エルゴラッソ2006年10月4日号、18日号に上下2回に分けて掲載いただいた、加藤久に関する文章です。
個人的にこの選手だけは、敬称なしで呼ぶのは今でも憚れるのです。私の中学校の2年先輩(つまり私が中学校のサッカー部に入部した時の3年生...つまり圧倒的な大先輩です)が、卒業後仙台二高サッカー部に入部後、我々に伝えてくれました。
「おらぃの加藤さんっつうのは、ホントにすんげーど。いいから、おめぇらも一回試合見に来い。」
で、今はなき宮城県営サッカー場に見に行った訳ですよ。凄かった。
その後、郷土の英雄加藤さんは、ドンドン偉くなっていきました。1年生で早稲田のレギュラ、3年で代表選手...気がついてみたら、代表の中心選手と言うか超大黒柱になっていました。
85年ワールドカップ予選の敵地
香港戦、試合後に監禁されていた我々のところに選手達が登場。加藤さんは1人1人に「応援ありがとうございます。」と丁寧に挨拶していた。私が直立不動で「加藤さん、私はライバル高校の出身なんですけれど、中学校の時に加藤さんのプレイを見て尊敬してました!」と語ると、私にだけは「おお、そうか」と完璧な「上から目線」で肩を叩いてくれたのです。誇らしかった。
したがって、「日本サッカー史上最大のキャプテン」加藤さんの足跡を印刷物にしっかりと残す事ができた喜びは格段のものがあった訳です。
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