2008年04月16日

読売対日産

 4月16日発売のエルゴラッソに書いたものです。5月3日に国立で行われるヴェルディ−マリノス。この試合を「クラシコ」として捉える一貫のシリーズもの連載に寄せたものです。
 この両クラブの黎明期の戦いについて、ちょっとしたエピソードを軸にまとめたものです。
(2008年5月3日)

 実は入稿前に、エピソードをより多数入れた文章も書いたので、せっかくなのでそちらも公開します。
(2008年5月5日)



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2006年12月20日

原博実

 エルゴラッソ12月20日号発売号に掲載いただいた、原博実に関する文章です。

 この文章にも書きましたが、80年代敵地に観戦に行って、幾度ストライカ原に歓喜を提供してもらった事でしょうか。ストライカとしての結果のみならず、その努力の過程が忘れ難い選手です。


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2006年10月18日

加藤久

 エルゴラッソ2006年10月4日号、18日号に上下2回に分けて掲載いただいた、加藤久に関する文章です。
 個人的にこの選手だけは、敬称なしで呼ぶのは今でも憚れるのです。私の中学校の2年先輩(つまり私が中学校のサッカー部に入部した時の3年生...つまり圧倒的な大先輩です)が、卒業後仙台二高サッカー部に入部後、我々に伝えてくれました。
「おらぃの加藤さんっつうのは、ホントにすんげーど。いいから、おめぇらも一回試合見に来い。」
 で、今はなき宮城県営サッカー場に見に行った訳ですよ。凄かった。

 その後、郷土の英雄加藤さんは、ドンドン偉くなっていきました。1年生で早稲田のレギュラ、3年で代表選手...気がついてみたら、代表の中心選手と言うか超大黒柱になっていました。

 85年ワールドカップ予選の敵地香港戦、試合後に監禁されていた我々のところに選手達が登場。加藤さんは1人1人に「応援ありがとうございます。」と丁寧に挨拶していた。私が直立不動で「加藤さん、私はライバル高校の出身なんですけれど、中学校の時に加藤さんのプレイを見て尊敬してました!」と語ると、私にだけは「おお、そうか」と完璧な「上から目線」で肩を叩いてくれたのです。誇らしかった。

 したがって、「日本サッカー史上最大のキャプテン」加藤さんの足跡を印刷物にしっかりと残す事ができた喜びは格段のものがあった訳です。




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2006年09月20日

高木琢也

エルゴラッソ2006年9月20日発売号に掲載された、高木琢也に関する文章です。その後、監督高木琢也が見事なJ1昇格を実現させ、さらに翌年のJ1で苦杯を喫し、不可解なタイミングで解雇されたのも、今ではもう歴史になりつつあります。
ともあれ、横浜FCをJ1昇格させた高木氏の手腕は疑いないものです。次はどのクラブの監督を務めるのか、興味深く見守りたいと思います。

(2007年10月7日)

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2006年08月23日

鈴木淳

 エルゴラッソ8月23日号発売号に掲載いただいた、鈴木淳に関する文章です。

 鈴木淳と言う人は、私にとって典型的な「先方は私の事を全く知らないだろうけれど、私は先方の事を一生忘れない」因縁(笑)がある人です。エルゴラッソの連載を持たせていただき、鈴木淳について印刷物に書く事ができたのは、とても嬉しい事でした。
 着実に監督として実績を上げている鈴木淳、今後も書き続けたいと思っています。




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2006年07月26日

反町康治

 エルゴラッソ2006年7月26日発売号に掲載いただいた、反町康治に関する文章です。
 この文章の冒頭に記載した1990年11月25日の反町のプレイは出色のもの。忘れられないプレイ振りでした。この試合の事を印刷物に書く事ができただけでも、エルゴラッソに連載を持たせていただいた意味があったと思っています。
 あまりの見事さに、「今の反町を見ないと言う贅沢は許されない」と言う事になり、翌週友人たちと磐田でのヤマハ戦を見に行きました。反町のプレイを見るためだけに。

 ここからは余談なのですが。
 このヤマハ戦。反町のプレイは悪くなかったのですが、ヤマハが絶好調で3−0で完勝。反町が攻め込むのと反対側のゴールで輝いていたのは...筑波大を出たばかりの中山雅史と言う男でした。
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2006年03月22日

西野朗

 エルゴラッソに連載させていただいた、「サッカー講釈今昔版」の第1回。お題は「西野朗氏」です。
 BLOGをご覧になっている方ならよくご存知の通り、私は西野氏が大嫌い。その理由は簡単なのです。日本代表の中軸として活躍してくれるはずだった西野氏が、結局期待にこたえてくれなかった事。その最大の要因は、自己主張の弱さだと言われていました。その西野氏が、指導者になった後は非常に自己主張の強い不遜な態度をしばしば取っていらっしゃる。「だったら、その自己主張を現役時代から出してくれよ!」と言う思いだけなのですが。(2008-3-4)



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2002年12月02日

トヨタカップベスト11

 2002年12月、銀河系軍団レアル・マドリード対オリンピアの直前に書いた原稿です。トヨタカップの思い出を書き連ねた文章ですが、このような文章は書いていて本当に愉しいものです。
 改めて、自分が選んだイレブンを見ると、自分の南米指向がわかったりするのもまた面白いものです。

 それから、この文章の落ちは結構気に入っているのですが、文章のこなれが拙かったのか、あまり受けなかったのも愉しい思い出です。

(2007年10月4日)


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2000年11月08日

サウジ戦2 −傲岸不遜−

 2000年アジア大会決勝後に書いた観戦記です。
 実に気持のよい大会の中で、唯一の苦戦がこの決勝戦。しかし、川口能活が鮮やかなセービングで守りきってくれました。
 まさに「我々はアジアを越えた」と傲岸不遜な態度に浸れた優勝でした。
(2007-7-24)

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2000年09月11日

シドニー展望

 2000年9月に書いた、シドニー五輪展望です。早いもので、あれから8年近くが経ち、当時の若者達が皆ベテランとして活躍しています。残念ながら早々に引退してしまった人もいますけれど。
 このような文章を書いておくと、その後の選手たちの成長との照合比較が自分でもできるのが愉しいのです。

(2008年1月22日)


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