2006年08月21日

野次馬が見た高校野球

 日曜日の午後、本業の整理で少々夜更かしをしたのに加えて朝から子ども達と灼熱の中でボールを追い掛け回していたので、いささか疲労気味だったので、翌日からの本業復帰に向けて昼寝としゃれ込んでいた。すると、何か知らぬが興奮した坊主が騒いでいる。「あれ、何かサッカーをやっていたっけ?」と思って起きてみると、高校野球の決勝戦だった。坊主が興奮していたのは、試合内容にもだが、近所のスーパーマーケットの「優勝校当てクイズ」に応募したチームが決勝に残っていたために、必死に片方に肩入れしていたと言う訳。この坊主の興奮振りを見ていると、totoの不振は「よほど商売が下手だからではないか」と思えてくるが、それは今日の本題ではない。この機会に高校野球について講釈を垂れるのが、今日の本題。

 試合はなるほど面白かった。両軍の投手の外に流れる変化球に共に手を焼いてほとんど好機が生まれない。たまの好機も、両軍の守備が実に安定しており、なかなか点が入らない。それにしても、ほとんどの外野への飛球が外野手の正面に飛ぶのだが、外野手は投手と打者の相対関係や投げる球種などできめ細かく位置取りを修正しているとしか思えない。あの灼熱の中、いつ飛んでくるかどうかもわからぬ打球に備えるのだから恐るべき集中力だ。内野手も必ず身体を正面に向けて捕球するから、土のグラウンドのためにバウンドが変わっても必ず球を前に落とせる。素人が見ても、両軍が鍛え抜かれているのがわかる。なるほど、世界一の国の若年層の大会の決勝戦は凄いものだ。と、陰険なサッカーが好きな私には堪えられない重苦しい展開を、堪能させていただいた。

 そして、延長も後半じゃなかった終盤に入り、いよいよ再試合の雰囲気が漂いだす。そうなると思い出すのは37年前当時小学校3年生だった時の、三沢商−松山商の死闘だ。「東北勢悲願の優勝旗が白河の関を超えるのではないか」幼な心にも興奮し、太田幸司を必死に応援していた。私は坊主と異なり物欲ではなく、名誉欲?で応援していたのだ。などと、37年前の思い出を、娘と坊主に語るのも愉しい。

 とまあ戯言はさておき、延長戦は昔と異なり15回で打ち止めになる事を初めて知った。37年前でさえ、太田幸司の体力や将来を心配する報道があったのだから、さすがに状況は改善されている訳だ。とすれば、「再試合は日を置いてやるのだろうな」と思っていたら、とんでもなかった。翌日のそれも灼熱の13時開始との事。これにはあきれた。もう2チームしか残っていないのだ。中1日くらい、いやプロ野球の真似をして中3日や4日くらい空けたって問題なさそうではないか。中5日空けて週末にしてくれれば、また私も見る事ができる(これは関係ないか)。会場だって、もうここまで甲子園を堪能した彼らなのだから、この試合後に土はシューズケースに詰めてもらって、他の野球場でやればよい。ドーム球場ならば涼しくよさそうだ。選手の滞在費だって、この大会の総予算からすれば微々たるものだ(大会本部から見ても、学校から見ても)。応援団の滞在費は最後自己責任で高校生たちに考えさせればよい。どうしても同級生の応援を現地でしたいならば、親を説得するか、学校が保障して借金させてバイトさせるか卒業後に返させればよい。友の奮闘を見る費用の借金を返すための労働は、若者に対する格好の社会教育になるだろう。

 もちろん、これが決勝でなければ、次への進出チームを決める必要があるし、他の待機チームとの兼ね合いもあるので、問題は単純でなかろうが。

 と、不思議に思っていたら、尊敬するブロガである「念仏の鉄」様が、より論理的かつ具体的に問題点を指摘して、怒りをぶつけていた。私のような、お茶らけた文章ではないので、心して読んで下さい。「決勝翌日灼熱下再試合」の問題点については、この鉄さん(以下、馴れ馴れしいが「鉄さん」と呼ばせていただきます)の文章が決定版と呼んでも過言ではないと思う。



 ただ、この鉄さんの憤りと、多くの識者のコメントを読んで考えた。「このままでは、永久に改善はされないだろう」と。理由は明白だ、この甲子園大会の主催団体は、選手の健康問題を重視する事で何もトクをしないからだ。

 鉄さんは、高校サッカーの日程がだいぶマシな事に言及されている。しかし、サッカー界も夏場の大会のインタハイは相変わらず酷い連戦続きだし、冬の選手権の日程も、2,3回戦が連戦になるなど、まだまだ改善の余地がある(一方で逆に45分ハーフの試合にすべきと言う古典的問題もある...この問題の障害はTV中継の時間の問題)。また、ほんの約20年前は、そのような配慮は一切なく4、5連戦の死闘が毎年続いていた。その結果、疲労により大きく体調を崩した選手もいたし、高校サッカーで燃え尽きたかのように消えていく選手も多かった。「それではいけない」と言う事で、少しずつ改善が進んできた訳だ。そして、サッカーの場合「それではいけない」と言う発想が生まれるのは、良好な内容の試合を求める事及び、選手の完成が高校段階ではなくその先にある事への配慮(健康問題を含めた)と言った事項が、「サッカー界全体の発展」のための共通理念として存在するからだと思う。

 一方、高校野球はどうだろうか。高校野球の現場で活躍されている方々は、多くの問題意識を持っているだろうが、肝心の主催者である高野連と新聞社は、いかがか。まず高野連だが、「野球界全体の発展」を毛頭考えていないのは明白だし、(組織の趣旨から言っても)考える義理もない。高野連の態度を見ていると、「プロ野球はない方がよいもの」なのかもしれない。彼らからすれば、プロ野球への人材供給など本題ではないからだ。とすれば、将来を嘱望される選手が高校時代に無理をして大成しなくとも、痛くも痒くもない。もう1つの主催者である新聞社は、「日本で最も正論を期待できない法人」の1つであるし、何よりこの大会を主催して「見かけの感動物語」を作る事がビジネスに直結するのだから、「腕も折れよとの闘魂」を絶賛こそすれ、抑制しようなどとの発想は全く期待できない。つまり、高校野球甲子園大会とは「『それではいけない』とは絶対に考えない団体」が主催している大会なのだ。

 したがって、このままの悪い状態が、相当な期間継続する事を危惧するものである。
posted by 武藤文雄 at 23:56| Comment(18) | TrackBack(1) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月21日

祝WBC優勝 −感動と羨望−

 私は日本人だから素直にこの世界制覇は嬉しい。
 世界一だ、世界一だよ。
 もう明日から、米国のビジネスパートナに
「まあ、それはさておき、俺たちは野球については世界一だよね。」
と言えると思うと、もう最高。あいつらの悔しそうな表情を想像するだけで、もう完璧。おー、そう言えば、サンタクララのあいつに、明日メールを打つのだっけ、ヘッヘッへ。

 もっとも韓国のパートナに対しては微妙だな(笑)。丁寧な対応をする事にしようっと。でもあいつらはあいつらで、割と単純だな、「お互い世界最強2トップ、今度雌雄を決しようぜ、とりあえず俺たちが世界一だけど。」と、からかう事にしよう。大体、間抜けなのはあいつらなのだ、無理して勝たなくていいあの試合で、あんなに頑張るから、準決勝で力尽きるのだ。アッハッハ。

 野球の素人から見た想い。米国やドミニカの試合をじっくり見てはいないからの勘違いかもしれないが、守備も走塁もテクニックは日本が格段に優れているのではないか? 
 北中米諸国のプレイを見ていると、位置取りの不備を筋力でカバーしているように見えた。一方、日本は(韓国も)いずれの選手も、ボールを受ける前にしっかりと位置取りを修正し、無理の無い姿勢でプレイしていた。
 技術と戦術眼については、日本のレベルは他国と比較して格段なものがあるように思えた(繰り返すが、韓国は相当近いレベルだと思うが)。
 乱暴にサッカーにたとえよう。少なくとも、今大会の北中米諸国のプレイぶりは、サッカーにおけるアフリカ諸国のような完成度の低いものだった。野球界におけるブラジルとアルゼンチンは、日本と韓国だったのではないか。

 だから、私は素直に羨望したい。そして、今回の世界制覇を素直にたたえたい。世界一かよ、凄いよな...

 悔しいけれど、野球はすごいよな。
 いつか、韓国とワールドカップのトーナメントで雌雄を争いたい。勝ったら嬉しいだろうな。負けた時の悔しさはすごいだろうな。

 そして、いつか、いつか、我々もワールドカップで優勝したい。野球が世界一になったのだ。俺たちも世界一を目指さなければ。できれば俺が生きているうちに。
posted by 武藤文雄 at 23:54| Comment(22) | TrackBack(1) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月19日

祝、WBC決勝進出 −得点が入らないから面白いのだ−

 過日、WBCについて、松井の不出場について論じたところ、多数のコメントをいただいてありがたい限り。
 本件については、政治的な背景も多いのだろうし、私はそこまで勉強はしていないので、松井の意思決定について良し悪しを論じる事はできない。ただし、私は単純な人間だから、日本には勝って欲しいので、松井が不在なのは残念なだけと言う事だ。
 また、この大会そのものの適切性も論じる立場にはない。ただし、とても面白い娯楽を提供してもらっているので、「大会の存在」自体には大いに感謝している。
 普段より熱心に野球を愉しんでいる方々は、私のような門外漢の発言は陳腐なものなのかもしれないが、まあサッカー狂の視野狭窄と捉えていただければ。

 と言う事で準決勝韓国戦の勝利を堪能しての、サッカー狂の感想を。

 いや、本当に面白かった。福留の一撃の瞬間たるや、先日ロシアの美女が転倒した瞬間の興奮を思い出した(ごめんなさい、フィギュアファンの皆様)。
 そして、何ゆえこれほど面白ったのか。大事なタイトルマッチ、難敵韓国(特に私のようなサッカー狂にはトラウマがある)、世界一まであと少し、などの要素は確かにある。けれども、私個人が興奮した理由は明白だ。めったに得点が入らないからだ。今大会を観てよくわかったのだが、あれだけ優秀な投手を多数確保し、あれだけ守備のよい選手を並べると、野球と言うスポーツはなかなか得点が入らない。いや、好機すらそう滅多につかめない。
 したがい、よい打撃や走塁、守備側の僅かなミスで作られた好機は貴重なものとなる。その数少ない貴重な好機をも、両軍守備網のファインプレイがしばしば妨害し、なかなか得点が入らない。結果、僅かながら入る得点は、極めて貴重なものとなる。そのため、得点が入らない展開ではひたすら胃が痛くなり、一方入った瞬間の歓喜は凄いものとなる。逆もまた真で、先行された時、いや失点するのではないかと言う懸念の際でも胃の痛みも相当だ。これは面白い。

 と、ここまで書いてきて、この興奮って、随分味わい慣れたものだと思いついた。
 一昔前は「サッカーは点が入らないからつまらない」と言う理屈が横行したものだが、今回のWBCで、そのような偏見、誤解が、わが国から消え去る事を期待したい。
posted by 武藤文雄 at 23:51| Comment(9) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月17日

祝、WBC準決勝進出

 堂々たる準決勝進出である。幸運だった事は否定しないが、ここまで失点を最小限にすべく丁寧に戦い続けたがゆえの勝利である。リーグ戦形式のタイトルマッチでは、我慢を重ね、丁寧に戦い続ける事が必須である事は、いずれも競技でも同じと言うことだろう。

 私は、野球に関して政治的な問題についてはよくわからん。ただし、30年以上にわたり、サッカーの日本代表チームを心血注いで応援してきた立場の人間からすれば、どうにも納得できない事がある。

 どうして松井秀喜は今サン・ディエゴにいないのか。

 それでいて、ヤンキースのオープン戦には出ている。さらに松井のチームメートは他国の代表でWBCに出ている。さらに言えば、今からでも、サン・ディエゴ行きの飛行機に乗れば、負傷した岩村の代わりにメンバ入りできるのではないか。同様に「ボンズが負傷者の代わりに出場か」と言う報道を読んだ記憶があるのだが。いや、岩村はいい選手で準決勝に出て欲しいけどさ。
 松井秀喜と言う天性のアスリートは、イチローたちの苦闘を見て(見てはいないかもしれないが、内容と結果くらいは新聞などを通じて知っているだろう)、ヤンキースのオープン戦に平常心で参加し続ける事ができるのだろうか。今から、サン・ディエゴに向かったって誰も文句は言わないのではないか。さすがにヤンキースは文句を言うだろうか、でもあと2試合だけではないか。しかも、ヤンキースにはヒマになったジーターやロドリゲスが帰ってくるから構わないのではないか。
posted by 武藤文雄 at 18:21| Comment(48) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月24日

氷上の美を堪能して

 娘がちょっとした事情で、村主章枝選手を熱狂的に応援している。と言う事で、娘に付き合って、ちょっと早起きして、女子のフィギュアスケートを堪能させてもらった。



 まず、坊主と私は、妻と娘に怒られてばかり。スルツカヤ(ロシア)とコーエン(米国)が失敗するたびに、「よっしゃ!」と叫ぶ男2人は、その度に女2人に叱られる。「お父さん、お互いベストを尽くしての勝負でしょう!」

 坊主に至っては、コーエンが登場した瞬間に「ブー」と大声でやるものだから、姉に厳しく糾弾される。どう考えても、そう教育してきた父親に問題があるのだが、坊主には「世の中は理不尽なもの」と学んで欲しい。

 でも娘よ。君の大好きな村主さんがメダルを取るためには、この東西の美女のいずれかが失敗してくれなければならないのだよ。君はその問題をどう消化するつもりなのか。父のようなサッカー狂(あるいは相対論的な社会観しか持たない馬鹿)からすれば、敵の力を削ぐのは重要事項なのだが。

 と、フィギュアスケートとサッカーの愉しみ方はあまりに対照的な事はよくわかった。

 

 それにしても採点競技と言うのはよくわからない。

 素人の私の見るところ、少なくとも最後のフリー演技は、荒川静香と村主章枝の演技は、コーエン、スルツカヤを圧倒していたと思う。

 前回の五輪で、審査員の国際談合がバレたために、今大会から大幅に採点方法が変わったらしい。解説の佐藤有香氏が新採点方法の観点から、事細かに「村主はどのジャンプが足りなかったから減点対象」と説明してくれた。確かにジャンプなどの技術で足りないものがあったのかもしれない。けれども、「演技表現実行力」や「振り付け」や「要素のつなぎ」などについては、村主は米露の美女たちより格段に優れていたと思うのだが。

 素人は安心して暴言を吐ける。「審査員が村主の日本的な良さ−行間の美−を理解できなかったに違いない」と。

 あれでメダルが取れないとは...



 それにしても、荒川静香の輝きは一体何と表現したらよいのだろうか。

 正直言って、荒川の印象は、8年前の長野の時の「我が郷土出身の若手スケータ、でも勝負弱い」と言うものだった。今回についても、「スルツカヤには歯が立たないのだろう、でも村主か荒川かどちらかは銅メダルは取ってくれるのかな」と言うイメージしかなかった。

 しかし、ショートプログラムの時点で、荒川の雰囲気と言うか貫禄には、何か表現し難い凄みを感じ始めた。そして、今日のフリー演技。あのイナバウアから3連続ジャンプ、ビールマンスピンをはさんでフィニッシュに至る流れ、凄い。

 そして、さらに荒川の輝きを一層認識したのは、表彰式。表彰式の最初は、「おー、そう言えば今度のオリンピックの表彰式は、このようなシステムなのか、1回も見る事ができなかったからな」とか「メダルの真ん中に穴があるのか」などと、間抜けな感想を抱いていた。

 しかし、荒川が最も高い表彰台に立った時にドキリとした。後光が差している。両サイドに従えた両大国の美女と比較して、上背、スタイルと言う外観的な特長のみならず、荒川独特の直立した姿勢、落ち着いた笑顔、すっと伸びる手の振り方、そして勝利したが故のオーラ、全てに勝っているのだ。

 これが世界一と言うものなのか。わかっている人はわかっていたようなのだが。

 

 最後に少々危ない戯言を。

 君が代と共に日の丸が揚がる。スルツカヤのために揚がったのはロシアの3色旗だった。どうせならば、旧ソビエト連邦の例の赤い旗だったならばよかったのに。日の丸の下に星条旗と革命旗が揚がる光景は、一層愉快だったろうに。
posted by 武藤文雄 at 23:55| Comment(13) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月09日

娯楽都市紀行

 どうやら日本国内は高校選手権の話題で持ちきりらしいが、先日申し上げたように私は異国で本業に励んでいる。実は訪問地は、合衆国はラスベガス。世界屈指の歓楽都市だが、初めての訪問である。たまにはサッカー以外の紀行文でも書いてみよう。

 手軽にギャンブルを楽しめることで有名な都市だが、なるほど、町中のホテルに大掛かりなカジノがついており、スロットはもちろん、カードやルーレットがどこでもできる。ディーラのお姉さんをからかいながら(からかわれながら)スティーブ・マックィーン気分など味わえる訳だ。熱くならなければ、カネもそんなにかからない。このあたりは、カジノの数の多さにはあきれたが、まあ想定範囲内だった(待ち合わせの度に時間つぶしで、ついスロットに手を出してしまうのは問題だったが)。

 しかし何より驚いたのは、繁華街に林立する高級ホテルの外装デザインの無思想性である。当然ながら、いずれの外装もそれなりにカネがかかってはいる。しかし、いくつかのホテルは、何と世界各国の有名観光地をそのままパクって来ているのだから凄い。具体的にはリアルト橋、コロッセオ、エッフェル塔(最初通天閣かと思ったが同僚によると、エッフェル塔らしい)、自由の女神など。中でも究極は、ピラミッドとスフィンクスをデカデカと外装にしているホテルの名前が「ルクソール」なのは、驚きはもちろん、笑いすら通り越して、脱力感を感じた。

 この無思想性と言うか、ド派手大好き主義については、スケールこそ異なるが、極めて乱暴かつ強引な喩えだが、中部地方によく見受けられるラブホテルの外装を思い出したりして。ただし、同じホテルでも、ラスベガスでは「高級ホテル」の外装デザインであるところが、決定的に違うのだが。

 一方で、それらの「高級ホテル」地域で催されているショーのレベルの高さが、また流石なのだ。誰も私のショーについての講釈は期待していないだろうが、あれだけスタイルが良くて踊りが巧い女性が林立する迫力は相当なものだ。しかも、そのようなショーがこの都市中各地で無数に行われているのだから。最高級と言われているいくつかのショーは、予約が一杯で見る事ができなかったが、そこまでのレベルに到達していないと思われるショーでも十分に愉しむ事ができた。

 さらに、ちょっと感激したのは、最高級ホテルの横の人工池で毎日15分おきに行われていると言う噴水のショー。サッカーならどんな状況でも、日本語で記述するべく努力するのだが、あの噴水の見事さの描写は私の手に余る。手に余るのだが、本当に見事な美しさだった。



 サッカーと言うビジネスは、色々奇麗事を言おうと思えば言えるけれども、最後の最後は娯楽の切り売りに尽きる。そうである以上は、競合となる商材は、他の娯楽全てのはず。そう考えてみると、サッカービジネスで食おうとする人ならば、1つの究極の競合の1つとして、ラスベガスを訪ねても良いのではないか。



 野洲高校を見そびれた負け犬の戯言でした。
posted by 武藤文雄 at 21:10| Comment(10) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月18日

灼熱の地獄

 先日の「代表対オールスター」のエントリに、信じられないほど多数の方々からご意見をいただいた。いやビックリです。いつも述べている事だが、自分の戯言をきっかけに、多くの方が意見を交わしていただけるのは、本当に嬉しい。まさに「酒の肴」ではないですか。

 自分の意見は全く変わっていない。代表チームにとって来年に向けて、今回の欧州遠征は非常に重要。例えば具体的な課題として、中田、小野、中村の共存への模索、そしてこの強力MF陣と久保と大黒の組合せ作りなど、やるべき事は多数あるはず。当然ながら、後方の選手も、それに併せてベストのメンバを連れて行くことが重要。

 もっとも当の本人が違う考えをお持ちなのかもしれないのがまた愉しいのだけれども、本当にこのオッサンは、ちょっとブラジルと巧く試合ができると、浮かれちゃうんだよな...

 ともあれ、本件については事態を見守りたい。また機会があったら、暴言を吐こう(あ、この主語は私です、チェアマンではありません)。皆様もまた感想を寄せていただければ、ありがたい事この上ない。



 ともあれ、また更新をサボってしまった。実はこの連休は、よせばよいのに、家族サービスで中部地区で行われている国家的行事の見物旅行に費やしていた。何を好き好んで、この灼熱地獄の中、わざわざ連休中と言う多数の人々が集まるタイミングで、高額のキャッシュを支払って、あんな場所に出かけるのか。我ながら愚かしいと思うが、まあ娘と息子に「どうしても行きたい」と主張されては仕方が無い。そして、この最悪に近いタイミングにしか、家族を連れて行けない己の不甲斐なさを呪うのだ。

 どう考えてもJリーグの方が愉しいと思うのだが、娘と息子の意見は違っていたのだ。かくして、この週末は、ベガルタの快勝も、アントラーズとガンバの停滞も、マリノスの痛恨も、ヴェルディのドツボも、フォローがほとんどできなかった。

 と言う事で、更新も遅れたし、皆様の熱い議論へのフォローも遅くなってしまった。

 ごめんなさい。

 

 この中部旅行については、サッカーに対する講釈とは別に、書きたい事が無数にあるのだが、いくつかアホな戯言を。詳細については機会があれば。



 あのアクセスの悪さは異常。私はアングラで調べた方法で事なきを得たが、馬鹿正直に、当局から指定された方法でアクセスした方々は、1〜2時間くらい貴重な時間をロスしたのではないか。



 屋根、日陰の少なさも異常。特に国内の企業系のパビリオンのいくつかは、長時間人を待たせる時に、平気で人々を日なたで待たせる。特に不愉快だったのが、民間運輸業者のパビリオン。自分達の管理の都合で、客につらい思いをさせる事を気にしていなかった。悔しいのは、この会社だけは、「不愉快だから使わない」とは言えない、完全独占企業である事。この会社の会長を勤めている方を、著作の論理性から尊敬しているだけに、よけい残念。



 グランパスの親会社は、評判通り凄かった。体験するために、物凄い早起きを強いられたのだが。最初は「これだけ別嬪のコンパニオンを揃えるのだから、さすがに期の最中で藤田とルイゾンを買える財力は凄いな」と間抜けな感想を抱いていたが、ショーが始まったらそのコンテンツの見事さに改めて感心。ロボット達の動きの見事さは、TV映像とはまた違う。やはり、サッカー同様、生観戦に勝るものはないな。



 長時間艱難辛苦を味わう日本企業館より、すいている外国館の方た愉しい(中身もそれなりだが)。中でも、アルゼンチンとクロアチアが、それぞれ代表チームのユニフォームを展示していたのが面白かった。そう言えば、7年前のフランスも暑かったな。



 私のお勧めパビリオンは、リビアとスリランカ。冷房が効いた快適な部屋で、完全に横になって熟睡できるスペースがあるのが最高。
posted by 武藤文雄 at 23:22| Comment(1) | TrackBack(1) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月30日

先代貴ノ花死去

 先代貴ノ花、二子山親方が亡くなった。まだ55歳、あまりに若過ぎる。

 

 現役時代の貴ノ花は、誠に花のある力士だった。

 「土俵の鬼」と称された名横綱若乃花の実弟として、若い頃から注目される存在ではあった。土俵の鬼は長男、貴ノ花は末弟、鬼は当初末弟の入門に反対したそうだ。しかし、是が非でも入門したいと言う弟に対し、兄は「兄弟の縁を切る」と言う姿勢で臨んだと言う。事実、その指導は峻烈を極めたらしい。

 そして、貴ノ花がそのような「血縁」による人気が不要となるには時間がかからなかった。その相撲振りがあまりに見事だったからだ。細身ながら、実にしなやかな筋肉を利した相撲振り、常に正攻法で勝負に臨み、負けそうな状況になっても信じ難い粘り腰を見せる。

 名横綱大鵬を引退に追いやった相撲。投げの打ち合いで双方がバランスを崩しながら、先に倒れるかと思わせた貴ノ花が空中でこらえているうちに、大鵬が先に転倒。名横綱はこの敗北を最後に土俵を去った。

 横綱北の富士に土俵ほぼ中央であびせ倒しを食らい、倒れそうになりながら、柔軟な腰でうっちゃり風の逆転劇を試み、北の富士に先に手を突かせた相撲。「突き手」をとって貴ノ花の勝利とすべきか、「かばい手」と判断し北の富士の勝利とすべきか、大論争が巻き起こった。

 同世代のライバルとなる輪島と貴ノ花が、共に大関昇進を賭けて臨んだ場所の千秋楽の直接対決、水入りの大相撲を演じて、共に大関昇進を決めた一番も凄い相撲だった。

 大関昇進までは順調過ぎるくらい順調だった貴ノ花だが、その後負傷、病気などに悩まされ、思うように活躍できない。同時に大関に昇進した輪島は早々に横綱昇進。さらに、3歳年下の北の湖(これは相撲史に残る天才だからやむを得ないのだが)、同部屋の二代目若乃花らにも追い越される。それでも、休場した場所を除けば、着実に勝ち越しを重ね、大関の地位を維持。そして、地道に努力を重ね大関在任3年目には、全盛期の横綱北の湖と優勝を争う。優勝決定戦で、堂々と北の湖を寄り切り初優勝した瞬間は、大相撲史上最も盛り上がった場面と言っても過言ではない程だった。その後も1度優勝するも、どうしても連覇はできず横綱昇進は叶わなかった。とは言え引退するまで堂々と50場所、8年間に渡り大関を維持。大関在任最長記録を誇る。

 引退時の記者会見で印象的な発言が2つ。1つ目、横綱を目指すためにもっと体重が欲しかったのではないかと言う質問に「体重は不要だが、もっと頑丈な身体が欲しかった」との発言。2つ目、「(引退した場所で大活躍した新進気鋭の千代の富士に対して)自分と同様に軽量の優秀な素材の成長が嬉しい」と言う趣旨を述べた事。そして千代の富士は名横綱となり大活躍、その千代の富士に引退の引導を渡したのは、貴ノ花の息子の貴花田(後の2代目貴乃花)となるのだが。

 

 引退後は親方として多数の力士を育成。もちろん、育てた力士の代表格は2人の息子であり、それについては以前触れた



 貴ノ花が大関を張っていたのは、私が小学校6年から大学2年に至る時代だった。私の青春時に、ベルティ・フォクツと藤島信雄と並び、最も影響を与えてくれた偉大なアスリートだった。
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2005年05月16日

イチローのフェイント

 たまには野球の話。

 

 スポーツニュースで、イチローの活躍をボーッと眺めていた。

 相も変わらず、プラティニかルイ・コスタか小野かを彷彿させる、絶妙に敵守備陣の間を突く正確なバッティング。フォクツかカンナバーロか大森を思い出させる、スタンドギリギリでボールをキャッチする守備の妙技。全く巧いものだなあと、本当に感心する。日本でプレイしているうちに、1回くらいは、この選手のプレイ振りを生観戦すべきだったな、と反省したりして。



 とは言えここまでは、まあよく観る光景だ。しかし、今日のイチローのゴール前じゃなかった、本塁前でのプレイには、ビックリした。イチローは一塁走者。味方の長打に長躯し一塁から本塁を狙う。しかし、敵外野の返球も素晴らしく、イチローがホームに到達する前に返球が捕手に届いてしまった。このような状況で、大リーグだと走者は正面から捕手に激突して落球を狙うイングランドの二流ストライカのようなプレイを選択する場合が多い。一方、日本のプロ野球だと無理を承知で迂回したコースで、捕手のタッチをかいくぐろうとする不調時の高原のようなプレイを選択する場合が多い。

 けれども、この日のイチローの選択は、全く意表を突くものだった。捕手と正対して一旦静止。そして迂回するような素振りを見せた直後、突然ジャンプして捕手の上を、走り幅跳びのベリーロールのようにかわそうとしたのだ。残念ながら、あとちょっとでホームベースを触ろうとする刹那に、バーに触れてしまい、じゃなかった捕手にタッチを許し、アウトにはなったのだが。あたかも、敵DFのラフタックルをジャンプして抜き去る、ヨハン・クライフ、ディエゴ・マラドーナ、好調時の中村俊輔を思い出させるアイデアだった。

 とは言え、サッカーならばそのようなアイデアはよく見る光景だが、野球であのようなアイデアと言うのは、全く見た事はないように思う。そう言う意味では、物凄いプレイだと思うのだが、スポーツニュースではそれほど大騒ぎではなかった。私にとって珍しいプレイ程度なのだろうか。誰か、そのあたり野球に詳しい方がいたら教えてください。



 とは言え、あの瞬間、イチローは瞬時の判断で、激突でもなく迂回でもなく、ベリーロールを選択したのだろうか。こんなプレイを事前に練習していたとは思えない。捕手と向き合った時に、そのアイデアがヒラメいたのか。もしそうだとしたら何と言う想像力だろうか。本当に凄いアスリートだと思う。

 改めて、彼がサッカーを選択しなかった事を残念に思おう。
posted by 武藤文雄 at 23:10| Comment(10) | TrackBack(1) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月26日

年末恒例行事

 たまにはサッカーと関係ない話。

 年末の恒例行事となると、言うまでも無く天皇杯の終盤戦なり、年賀状作成なりとなる訳だが、それ以外の2つの恒例行事?について。



 1つは塩野七生先生の「ローマ人の物語」が毎年年末に発刊される事。今日、ようやく読了した。拙blogでも、たまに塩野先生は取り上げた事がある。古代ローマ帝国史も愉しいが、旧作のヴェネチアやフィレンツェ史を含め、先生が述べられるイタリア人のご先祖様たちの鮮やかなリアリズムを読むのは愉しい。そして、彼ら(少しく彼女ら)を愉しむ事は、カテナチオの陰々滅々さを愉しむのに通じるところがあると思っている。

 「ローマ人」も全15巻構想との事だが、ついに13巻まで来た。今年のタイトルは「最後の努力」。栄華を誇ったローマ帝国の危機的状況を建て直そうとした2人の天才肌の皇帝が主人公。ローマ帝国の衰退については、最近の2巻で「盛者必衰論+優秀なTOPの不在」が淡々と述べられてきた。しかし、最新巻の2人の天才皇帝は紛れも無く優秀、現実を見据えながら帝国を生き長らえさせようとして、冷徹な施策を打つ。しかし、その施策が国から伝統的な「ローマ的な良さ」を奪う事になる矛盾。さらにこの2人の「よかれと思った行動」が、ローマ滅亡後の欧州の中世を暗黒時代にしてしまう発端となる。流れが悪いと、リーダが優秀であれば優秀であるほど、事態が悪くなると言う事か!

 強引にサッカーにこじつけると、衰え行くチームを建て直すにはどうすべきかと言う課題へのヒントになるのかもしれない。と、言う事で(以下自粛)...



 もう1つは、急に格調が下がりますがゴジラ映画。ここ数年、毎年年末にゴジラ映画が公開されるのが恒例となっており、坊主を連れて行く訳。昨日の国立観戦に続いて、今日は坊主とゴジラ観戦となった次第。

 坊主とゴジラを観に行くのは結構感慨深いものがある。と言うのは、自分が小学生の時に何度か父に連れて行ってもらったのを思い出すから。特に今年の作品は「ゴジラ生誕50周年」だそうで、さらに「最終作品」とうたっているためか、過去の名怪獣?が多数登場。新しい怪獣が出てくる度に、坊主から「あれは何と言う怪獣だ」と、問いかけが来る。サッカー観戦とあまり変わらないな。

 確かにこの手のシリーズ物(と言うのかね、まあ50年続いていると言うのは凄いな)を愉しんでいると、過去の名場面?との想いが錯綜するのは、サッカーも変わらないのかもしれない。今日観た作品で老科学者を演じていた佐原健二氏は、あの「ウルトラQ」の主人公ではないか。

 と言う事で、私の坊主が自分の息子を国立競技場に連れて行く時代になれば、アルゼンチンやブラジルと互角に戦えるのではないかと、妄想を抱くのは愉しい。
posted by 武藤文雄 at 23:24| Comment(5) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする