2016年06月30日

五輪代表順調な強化

 五輪代表は、国内最後の強化試合、南アフリカ戦に4対1と快勝。
 このチームは、直近3階の五輪代表(アテネ、北京、ロンドン)と異なり、予選段階でしっかりとチーム作りが行われたと言う意味では、シドニー以来。したがって、いわゆるキリンチャレンジで、遠征で体調がよくないチームと戦えば、よい成績を収められるのは自明な事、快勝そのものは驚きではなかった。
 それにしても、1点目、2点目の得点はきれいだった。このチームのよさは、後方の選手が常に敵DFの裏を狙う姿勢を保ち、敵DFラインが揃わなくなったときに、この1、2点目のように、両翼をうまく使った崩しができることにある。
 守備については、植田を軸にした中央の強さは間違いないが、時に中盤守備で几帳面さが失われることが課題か。まあ、このあたりは、若さもあるし、しかたがないところもあるのだが。

 ともあれ、室屋、中島と言った、予選後に負傷した選手がよいプレイを見せたのは嬉しかった。もちろん、たった1試合よいプレイを見せたからと言って、短期決戦を戦い抜ける体調まで戻っているかは別問題だが、2人ともメンバ入りする可能性は高いのではないか。それにしても、今回のチームは負傷者の多さが、大きな悩みとなっている。1月に予選が行われたため、各選手がオフをしっかりとれなかったためだろうか。
 余談ながら、中島と言う選手は、どうしてFC東京で出場機会をほとんど得られないのだろうか。この選手は、いわゆる華があるタイプ。守備をサボるわけでもないし(もちろん、課題はあるが)、よくわからない。確かにFC東京の攻撃ラインは、優秀な選手が多数いるのは確かなのだが。

 予選で中核として機能していた植田、矢島が、この数ヶ月で一回り成長していたのも、頼もしかった。そして、この2人と、この日負傷で欠場した遠藤の3人が安定していること、CBの岩波、奈良の負傷が長引いていること、この2点を考えると、オーバエージで選考したのが、塩谷、藤春、興梠と言うのも、よく理解できる。そして、上記した室屋と中島の復活により、かなりバランスがよいチームとなりそうだ。
 あとは、いかに各選手の体調を揃えられるかだろう。特に、負傷上がりの選手や、欧州でプレイする久保と南野の状態が気になるところだ。


 一昨年のワールドカップ、昨年のアジアカップと、代表チームの苦杯が続いたこともあり、日本サッカー界全体が、「異様な自信喪失」となっている。40年以上、日本サッカーに浸り切って今なお不思議なのだが、ちょっと勝つと「ワールドカップ優勝も夢ではない」となり、ちょっと負けると「この世の終わり」となるのが、この国のサッカーマスコミの特徴なのだ。
 だからこそ、このチームには、自信回復のきっかけとなる、リオでの鮮やかな戦いを期待したいのだ。まあ、手倉森のオッサンの手腕は確かなのはわかっている。わかってはいるが、(過去から再三語っているように)凝り過ぎて失敗するのではないかとの不安が、また愉しい。
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2016年06月27日

欧州選手権への羨望

 「欧州サッカーと南米サッカーのどちらが好みか?」と問われれば「南米」と即答する私だ。しかし、午前中リアルタイムの放送を愉しむのは困難ゆえ、コパアメリカの映像堪能は断念。と言うことで、欧州選手権の映像を少しずつ愉しんでいる。ともあれ、平日は本業(おかげさまで、結構忙しいのです。だから、すっかりブログをさぼっているのですが)、週末は少年団指導とベガルタ。もうよい年齢で、深夜早朝映像観戦は厳しい。時間に限りはあるのだが。

 代表チームの他地域選手権を愉しむとなると、どうしても「ここに日本代表がいたらどうなるか」と言う視点になる。これも考えてみると、ここ15年くらいでようやく味わえるようになった、比較的最近からの愉しみだ。一方で、そのような愉しみが15年ほどの長きに渡ったと考えると、「随分の長さになったものだ」と感慨深い。
 思い起こしてみると、この大会を生中継で堪能したのは、88年の決勝が最初だった。例のファン・バステンのズドーン(今大会のテレビ中継のタイトルにも登場しているやつ)。深夜あの一撃を目撃したときは、さすがに興奮したな。その前のネッツァ、オンドルシュ、シュスター、そしてプラティニ、これらは皆結果を知った後、数ヶ月後のダイヤモンドサッカーでしか、映像を見ることすら叶わなかった。そして、あの頃は、「ここに日本代表がいたらどうなるか」など、考えもしなかった。

 さて、「ここに日本代表がいたらどうなるか」について。

 今大会の映像を観ていて、何よりうらやましく思うのは、スタンドの雰囲気だ。ほとんどの試合で、両国のサポータが万単位で入り、熱狂的な応援を繰り広げている。しかも、チケット販売方式が進歩してきているのだろうか、それぞれの国のサポータが固って応援している。結果的に、双方の応援も盛り上がり、とてもよい雰囲気だ。ワールドカップでは多くの場合、チケットは国別には販売されておらず、両国のサポータが入り混じっての応援となる。まあ、敵国のサポータと呉越同舟で声を張り上げるのは、それはそれで愉しいのだけれども(一昨年のコロンビア戦の前半終了間際の岡崎の同点弾で、己1人の絶叫で周囲のコロンビアサポータすべてを制圧したのではないかとの錯覚には、堪えられないものがあった)。
 残念ながら、アジアカップであのような雰囲気を体験するのは、現状では非常に難しい。

 そもそも、アジア諸国で、敵地まで多くのサポータが出向く国が、我々のほかは、韓国、豪州、(たぶん)中国など限られる。最近、タイなど東南アジアのサポータも少しずつ、あちたこちらで見かけるようになってきたけれど。このあたりは、文化的な要素と経済的な要素があるように思える。
 文化的な要素については、少しずつ我々の愚行をアジア諸国に展開し、「サッカーで遊ぶとこんなにおもしろい」と、多くの人に理解してもらえばよいのだろう。
 経済的な要素については、今後上下動はあろうが、各アジア諸国は経済的発展はしていく傾向は間違いないから、海外旅行を愉しむ人々は増えていくことだろう。そうなれば、様々な国の人々が、今以上に海外でのサッカー試合を愉しむようになっていくかもしれない。日本が経済的に停滞し、残念なことになるかもしれないが。
 しかし、そう言った問題以上にスタジアムが盛り上がらないのは、AFCの無思想性があるように思う。そもそも、ワールドカップの半年後に、アジアカップを行うところから、「負けが決まっている」のだ。ワールドカップ後、じっくり2年間予選を戦って、勝ち残ったチームが揃う欧州選手権との違いは大きい。
 元々、アジアカップは、2004年中国大会までは、ワールドカップの隔年に行われてきた。しかし、長期にわたるワールドカップ予選と、五輪とのバッティングを考慮し、1年前倒しにされた。これはこれで、1つの考えだ。しかし、そうならば、アジアカップ予選とワールドカップ予選をうまく計画し、様々な興味を呼ぶように工夫する必要がある。
 ところが、前倒しになった以降、杓子定規に4年おきを守ろうとするから、おかしくなってしまった。2007年は、東南アジア4か国の共同開催だったから夏季に行われたので、ワールドカップの1年後となりまだ尋常だった。ところが、その後はカタール、豪州が、杓子定規にワールドカップの翌年の冬季に行ったため、もうどうしようもなくなってしまった。カタールでも豪州でも、ワールドカップの1年半後に行っていれば、随分とよかったと思うのだが。
 次のアジアカップは、2019年UAE開催。ロシアワールドカップの半年後に、従来大会より8チーム増やした24チームで行われる。元々、16チームでも盛り上がらない現状。あまり、愉しい大会になるようには思えない。私の予感が外れれば嬉しいのだが。
 でも、この欧州選手権のような、アジアカップ。愉しみたいよね。
 
 とは言え。欧州選手権だ。
 「ここに日本代表がいたらどうなるか」について、本質も少しは語りたい。
 頑健な欧州諸国のCBやゴールキーパが固める守備をいかに崩すかとか、レバンドフスキやベイルやクリスティアン・ロナウドにいかにボールを出させないかとか、シャキリやモドリッチの展開をいかに止めるかとか、高邁な話題について。これを語ることこそ、最高の知的遊戯のはず。
 これは、シリア戦、ブルガリア戦、ボスニアヘルツェゴビナ戦のような、冗談のような守備面のミスが、改善されるが前提となる。頼むよ、ハリルホジッチさん。
 もっとも。ザッケローニ氏末期以降、アギーレ氏時代も、ハリルホジッチ氏時代も、再三再四あのような惨状を見ているので、シリア戦以降の一連の守備崩壊を、冗談と言ってはいけないのかもしれない。冗談ではなく、新常態なのではないかとの不安もある。
 まあ、それはそれで別途。
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2016年05月01日

ユアテック、最低の試合を満喫

 今日は今シーズン初めてのユアテック詣で。いつものことだが、地下鉄が泉中央に近づくにつれ高まるワクワク感は堪えられない。そして、梁勇基の復活。最高の雰囲気で試合は始まった。

 ひどい試合だった。

 まず、石川が退場になった豊田のPKについて。
 右サイド(ベガルタから見て)のクロスに対し、石川と豊田が交錯。豊田が転倒した瞬間、主審の池内氏が元気よく笛を吹く。「おお、豊田のシミュレーションか」と思ったら、池内氏の手はペナルティスポットを指差していた。
 考えてみれば。この日の、主審の池内氏の判定基準は、序盤から明確で、かつブレがなかった。両軍の手を使ったファウルにはかなり寛容。ただし、豊田が転倒すると、すべてベガルタのファウル。この判定基準で40分以上試合が行われていたのだから、理に適っている。実際、このブレのない基準は90分間継続。後半、攻め上がった大岩が敵DFに押されて転倒した場面も、心の弱い主審ならば当然PKだろうが、しっかりと流していた。
 感心しなかったのは、カードの出し方。黄と赤のカードを、連続して素早く嬉しそうに高々と差し出した。あれを残念そうに出しさえすれば、随分と印象が違ったものになった。中々の自己顕示欲、サッカー向きの性格だ。もっとも、主審向きではなく、ストライカ向きではあるが。
 誤解しないで欲しいが、私は「この場面がPKでない」とは断定しない。少なくとも、私が見ていた場所からはPKには見えなかった。また、実家に帰宅後見たスポーツニュースの映像でも、PKには見えなかった。そして、上記したように、池内氏の判定基準はブレていなかった。それだけだ。
 私は、豊田と言う選手は結構好きなのです。モンテディオ時代から。そして、今シーズン、あまり調子が上がってきてないのを密かに心配していた。ちょっとだけ不安なのは、今日の池内氏の判定基準により、かえって調子を崩すのではないかと言うことだ。敵DFが厳しい対応をしてきても倒れないのが魅力の選手なのだから。

 しかし、それにしてもベガルタの試合内容、特に前半の試合内容は悲惨だった。
 ベガルタのCBの渡部、平岡は、ロングフィードの精度は、あまりよろしくない(一方、強さ、高さ、粘り強さ、カバーリングなどはレベルが高いが)。当然のように、敵FWはこの2人にプレスをかけてくる。特に前半、敵FWの体力が十分な時間帯は、それだけでベガルタは前線に有効なボールが入らず、攻めあぐむ。これは、ここ最近の試合で再三見受けられた展開だ。
 そのような展開では、よい体勢でボールを受けて能力を発揮する野沢や金久保は、あまり活きない。ボランチから高精度のボールを出せる三田も、積極的なフリーランをするのが奥埜だけでは、出しどころが見つけられない。
 結果として、精度の低いロングボールがウイルソンに出るだけの展開となった。サガンのCB谷口は素晴らしい出足でそれをはね返す。ベガルタサポータとしては、「豊田が倒れたら必ずファウルをとるのだから、ウイルソンが倒れてもファウルをとってくれよ」と言いたくはなったが。
 渡邉氏の意地っ張りも相当なものだが、前線やサイドMFにもっと活動量を期待できる選手を使うのも一手段ではないか。西村とか茂木とか差波とか。もちろん、究極のおっちょこちょいの金眠泰も。彼らは、今のレギュラよりも下手かもしれないし、軽率なプレイもするだろう。でも、意欲をもってボールを引き出す動きはできるはずだ。彼らを行けるところまで引っ張って、終盤に老獪な野沢を起用するのは一手段だと思うのだが。あ、もちろん、匠でもよいです、ちょっとスタイルは違うけれど。
 な〜んてことは、渡邉監督だってわかっているはずだ。頼むよ。

 審判団へも不満はあるし、メンバ選考を含めた試合内容にも疑問はある。
 けれども、それがサッカーだ。40年余、サッカーを堪能し続けてきたが、今日くらいフラストレーションのたまる試合は、そうは経験できない。ありがたいことだ。55歳にして、また新しい経験を積むことができたのだから。
 いつもいつも語っているけれど、このようなひどい試合こそ、サポータ冥利につきるものなのだ。
 この無様な試合内容、積み上がらない勝ち点。ベガルタサポータ界隈には、降格のリスクを真剣に語り始める向きも多いようだ。気持ちはわかるが、まだまだシーズンは序盤。良好な若手も多数いるのだし、悲観論を騒ぐのは早すぎる。厳しく、温かく、サポートしていこうではないか。

 しかしだ。
 黄金週間に入って2日目。おだかやかなよい気候。
 それにもかかわらず、この日ユアテックに来戦したサポータは15,000人に満たなかった。これはまずいよ。雨や槍が降った訳でもない。それなのに、この観客動員はどうしたことだろうか。
 ベガルタの営業部隊の努力は聞いている。しかし、これはビジネスなのだ。結果がすべての世界なのだ。
 審判がどうだとか、選手のプレイ振りがどうだとかは関係ない。サッカーと言う究極の玩具を、いかに観客動員に結びつけるか。改めて、ベガルタの営業部隊の努力に苦言を呈しつつ、成果の発揮に期待したい。

 とは言え。
 やはり、生観戦は堪えられない。踊らぬ踊り子へのフラストレーション。目立ちたがりの黒子への怒り。こんな理不尽な状況への絶叫。
 「ああ、俺は幸せなのだ」と改めて認識し、Jリーグの素晴らしさを堪能した2時間であった。
posted by 武藤文雄 at 00:37| Comment(1) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月29日

シリア戦前夜2016

 明日はシリア戦。
 敵地で3対0で勝ったことと、先日のアフガニスタン戦は5対0で勝てたことなどにより、悲観論が大好きなマスコミを含め、およそ緊迫感のない前夜となっている。思えば、2次予選初戦で、シンガポールに味わい深い0対0の引き分けを演じ、東アジア選手権で苦戦を続けた頃の、重苦しい雰囲気が懐かしい。いや、敵地(おっと、実際には中立地のオマーンだったな)でのシリア戦の前半、コンディションが整わない選手達の醸し出す雰囲気も、陰々滅々、中々のものだったな。
 ただ、あの重苦しかった時代から、結果以外に何か好転したことがあるかと言われると、思いつかない。あのオマーンでのシリア戦は、後半岡崎と本田の個人能力で押し切った試合だった。そして、先日の埼玉のアフガニスタン戦。ただただ、岡崎が格段の存在であることを示す試合だった。そう、我が代表チームはこの半年、大した進歩はしていないのだ。
 もちろん、評価すべきは岡崎のみではなかった。森重がサボることなく、前線への正確なフィードを狙い続けたのはさすがだ。長谷部が1つ1つのプレイを丁寧に積み上げていたのも、矜持と言うものなのだろう。そして、何より金崎が執拗に得点を狙い続けたのはすばらしかった。しかし、その他の選手は感心しなかった。(アフガニスタンには失礼な言い方になるが)後半、アフガニスタンが疲弊した後に、得点を重ねても、どうこう評価できるものではあるまい。
 
 もっとも、焦る時期でないことも確かだ。
 ザッケローニ氏にしても、ピーキングが早すぎた。氏が見せてくれた試合で、最高の内容は2012年のオマーン戦だった。また、最高の結果は2013年のベルギー戦だった。ピークは2014年の6月に迎えるべきだったのだ。
 次第次第に、選手を厳選し、連係を高め、ロシアでベスト8以上を目指すのが、ハリルホジッチ氏のミッションなのだ。慌てる必要はない。このあたりから、次第にチーム力を上げていくことが肝要なのだ。

 だからこそ、必要なのは「意欲」だと思っている。
 アフガニスタン戦、金崎はすばらしかった。80分に小林悠と交替するまで、執拗にシュートを狙い続けた。ハーフナーの落としから、泥臭い5点目を決めた直後の、金崎の歓喜は、本当にうれしかった。もちろん、この試合は「岡崎の鮮やかな個人技による先制弾」として記憶される試合となる。けれども、それは岡崎がすごかったと言うこと。金崎が終始アフガニスタンゴールを狙い続け、最後に結果を出したことは、それはそれで見事なものだった。金崎の歓喜こそ、我々代表サポータの心を揺るがすものだ。ロシアでの歓喜のために必要なのは、金崎のように「ギラギラした選手」なのだ。
 シリア戦。岡崎と本田が並ぶのだろう。結果的に、この2人の圧倒的能力で、私たちは歓喜を味わうことになる可能性は高い。でも、新しい選手に期待したいのだ。金崎なのか、エヒメッシなのか、ハーフナーなのか、昌子なのか。

 代表チームの競争は厳しい。
 今回は久々の招集のため、欧州クラブ所属選手が中心となっている。しかし、国内のトッププレイヤの多くは牙を研いでいる。また、欧州遠征中の五輪代表選手の多くがロシアの主力になってくるだろう。
 だからこそ、各選手には、貴重な機会を理解し、「ギラギラとしたプレイ」を見せて欲しいのだ。
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2016年03月22日

梁勇基負傷、私は茂木に期待する

 先日のグランパス戦で負傷退場した梁。案外の重傷で4、5週間の離脱となったとの事。今シーズンもここまで、精力的な前後への移動と、巧みなパスワークを見せてくれたいただけに、ベガルタとしては痛いこと極まりない。とは言え、起こってしまったことは仕方がない。しっかりと療養してほしい。

 梁の長期離脱は、あの2012年シーズンの冒頭以来か。もっとも、当時の私の懸念は外れ、その負傷回復以降、梁は以降4シーズン、ACLを含め、元気に活躍してくれた。やはり「鉄人」だったのだ。
 ただし、梁にとって、昨シーズンは相当過酷なものだった。北朝鮮代表としてアジアカップに出場し、ほとんどオフなくリーグ戦に突入。何のかの言って、ほぼフル出場してくれた。さらに天皇杯にも勝ち残っていたため、12月末までシーズンが続き、非常に短いオフでの今シーズン入りだった。つまり、梁はほぼ2シーズン休みなしで戦ってきてくれたのだ。
 そうこう考えると、今回の負傷離脱は、天の配剤と考えるべきなのかもしれない。梁はまだ34歳、モチベーションが続く限りは、あと何年も何年もベガルタのためにプレイしてくれるはずだ。梁勇基と言う選手は、我々にとって、そのような存在なのだ。
 休むときはじっくり休み、少しでも、少しでも、長く我々に歓喜を提供してほしい。ずっと、ずっと、リャンダンスを踊り狂いたいのだから。

 だからこそだ。私は茂木に期待する。
 次節以降のスタメンは、奥埜を中盤に下げ、金園かハモンがトップに使われるのが常識的な予想か。いや、ベテランの野沢や水野、中堅の藤村や椎橋も、定位置確保に意欲満々だろう。いずれの選手も、私たちにとって貴重で重要な選手たちだ。でも、梁が倒れた際に、昨シーズン序盤のように奥埜と茂木が並んで戦ってくれたら、とにかく嬉しいではないか。特に、茂木にとって純粋なライバルである後輩の佐々木匠が、U19の遠征で不在。茂木はここで目立たなくて、どうすると言うのだ。
 昨シーズン開幕からスタメンをつかみ、技巧とふてぶてしさを活かしたプレイを見せながら、次第に地位を失った茂木。ツェーゲンにレンタルされた直後は、そこそこ活躍したものの、課題のボールの受けが改善されたなかったのか、次第に出場機会を失ってしまった。
 そして、このオフには、意味不明のアイスランドのクラブチームへの練習参加。代理人が間抜けなのか、本人がナニなのかやよくわからないが、真冬にアイスランドはないだろう(笑)。加えて、(アイスランドのサッカー関係者には甚だ失礼ではあるが)アイスランドリーグは、たとえ暖かい時期だとしても、18歳でJ1にデビューできた若者が1年後に挑戦すべきリーグとは思えない。欧州に行けばいいというものではないのだ。

 まあ、いいさ。茂木は我々の元に帰ってきた。そして、梁不在。頼むよ。
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2016年03月19日

ベガルタ、内容はよかっただけに悔しい

 ベガルタは敵地でグランパスに1対2で苦杯。古めかしい言葉だが、「ほろ苦い」勝ち点ゼロの試合となった。

 前半は「敵地」と考えれば上々の展開だった。引き気味に戦うが、3ラインがコンパクトな距離を保ち、グランパスにほとんど決定機を与えない。速攻から有効な攻撃の頻度を上げたいところだったが、敵地で相手も引き気味の前半に無理をする必要もないので、仕方のないところ。
 ところが、前半アディショナルタイムに失点。ハーフウェイライン手前右サイドでボールを奪い、前線に起点を作って中盤戻したところで、ボールを受けた三田が逆サイドに展開を狙う(左右はすべてベガルタから見て)。通っていれば、好機が始まりそうな場面だった。ところが、そこをグランパス田口に狙いすました当たりでボールを奪われる。田口はそのまま前進して、シモビッチに当ててリターンを受けて、左に展開。前進してきた古林が対応した石川が当たりに来る前にアーリークロス。CBの渡部と平岡の間に入ったシモビッチに丁寧なヘディングを決められてしまった。
 この速攻そのものは、田口に「恐れ入りました」としか言いようのないものではあった。また、田口のボール奪取に呼応したグランパス各選手の前進も見事だった。一方で、ベガルタの切り替えも悪くはなく、最初にボールを奪われた三田もすぐに反応していたし(しかし、田口とシモビッチの細工の早さが一枚上だったが)、失点の瞬間も渡部、平岡、富田がペナルティエリア内に戻っていた。
 ただ、渡部の対応は少々残念だった。シモビッチがヘディングした瞬間、その外側には松田が入ってきていたが、平岡はマークについていた。石川が古林に対応もしていて、縦は押さえていた。また、石川が古林に対応していたのだから、えぐられる恐れも少なかった。そうこう考えると、渡部は左サイドのカバーを意識するよりは、シモビッチに付いていて欲しかったところだ。
 まあ、三田も渡部も今ごろ大いにこの場面を悔やんでいることだろうし、このような悔しい場面を丁寧に修正して、シーズンの戦いを積み上げていけばよいのだとは思う。

 後半のベガルタの入りは上々。失点に慌てることなく前半同様に守備的に入り、少しずつ攻めの圧力を増していく。梁の負傷交替はショックだったが(退場後自力で歩いていた、軽傷であることを祈るのみ)、ハモン、水野、野沢を順次投入し、攻勢をとる。65分以降は完全に押し込み、複数回好機を掴み、82分にとうとう追いついた右サイドを水野が突破しクロス(欧州移籍前の往時を思い起こさせてくれる縦突破だった)、そのクロスが流れたところで富田が拾い、左に展開。ハモンが飛び込んで決めてくれた。左右の揺さ振りで完全にグランパスDF陣がマークを見失い、ハモンの他に2人が飛び込んでおり、完全に崩し切ることに成功。嬉しい得点だった。
 ところが、その後がいけない。ホームで追いつかれたグランパスが、前に出てくるのは自明なのだから、しっかりとボールをキープすべきなのに、同点前同様にどの選手も「前に前に」行ってしまった。結果、こぼれ球をドンドン拾われ、完全に押し込まれてしまう。そして、右を崩されてのクロスが左に流れ、それを石川がはね返したこぼれを矢野に拾われてズドン(もしかしたら野田に触られたのか、ベガルタの自殺点かもしれない)。
 試合運びの稚拙さも極まれり。敵地で、同格以上の相手を押し込んでの同点。あと10分。サッカーの常識を考えれば、落ち着かなければいけない時間帯。繰り返すが、敵地で80分過ぎまでリードされていたのだ、どう考えてもまずは同点を目指すべきだろう。しかも、この日ピッチにいたベガルタの選手は、皆20代半ば以上、若手と言える選手は誰もいなかったのに、あまりに残念だった。

 内容はよかったと思う。
 田口の好プレイがなければ、無失点で後半に入り、勝てた可能性もあったかもしれない。好守共に内容はよかった。これは、昨シーズンと比較して、明らかな進歩が見られる。
 渡邉監督が昨季から織り込もうとしているサイドに人数をかける攻撃がかなり機能するようになってきた。渡部と平岡の守備の固さ、特にはね返す力は、ここ2シーズンのベガルタには全くなかったものだ。三田の加入で攻撃は格段に厚くなっている。間違いなく、昨シーズンよりもサッカーの質は上がっている。
 だからこそ、終盤の稚拙さが残念だ。中上位を目指していくからには、常識的な駆け引きを駆使して、少しでも勝ち点を拾っていく必要があるのだ。攻撃や守備の連係は、ある程度戦いながら作り込む必要があるが、勝ち点を少しでも積み上げる努力は、日々怠ってはいけない。
 まあ、このように前向きに嘆くことができるのだから、結構なシーズンの入りと言えるのだろう。
 Jリーグは愉しい。
posted by 武藤文雄 at 18:08| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月13日

関憲太郎の矜持

 70分過ぎだったか。ベガルタのクリアを拾った柴崎がペナルティエリア右側に進出(以下の左右はすべてベガルタから見て)。それを受けた金崎?が振り向きざまのシュートを狙う。それが当たり損ねとなった事で、ベガルタDFは完全に逆をつかれ、カイオが全くのフリーとなる。PKのようなシュート、「やられた!」と思ったその瞬間、関がすばらしい飛び出しで完璧なブロック。
 前半を1対0で折り返したベガルタだが、後半はアントラーズに押し込まれる時間帯が継続。粘り強く守ってはいたが、あれだけ押し込まれたら「いつかは崩れるのではないか」と言う後半半ば過ぎの時間帯。そこで許した決定的ピンチを関が防いでくれた。
 このファインプレイがこの試合の分岐点となった。いやそれだけではない、この好守はベガルタ仙台と言うクラブの歴史にとっても、大きな分岐点になるのではないか、と愉しい想像にとらわれたのだ。

 ベガルタの先制点。開始早々に左サイドを人数をかけ、アントラーズ守備陣を引き付け、ウイルソンの巧みなセンタリングを、ファーサイドから進出した金久保が、ボールを浮かさないよう丁寧なシュートを決めたもの。速攻が決まらない時、トップの選手が開いて前線で拠点を作り、そこにサイドハーフとサイドバックが押し上げて人数をかけ、さらにボランチが進出しパスコースを増やす攻撃は、昨シーズンから幾度か狙っていたものだが、この得点はその意図が奏功したものだった。
 その後約15分間、攻勢に出てきたアントラーズの猛攻を受ける。この時間帯は、いわゆる「悪いベガルタ」。押し込まれたところで、中盤選手が引き過ぎて、敵の中盤選手を自由にし過ぎてしまった。左サイドのスローインを、遠藤にまったくのフリーで受けられて、バーに当たるシュートを打たれた場面がその典型だった。
 しかし、我慢を続けながら、30分以降はベガルタがペースを取り戻す。ウイルソンと奥埜の距離感がよく、三田がボールをさばけるようになり、石川、大岩の両サイドバックがよく押し上げる。先制点の場面同様、速攻後の分厚い攻めが成功し、幾度も好機をつかみかけた。

 後半は開始早々からアントラーズが圧力を高め、攻勢に出てくる。ベガルタは前半の悪い時間帯とは異なり、中盤選手が最終ラインに吸収されず、組織的に守る。10分間、完全に押し込まれたが、丹念に守り続ける。
 そして、速攻から10分過ぎにウイルソンが左サイドを突破し、奥埜に合わせる好機をつかむ。以降は、アントラーズに押されて危ない場面を作られながらも、最終ラインが頑健にはね返し、幾度か速攻を成功させかける時間帯が続いた。ウイルソンも奥埜も、昌子や植田と言った強いDFの厳しいマークを受けても、後方からのフィードから巧みに反転することができる。だから後方の選手が、敵の攻撃を止めた後、しっかりとつないで、前方をルックアップしてトップの2人を見つけられれば、有効な攻撃に持ち込めるのだ。
 しかし、アントラーズは強かった。冒頭に述べた一番危なかった場面を含め、小笠原と柴崎を軸に、幾度となく猛攻を仕掛けてきた。それでも、ベガルタの各選手、特に最終ラインの4人と、後方に控える関は、最後まで激しく厳しく戦い続け、1点差を守り抜き、勝ち点3を獲得してくれた。

 見事な勝利だった。

 昨シーズン、ベガルタは上位6クラブ、サンフレッチェ、レッズ、ガンバ、FC東京、アントラーズ、フロンターレに対し、2分け10敗。まったく、歯が立たなかった。
 そう考えると、今シーズンの序盤3試合、マリノス、FC東京、アントラーズの強豪3クラブと戦い、勝ち点6を獲得したのは、悪くない結果だ。そして、この3試合目の内容がよかったのが嬉しい。もちろん、課題はまだまだあるが、激しい守備と意図的な攻撃が、高いレベルで機能したのは確かなのだから。
 そう考えると、この試合はベガルタ仙台と言うクラブにとって、大きな分岐点となる試合だったのではないかと期待したくなるのだ。必ずしも経済的に潤沢でなく、また歴史も浅いベガルタ仙台。そのような地方の小さなクラブが、12年シーズンにJ1で2位となり、13年シーズンにはACLで戦うことに成功した。その成功そのものは、日本サッカー史に残る「偉大なおとぎ話」だ。しかし、その成功以降、中核選手の老齢化に苦しみ、ようやく昨15年シーズンに大胆な若返りを指向。そして、今シーズンに入り、ようやく反転上昇の準備が整ったように思えるのだ。
 小さなクラブが大きなクラブに対抗する手段は色々ある。戦闘能力差を割り切り、後方を分厚くしたうえで、敵の攻撃を引き出し、逆襲速攻で喉元に食らい付くのは一手段だ。J1に復帰した10年シーズンや、渡邉監督が采配を引き継いだ14年シーズンは、ベガルタもそのような手段を採用していた。
 しかし、上位進出に成功した11、12年シーズンは、それに加えて、速攻で攻め切れなかった場面で分厚い遅攻も機能していた。それがあったからこそ、我々は上位に進出できたのだ。昨シーズン、渡邉氏は幾度もそのような試みを行っては失敗していた。けれども、今シーズンは、その狙いに成功しつつある。
 もっとも、後半はその狙いは機能しなかった。したがって、いたずらな楽観をするつもりはない。以降の試合も、幾多の苦しみを味わうことは確かだろう。しかし、それでも、このアントラーズ戦、最終ラインの激しさ、知的な速攻、その後に続く効果的な遅攻。昨シーズンとは異なる質の高さを感じることができたのだ。我々は、もっともっと上を目指せるのだ。

 そして、この試合、間違いないMVPは、関憲太郎だった。冒頭に述べたファインプレイ以外にも、冷静な位置取り、果敢な飛び出し。GKとしては小柄ながら、小柄な故の持ち味を存分に発揮した鮮やかな守備。前節試合終盤での六反の不運な負傷による交代起用。そして今節の久々のスタメン。それぞれ、難しい状況ながら、堂々たるプレイを見せてくれた関。出場機会に中々恵まれない状況下においても、よいトレーニングを積んできたのだろう。第2キーパがこれだけよいプレイを見せてくれることそのものが、今のベガルタのチーム状態のよさを示すと共に、関憲太郎と言うプロフェッショナルのアスリートの矜持を示している。
 「今シーズンのベガルタは一味違う」と期待させてくれる試合だった。
posted by 武藤文雄 at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月05日

ここまでの歓喜に感謝

 女子代表のリオ五輪出場がほぼ絶望になってしまった。陳腐な言い方で恐縮だが、1つの時代が終わったのだろう。

 多くの方々も同意されるだろうが、敗因は若返りの失敗だと見た。多くの選手が北京五輪前から代表で活躍、10年近くに渡り世界のトップレベルで戦ってきた。昨年のワールドカップの準決勝を1つのピークに多くの選手が、すり減ってしまったのだろう。澤のみならず、海堀の突然の引退もその顕れだったのかもしれない。

 しかしだ。いや、だからだ。

 私は今回の敗戦を「仕方がない」と思っている。
 何故ならば、若返りを的確に目指していたとすれば、昨年のカナダワールドカップで好成績を得るのは難しかったと思うからだ。このリオ予選で相応に若手選手が活躍するためには、そのような選手をカナダで起用する必要があった。そうした場合、カナダで準優勝できただろうか。
 私は「カナダでの準優勝とリオの予選落ち」は「カナダでもリオでも本大会でそこそこの成績」よりも格段によいと思っている。さらに言えば、カナダで最高の成績を目指さず若返りを目指したとしても、このリオ予選で確実に勝てると言えないのは言うまでもない。
 言うまでもなく、このチームのピークは11年のドイツワールドカップ制覇だっただろう。さらに彼女たちは、その後も12年のロンドン五輪、上記のカナダワールドカップで準優勝と格段の実績を残してくれた。08年のアテネ五輪の4位と合わせれば、世界大会で、1度の世界制覇を含み、4大会連続、8年間に渡りベスト4以上を獲得している。一体、これ以上の成績を、どう望もうというのだ。

 もちろん、佐々木氏以上のカードがあれば、結果は違うのかもしれない。
 けれども。サッカーに浸り切って40余年。幾多の名将のチーム作りと采配を堪能してきた。そして、ここ最近のなでしこの鮮やかな戦績を見るにつけ、氏以上に的確になでしこを勝たせる監督がいるとは、そうは思えないのだ(女子選手に対するマネージメントを含めだが)。まあ、ぺケルマン氏やモウリーニョ氏が女子のチームを率いるのを見てみたい気もあるけれど。

 皆が今回の苦闘と現時点での結果に心を痛めている。しかし、これだけ皆が落ち込むのも、ここ最近のなでしこの成績があまりに輝かしかったから、その明暗の大きさが著しいからだ。予選を勝ち抜くのがやっとで、本大会では冴えない成績を続けているチームが予選で敗れても、ここまでの悲しさは味わえない。
 いつもいつも語っているが、「負ける」と言うことは、サポータにとって快感なのだ。そして、その快感は、結果がよかった時との落差が大きいほど、最高のものとなる。

 先般、澤穂希引退時に、女子代表の歴史を振り返った。繰り返すが、このリオ予選で苦闘している彼女たちの多くは、ここ最近の十年近くに渡り、幾度も幾度も歓喜を我々に提供してくれた、いや提供し続けてくれたのだ。
 今はただ、彼女たちに「ありがとう、お疲れ様」と、伝えるのみである。

 でも、でも。
 この悔しい状況において、感謝の意を伝えるのは、貴女たちに失礼なのはわかっている。
 だから、意地を見せて欲しい。
 リオは忘れよう。でも、4日後の北朝鮮戦で、美しい舞いを見せてくれないか。ベトナム戦もトレーニングの一環と割り切り体調を整え直し、佐々木氏の最後の采配となる試合で。美しい舞いを。

 そのように割り切ることが、ほんの僅かに残っている確率を少しでも高めることにもなるはずだし。
posted by 武藤文雄 at 01:42| Comment(7) | TrackBack(0) | 女子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月02日

ドーハの歓喜を振り返って

 堂々と五輪出場を決めてくれた本大会。その最後が韓国に対する勝利なのだから、こたえられない。そして、韓国への勝利が大きな快感なのは言うまでもないのだが、それも2点差をひっくり返しての逆転劇なのだから、格段の快感だった。そもそも、A代表を含めた日韓戦で、2点差の逆転劇そのものが、勝ちでも負けでも記憶にないのだし。
 誠にめでたい大会だった。

 ただ、決勝戦の試合展開はとても奇妙なものだった。
 手倉森氏は、「試合後後半開始早々に2点差とされたのは、自らの采配ミス」と語ったが、私が見るところ、その後に、それ以上の危険な采配を行い、完全に命運を絶たれるところだった。一方、申台龍氏の2点差までとするまでの采配は水際立っていたが、同点となってからの采配は愚かを通り越し、あり得ない稚拙さだった。
 いずれも最高級の歓喜を味わった今となっては、愉しい思い出ではあるのだが。

 開始早々、強烈なミドルシュートを打たれ櫛引がかろうじてはね返したこぼれ球を決められるがオフサイドに救われる。前後半問わず、序盤の守備がまずいのはこのチームの悪癖だ。ただ、この場面を典型に、この試合では、韓国FWに4-3-3の特長を活かされ、日本DFとMFの中間でボールを受けられてしまい、好機を再三作られることとなる。
 その後は日本のパスが回るようになる。しかし、久保、中島、両サイドバックの山中、室屋が、中盤を抜け出したところで、強引にラストパスを狙ってしまい、韓国の最終ラインも人数が揃っていることもあり、崩せない。久保と中島は、そう言った強引さに魅力があるのは確か。そして、山中、室屋まで同調したのは、決勝進出の「勢い」だろうか。ただ、韓国守備陣があれだけ揃っているのだから、もう少しゆっくり攻めたいところだった。実際、久々に起用された大島が、丁寧にさばいていたので、もう少しボールを集めたいところだったのだが、「大島抜き」に各選手が慣れていたせいか、やや「勢い」に乗り過ぎ、攻撃が単調になってしまった。
 そして、日本は敢え無く先制されてしまう。左サイド(以降の左右はすべて日本から見て)で、中島がやや甘い守備からサイドチェンジを許す。右サイドではよりボールに近かった室屋がマーカに気をとられ、矢島に対応を任せたことで、比較的簡単にクロスを上げられてしまう。その折り返しに、中央に残っていた岩波も植田も完全なボールウォッチャになってしまった。確かに両翼守備には問題があったが、屈強を誇る日本の2CBは欠点を露わにしてしまった。
 その後も、冒頭に述べた4-3-3対応がうまくいかず、頻度は少ないが幾度か好機を許しながら、何とかしのいで前半を終えた。遠藤も大島もしっかりと上下動して中盤守備を機能させていただけに、室屋と山中が勇気を持って敵FWへ応対していればよかったと思うのだが。

 後半開始より、手倉森氏はオナイウに替え、原川を起用、こちらも4-3-3に切り替える。敵FWを押さえると共に、攻撃の急ぎ過ぎを改善しようとしたのだろう。ところが、あろうことか遠藤が完全に敵FWに出し抜かれ、その対応に岩波が出遅れたところから、2点目を失ってしまう。
 けれども、苦しい状況になっても、気持ちが萎えないのは、このチームの良さだ。失点直後から、原川を入れた効果が次第に発揮される。大島と原川が、丁寧にさばき、日本がいやらしくボールを回せるようになったのだ。そして矢島と室屋、中島と山中が、それぞれ両翼で起点を作れるようにもなり、日本がペースをつかんだ。2点差は苦しいが、このペースでヒタヒタと攻めれば、前半ハイペースで飛ばしていた韓国は疲弊するのではないかと期待は高まった。
 ところが、その好ペースを手倉森氏は自ら崩してしまう。大島に替えて、攻撃の切り札浅野を投入したのだ。確かに、2点差である以上、早い段階で手を打つ必要があり、ズルズルと時間が過ぎてしまう状況を打破しようとするのは一案で、久保と浅野を並べる策は理解できる。では誰と替えるかだが、イラン戦でその驚異的なスタミナと終盤での能力を見せつけた中島と、ボールを引き出す能力が高い矢島を残すとずれば、消去法から大島が選択されるのはわからなくはない。ただ、全軍で一番視野が広い大島を外してよいものなのか。ともあれ、日本は大島に替えて浅野を投入、4-4-2に戻した。
 この交代劇は、大島不在以上のマイナスを日本に与えることとなった。浅野投入後の約5分間、また韓国FWを捕まえられなくなり、幾度も決定機を許すことなったのだ。櫛引の好守もあり、何とかしのいでいたが、ここで3点差にされたら、いくら何でも勝負は決まっていただろう。
 ところが、何が幸いするかわからない。日本が自らペースを崩したこともあってか、韓国の守備陣がズルズルとラインを上げ、しかも中盤のプレスが甘くなってきたのだ。それを逃さなかった矢島と浅野の狡猾な動きで、日本は1点差に追い上げる。矢島のスルーパスは、タイミングも強さも絶妙だったが、浅野の抜け出しの速さとシュートの巧みさも完璧だった。ここで韓国のDF陣は、浅野の「縦の速さ」に驚いたようで、明らかにパニックに陥る。そして、左サイドの崩しから、完全に矢島を見失う。あっと言う間の同点劇。
 まあ、典型的な「肉を切らせて、骨を断つ」作戦がうまくいった状況となった。試合終了後、手倉森氏が嬉しそうに、この場面を自慢しながら振り返るのかと思ったが、氏の発言は「もう一度相手の攻撃をしのいでから、押し出ていこうかと思っていたら、タイミングが悪くて2点目を取られた。そこから2トップに戻すまでは、ちょっとこてんぱんにやられたなと。」と言うものだった(出展はこちら)。手倉森氏は、興奮のあまり記憶が違っているのだ。「こてんぱん」状態になったのは、氏が2トップに戻してからだったのだが。
 手倉森氏がすばらしい監督であることは、ベガルタサポータの私たちは、誰よりわかっている。けれども、彼が万能の神ではないことも、私たちはわかっている。
 それでも選手達は、我慢を重ね、巧みに敵の隙を突いて追いついたのだ。この監督の采配ミスの苦しい時間帯、選手達が粘りで追いついた場面は感動的だった。

 ここで、日本に不運が襲う。テレビ朝日のピッチアナウンサ情報によると、矢島が何がしかコンディションを崩したと言うのだ。手倉森氏は2対2の状況で、韓国が1人も交替していないにもかかわらず、3枚目のカードを切ることを余儀なくされた。これは最悪の事態だ。韓国は、当方の選手の疲労を見ながら、自在に交替策を駆使して、仕掛けることができる。
 ところで。現役時代の申台龍は、技巧も判断力も優れ、とてもよい選手だった。ただ、どうにも代表運がなかった。日本で言うと、藤田俊哉的な位置づけだろうか。2-0となるまでは、申台龍氏の采配は冴え渡った。1点目は大きなサイドチェンジに対する日本CBの対応の拙さを突かれ、2点目は立ち上がりの悪さを狙われた。現役時代の忌々しさを思い起こす、最悪の快感。
 ところが。日本が3枚目の交代を切った後の、申台龍氏の采配は、正にお笑いものだった。大柄な選手を前線に起用し、パワープレイに転じてきたのだ。確かに前半からのハイペースで、韓国各選手に疲労の色は濃かった。けれども、今回の日本のCBが敵のパワープレイには滅法強いのだ。申氏の采配で、一気に日本は楽になる。
 そして、浅野。中島のパスも見事だったが、その鮮やかなターン。そして、冷静な左足シュート。

 堂々たるアジア王者に輝いた若者たちと、鮮やかな采配を見せてくれた手倉森氏に感謝したい。
 一発勝負の予選ゆえ、出会いがしらの事故による失敗が一番恐ろしかったが、手倉森氏は見事なマネージメントで、堅実に戦い切ってくれた。選手達も、その格段の高い戦術能力を見せ、手倉森氏の要求にこたえきった。
 イラン戦も、イラク戦も、確かに苦しかった。イラン戦はバーに救われた場面もあった、イラク戦も技巧あふれる攻撃に苦しむ場面は少なくなかった。けれども、選手達は粘り強く戦い、格段のコンディショニングの成果もあり、試合終盤は完全に相手を追い込み、完璧に勝ち切った。この準々決勝、準決勝、この2試合に同じ準備状況で再度試合に臨むとしても、相当な確率で日本は勝つことができるのではないか。
 そして、韓国戦。選手達に甘さも確かにあった。しかし、彼らは監督の采配ミスなどを飲み込み、堂々と勝ち切ってくれた。
 過去20年来、A代表も五輪代表も、日本はアジアで格段の成績を収めてきた。しかし、それらの歓喜は、必ずしも圧倒的な攻撃的サッカーで得たものではない。中盤を圧倒して快勝の連続で得たものでもない。苦しい試合を、各選手の秀でた判断力と精神力で粘り、敵の僅かな隙を突いて攻撃のスタアの能力で得点し、拾った歓喜は数知れない。今回のチームの歓喜もそれと同じだった。もちろん、局面局面で久保や浅野や遠藤や室屋が見せてくれた、「格段の個人能力」はすばらしかったが。
 手倉森采配の輝きも格段だったが、各選手の能力が存分に高かったことを改めて強調したい。ただし、すべての勝負がこれからなのも言うまでもない。
 このすばらしい23人は、まず本大会に向けてのサバイバルが待っている。リオ本大会出場枠は、わずか18。そこにオーバエージが加わる。さらに、今大会負傷で登録されなかった中村、喜田、野津田、金森ら、Jで実績を誇る関根、川辺、小屋松、鎌田、前田らが、その競争に加わる。
 厳しい競争を勝ち抜いた若者が、リオで美しい色のメダルを獲得し、さらにロシアでの歓喜に貢献してくれることを期待したい。
posted by 武藤文雄 at 00:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月22日

ベガルタサポータのみが味わえる快感

 結果も内容も上々に1次ラウンドを突破した五輪代表。勝負はこれからだが、手倉森のオッサンのドヤ顔を見るだけで、嬉しくなってくるのは、ベガルタサポータ特権だな。

 もちろん、贅沢を言えばキリがない。例えば、手倉森のオッサンが自慢する守備だが、結構、粗も多い。
 まず、つまらない反則や、軽率なミスパスなど、各選手が唐突にビックリするようなミスをすること。たとえば、サウジ戦後半、植田が敵FWと競ってヘッドしようとした際に手が前に出てファウルをとられた。同じく、山中がペナルティエリア内でミスパスでボールを奪われた。この他にも、この3試合、多くの選手が、自陣ゴール近くで「おいおい」と言うミスをしている。各選手が、まだまだ若いと言うことだろうか(「若さ」が故のミスについては、講釈を垂れ始めるとキリがないので、別な機会に)。
 また初戦北朝鮮戦で幾度も危ない場面を作られた。バックラインが下がってしまったのがまずかったのは確かだ。しかし、岩波と植田は、北朝鮮のロングボールはしっかりとはね返していた。問題は、引き過ぎたこともあり、両翼に数的優位を作られ、ダイレクトパスやサイドチェンジを許し、精度の高いボールを入れられたことだ。
 このオッサンがベガルタを率いていた際にも、しばしばこのような場面が見られたな。うん、懐かしい。ところが、状況が悪くなりバックラインが下がったときはサイドMFが献身的に上下動をして、対処していたのだ。まあ、梁勇基と比較すれば、南野はまだまだ未熟と言うことか。
 ともあれ。上記のような失態があっても、失点はあの愉しいPKからの1点のみ。これは、各選手の切り替えの早さが格段な事による。チームメートがミスしたら、すぐに切り替えが利くのは大したものだ。国内の各若年層育成組織が育て上げたエリート達に、この意識をたたき込んだは、このオッサンの功績だな。
 緊張感あふれる1次ラウンドの3試合の経験で、各選手は成長し「おいおい」ミスは減っていくことだろう。南野はサウジ戦の終盤は的確な守備も見せ、北朝鮮戦のダメダメから脱却した。そうこう考えると、あの切り替えの早さがあれば、守備は相当計算できそうだ。

 では攻撃。
 このチームの前線の個人能力は相当高い。久保は常に敵ゴールを狙い、狡猾な位置取りと、ふてぶてしいシュートが格段。浅野の加速からのシュートの鋭さは、毎週Jリーグで感心させられている。南野のペナルティエリア内の技巧とシュートへの持ち込みは言うまでもない。気がついてみると、攻撃は相当強力ではないか。かつての五輪のFWを思い起こす。アトランタは小倉と城、シドニーは柳沢と高原、アテネは達也と大久保、北京は豊田と岡崎、ロンドンは大津と永井。そうこう考えると、久保、浅野、南野の組み合わせは、従来と何ら遜色ない、いやこの時点での迫力は優れているように思えてくる。
 問題は彼らに前を向かせ、己のイニシアチブでプレイさせるスペースを作れるか。
 そして、これが作れるのだ。大島の視野の広さ。遠藤の責任感あふれるボール奪取とパス出し。原川の丁寧な展開と持ち出し。矢島の引き出しと狙い済ましたラストパス。井手口の格段のボール奪取と正確なつなぎ。三竿の強さと高さ。そう、当たり前に当たり前の選手選考を行えば、何も問題ないのだ。

 大会前に様々な不安が語られた。けれども、結局のところ、よいチーム、よい選手を所有できている。イランも、イラク(UAEかもしれない)も、厄介だろう。しかし、これらの難敵とに対し、従来以上に戦えるチームができあがってきた。よい素材を育成する、日本中のサッカーおじさん、おばさんの貢献も何よりだ。そして、手倉森のオッサンもさすがなのだろう。
 丹念に、丁寧に、執拗に戦えば、リオ出場権獲得の確率は相当高いはずだ。

 ただし、不安もある。手倉森のオッサンが「凝り過ぎて、策に溺れるのではないか」との不安だ。
 ベガルタ時代、おのオッサンは、少ない戦闘資源を丹念に鍛え、格段の成績を挙げてくれた。この俺たちがACLまで行けたのだよ。このオッサンには感謝の言葉もない。そして、少ない戦闘能力を存分に発揮するためには、様々な駆け引きが必要だった。
 この五輪代表チーム、このオッサンは、ベガルタ時代には夢にも思えなかった、豊富な資源からの選択の自由を堪能している。そして、この3試合、その成果を存分に見せてくれた。期待通りの手腕である。3試合で、ほとんど全選手を起用し、極端に消耗した選手もいないはずだ。よい体調で、2次ラウンドを迎える。よほどの不運がなければ、イランとイラク(UAE)を破ってくれることことだろう。
 けれども、思い起こせば、このオッサンの駆け引き倒れを、幾度経験したことだろう。スタメンで使うべき選手を控えに置き、負傷者などの思わぬ展開で、よい選手を使い切れなかったこと。「展開は悪くない」などと語りながら、豊富な交代選手を起用せぬまま、消耗した選手のミスで失点すること。
 そう、不安なのだよ。このオッサンの「すべて計算通り」と語るドヤ顔が。例えば、ローテーション起用に拘泥するあまり、今大会、浅野も南野も、まだ得点がないと言う事実。この2人が、今後つまならいプレッシャにつぶれなければよいのだが。ついつい、このような余計なお世話を語りたくなることこそ、このオッサンの愉しさなのだが。

 うん。この不安感。ベガルタサポータのみが味わえる異様な感情。どうだ、うらやましいだろう。
posted by 武藤文雄 at 01:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする