2016年07月03日

世界最高峰の戦い

 ドイツ対イタリア。すごい試合だった。
 そして、両国の「サッカー力」のものすごさを存分に堪能することができた。すごかった。

 ここまでの欧州選手権の試合を観ていると、前線からの激しいプレスと、最終ラインの強さに、改めて感心してきた。もちろん、欧州チャンピオンズリーグでも、各国のトップリーグでも、そう言ったことは愉しむことができるし、日本代表やJリーグとの比較を検討できる。
 しかし、今回の欧州選手権は、本大会出場国が24と拡大されたこともあり、ウェールズ、アイスランドなど、必ずしも戦闘能力が揃わない国がいくつも登場している。それらの国が、持ち味の強さに組織を加えて強国に抵抗するのが、今大会の特徴。そのような展開では、いわゆる強国が激しいプレッシャのために、蹴り合いに巻き込まれせわしない試合を余儀なくされていた。ベルギーがウェールズに蹴散らかされたのがその典型。フランスがエールに先制されたときも、焦りもあったのだろうが、完全な蹴り合いに巻き込まれていた。
 考えてみると、先日我が日本代表が、ボスニアヘルツェゴビナにやられた試合もそうだった。ボスニアの忠実で激しい当たりに、我を忘れ蹴り合いに巻き込まれて、苦杯を喫したのは記憶に新しい。

 ところが、さすがドイツでした。
 イタリアの、ピッチ上全域の壮絶なプレスを、ドイツはかわすのだ。いや、かわすだけでない。最後尾のノイアーとボアティンクを起点に、組み立てるのだ。また、絶対に慌てて無駄な縦パスに逃げない。丁寧に回しながら(イタリアの猛プレスをかわしながら)、クロースは必死にエジルがフリーとなるのを探す。70年代、「西ドイツだけは技巧は南米勢に対抗できる」と言われた時代(つまりベッケンバウアーの時代)から40年。ドイツは改めて世界最高峰の技巧(と判断力を誇る強国となったのだ。いや、その途中でも世界屈指の強国だったし、世界一や欧州一を、複数回獲得していたけれども。

 イタリアもイタリアだった。
 ドイツに対し、知的でよく訓練されて厳しいプレスをかける。それでもドイツはかわして組立てくる。イタリアは、そこをまた粘り強く几帳面につぶし直す。そして、ボールを奪うや、毅然として速攻をしかける。速攻できないならば、落ち着いてつないでいく。無謀な攻撃を仕掛けて、ドイツにボールを渡すような愚行はおかさない。
 今回のイタリアはリーバやロッシやバッジョのような、単身で逆襲速攻を担えるタレントはいなかった。そのために、中々攻めの形は作れなかったが、それでも攻めるときの「行ききる姿勢」は格段で、ドイツも再三肝を冷やす。せめて、デルピエロやトッティ程度のタレントがいれば、状況は随分と好転したのだろうが。

 両軍とも、厳しいプレスで、敵ゴールに近いところでの刈り取りを行い、いわゆるショートカウンタを狙うのは当然のこと。そして、お互い再三その狙いどおりにボールを奪うことには成功した。しかし、そのように「悪い場所」で奪われても、両軍の切り替えがまた早い。崩される前に、奪った選手を囲み、危機を作らない。

 的確に強化され、組織化された両国は、やはり他国とは異なる格段の「何か」を持っていると言うことなのだろう。
 考えてみると、過去40年を振り返ってみると、両国がここまで充実した戦闘能力を具備して、トップレベルの戦いを演じた試合は記憶がない。どちらかがよいときは、どちらかが冴えない歴史が続いていたように思える。すみません、あの1970年の延長4対3の折は、私はまだ小学生。明確な記憶がないのですが。
 もっとも、今回のイタリアは戦闘能力が揃わず、大会前の評価は低かった。評価が低いときのイタリアは強いという伝統はあるな。

 いずれにしても。
 過去約20年で、我々は世界のトップに近づいた。過去考えられないほど、近づいた。しかし、近づけば近づくほど、差が具体的に見えてきて、悩みも深くなってきている。
 我々が考えるべきは、「ドイツやイタリアが、どのようにしてこのようなプレイができるのか。他の欧州列強との差は何なのか。」と言うことのように思える。ここで「ドイツとイタリア」を「ブラジルとアルゼンチン」に置き換えてもよいとは思うけれど。
 彼らに追いつく事は容易ではない。いや、叶わないかもしれない。けれども、それを目指そうと考え、努力を重ねることほど、愉しいことはないではないか。
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2016年06月30日

シャキリとモドリッチはどうすればよかったのか

 欧州選手権の2次ラウンド初日は、ちょうど土日だった事もあり、情報遮断にも成功し、全3試合を堪能できた。これが3試合とも、何とも重苦しい私好みの試合で、すっかり満足。
 今となっては、鮮やかなイタリア料理と、アイスランド全国民の歓喜に、やや薄まった感はあるが、改めて重く苦しい3試合を振り返りたい。

 唯一、90分で決着がついたのが、ウェールズ対北アイルランドの英国対決。
 試合展開は、北アイルランドがやや攻勢をとったが、ベイルの舞いでウェールズの勝利。ラムジーの巧みな組み立てで、ベイルが左サイドでフリーになることに成功。ここで勝負ありだった。GKとCBの間に狙い済ましたクロスを通し、自殺点誘因に成功。ベイルと言うスーパースタアを活かした鮮やかな攻撃。イアン・ラッシュ、マーク・ヒューズ、ライアン・ギグス、彼らが叶えられなかった夢を、今ベイルは着々と実現している。
 一方の北アイルランド。パット・ジェニングスとあのジョージ・ベストの時代以降、そこまでのスーパースタアが出来しなかった歴史の分、ウェールズに対し劣勢だったか。

 スイス対ポーランドはPK戦でポーランド。
 ポーランドはドイツを無得点に押さえた守備が格段。そして伝統の少人数逆襲速攻の最前線に、レバンドフスキの存在。スイスは執拗にレバンドフスキに複数の選手がからみ、自由を奪う。しかし、その結果、守備ラインのバランスが微妙に崩れ、少人数速攻に崩されかける。前半の失点は、その典型だった。
 後半に入り、次第にポーランドが長駆できなくなると、スイスの技巧が有効になっていく。交代を有効に使い、後半半ばからは、完全にスイスペースに。そして、シャキリの美しいバイセクル気味のジャンプボレーで同点に。この得点は、86年メキシコW杯のネグレテのボレーシュートのように、長らく語り続けられることだろう。
 延長に入ってからも、シャキリの技巧は冴え、次々に好機を演出する。ポーランドの最終ラインと中盤ラインの中間で、巧みにボールを受け、前向きにターン。自らペナルティエリアに進出しようとするドリブル前進を仕掛け、敵DFを牽制した後、前後左右あちらこちらに展開。時に精度高いラストパスを狙い、自らもシュートチャンスをうかがう。そして、幾度も決定機を演出したものの、とうとう崩し切れずPK戦で苦杯。

 クロアチア対ポルトガルは、冗談のような逆襲速攻からポルトガルが延長戦を制した。
 試合間隔が長く、しかも1次ラウンド最終戦で多くの中心選手を休ませたクロアチアは、中2日のポルトガルに対し、丁寧に攻め込む。一方で、クリスティアン・ロナウドには常に目を光らせ隙を作らない。
 その中でモドリッチは正に中盤の大将軍。中盤後方から、丹念に組み立てて、ポルトガルをジワジワと消耗させ続ける。そして、延長も後半となり、次々とクロアチアが決定機をつかむ。あと一歩、あと一歩でポルトガルを叩き潰せるはずだった。
 そして、115分過ぎ、複数回の決定機をつかんだ場面。「ここは勝負どころ」と全選手が残り少ない体力を振り絞って前進し猛攻。左サイドに流れたボールを、ストリニッチが拾い、さらに攻めを仕掛けようとした瞬間、何と長駆したクリスティアン・ロナウドがよく戻り、ボールを奪う。そして、逆襲速攻。2時間近い死闘、丁寧に守ってきたクロアチア守備陣が、この逆襲対応で、初めてクリスティアン・ロナウドがフリーにしてしまった。それにしても、クアレスマもよく詰めたな。合掌。

 こう考えると、「シャキリとモドリッチはどうすればよかったのか」を考えたくなる。
 ラムジーは幸せだった。左サイドでベイルをフリーにすれば、シゴトは終わりだったのだ。対して、シャキリとモドリッチは、良好なチームメートを仕切り、120分を戦い続けたが、敵にとどめを刺せなかった。
 シャキリ。最後の10分、味方に点をとらせることよりも、自ら得点を狙うべきだったように思った。しかし、シャキリはまだ若い。良好な選手をズラリと並べ、常に安定した実力を発揮するスイス代表に、史上初めて登場したスーパースタア候補登場との感もある。この敗戦も、そのための貴重な宝となるのかもしれない。PK戦敗北の後、胸を張り自国サポータの歓声に答えた姿も美しかった。
 一方のモドリッチ。クラブレベルでは栄華を極め、中盤構成者としては、既に自他ともに認める世界最高峰のスーパースタアだ。そのモドリッチが、丁寧に丁寧に組み立てた試合だったにもかかわらず、勝ち切れなかった。こちらは、監督の度胸だったのではないか。とにかく稠密さが必要な現代サッカー。中盤の比較的後方のタレントは、どんな凄い選手でも、相当な守備のハードワークとポジショニングが必要。だからこそ、本当の最後の最後、モドリッチに「自由」を提供すべきだったのではないか。

 シャキリとモドリッチ。この2人の美しく知的なプレイと、結果的な悲劇を堪能した。そして、「サッカーは難しいものだ」と、改めて思った。
posted by 武藤文雄 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

五輪代表順調な強化

 五輪代表は、国内最後の強化試合、南アフリカ戦に4対1と快勝。
 このチームは、直近3階の五輪代表(アテネ、北京、ロンドン)と異なり、予選段階でしっかりとチーム作りが行われたと言う意味では、シドニー以来。したがって、いわゆるキリンチャレンジで、遠征で体調がよくないチームと戦えば、よい成績を収められるのは自明な事、快勝そのものは驚きではなかった。
 それにしても、1点目、2点目の得点はきれいだった。このチームのよさは、後方の選手が常に敵DFの裏を狙う姿勢を保ち、敵DFラインが揃わなくなったときに、この1、2点目のように、両翼をうまく使った崩しができることにある。
 守備については、植田を軸にした中央の強さは間違いないが、時に中盤守備で几帳面さが失われることが課題か。まあ、このあたりは、若さもあるし、しかたがないところもあるのだが。

 ともあれ、室屋、中島と言った、予選後に負傷した選手がよいプレイを見せたのは嬉しかった。もちろん、たった1試合よいプレイを見せたからと言って、短期決戦を戦い抜ける体調まで戻っているかは別問題だが、2人ともメンバ入りする可能性は高いのではないか。それにしても、今回のチームは負傷者の多さが、大きな悩みとなっている。1月に予選が行われたため、各選手がオフをしっかりとれなかったためだろうか。
 余談ながら、中島と言う選手は、どうしてFC東京で出場機会をほとんど得られないのだろうか。この選手は、いわゆる華があるタイプ。守備をサボるわけでもないし(もちろん、課題はあるが)、よくわからない。確かにFC東京の攻撃ラインは、優秀な選手が多数いるのは確かなのだが。

 予選で中核として機能していた植田、矢島が、この数ヶ月で一回り成長していたのも、頼もしかった。そして、この2人と、この日負傷で欠場した遠藤の3人が安定していること、CBの岩波、奈良の負傷が長引いていること、この2点を考えると、オーバエージで選考したのが、塩谷、藤春、興梠と言うのも、よく理解できる。そして、上記した室屋と中島の復活により、かなりバランスがよいチームとなりそうだ。
 あとは、いかに各選手の体調を揃えられるかだろう。特に、負傷上がりの選手や、欧州でプレイする久保と南野の状態が気になるところだ。


 一昨年のワールドカップ、昨年のアジアカップと、代表チームの苦杯が続いたこともあり、日本サッカー界全体が、「異様な自信喪失」となっている。40年以上、日本サッカーに浸り切って今なお不思議なのだが、ちょっと勝つと「ワールドカップ優勝も夢ではない」となり、ちょっと負けると「この世の終わり」となるのが、この国のサッカーマスコミの特徴なのだ。
 だからこそ、このチームには、自信回復のきっかけとなる、リオでの鮮やかな戦いを期待したいのだ。まあ、手倉森のオッサンの手腕は確かなのはわかっている。わかってはいるが、(過去から再三語っているように)凝り過ぎて失敗するのではないかとの不安が、また愉しい。
posted by 武藤文雄 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月27日

欧州選手権への羨望

 「欧州サッカーと南米サッカーのどちらが好みか?」と問われれば「南米」と即答する私だ。しかし、午前中リアルタイムの放送を愉しむのは困難ゆえ、コパアメリカの映像堪能は断念。と言うことで、欧州選手権の映像を少しずつ愉しんでいる。ともあれ、平日は本業(おかげさまで、結構忙しいのです。だから、すっかりブログをさぼっているのですが)、週末は少年団指導とベガルタ。もうよい年齢で、深夜早朝映像観戦は厳しい。時間に限りはあるのだが。

 代表チームの他地域選手権を愉しむとなると、どうしても「ここに日本代表がいたらどうなるか」と言う視点になる。これも考えてみると、ここ15年くらいでようやく味わえるようになった、比較的最近からの愉しみだ。一方で、そのような愉しみが15年ほどの長きに渡ったと考えると、「随分の長さになったものだ」と感慨深い。
 思い起こしてみると、この大会を生中継で堪能したのは、88年の決勝が最初だった。例のファン・バステンのズドーン(今大会のテレビ中継のタイトルにも登場しているやつ)。深夜あの一撃を目撃したときは、さすがに興奮したな。その前のネッツァ、オンドルシュ、シュスター、そしてプラティニ、これらは皆結果を知った後、数ヶ月後のダイヤモンドサッカーでしか、映像を見ることすら叶わなかった。そして、あの頃は、「ここに日本代表がいたらどうなるか」など、考えもしなかった。

 さて、「ここに日本代表がいたらどうなるか」について。

 今大会の映像を観ていて、何よりうらやましく思うのは、スタンドの雰囲気だ。ほとんどの試合で、両国のサポータが万単位で入り、熱狂的な応援を繰り広げている。しかも、チケット販売方式が進歩してきているのだろうか、それぞれの国のサポータが固って応援している。結果的に、双方の応援も盛り上がり、とてもよい雰囲気だ。ワールドカップでは多くの場合、チケットは国別には販売されておらず、両国のサポータが入り混じっての応援となる。まあ、敵国のサポータと呉越同舟で声を張り上げるのは、それはそれで愉しいのだけれども(一昨年のコロンビア戦の前半終了間際の岡崎の同点弾で、己1人の絶叫で周囲のコロンビアサポータすべてを制圧したのではないかとの錯覚には、堪えられないものがあった)。
 残念ながら、アジアカップであのような雰囲気を体験するのは、現状では非常に難しい。

 そもそも、アジア諸国で、敵地まで多くのサポータが出向く国が、我々のほかは、韓国、豪州、(たぶん)中国など限られる。最近、タイなど東南アジアのサポータも少しずつ、あちたこちらで見かけるようになってきたけれど。このあたりは、文化的な要素と経済的な要素があるように思える。
 文化的な要素については、少しずつ我々の愚行をアジア諸国に展開し、「サッカーで遊ぶとこんなにおもしろい」と、多くの人に理解してもらえばよいのだろう。
 経済的な要素については、今後上下動はあろうが、各アジア諸国は経済的発展はしていく傾向は間違いないから、海外旅行を愉しむ人々は増えていくことだろう。そうなれば、様々な国の人々が、今以上に海外でのサッカー試合を愉しむようになっていくかもしれない。日本が経済的に停滞し、残念なことになるかもしれないが。
 しかし、そう言った問題以上にスタジアムが盛り上がらないのは、AFCの無思想性があるように思う。そもそも、ワールドカップの半年後に、アジアカップを行うところから、「負けが決まっている」のだ。ワールドカップ後、じっくり2年間予選を戦って、勝ち残ったチームが揃う欧州選手権との違いは大きい。
 元々、アジアカップは、2004年中国大会までは、ワールドカップの隔年に行われてきた。しかし、長期にわたるワールドカップ予選と、五輪とのバッティングを考慮し、1年前倒しにされた。これはこれで、1つの考えだ。しかし、そうならば、アジアカップ予選とワールドカップ予選をうまく計画し、様々な興味を呼ぶように工夫する必要がある。
 ところが、前倒しになった以降、杓子定規に4年おきを守ろうとするから、おかしくなってしまった。2007年は、東南アジア4か国の共同開催だったから夏季に行われたので、ワールドカップの1年後となりまだ尋常だった。ところが、その後はカタール、豪州が、杓子定規にワールドカップの翌年の冬季に行ったため、もうどうしようもなくなってしまった。カタールでも豪州でも、ワールドカップの1年半後に行っていれば、随分とよかったと思うのだが。
 次のアジアカップは、2019年UAE開催。ロシアワールドカップの半年後に、従来大会より8チーム増やした24チームで行われる。元々、16チームでも盛り上がらない現状。あまり、愉しい大会になるようには思えない。私の予感が外れれば嬉しいのだが。
 でも、この欧州選手権のような、アジアカップ。愉しみたいよね。
 
 とは言え。欧州選手権だ。
 「ここに日本代表がいたらどうなるか」について、本質も少しは語りたい。
 頑健な欧州諸国のCBやゴールキーパが固める守備をいかに崩すかとか、レバンドフスキやベイルやクリスティアン・ロナウドにいかにボールを出させないかとか、シャキリやモドリッチの展開をいかに止めるかとか、高邁な話題について。これを語ることこそ、最高の知的遊戯のはず。
 これは、シリア戦、ブルガリア戦、ボスニアヘルツェゴビナ戦のような、冗談のような守備面のミスが、改善されるが前提となる。頼むよ、ハリルホジッチさん。
 もっとも。ザッケローニ氏末期以降、アギーレ氏時代も、ハリルホジッチ氏時代も、再三再四あのような惨状を見ているので、シリア戦以降の一連の守備崩壊を、冗談と言ってはいけないのかもしれない。冗談ではなく、新常態なのではないかとの不安もある。
 まあ、それはそれで別途。
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2016年05月01日

ユアテック、最低の試合を満喫

 今日は今シーズン初めてのユアテック詣で。いつものことだが、地下鉄が泉中央に近づくにつれ高まるワクワク感は堪えられない。そして、梁勇基の復活。最高の雰囲気で試合は始まった。

 ひどい試合だった。

 まず、石川が退場になった豊田のPKについて。
 右サイド(ベガルタから見て)のクロスに対し、石川と豊田が交錯。豊田が転倒した瞬間、主審の池内氏が元気よく笛を吹く。「おお、豊田のシミュレーションか」と思ったら、池内氏の手はペナルティスポットを指差していた。
 考えてみれば。この日の、主審の池内氏の判定基準は、序盤から明確で、かつブレがなかった。両軍の手を使ったファウルにはかなり寛容。ただし、豊田が転倒すると、すべてベガルタのファウル。この判定基準で40分以上試合が行われていたのだから、理に適っている。実際、このブレのない基準は90分間継続。後半、攻め上がった大岩が敵DFに押されて転倒した場面も、心の弱い主審ならば当然PKだろうが、しっかりと流していた。
 感心しなかったのは、カードの出し方。黄と赤のカードを、連続して素早く嬉しそうに高々と差し出した。あれを残念そうに出しさえすれば、随分と印象が違ったものになった。中々の自己顕示欲、サッカー向きの性格だ。もっとも、主審向きではなく、ストライカ向きではあるが。
 誤解しないで欲しいが、私は「この場面がPKでない」とは断定しない。少なくとも、私が見ていた場所からはPKには見えなかった。また、実家に帰宅後見たスポーツニュースの映像でも、PKには見えなかった。そして、上記したように、池内氏の判定基準はブレていなかった。それだけだ。
 私は、豊田と言う選手は結構好きなのです。モンテディオ時代から。そして、今シーズン、あまり調子が上がってきてないのを密かに心配していた。ちょっとだけ不安なのは、今日の池内氏の判定基準により、かえって調子を崩すのではないかと言うことだ。敵DFが厳しい対応をしてきても倒れないのが魅力の選手なのだから。

 しかし、それにしてもベガルタの試合内容、特に前半の試合内容は悲惨だった。
 ベガルタのCBの渡部、平岡は、ロングフィードの精度は、あまりよろしくない(一方、強さ、高さ、粘り強さ、カバーリングなどはレベルが高いが)。当然のように、敵FWはこの2人にプレスをかけてくる。特に前半、敵FWの体力が十分な時間帯は、それだけでベガルタは前線に有効なボールが入らず、攻めあぐむ。これは、ここ最近の試合で再三見受けられた展開だ。
 そのような展開では、よい体勢でボールを受けて能力を発揮する野沢や金久保は、あまり活きない。ボランチから高精度のボールを出せる三田も、積極的なフリーランをするのが奥埜だけでは、出しどころが見つけられない。
 結果として、精度の低いロングボールがウイルソンに出るだけの展開となった。サガンのCB谷口は素晴らしい出足でそれをはね返す。ベガルタサポータとしては、「豊田が倒れたら必ずファウルをとるのだから、ウイルソンが倒れてもファウルをとってくれよ」と言いたくはなったが。
 渡邉氏の意地っ張りも相当なものだが、前線やサイドMFにもっと活動量を期待できる選手を使うのも一手段ではないか。西村とか茂木とか差波とか。もちろん、究極のおっちょこちょいの金眠泰も。彼らは、今のレギュラよりも下手かもしれないし、軽率なプレイもするだろう。でも、意欲をもってボールを引き出す動きはできるはずだ。彼らを行けるところまで引っ張って、終盤に老獪な野沢を起用するのは一手段だと思うのだが。あ、もちろん、匠でもよいです、ちょっとスタイルは違うけれど。
 な〜んてことは、渡邉監督だってわかっているはずだ。頼むよ。

 審判団へも不満はあるし、メンバ選考を含めた試合内容にも疑問はある。
 けれども、それがサッカーだ。40年余、サッカーを堪能し続けてきたが、今日くらいフラストレーションのたまる試合は、そうは経験できない。ありがたいことだ。55歳にして、また新しい経験を積むことができたのだから。
 いつもいつも語っているけれど、このようなひどい試合こそ、サポータ冥利につきるものなのだ。
 この無様な試合内容、積み上がらない勝ち点。ベガルタサポータ界隈には、降格のリスクを真剣に語り始める向きも多いようだ。気持ちはわかるが、まだまだシーズンは序盤。良好な若手も多数いるのだし、悲観論を騒ぐのは早すぎる。厳しく、温かく、サポートしていこうではないか。

 しかしだ。
 黄金週間に入って2日目。おだかやかなよい気候。
 それにもかかわらず、この日ユアテックに来戦したサポータは15,000人に満たなかった。これはまずいよ。雨や槍が降った訳でもない。それなのに、この観客動員はどうしたことだろうか。
 ベガルタの営業部隊の努力は聞いている。しかし、これはビジネスなのだ。結果がすべての世界なのだ。
 審判がどうだとか、選手のプレイ振りがどうだとかは関係ない。サッカーと言う究極の玩具を、いかに観客動員に結びつけるか。改めて、ベガルタの営業部隊の努力に苦言を呈しつつ、成果の発揮に期待したい。

 とは言え。
 やはり、生観戦は堪えられない。踊らぬ踊り子へのフラストレーション。目立ちたがりの黒子への怒り。こんな理不尽な状況への絶叫。
 「ああ、俺は幸せなのだ」と改めて認識し、Jリーグの素晴らしさを堪能した2時間であった。
posted by 武藤文雄 at 00:37| Comment(1) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月29日

シリア戦前夜2016

 明日はシリア戦。
 敵地で3対0で勝ったことと、先日のアフガニスタン戦は5対0で勝てたことなどにより、悲観論が大好きなマスコミを含め、およそ緊迫感のない前夜となっている。思えば、2次予選初戦で、シンガポールに味わい深い0対0の引き分けを演じ、東アジア選手権で苦戦を続けた頃の、重苦しい雰囲気が懐かしい。いや、敵地(おっと、実際には中立地のオマーンだったな)でのシリア戦の前半、コンディションが整わない選手達の醸し出す雰囲気も、陰々滅々、中々のものだったな。
 ただ、あの重苦しかった時代から、結果以外に何か好転したことがあるかと言われると、思いつかない。あのオマーンでのシリア戦は、後半岡崎と本田の個人能力で押し切った試合だった。そして、先日の埼玉のアフガニスタン戦。ただただ、岡崎が格段の存在であることを示す試合だった。そう、我が代表チームはこの半年、大した進歩はしていないのだ。
 もちろん、評価すべきは岡崎のみではなかった。森重がサボることなく、前線への正確なフィードを狙い続けたのはさすがだ。長谷部が1つ1つのプレイを丁寧に積み上げていたのも、矜持と言うものなのだろう。そして、何より金崎が執拗に得点を狙い続けたのはすばらしかった。しかし、その他の選手は感心しなかった。(アフガニスタンには失礼な言い方になるが)後半、アフガニスタンが疲弊した後に、得点を重ねても、どうこう評価できるものではあるまい。
 
 もっとも、焦る時期でないことも確かだ。
 ザッケローニ氏にしても、ピーキングが早すぎた。氏が見せてくれた試合で、最高の内容は2012年のオマーン戦だった。また、最高の結果は2013年のベルギー戦だった。ピークは2014年の6月に迎えるべきだったのだ。
 次第次第に、選手を厳選し、連係を高め、ロシアでベスト8以上を目指すのが、ハリルホジッチ氏のミッションなのだ。慌てる必要はない。このあたりから、次第にチーム力を上げていくことが肝要なのだ。

 だからこそ、必要なのは「意欲」だと思っている。
 アフガニスタン戦、金崎はすばらしかった。80分に小林悠と交替するまで、執拗にシュートを狙い続けた。ハーフナーの落としから、泥臭い5点目を決めた直後の、金崎の歓喜は、本当にうれしかった。もちろん、この試合は「岡崎の鮮やかな個人技による先制弾」として記憶される試合となる。けれども、それは岡崎がすごかったと言うこと。金崎が終始アフガニスタンゴールを狙い続け、最後に結果を出したことは、それはそれで見事なものだった。金崎の歓喜こそ、我々代表サポータの心を揺るがすものだ。ロシアでの歓喜のために必要なのは、金崎のように「ギラギラした選手」なのだ。
 シリア戦。岡崎と本田が並ぶのだろう。結果的に、この2人の圧倒的能力で、私たちは歓喜を味わうことになる可能性は高い。でも、新しい選手に期待したいのだ。金崎なのか、エヒメッシなのか、ハーフナーなのか、昌子なのか。

 代表チームの競争は厳しい。
 今回は久々の招集のため、欧州クラブ所属選手が中心となっている。しかし、国内のトッププレイヤの多くは牙を研いでいる。また、欧州遠征中の五輪代表選手の多くがロシアの主力になってくるだろう。
 だからこそ、各選手には、貴重な機会を理解し、「ギラギラとしたプレイ」を見せて欲しいのだ。
posted by 武藤文雄 at 00:23| Comment(1) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月22日

梁勇基負傷、私は茂木に期待する

 先日のグランパス戦で負傷退場した梁。案外の重傷で4、5週間の離脱となったとの事。今シーズンもここまで、精力的な前後への移動と、巧みなパスワークを見せてくれたいただけに、ベガルタとしては痛いこと極まりない。とは言え、起こってしまったことは仕方がない。しっかりと療養してほしい。

 梁の長期離脱は、あの2012年シーズンの冒頭以来か。もっとも、当時の私の懸念は外れ、その負傷回復以降、梁は以降4シーズン、ACLを含め、元気に活躍してくれた。やはり「鉄人」だったのだ。
 ただし、梁にとって、昨シーズンは相当過酷なものだった。北朝鮮代表としてアジアカップに出場し、ほとんどオフなくリーグ戦に突入。何のかの言って、ほぼフル出場してくれた。さらに天皇杯にも勝ち残っていたため、12月末までシーズンが続き、非常に短いオフでの今シーズン入りだった。つまり、梁はほぼ2シーズン休みなしで戦ってきてくれたのだ。
 そうこう考えると、今回の負傷離脱は、天の配剤と考えるべきなのかもしれない。梁はまだ34歳、モチベーションが続く限りは、あと何年も何年もベガルタのためにプレイしてくれるはずだ。梁勇基と言う選手は、我々にとって、そのような存在なのだ。
 休むときはじっくり休み、少しでも、少しでも、長く我々に歓喜を提供してほしい。ずっと、ずっと、リャンダンスを踊り狂いたいのだから。

 だからこそだ。私は茂木に期待する。
 次節以降のスタメンは、奥埜を中盤に下げ、金園かハモンがトップに使われるのが常識的な予想か。いや、ベテランの野沢や水野、中堅の藤村や椎橋も、定位置確保に意欲満々だろう。いずれの選手も、私たちにとって貴重で重要な選手たちだ。でも、梁が倒れた際に、昨シーズン序盤のように奥埜と茂木が並んで戦ってくれたら、とにかく嬉しいではないか。特に、茂木にとって純粋なライバルである後輩の佐々木匠が、U19の遠征で不在。茂木はここで目立たなくて、どうすると言うのだ。
 昨シーズン開幕からスタメンをつかみ、技巧とふてぶてしさを活かしたプレイを見せながら、次第に地位を失った茂木。ツェーゲンにレンタルされた直後は、そこそこ活躍したものの、課題のボールの受けが改善されたなかったのか、次第に出場機会を失ってしまった。
 そして、このオフには、意味不明のアイスランドのクラブチームへの練習参加。代理人が間抜けなのか、本人がナニなのかやよくわからないが、真冬にアイスランドはないだろう(笑)。加えて、(アイスランドのサッカー関係者には甚だ失礼ではあるが)アイスランドリーグは、たとえ暖かい時期だとしても、18歳でJ1にデビューできた若者が1年後に挑戦すべきリーグとは思えない。欧州に行けばいいというものではないのだ。

 まあ、いいさ。茂木は我々の元に帰ってきた。そして、梁不在。頼むよ。
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2016年03月19日

ベガルタ、内容はよかっただけに悔しい

 ベガルタは敵地でグランパスに1対2で苦杯。古めかしい言葉だが、「ほろ苦い」勝ち点ゼロの試合となった。

 前半は「敵地」と考えれば上々の展開だった。引き気味に戦うが、3ラインがコンパクトな距離を保ち、グランパスにほとんど決定機を与えない。速攻から有効な攻撃の頻度を上げたいところだったが、敵地で相手も引き気味の前半に無理をする必要もないので、仕方のないところ。
 ところが、前半アディショナルタイムに失点。ハーフウェイライン手前右サイドでボールを奪い、前線に起点を作って中盤戻したところで、ボールを受けた三田が逆サイドに展開を狙う(左右はすべてベガルタから見て)。通っていれば、好機が始まりそうな場面だった。ところが、そこをグランパス田口に狙いすました当たりでボールを奪われる。田口はそのまま前進して、シモビッチに当ててリターンを受けて、左に展開。前進してきた古林が対応した石川が当たりに来る前にアーリークロス。CBの渡部と平岡の間に入ったシモビッチに丁寧なヘディングを決められてしまった。
 この速攻そのものは、田口に「恐れ入りました」としか言いようのないものではあった。また、田口のボール奪取に呼応したグランパス各選手の前進も見事だった。一方で、ベガルタの切り替えも悪くはなく、最初にボールを奪われた三田もすぐに反応していたし(しかし、田口とシモビッチの細工の早さが一枚上だったが)、失点の瞬間も渡部、平岡、富田がペナルティエリア内に戻っていた。
 ただ、渡部の対応は少々残念だった。シモビッチがヘディングした瞬間、その外側には松田が入ってきていたが、平岡はマークについていた。石川が古林に対応もしていて、縦は押さえていた。また、石川が古林に対応していたのだから、えぐられる恐れも少なかった。そうこう考えると、渡部は左サイドのカバーを意識するよりは、シモビッチに付いていて欲しかったところだ。
 まあ、三田も渡部も今ごろ大いにこの場面を悔やんでいることだろうし、このような悔しい場面を丁寧に修正して、シーズンの戦いを積み上げていけばよいのだとは思う。

 後半のベガルタの入りは上々。失点に慌てることなく前半同様に守備的に入り、少しずつ攻めの圧力を増していく。梁の負傷交替はショックだったが(退場後自力で歩いていた、軽傷であることを祈るのみ)、ハモン、水野、野沢を順次投入し、攻勢をとる。65分以降は完全に押し込み、複数回好機を掴み、82分にとうとう追いついた右サイドを水野が突破しクロス(欧州移籍前の往時を思い起こさせてくれる縦突破だった)、そのクロスが流れたところで富田が拾い、左に展開。ハモンが飛び込んで決めてくれた。左右の揺さ振りで完全にグランパスDF陣がマークを見失い、ハモンの他に2人が飛び込んでおり、完全に崩し切ることに成功。嬉しい得点だった。
 ところが、その後がいけない。ホームで追いつかれたグランパスが、前に出てくるのは自明なのだから、しっかりとボールをキープすべきなのに、同点前同様にどの選手も「前に前に」行ってしまった。結果、こぼれ球をドンドン拾われ、完全に押し込まれてしまう。そして、右を崩されてのクロスが左に流れ、それを石川がはね返したこぼれを矢野に拾われてズドン(もしかしたら野田に触られたのか、ベガルタの自殺点かもしれない)。
 試合運びの稚拙さも極まれり。敵地で、同格以上の相手を押し込んでの同点。あと10分。サッカーの常識を考えれば、落ち着かなければいけない時間帯。繰り返すが、敵地で80分過ぎまでリードされていたのだ、どう考えてもまずは同点を目指すべきだろう。しかも、この日ピッチにいたベガルタの選手は、皆20代半ば以上、若手と言える選手は誰もいなかったのに、あまりに残念だった。

 内容はよかったと思う。
 田口の好プレイがなければ、無失点で後半に入り、勝てた可能性もあったかもしれない。好守共に内容はよかった。これは、昨シーズンと比較して、明らかな進歩が見られる。
 渡邉監督が昨季から織り込もうとしているサイドに人数をかける攻撃がかなり機能するようになってきた。渡部と平岡の守備の固さ、特にはね返す力は、ここ2シーズンのベガルタには全くなかったものだ。三田の加入で攻撃は格段に厚くなっている。間違いなく、昨シーズンよりもサッカーの質は上がっている。
 だからこそ、終盤の稚拙さが残念だ。中上位を目指していくからには、常識的な駆け引きを駆使して、少しでも勝ち点を拾っていく必要があるのだ。攻撃や守備の連係は、ある程度戦いながら作り込む必要があるが、勝ち点を少しでも積み上げる努力は、日々怠ってはいけない。
 まあ、このように前向きに嘆くことができるのだから、結構なシーズンの入りと言えるのだろう。
 Jリーグは愉しい。
posted by 武藤文雄 at 18:08| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月13日

関憲太郎の矜持

 70分過ぎだったか。ベガルタのクリアを拾った柴崎がペナルティエリア右側に進出(以下の左右はすべてベガルタから見て)。それを受けた金崎?が振り向きざまのシュートを狙う。それが当たり損ねとなった事で、ベガルタDFは完全に逆をつかれ、カイオが全くのフリーとなる。PKのようなシュート、「やられた!」と思ったその瞬間、関がすばらしい飛び出しで完璧なブロック。
 前半を1対0で折り返したベガルタだが、後半はアントラーズに押し込まれる時間帯が継続。粘り強く守ってはいたが、あれだけ押し込まれたら「いつかは崩れるのではないか」と言う後半半ば過ぎの時間帯。そこで許した決定的ピンチを関が防いでくれた。
 このファインプレイがこの試合の分岐点となった。いやそれだけではない、この好守はベガルタ仙台と言うクラブの歴史にとっても、大きな分岐点になるのではないか、と愉しい想像にとらわれたのだ。

 ベガルタの先制点。開始早々に左サイドを人数をかけ、アントラーズ守備陣を引き付け、ウイルソンの巧みなセンタリングを、ファーサイドから進出した金久保が、ボールを浮かさないよう丁寧なシュートを決めたもの。速攻が決まらない時、トップの選手が開いて前線で拠点を作り、そこにサイドハーフとサイドバックが押し上げて人数をかけ、さらにボランチが進出しパスコースを増やす攻撃は、昨シーズンから幾度か狙っていたものだが、この得点はその意図が奏功したものだった。
 その後約15分間、攻勢に出てきたアントラーズの猛攻を受ける。この時間帯は、いわゆる「悪いベガルタ」。押し込まれたところで、中盤選手が引き過ぎて、敵の中盤選手を自由にし過ぎてしまった。左サイドのスローインを、遠藤にまったくのフリーで受けられて、バーに当たるシュートを打たれた場面がその典型だった。
 しかし、我慢を続けながら、30分以降はベガルタがペースを取り戻す。ウイルソンと奥埜の距離感がよく、三田がボールをさばけるようになり、石川、大岩の両サイドバックがよく押し上げる。先制点の場面同様、速攻後の分厚い攻めが成功し、幾度も好機をつかみかけた。

 後半は開始早々からアントラーズが圧力を高め、攻勢に出てくる。ベガルタは前半の悪い時間帯とは異なり、中盤選手が最終ラインに吸収されず、組織的に守る。10分間、完全に押し込まれたが、丹念に守り続ける。
 そして、速攻から10分過ぎにウイルソンが左サイドを突破し、奥埜に合わせる好機をつかむ。以降は、アントラーズに押されて危ない場面を作られながらも、最終ラインが頑健にはね返し、幾度か速攻を成功させかける時間帯が続いた。ウイルソンも奥埜も、昌子や植田と言った強いDFの厳しいマークを受けても、後方からのフィードから巧みに反転することができる。だから後方の選手が、敵の攻撃を止めた後、しっかりとつないで、前方をルックアップしてトップの2人を見つけられれば、有効な攻撃に持ち込めるのだ。
 しかし、アントラーズは強かった。冒頭に述べた一番危なかった場面を含め、小笠原と柴崎を軸に、幾度となく猛攻を仕掛けてきた。それでも、ベガルタの各選手、特に最終ラインの4人と、後方に控える関は、最後まで激しく厳しく戦い続け、1点差を守り抜き、勝ち点3を獲得してくれた。

 見事な勝利だった。

 昨シーズン、ベガルタは上位6クラブ、サンフレッチェ、レッズ、ガンバ、FC東京、アントラーズ、フロンターレに対し、2分け10敗。まったく、歯が立たなかった。
 そう考えると、今シーズンの序盤3試合、マリノス、FC東京、アントラーズの強豪3クラブと戦い、勝ち点6を獲得したのは、悪くない結果だ。そして、この3試合目の内容がよかったのが嬉しい。もちろん、課題はまだまだあるが、激しい守備と意図的な攻撃が、高いレベルで機能したのは確かなのだから。
 そう考えると、この試合はベガルタ仙台と言うクラブにとって、大きな分岐点となる試合だったのではないかと期待したくなるのだ。必ずしも経済的に潤沢でなく、また歴史も浅いベガルタ仙台。そのような地方の小さなクラブが、12年シーズンにJ1で2位となり、13年シーズンにはACLで戦うことに成功した。その成功そのものは、日本サッカー史に残る「偉大なおとぎ話」だ。しかし、その成功以降、中核選手の老齢化に苦しみ、ようやく昨15年シーズンに大胆な若返りを指向。そして、今シーズンに入り、ようやく反転上昇の準備が整ったように思えるのだ。
 小さなクラブが大きなクラブに対抗する手段は色々ある。戦闘能力差を割り切り、後方を分厚くしたうえで、敵の攻撃を引き出し、逆襲速攻で喉元に食らい付くのは一手段だ。J1に復帰した10年シーズンや、渡邉監督が采配を引き継いだ14年シーズンは、ベガルタもそのような手段を採用していた。
 しかし、上位進出に成功した11、12年シーズンは、それに加えて、速攻で攻め切れなかった場面で分厚い遅攻も機能していた。それがあったからこそ、我々は上位に進出できたのだ。昨シーズン、渡邉氏は幾度もそのような試みを行っては失敗していた。けれども、今シーズンは、その狙いに成功しつつある。
 もっとも、後半はその狙いは機能しなかった。したがって、いたずらな楽観をするつもりはない。以降の試合も、幾多の苦しみを味わうことは確かだろう。しかし、それでも、このアントラーズ戦、最終ラインの激しさ、知的な速攻、その後に続く効果的な遅攻。昨シーズンとは異なる質の高さを感じることができたのだ。我々は、もっともっと上を目指せるのだ。

 そして、この試合、間違いないMVPは、関憲太郎だった。冒頭に述べたファインプレイ以外にも、冷静な位置取り、果敢な飛び出し。GKとしては小柄ながら、小柄な故の持ち味を存分に発揮した鮮やかな守備。前節試合終盤での六反の不運な負傷による交代起用。そして今節の久々のスタメン。それぞれ、難しい状況ながら、堂々たるプレイを見せてくれた関。出場機会に中々恵まれない状況下においても、よいトレーニングを積んできたのだろう。第2キーパがこれだけよいプレイを見せてくれることそのものが、今のベガルタのチーム状態のよさを示すと共に、関憲太郎と言うプロフェッショナルのアスリートの矜持を示している。
 「今シーズンのベガルタは一味違う」と期待させてくれる試合だった。
posted by 武藤文雄 at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月05日

ここまでの歓喜に感謝

 女子代表のリオ五輪出場がほぼ絶望になってしまった。陳腐な言い方で恐縮だが、1つの時代が終わったのだろう。

 多くの方々も同意されるだろうが、敗因は若返りの失敗だと見た。多くの選手が北京五輪前から代表で活躍、10年近くに渡り世界のトップレベルで戦ってきた。昨年のワールドカップの準決勝を1つのピークに多くの選手が、すり減ってしまったのだろう。澤のみならず、海堀の突然の引退もその顕れだったのかもしれない。

 しかしだ。いや、だからだ。

 私は今回の敗戦を「仕方がない」と思っている。
 何故ならば、若返りを的確に目指していたとすれば、昨年のカナダワールドカップで好成績を得るのは難しかったと思うからだ。このリオ予選で相応に若手選手が活躍するためには、そのような選手をカナダで起用する必要があった。そうした場合、カナダで準優勝できただろうか。
 私は「カナダでの準優勝とリオの予選落ち」は「カナダでもリオでも本大会でそこそこの成績」よりも格段によいと思っている。さらに言えば、カナダで最高の成績を目指さず若返りを目指したとしても、このリオ予選で確実に勝てると言えないのは言うまでもない。
 言うまでもなく、このチームのピークは11年のドイツワールドカップ制覇だっただろう。さらに彼女たちは、その後も12年のロンドン五輪、上記のカナダワールドカップで準優勝と格段の実績を残してくれた。08年のアテネ五輪の4位と合わせれば、世界大会で、1度の世界制覇を含み、4大会連続、8年間に渡りベスト4以上を獲得している。一体、これ以上の成績を、どう望もうというのだ。

 もちろん、佐々木氏以上のカードがあれば、結果は違うのかもしれない。
 けれども。サッカーに浸り切って40余年。幾多の名将のチーム作りと采配を堪能してきた。そして、ここ最近のなでしこの鮮やかな戦績を見るにつけ、氏以上に的確になでしこを勝たせる監督がいるとは、そうは思えないのだ(女子選手に対するマネージメントを含めだが)。まあ、ぺケルマン氏やモウリーニョ氏が女子のチームを率いるのを見てみたい気もあるけれど。

 皆が今回の苦闘と現時点での結果に心を痛めている。しかし、これだけ皆が落ち込むのも、ここ最近のなでしこの成績があまりに輝かしかったから、その明暗の大きさが著しいからだ。予選を勝ち抜くのがやっとで、本大会では冴えない成績を続けているチームが予選で敗れても、ここまでの悲しさは味わえない。
 いつもいつも語っているが、「負ける」と言うことは、サポータにとって快感なのだ。そして、その快感は、結果がよかった時との落差が大きいほど、最高のものとなる。

 先般、澤穂希引退時に、女子代表の歴史を振り返った。繰り返すが、このリオ予選で苦闘している彼女たちの多くは、ここ最近の十年近くに渡り、幾度も幾度も歓喜を我々に提供してくれた、いや提供し続けてくれたのだ。
 今はただ、彼女たちに「ありがとう、お疲れ様」と、伝えるのみである。

 でも、でも。
 この悔しい状況において、感謝の意を伝えるのは、貴女たちに失礼なのはわかっている。
 だから、意地を見せて欲しい。
 リオは忘れよう。でも、4日後の北朝鮮戦で、美しい舞いを見せてくれないか。ベトナム戦もトレーニングの一環と割り切り体調を整え直し、佐々木氏の最後の采配となる試合で。美しい舞いを。

 そのように割り切ることが、ほんの僅かに残っている確率を少しでも高めることにもなるはずだし。
posted by 武藤文雄 at 01:42| Comment(7) | TrackBack(0) | 女子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする