2004年08月28日

野球の敗退は大事件ではないのか

 私の感覚からすると、五輪でフル代表チームの野球が豪州に敗れたと言うのは、我が国にとって驚天動地の屈辱であり、野球界の根底を覆す大事件ではないかと思うのだが、どうもそうではないらしい。選手たちは無事?帰国し、単独チームでの試合に復帰し始めているし、現場監督の重責を担った中畑氏に対して(サッカー五輪監督の山本氏に対して頻出している)「人格否定」までの厳しい批判もあまり聞かれない(もっとも、ほとんどのファンは、中畑氏に対する期待など最初から全く持っていなかったのかもしれないが)。さらに驚いたのは、銅メダルに終わった事にさえ「よくやった」的な報道がある事。さらに一部の選手に至っては「最低限の仕事はできた」との発言(サッカーの日本代表選手が格下の代表チームに敗れた後、その種の発言をしたとしたら大変な事になるだろう(笑))。
 私などは単なるサッカー狂に過ぎないから、野球が負けたとしても「だからケシカラン」と言うつもりはない。「もう少しやりようがあったのではないか」と思う程度だ。しかし、野球の熱心なファンの方々は、このような現況に我慢できるのだろうか。

 以下は邪推である。
 おそらく、スポーツとしての成り立ちそのものが野球とサッカーでは根底から異なっているのではないか。
 考えてみれば日本サッカー界は昔から「日本代表が勝った、負けた」と大騒ぎし、他国との相対関係に一喜一憂する日々を送ってきた。そして、日本代表強化のために、強国である先達(欧州だったり南米だったり韓国だったり)に学び続けてきた。結果として、日本代表をピラミッドの頂点に、日本中津々浦々に少年サッカーを普及させる分厚い強化システムを作り上げ、ようやくの事世界の列強と伍する実力をつけてきた(だから、たとえ相手がイタリアやパラグアイのような強豪だろうが、負ければ本当に悔しくて悔しくて仕方が無いのだ)。
 代表チームだけではない。日本サッカー界は、組織化された欧州のプロリーグやクラブ運営などを熱心に吸収してきた。それにより先進国同様に、多くの人がサッカーそのものを蹴ったり観たり語ったりする事で愉しめるからだ。結果的に、現在の日本サッカー界は、女性や子供でも安心してサッカーを愉しめる環境、日本代表やJリーグのチームを敵地まで追いかけて熱心に応援するサポータ、日本中で行われるフットサルや草サッカーなど、様々な側面でサッカーを普及させる事に成功している。
 つまり、日本サッカー界は、あらかじめ壮大な目標、つまり「日本代表の強化、そのためのサッカーの普及」と言うわかりやすい方向性が共通認識としてあるのだ。だから、議論は目的ではなく、方法論に絞る事ができる。「監督はジーコ氏でよいのか」、「Jリーグと代表強化の兼ね合いはどうすべきか」、「女子サッカーの普及をどうしたらよいか」、「少年サッカーのあるべき姿は」などの議論も、意見は百出でまとまりはしないかもしれないが、最終目標は明確なのだ。

 ところが、野球はサッカーと比較して普及の度合いも歴史も深いためか、目標そのものがハッキリしないのだろう。昔、正力松太郎氏が語ったと言う「日米決戦の勝利」は少なくとも、現時点での野球界の目標になっているようには思えない。話は飛ぶが、昨今のプロ野球合併問題にしても、「どの方向に進むべきか」が全くないところで、合併の是非、リーグ統合の良し悪し、選手会の立場、アマ球界とプロ球界の関係など、方法論の議論になるので隘路に嵌ってしまう。少なくとも、意見を言う前に「自らが考える目標」も発言すべきだと思うのだが。
 今回の野球の代表チームが「優勝を目指していた」事は確かだ。一部の選手たちが感じていたプレッシャは相当なものだったようだし(例えば、一塁へのヘッドスライディングは、巧くない方法だと言うのは子供だって知っている事だ)。しかし、野球界そのものが、どちらに行くべきかの結論や方向性が出ていない以上、代表チームの位置づけが曖昧なものになるのは仕方が無い事なのだろう。

 ただし、私はだから「サッカーが野球より優れている」と言う気は毛頭ない。目標が明確であれば行動はしやすい事は確かだが、目標が不明確であるのはそれだけ物事が成熟していると言う事でもある。また、サッカー関係者が皆共通の目標のみを考えているのが本当に健全なのかも、よくわからない。ただ、たまに野球の事を考えてみるのも、サッカーの役に立つかなと想い考察した次第。
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2004年03月26日

ニュースステーション終了

 ちょっと驚いたのは、この番組は1985年10月に開始されたと言う事だ。あの「木村和司の日韓戦」が行われた、忘れ難い月ではないか。以前も触れたが、この年は私が社会に出た年でもあり(つまり今も働いている本業の会社に入った年だな)、そういう意味でも私にとって印象的な年だ。あれから、ずっと続いていた訳だ。

 あの日韓戦の直前に森監督が出演し、久米宏氏が「同じ日にタイガース対ライオンズの日本シリーズがあり、観客動員は大丈夫でしょうか」と言う質問をしたのが記憶に残っている(森氏は「日本のサッカーファンを信じています、皆応援に来てくれると思います」と、いかにも森氏らしい誠実な回答をした。事実国立は満員になった、今では当たり前の事だが、当時国立が満員になるのは大変な事だったのだ)。

 あの97年の死闘の最中の久米氏のセリフも忘れられない。「いや、これだけもがく事が面白いのですね」その通りです。さすがサッカーは素人でも、客商売の玄人の理解力は違うと思った。サッカーのタイトルマッチの面白さの本質を見抜いたのだ。さらに、氏の当時のチームメートだった小宮悦子氏。あのジョホールバルで、試合前に小宮氏がホテルのロビーに登場した時は忘れ難い。「花」のある大美人の登場、ロビー中が小宮氏に注目、その中で女王は堂々と試合場に向かった。いや、それだけ。

 私にとっての久米氏は、「ぴったしカンカン」の軽妙な司会者の印象が強過ぎる。そのためもあり、TV局の方針に合わせていたのだろうが左寄りの論評もあって、ニュースキャスタとしては苦手なものがあった。でも、18年の継続は凄いよね。うん、私も日記を続けようと思いました。最後の場面、「よくも続けた、自分をほめたい」と言いつつ、ラベルを隠しながら(この気配りがプロなんだろうな)自分のグラスにだけビールを注いで、視聴者に乾杯を要求した。それには私は応えられる。ご苦労様でした。乾杯。 
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2004年03月21日

いかりや長介氏逝去について

 小学生時代にあのような楽しさを提供してくれた事に、最大限の感謝をすると共に、心から冥福を祈りたい。

 ただし、この「1億国民が皆、偉大なコメディアン(俳優)が亡くなりました」と言う報道には、物凄い違和感を感じる。私は典型的な「8時だよ、全員集合」世代、毎週ドリフに大笑いしたドリフギャグの最大の享受者の1人である。先般の荒井注氏に続いてのこの悲報は本当に寂しい(なお、私にとってのドリフターズは、いかりや、荒井、高木、仲本、加藤であり、志村は存在しない)。しかし、全盛時代の「全員集合」の評価は、「下品だ」、「人の頭を簡単に殴るな」、「子供だましだ」(おっしゃる通り、当時のだまされていた子供もそう思う)など、悪評たらたらだったのだ。その批判はどこに行ってしまったのか。

 亡くなったいかりや氏だって、ポジティブな評価のみを望んでいるとはとても思えないのだが。
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2004年01月18日

予選は最高

 何気なくテレビをつけたら、バスケット女子の五輪予選、準決勝の韓国戦をやっていた。3位までが出場権を獲得するとの事だが、ここまでの新聞報道によると、戦闘能力的に韓国に勝つのは難しく、むしろ3位決定戦の台湾戦が勝負どころと目されていたようだ。

 しかし、どうしてどうして。この韓国戦も全く互角の戦いを見せる。中盤突き放されそうになるが、苦しいところで3ポイントシュートで粘る。そして、後半終了間際まで1点差で負けているところを、あと10数秒のところで3ポイントで逆転。これで勝ったかと思ったが、あと4秒のところでフリースローを与えてしまい、同点となる。延長戦は、5点リードするも、ミスから逆転される。それでも終盤同点とし、さらに最後の最後にシュートを決めるも、タイムアップとなっており再延長に。そして、再延長では、とうとう韓国が根負けしてミスを連発し、完全に突き放す事に成功した。

 バスケットと言うのは、サッカーと異なり、時計は完全にオープンで、秒刻みで残り時間がわかる。最後の最後、日本が時間稼ぎでボールキープしているところで、観衆がカウントダウンして祝福。いや、おめでとうございます。当方も、男女とも続くのだ。



 やはり、予選はいい。特に勝てば最高だ。この日も最初は、何気なく見ていた試合だが、試合終盤の興奮たるやなかった。

 そして、今年は予選がたっぷり愉しめる年だ。今日の大和撫子たちの奮闘で、改めて今シーズンへの期待が高まってきた。ワールドカップの1次予選、上記した五輪予選(女子のもある)、そして、予選ではないが、アジアカップ、五輪本大会。ベガルタの復帰を目指す艱難辛苦の44試合の超過密日程に加えて、これだけの愉しみがあるのだから、こたえられないシーズンとなる。SARS騒動による五輪予選の遅れと、ワールドカップ予選の前倒しにより、凄いタイトルマッチが並ぶ事になった。これほど、濃厚な愉しみに満ちたシーズンは、生涯初めての経験だ。選手達も大変だが、40代半ばとなる自分も、身体と気持ちが持つかどうか、ちょっと心配だが。今日だって、テレビ桟敷で疲労しきったのだから。



 それにしても、我が故郷仙台で代表チームのタイトルマッチをやるのは、いかがなものかと思った(笑)が、よかった、よかった。え、トルコ戦は仙台ではなくて、利府だって?
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2003年10月20日

ラグビーワールドカップ、日本−フランス

 スコットランドとの大健闘の次は、強豪フランス。
 フランスのラグビーには、そこそこ思い入れがある。私が世界のラグビーを初めてじっくり愉しむ事ができたのは、87年の第1回ワールドカップ。この大会で印象的だったのはまずフランス。それまでラグビーと言うものは最後は肉体能力で勝負がつくと考えていた私の偏見を打ち破る美しい「フットボール」だった。他国のパス回しが、比較的一本調子なのに対して(もっとも豪州やNZのそれは一本調子でも高速かつ正確なのだが)、フランスのそれは左右どちらに行くか、長短どこに届くか、見事に意表をつく変化が絶妙。さらに当時の主将FBのブランコが、独特のタイミングでラインに加わり、受け手として変化をつけ、さらにパス出し、突破も担当する縦横無尽さ。準決勝の豪州戦の終了間際の逆転劇には、本当に興奮したものだった。80年代の「フランス」と言えば、プラティニ将軍が率いる華麗なMFのパス回し。フランスラグビーも、サッカー同様、技巧と知性を組み合わせたパス回しが愉しめるのも、面白かった。
 
 そのフランスとの戦い。日本はスコットランド戦同様、激しく知的に戦った。スコットランド戦同様、タックル、ラインアウトはよかった(さすがにスクラムはやや劣勢だったが、破綻はきたさなかった)。またペナルティキックも素晴らしい精度で着実に加点。さらにフル出場したSOミラーが、独特の溜めを作り変化をつける。前の試合で(私なりに勉強した)モールでのキープも(ウィリアムズの助言通り?)改善されたように見えた。本当に素晴らしい試合を見せたと思う。
 しかしながら、戦闘能力はやはり格段に相手が上。フランスは、スコットランド以上に単独で敵を抜き去る技術が高いと見た。ボールを持ってのステップワークが、速い事も速いが、何とも軟らかい。ゴールライン前(ラグビーもゴールラインと呼ぶのだろうか)での攻防で、その差が顕著に出た。
 ただ残念なのは、敵キックオフ直後の攻防。立ち上がり早々の先制時(3−0とリード)、後半追い上げた際(20−19と1点差に追い上げる)、それぞれの敵キックオフ直後に、巧くボールをキープできずに、日本陣でボールを奪われ、すぐに失点してしまった。あの2つの場面、巧く切り抜けられれば、相当戦えたのではないかと思うのだが。
posted by 武藤文雄 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2003年10月16日

ラグビーとの類似性にこだわる −偉大な先達に感謝−

 昨日ラグビー日本代表に関して、いい加減な講釈を垂れたら、掲示板にmasuda氏より早速突っ込みがあった。曰く「モールを維持しようとするとおしくらまんじゅうに負けてライン形成どころじゃなくなるのを恐れての高速展開ですから、アレはアレでいいんですよ。」

 これを読んで、昨日以上にサッカーとの類似性が、より正確に理解できた。サッカーと全く同じではないか。つまり、サッカーで「ボールキープ力」が弱いチーム(つまりキープのためのドリブルが巧くできる選手が少ないチーム)は、相手の守備が固まっていて速攻をかけられない状況でも、中盤でキープしきれないと、苦し紛れに「前に」」蹴りだすなり、「後ろに」逃げのパスを出す。ラグビーで「ボールキープ力」が弱いチーム(つまりモールのおしくらまんじゅうに勝てる選手が少ないチーム)は、相手の守備が固まっていて速攻がかけられない状況でも、ライン形成どころでなくなると、苦し紛れに「前に」蹴りだすなり、「後ろに」逃げのパスを出す。

 こう整理すると(整理できているかどうかはさておき)、自分の幸福を改めて感じる。現在のサッカー日本代表チームが、世界のどの代表チームと対しても、相当な「ボールキープ力」を持つ事ができ、相応の抵抗が可能な事を。

 思えば、私がサッカーをまともに見始めた約30年前。日本代表の「ボールキープ力」は、アジアの中でも決して優れたものではなかった。それに対する改善の手法は明確だった。1968年のメキシコ五輪銅メダルチームのコーチ岡野氏(前協会会長)は、「日本は世界一ボールコントロールが下手な国だ。その対策としては、幼少時からボールになじむ必要がある」と論陣を張った。幸いにも、日本の現場にはその問いに堂々と応える事のできる天才的な指導者がいた。

 枚方FCの近江達氏は、ジュニアレベルにおいて、卓越した理論に基づきボール扱いにすぐれ知的な判断ができる選手を多数育成した。藤枝東高の故長池実氏、静岡学園の井田勝通氏らは、ユースレベルにおいて技巧に優れ勝負にも拘泥できる有能な選手を多数輩出した。

 このような天才的指導者を先駆者として、日本中のサッカーおじさんが(おばさんもいました)技巧を重視した選手育成を行い、今日では日本中から技巧的で野心あふれる若者が次々に登場する事と相成った。かくして、我々は「ボールキープ力」に苦労しない代表チームを保有している。そのチーム運営に多々問題があるにせよ(その点に対する怒りは大きいのだが)、私はその幸福を噛み締めている。
posted by 武藤文雄 at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2003年10月15日

ラグビーワールドカップ、日本−スコットランド

 先週末よりラグビーワールドカップが始まった。日本の初戦の相手は強豪スコットランド。日本は素晴らしいプレイを見せて大健闘。日本の1つ1つのプレイは素晴らしく、実に愉しめる試合だった。私が見た日本の試合としては、最高レベルの試合ではないかとも思えた。

 日本の戦いぶりで感心したのは、気迫に満ちたタックルに加え合理的に戦った事。過去私が見た日本代表はラインアウト確保を苦手としていたが、この日は巧みなサインプレイでほぼ100%マイボールを確保。また、少々距離があっても、狙える距離のペナルティはキックを選択し確実に3点を狙う。これも往々にして日本のチームは、「トライ狙い」で、つなぐ事を選択する事が多いのだがこの日は違った。自陣でのオフサイドを避けるための丁寧に辛抱した位置取りも見事なものだった。

 しかし、これだけ見事な戦いぶりを見せながらも、正直言って「勝つのは難しい」ほど圧倒的に押され、最後は21点差で完敗。試合中は、敵を突破する個人能力(フィジカルで打ち抜こうとする突破、あるいはステップワークでの突破、いずれも相当な差があるように思えた)に大きな差があるためだろうかと思った。



 そう思っていたら、今日の日本経済新聞で、かつての神戸製鋼の名ウィング、イアン・ウィリアムズが、日本の検討を讃えた上で、実に明晰に敗因を整理してくれた。曰く「相手の強いプレッシャを受けると、後方へのパスやキックで逃げたくなるもの...たとえゲインできなくても、ボールを保持した方がよかった。」そう言われてハッとした。確かにモールなりラックなりになって、日本は巧くボールを安定して保持できていなかった。さらには、モールでのキープには拘泥せず、比較的早いタイミングのパス出しから突破を狙っていた。

 つまり、サッカーと同じなのだ。すぐにつなげる時は速攻(サッカーならば前線へのフィードであり、ラグビーならパスとなる)がよい、しかし味方の体勢が整っていない時は何がしかの方法でキープして遅攻(サッカーならば丁寧にパスをつなぎ敵DFの穴を探す、ラグビーならばモールでキープし味方のラインが揃うの待つ)。サッカーと違って「ラグビータックル」が許されているラグビー(ええいややこしい!)では、「パス」の選択は「確実なキープ」ではなく、速攻の仕掛けなのが面白いが。

 日本代表の気迫あふれる素晴らしい試合と、名手ウィリアムズの名解説で、ラグビーの観戦能力を相当向上させる事ができた。何のかの言って、兄弟フットボールである。日本は今後フランス戦を残すなど、楽ではない戦いが続く。しかし、スコットランド戦と同等のファイトをすれば、相当な試合ができるはず。

 日本の検討を含め、世界最高峰のワールドカップを1ヵ月、じっくりと愉しんでいきたい。
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2003年09月30日

野球の代表チーム

 昨日はジーコジャパンの欧州遠征のメンバが発表された訳だが、同じく長嶋ジャパンのメンバも発表された。面白くない事に新聞の扱いは後者の方が大きい。まあ、ここは「監督の差」として諦める事にするか(選手ジーコと選手長嶋とどちらが偉大かと言う命題は、酒の肴として非常に面白い、私は後者を支持しますが)。

 考えてみるとこの10月は、ベガルタの綱渡りを軸にしたJ終盤の戦い、欧州遠征で難敵とのアウェイ2試合と、サッカーだけでも存分なイベントが準備されているのに加え、ラグビーワールドカップ、そして野球の五輪予選と、贅沢そのもの。私にとって、サッカー以外のスポーツはどうしても表層的な見方しかできないが、映像を見るのはやはり大いなる娯楽。ありがたいものだ。

 ともあれ、野球のフル代表である。正直、今回の選考について、サッカー狂としては理解不能な事が2点ある。競技が異なれば、その考え方も異なってくるものだろうが、一方で新聞やWEBサイトを見ても、私の悩みに答えてくれる記事は見つからないのは、何となく不思議である。

 疑問その1。野茂、イチロー、松井(ゴジラの方)らの不選考。長嶋監督のインタビューによると、「メジャーリーグがメジャーでプレイする選手の五輪予選出場を禁止したから」と言う理由だと言う。よくわからない。一体、どのような権利でメジャーリーグは、個々の選手にそのような干渉が可能なのだろうか。メジャーの選手は皆そのような決定に盲従するような契約を結んでいるのだろうか。例えば、メジャーでプレイしている韓国人が、兵役を免除してもらうために五輪予選でプレイしたいと望んだ場合も許されないのだろうか。訴訟社会の合衆国で、どのような強制力でこのような不可解な意思決定が行われたのだろうか。

 疑問2つ目。日本選手権に出場するタイガース、ホークスの選手に辞退する選手がいる事。日本選手権組は全員辞退ならば、残念ではあるが理解はできなくもない。しかし、出場する選手と辞退する選手がいるのはどうした事か。例えば井川については「ちょっと肉体的に違和感」があるための辞退と言うが、そんな事を大事な日本選手権前に公開してよいものだろうか。そのように発表してしまった上で、日本選手権で井川が八面六臂の大活躍をした場合(ホークス関係者には失礼だが、その可能性は決して低くないと思うが)、それでも「代表辞退」が正当化されるのだろうか。逆に日本選手権での活躍に疑問符がつくほど、体調が悪いとしたら、今その情報を公開してしまったら、タイガースは極めて不利な状況に追い込まれるが、そのような情報統制をしなくてよいのものなのだろうか。



 まあ、いいや。しょせん、ヒトゴトでもあるし。とは言え、松井がボカスカ打ち、井川が快投乱麻して、韓国、台湾を予選で殲滅する事。アテネ本大会決勝でメジャーのスーパスターを並べた合衆国を、ありとあらゆる創意工夫で打ち破る事。この2つを無責任な立場で期待しつつ、見守りたい。
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2003年08月29日

驚異の末續

 世界陸上の200mで末續が決勝進出した。短距離走で、日本選手が世界大会で決勝進出する時代が来るのは信じられない思いだ。しかも、準決勝までのいずれのレースを見ても、余裕綽々。何がしかの幸運ではなく、完璧な実力による勝利。決勝がどうなるかはわからないが、この堂々たる決勝進出だけで、形容し難い素晴らしさだ。

 91年、東京で行われた世界陸上。末續のコーチを務めている高野浩氏が、400mで決勝進出した。その時の国内の熱狂振りは忘れがたい。しかし、一方で日本人(と言うより東アジア人)が世界のトップレベルと互角に戦うとしたら、400mが精一杯で、それより距離が短くなると、筋力の問題から難しいのではないかと思ったものだった。しかし、この2日間の末續の勝ちっぷりを見ると、そのような謙虚さは全くの杞憂だった事を確信させてくれる。

 柔軟さを保持しながらも十分強化された筋力、無理が無く安定したフォーム。素人目に見ても、末續自身の(天性に加えての)相当な努力、高野氏を軸とする適切な指導(無論、相当な科学的な積み上げがあった事が予想される)が、あった事は間違いなかろう。



 この末續(及びそのチーム)の奮闘を見て、私は確信した。陸上の短距離でさえ十分やれるのだ。複合競技であるサッカーが世界一になれない訳がない。私が生きているうちは叶わないかもしれないが、総合的なサッカー国力?を積み上げていけば、いつか、必ず。



 余談、服部がジュビロ入りする前、東海大に在籍していた事があった。高野氏が真剣に服部に中距離ランナーへの転向を奨めたと言う噂を聞いた事があるのだが。
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2003年08月25日

美しき同級生

 世界陸上が行われている。サッカーのような複合競技とは全く異なる個の強さの争いはそれはそれでとても面白い。 

 先日、女子100mの1次予選を見ていた。タレントを案内役にした最近の民放TV得意の演出には辟易するが、サッカーで鍛え抜いた不要な音をフィルタリングする能力があれば気にならない。一方民放TVの演出で便利なのは、有力選手を(やや軽薄な呼び名付きで)紹介してくれる事。その紹介VTRを見ながら妻と「昔のオッティのような美人がいないなあ」などと無責任な感想を述べていた。ジャマイカ代表のオッティは80年代から90年代後半まで女子短距離界をリードしたスーパースター。



 と、ところが、オッティがまた登場したのだ。正直、ビックリした。確か彼女は私が学生時代から、トップアスリートだったはず。慌ててインタネットで、彼女の経歴を調べると...

 何と、オッティは60年5月10日生まれ(60の前は昭和ではなく、西暦19です)。おお、私の同級生ではないか。今までも再三吹いているが、サッカー界に私は優秀な同級生を多数持っている。ディエゴ、F・バレージ、カレッカ、ブレーメ、水沼、柱谷兄、トリニータの小林伸二...だから、どうだと言われると困るが。さらにどうでもいいが、オッティは、バレシの2日後に生まれている。

 2月28日の日記で述べたが、同級生で未だ健在のは、ザスパ草津のサントスくらい。ところが、女子陸上界にサントスと同等な?!偉大な、現役を継続しいるスーパースターがいたと言う訳。さらに不思議な事に国籍も変わっていた、何とザホビッチのスロベニアではないか。



 この同級生屈指の美女は1次予選を速い速い11秒台前半で楽にクリア、しかしさすがに準決勝は勝ち抜けなかったが、タイムは11.2秒。いやあ、男を含めて現在世界最速の1960年生まれと言う気もしますな。
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