。しかし、敵外野の返球も素晴らしく、イチローがホームに到達する前に返球が捕手に届いてしまった。このような状況で、大リーグだと走者は正面から捕手に激突して落球を狙うイングランドの二流ストライカのようなプレイを選択する場合が多い。一方、日本のプロ野球だと無理を承知で迂回したコースで、捕手のタッチをかいくぐろうとする不調時の高原のようなプレイを選択する場合が多い。

 けれども、この日のイチローの選択は、全く意表を突くものだった。捕手と正対して一旦静止。そして迂回するような素振りを見せた直後、突然ジャンプして捕手の上を、走り幅跳びのベリーロールのようにかわそうとしたのだ。残念ながら、あとちょっとでホームベースを触ろうとする刹那に、バーに触れてしまい、じゃなかった捕手にタッチを許し、アウトにはなったのだが。あたかも、敵DFのラフタックルをジャンプして抜き去る、ヨハン・クライフ、ディエゴ・マラドーナ、好調時の中村俊輔を思い出させるアイデアだった。

 とは言え、サッカーならばそのようなアイデアはよく見る光景だが、野球であのようなアイデアと言うのは、全く見た事はないように思う。そう言う意味では、物凄いプレイだと思うのだが、スポーツニュースではそれほど大騒ぎではなかった。私にとって珍しいプレイ程度なのだろうか。誰か、そのあたり野球に詳しい方がいたら教えてください。



 とは言え、あの瞬間、イチローは瞬時の判断で、激突でもなく迂回でもなく、ベリーロールを選択したのだろうか。こんなプレイを事前に練習していたとは思えない。捕手と向き合った時に、そのアイデアがヒラメいたのか。もしそうだとしたら何と言う想像力だろうか。本当に凄いアスリートだと思う。

 改めて、彼がサッカーを選択しなかった事を残念に思おう。
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2004年12月26日

年末恒例行事

 たまにはサッカーと関係ない話。

 年末の恒例行事となると、言うまでも無く天皇杯の終盤戦なり、年賀状作成なりとなる訳だが、それ以外の2つの恒例行事?について。



 1つは塩野七生先生の「ローマ人の物語」が毎年年末に発刊される事。今日、ようやく読了した。拙blogでも、たまに塩野先生は取り上げた事がある。古代ローマ帝国史も愉しいが、旧作のヴェネチアやフィレンツェ史を含め、先生が述べられるイタリア人のご先祖様たちの鮮やかなリアリズムを読むのは愉しい。そして、彼ら(少しく彼女ら)を愉しむ事は、カテナチオの陰々滅々さを愉しむのに通じるところがあると思っている。

 「ローマ人」も全15巻構想との事だが、ついに13巻まで来た。今年のタイトルは「最後の努力」。栄華を誇ったローマ帝国の危機的状況を建て直そうとした2人の天才肌の皇帝が主人公。ローマ帝国の衰退については、最近の2巻で「盛者必衰論+優秀なTOPの不在」が淡々と述べられてきた。しかし、最新巻の2人の天才皇帝は紛れも無く優秀、現実を見据えながら帝国を生き長らえさせようとして、冷徹な施策を打つ。しかし、その施策が国から伝統的な「ローマ的な良さ」を奪う事になる矛盾。さらにこの2人の「よかれと思った行動」が、ローマ滅亡後の欧州の中世を暗黒時代にしてしまう発端となる。流れが悪いと、リーダが優秀であれば優秀であるほど、事態が悪くなると言う事か!

 強引にサッカーにこじつけると、衰え行くチームを建て直すにはどうすべきかと言う課題へのヒントになるのかもしれない。と、言う事で(以下自粛)...



 もう1つは、急に格調が下がりますがゴジラ映画。ここ数年、毎年年末にゴジラ映画が公開されるのが恒例となっており、坊主を連れて行く訳。昨日の国立観戦に続いて、今日は坊主とゴジラ観戦となった次第。

 坊主とゴジラを観に行くのは結構感慨深いものがある。と言うのは、自分が小学生の時に何度か父に連れて行ってもらったのを思い出すから。特に今年の作品は「ゴジラ生誕50周年」だそうで、さらに「最終作品」とうたっているためか、過去の名怪獣?が多数登場。新しい怪獣が出てくる度に、坊主から「あれは何と言う怪獣だ」と、問いかけが来る。サッカー観戦とあまり変わらないな。

 確かにこの手のシリーズ物(と言うのかね、まあ50年続いていると言うのは凄いな)を愉しんでいると、過去の名場面?との想いが錯綜するのは、サッカーも変わらないのかもしれない。今日観た作品で老科学者を演じていた佐原健二氏は、あの「ウルトラQ」の主人公ではないか。

 と言う事で、私の坊主が自分の息子を国立競技場に連れて行く時代になれば、アルゼンチンやブラジルと互角に戦えるのではないかと、妄想を抱くのは愉しい。
posted by 武藤文雄 at 23:24| Comment(5) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月02日

野球って不思議だ

 どうやら、我が故郷の仙台にプロ野球チームができる事が確定したようだ。素直に喜びたい。喜びたいのだが...

 

 どうにも、私のような門外漢がどうこう言う話ではないかもしれないが、野球と言うのは不思議な世界だと思う。いくつか素朴な疑問を述べたい。



 2つの企業体を競合させたのはいいが、両チームともGMやら監督などのスタッフから、チーム名などを準備させられて(これだけで相当な事前投資だ)、さらに「経済的な余力があるから長期の赤字に耐えられる」と言うあたりが、重要な判断基準になったと言う。そこまで「野球サイド」から無体(に私には思えるのだが)な要求をされても、両企業とも粛々と従って参入を希望したのだから、よほどこの業界は魅力があるのだろう。それなのに、撤退する企業があるのだから、大変不思議だ。近鉄がどうしても「プロ野球事業」から撤退したかったのだったら、合併などせずに、いずれかの企業に譲り渡せば、もっと話は簡単だったのではないか。



 さらに、もっと早い段階で片方の企業に決めてしまえば、お互い無駄な投資もないし、各種の準備(どうでもいいが、球場の準備やら試合日程の段取りやら、本当に来年春の開幕に間に合うのだろうか)も円滑だったと思う。選手会のストなどもあり、「新規参入を受け入れる努力を最大限行う」事が決まった直後に、今回の2企業は意思表示した。あれから今までの時間を審査に使うよりは、来期の準備に使うべきだったのではなかろうか。



 加えて落選したライブドアには、今後参入の可能性は残されるのか。上記のように、そこまで厳しい要求をされて、さらに事業内容にケチまでつけられて、それでも野球がいいのだろうか。「いやサッカーに出資して欲しいな」と思ってるだけなのですが。

 

 東北楽天と言うだけあって、仙台を中心に東北全体の広域で試合をするのだろう。これならば、例えば仙台で約40試合、東北の残り5県で約30試合(各県で5,6試合)ならば、いずれの試合も相当な観客が期待できるのかもしれないし、それなりの入場料収入が確保できるのかなと理解した。ただ不思議なのは、そうだとすれば、以前から経営が苦しいチームは、東北でも北陸でも四国でも山陰でも、他チームがフランチャイズ(これは独占権と言う意味で、サッカーで言うホームタウンとは全く意味が異なる)を持たない地域で試合をもっと行っていれば、入場料収入を確保できたようにも思える。サッカーと異なり、試合数が相当多いだけに、1箇所に集中して開催する必要はないと思うのだが。



 ところで、GMだ監督だコーチだと言う面々は決まったようだが、選手はどうするのだろうか。素人の素朴な考えでは、現在のブルーウェーブとバファローズ(つい先日コメント欄で指摘されるまでバッファローズと言うのだと思っていた。40年近く活字に触れていて知らなかっただから、自分の観察眼の無さを恥じるばかり)の選手の半分を無条件で受領できるのだろうか。

 すると、どうやって分けるのだろう。例えば、仰木氏と田尾氏がじゃんけんでもして、勝った方が「僕は中村紀を取る」、負けた方が「じゃあ谷を取る」と言うの繰り返して、分けるのだろうか。



 もちろん、ベガルタサポータとしては「ゴールデンイーグルス」と言う「ベガルタ」に、喧嘩を売ってきているのか、友達になろうと言う意思表示なのか、いや出資して下さると言うご神託なのか、判断に苦しむ愛称も不思議なのは勿論だ。

 また、これでヴィッセルがハーバードカラーのユニフォームになり、東北楽天が違う色のユニフォームだったら、さすがにヴィッセルサポータは不愉快だろうとも思う。

 このあたりのサッカーとの関連付けについて、ここまで明確な説明が何も無い事は、一番不思議なのだが、今後おいおい解決されていくのだろうか。
posted by 武藤文雄 at 23:11| Comment(11) | TrackBack(2) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月17日

迷惑な野球騒動

 一連の野球のデモについては、明確な意見は持っていない。

 

 要は「将来の野球界をどうしたいのか」で考えは変わるからだ。現在のプロ野球のように少数に限られたチーム間でのみ参加権を持つべきなのか。サッカーのように、参加権の間口を広げるべきなのか。それとも、他の方向を模索すべきなのか。そのような「大目標」をどうするかと言う議論をまずすべきなのに、個別の方法論の議論に入ってしまっては、まとまる話もまとまらなくなると思うのだ。

 選手会も、闘うならば「合併阻止、凍結」とか「新規参入タイミング」などの、方法論に議論を持ち込むべきではなかったのではないか。議論すべきは「将来の野球界をどの方向に持っていくべきか」と言う一種の、哲学論なのではなかろうか。



 と野次馬を決め込んでいた野球の行く末。

 ところが、新球団の経営を希望する会社が、何と「来年から新チームを仙台に本拠地を置こうとしている」との報道にはビックリ。何人かの方からもメールで「プロ野球チームが仙台に本拠地を置いた場合、ベガルタはどうなるだろうか」と意見を求められた。ヒトゴトが一気に現実に落ちて来た想いすらする。



 私の意見は「まともでない計画を、J2佳境の今頃騒がれる事は大変迷惑だ」である。

 

 と言うのは、「来年のプロ野球仙台本拠地計画」が現実的とはとても思えないからだ。

 まず観客動員。ベガルタは隔週の試合に2万人足らずの観衆を集めるのに四苦八苦しているのが現状だが、仙台のプロ野球チームは、ならして毎週2〜3試合に一体何人の観衆を集められる見込みなのだろうか。野球はサッカーよりも人気があるかもしれないが、いきなり来年の3月からそれほど観衆が集まるとはとても思えない。観客を集めるためには、しっかりとして計画的なチケット販売計画とその実現がなければならない。そもそも、現在のプロ野球チームは、それぞれの本拠地で何年も何年も執拗な営業活動を行って、今日の観客数を維持している。それらの活動が、たった半年で実現できるとは思えない。経営母体はそのままで本拠地を移転した、今年の日本ハムファイターズの場合は、3年間の準備期間を経ての移転であり、営業体制を準備する時間的余裕があったのだ。そして仙台圏は札幌圏に比べて、実人口は半分程度である。

 次にチーム強化。サッカーならば新規参入のチームは実力見合いの、下位リーグからのスタートが切れる。しかし、野球の場合はいきなりトップリーグから。トッププロにおいて、いきなり全く新しいチームが好成績を収められるとはとても思えない。現に、過去を振り返っても、ここ30年間で本拠地とチームの経営母体双方を切り替えたチームとして、78年の西武ライオンズ、88年のダイエーホークスが挙げられる。両チームとも、親会社が大量のキャッシュを投入し選手を収集したが、黎明期の成績は悲惨なものだった。チーム強化には相当な継続性が必要なのだ。



 野球の素人の私だって、このくらいはわかる。

 つまり、2005年から仙台を本拠地にしてプロ野球を行うのは現実的な計画ではないのだ。

 もちろん、「将来的」と言う事ならばあり得ない話ではないかもしれない。その場合、ベガルタから見た「仙台の野球チーム」の関係も議論可能になる。総論賛成と各論反対、中長期視野と短期視野、建前と本音、それぞれ前者の立場からすれば、ベガルタと野球は何らかの相互作用で連携して発展できる可能性もあるかもしれない。後者の立場からすれば、仙台圏におけるゼロサムゲームで迷惑なだけになるが。

 しかし、こう言った議論は、「仙台の野球チーム」の計画がまともに具体的になってから、であろう。



 そのような机上の空論を落としどころに、闘わなければならなかった古田と仲間たちには、同情を禁じ得ない。



 しかし、我々からすれば、とにかく迷惑極まりない。県知事や市長周辺のスタッフ、いや、県や市から出向しているベガルタのスタッフは何をやっているのだ。河北新報にまともな人材はいないのか(いや、県庁にも市役所にも河北新報にも、多数知人、友人がいるな、これを読んだら怒るだろうな、まあいいや)。



 宮城県人にとっては、こんな空論に付き合うよりも、この週末のサガン鳥栖戦に勝つ事がずっと大事なのだ。 

 頼むぞ、シルビーニョ、寿人、セドロスキー。
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2004年08月30日

五輪に見る他スポーツとの比較論

 マラソンでトップを快走するブラジルのデ・リマが、暴漢に襲われた場面にはゾッとした。随分前の箱根駅伝で走者が暴漢に襲われた事件があったが、決定的な影響がある前に周囲が取り押さる事ができた。しかし、この日のデ・リマは、完全になぎ倒されてしまい、タイムロスのみならず、走りそのものにも多大な影響が出てしまったようだ。マラソンの場合、再試合をする訳にもいかないだろうし、何とも後味の悪い事になってしまった。

 昔、友人と飲みながら議論した事があった。「サッカーの大事な試合でホームチームが負けている時に、ホームチームのサポータがフィールドに乱入し敵ゴールにシュートを蹴り込んだり、自陣の決定的ピンチを防いだ時に、審判はどのような判定を下すべきなのだろうか」と。今回のマラソンの事件はそれに近い事態だった。サッカー場で事はそうは巧くは事を運ばないだろうが、マラソンならば警備の隙をつけば、あそこまでの暴挙が可能になってしまうのはショッキング。どうやら、暴漢は前科持ちの精神異常者だったようだが、後方から追い上げている選手の同国人や関係者が犯人だったとしたら、主催者サイドはどのような判定をすべきなのだろうか。



 室伏の金メダル獲得につながったドーピング問題。問題の選手は再検査に応じないと言うのだから、自ら有罪を認めた訳だ。今回尿サンプルのすり替えや、提出の早さなどが話題になったが、これはあまり表ざたにはなっていないがサッカーでも聞く話。我々サポータが歓喜に震え、ビールで乾杯している時に、一部の選手は尿が出るまでジッと我慢しながら検査を待っているのだ。



 採点で勝負がつく競技のいい加減さは、今大会に始まった事ではない。例えば体操。最近の採点法では、成功した技の難易度による客観法に安定してきたとの報道があった。しかし、個人戦での集計ミス(あれは金メダルは韓国選手に与えられるべきだろう)、さらには富田の平行棒での「最初の演技者」ゆえの不利など、結局グダグダになってしまった。

 その後も、レスリング、シンクロナイズドスイミングなど、訳のわからない採点による勝敗が継続した。まあ、そう言うものなのだろう。サッカーにしても、女子の米国戦の悔しい2失点はいずれも疑惑の判定だったし、逆にパラグアイ戦では疑惑のPKを2つもらっていたのだし。審判まで引き付けられての勝敗なのだ。月並みな言い方になるが、審判が何をどう判定しようとも、冷静に次善を目指すのが勝利への道なのだろう。



 その中で、シドニー五輪に比べて審判法に格段に進歩があったように感じられたのが柔道。前大会の篠原の痛恨が、我々にはあまりに印象的だったせいだろうか。我々から見て理解不能な指導や教育も見られなかった。何より同点の場合はサドンデスの延長戦となり、各選手が技を仕掛け、一本狙いだったのが爽快感を高めたのか。

 個人的に感銘を受けたのが、銀メダルに終わった2人、泉と横沢。泉は決勝で敵を投げようとして、逆に裏投げ?で返されて敗れた。横沢は決勝で敗れたが、準決勝で残り0秒!で敵を投げ飛ばして一本を取った。それぞれ、一本狙いの面白さを堪能できた。

 そして、感心したのが井上康生。痛恨の敗退以降も、日本チーム全体の主将?との立場からか、ギリシャに残り、他競技にも顔を出すなど、単なる一選手を越えた働きをしていた。これは凄い。本人が単なる1プレイヤではなく、競技者として日本を代表する存在だと自覚しているからだろう。そして、トッププレイヤにそのような教育をしているところに、日本柔道界の強みを感じた。

 そして、今回の柔道の審判法の格段の向上、見て面白い一本の重視などは、こちらの方が、国際柔道連盟の理事として機能していたからとの事だ。柔道界は、井上を彼の後継者として帝王教育を行っているのだろう。これこそ伝統の強みだろう。非常に乱暴な言い方になるが、中田や小野はまだ、そこまでの要求はなされていない。中田や小野がそこまですべきかどうかはさておき、井上は周囲からそのような扱いを受けている事は事実なのだ。
posted by 武藤文雄 at 23:44| Comment(4) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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