2012年01月01日

元日に澤と大野を堪能する

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。本年の講釈は、全日本女子選手権決勝からスタートします。

 レオネッサは4DFの前に澤がアンカー。その前に池笑然と南山が位置取り、最前線は川澄と高瀬が左右に開き、引き気味のCFに大野。ただし、大野は中盤深く引く時もあり、その時は池笑然が前線に上がってくる。
 アルビレックスは、フラットな4DFと4MFでゾーンの網を張り、上尾野辺と大柄な菅澤の2トップ。しかし、上尾野辺は守備に回ると中盤に引いて他のMFと共に敵を挟み込む役割なので、4−4−1−1と言える並びだ。

 開始早々に、自ペナルティエリア直前に澤がプレゼントパスをするもアルビレックスのシュートが弱く海堀の正面を突くと言うハプニングがあった。けれども、それ以降は予想通り、レオネッサが攻勢をとる。しかし、アルビレックスの8人に上尾野辺が絡む守備網が機能し、川澄や大野が前向きで受けられるようなよいボールが入らない。それでも、レオネッサは、この2人や池笑然の個人技、あるいは攻撃第一波をはね返した直後のアルビレックスの修正遅れから、幾度か好機を掴むが、GK大友のよい判断もあり崩しきれなかった。
 アルビレックスは、主将の左サイドバック山本の前進に、阪口が長いボールを合わせる攻撃を再三見せるが、サイドまでは行けても、ゴールまでの距離は遠く、好機は作れない。日本の女子サッカーでは、タッチ沿いからクロスを入れるのでは、ボールのスピードが十分ではなく好機になりづらい。ペナルティエリア幅くらいまで、中をえぐらなければならないのだが、そのためには大野や川澄クラスの技巧の冴えが必要になるのだ。
 また、アルビレックスが最前線の菅澤に縦パスを入れても、田中明日菜の厳しいマークにボールがキープできず形にならない。この試合に関しては、MVPは田中だろう。菅澤を完封し、アルビレックスの逆襲をつぶし、3点目も決めた。この堅実な守備振りを伸ばし、代表の定位置争いに割って入って欲しいところだ。

 そして0−0で前半終了と思われた44分、レオネッサのハーフウェイラインやや越えたあたりからのFK、池が蹴ったボールに対し、左サイド深くに向かい澤が見事な動き出しの早さで裏を突く事に成功、GK大友はかろうじてしのぐが、こぼれたところを南山が詰めて先制した。数分前に田中と上尾野辺が交錯し、2人とも頭にバンデージを巻く負傷。田中はすぐにピッチに戻ったが、上尾野辺は担架で運び出される状態で回復が遅れ、このFKの時にピッチに戻ろうとした。ところが、主審と4審の連携が悪く、上尾野辺がピッチ入りするのに時間がかかり、アルビレックス選手たちがやや集中を欠く状態になってしまった。その一瞬の隙を見逃さず、勝負どころを見極めた澤の判断力を褒めたたえるしかあるまい。しかも、この試合澤が最前線に進出したのは、この場面が初めての事だったのだ。

 後半立ち上がり、レオネッサは攻撃を修正する。高瀬のポジションをやや内側に修正して近賀を上がりやすくする。南山を前に押し出し、池を(あるいは大野を)後方に下げる。これにより、攻撃に変化が生まれた。そして、左右への揺さぶりから、高瀬が決めて勝負あり。とてもではないがアルビレックスが2点差をはね返せる雰囲気はなかった。
 アルビレックスは周到な作戦で、よく守っていたのだが、前半終了間際の澤の才気と、後半立ち上がりのレオネッサの変化にまでは対抗できなかった。戦闘能力差と言うものだろう。

 現実的に、重要な試合でレオネッサに他のチームが勝つのは、相当難しいように思う。澤と大野の存在が大きすぎるのだ。
 先制点時の澤のしたたかさは既に述べた。それとは別に、大野の的確な動きはすばらしかった。大野は、両軍の攻守両面をよく見張り、隙があるとそこを埋めに行く。アルビレックスに隙があれば、その隙を突いて点を取りに行くのは当然だが、自軍に隙があると丹念に几帳面にそこを埋めに行く。やや両軍にダレが見られた試合終盤、甘くなったレオネッサのプレスをかいくぐり、再三アルビレックスが逆襲を狙った。その際に忠実に追いかけたのは大野、レオネッサ守備陣が逆襲の第一波をはね返したボールをしっかり拾ったのは大野だったのだ。
 これだけ、敵のほんのちょっとした隙を突く狡猾さと、味方の小さなミスをしっかり埋める知性と献身を持つ選手が複数いると、ただでさえ大きな戦闘能力差が決定的なものになってしまう。
 
 まあ、文句を言う筋合いではないな。新年早々、大野忍の献身を堪能できたのだから。
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2011年09月09日

女子代表、やれやれ

 女子代表五輪予選北朝鮮戦だが、本業都合もあり、情報遮断して6時間時差で堪能した。ロスタイムの絶望感をたっぷりと堪能したが、すぐにネットを見て中国の苦杯による出場権獲得を知り、歓喜してしまった。落胆をたったの5分しか感じられなかったのだから、やはり完全に負け組でした。ここは中国−豪州戦も録画して観戦し、2時間たっぷりと不安感を持ちながら興奮すべきだったな。

 立ち上がり早々に、うまいパス回しから決定機を作り、大野が外してしまう。そして、それ以降は、完全に北朝鮮にペースをつかまれてしまった。いずれの選手も動き出しが遅く、球際の反応も鈍い。北朝鮮の各選手は技巧もしっかりしているが、1対1の対応もしつこいだけに、日本も相当厳しい対応が必要なのだが粘り切れない。ただし、最後の突破については、宮間や大野のような「驚き」を作れる選手がいなく、強引に仕掛けてくるだけなので、岩清水の読みで何とか決定機を許さずに試合は進んだ。
 予選前から懸念した通り、体調面での準備が十分でなかったのだろう。そして、ここまでの3連勝でほとんどの選手がいっぱいになってしまっていた。だったら、控えの選手を起用したいところだが、初戦のタイ戦で思うように機能しなかったためか、佐々木監督は韓国戦、豪州戦も、ベストメンバの継続にこだわってきた(この、こだわりは、ワールドカップよりも頑迷に見えた)。結果、全選手が疲労困憊状態、北朝鮮に中盤を蹂躙される事となった。そのため、上記した通り、岩清水を軸に、全選手が最終ラインで守る知的能力が格段な事を再認識できたが。宮間はきっと「押し込まれてはいるが、合衆国ほど攻撃は鋭くない」と考えていたに違いない。
 対して北朝鮮は、ワールドカップ終了後、この大会に向けて合わせてきたのだろう。ドーピングで5人が出場停止にはなったものの、非常によいチームだった。なるほど豪州と韓国にキッチリと勝ってくる訳だ。いや、むしろ不思議なのは中国と引き分けた事か。

 かくして、80分間しのぎ続けたこの試合。さすがに、ここまで煮詰まってくると、北朝鮮のプレスも緩くなってきた。そして、川端を軸に右サイドに起点を作り、後方から押し上げた岩清水が精度の高いロングボール、北朝鮮のCBはトップの永里を抑え切れず、日本が冗談のような先制点を決めてしまった。もちろん、この得点は偶然ではない。我慢に我慢を重ねて、イタリアっていた選手達の、不屈の闘志と知性が生み出した一撃だった。
 北朝鮮の選手たちの衝撃は相当のものだったようだ(そりゃそうだ、あそこまで押し込んだ試合をして、80分に点をとられて、まだ「これからだ!」と戦える不屈の闘志を持っているのは、日本女子代表くらいのものだ)。以降は、日本が落ち着いて、ボールキープができるようになった。

 そこで、佐々木監督の采配についての議論となる。
 85分あたりのコーナキックに佐々木氏がボールキープを指示した是非が話題になっているようだが、私はそう間違っているとは思わない。意気消沈した北朝鮮に対して、イニシアチブをとって、落ち着いてボールを保持して、時計を進めてしまうのは、1つの作戦である。
 しかし、そうだとしたら、選手達に、不用意に自陣内でボールを回させず、セーフティファーストのクリアを指示し、かつそのクリアを追い回す事ができる元気な選手を交代で投入するべきだろう。そもそも、選手交代そのものが時間稼ぎにもなるのだし。
 ところが、選手たちは非常に中途半端なプレイに終始。あの最後の失点場面、もちろん近賀のミスも残念だったが、そこに至る各選手からは、「とにかく安全にミスをしないように」と言う意識が感じられなかった。彼女たちほどの経験を積んでいても、ヘマをする時はヘマをするという事だろうか。もちろん、最大の問題は、佐々木氏の采配意図が不徹底だった事にあるのだが

 いずれにしても、佐々木氏の中途半端な指示と、優柔不断の交代策で、最後は同点に追いつかれてしまったこの試合。それでも、中国がヘマをして、日本の五輪代表が確定した。以前から何度も述べている通り、このようなレギュレーションでは、相互に星を食い合う事で、結果的に戦闘能力の高いチームが生き残るものだ。
 そういう意味では、ここまでの3試合で、キッチリと勝ち点9を確保していたのが、ここにきて効いてきた事になる。
 めでたし、めでたし。まずは素直に五輪出場を喜ぶ事にするか。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(5) | TrackBack(1) | 女子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月01日

佐々木監督のジーコ戦法の巻

 女子代表五輪予選、前半タイの集中した守備を崩せず苦戦したが、後半突き放し快勝。不満を言えばキリがないが、まずは上々のスタートと言ってよいだろう。

 短期間の連戦のため、ターンオーバを採用するとの噂は聞いていたが、中盤が総取っ替えなのには驚いた。最前線も永里と川澄の組み合わせだが、常に知的に献身していた安藤がいない。出場停止の岩清水と合わせ、ここまでメンバが変えてくるとは。参加国中最も楽な相手と言われているタイとの対戦ではあるが、「いくらなんでもジーコ方式はまずいのではないか」と心配になった。
 しかし、内容は悪くなかった。敵の逆襲に警戒を怠らず、丁寧にボールを回した攻撃が継続した。あれだけメンバが変われば連携も思うようにとれないし、「格」を持った選手がいないのだから個人能力でも崩せないのは仕方がない。
 しかもタイは、最前線に1人残して守備ブロックを固める。タイの各選手の局地戦のうまさ、粘り強い守備振りは、男のチームと同じ。またGKは158cmと言うが小柄で勇気抜群で、これもいかにもタイらしい。決して能力が低くない選手達にあれだけしっかり守られては、苦戦もやむなし。
 それにしても、タイの女子がこれだけの質のサッカーを見せてくれるのだから、女子サッカーも分厚くなってきたものだと思う。先日のドイツワールドカップの成功(観客動員やテレビ資料率)で、ブラッター氏以下のカネの亡者達が大喜びしていたが、タイの充実を見ると「彼らの言う通りだな」と、確かに感じる。タイだが、もう少し長距離疾走ができるようになれば、相当厄介な敵となってくれる事だろう。世界レベルで見ても、女子サッカーとしては珍しいサッカースタイルだけに愉しみだ。

 やはり宮間も大野もいないと、精度とか溜めが苦しい。最初から、この2人を前後半45分使うと言うやり方もあったと思うのだが。そう言う意味では、楽に勝ち抜けるかどうかのカギは、田中と上尾野辺が握っているように思える。この2人のいずれかが(阪口、澤のフォローの下で)機能すれば、いざとなったら大野を最前線に起用しやすくなる。今回の予選の相手は合衆国やドイツではない。とすれば、どうしても点を取りたい時に、大野の最前線での得点力は貴重なはず。
 もう1つ。(今さら遅いですけれども)このような試合で、宮間、大野を休ませたいならば、小林弥生とか宮本ともみのような大ベテランをメンバに入れておく手もあったはず。特に前半、皆が真面目にボールを回し、ひたすら攻め込もうとした時間帯、この2人のいずれかがいれば、テンポを落としたり、敵の隙を突いたり、色々な変化を付けられたと思うのだが。もちろん、選考できるメンバには限りがあり、先のある若手に経験を積ませる必要があるのは、痛いほどよくわかるのだが。

 豪州が北朝鮮に負け、中国と韓国は引き分けたとの事。戦闘能力差が少ないチーム同士の総当たり戦。お互いが星をつぶし合う可能性が高いやり方だけに、戦闘能力ナンバーワンの日本に有利な方式である事が、再確認された。
 難しい大会ではあるが、まずは順調なスタートを喜び、堂々たる成果を期待したい。
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2011年08月01日

澤の同点弾

 先般の女子ワールドカップ決勝、澤の同点弾について。あの劇的な得点、澤はいったい足のどこでシュートしたのだろうか。

 勝利後も、幾度も再生映像が流れたが、私にはさっぱりわからなかった。トーなのか、アウトフロント(足の甲の外側)なのか、アウトサイド(足の外側)なのか、ヒールなのか。さらに言えば、当てて方向を変えただけなのか、足首を捻ってスナップを利かせたのか、あるいは膝を使って能動的に方向を変えたのか。宮間がピタリと合わせて来たボールを、一体どのようにしてあのコースに飛ばしたのか。いくつもの可能性が考えられる、実に難解な一撃だった。
 サッカーの妙技は、場面的な劇的度が高いもの、技術的な難易度が高いものに2分されると思う。たとえば、前者の典型はジョホールバルの岡野の決勝点であり、後者の典型は06年ワールドカップのアルゼンチンでセルビアモンテネグロから奪ったカンビアッソの25本パス得点である。そして、今回の澤の得点は、その両方の特長を持っていると言う意味では、88年のファン・バステンが決めたあのボレーキックと同等に、記憶にも記録にも残る得点になるのではないか。ただし、ファン・バステンのそれは、技術的には極めてわかりやすく、「ファン・バステンすげ〜〜」で片付けられるものだった。しかし、澤のあの一撃は「一体何が起こったんだ!」と言う意味での奇跡性を含めると、正に世界サッカー史の金字塔と言われる得点になるのかもしれない。

 当たり前の話だが、ボールが来た方向に近い方向に蹴るより、この得点のようにボールが来た方向と蹴る方向が鈍角の方が格段に難しいのは言うまでもない。そして、蹴る方向に向かって外側の足(この場合は左足)ならば、腰を使えるから、難易度は低くなる。ただし、外側の足を使うためには、そのための空間と時間が必要だが、今回の澤の一撃は、合衆国DFの必死の寄せもあり、そのような余裕はなく、内側の右足を使うしかなかった。加えて、澤はボールの方向(あるいは宮間の方向)にトップスピードで走り込んでいたから、自分の進行方向より後方にボールを飛ばす必要があった。
 つまり敵DFを振り切るがための前進と、ボールを後方に飛ばすための足の運び、と言う全く矛盾した動きを同時にしなければならなかったのだ。

 どうやら、ご本人はあるテレビ番組で「アウトサイドで触れた感じ」と帰国後に語っていたらしい(私はその映像を見ていないが、twitterで複数の人がその旨の情報を伝えてくれた)。ただ、「アウトサイド」と行っても、上記した「アウトフロント」を「アウトサイド」と呼ぶ人もいるので、澤自身がどちらの意味で「アウトサイド」と語ったかは、よくわからない。また「触れた感じ」と言うからには、膝を使ったり、ミートの瞬間足首のスナップを使った訳では無く、足首の角度を合わせて当てて方向を変えたのだと推測できる。
 その状況で、強いシュートを枠に飛ばすためには、足首をよほど固定してかつ適切な場所にボールを当て、さらに膝をかぶせる事もできないから浮かさないためにも、ボールのやや上側に足を当てる必要がある。
 
 整理しよう。澤はあの場面、宮間のキックを信じ切り、そこしかない場所に動き出しをして、そのボールに合わせて内側の右足を伸ばし切りながら、足首と膝の角度に細心の注意を払い、ボールを浮かさないようにややボール上側を、足の外側(甲がかかっていたかは不明)で、枠に強いボールが飛ぶようにミートしたのだ。

 何と言う妙技なのだろうか。そして、あの究極の場面で、あの得点を決めるために、澤は一体どのような反復練習を積んで来たのだろうか。こんなシュート、「偶然に決めろ」と言われてもできはしない。周到に究極の準備がなされて、それでも数十回に1回決まるかどうかの一撃ではないのか。それを、澤と宮間は、あの場面で決めたのだ。
 世界一になるためには、なるだけの理由があるのだ。
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2011年07月21日

究極の贅沢に乾杯

 決勝前。
 日本も合衆国も、組織的な攻守が売りで、精神的にも粘り強く、攻撃に切り札を持っている。最前線のタレントの体幹の強さ、平均体重と身長、世界での優勝経験などの差から、先方の戦闘能力が上な事は間違いないけれど。
 日本のやり方は試合前から決まっていた。最前線からチェイシングを行い、敵の中盤から容易にパスを出させず、最終ラインで丁寧に受け渡しをして粘り強く守る。攻撃は中盤でボールを奪ってのショートカウンタ、サイドバックが上がってのサイドアタック、それにセットプレイ。無論、スカウティングによる合衆国各選手の特長、欠点に対する対応はあるにしても、チームとしてのやり方はそうは変わらない。
 一方、合衆国にはいくつかの選択肢があった。そして、ドイツ戦とスウェーデン戦は、彼女達にとって、格好のスカウティング材料となった。
 ドイツのやり方は、最前線から日本の守備陣に徹底してプレスをかける事だった。これにより、日本のパス回しを封じる事には成功した。しかし、攻撃はゴールに急ぎ過ぎ、浅い位置からのクロスが多くやや単調になり攻め切れず。北京五輪までの日本は角度の浅い位置からのクロスが弱点だった。しかし、この試合ではドイツの強引な攻撃を、全員の適切な連携と、岩清水の冷徹な指揮で防ぎ切った。さらに、あれだけ日本の最終ラインにプレスをかけたためだろう、終盤は特にドイツ前線の選手のスタミナ切れが顕著だった。
 スウェーデンのやり方は、最終ラインを固め、日本に攻めさせて、長いボールの逆襲を狙うものだった。これは、北京五輪で日本に対し、合衆国やドイツがとって成功したやり方。日本の攻撃を最終ラインで止めて、攻め疲れを突いた。ところが、この準決勝、スウェーデンは、澤のミスパスから先制点を奪い優位な体勢に立ちながら、引いた事で自由にボールを受ける事ができた大野と宮間に粉砕された。

 北京五輪と比較し、攻守両面で明らかに向上している日本に対し、合衆国はこのドイツとスウェーデンの失敗を的確に分析した策をとってきた。まず守備面では、澤と阪口に強烈なプレスをかけてきたのだ。この2人からパスが出なければ、日本の攻撃は寸断される。ただし、日本のDFまでは深いチェイスをしない。これによりドイツほど最前線の選手は疲弊しない。
 さらに、単純なクロスは上げず、サイドチェンジを使い、逆サイドに人数をかけた突破をねらってきた。日本の両サイドバックの近賀と鮫島は足はかなり速いが、合衆国のサイドチェンジのタイミングの早さと射程距離の長さは相当で、どうしてもサイドで数的優位を作られ、幾度も突破されてしまった。
 戦闘能力がより高い相手と決勝で戦う難しさは、敵が用意周到に勝つ確率を高めてくる事にある。この手の大会はどんなチームでも決勝にたどり着く前にカードを出し切ってしまうからだ。それでも、日本は岩清水を軸にしつこく守り、阪口がこぼれ球に適切に反応し、合衆国のシュートミスにも助けられ(日本が粘ったからシュートが外れると言う見方もある)、前半を無失点でしのぐ事に成功した。
 阪口と澤が押さえられているのだから、比較的プレッシャがかかっていない岩清水が前線につなぐ事で(ドイツ戦の決勝点も、スウェーデン戦の先制点も、岩清水の正確で速いパスから生まれたものだった)、活路を開きたいところだったが、あれだけ猛攻されるとさすがに岩清水もそこまでの余力はないようだった。
 ここで苦境を救ったのは大野だった。他の中盤の3人が、合衆国のプレスに押し込まれる中、忠実に守備をこなしつつ、幾度も前進し好機を演出した。判断のよい素早い前進と、正確なファーストタッチと、加速のよいドリブルを駆使して。安藤に通したスルーパスが、もう数10センチ内側に通っていたら、日本は前半に先制できるところだった。もちろん、合衆国の守備陣の網が、その数10センチを許してくれなかったのだが。この大野の奮闘があったからこそ、合衆国の序盤の猛攻は、30分過ぎにとだえた。最も得点が期待できる大野の中盤起用には再三疑問を述べてきたが、佐々木監督の慧眼に脱帽。これはワールドカップの決勝戦、大野のプレイに78年のアルディレス、94年のジーニョを思い出した。

 後半も序盤押し込まれるが、徐々に合衆国のプレスも緩くなり、阪口が展開できるようになってくる。そして20分過ぎ、佐々木監督は永里と丸山を、大野、安藤に代え同時投入。2人の前線選手の同時投入は、チーム全体に「ここまで我慢してきたが攻めるぞ」と言うメッセージになる。丸山と永里は強さに魅力がある。これまでの安藤の質のよい動き出しと、大野の切れのより技巧による攻撃からの変化に、明らかに敵守備陣が混乱する。ベンチに実績のあるFWを2枚置いておけた事そのものが、このチームの充実を示すものだ。
 けれども、ここから試合は予想外の展開となっていく。丸山との少人数攻撃から、永里が強引にシュートに持ち込もうとするも、敵CBと見事な速さで戻ってきた敵MFに囲まれてボールを奪われる。そのボールを奪ったラピノーが、高精度なロングフィード。見事な動き出しを見せたモーガンに、この日見事な守備ぶりを見せていた熊谷が振り切られ、ついに失点してしまった。
 昨年の欧州チャンピオンズリーグ決勝で、モウリーニョインテルが、バイエルンを仕留めた速攻を思い出した。どうやって、これを防ぐと言うのか?永里が無理をすべきではなかった?永里はあそこで無理をして得点を狙うために起用されているのだ。阪口なり澤の押し上げが遅かった?あれは合衆国の中盤選手の戻りを誉めるべきだろう。熊谷のマークが緩慢だった?そうかもしれない、でもあの精度のパスに合わせて事前に前を向いて全力疾走するモーガンをどう押さえるべきか。ここはラピノーとモーガンに脱帽するしかない。
 しかし、序盤に日本を悩ませた合衆国のプレスはもうない。全体のラインをコンパクトにして、阪口を起点に、澤と宮間の前進が顕著に。
 川澄がボールを奪った時、宮間は相当後方にいた。永里の前進時に手を上げてファーに走り込むのが映ったが、実に見事な長駆。そして敵陣前の錯綜。合衆国DFがクリアしたボールを、とっさに腿でコントロール。ここまで来れば、宮間にとってブロックするGKの逆を突いて流し込むのは何も問題がない。それにしても、あの腿のトラップは、長駆直後の偶然とも言える場面で見せた、信じ難い技巧の冴えだった。
 敵陣でボールを奪ってのショートカウンタは、常にこのチームが狙っている攻撃。川澄のパスを受けた永里の見事な切り返しからの低いボールに飛び込んだ丸山。皆が己の仕事を貫徹したから、ボールは宮間の前にこぼれたのだ。

 ワンバックの一撃。日本のサイドを切り裂いたモーガンのドリブル。そして、ここまで見事にワンバックを押さえていた熊谷が、モーガンを注視した瞬間、ワンバックは熊谷の視野から消えた。2006年のブラジル戦、前半終了間際にロナウドを見失った中澤を思い出した。熊谷はワンバックの高さには負けなかった。けれども、ワンバックとの駆け引きに敗れたのだ。
 日本も幾度も好機を掴む。澤の抜群の視野の広さから、近賀がこれまた驚異的な長駆で抜け出すが、合衆国DFも信じ難い粘り。近賀のシュートはDFにあたり運命のCK獲得。GKソロが味方と交錯し負傷。相当痛そうだ。97年ジョホールバル、これまで痛んだフリばかりしていたアベドザデが本当に痛んだのを思い出した。
 澤のシュートはどこで蹴ったのだろう?これについては別途講釈を垂れたい。ただ、澤の存在感と宮間の精度。それがあの場面で出るのだから、恐れ入る。
 ワールドカップの決勝で、PK戦突入直前に退場し、残った仲間が勝利を提供してくれるって、世界中の守備者の夢ではなかろうか。岩清水のあの瞬間の「滑るしかない」と言う判断の的確さ。あの疲弊した時間帯に、なおあのスピードで前進できるモーガンの見事な縦前進能力。元々「得点機会阻止」と言う反則と赤紙、黄紙の義務づけが適切かどうかと言う現行ルールへの疑問。そして、あの残り時間少ない時間帯では、退場しても懲罰的意味合いが全くないと言う事実。サッカー的にも実に深い議論ができる退場劇だった。

 PK戦については、佐々木氏の笑顔と、海堀が1本目を足で止めた場面が全てだろう。あの海堀の足の動きを見る限り「PK時に読みが外れて中央付近にボールが飛んだのを、いかに足で止めるか」を想定しての鍛練を相当積んでいたのではないか。そう考えると、この海堀の勝利は、そのまま山郷のぞみの勝利とも言える。

 合衆国の対応は完璧だった。上記した通り、十分なスカウティングから、適切な作戦をとり、日本は完全に追いつめられた。
 この合衆国の内容の攻撃の鋭さに感心し、一方でそれに全く伍して戦った、我が女子代表にもまた感心させられた。確かに平均身長体重の差はあり、接触プレイで飛ばされる事も多かった。けれども、見ていてかつての女子代表の悲壮感など、みじんも感じないほど、各員が鍛え抜かれていた。体格差、特に体重差はあったものの、それが致命的になるほどの差ではなかったのだ。実際、日本が奪われた2得点はいずれも、高さや強さと言ったフィジカルではなく、技巧と駆け引きと速さにやられたものだった。つまり、サッカー的な能力差を発揮されて失点したのだ。
 一方で、合衆国の守備もよく、日本は得意の高速パス回しも思うに任せなかった。それでも、粘り強く戦い、ここぞと言うところで、宮間と澤と言う名手中の名手が、あり得ないような個人能力を発揮して追いついてくれた。諦めない精神力は見事だったが、これは合衆国もまた同じだったし、世界中サッカーの強いチームは「諦めない」のは当然の事だ。日本が見事だったのは、合衆国の隙を突き、世界最高の攻撃創造主の宮間と、世界最高の名手の澤が、その技巧と判断力をフルに発揮して得点を奪った事なのだ。
 あまりに重いタイトルがかかったこの試合で、合衆国が主に攻撃で、日本が主に守備で、それぞれ最高レベルの知性と連携を発揮し、ついには両軍の攻撃のスーパースタアが、それぞれ存分に個人能力の粋を出した得点を決めた事。それにより、この試合に、本当の意味で興奮し、感動させられたのだ。何と贅沢な試合だった事か。そして、その贅沢を、自国の選手が見せてくれると言う、究極の贅沢。それも世界一を争う舞台で。

 今はただ、両軍の選手達、チームスタッフ、そしてサッカーそのものに感謝するのみ。
 そして、こんな鮮やかな試合を見せてくれた上に、澤と仲間達には、世界タイトル獲得と言う、最高の歓喜を提供してもらえたのだから。乾杯。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(18) | TrackBack(0) | 女子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月15日

スウェーデンを圧倒

 準決勝は、ただただ日本の強さのみが目立つ試合だった。
 序盤にあろう事か澤の信じ難い失態から先制を許す。澤ほどの責任ではないが、岩清水も一瞬の迷いから出足を緩めてしまい、逆に敵にあっけなく抜かれるミス。大黒柱の2人の連続ミスによる序盤の失点、状況は最悪と思われた。
 けれども、日本は当たり前のように勝ってしまった。それぞれの得点も美しいものだったが、ピンチらしいピンチは一切なし。逆転以降も、長身選手によるパワープレイすら仕掛けられる事なく、余裕を持って敵をいなし、完勝だった。あれだけ悪いスタートを切りながらの、冷静な逆転劇。本当に強い国でなければ、できない試合だ。
 特にこの日は、1度ボールを奪われた後、すぐ取り返す事に再三成功していた。これにより(1度奪った事で前に出たスウェーデンの裏をつけるので)再三好機を掴む事ができた。これは、準備がよくて敏捷性に優れている事もあるのだが、攻撃から守備への切り替えが格段に早いから。そして、その判断の早さが、彼女達が列強より優れているところだと思う。
 正直、日本の戦闘能力は、合衆国、ドイツ、ブラジルの3強に次ぐが、スウェーデンのような欧州のトップ国と、そう大きな開きはないとも思っていた。けれども、この試合は(スウェーデンは中2日、日本は中3日と言うハンディもあったが)、そのような事以前に全くサッカーの質が違っていた。

 スウェーデンは、ドイツが日本に対し前線からフォアチェックする事で押し込みほとんどチャンスを与えなかった代わりに終盤疲労で動けなくなった事を、意識したのだと思う。上記した試合間隔の違いを考慮したのかもしれない。そのため、後方を厚くし、最終ライン勝負を考えたのだろう。そう言う意味では、スウェーデンから見れば日本のミスから先制できたのだから、理想的な展開とも言えた。しかし、スウェーデンが引くから、日本の大野と宮間が思い切り挙動開始点を前にできた事で、日本がこの2人を起点におもしろいようにスウェーデン守備陣を切り裂いた。今の日本に対し、ただ後方に引いて守るのは、相当難しいのだ。
 同点弾は、ハーフウェイライン過ぎで岩清水?のフィードを受けた大野が右サイドから左に向い高速ドリブルで斜行。そのドリブルにスウェーデン守備陣が皆引きつけられたところで、左で全くフリーの宮間に展開。宮間の狙い済ましたクロスに川澄が合わせた。大野のドリブルは非常によかったが、宮間を見張るべき右DFの間抜けさで勝負ありだった。川澄の先発起用には、正直言ってビックリしたのだが、見事に抜擢にこたえてくれた。また、この場面後方から川澄をどついたスウェーデンDFのプレイは非常に危ないもの。後方から、シュートを狙っていて全く無防備の川澄を悪意を持って倒しに行っていた。これはいわゆる得点機会阻止にとどまらない危険なプレイ。1つ間違えれば、川澄は重傷を負っていた怖れもあった。得点は入ったものの退場にすべきプレイだったと思う。
 その後も大野の見事な技巧による突破からのプルバックを受けた川澄のシュート、川澄が倒されて得た直接FKを宮間が狙うもGKに防がれるなどの決定機をつかみ前半終了。
 後半早々に、大野のミドルシュートがバーを叩く。続いて、大野のトリッキーなヒールパスを受けた近賀を起点に右サイドを破り、澤が落としたボールを阪口がシュートするもブロックされ、ボールは左に流れる。それを拾った鮫島のクロスに、安藤が飛び込み、GKがかろうじてしのぐも、そこには澤がいた。左右にボールを展開して揺さぶり、完全に敵DFはマークを見失っていた。見事な崩しだった。ちなみに、オフサイドポジションにいた安藤が、必死にボールから離れて、プレイ関与しないそぶりをしたのがおもしろかった。97年フランス予選の、敵地UAE戦の後半、井原の完璧なヘディングを、わざわざオフサイドポジションにいた小村が蹴り込んで台無しにしたの思い出したりして。安藤さすがです。
 そして、スウェーデンが前掛りになってきたのを、宮間が狙い済ました縦パスを入れて、安藤が全くフリーで抜け出し、GKがブロックしたの拾った川澄がとどめの得点を決めてくれた、
 以降は日本はテンポを落とし、ボールを保持して、危ない場面1つ作らせずに、丁寧に試合をクローズさせて試合終了となった。

 欧州の強豪への完勝による決勝進出。それも偶然に頼らず、戦闘能力で完全に上回った勝利だった。感心するのは、試合を積むごとに、選手個々の能力を含め、着実に戦闘能力が上がって来ている事。難しい試合に耐え、勝ち抜く事が、(特に若い)熊谷や鮫島の成長を育んでいるのかもしれない。そして、あれこれあったが、本質的には、「優勝を狙っていたチームが、苦労しながらも堂々と決勝戦に到達した」と、言う事なのだ。
 決勝の相手は合衆国。これまた厳しい相手だ。相性も悪い。しかし、先方も相当悩んでいるはず。フォアチェックに行ったドイツが疲労困憊になり、後方に引いたスウェーデンがボロボロにされたのを見ているのだ。合衆国としても、どのような策を立ててくるか。
 最後の最後の壁はなるほど厚くて、高いだろう。けれども、決して破れない相手でもない。澤とその仲間達には、是非、この最高の舞台での最高の歓喜を期待したいものだ。
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2011年07月11日

北京からの上積み

 ドイツは立ち上がりから、すさまじいプレスに来た。イングランドもそうだったが、日本のすばやいパス回しを止める事を狙っているのは明らかだった。あれだけ、前から来られれば、いくら日本でも簡単に中盤を抜け出す事は難しい。そうやって押し込まれてしまうと、宮間も大野も挙動開始点が後方に下がってしまい、どうにも好機を作れない。
 さらに主審の判定にも日本は苦しんだ。日本もドイツも、お互いにひるまずにボールを確保しようとする。結果として、身体をぶつけ合う戦いが、あちらこちらで行われる。当然、多くの場面で体重の軽い日本選手が転倒する。ここまでは仕方がないのだが、今日の主審はそのためだろうが、日本選手が倒れても、基本的にはファウルをとらず、一方ドイツ選手が倒れると日本選手のファウルをとる、と言う原則で行動していた。イングランド戦の、手を使用して相手を押さえても構わないと言う新ルールの適用も困ったものだったが、こちらはこちらで悩ましいものだった。
 実に苦しい試合だった。
 けれども。そうやって思うように攻める事ができず、審判の判定にも悩まされながらも、彼女たちは、したたかに冷静に丁寧に戦い続けた。ドイツのプレスに負けずに、当方もプレスを仕掛け、執拗に敵にまとわりついて、中盤で自由にさせない。ドイツはドイツで、まともに中盤を抜け出す事ができなかった。時にセットプレイから危ない場面があったが、その時は各選手がとにかく身体を当てて、完全に自由なプレイを阻止する。だから、ドイツもフリーでシュートはできなかった。

 正に陰々滅々、「サッカーの魅力、ここに極まれり」と言う試合だった。

 後半半ば過ぎだっただったろうか。試合の様相が変わり始めた。ドイツの選手の反応が、次第に鈍くなってきたのだ。考えてみれば当然だ。ドイツだってあれだけのプレスをかけ続ければ、疲れてくるものなのだ。さらに、日本が前線からよく追いかけるのはいつもの事だが、ドイツのあのチェイシングは正に日本対策、不慣れな事をしている方の疲労蓄積が多いのは当然の事だった。
 それでもドイツの守備は大したものだった。交代出場した丸山や岩渕を含め、宮間や澤や永里の特長をよく理解し、ひたすら日本のよさをつぶす姿勢はさすがとしか、言い様がない。
 また後半終了間際、全員で心を1つにして、苦しいながら押し上げ、日本を押し込んだのもすごかった。正にゲルマン魂の極み、男の代表があのような状況で、アディショナルタイムに、無理矢理点を奪って勝つ場面を何回見せられた事か。しかし、この日は相手が悪かったのだが。

 丸山のシュートについて。
 その瞬間は当方も早朝歓喜絶叫状態で、川上直子さんの「カリナ、カリナ、カリナ、カリナ〜〜〜!」など全く耳に入らない程に興奮していた。しかし一方で、ボールがサイドネットを揺らすまで、「これは入る」とは全く思えなかったのが正直なところだ。それは角度が浅く、敵DFのスライディングも間に合いそうだったからだ。
 VTRでよく見ると、丸山は外に開いた姿勢から、よく踏み込んでファーサイドを狙いすまして、インサイドでボールを捉え、しかも敵DFに当たらないようにややボールを浮かしてシュートを放っている。何という難易度の高さだろうか。あれを決めるために、丸山が積み重ねてきた反復練習の回数を想像するだけで、信じ難い思いにとらわれる。
 この得点は「その場面」の劇的さによるものだけではなく、「その技術」の高さからも、長く日本サッカー史に刻まれるものとなるだろう。もちろん、澤の芸術的なダイレクトのスルーパスのタイミングと精度と共に。

 岩清水、熊谷、阪口、澤の守備の中央の4人の対人守備と、ボールを奪ってからの丁寧なプレイも取り上げない訳にはいかない。大柄な相手に、何らひるむことなく競りかけ、常に見事な駆け引きでボールをはね返し、奪い取った。そして、ボールを奪うや、多くの場合はいやらしいショートパスを回して、ドイツの前線選手を引き出し(これが敵の疲労を誘った事は上記した通り)、時には精度の高いロングボールを入れた。特に大会序盤は、やや雑なつなぎやフィードが目立った熊谷のパスが改善されていたのが愉快だった。まだ20歳の熊谷は、この厳しい究極のタイトルマッチで経験を積み、着実にステップアップをしているのだ。余談ながら、この4人がそれぞれ1枚ずつイエローカードを食らった事が、彼女たちのプロフェッショナリズムを示していた。

 この日、できが今一歩だった永里と岩渕。若くて伸び盛りのこの2人は、ドイツの厳しい守備の前に沈黙した。いや、厳しいだけではない、周到な事前調査による準備も相当なレベルのものがあった。さすがドイツだ。
 そして、重要なのは、この2人は、北京五輪からの完全な上積みだった事だ(もちろん、永里は北京でも定位置をつかんでいたが、ドイツで経験を積む事により、格段にたくましさを増している)。
 ドイツはこの日本の若い兵器を完全に押さえ、さらに上記したように徹底したチェイシングで日本の中盤のパスワークも殺した。北京五輪でのドイツのやり方は違っていた。ある程度、日本に攻めさせ、最終ラインの強さで守り、日本が疲労したところで、体格のよさを前面に出した攻撃で、得点を奪った。つまり、ドイツは北京の時とは異なり、日本のよさを徹底的に消そうとする戦いをしてきた。双方の戦闘能力差が、北京の時よりも小さなものになっていたからだ。そして、そのドイツの作戦は、ほとんど成功、日本は特に攻撃面でのよさを出せなかった。
 しかし、結果的にそのやり方は、各選手の体力を奪っていった。そして、終盤攻め切れず、最後の最後で澤の妙技から抜け出した丸山の完璧なシュートへと。これがサッカーなのだろう。

 準決勝の相手はスウェーデン。決して楽な戦いにはならないだろう。ドイツ戦で苦しみながら失敗経験を積む事ができた永里と岩渕に期待したい。
 そして、日本協会小倉会長にお願いしたい。おそるべき精神力を持つ彼女たちに、さらに奮起の材料を渡したい。青天井のボーナスの約束を。 
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(8) | TrackBack(0) | 女子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月08日

女子代表の状況は悪くない

 女子代表はイングランドに苦杯を喫し、2位抜けで準々決勝で、優勝候補の地元ドイツと戦うことになった。
 難しい試合になるだろうが、元々のねらいは上位進出ではなくて、優勝なのだ。だから、優勝のためには、この最大の難敵をいつかは破らなければならないと考えるべきだろう。
 実際、1位抜けができた時に想定されていた対戦相手は、フランスーブラジルー(ドイツまたは合衆国)だった。それが、一番相性の悪い合衆国がスウェーデンに破れ、反対のブロックに行った事もあり、ドイツー(豪州またはスウェーデン)ー(ブラジルまたは合衆国)に変わった。ベスト4に入れるかどうかと言う視点からは、確率が下がっただろう。しかし、優勝と言う観点からすれば、決勝でドイツあるいは合衆国と言うフィジカルでタフな相手と戦う可能性が下がったと見ると、むしろ確率は高まったと見る事ができる(決勝で日本ーブラジルが見られる事は、世界中のサッカー狂の望みだろう)。また、地元のドイツが一番破りづらい敵であり、かつ(ちょっと悔しいが)戦闘能力が先方の方が高いとすれば、決勝よりは準々決勝の方が勝つ確率は高いはずだ。
 また、イングランド戦のように中盤で敵のプレス(と言うよりはあれはボディアタックだな)を外せないと、ドイツにも合衆国にも勝てないのは自明の理。ドイツ戦の前に、より技術が低く、強引なチームと戦い、よい予行練習ができたと考えれば、あの悔しい敗戦も悪くなかったと言う気もしてくるではないか。
 決して楽観論だけを語る気はない。しかし、いたずらな悲観論は一部マスコミやサッカー好きでない方々ににお任せして、我々は応援に専念すべきだろう。

 ともあれ、ここまでの試合を見て、女子サッカーについて少し考えた事を2点。

 1つ目。イングランド戦の1点目。もちろん、熊谷と鮫島の寄せにも問題があったし、海堀の位置どりのまずさも痛かった。ただ、あのような得点が入ってしまうことそのものに、(決して日本の問題と言う意味ではなくて)エンタティンメントとしての女子サッカーが、現行のルールでよいのかと疑問を持った。
 あの場面、上記の通り日本の2人のDFの寄せ(あるいは最初の位置取り)が悪く、得点を決めたホワイトはもう少し持ち出せば、決定機に持ち込めた可能性は低くなかった。ところが、最初のボールタッチが悪かったホワイトは、苦し紛れにただボールを蹴っ飛ばした(あれは「蹴った」のではない、「蹴っ飛ばした」のだ)。ボールは偶然にも、位置取りをあやまった海堀の手の届かないところに飛んでいった。
 要は、女性の体力(それも彼女たちはとびきりのフィジカルエリート達だ)に比較して、ゴールが大きすぎるのだ。あるいは、フィールドの大きさや、その他のルールが、適切とは言えないのだ。だから、「ただ蹴っ飛ばしただけのボール」が得点となってしまう。そして、あのような得点は、女子サッカーではしばしば見られるものだ。
 正直私はホワイトが強引に蹴っ飛ばした時に、「よかった、ラッキー」と思った。あれが、ああやって入ってしまって、日本人やイングランド人やない第3者が「おもしろい」と感じるだろうか。誤解しないで欲しいが、私はサッカーにおける「偶然や不運による理不尽」は大好きだ。特に、日本代表やベガルタが、その手の理不尽でやられた際に、大いなる快感を味わっている事は、拙ブログをお読みの方ならばよくご存じの事と思う。
 しかし、あの得点は違う。あれは「必然による理不尽」である。だから、飲み込めないのだ。

 2つ目。どうして、女子の公式戦は、女性の審判員が担当しなければならないのか。まあ、このイングランド戦、日本が獲得したCKが相手ボールになり、イングランドの選手が手を使いながらボディアタックしても笛が鳴らない「不運としか言いようのない理不尽」を愉しんだ事は否定しませんが。
 サッカーにおいては、どのような試合でも、できるだけ高い質の審判を集めるのが常である。ワールドカップは世界最高峰の審判が、若年層の世界大会ではそれに次ぐ審判が、それぞれ集う。アジアカップでも、アジア最高レベルの...あれ?!、まあいいや。
 だから、女子のトップレベルの試合は、ふつうに優秀な男の審判がやればよいと思うのだが。もちろん、女性の審判で男と互する実力がいれば、優先的に起用するのは異議がない。ただ、「女子の大会は女子の審判」と言う考え方が不思議なだけなのだが。
 誰か、理由やいきさつを知っていたら教えてください。

 と、どうでもよい事を考えながら、ドイツ戦に想いをはせるのは悪くない。
 澤とその仲間達は、満員の世界屈指のサッカー強国の熱狂的サポータを、完全に静かにさせてしまう、究極の快感を味わう機会を得たのだ。テレビ桟敷から、その快感のお相伴をいただけるかと思うと、胸は高まる。
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2011年06月29日

女子代表、順調な初戦突破

 女子代表は、丁寧に戦って終盤宮間の鮮やかな直接フリーキックでニュージーランドを振り切り、初戦をものにした。上々の出足と言えるだろう。

 北京五輪で堂々とベスト4に進出、メダルまであと一歩に迫った彼女達にすれば、次なる目標を優勝に設定したのは当然の事。ただし、だからと言って、優勝、あるいは北京五輪を越える成績を収める事は、相当難しいのは間違いない。
 まず1つ目の難しさ。北京五輪にしても、準決勝の合衆国戦、3位決定戦のドイツ戦、いずれも日本は見事な試合を見せたが、最後の最後、球際での肉体的強さに粉砕されてしまった。厄介なのは、その肉体的強さの差は、体重の差である事。いつも言っているが、サッカーでは上背の差よりも、体重の差の方が、厳しいものとなる。そして、その差は、そのサイズの選手を連れてこない限りは埋まらない。そうなると、日本が合衆国、ドイツ、そしてブラジルとの差を詰めるためには、従来以上に自分たちの強みを磨かなければならない事になる。その強みが俊敏性、素早いパスワーク、組織的な守備である事は間違いないが、これらに関しては、既に北京の段階で、これら列強を圧倒していた。既に他を圧していた強みの面で、さらに差をつけると言うのだから、これはとても難しい挑戦となる。
 2つ目の難しさ。優勝するためには、体調のピークを大会後半、準々決勝以降にに持って行く必要がある事。そのためには、ピークにならない体調で、1次リーグを抜けなければならない。しかし、これには、相当勇気がいるはず。もし1次リーグで2位になってしまうと、いきなり準々決勝で地元ドイツと戦う事になる可能性が高いからだ。つまり、ピークを迎えていない状態で、1位抜けを目指すと言う、矛盾した1次目標を達成する必要があるのだ。

 しかし、ニュージーランド戦を見て、「彼女達はその難しい挑戦に成功しつつあるのではないか」と思えて来た。

 まず戦力アップの件。
 従来日本はサイドに人数をかけ、(しかしタッチライン沿いから鋭いクロスを蹴る筋力はないので)ペナルティエリア幅くらいで外をえぐり、速いセンタリングを通すのが、得意のパタンだった(たとえば、この試合で言えば近賀のセンタリングを阪口がポストに当てたやつ)。しかし、この試合、日本はすっかりと逞しさを増した永里と安藤の最前線での持ちこたえや裏狙いを軸に、中央突破に成功しかけた。突破しきれずも、こぼれ球を拾って幾度も大野や澤がフリーでミドルシュートを打つ好機と掴めていた。これは明らかに攻撃の多様化の成功だ。ただし、この日は強引な中央突破にこだわってしまい、本来のサイド攻撃が少なくなり、攻めが単調になったのは大きな課題だが。
 さらに岩渕の鋭いドリブル突破が大きなプラスなのは言うまでもない。この日もそうだったが、大柄で(体重の重い)合衆国やドイツのアングロサクソン系のCBには、加速した岩渕のドリブルは悪夢のはずだ。ただ、岩渕は93年生まれの18歳。まだ、あまりにも若いのが気になるところだが。
 そう言う意味で鍵を握るのは、大野だと思う。大野は、開始早々敵陣でボールを奪うや、美しいロブのパスで永里の得点をアシストしたのは見事だった。けれども、その後幾度も好機をつかみながら、ことごとくシュートを枠に飛ばすの失敗。これは、小柄で必ずしもフィジカルに恵まれているとは言えない(本来最前線でプレイする)大野が、相当後方から疾走する事で最後のフィニッシュまで体力が残っていないと言う事だと思う。たとえば、北澤豪。彼も相当後方から挙動を開始し、2仕事くらいしてから最前線に進出し、最後見事に宇宙開発する場面を再三見せてくれた。何か似てるでしょ。
 この日は開始早々に大野がアシスト、後半から大野に代った岩渕がFKを奪取と、交代策がピタリとはまった。おそらく、大野、岩渕そして安藤を、うまく交代させながら戦って行く事になると思うが、佐々木監督の手腕に期待したい。

 そして、コンディショニングの問題。
 この日の日本は、守りに入った時に、1人1人の対応が微妙にずれたところを見ると、どうやら体調のピークは、大会後半に合わせていたようだ。やはり、本腰で狙っているのだろう。
 それでも、ニュージーランドに対して走力で上回り、しっかりと勝ち点3を獲得したのだから、大したものだ。1次リーグの残り2試合とて、決して楽観できるものではないが、初戦の勝利は大きい。ベストでない状態でのトップ通過と言う、矛盾した挑戦に対し、順調なスタートを切れた事は間違いない。
 これからも難しい戦いが続くだろう。そうなると、やはり澤のリーダシップに期待がかかる。共に戦って来た同世代のチームメートが次々に去り、70年代生まれのタレントは、澤と山郷のみとなった。熊谷や岩渕は90年代生まれである。そんな中で、澤が山郷と共に、いかに若いチームメートを奮起させ、戦いを継続させるか。順調にきているコンディショニングと共に注目したい。

 他にいくつか。
 守備について。問題の失点場面だが、安易に「ロングパス対応への失敗」と言うのは違うと思う。あの場面はニュージーランドが後方でボールを回し、ドガンと思い切り裏を突いたら、日本のDFの人数が足りなかったのが最大の問題だった。右に開いたFWに対し、なぜ鮫島があんなに上がっていたのか。あるいはカバーすべきボランチはどこにいたのか。そして、あそこであんなよいセンタリングを上げられたところで勝負ありだった(角度のある、あれだけ強いボールを蹴る事ができる選手は、日本にはいない、あれは羨ましいところだ)。あれはロングパスの問題ではなく、守備陣の位置取り修正の怠慢によるものだった。以降の守備振りは、ほぼ完璧だっただけに、修正を期待したい。
 また、守備とに関しては、岩清水の鋭い読みはすばらしかったのも評価すべきだろう。再三見せてくれたインタセプトは、この日の最優秀選手と言っても過言ではないと思った。
 終盤のベンチワークの拙さは厳しく評価されるべき。安藤が動けなくなっていたのに、交代が遅れた。さらに、交代選手を変更?したため、交代がロスタイムにずれこみ、結果的にロスタイムを1分延ばされてしまった。このあたりのディティールにはこだわって欲しいのだが。

 総じて、明るい気持ちになる見事な初戦だった。あと6試合、彼女達の颯爽とした活躍をテレビ桟敷で愉しめる。ありがたい事だ。
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2010年09月29日

女子ワールドジュニアユース準優勝を称えつつ

 女子ワールドジュニアユース準優勝、正に快挙である。選手達、選手を育成してきた指導者や周辺の方々、そして日本協会スタッフに、大いなる賞賛をすると共に、感謝したい。
 私事ながら、監督の吉田弘氏とは大昔の事だが面識もある。現役時代すばらしいストライカだった吉田氏が、指導者としても堂々とした実績を残した事も、非常に嬉しいことだ。

 それにしても、日本の女子サッカーの成長の速さと度合いには、本当に驚かされる。ついほんの昔のアテネ五輪では、苦闘の末かろうじてアジア予選を突破したものの、本大会で1次リーグ敗退を喫した。あの時点では、選手達の見事な精神的な充実にもかかわらず本大会で苦杯を喫した事で、「その上に行く」ための壁は相当高いのではないかとも予想された。
 けれども、女子代表はその後も堂々と進歩を継続。2年前の北京五輪では、長年戦闘能力では優位に立てなかった中国を(敵のホームだと言うのに)完勝で撃破(もっとも、予選段階から中国より戦闘能力が優位だったのだが)。惜しくも4位に終わったものの、紛れもなく世界で上位をめざせるだけの戦闘能力がある事を見せてくれた。
 そして、今回の快挙。トップの代表チームのみならず、トータルで日本の女子サッカーが世界のトップレベルにある事を、改めて示すものだと言えよう。

 ところが、日本の女子サッカー界がが抱える構造的で本質的な問題は、何ら解決されていないのが現実なのだ。
 まず、女子サッカー選手が職業人として、完全に自立し豊かな生活ができる環境が作られていない。男が日本のトッププレイヤになれれば、巨額の富も、多くの人から尊敬される名誉も、受け取る事が可能である。南アフリカで上々の戦果を挙げてくれた男達を思い起こせばよい。しかし、残念ながら日本の女子代表選手は、世界トップレベルではあるものの、そのようなプレゼンスはもちろん、経済的恩恵も得ていない。
 また、特に中学生年代で女性がサッカーを継続する環境も恵まれたものではない。現実的に、ほとんどの中学校に女子サッカー部がないため、プレイをしたいと思っても「場」そのものがないのだ。そして、これは長年「女子の球技にサッカーは含まれない」と言う伝統的な思いこみによるもの。これを解決しようとしても、少子化によりただでさえ生徒数が減少している中学校で、既存のバレー部やらバスケット部代わりサッカー部を作っていく事は不可能に近い難事。少年指導をする身としても、せっかく小学生年代でサッカーをやる喜びを見い出してくれた選手に、中学以降プレイする環境をいかに提供するかは、常に大問題であり、有効な解決策が見い出せていない。

 抽象的で漠然とした対応が思いつかない訳でもない。
 前者に対しては、サッカー界全体のキャッシュの一部を配分するやり方だ(現実的に、この方法でトップ選手を集中強化できるから、最近の女子は強くなったと言う仮説を立てる事が可能なのだが)。強化費用のみならず、トップ選手に対するボーナスを、男のサッカーで儲けたキャッシュから回す事で、少しでも女子選手の懐を豊にできないかと言う考え方である。たとえば、ここ2回の五輪は、(若手とは言え)トッププロが出場している割りには男は冴えない内容と結果に終わっている。「だったら、よほど颯爽としたプレイで結果を残している女子代表にボーナスを弾もう!」と言いたくなったは私だけではあるまい。ただ、この発想は、あくまでも限られた一部の選手に一時金がある程度入るだけであり、抜本的な解決策とはならないのがつらい。
 後者に対しては、近年幅広く普及している大人の(フットサルを含む)サッカーとの融合ができないかと言う手段があるやに思う。日本中各地にフットサルコートができ、多くの女性がプレイを愉しんでいるのだから、そこに中学生年代でプレイを継続したい少女達を組み合わせる事ができないかと言う考え方だ。ただし、現実的には、生活時間の相違や移動を考えると、中々現実には落ちて来ない発想だ。
 やはり、繰り返すが問題は構造的で本質的であり、解決は容易ではない。

 女子サッカー選手達の颯爽とした活躍を見て愉しませてもらう度に、全くgiveなくtakeばかりの己の情けなさを嘆き、何とかならぬかと思うばかりなのです。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 女子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする