2002年12月02日

トヨタカップベスト11

 2002年12月、銀河系軍団レアル・マドリード対オリンピアの直前に書いた原稿です。トヨタカップの思い出を書き連ねた文章ですが、このような文章は書いていて本当に愉しいものです。
 改めて、自分が選んだイレブンを見ると、自分の南米指向がわかったりするのもまた面白いものです。

 それから、この文章の落ちは結構気に入っているのですが、文章のこなれが拙かったのか、あまり受けなかったのも愉しい思い出です。

(2007年10月4日)


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2002年01月15日

2002年最初のビッグゲーム −天皇杯決勝、エスパルス対セレッソ−

 チケット確保問題を除き、愉しみでならない2002年が幕を開けた。その2002年の開幕を彩るに不足ない素晴らしいゲームをすっかり愉しませていただいた。森島、三都主、森岡と言った、我らが誇るトップスターが縦横無尽に活躍し、お互いの攻撃の仕掛けも変化が多く、満足できる試合だった。

1.森島と三都主

 まずはこの2人を論じたい。

 もう20年以上前の事。テレビ東京の金子アナウンサが、ダイヤモンドサッカーでシュートを外しまくる名手について、
「岡野さん、まさに『Not His Day』ですね」
と語った。画面が物語る意味は明確で、我々の世代の人間は、英熟語を一つ学ぶ事ができた。
 まさにこの日は、「Not Morishima's Day」。
開始早々から、森島のシュートは外れまくった。エースがあれだけ外すと、いつしか敵にペースが移る。

 ただし、森島は並みのタレントではなかった。0−2の状況下で、まずは追撃のゴールを決める。通常、「Not His Day」の選手は、最後の最後まで決められない事がほとんどだ。しかし、森島は決めた。私は素直に感動した。やはり森島は「唯の好選手」に留まらない何かを持っている。
 そして、あの終盤の猛攻時の、運動量と技巧の素晴らしさ。エスパルスDFがかろうじてクリアしたボールをセレッソが拾うと、すぐに森島がそのパスを受けられる位置に入り、猛攻を再開。しかも、ボールを受けた後の森島の展開は多岐に渡る。ボールが尹晶煥に届けば鋭いスルーパス、大久保に渡れば強引なドリブル、後方につなげば制空権を握った岡山への好クロス。そして、それらを経由したラストパスを受けるべく、ここしかないスペースに飛び込む森島。エスパルスのDFたちは、かろうじてクリアし、それが拾われて森島が受ける度に戦慄を覚えた事だろう。まさに日本の宝である。
 どうせならあのPKも森島が蹴るべきだったのではないか。そうすれば、サッカーの神様も「うむ、森島にハットトリックをさせて初春の栄冠を渡そう」と思ったのではないか。

 しかし、森島は全く別な意味で試合を決めてしまった。延長前半、Vゴールの起点は森島のミスだったのである。まあ、あれだけ終盤にもう一踏ん張りすれば、疲労も出るよな。誰が疲労で腰がよれてしまった森島を責められようか。
 しかし、ボールが渡ったのが、よりによって三都主だったのである。

 この日の三都主もまた素晴らしかった。
 決勝Vゴールのアシスト。左サイドを突破した後の三都主独特のもう一歩の縦への前進。立ち足をよく踏み込んだセンタリングはコースといい強さといい絶品。
 さらに先制ゴールの技巧と冷静さには舌を巻くばかり。田坂を外した後に、セレッソDF(確か3人いたはず)とGKの位置取り全てを改めて観察し、冷静にチップショットを決めた。凡人のプレイは、敵陣前で敵を抜く前にシュートのイメージを固め、抜いた後も(もっとも三都主でなければ、あそこで田坂を外す事自体も難しかろうが)そのイメージのままシュートまで持ち込もうとするはず。しかし、ここでは三都主は見事な技巧を披露した後、再度周囲をルックアップして新たなイメージを作り、そのイメージどおりのゴールを決めたのである。
 このようなビッグゲームで、このような技巧と知性あふれるゴール。「6月」に向けて期待は高まる。

 とは言え、私には三都主のプレイ参加頻度の低さがとても気になった。この試合はセレッソペースだった時間帯が非常に長かったが、三都主はこの苦しい時間帯に、ほとんどプレイに参加していなかった。エースであれば苦境時に、工夫して自分がボールを触る頻度を増やし、その苦境から脱する算段をすべきだろう。しかし、残念ながら、三都主にはそのような工夫は見られなかった。むしろ、反対サイドの平松の方が、押し込まれた時間帯に、再三工夫してボールをもらい、独特のキープから突破を狙い苦境の脱出を試みていた。
 三都主は、この日ベストの体調ではなかったと言うが、この参加頻度の少なさは現状のプレイスタイルから来るものと考えた方がよいようだ。過去のエスパルスでの活躍を思い起こしてみても、三都主は90分間フル出場して、味方がよいリズムの時間帯に良好なボールを貰い、そこから技巧をこらした突破を狙うスタイルを持つ。つまり、スタメンから起用しないと、その有用性が十分に発揮できない選手なのだ。
 一部報道で、三都主を代表チームのスーパーサブに起用する事が推奨されているが、それでは三都主は十二分に活躍できないのではないかと思う。

 一方、森島は正反対で、短い時間でも、長時間でも絶えず自らの能力を発揮しようとする。ただし、絶えずフルパワーなので、体力の限界まで来ると、この日のように三都主にアシストしてしまうリスクもある。森島こそは、勝負所でスーパーサブとして使われるプレイヤなのである。
 チュニジア戦の後半20分、1億2千万国民の期待を一身に集め、森島がタッチライン際に立つ。横で口泡を飛ばすトルシェ氏。必ずや、我らが日本の宝は、期待に応えてくれるに違いない。

2.森岡の付加価値と課題

 三都主が参加頻度の少なさにもかかわらず決定的な仕事をしたと言う事は何を意味するか。セレッソDF陣が多くの時間帯で、巧く三都主を抑えていたが、肝心な場面で抑え切れなかったと言う事である。
 セレッソDF陣の能力の問題なのである。私の持論だが、ディフェンダの能力の最も重要なポイントは、つまらないミスからの失点がいかに少ないかと言う事にある。見事に組織化されたセレッソDF陣であるが、最初の二失点の要因は集中力の欠如そのもの。そして、その集中力の欠如こそ、DFとしての能力なのではないかと思うのだ。セレッソの三人のディフェンダ、斎藤、鈴木、室井。皆、堅実でよい選手だが、失礼な言い方をすれば、いずれも日本のトップディフェンダとは言えない選手たちだ。このようなビッグゲームの重要なポイントで、彼らの能力の不足が顕在化してしまった。
 
 そこで、セレッソDF陣との差を見せたのが、森岡である。序盤あれだけ押し込まれた場面、無失点でしのいだ森岡は見事だった。このあたりはDFとしての格の違いだろう。まさに森岡の付加価値である。
 昨年のサンドゥニの惨劇で、トルシェ氏は守備の中心を松田から森岡に切り替える判断を行った。そして、コンフェデ以降、森岡はすっかりと守備の中核として、日本の要となってきた。一昨年までは代表で主将を務めながらも、やや危なっかしいプレイ振りだった訳で、昨年代表チームでもっとも伸びた選手とも言えた。2001年の代表のMVP的存在と言っても過言ではないし、現在の代表の鍵を握るプレイヤである。

 しかし、森岡に課題はまだまだ多い。序盤押しこまれた場面を、何とかしのいだのは見事だった。しかし、後半終盤に押し込まれた時間帯なすすべもなく、再三セレッソに守備ラインを崩され何ら適切な対応ができなかったことに不満は大きい。押し込まれてしまった事は、彼我の戦闘能力や作戦の巧拙により、森岡の責任とは言えない。押し込まれてしまう事自体は、守備の中核の問題ではないのだ。しかし、押し込まれたとしても、それをしのぐ工夫は守備の中核の課題である
 サッカーでは敵に押し込まれている時間帯は多々あるものだ。その時間をいかにしのぐかに守備の中核としての存在感がある。しかし、森岡はまだそのレヴェルに達していない事を、この初春のビッグゲームで証明してしまった。
 しかし、これは仕方がない事だ。多くのプレイヤは、テクニックとか戦術的能力とかは、二十代前半で能力はほぼ確立する。しかし、駆け引きとか全体戦略をリードする能力は、経験が重要だ。森岡はこれからそのような経験をつんでいけばよいのだから。
 ただし、気になる事がある。一連の報道を見る限り、あれだけ決定的なピンチを招き、セレッソのシュートミスに救われた試合にも関わらず、苦戦の反省の発言が見当たらないのだ。
 立ち上がりの猛攻を防ぎ、セレッソの隙をついたゴールを決め、遂に念願のビッグタイトルを獲得した事には、一層の自信を持ってもらいたい。しかし一方で、あの終盤をしのぎきれなかった事を反省して欲しいのだが。
もっとも、彼を主軸にした我らが代表チームの、極めて重要なタイトルマッチが半年後にあるので、評価が自然厳しくなってしまうと言う事も否定しないが。

3.西村氏に与えられた失敗経験

 セレッソの奮戦について、監督の西村氏の功績が非常に大きい事に異論を唱える人は少ないだろう。
 シーズン半ば、あえなく二部落ちが決定したチームを引き受け、見事な修正を加えてチームを決勝まで導いた。3DFの斎藤、鈴木、室井、ボランチの田坂と従来から中軸だった選手で、組織的な守備ラインを形成。既存のプレイヤで守備ラインを再構築したのだから、明らかに西村氏の功績である。さらに、状況に応じて3DFと4DFを併用する仕掛けまで作り上げたのだから恐れ入る。
 加えて尹晶煥をトップ下、森島を最前線に置き直し、攻撃ラインも立て直した。2人の特長を活かした攻撃ラインを具現化した事も功績として評価されるべきだろう。
 尹晶煥と言うと、MFの後方から挙動を開始するイメージが強かったのだが、前方で起用すると別な意味で技巧とパスさばきが活きる事が判明した。ヒディング氏の喜びはいかばかりか。
 このゲームの采配も見事なもの。特に0−2になった以降の交替劇。岡山の空中戦と、森島、尹、大久保精緻な技巧の組み合わせ。ただの力攻めでなく、仕掛けがあったのだ。ロスタイムがもう少しあれば…

 ただし、西村氏がここまで見事な監督振りを見せるに至るまでには、日本サッカー界は大きな犠牲を払って、氏を育成した事を忘れる事はできない。
 そう昨年のユース代表の惨敗である。
 ワールドユースでの1次リーグ落ちの主因は西村氏の采配ミスだったと、改めて強調しておこう。特に、初戦に豪州の注文相撲にはまり、ズルズルと前掛りになり先制を許したのみならず、単調な攻撃に終始し、敢え無く苦杯を喫した采配ミス。あれは選手の若さではなく、監督の拙さである。しかも、空前の強化プランを提供されてあの結果なのだから、氏に言い訳の余地は一切なかった。
 しかし私は、氏の責任を追求するのには、結構つらい思いがあった。それは、氏が選手時代、その知性と能力を最大限に発揮し、日の丸のために戦った選手だったからだ。

 選手西村は、80年代を代表する日本屈指の守備者だった。
西村の代表史のピークはあの85年。宮内と組んだミッドフィールド。2人の献身的なボール奪取とスペースメークにより、木村和司(フリーかつ前向きの体勢でボールを受け取れれば、ファンタジーを発揮できる天才)が才能を遺憾なく発揮したチームだった。宮内の読みとボール奪取能力と展開の早さに、西村の忠実な上下動とスペースカバーの素晴らしさ。
 能力と素質を駆使して、我々の喜びのために戦ってくれた男が、管理職として不適切な采配を振るうのを見るのは、私にとってはつらいものだった。
 フランスから来訪し不遜な発言を続ける男や、80年代日本サッカー界最高のスターを抱えながら一度しか日本リーグを制覇できなかった男や、現役時代天賦の才を持ちながら精神力の欠如から大成できなかった割に管理職に転身してから傲慢な発言を繰り返す男ならば、彼らの管理職としての能力を評価しつつも、からかってみたくなる。
 しかし、西村氏を批判しようとすると、あの選手時代の知的なファイトぶりが思い出され、とにかくつらかったのである。

 繰り返そう。昨年のユース惨敗の責任は西村氏にあった。しかし、氏はその失敗経験を活かし、見事な監督として成長している。
 もう、上記したつらさを味わう事もなくなるだろうかと思う安心感は大きい。そして、あれだけ日の丸のために闘った選手だったら、管理職見習としてワールドユースの失敗経験くらい許されていいのかなとも思う。甘いかしらん。

 このあたりの中年サッカー馬鹿の感覚を理解できない若いファンの方々も多いだろう。言い方を変えよう。10年後、森島が日本ユース代表監督に就任し、采配ミスで惨敗したとして、あなたは森島を非難できますか?
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2001年04月23日

落ち着けフィリップ

 スペイン戦を前に私は不安であり、残念である。トルシェ氏が、母国との大敗に錯乱し、日本代表監督就任以来最大の戦略的判断ミスを行っているように思えるからだ。

 過去、トルシェ氏は何度か非常に大きな戦術的なミスを行ってきた。
例えば、コパアメリカの惨劇であり、シドニー五輪のメンバ選考である。前者により次回以降の招待権を失い、後者により五輪でのメダルと言う実質的名誉を獲得できなかった。しかし、それらのミスは、失うものは大きかったが、「2002年に向けて強いチームを作る」と言うトルシェ氏に与えられたミッションを阻害するものではなかった。
 しかし、私は危惧する。スペイン戦に向けてのメンバ編成やマスコミを通じて聞こえてくる氏の発言に非常に危ないものを感じるのだ。そのミッションの成功に向けて、氏が2年以上をかけて、丹念に築き上げてきた素晴らしいチームを、氏自らが壊してしまいそうに思えるのだ。

 断言しよう。スペイン戦は昨年来のチーム構成で臨むべきだった。具体的に言うと、中村と明神を両サイドに起用したメンバである。

 本稿では、フランス戦を分析しながら、その理由を論じていく。

1.サンドゥニの惨劇を振り返る

1.1.過去の大敗

 ともあれ、まず冒頭に謝罪します。レバノンの皆様、大変失礼いたしました。もし前回の拙稿「2002年日本は勝てないのではないか」をお読みいただいたレバノン国籍の方がいたら、連絡下さい。別途、直接メールで謝罪します。
 とにかく腹が立ち、悲しく、ショッキングな90分間だった。まあ、そこはそこ。ただの親善試合なのだし、長い歴史の中にはそんな試合もあると思おうではないか。それにしても. . . と言う愚痴は後から。大体、日本が5点差をつけられた試合など、思い出そうとしても思い出せない。記憶で引っかからないので記録(JFAニュース00年12月号別冊「20世紀の日本代表」を使用した)を調べてみた。

(1)大昔まで遡って
 公式戦では、なんと68年のメキシコオリンピックの準決勝ハンガリー戦に遡るようだ。これは日本協会の記録によると、A代表マッチになっていない。しかし、当時の東ヨーロッパ諸国は、オリンピックに事実上のA代表 (いわゆるステートアマ)を派遣していた事から考えると、 Aマッチと言えなくもないように思える。また60年代、ハンガリーは欧州屈指のサッカー強国でもあった。別にメキシコ五輪銅メダルの価値を低く見る気持ちはないが、ハンガリー戦以外の試合は、いずれも相手が各国のプロになっていない若者チーム(今の日本で言えば大学選抜あたりだろう) との対戦だった。「本物の代表クラス」と闘えたのは、このハンガリー戦だけであり、その試合は完膚無きままに叩きのめされたのだ。
 そしてAマッチとなると. . . 36年(西暦です、昭和11年とも言います)のベルリンオリンピック。「ベルリンの奇跡」でスウェーデンを破った次の試合、イタリアに0-8で敗れている。ただし、戦前のためか、Aマッチと言う明確な記録はされていない。しかし、スウェーデンにしろ、イタリアにしろ、ほとんどA代表と言って間違いないチームだったと言う。そう言う意味では、この「ベルリンの奇跡」は、欧州の強豪スウェーデンを破った訳であり、日本サッカー史においては、メキシコ五輪以上の金字塔と考えるべきだと思う(ただし、チームの中軸には、当時日本の領土だった朝鮮半島出身選手がいた事も忘れてはならないが)。
 ちなみに60年代以前よりサッカー観戦を愉しんでいる友人(と言うより大先輩) に聞いた事がある。
「90年代になってアジア予選を当たり前のように突破できるようになるまでは、いつも『メキシコ五輪の好成績』を当時の関係者が自慢していただろ。でも、メキシコの銅メダル前は、いつでも『ベルリンの奇跡』の関係者の自慢話が. . . 」
 その他に練習試合としてやや(あくまでも「やや」ですが)最近の例として、 77年2月、アルゼンチンワールドカップ1次予選前の欧州遠征で、当時の世界最強クラブチームの一つだったボルシアMGに、0-5で敗れている。この頃は、そのようなチームと敵地で試合をしてもらえる事が大ニュースになるような時代で、大敗そのものも全く気にならなかった。主将の釜本が、ボルシアMGの主将のフォクツ(私が最も尊敬する選手だが、最近のファンにはドイツ代表の監督として有名か) とにこやかに試合前の握手をしているサッカーマガジンの写真が妙に記憶に残っている。
 考え方次第だが、今回の5点差の惨敗は、日本サッカー史上初めての事とも言える。つまり、トルシェ氏と我々の若者たちは歴史を作ったのである。

 冗談はさておき、これらの歴史的大敗と今回のフランス戦を全く同一視する訳にはいかない。現在の日本代表は、約30年の年月をかけて作り上げられた若年層の育成プログラムの成功により、かつてないほど良質なタレントを抱えているのだ。つまり、ベルリン五輪の川本泰三氏を軸にしたチーム、メキシコ五輪の釜本邦茂氏を軸にしたチームと異なり、戦闘能力は格段に高いのだから。

(2)最近の大敗
 一方5点差まで開かないにせよ、日本代表の戦闘能力が、他国と比較して相対的に圧倒的に高まった90年代以降の大敗の歴史を見てみよう。
94年のキリンカップのフランス戦(1-4)、 95年のインタコンチネンタルカップのアルゼンチン戦(1-5)、同じく95年の東京でのブラジル戦(1-5)、そして99年のコパアメリカのパラグアイ戦(0-4)などが思い出される。
 フランス戦、アルゼンチン戦、パラグアイ戦に共通するのは、監督が就任して比較的時間がなくチームがまだ完成してない状態だった事である。ただし、パラグアイ戦に関しては監督就任後半年以上の時間が経っていたわけだし、その前のペルー戦で八面六臂の大活躍をした井原を外したと言う監督の愚策による大敗である事は、ここで明言しておこう。
 またブラジルの大敗に関しては、ラモスの引退試合と言うA代表ゲームとしては不可解な花相撲だった(と言うわけで、キリンカップでユーゴ協会にストイコビッチの招聘を要求する事そのものが、キリンカップの権威を貶める恐れがあると懸念しているのだが)。
 つまり、最近のこれらの大敗は、監督に何がしかの「言い訳の余地」は残されていた訳だ。つまり今回の大敗と異なり、監督がベストのチームを選択する余裕ができなかった試合なのである(もっとも、それでも帳尻を合わせるのがプロフェッショナルではないかと思うが)。
 ところが今回のサンドゥニの惨劇は、トルシェ氏も就任して約2年半、昨年のアジアカップの準完全制覇を含め、十分にチーム作りが進んでいるタイミングでの敗戦である。

(3)過去との違い
 こう言った事をくどくどと考慮すれば、相手がいくら現世界チャンピオン兼欧州チャンピオンだろうとも、本腰で勝ちを狙ってこようとも、当方に時差ぼけがあろうとも、シーズン開幕当初でフィジカルがフィットしてなかろうとも、不慣れな重馬場であろうとも、監督の作戦が不適切だろうとも、あそこまでやられてよい道理は一切ないはずである。まして、これが「世界との差」などとしたり顔で論ずる人間の気が知れない。
 私だって「世界屈指の強国のホームなのだから仕方がない」、「来年に向けてよい経験だった」と思う。しかし、過去の惨敗時とは比較にならないくらいよい状況での試合だったのだ。「もう少し帳尻を合わせてくれてもよかったのではないかい」とも言いたくなる。だから、悔しかった。約一ヶ月経ち、ようやく冷静な気持ちであの惨敗を振り返る精神的余裕が出てきたくらいだ。
 余談ながら、これらの記録を調べて一つだけ嬉しかった事がある。私が真剣にサッカーを見始めた70年代の日本代表の戦闘能力は、アジアの中でも情けない程低かった。しかし、そのような時期でも、イスラエル(70年代はアジア連盟に加盟していた)、韓国、イランなどの強国に敗れるにせよ、せいぜい2〜3点差がほとんど。その頃でも日本代表は(今日とは比較できないほどレベルは低かったかもしれないが)、そこそこの肉体能力と90分間闘いぬく精神力は具備していた。従って、当時のアジアの列強たちも、そう簡単に日本に対して相当の点数差をつける事は容易ではなかったのである。このような歴史の再発見は、最近の代表チームの強さとは別な意味での誇りを私に持たせてくれる。

1.2.松田と楢崎

 では、何故あそこまで惨敗したのかを少し振り返ってみよう。

 直接の要因は議論の余地がない。あれだけの大差になったのは、松田と楢崎の極めて凡庸なプレイで、試合そのものが壊れてしまったからだ。一部マスコミに掲載されている最近はやりの選手の10点評価は不思議だ。森岡や稲本が3点とすれば、松田、楢崎は、0点か1点であるべきだろう。
 それにしても、もう松田には勘弁して欲しい。あの場面、あれだけピレスをはっきりと手で止めて、見逃してもらえると思ったのだろうか。しかも、自分を含めてペナルティエリアには充分に人数は足りており、ピレスの体勢も決してよいものではなかった。落ち着いて正対すればよかったではないか。一体あそこでホールディングをして、何の得があるのだろうか。一部のマスコミが「あのPK提供には同情の余地がある」と記載していたが、一体どのような同情の余地がある のだろうか。
 下手なのは仕方が無いが、頭が悪いのはどうしようもない。ややこしいのは、松田は戦術的には決して頭が悪いプレイをする訳ではない。敵の攻撃に対する読み、ツボにはまった時の攻撃参加など、知的なプレイをしばしば見せてくれる。
 しかし、全体の状況把握がなっていない。2002年地元大会に向けた大事な準備試合、世界チャンピオンにアウェイで挑戦する自分たちの実力を世界に訴求できる格好の機会、序盤を大事に乗り切る事がいかに肝要か。しかし、松田にとっては、それよりも、一瞬目の前に到来したピレスを審判の見逃しと言う偶然に頼って止める事が大事だったのだ。松田は戦術的な能力は高いが、戦略的な能力は極めて低いのだ。この男には、大局観がないのだ。
 93年、日本で開催されたワールドジュニアユース、その時以来、本当にこの選手に期待してきて裏切られてきた。そろそろ、あきらめた方がよいのだろうか 。
 過去約20年間、日本はセンターバックに困った事はなかった。加藤久と井原がいたからである。残念ながら、その後継の本命と目された松田は、このフランス戦のあの間抜けなファールによって、彼ら偉大なセンターバックの後継たり得ない事を証明してしまった。
 トルシェ氏もつらいところである。後継候補が思いつかないのだから。しかも、猛一人の候補である森岡は、この日持ち前の球際の弱さが目立った。やはり、松田しか思い当たらないのである。井原の反転能力を近年発達しているスポーツ医学の力で蘇らせる事はできないのだろうか、と本気で思いたくなる。

 楢崎のミスは、どう議論すればよいのだろうか。彼は、川口のように大当たりもしないが、堅実で安定している点を評価され、A代表の座を確保している選手である。しかし、この重要な試合で、完全に自分自身の特長を否定するようなプレイをしてしまった。しかもあのファンブルは、精神的なミスではなく、技術的なミスである。「アンリのシュートが鋭く、欧州のトップレベルとの経験不足を露呈した」などとのアホな論評の問題ではない。枠にもいかない低いボールの処理を誤っただけであり、あの程度のシュートなりクロスはJリーグでも普通のものだ。
 トルシェ氏もさすがに困ったのだろう。スペイン戦へのプレッシャを少しでも少なくするために、川口を合宿から外すなど姑息な手段を取って、精神的な立ち直りを促したいのだろう。
 スペイン戦は、楢崎の選手人生を左右する重要な試合となる。信用回復には実績以外にない。スペイン戦にに凡庸なプレイを見せれば、コンフェデレーションカップの日本のゴールは川口が担当する事になり、再びチャンスが来る事はないかもしれない。楢崎がそのくらいのプレッシャを己にかけ、好プレイを見せてくれる事を切に期待したい。

1.3. フランス戦メンバ編成の疑問

(1)スタメンの疑問
 日本代表のベストメンバは昨年のアジアカップで、エースの中田不在の場合は固まっていた。つまり、
GK(楢崎が第一GKだが負傷でアジアカップは川口)-森岡、松田、服部-明神、稲本、名波、中村、森島-高原、西沢である。
 フランス戦前のスタメン予想は大体以下の通りだった。森島が負傷で招集されていないから、エースの中田がそのまま入るのだろう。世界屈指の強豪との対戦である、中盤を厚くするために、2トップのどちらかを外して、小野か中村がトップ下に入るかもしれない。中村が前に出るならば、Jリーグで成長著しい中田(浩)が左DFか左MFに入る. . . と言うあたりが、(私の)常識的な予想だった。これらの組合せは、トルシェ氏が2年をかけて作り上げたベストメンバを基軸としており、どのような組合せになっても、従来のチーム作りの延長線上となる。
 ところが、私はTVで紹介された先発メンバを見て混乱した。中盤に伊東がいる。でも明神もいる。いったいどう並べるのだろう。で、想像したのは、 4DFで明神をライトバックにおいて、左右に中村と伊東を配した、4-4-2なのかと思った。そうか、年末の日韓戦も終盤4DFを採用した。いよいよトルシェも色々な守備体系を採用するようになったのか、と思ったのである。
 しかし、映像を見ると、そうではない。明神は右サイド前方に張り出すアジアカップと同じポジション。では、伊東はと見ると、明神と稲本の間に窮屈そうにしている。伊東と明神がお互いに遠慮しながら右サイドでゴチャゴチャする割には、対面のデュガリーの球離れが早いから、2人が同時に存在意義を失い、逆サイドで中村が、カンデラとピレスの対応に四苦八苦。
 もともとゾーンの3DFはワントップへの対応を苦手としているが、せめて中盤でのプレスが巧く決まれば、押し上げとカバーリングの切り替えも何とかなる。しかし、あれだけMFで混乱してしまえば、どうしようもない。この選手配置は、明らかにトルシェ氏の采配ミスであり、前半ミッドフィールドであそこまで劣勢となる最大要因となった。
 プレスが決まらなければ、DFラインが3人だろうが4人だろうが、簡単にウラを取られてしまう。あの惨劇の守備崩壊の要因は、DFラインの人数ではない 。
 立上りに信じ難い2失点を食らい、中盤での不適切なポジション配置に混乱し、余裕を持って速攻をしかけるジダンに悩みつつも、名波と中田を軸に少しづつ日本は修正を続ける。中村と伊東を前掛りにして(これはいずれも名波の適切な指示によるものに思えた)日本も次第に落ち着いてくる。

 中田のバーに当たったシュートは、フランスのミスから生まれたやや偶然に助けられたチャンスだった。しかし、ロスタイム、右サイドの中田から伊東、中村、服部、稲本と巧みにつなぎ、最後は左サイドで名波がフリーとなり、狙いすまして中田に合せようとしたが、僅かに合わず、逸機。この見事なパスワークは日本独特の素早いものだった。このような美しくも効果的な攻め込みの頻度をいかに上げるか、後半が愉しみになった場面だった。
 したがって後半は、前半終盤のよい流れを引き継いで闘うので良かったはずだ。それには、いくつかの手段が考えられる。ようやく前半の終盤によい攻めができたのだから、中盤で位置関係がはっきりしていない伊東と明神を交通整理して、そのままのメンバで望むもよし。アジアカップ時のベストに近づけるために、上記した昨年ベースの布陣に戻すも良し。残念ながら2点差をひっくり返すのは難しかろうが、気分を取り戻し、後半しっかり守りつつゴールを目指すのは十分に可能だと思えたのである。

(2)信じ難いメンバ交替
 ところが、トルシェ氏はあろう事か、中村と明神を外してしまった。
 確かに中村は再三ピレスやカンデラに振り回されていた。しかし、それは逆サイドの守備の混乱のためである。しかも三浦の守備能力が中村以下である事は、再三五輪で示されたではないか。MFのバランスが取れた状態で、中村があの厳しいフランスのプレッシャを外して巧技を見せる事ができるか、確認する必要はないのか。
 確かに明神は再三中途半端な位置取りで危機を招いていた。しかし、それは伊東とのバランスが不明確だったためである。しかも、トルシェジャパンの課題だった左右のアンバランスを解決したのは、昨年明神が右サイドに定着した事だったではないか。 MFのバランスが取れた状態で、明神があの厳しいフランスのプレッシャを切り崩し、名波や中田らのファンタジスタにスペースを作れるのか、確認する必要はないのか。
 しかも、この2人はトルシェジャパンの中軸であるのみならず、昨シーズンは1年を通してコンスタントに活躍し、実質的な年間最優秀選手を争ったのである。前途有為なこの2人が、世界チャンピオンに通用するかどうか、僅か45分間で見切ってしまうのは理解できない、と言うかあまりにもったいなかった。
 後半は早々にCKから無様な失点を食らい、一層の凡戦となってしまった。この失点時の守備は、昨年のアジアカップでも問題となっていたもの。さらにその後の2失点は、伊東、三浦のサイドMFの攻めから守りへの切り替えが遅いのが要因だが、これも昨年来再三見せられた光景であり、ある程度予想された事。後半の45分間は、日本がチームとしての経験をほとんど積む事はなく、単に出場選手がフランスの技巧と肉体と戦術能力を経験するに留まってしまった。

2.スペイン戦はどう臨むべきなのか

2.1.世界との差がまだわからない

 おさらいしよう。フランス戦の敗因は、以下の2点である。
(1)松田と楢崎の形容不能な大ミス
(2)ベストメンバで臨まなかった采配ミス
 つまり、まだ現時点ではわからないのである。約2年の歳月をかけてトルシェ氏が作り上げ、昨年アジアカップであれだけ猛威を揮った、攻撃的な日本代表チームが、ワールドクラスでどの程度通用するのかどうかは。確認前に馬鹿げたミスで2失点してしまい、さらにベスト構成のMFでまともに戦っていないのだから。
 ベストメンバを組んでやられたのならば仕方が無いし、今後の対応を検討できる。しかし、そうではない。日本が自滅しただけなのだ。
 とすれば、スペイン戦の狙いは明らかなはずだ。中村、明神をサイドMFにした昨年の好調時のチームで、スペインに挑戦し、どこまで通用するかを確認すべきだったのである。その上で、その布陣が厳しいと言うならば、服部なり中田浩なりを左サイドに起用し、中村を前に上げる従来からあるオプションを試せばよかったのだ。その際により守備能力が高い事が期待されるDFを試すのならば、それは非常に興味深いトライとなるのだが。

2.2.錯乱が止まらないトルシェ氏

 フランス戦、ベンチが大写しになる度に、トルシェ氏の表情が引きつっているのがよくわかった。上記した中村と明神の交替など錯乱の現れだろう。
 氏の采配がおかしくなる時は、大きく分けて「淡白」になり何もできなくなるパタンと、「錯乱」し訳のわからない交替を連続するパタンの2種類がある(詳しくはトルシェ氏をどう評価するかをお読み下さい)。前者「淡白」の典型的な試合が、五輪の合衆国戦である。
 そして、今回氏の母国での母国との対戦で、我々は「錯乱トルシェ」を久しぶりに見る事ができた訳である。
 しかし、事態は深刻である。従来ならば、「錯乱トルシェ」は、試合が終わると「信念の人」に戻り、再び丹念なアプローチでのチーム作りを行ってきた。そして、昨年のアジアカップのあの魅力的な攻撃サッカーをするチームが完成したのである。
 ところが、今回はトルシェ氏に立ち直りが見られない。サンドゥニの惨劇を引きずり錯乱状態のまま、スペイン戦の選手選考が行われてしまった。
 大体、フラット3と心中するが、選手を守備的なタレントに切り替える事で対応可能と言う説明が既に、氏の「信念」から逸脱しているではないか。もし、そのようなオプションがあるならば、五輪でもやればよかったではないか。あの時は、そのようなタレントを豪州に連れて行かずに、自滅したのだから。しかし、それはそれで一つの「信念」に思え、理解できないでもなかった。合衆国戦にしたって、主審が驚天動地の判定さえしなければ、勝てたのだし。それよりも2002年を見据えた強力なチーム作りに向け、若い攻撃的タレントたちに経験を積ませるのは決して悪い事ではないからだ。
 しかし、母国での惨劇に動揺したトルシェ氏は、今後の展望を一切考えずに、見かけの守備強化に走ってしまっている。

 余談になるが、今回のメンバ編成の問題は、昨年のベストメンバをトライできないと言うだけではない。中村、森島、小野がいない今回のメンバ構成では、 FWなり攻撃的MFでトルシェジャパンで実績を上げている選手は、中田、中山、高原、西沢だけである。藤田も奥も久保も、確かにJリーグを代表する選手だが、不思議にトルシェ氏のチームでは実績を上げていない。つまり、今回のメンバは攻撃面でのオプションは非常に少ないのである。新しいDFを連れて行くのは大いに結構だが、それで前線の中村や小野を外すのはよくわからない。

2.3.スペイン戦の可能性

 報道で謳われている通り、サイドMFに守備的な選手を起用し5DF的にスペイン戦を戦ったとしよう。結果の可能性としては、以下の3通りが考えられるが、いずれになったとしても、トルシェ氏は次の一歩が非常に難しいものとなる。

(1)3点差以上の大敗
 急遽守備的な布陣に切り替えて戦っての大敗は、チームとして一層の自信喪失につながってしまう。今後、ワールドクラスの強豪と戦うときは、一層弱気の布陣で臨む事になってしまうだろう。選手たちはそれでも立ち直る精神力を持っているかもしれないが、果たして小心者のトルシェ氏はそれに耐えられるだろうか 。
 最悪、あの魅力的だった昨年の美しい日本代表は二度と編成されない恐れもある。つまり、今回惨敗してしまうと、チームは益々混迷を極め、完全に崩壊してしまう恐れさえあるのだ。トルシェ氏は、丹念に作り上げてきたあの見事なチームを、自らの錯乱により、崩壊の危機に立たせているのである。

(2)2点差の惜敗
 欧州、南米の強豪に対して、攻守のバランスを取られたチームを作れば、そこそこ戦える事は、3年前に岡田氏が既に証明している。
 当時提起された課題は、はその状況下で得点を奪い、勝ちに行く事だった。したがって、スペインに「トルシェ流守備的布陣」で検討したところで、新しい発見はない事になる。
 とすれば改めて、強豪相手の攻撃を検討する事になる。とすればコンフェデレーションカップで、再び「攻撃的なチームが通用するか確認する」と言う作業を行う事になる。つまり、フランス戦は自信を喪失し、スペイン戦は自信を回復する、と言う事にしか使用されなかった事になり、貴重な二試合を無駄に使用した事になるではないか。だったら、スペイン戦から上記の通り、従来のチームが通用するかに挑戦すべきではないか。

(3)勝点を奪う
 もちろん、大変嬉しい事だ。しかし、そうなれば今後チームはいじりづらくなる。森島、中村、小野と言ったファンタジスタはあまり起用せずに、リアリズムあるチームを目指す事になってしまうのではないか。それはそれで構わないかもしれないが、そうだとするとトルシェ氏の築いてきたこの2年間は、あまり意味の無いものとなってしまう。
 コンフェデレーションカップで従来のチームに戻すとしても、この2試合が無駄なものになってしまうのは変わりがない。

 つまり、結果がどう出ても、次の一歩は非常に難しいものになってしまう。
 繰り返そう、無敵艦隊には昨年のチームをベースにして挑戦すべきだったのだ。しかし、中村も小野も(仕方が無いが森島も)スペインには行かなかった。
 結局、フランス、スペインとの2試合は、故郷に錦を飾り損ねたトルシェ氏の錯乱として記憶される事だろう。しかし、今回は惨敗だけは避けたい。上記のように、ますますチームは混乱し、あの魅力的だった昨年のチームが本当に崩壊してしまうかもしれないからだ。
 つまり、何としても、今回はそこそこの成果を挙げてきて欲しい。教え子に厳しい現実を教授したルメール氏と異なり、かつてのスペインの冷静な闘将カマーチョ氏は、それほど本気で戦おうとしないかもしれない。その辺りに期待し、中田と中山のホットラインが、 3年前ナントでのクロアチア戦で奪う事ができなかったゴールを期待する事にしようか。そうすれば、少なくとも自信は回復される事だろう。その上で、この2試合は無駄になってしまったかもしれないが、コンフェデレーションカップから再スタートを切ればよい。

 ただし、最後に確認しておこう。自信を回復する必要があるのは日本代表の選手ではない。
 そう、フィリップ、君なのである。
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2000年11月08日

サウジ戦2 −傲岸不遜−

 2000年アジア大会決勝後に書いた観戦記です。
 実に気持のよい大会の中で、唯一の苦戦がこの決勝戦。しかし、川口能活が鮮やかなセービングで守りきってくれました。
 まさに「我々はアジアを越えた」と傲岸不遜な態度に浸れた優勝でした。
(2007-7-24)

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2000年10月27日

中国戦 −圧迫不続−

1.巨匠対鬼才
 片や様々な中堅国を再三W杯で活躍させてきた世界的な巨匠。こなたアフリカで実績を積みアジアの経済大国を世界進出させる事で欧州へ名をなしたい新進気鋭の鬼才。準決勝の中国戦は、それぞれがその個性を打ち出したチームでガップリ四つに組み、最後は与えられた素材の差で勝負が決まった試合だった。
 さすがミルティノビッチ氏である。中国は立上りから、8人のDFとMFで整然とゾーンを固めてしまった。特にMF4人の運動量とプレッシャはすさまじく、日本MF陣を自由にしない。さすがの名波も逆サイドへの展開が精一杯。またDFの4人の横への連携も安定。森島も飛び込む隙間を見出せない。90年W杯、コスタリカを率いて見事な守備組織を作り世界を驚かせた巨匠が、再び見事な守備組織を見せ付けたのだ。
 一方、日本は中国の激しいチェックを避けながら、トルシェ風の高速パスを廻して、中国のチェックをかわし続ける。名波を軸にした高速展開は、再三サイドに拠点を作り中国陣を窺う。
 日本としては、中国のこのハイペースが90分続くとは思えないから、勝負は後半半ば以降になる事が予想される立ち上がりだった。そして、思わぬ展開もあったが、中村のFKと言う伝家の宝刀と、中国の疲労から、順当に日本が勝つことができた。後半15分以降、中国は抵抗らしい抵抗がほとんど出来なかった。あのような、極端な中盤でのプレッシャはやはり90分は続かないのである。確かに中国はよく抵抗した。しかし、よほどの不運がなければ、現時点では、日本が負ける可能性は極めて薄いと思われる。
 巨匠は来年のW杯予選に向けてどのような修正を加えていくのだろうか。

2.明神と松田
 明神の攻守に渡る奮戦が鍵となったのを否定する人は少ないだろう。あの決定的ミスは、決勝ゴールで挽回できた事があって、最高の失敗経験となった。失敗しっぱなしでは、精神的ダメージも大きいが、見事に挽回したのだから冷静に反省できるはず。 試合後のインタビューでも、自分のミスの反省ばかり口にしていたが、頭のよい明神の事だ。ミスした事そのものよりも、ミスに至った経緯と原因を自分なりによく反省しているだろう。 稲本のいない決勝戦、自分の重要性は十分わかっているはず。既にカタール戦の時点で、日本にとって明神がいかほど重要な選手かは示されている。さらに、決勝でよいプレイを見せられれば、このアジアカップそのものが、「我々が最高クラスの知的労働者を所有し始めた大会」と記憶されるかもしれない。

 明神と並んでこの試合の鍵となったのは、反省しない事で定評のある(あった)男である。
 同点ゴールは、中国から見れば綺麗な得点だろうが、日本から見れば無様そのもの。上記のように、相当な運動量でガッチリと守りを固めた相手に、1−0でリードした以上は、後方でゆっくりとボールを回して中国が焦れて堅固な守備を放棄して前に出てくるのを待てばよい。またボールを確実に回していれば、疲労するのは中国のはず。とすれば、堅実に守りを固める時間帯である。
 ところが、森岡は安易にセンタリングを許し、名波は宿茂臻にせりかけず(たとえヘディングを取られても、せりかければあれほど精度ある落としはできなかったはず)、服部と松田は祁宏に簡単に真ん中を割られた。チームの中核の4人が揃って大ボケをかましたのである。点を許してもしかたがない。
 実際の主将である森岡、守備の要服部、事実上のチームリーダ名波、それぞれ罪は重い。しかし、このような守備の大ボケの、最たる責任者は、厳しいようだが守備の中核松田である。3DFでゾーンを組み、森岡が右サイドに張り出して、中央の2トップに対して、自分を含めて3人の守備者がいた場合、誰が誰につくかを微修正するのは松田の仕事である。崩された失点なら仕方がないが、あそこまで組織的に緩慢な守備でやられた失点の責任は非常に重い。
 と言う事を、どの程度反省しているか?

 2点目の松田。もちろん、明神の好スルーパスが、最大要因であるが、得点を決めた楊晨に一応正対していたのだから、何とか止められなかったものか。
 もっとも、いつもの松田ならばファウルで止めるところだが、決勝の出場停止を恐れたために、フェアに対応し、コースは何とか押さえたが、ブロックが甘く最悪の結果(シュート方向が変わったため、川口が反応できなかった)を招いたと言う見方もあるかもしれない。
 いずれにしても、楊晨程度の高速ドリブルと正対して、止められなかった事は事実で、一層の1対1の能力向上が望まれる事は確かなのだ。
 と言う事を、どの程度反省しているか?

 しかし松田を非難ばかりするのは不公平と言うもの。前半半ばの先制ゴールは、松田の出色なプレイから生まれたのだから。
 中国MFがフラット3の裏を狙ったスルーパスを、よい読みでインタセプト。松田は短いドリブルから、右に展開するフェイントをはさみ、左でフリーの中村に素早いパス。このインタセプトから中村への展開は、早さ、速さ、いずれも申し分無し。後はいつもの通りの事。中村のロングパス、高原の個人技、森島の飛び込み。
かつて、井原が再三見せてくれた敵の攻撃を寸断してからの素早い展開を、日本のディフェンダが久々に見せてくれた。紆余曲折はあったものの、ようやく松田が日本の守備の中核としてまた進歩し始めた、と期待を持たせてくれたのも確かなのである。

 絢爛豪華なMF陣、ややドングリ気味だったが高原と西沢がブレークしかけているFW陣に比べ、どうしてもDF陣はまだまだ層が薄い。完全な守備の中核となり得るタレントは、未だ松田しか見出せていないのも、また事実なのである。
 だからこそ、よかったプレイ、悪かったプレイを、しっかりと反芻し、前者の頻度を上げ、後者の再発防止に努めて欲しい。明神を見ていると、一つ一つの経験を着実に自分のモノにしている事がよくわかる。松田を見ていても、それが感じられないから、私はいらだつのである

3.日韓に勝てない中国
 それにしても、中国は日韓に勝てない。98年のダイナスティで、日本に勝ったと言っても、あれは日本からすれば、ただのW杯への練習(だからと言って、負けてよいと言うわけではないが)。今大会の1次リーグの韓国戦も、幸運で引き分けるのがやっとだった。

 傑出した選手が中国から出てきていないのが、原因ではないだろうか。ここ20年間韓国からは、車範根を別格としても、崔淳鍋、金鋳城、洪明甫など、アジアのサッカー史に残るスーパースターが多数輩出している。日本からも井原、カズ、中田(中田は近い将来車範根と同格に扱われてもよくなるだろう)が出ている。最近の日韓両国の代表にも、彼らの後を継ぎそうな、優位な素材が何人かいる。ところが、中国はここ20年間、絶えずアジアのトップにはいるが、このようなスーパースターは思い出せない。(このあたりのランキングは、言うまでも無く偏見に満ち溢れています、異議のある方も多いことでしょう)。
 これは、本当に不思議な事だ。単に社会主義が原因なのだろうか。そう単純には割り切れないようにも思えるのだが。

 いずれにしろ、来年のW杯予選、中国は苦しい。苦手の日韓は予選に参加しないが、中国はアバス・ジャシムもアリ・ダエイも所有しない。ミルティノビッチ氏の手腕が、どこまでスーパースターの不在をカバーするか、注目したい。

4.決勝
 初戦と比べれば、サウジのチーム力が向上している事は間違い無かろうが、やはり日本が圧倒的に有利だろう。理由は以下3点。
(1)戦闘能力差が相当ある。
(2)サウジには、森島、名波のような傑出したタレントはいない
(3)サウジの若い選手は、初戦の大ショックを抜け出し、決勝進出した事で、精神的に一服しているはず

 決勝こそは、無失点で確実に勝つ試合を望みたい。
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2000年10月25日

イラク戦 −伝統不滅−

 私は嬉しかった。もちろん、日本の完勝も嬉しかったが、(大変不遜ではあるが)ここまでの試合振りを見ていれば、それは容易に予想できたこと。今のアジアのチームに名波と森島を押さえるのは困難だろうから。
 嬉しかったのは、イラクが「かつてのイラク」を彷彿させる、攻撃的で美しいサッカーの片鱗を見せてくれ、低調なアジアで再び強国として立ち上がろうとする姿勢が感じられたからである。

1. イラクの攻撃指向
 スタイルが似ているチーム同士が戦う場合、戦闘能力差がある程度以上あると、試合の内容、結果ともに顕著に差が開いてしまう場合がある。日本の様々なレベルのチームが、真っ向からブラジルと当たり粉砕されるのがよい例である。
 この日のイラク戦も同様で、開始早々の失点を除けば、中盤では日本が圧倒し、大差をつけた試合だった。チームスタイルが似ているだけに、個人能力やチームとしての成熟度の差が、実際以上の差として試合に出てきたのである。
 しかし、この日のイラクは、今まで日本が対戦したサウジ(でもしっかりベスト4に残ってきました)、ウズベクと異なり、堂々と日本に中盤戦を挑んできた。後半川口のファインセーブがなければもつれた試合になった可能性もあった。紛れも無く、「イラクの素材」はアジア屈指であり、日本を追うだけの潜在力を持っている。
 中盤でのつなぎ合いに、「イラクの素材」の質の高さの片鱗が見てとれた。イラクが日本の中盤の猛烈なプレッシングをかわす際の、次のプレイへ切替えるための姿勢がどの選手もとてもよい(最近、日本の大本営は受け手の姿勢を「ボディシェープ」と呼ぶらしいが)。

 中東の名手と呼ばれる選手でも、これができない選手が結構いる。例えば、かつてサウジの名MFとしてW杯でも活躍したオワイラン、プレスをかわす事はできていたが、かわした直後のボールの持ち方が悪く、面白いように日本の守備の餌食となっていた。
例えば長くイランのMFの主軸を勤めてきた(今大会も出場していた)エスティリも、ドリブルは巧みだが、次の体勢が巧く取れないため狭い地域に押し込まれる傾向がある。
この2人が、対外的な名声と比較して、我々日本人にさほどの恐怖感を味合わせていないのは、このためだ。
 同様に守備面でも、ボール奪取に「読み」を利かせる選手が多いのも嬉しいところ。名波、明神、稲本のパスが引っかかり、一瞬ヒヤリとする場面が何度かあった。これも各選手が頭がいいからだ。
 様々な要因で、思うような国際経験が積めない状況でも、イラク伝統の「オーソドックスでしっかりつなぐ」サッカーの片鱗は見せてくれた。アバス・ジャシムと言う確固とした軸がいるのも大きな強み。この敗戦経験は、必ずや来年の予選で活きるだろう。私は、2002年日韓に登場するのはイランとイラクだと予想する。 それにしてもイラクに対して、こんな偉そうな論評ができるのがまた嬉しい。

2. イラクの思い出
 私の少ないイラク体験を振り返ってみる。とにかくイラクには悪い思い出が多過ぎる。

(1)ドーハの悲劇 
 もちろん、勝ちきれずに、合衆国への道を閉ざされた事はショッキングだった。これは形而下的印象。
 しかし、大部時間が経ってからあの試合を反芻すると、別な印象があった。後半立上り、完全なイラクペースとなり、日本は見事に押し込まれてしまった。あの時間帯、失点は僅か1だった(怪しげな審判の反則で取り消されたもう1ゴールもあった)が、 94年予選で日本が中盤であそこまで劣勢を強いられた場面は記憶になかった。あの猛攻をゴール裏で見ていた人間としては、「イラク」と言う国名には、尊敬と共に恐怖感を覚えるのだ。

(2)84年ロス五輪予選
 ピアポンに粉砕された84年春のロス五輪予選でも、イラクに苦杯を喫している。ピアポン、マレーシアと連敗し、五輪出場が事実上不可能になり迎えた第3戦がイラク戦だった。この時点では一応数字上の可能性はあったが。

 立上り早々に失点した日本だが、木村を軸に次第に攻めこみの頻度を増やす。前半半ば木村の好パスを受けた金田が右サイドフリーで抜け出し、きれいなセンタリング、原が完璧なヘッドで同点。しかし、前半終了間際にFKから突き放され、後半はそのまま押切られ1−2で完敗。
 ピアポン、マレーシア戦では、ペースその物は日本が握っており、敗戦は用兵ミスと自滅と思っていたが、このイラク戦は純粋に戦闘能力差を感じた。と言うのは、上記のように日本がペースを掴んだ時間帯もあり、その時間帯にゴールを挙げたにも関わらず、多くの時間帯を制されて、押切られたからである。当時、この国と対等に戦えるようになるには、相当の時間がかかる、と思った。
 ちなみに敗戦が決定していた第4戦のカタール戦はTV中継すらなかった。

(3)82年アジア大会 
 さらに82年秋のアジア大会もイラクにやられている。この大会は、日本が素晴らしい結果を残しかけたのだが。まともなTV中継すらなく、 NHKのニュース映像を待ち焦がれた大会だった。
 初戦でイランを木村(この時はまだウィングだったはず)のゴールで破ったのを聞き、まずビックリ。イエメンにも連勝。2連勝で決勝トーナメント出場! と思いきや、イランが韓国を破ったため(1次リーグで上位2チームに入ると準々決勝に進める仕組みだった)、最終戦の韓国に少なくとも引き分けないと敗退と言う厳しい状況になった
(どこかで聞いたことのある状況ですね、当時韓国に勝つのと、今ブラジルに勝つのと、どちらが困難かを議論するのは酒の肴に最高かも)。
 韓国には先制を許すものの原が同点ゴール。そして、岡田(まさか15年後に彼が韓国やイランと七転八倒する事になるとは...)の見事なロングシュートで逆転、全勝で準々決勝進出。夢の準々決勝進出(そうです、当時はアジアのベスト8は夢の領域でした)。
 NHKに電話で「どうせ夜中なのだし、TV中継して下さいよ」と哀願したものの、あえなく無視された思い出は腹立たしい。そのため、準々決勝の結果は朝のスポーツニュースのスポット映像で知った。原の見事なヘディングシュートが反則? で取り消される。そして、延長戦、ロングシュートをGK田口がファンブルし、詰められ失点、そのまま敗戦。キャッチングが出来ないGKを連れて行かざるを得なかった当時の日本を思い出すと忍びない。
 これら3試合に共通している事は、イラクにはいつもタイトルマッチでの引導を渡されていた事。したがって、この準々決勝で当たるのは、やはりイヤな予感はしていた事は確か。しかし、ここまで日本の戦闘能力が高くなると、それも杞憂であった。

3. 日本

(1)明神の攻撃能力 
 明神は、貴重で綺麗なA代表初ゴールを決めた。
 明神のミドルシュートが決まるようになると、日本の攻撃の幅は一層広がる。しかし、それ以上にこのポジションの選手にとってA代表マッチでのゴールを上げたと言う経歴は重要なのだ。同じポジションの大先輩である宮内や森保でさえ、 A代表マッチではノーゴールだったのだから。
 明神はゴール以外にも、再三右サイドから、球足の速いセンタリングを上げて攻撃で貢献した。この明神の右サイドのえぐりとセンタリングは、我々の草サッカーを含めて全てのレベルのサッカーに、見本となるプレイだったと思う。
 判断よく飛び出し、敵DFの裏にボールを出し、一歩目で敵のコースに走りこみ、立ち足を蹴る方向に強く踏み込み、しっかりとインステップでボールを蹴る。週末の自分の試合で、オ−プンスペースに飛び出す機会があれば、是非この明神のプレイをイメージする事にしようと思った(中村や名波のプレイはいくらイメージしても実現不可能なのだが)。
 もちろん明神は、飛び出す判断の精度と決断の早さが格段であり、一連のプレイ中に中央の選手の位置関係をルックアップする余裕もあり、蹴り足の膝のかぶせ方でニアとファーを蹴り分けるなど、仕掛は十分複雑である。しかし、上記の通り当たり前の事を当たり前にプレイする基本を、完璧にこなしているから、かくも見事なセンタリングが再三上がるのだ。

(2)中村の守備能力
 中村の守備の質が、五輪以降格段に向上している。とにかく読みがいい。敵とのドリブルと相対した時は、巧くコースを読んで身体を入れる。
3DFが数的不利でウェイティングしている時も、危ない場所を察知して後方をしっかりカバーする。あれだけ、周りが見える選手だと、やはり守備の読みも大した物なのだと感心する。
 フィジカルが弱い弱いと、皆が大騒ぎするが、胸の厚みは相当だし、そう競り負ける訳でもない。守備でやられる事はそうないのだから、左サイドでプレイするのは、それなりに理にかなっている。
 ただし、問題は押し込まれた場合、中村の技巧を敵陣近くで披露し、敵守備ラインを窮地に追い込む時間が少なくなるのが問題なのである。そのような意味で、名波、服部とのコンビネーションでの「押しこまれ防止」が十分機能しているのが嬉しいところ(「アジアカップ展望」を参照下さい)。

(3)準決勝に向けて 
 まあ、守備ラインが時々鮮やかにウラを取られるのは気になるが、あれだけ攻撃的に戦っての話だからやむを得ないことだろう。ミルティノビッチ氏はからすれば、ベスト4に進み日本に負けたところで何も責められないはず。おそらく妙な奇策は演じて来ないと思う。
 守備では、最終ラインをゾーンで固め、何とか森島を捕まえようとするのだろう。ただし、最後はファウルの連発になるだろうから。当方は落ち着いてセットプレイでゴールを狙える。
 一方攻撃は、比較的小柄な服部にあのデカイ2トップがからみ、不正確でもいいからロングボールをぶつけてくるだろう。しかし、服部はヘディングも強いし、稲本と森岡がこぼれ球をよく読めば、そうはやられないはず。
 中1日の疲労がどう出るかだが、一方で多くの選手は3試合しかしていない有利さもある。キッチリと勝つ試合を見せてもらいたい。
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2000年10月19日

ウズベキスタン戦 −防御不能−

1. ついつい楽観
 例えば、敵CKに対するファーポストの守りがおかしいとか、 西沢にPKを蹴らせる理由が不明だとか、 名波(TVでは稲本と言っていたが名波だと思う)が不用意に警告を食らって愚かしいとか、 大事な大会中に風邪で欠場する選手が出るとは何事だ等々、 不満は挙げればいくつでも挙げられる。
 また、ここまで大差がついてしまうと、 体調のピークが序盤に来すぎている不安も出てくる。この手の大会で、 序盤から調子を上げすぎるとロクな事がない。また、 日本以外のほとんどの国が、チームとしての準備があまりよくない事も確かだ。 一部のチームはピークを来年の予選に持っていこうとしているのだろう。
 しかし、かくも多彩な攻撃で、敵を殲滅する攻撃を2試合続けて見せてもらうと、 ついつい楽観的になってしまうではないか。 最大のライヴァルと予想されていたイランは、 初戦レバノンに大差をつけたのは終盤だったし、2戦目ではタイを攻めあぐんだ。 ついつい「我々はアジアを抜けようとしている」などと、邪な考えを持ちたくなる。
 ここまで実力的に一つのチームが圧倒している大会と言えば、 74年W杯のオランダ、82年W杯のブラジルを思い出す。おっと不吉だ。 もとえ、70年W杯のブラジル、72年欧州杯の西ドイツ、84年欧州杯のフランスを彷彿させる。

2. 価値あるゴール
 8ゴールを分析してみよう。
 1点目と3点目は中村のセットプレイ。 5点目は森島のシャープでしつこい突破。 後半の3ゴールは、名波、中村、小野の技巧による崩し。
これらの6ゴールは、トルシェジャパンが過去も見せてくれたパタンから。 1試合に集中したと言う事を除けば、当たり前の事が当たり前に起ったのに過ぎない。
しかし、2点目と4点目は全く違う。 従来の得点パタンには一切無かったものである。 このような得点パタンが確立するとなると、 日本の攻めの多彩さは尋常な物ではなくなってくる。

(1)2トップだけでのゴール 
 2点目。左サイド好パスを受けた高原が、 素晴らしい突破(事実上3人を突破した)、 中央をよくルックアップして、センタリング。 足元に入る難しいボールを丁寧に西沢が押し込んだ。
 そう、2トップの2人だけでゴールを奪ったのである。 FWの個人的な能力によるゴールは最近の日本代表では、 ほとんどお目にかかることができないでいた。 私の記憶する限りでは、3年前のW杯1次予選の初戦、 (おっと同じウズベク戦ではないか)カズの大爆発以来ではないか。 もっとも、その大爆発以降、小爆発すら起らなくなってしまったのだが。
 2トップだけのゴールって、いつもいつもうらやましいと思っていた。 ロマリオとロナウド、サモラノとサラス、とまでは行かなくても、 五輪の南アフリカのように、2人だけでさっさとゴールする能力のある2トップがいれば、 どんなに楽だろうと思っていた。
 確かにウズベクのDFは緩慢だったかもしれないが、この2点目は、 大差がつく前の出来事。少なくとも、ウズベクの集中が切れていた訳ではなく、 能力差で打ち破ったゴールである。この2人のコンビで、 今後もこのようなゴールを築く事ができれば、 中盤を封鎖された時(もっとも今の日本の中盤を押さえ込む事が極めて難しいのだが) の打開策となる。
 西沢も高原もこのゴールの重要性を認識し、自身を持って個人能力を高めていって欲しい。

(2)服部の好パス、高原の1対1 
 4点目も驚きだった。服部がドリブルで前進、前方をルックアップし、 DFライン後方のスペースを狙い済ましたロブの好パス。 フリーで抜け出した高原がGKを引き付けて落ち着いて決めた。
 服部と高原には大変失礼ながら、パスを出したのが名波か中村であり、 ゴールしたのが中田や小野ならば、私は何も驚かない。
 まず服部のパスだが、あれは非常に難しいパスだ。 ちょっとボールを蹴った事がある人ならわかるだろうが、 静止しているボールか自分に向かってころがっているボールならば、 精度あるロブは蹴りやすい。しかし、自分から遠ざかるボール (つまりドリブルしているボール)で精度あるロブを蹴るのは、 非常に難しい。トッププロでも、このようなパスを蹴る事のできる人材は限られる。 まして、この場面は、トップスピードのドリブルと言い、 限られたスペースと言い、敵との相対関係と言い、極めて難しい状況だった。
 あの体勢を見る限り、明かにあのパスは狙い済ましたもの。 服部と言う格段の守備能力と常識的ながらミスの少ないつなぎを期待されているタレントが、 このような好パスを出せるとすると、敵に対して大変な脅威を与える事ができる。 日本の攻撃の幅が大きく広がる可能性がある。いや、別に今回の1回限りでも、 服部が凄い選手である事には変わりはないんですけどね。

 さらに高原。高原がこの手のGKとの1対1が下手なのは定評のあるところ。 従来の高原のゴールのほとんどは、センタリングに飛び込むパタンか、 (サウジ戦のように)パワーで叩きこむもの。 トラップ後やドリブルからのシュートはGKにタイミングを読まれてブロックされるか、 枠を外すのが再三だった(五輪の南アフリカ戦の決勝ゴールも、 中田のパスが完璧でGKの前でつつくだけだったので、 GKにタイミングを読まれる恐れはなかった)。
ところが、この場面では、正確なボール扱いと落ち着いた判断で、 きれいにボールを流し込んだ。嬉しい事に、 後半の7点目も落ち着いて流し込みのゴール。 サウジ戦の一発もそうだが、成功事例をしっかり捉え、 反復練習を重ねて欲しい。
 高原(別に高原でなくても西沢でも久保でも柳沢でもいいのだけど)のシュートが、 そこそこ入るようになれば、日本代表の「得点力不足」は、 僅か半年で解消する事になるのだが(参照「得点力不足」の代表チーム)。

3. 小野と北嶋
 交替出場した小野と北嶋の態度には大きな違いが見られて面白かった。

 小野はサウジ戦もそうだったが、実に落ち着いている。 本人自身、体調と試合勘が戻れば、必ず代表に呼ばれるし、 レギュラも確保できると、確信しているに違いない。まあ、 その「天分」からすれば、そう思うのもよくわかる。無理せずに、 少しずつフィットしていこうとしているようだ。しかし、 高校チームに3年い続けたことや、不運な負傷から、 欧州進出が遅れているのも事実なのだ。冷静なのは素晴らしいが、 もっと貪欲さを前面に出してもらえぬものか。決勝トーナメントでの活躍を期待したい。

 一方、北嶋の立場は全く違う。次回、 呼ばれる保証は何もない。投入早々から必死でゴールを目指していた。
気の毒なのは、五輪代表を含めて、 トルシェのチームではあまり登場機会を得られていない事。 パスの出し手との連携が巧く取れていなかった。それでも、 結果を出した事を高く評価したい。しかも、 シュートそのものも見事。小野のパスで勝負ありだったが、 GKのかわし方、ゴールへの流し込み、いずれも意図通り。 さすが、ユース時代から、シュートの巧さでは定評のあるタレントである。 A代表のデビュー戦でゴールできた選手は、そうはいない。

 上記のように高原のシュート能力に向上が見られ、西沢、 柳沢らも結果を出している状況は、北嶋にとって厳しい物はある。 しかし、天性とも言うべきシュートの巧さは、他のライヴァルにはないもの。 この日のようにチャンスを逃さずに、一歩一歩向上していって欲しい。
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2000年10月16日

サウジ戦 −講釈不要−

 大体サッカーを観て「ああでもない、こうでもない」と講釈を放れるのは、試合のどこかにプレイや采配の粗を見つけて、苦情なり不満を訴えようと言う事がモチベーションとなるものだ。ところが、あのような完璧に近い内容で、アジア屈指の強豪を殲滅してしまうと、一体何から書き出せばよいか困ってしまう。
 もちろん、細かな部分には、いくらでも揚げ足を取る事の出来るプレイは見出される。川口の2回の決定的ミス。松田の不用意なイエローカード。自殺点時の森岡の判断の謎など。ともあれ、そのような些事は些事として全てを忘れてしまっても何の影響もないような、実に快適な90分間だった。

1.両チームの思惑
 タイトルマッチの1次リーグ初戦、優勝候補同士の対戦。トルシェ、ミラン・マチャラ両氏は、前者が動かないタイプ、後者は動くタイプと、監督のタイプとしては正反対。しかし、タイトルマッチに対する考え方は、案外と教条的な所が共通している。当然、両者は引分でもよいと考えていたはず。従って、守備を固めたサウジに対し、日本が無理をしない程度に攻め込むと言う慎重な試合が予想された。
 予想通り、サウジが引き気味となり速攻を狙い、日本が中盤を制して攻め込む形となった。開始早々、中村のFKから柳沢のシュートを、アル・デアイエが好捕。一方、サウジも速攻を狙った日本2トップからボールを奪い、逆速攻、右サイドをアル・ジャバーが突破し決定機を作る。
 ここまでは「通常」の日本−サウジ戦だった。

2.森島と柳沢
 そう言った「通常」を崩したのは、「日本の宝」森島だった。TVで柱谷幸一氏が丁寧に説明してくれたので、詳細は繰り返さない。明神、柳沢を利用しながらの、森島の一気の右サイド前進で、敵DFは完全に(日本から見て)右側に引き寄せられ、中村がフリーに。中村からすれば、あそこまでフリーでボールをもらえば、セットプレイのようなもの。しかも、セットプレイと違い、敵の守備は薄い。森島のアル・デアイエを引き付けてのヘディングもまた見事。VTRで見ると、森島のヘディングの瞬間に、中村はガッツポーズしている。
森島が演出した速攻は、サウジクラスのチームが今の日本に対して守備を固めたとしても守り切る事が難しい事を示している。しかも、守備ラインが疲労からずれてくる後半の半ば以降ではなく、前半に行われたのだから、このパフォーマンスには価値がある。敵の監督にとって、名波や中村のパスの出所を押さえる戦術の工夫は可能かもしれない(それはそれで決して容易ではないが)。しかし、森島のスペースメークを押さえるのは厳しい課題である。
 決めたのは柳沢。ところが、結構柳沢のトラップが危なっかしいのがご愛嬌、そう言えば入った瞬間柳沢は歓ぶよりもホッとした雰囲気だった。前回「2トップは高原と西沢で決まり」と書いたが柳沢は結果を出した。ゴールした事もよかったが、得意の技巧的なキープがそのまま森島の前進と巧く連携したのは明るい材料。ゴールそのものよりも豪華絢爛たる味方MF陣の信用を確立する事もFWのポジション争いに重要なはず。この日の活躍で再びレギュラ争い線上に復帰したと言えよう。
 余談ながら、Jリーグ前期制覇を争った森島と中村が同じチームで、見事な連携を見せた事を「代表チームの資源供給源はJリーグである」と言う事が、再認識されたと言う意味で、素直に喜びたい。

3.名波と高原
 森島が崩した「通常の」サウジ戦ペースの止めを刺したのは名波と家来の高原。1−0で負けている時間帯にあのような不用意なミスをするサウジDFも信じ難いが、二人の連携は見事そのもの。名波の芸術は当然ながら、例によって高原のシュートは枠に行かないだろう、と思っていたら見事に決めてくれました。前半で2−0、サウジは完全に死んだ。
 高原にはこのように枠に行ったシュートの感覚と、(例えば合衆国戦の延長のように)枠に行かなかったシュートの感覚を、鋭敏に整理して欲しい。そして、数を蹴ってその感覚を取得し、インステップキックによるシュート精度を高めて欲しい。と、言う意味では、現在の高原(つまりゴール前に飛び出してインステップキックを蹴っ飛ばす所までは到達しているストライカ)に最適なコーチがいる。そう、釜本邦茂氏である。
 五輪チームより、アジアカップチームの方が、サッカーの質は間違いなく高いものになっている。その要因は、名波の存在である。展開の大きさでは、稲本は相当のレベルにあるが、展開の変化となると名波は格の違いを見せつける。残念ながら、最初の欧州挑戦は失敗に終わったが、守備面でのしつこさは、最高峰のイタリアで格段に向上した。アジアの守備ラインが、名波の展開の速さにどのくらい対応できるのかが、今大会の最大の着目点かもしれない。
 この日も、稲本、明神のサポート、中村との連携で、実に優雅なゲームメークをしてくれた。この日の名波を見て、今後の対戦相手は一層厳しいマークをしてくる事だろう。これはありがたい。中村と稲本がより自由に動けるようになる。
 この日、ただ一つ名波に不満を呈するとしたら、試合終了直後のインタヴューで、「1ゴール1アシストですね」と問われた時に、「1ゴール2アシストだよ、ちゃんと見てなさい。」と修正しなかった事くらいか。

4.小野
 ここは素直に遅すぎたとは言え、A代表初ゴールを祝おう。それにしても、他の日本人FWが、小野くらいゴール前で落ち着いていてくれたならば...

5.サウジ
 TV解説の柱谷哲二氏が、「なぜこんなにサウジは弱いのだ、MFが酷すぎる。俺とやった時はもっと強かった」と怒っていた。全く仰せの通りである。かつて、アジア各国を震え上がらせた、アミン(私はこの選手が大好きでした)、アル・ムワリッド、アル・トゥナヤンらの名手の後継者はいないのだろうか(オワイランは嫌いだから入れていません)。アミンやアル・ムワリッドはまだ30そこそこだと思うのだが。
 ともあれ、最終ラインの強さと巧さは相変わらず(嬉しかったのは、最初完全にやられていた高原が時間が経つと共に少しずつ振り向けるようになった事)。FWの(シュート以外の)能力も高い(サウジの得点能力の低さは、ある意味では日本以上に定評のあるところ)。
 しかし、パスワークがかつての栄華からすれば、信じ難いほど拙い。もし、ミラン・マチャラ氏が、決勝トーナメントに向けて、大量のメンバを隠したのではないならば、来年のW杯予選は相当つらいものになるのではないか。
 いずれにしても、建て直しに注目したい。
 と、思ったらミラン・マチャラは、解任との事。彼が日本対策に暖めていた奇策(がもしあればの話ですが)は永遠の謎となってしまった。

6.主将
 軽率な自殺点を上げたから言うのではないが、森岡に主将の腕章は荷が重いように思えてならない。うがった見方をすれば、任の重さが不用意な自殺点を生んだようにも思える。
 精神的にも強く、トルシェ氏のDFラインにはなくてはならない選手である。五輪ならば、オーバエージで、A代表のレギュラに定着していて、フィールドプレイヤである、と言う条件において、主将の任を務めるのは、まあ妥当に思えた(「まあ」と言っているのは、中田の方がより適任と思っていたから)。
 しかし、A代表において、腕章を巻くのはかなり厳しいように思える。トルシェ氏の意図は不明だが、森島、名波、服部のいずれかの方が、経験、実力、チーム内の立場、いずれからも有力だと思うのだが。ただし、ここで主将の権利を剥奪するのは、ただでさえ失い気味の自身を一層失わせそうで難しいところ。主将交替の機は既に逸してしまっているかもしれない。
 快感極まりないゲームでふと感じた不安である。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旧作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2000年09月14日

南アフリカ戦 −やれやれ−

 日本が臨む久々の本格的タイトルマッチ。苦戦の末のビューティフルゴールでの逆転劇を大いに愉しむ事ができた。私にとって、(勝とうが負けようが)日本が戦うサッカーの国際試合ほどの娯楽はない。本当に愉しめる2時間だった。今大会でも、この愉しみを少しでも多く味わいたいものだ。
 本稿では、南アフリカ戦で感じたまにまにを論じたい。

1.ゲーム総論
 トルシェ風フラット3を少し研究したチームならば、中盤のプレッシング合戦を何とか打ち破り(技巧なり運動量なり色々な方法がある)、ボランチと3DFの間にボールを入れて、DFと1対1を狙ってくるのは当然の策である。南アフリカのMF陣は、前半日本を上回る運動量で、それを実現した。特に後方に中村を押し込み、稲本を前方に引き出す事にも成功したのは見事だった。
 後半半ば過ぎから、その運動量が落ちるにつれ、日本が完全に中盤を制圧した。南アフリカとしては前半再三日本守備陣の弱点をつき、先制した訳だから、後半の消耗を含めてゲームプラン通りの試合だっただろう。彼らからすれば、前半ロスタイムのセットプレイからの失点は悔やんでも悔やみきれまい。
 2点目の中田のパスはもはや選手の格の問題である。勝敗を分けたのは、マッカシー、フォーチュンと言った先方のタレントより、中田の方が勝っていたと言う事である。左オープンを走る中村(本山だったか確認していない)のサポートを使い、敵DF全員を(日本から見て)左側に寄せてしまうドリブルは圧巻その物。高原へのパスも、コース、強度、タイミングいずれも完璧。前稿で期待した通り、スーパースターの舞いが大事な初戦を決めてくれた。

2.守備ライン
 中沢−森岡−中田浩と並んだ守備ラインを見て、トルシェ氏の苦悩が理解できた。前稿でも述べたが、松田のおバカ、宮本の考え過ぎから、とうとう最も堅実な森岡に中央を託すと判断したようだ。トルシェ氏に切に望みたい。せめて大会が終わるまでは、マスコミの誘導尋問に乗せられて、「服部がいれば」と言わない事を。まして、親しい記者にリークしない事を。
 前半の失点場面は、中田浩の1対1の弱さが出たわけだが、問題は抜かれた事ではなく、抜かれる事を恐れて間合いを大きく空けてしまった事である事を指摘したい。あの場面、抜け出したマッカシーは、コーナー近傍で流れるボールを押さえ、向き直って中田浩に向かう。再三、マッカシーに苦しめられてきた中田浩は、抜かれる事を恐れたのだろう、かなり広い間合いを取ってしまった。その結果、マッカシーは余裕を持って、中田浩を抜き去り、好センタリングを上げた。この中田浩の選択は最悪で、もし間合いを詰めていれば、抜かれるしても、マッカシーは少し時間をかけるから、カバーの森岡が再びチャレンジできたはずである。中田浩がびびったために、まとめて2人のDFの存在がゼロになってしまった。
 これは、五輪予選時代のレギュラ、宮本、中沢、中田浩の3人に共通した弱点である。皆、まずラインコントロールと位置取りの修正にアタマが行き、1対1で戦う意識が希薄なのである。これが、森岡、服部、好調時の松田などになると、どんなFWだろうが、気迫を込めて当たるから被害は少なくなる。DFが少ないときに軽率に当たるのは論外だが、DFの数が足りているときは、むしろ深く鋭く当たれば、例え抜かれても、FWの体制も崩れるから、次に対応する選手にボール奪取のチャンスは多い。
 しかし、後半中田浩の守備は改善された。本人が反省したのか、森岡に激を飛ばされたのか、トルシェ氏に適切な指示を与えられたのか。後半、中田浩は勇気を持って、再三自分から早めの仕掛けでFWに対峙した。この後半のプレイに自信を持って、今後の試合に臨んで欲しい。このまま中田浩が、順調に守備を続けると、この南アフリカ戦は、「中田浩が守備に開眼した試合」となるかもしれない。
 後は中沢である。中田浩以上にフィジカルは恵まれ、守備能力もあるのだから、自信を持ってファイトして欲しい。
 それができなければ、トルシェ氏は松田を起用せざるを得なくなるだろう。それが吉と出るか凶とでるか。

3.メンバ構成
 中村が押しこまれ、中々前に出られなかったのをトルシェ氏が修正しなかった理由は、この試合の謎である。私はそれこそ前半から、柳沢に替えて三浦を投入し、中村を前に出すかと思ったのだが。
 本山を投入するのをギリギリまで待ったのは妥当だろう。後半も25分以降、南アフリカは前半からのラッシュがたたり、完全に運動量が落ち、日本が中盤を制圧するようになったからだ。あれなら、安心して本山を投入できる。投入直後に、中田が敵DFを左サイドに固めてしまう大仕事を演じたのだから、この場面のトルシェ采配は大当たり。
 ただし、きょうのメンバ構成が主流となると、メンバ交代が非常に限られたものになってしまう。本山を入れてワントップにする以外の選択肢がないではないか。現状ではワンボランチは選択しづらいはず。守備ラインに不安があるのに加えて、モロッコ戦で巧く機能しなかったからだ。そうすると、三浦と西と2枚のサイドプレイヤはカード外になってしまう。さらには、DFの宮本、松田を交代で使うとも考えづらい。そうすると、切れる交替カードは、本山と平瀬だけになってしまう。とすると、遠藤を外し西を入れたのは痛い。
 当然トルシェ氏はわかっているだろう。スロバキア戦での修正に注目したい。

4.苦戦の責任は稲本に
 もちろん、南アフリカはそれなりに強力なチームであり、2−1で勝てたのから、それでよしとすべきかもしれない。しかし、これだけ苦労した最大の原因は稲本にあったと見る。
 中村が押しこまれており、どうしても攻め手が少ないのだから、速攻がかからないときは、丁寧に中盤でボールを回すべきである。中村−稲本−中田−酒井が、明神のサポートを受けてボールを回せば、この相手ならば、相当長時間キープできたはず。
 ところが、稲本が再三強引に前に出ようとするから、思うようにキープし切れなかった。明神はボールを奪ってさばくのは得意だが、中盤を作るタイプではない。前後左右に動き回る明神を使って、チームを落ち着けるのは稲本の仕事なのである。初戦での気負いもあったのかもしれないが、稲本が今後もあのような落ち着きのないプレイをするようなら、上位進出は難しくなる。
 それにしても、(しつこいですが)このような展開になると、遠藤が欲しい。

5.ベルドン、高原
 前稿で、「せいぜい控えだろう」と酷評した不見識を謝罪いたします。
「ごめんなさい、高原さん」
 もちろん、2ゴールは見事だった。特に2点目は、敵DFが皆中田の意図通り、左に寄せられるのに対し、右に向かって素晴らしいランニング。失礼ながら、あの好パスを大きくゴール外に蹴りだしてしまうのではないかと、心配したが、実に落ち着いていた。あのようなコースへの入りから、GKの届かないところに、突っつくのは案外難しい。このランニングからミートまでの呼吸を完全にものにして欲しい。おっと、師匠の中山が得意とするプレイではないか。ボール扱いは師匠より格段に巧いのだし。
 しかし、2得点以外にも、前半2回ほど見せた単独突破からの左足シュートもよかった。アプローチまでは完璧だが、何故枠に行かないのか。何とか、敵を外して、立ち足を頑張り、膝をボールにかぶせ、シュートを枠に飛ばす型を身につけて欲しい。そうすれば「グラシャス」と言わせてもらえるのだが。
 余談だが、記者会見ではあんな謙虚な態度ではなく、
「いやあ、これからもバンバン点をとりますよ。」
などと、高笑いしてくれると、もっと嬉しいのだけれども。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 旧作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2000年09月11日

シドニー展望

 2000年9月に書いた、シドニー五輪展望です。早いもので、あれから8年近くが経ち、当時の若者達が皆ベテランとして活躍しています。残念ながら早々に引退してしまった人もいますけれど。
 このような文章を書いておくと、その後の選手たちの成長との照合比較が自分でもできるのが愉しいのです。

(2008年1月22日)


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posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旧作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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