2008年05月05日

(書評)戦後欧米見聞録(近衛文麿著、中公文庫版)

 文庫本で約150ページの小著、今回の連休でじっくりと再読し、昨今の世界情勢にも、日本サッカー界の今後にも、非常に参考になる本なので採り上げたもの。

 近衛文麿と言えば、1次内閣時には盧溝橋事件に始まる日中戦争の泥沼に日本を引き入れ、さらに2次内閣時には仏印進駐、日独伊三国軍事同盟、日ソ中立条約を締結などにより、日米関係を決定的に悪化させ太平洋戦争を導いた首相である。本書はその近衛が20代の折に、第一次大戦後のパリ講和会議に西園寺公望全権特使の秘書として帯同、その後ライン占領地域、英国、米国と外遊を重ねた際の記録である。
 後年の我々から見れば、近衛は首相として考え得る最悪手を次々に行った男である。私自身、本書を読む前は、軍部に引きずられた世界観のない貴族出身の政治家と思っていた。ところが本書において、当時20代半ばの近衛は、第一次大戦終結時の世界観、英仏米3大国の現状と今後、労働運動と社会主義の蔓延と資本家との関係などについて、実に怜悧で的確な分析を行っている。
 中でも、因習にとらわれず発展をしようとしている米国が今後世界最強国になろう事、さらに日米関係を阻害するものとして(当時日本にとって様々な面で対立的関係にあった)支那の的確なプロパガンダ工作(様々な手法による情報公開によるアピール)の指摘など、1920年以降の世界の展開予測を実に正確に行っている(中国の広報戦略に苦しむには、今日の日本も変わりないのだが)。
 そして、そのような的確な分析を若年時に行った政治家が、首相となってその分析と正反対の施策を次々に実施して、日本を破滅に導いていく(その責を1人に押し付ける気はないが、近衛に相当な責があった事を否定する人は少なかろう)。物事を適切に実行していくためには、的確な現状把握は必要条件だが、十分条件ではない事を、如実に示す実例となっている。

 北京五輪を前に、中国と他国の関係はどうしようもない状態に落ち込んでいる。一方でインタネットを軸に世界の平滑化は進み、日本にしても中国にしても、お互いに相手との連携なしでは国民の豊かな生活は望めない状況になっている。日本と中国は、いやいずれの国も、理想と現実の折り合いをつけながら、相互の関係を構築していかなければならない現状において、約90年前に正確に世界情勢を把握し、その後全く正反対の道を歩んでしまった政治家の記録を学ぶ事は多いに意味のある事ではなかろうか。

 サッカー界に限定しても、若き近衛が指摘したように、情報公開を進め、権謀術数に捉われるべきではない、と言う考えは非常に参考になると思う。審判が出来の悪かった時にはそう発表すればよいし、いずれかのクラブのサポータが不適切な行為を行った場合はオープンに処罰を検討すればよい。隣国が国際試合で反則や狼藉の限りを尽くしてきたら、その旨を英語のWEBサイトで公開し問題視するくらい行ったらよいのではないか。情報を公開し発言をオープンにする事こそ、メディアが発達した今日重要ではないかと思うのだが。

 アマゾンによると在庫はない模様だが、2006年に文庫本として再刊されたので入手性は悪くないと思うのだが。興味のある方は是非。

余談
 本書には解説が2本載っている。1つは近衛の秘書官を務めたこともある細川護貞氏(夫人は近衛の娘、2人の間の子が細川護熙元総理大臣)、もう1つは仏文学者の碩学鹿島茂氏。
 近衛が本書の末尾近くで強く主張した今後の日米関係構築への提言
要するに米国及び米国人に対する要訣は、包みかくさず何事もよく語るにあり。希望もこれを語り、不平もまたこれを語る。さすれば排日の妖雲も遂に一掃せらるるの時あるべきこと余の信じて疑はざるところなり
に関して、首相時代の近衛の活動に対する、この2人の評価が対照的なのが興味深い。細川氏が岳父の事を悪くは言いたくない気持ちはわからないでもないのだが。
 まず細川氏
彼が太平洋開戦前自ら米大統領と会見して実情を訴えんとした心境は、正にここに淵源がある。しかも、この事は尚今日的課題であるであろう。
 続いて鹿島氏
 近衛はまさに正論を述べている。
 だが、近衛内閣が、日中戦争の泥沼から抜け出るために実際にやったことは、ここに書かれているのとは正反対の権謀術数だった。すなわち、援蒋ルートの遮断という名目で仏印進駐を行ったが、それが日米関係を決定的に悪化させてしまったのである。
 たしかに、近衛は、開戦直前にルーズベルトとの直接会談を希望したが、「包みかくさず何事もよく語る」と言う態度は、やはり、仏印進駐の前に示すべきではなかったか。ハルノートが出されてしまってからでは遅かったのである。


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2008年04月25日

(書評)股旅フットボール

 本書は日本の事実上の4部リーグ(日本全国を9ブロックに分割した地域リーグ)に所属し、JリーグあるいはJFLを目指しているクラブを全国各地域に訪ね歩いたノンフィクション。上に上がろうとする「理想」と、財政面、強化面の苦闘と言う「現実」のギャップに悩みながらも、前に進もうとしているサッカー人たち(フロント、監督、選手、サポータなど様々な人々)の声を集めている。
 さらに彼らが1つ上のカテゴリのJFLに昇格するための全国地域リーグ決勝大会のレポートが織り込まれる。筆者が指摘する過酷な戦い
この4部から3部への昇格こそが、現在、日本サッカー界では最も狭き門となっている。
を演ずる男達の描写は、勝者と敗者の対比を含め、非常に印象的だ。
 さらに筆者は、これら地方クラブが強化されるにつれ(より優秀な選手を獲得するにつれ)、それまでチームを支えてきたアマチュア選手の場所がなくなって行く現実、昇格に向けての制度上の矛盾(上記の通りにあまりに狭い昇格権、決勝大会1次ラウンドのチーム数のアンバランス、さらにPK戦の矛盾、「レンタル」の異様さなど)など、従来あまり振り返られていなかった現状を、丹念に文章化している。
 例えばこの大事な大会で、カマタマーレ讃岐の中心選手が不在だった事の顛末
では、大事な緒戦でなぜ、小出はベンチ入りもできなかったのだろうか。怪我?それともペナルティ?私の問いに対する土居監督の答えは、ある意味、衝撃的なものであった。
「仕事だったんです。明日は来るんですが...」
は、このクラスのクラブの実情を見事に描写している。

 日本サッカー界は、日本代表チームあるいはJリーグのトップクラブを頂点にしたピラミッド構造をしている。その頂上については、競技場なりテレビなりで、すぐに見る事ができる。一方底辺は、自分なり知人のプレイ、近所の広場や校庭で行われている草サッカーを通じて、触れる事は簡単だ。しかし、頂点と底辺の中間がどうなっているのかを知ることは案外と難しい。本書はその欠落部を勉強するには格好の存在と言えよう。
 サッカーを語り、愉しむ事が好きな方にとっては、間違いなく本書はサッカー界全体を俯瞰する一助となるだろう。

 いわゆるJリーグクラブのサポータの方々にも、本書はお勧めできる。
 以前ベガルタのサポータ仲間と一杯やっている時に「各地にJリーグを目指すクラブが誕生している。それらのクラブが順調に成長すれば、ベガルタが適切な強化に失敗すれば、J1昇格はおろか、より下位のリーグに陥落する事があるかもしれない。」と言う話題で盛り上がった(「盛り下がった」と言うべきか)事がある。そう、Jリーグ百年構想の具体化とは、現状で繁栄しているいくつかのクラブが、今より下位リーグに転落すると言う事なのだ。
 現在のJリーグ準会員5クラブの他にも、本気でJを目指しているクラブが多数本書に登場する。いや、それ以外にも多数のクラブが「将来のJ」を目指している。また本題から外れるが、今日の破綻済みの過密日程を解決するためには、J1を16クラブに減らすのは有力な選択肢だ。とすれば、近い将来J2のチーム数がH&A2回戦もこなせぬ程多数になり、下位に陥落するクラブが登場する日はそう遠くはないはずなのだ。
 と考えると、近い将来の「敵」の実像を把握する事は、各Jリーグクラブのサポータにとっては重要なのではないか。

 いくつか、注文も。
 1つは、もう少し「負の情報」にも突っ込めなかったかと言う事。たとえば本書でも筆者がグルージャ盛岡に取材した後で「フロントの不首尾?による経営問題が発覚し、当時の監督たちが別クラブを立ち上げる事態となっている」との記載がある。本件について、筆者はその章の末尾で簡単に触れたのみだが、このような事態をもう少し深堀りできなかっただろうか。Jリーグ開幕以降の15年、Jを目指したがために財政問題で破綻、解散したクラブの実例は少なくない。筆者ならば、「負の情報」を活字として採り上げる事で、これらの悲劇を将来食い止める一助が可能だったではないか。
 2つ目は、もっと幅のあるクラブについての言及が欲しかったと言う事。例えば、Jを目指していないクラブも掘り下げたらどうだろう。それらとの対比は、上位を目指すクラブの実情をより明らかにするのではないか。もっとも、筆者はサッカー批評38号において、「JFLの門番」と言われるアマチュアの強豪HONDAを採り上げるなど、着実に幅を広げようとしてくれている。

 筆者の今後の活動に期待してきたい。

股旅フットボール―地域リーグから見たJリーグ「百年構想」の光と影股旅フットボール―地域リーグから見たJリーグ「百年構想」の光と影
宇都宮 徹壱
posted by 武藤文雄 at 23:40| Comment(2) | TrackBack(1) | 書評

2008年03月11日

(書評)サッカー批評38号を批評する

 サッカー批評38号が発売になった。何のかの言って、これ程「サッカーについて読ませてくれる」印刷媒体はない。
 もちろん、毎号の常であるが、読み応えのある記事と、そうでない記事が並列されるのは仕方がない。しかし、何が残念かと言えば表紙に書かれていキャッチ。かつて日本を代表する一流選手で、日本代表監督で実績を挙げ、Jリーグでも見事な手腕を発揮した男に対し、意味不明な言辞を弄するのはいかがなものだろうか。もちろん、雑誌である以上「売れる算段」は必要だろう、しかしあの現代表監督を愚弄する表現は、売り上げ増進につながるのだろうか。と、不快感を示したものの、今号は充実した記事が多く、帰りの電車で堪能する事ができた。

 まず、冒頭の小野剛技術委員長のインタビューは非常に読み応えあり。インタビューアの山内雄一氏の鋭い切り込みに、誠実に答える小野氏。オシム爺さんが不運な病魔に倒れた直後から、岡田監督選考への経緯が丁寧に引き出され、読んで面白いだけでなく、(爺さんが倒れた2ヶ月半後にはワールドカップ予選を迎えなければならない)切迫感も伝わってくる。
 また勉強になったのは、キリンが日本サッカーのスポンサになる事を推進した「黒幕」(と言っても、サッカー好きの元キリン社員の方)の記事。このような内幕モノは、読んでいても「どこまでが真実なのか」と言うあたりがどうしても気になるが、木村元彦氏独特の読みやすい文章に引き込まれる。私自身、この「黒幕」氏の事は全く知らなかったので勉強になった。
 ミカミカンタ氏と言う方が書いた、レッズ及び日本協会のACL対応のスタッフ達の記事も見事だった。レッズのアジア制覇は、レッズ自身の周到な準備と、日本協会の協力が奏功したとよく言われるが、それを丹念かつ具体的に引き出している。もちろん、レッズに協力するフロンターレ関係者も登場する。特にサポータを含めた大量のビザ発行に対して、各国の対応の鈍さに苛立つ日本協会スタッフから「もしかしたら日本が非常識なのかもしれない」と言う発言を引き出しているのが見事なものだ。
 加部究氏の連載「海を越えてきたフットボーラー」のお題は「ビタヤ・ラオハックル」。ヤンマーと松下でJSLのスターとしても活躍し、ブンデスリーガでのプレイ経験もある、タイ代表のスーパースター。今はガイナーレ鳥取で指揮を取っているのは、知らなかった。日本に来る事になった経緯、ドイツでの苦闘、奥寺との交流、タイ代表がアジアで勝ち切れぬ事への冷静な分析と忸怩たる思い。これらをじっくりと愉しむ事ができた。
 
 そして今号のハイライトは、三村高之氏による「アルゼンチンの審判事情を追う」。これは面白い。いきなり
コリーナも、南米では上手いレフェリングができなかった
と言うインパクトのある文初で始まるこの小文は、日本とアルゼンチンの差を審判のレベルから見直そうと言う狙いが感じられる。日本が全ての草サッカーを「公式審判」でさばかせるために「審判の層」を分厚くする事を狙っているのに対し、アルゼンチンは「少数精鋭」でトップレベルの審判育成のみを考えた体制である事。さらには、アルゼンチン協会直下に複数の「審判組合」が存在する事、時に副審不在で主審だけで大会もある事など、各ランクの審判の収入の程度など、興味深い話題が続々。そして結びに、マスコミがアルゼンチン風に審判をしっかりと批判すべきではないかとの提案も。ちょっとゼロックスでの家本氏批判を思い出したりして。

サッカー批評 issue38―季刊 (38) (双葉社スーパームック)
4575479853
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 書評