2015年12月30日

澤去りし後

 澤穂希引退。

 引退を宣言し、最後の大会として選択した皇后杯で、堂々の優勝。それも決勝戦の終盤に、決勝点を決めてしまうのだから恐れ入る。スーパースタアの所以と言えばそれまでだが、引退を決意してもなおその個人能力が他を圧していると言うことだろう。実際問題として、今大会中盤奥深くで敵の攻撃を刈り取る妙技と落ち着いた展開は、今なお格段のものがあった。準決勝、ベガルタはアイナックに敗れたのだが、澤の存在は忌々しさは格段。数日前の横浜国際で堪能したマスケラーノの読みの冴えを思い起こした。
 個人能力は未だ他を圧しているものの、澤が引退を決意したのは、ひとえにモチベーションの問題なのだろう。引退記者会見で、「心と体が一致してトップレベルで戦うことがだんだん難しくなったと感じたから」と語ったと報道された。アスリートとして考え得る最大限の栄光を手にした澤だからこその思いと言うことか。例えば王貞治、山下泰裕、千代の富士と言った方々が、引退時に類似の発言をしていたのを思い出した。
 その状況で、最後と選んだ大会に、見事に合わせ、結果を出すのですからねえ。長い間、本当にありがとうございました。

 で、今日のお題。
 澤去りし後の、日本女子サッカーは、どうなるのだろうか。

 とても不安なのだ。
 不安なのは、澤とその仲間達の実績があまりに素晴らしかったこと、そのものだ。それにより、一般マスコミが世界一、あるいはそれに準ずる成績を当然と考えてしまうのではないか。そして、それに至らない時に非常に低い評価を与えるのみならず、罵詈雑言を飛ばすのではないか。あるいは、まったく無視をしてくるのではないか。それを、どうこう不安視しても仕方がないのかもけれども。

 澤の日本代表の経歴を振り返ると、3つの時代に分けられる。
 まず、1990年代。澤が10代後半から20代前半で、木岡、野田、高倉、大部、大竹姉妹ら、澤より年長の選手が活躍していた時代だ。当時は、中国や北朝鮮に勝てることはほとんどなく、世界大会に出ても欧州勢に歯が立たなかった。一方で当時のLリーグは、Jリーグバブルの影響もあり、海外のトッププレイヤが続々と参加していた奇妙な時代でもあった。
 2000年代前半。澤は20代後半。酒井(加藤)、三井(宮本)、川上、小林、荒川ら、澤と同世代の選手が中軸の時代。澤より年長選手としては磯ア(池田)が活躍した。この時代になり、ようやく北朝鮮や中国と互角の戦いができるようになり、世界大会でも他地域の代表国に勝てるようになってきた(たとえばこの試合)。単に強くなっただけではなく、小柄な選手達が素早いパスワークで丁寧に攻め込み、組織守備で粘り強く守る、いわゆる「なでしこのスタイル」を、世界で発揮できるようになってきた。アテネ五輪でのスウェーデン戦の完勝は忘れ難いものがある。
 そして2000年代後半以降、澤より若い世代が台頭。宮間、大野、岩清水、川澄、阪口、熊谷、永里(大儀見)らが、澤を軸に戦うおなじみの時代である。分水嶺は2006年の東アジア選手権で、中国に完勝した試合だった。以降、日本はアジアで紛れもない最強国となった。そして2008年北京五輪では、再度地元中国に完勝し、ベスト4を獲得。さらに2011年の歓喜獲得(そしてこの妙技)につながっていく。さらに素晴らしいのは、「世界一」獲得後の、世界大会でも強国の地位を継続したことだ。トップになることそのものはとても難しいことだ。しかし、その地位を維持することは、もっと難しいことなのは言うまでもない。そして、澤とその仲間達は、それを実現し、今日に至っているのだ。

 繰り返すが、なでしこジャパンが、アジアで「トップレベル」と言ってより地位を確保したのは、2004年から2006年あたり。それから、たったの数年で澤とその仲間達は世界一を獲得し、さらにその地位を4年間維持し続けているのだ。これを快挙と言わずして、何と言おうか。そして、この快挙の輝きはあまりにもまぶし過ぎる。
 もちろん、この約10年間で、日本の女子サッカーのレベルは格段に向上した。10年前、北朝鮮や中国に苦戦していた時代、左足でしっかりボールを蹴ることのできる代表選手は少なかった。しかし、今のなでしこリーグの強豪チームならば、いずれの選手もボールを受ける際に、しっかりと敵陣を向いて左右両足でボールをさばくことができる。若年層の代表チームを見ても、技巧や体幹に優れた選手が多数輩出されているのも確かだ。さらに多くの関係者の地道な努力もあり、長年の懸念となっていた中学世代のサッカー環境も、少しずつ改善されている。
 けれども、だからと言って、なでしこジャパンが、現状の世界トップの地位を維持できるかどうかは、わからない。むしろ、一連の女子ワールドカップや五輪の盛況により、多くの国が強化を推進していることを考えると、容易ではなかろう。例えば、アジアのライバルを考えても、豪州、北朝鮮、中国は、常に体格のよい選手を並べてくる。韓国は、世界屈指のスタアになり得る池笑然を持つ。つまり、アジア予選でさえ、相当厳しい戦いになる。そして、欧州勢。先日のオランダへの苦杯は記憶に新しいが、たとえばイングランドが今年の痛恨を忘れるとは思えない。もはや、難敵は合衆国、ドイツ、フランスだけではない。
 しかも、サッカーと言う競技は極めて不条理。戦闘能力が高く、駆け引きに長けていても、勝てるとは限らない。男のアルゼンチン代表は、ワールドカップの度に、世界屈指のチームを送り込んでくるが、昨年決勝に進出したのは、実に24年振りだったのだ。

 そして、もう澤はいない。
 宮間たちが、いかに努力しても、思うような成績が挙げられない時代が来るかもしれない(常に最高の努力を見せてくれる、宮間達に甚だ失礼なことを語っているのはわかっているのだけれども)。冒頭に述べたが、もしそうなってしまったときに、一般マスコミがどのような態度に出てくることか。
 だから。サッカー狂を自負する我々は、冷静にありたい。彼女たちがすばらしいプレイを見せてくれれば感嘆し、よくないプレイを見せたときには批判をする。そして、目先の結果に一喜一憂せずに、重要な大会の結果を大事に見守る。そして、努力する選手達に尊敬を忘れない。
 そのような対応こそが、澤穂希と言う希代のスーパースタアに対する、最大限の感謝につながるのではなかろうか。
posted by 武藤文雄 at 21:58| Comment(4) | TrackBack(0) | 女子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月29日

明日なき死闘を満喫するも

 チャンピオンシップ準決勝、ガンバが延長終了間際にレッズを振り切った。
 両軍とも疲労困憊した延長終盤、これまで見事な強さと気迫でレッズの猛攻をはね返し続けていたガンバ丹羽が信じ難いバックパスミス。ここまで奇跡的なセーブで再三チームを救っていた東口が「間に合わない」と判断し、自暴自棄なオーバヘッドキックを試みるも空振り。「この見事な試合が、こんな終わり方をするのか」と誰もが思った瞬間、ボールはポストを叩いた(東口が触ってポストに当たったという説もあるが)。直後、東口は素早く前線にフィード。その逆襲速攻から藤春の得点が生まれた。
 40年以上サッカーを見ているけれど、こう言った展開は記憶にない。決定機が双方に相次いで訪れて、劇的に勝負が決まるのは幾度か体験しているけれども、あれほど間抜けな自殺点もどきが起点になるとは。まあ邪推すれば、レッズイレブンがこの「棚からぼた餅」による決定機にぬか喜びしてしまい、わずかに切り替えが遅れたとも言えるかもしれない。
 けれども、このような試合で、このような講釈を垂れることは野暮と言うものだろう。
 あの丹羽のあり得ないミスも相当だったが、一方でガンバの先制点もレッズの那須の軽率なミスパスからだった。これ以外にも、両軍のゴールのポストやバーの活躍が幾度もあり、さらに東口と西川は再三のファインプレイを見せてくれた。また、ガンバ阿部のシュートを防いだ宇賀神の対応は鮮やかだったし。さらに、そのガンバ阿部はレッドカードを出されてもおかしくなかった。また、レッズはズラタン、関根が、ガンバは藤春が、ペナルティエリアで倒されたが、主審の松尾氏は笛を吹かなかった。
 まあ、サッカーと言うことなのだろう。見事な試合を堪能させてくれた両チーム関係者に感謝したい。

 と言うことで、改めてチャンピオンシップと言う制度について、講釈を垂れたい。
 以前から述べているように、私はチャンピオンシップ導入には反対だ。年間の真のチャンピオンは、総当たりのリーグ戦で一番勝ち点を獲得したクラブに与えられるべきだと考えているからだ。このレッズ対ガンバがそうだったように、これほど偶然に左右されるサッカーと言う競技においては、総当たりで得られた勝ち点数で決められる順位が最も価値のあるものだ。ガンバがこれから行われるH&Aのチャンピオンシップ決勝でサンフレッチェを破ったとしたら、2015年シーズンは、1シーズンかけて積み上げた勝ち点で11低かったチームが年間王者を誇ることになる。さすがに、これには抵抗がある。
 しかし、短期的な観客動員やキャッシュインの増加を目指すなり、中長期的な世間のJリーグ注目を高めるために、このような方式導入を行うことを否定する気はない。たとえば、北米のプロスポーツが、様々に工夫したプレイオフで大きな人気を獲得していることを参考にするのは、客商売と言う視点でも重要なことだろう。そして、我々はレッズとガンバのおかげで、実際にすばらしい試合を観ることができたのは確かだ。
 そして、このような試合が演じられたのは、「明日なき戦い」と言う舞台だったからなのは間違いない。毎週行われるリーグ戦とは、まったく異なった魅力が、このような試合にはある。
 けれども、この柏木たちの前に東口らが立ち塞がったような凄絶な120分間の死闘は、チャンピオンシップでなければ見られないのだろうか。言うまでもなく、そうではない。別な機会はあるのだ。このような死闘は、カップ戦と言う環境があれば、見ることは可能なのだ。実際、過去も条件に恵まれれば、天皇杯でもナビスコカップでも、私たちはこのような死闘を堪能してきたのだ。
 リーグ戦の試合を毎週じっくり堪能するのと、カップ戦の「明日なき死闘」を堪能するのは、それぞれ異なる愉しさがある。そして、後者の刺激は、あまりに素敵であるが故に、再現なく増やしていくことは自重されなければならないのではないか。残念なことに、チャンピオンシップの導入により、そのバランスは崩れようとしている。
 今シーズンについては、チャンピオンシップ終了後、クラブワールドカップをはさみ、天皇杯が残っている。シーズン終盤、後から後から、特定チームのみが登場する「明日なき死闘」を期待するレギュレーションは、健全なものとは思えない。もし、Jリーグ当局が、チャンピオンシップを継続したいと思うのならば、ナビスコカップや天皇杯を含め、その他の大会の全面的な交通整理をすべきであろう。過去幾度も述べてきたが、18チームによる1部リーグと、ACLの上位進出と、複雑で2週にわたるチャンピオンシップと、クラブワールドカップの自国開催と、元日の天皇杯決勝と、すべてを総取りしながら、真っ当な日程を構成することは不可能なことは認識すべきだ。繰り返すが、シーズン終盤に、後から後から「明日なき死闘」を期待した大会を複数組むことで、1つ1つの試合の価値を下げてしまっては本末転倒なのだ。
 遠藤爺のように、それらすべてを愉しもうとする偉人がいることに、感謝しつつも。
posted by 武藤文雄 at 23:05| Comment(1) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月15日

呪縛から脱却したハリルホジッチ氏


 日本代表は、シンガポールに敵地で3対0で快勝。結果も内容も、そこそこ、まあまあだった。ともあれ、この試合は何よりハリルホジッチ氏が、埼玉シンガポール戦の呪縛から脱した試合として、今後の大きな分岐点となるのではないか。

 先般のシリア戦、結果的には3対0と快勝し、2次予選のトップ突破を事実上確定することができた。
 けれども、特に前半は、何とも重苦しい試合だった。中盤を制しながらも、崩し切れない展開。蒸し暑い気候の中、明らかに体調の悪い選手達。フィジカルに優れるシリアDF陣を振り切れない前線のタレント。そして、後方の選手の信じ難いミスにより、シリアに許す決定機。それでも、後半立ち上がりに岡崎が倒されてPKを奪った以降は、無事に戦闘能力差を発揮し、結果的には大差で勝利できた。
 ハリルホジッチ氏は、埼玉シンガポール戦の自からの油断と無策と知識不足による引き分けと、シリアがシンガポールに勝ったことで、勝ち点勘定的に2次予選突破に暗雲が漂うような錯覚にとらわれたのだろう。ために、先般のシリア戦は「安全」を考慮し、体調の必ずしもよくない岡崎、本田、香川を起用した。上記のように前半の試合内容は、何とも重苦しいものだったが、体調が悪いなりに勝負強さを発揮した岡崎のPK奪取を起点に快勝することができた。

 これで事実上、次のラウンド進出を決めたことで、氏はすっかり落ち着いたようだ。この敵地シンガポール戦では、体調のよい金崎、武藤、清武、柏木を起用した。さらに言えば、シンガポールが引いてくることが自明だったので、柏木がほとんどフリーでプレイできることも、埼玉の失敗を含めたスカウティングの成果だったのだろう。かくして、序盤から日本は次々と変化あふれる攻撃で好機を作り、前半半ばに2点を奪い勝負を決めてしまった。
 あのシリア戦の前半疲労が顕著な選手を無理に引っ張り苦闘した試合とは好対照。まずは、ハリルホジッチ氏が、自ら招いた呪縛から脱したことを、素直に喜ぼう。
 
 もちろん、細かな突っ込みどころは無数にある。
 長友と本田は明らかに重かったが、そこまでメンバを替えるのは冒険が過ぎると言うもの。それでも、長友は、カンボジア戦などで見受けられた、無意味で強引な前進がなくなり、落ち着いて左サイドの守備を固めてくれた。本田は、せっかく酒井宏樹が攻め上がっても使わない悪癖が見られたのはご愛嬌だが、しっかり得点にからんだのはさすが。後半、明らかに動けなくなり攻撃をギクシャクしたものにしてしまったが、これは素早い交代を行わなかったハリルホジッチ氏の責任だろう。
 ハリルホジッチ氏の交代策は、本田を引っ張った以外にも疑問は多かった。交代策はいずれも前線の選手、宇佐美、香川、原口だったが、後半攻撃が停滞した要因は、中盤での変化が不足したためだったのだから、あまり有効ではなかった。むしろ、山口蛍なり遠藤航を中盤に起用し活動量を増やして、上下の変化をつけるべきだったのではないか。

 ただロシアに向けて、攻撃はそれほど不安はない。年齢的に岡崎と本田が2人揃ってロシアを迎えることが可能かは微妙だが、後を継げる有為なタレントが多数いるからだ。最近の選考に、大迫も柿谷が漏れる事そのものが選手層の厚さを示している。一方で、後方は不安だ。最近登場したタレントは、遠藤航くらい(「遠藤が出て来ているのだから、文句を言うな」と言う向きがいるかもしれないが)。
 実際、このシンガポール戦でも、再三守備ラインがほころびかけた。吉田麻也は得点を決めたし、相変わらず後方からの攻撃の起点としては有効に機能した。しかし、突然見せるミスは相変わらず。前半、飛び出した西川と交錯した場面、不用意に敵にCKを与えたあたりは残念だった。森重は、ほぼ満足行くプレイを見せてくれたが、1回だけ敵セットプレイでマーク相手を見失った。
 最大の失望は酒井宏樹。若い頃は、右サイドからの強く踏み込んだクロスが最大の魅力だったのだが、この日はフリーで再三抜け出しながら、有効なクロスがほとんどなかった。丁寧な守備振りはよかったが、肝心なところで敵に出し抜かれてフリーでヘディングを許した。
 サッカーにミスは付き物だ。けれども、日本代表がロシアで好成績を収めようとするならば、丹念に小さなミスも見逃さない積み上げをしていく必要がある。残念ながら、現状は厳しい。新たなタレントの発掘と言う意味でも、既存の選手の安定感と言う意味でも。

 ともあれ。
 南アフリカの重苦しい惨敗後、我々はようやくロシアに向けて踏み出すことができた。アギーレ氏の弱気過ぎる采配が招いたアジアカップの早期敗退(せっかく短期間でよいチームを作ったのに)。そして、アギーレ氏との別れ。ハリルホジッチ氏の埼玉シンガポール戦の失態。そんなこんなを愉しんでわけだが、この敵地シンガポール戦で、私はロシアへの道筋をようやく見出すことができたように思う。
 まずは、道筋が明確に見えてきたことを素直に喜びたい。
posted by 武藤文雄 at 00:38| Comment(1) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月23日

サッカー狂が堪能した史上最高の番狂わせ

 「史上最高の番狂わせ」
 この「史上最高」は、必ずしも「ラグビーワールドカップ史上」にとどまらず、「世界スポーツ史上」なのではないかと思えてならないのだが、それは結びに。

 日本ラグビーの関係者すべてに「おめでとうございます」、考え得る最大級の祝意を伝えたい。そして、日本人の野次馬として、その歓喜をお相伴させていただけた事に感謝したい、「ありがとうございました。」 さらには、サッカー狂としては正直羨望している。うん、うらやましい。
 
 幾度か拙ブログに書いてきたが、私の大学生の坊主は現役ラガー。5年半前に高校に進学した際に、それまで9年間続けてきたサッカーからラグビーに転向した。以降、ラガー坊主の試合観戦は、サッカーに浸るのとは別の愉しみとなっている。加えて、坊主の解説を聞きながら、トップレベルのラグビーをテレビ桟敷で堪能させていただいてる。
 もっとも、私のラグビーに対する造詣は限られたもの。学生時代、テレビ桟敷で新日鉄釜石の洞口、千田、松尾、谷藤と言った名手の創造性豊かなプレイに感心。87年の第1回W杯で、フランスのシャンパンラグビーを率いたFBのブランコに感嘆(奔放さがプラティニを軸とする80年代のサッカーフランス代表を思い起こさせた)、この大会のフィジーのパスワークも凄かったな。95年の決勝の南アフリカとNZのドロップゴール以外全く点が入りそうもない試合に、「ああ、ラグビーもサッカー同様、点が入らないからおもしろいのだ」と強引な解釈。以降は、毎冬の日本のトップレベルの試合や、4年おきのワールドカップを、テレビ桟敷で適宜愉しむ程度だった。
 そして、上記の通り、坊主と言う師匠を得て、観戦頻度が高まってきたのが、ここ数年。2011年の決勝の1点差の緊迫感を、坊主の解説で堪能したのは記憶に新しい。

 そのようなサッカー狂から、この「史上最高の番狂わせ」を語ってみたい。ピントがずれいている事も多いかもしれない。それで、不愉快に思うラグビーファンの方々がいたら、ごめんなさい。

 まず守備がすばらしかった。南アフリカは、体格のよい選手が多く、それを前面に出して戦ってきた。それに対して、ジャパンは低いタックルで対抗、敵のスピードが鈍ったところで2人目がつぶしに行く。愚直にこれを繰り返し、ゴールライン前で南アフリカの攻撃をつぶし続けた。
 許したトライは、ラインアウトからのモールから2本、大型FWを第一波で止め切れなかったのが2本。いずれも、体重差を活かされ「ちょっとどうしようもない」と言う印象。
 単純なモールでの争いに持ち込まれると、体重差が如実に出てしまうのは言うまでもない。そして、後者2発は、100kgをはるかに超える超大柄な選手が機敏なフットワークを見せ、止められなかったもの。そして、「どうして、あの巨体があれだけ機敏に横にも動けるのだ!」と感嘆させられた。
 言わば、この4トライは、南アフリカとジャパンの、現時点の(あくまでも現時点の)資源力の差なのだろう。 しかし、リーチマイケルと仲間たちは、その資源力の差にじっと耐え、4トライに押さえたのだ。

 ジャパンのミスの少なさも信じ難い。素人の私が把握できた大きなミスは以下の3つに止まった。なお、ここで言う「大きなミス」とは、その選手の能力を考慮すれば当然できるべきプレイをやり損ねた、あるいは明らかな判断の誤りがあった、ケースを指している。
 1つ目は、前者のやり損ね。大黒柱の五郎丸が2本目のペナルティを外した事。これは、ちょっと衝撃だった。普段の五郎丸ならば、楽々決める位置だったからだ。やはり、想像を絶するプレッシャがかかっていたのだろう。しかし、五郎丸はプロフェッショナル中のプロフェッショナルだった。3本目以降、次々と難しい位置からのキックを淡々と決め続けた。勝利が確定した後のキックを外す人間くささを含め、完璧な出来だった。
 2つ目と3つ目は、後者の明らかな判断ミス。まず、前半の逆転トライ直後に、主将のリーチマイケルが味方ノックオンのボールを思わずさばいてしまい、オフサイドを取られてしまった事。そして、3つ目は、70分過ぎに、交代出場以降に格段の突破を再三見せていたアマナキが、ラックで明らかに自分より前のボールをさばきオフサイドを演じてしまった事。
 しかしだ。ラグビーはこのようなミスが連発するゲームなのだ。たとえ、弱小国を相手にした強国だろうが、大学生を相手にしているトップリーグの代表選手だろうが、素人から見ても、再三信じ難いミスをする。特にアマナキが演じたようなオフサイドは、結構日常茶飯事だ。これは、ラグビーが激しい肉体接触を伴う、格闘性の高い競技の故だと思っている。ラックやタックルにおける、純粋に身体のぶつけ合いの連続は、時にどんな大選手からも「冷静な判断」の機会を奪ってしまうのだ。少なくとも、このようなタフな試合で、素人の私が認識できる明らかな判断ミスが、たったの2件だったのは、すべてのジャパン選手が冷静に戦っていたのかの証左と言うべきだろう。
 一方、南アフリカは自陣で再三、明らかな判断ミスから、ジャパンに再三ペナルティキックの機会を提供してくれた。特に多かったのが、ノット・ロール・アウェイ、ジャパンがラックでボールをキープして、そのボールを受けようとして接近する選手とボールの間に寝そべり続ける反則だ。おかげで、五郎丸が次々とペナルティキックで加点できた。

 そして、ジャパンのトライ。
 まず前半のトライ。敵ペナルティを利して、敵陣深くでのラインアウト。そこからモールに持ち込んでのトライ。このモールには、立川から松島からバックの選手が次々に加わり、体重差を人数差で凌駕する事に成功した。見事な作戦勝ちと言えるだろう。日本の高校ラグビーでは、「スクラムは1.5mしか押していけない」と言うルールがあるため、モールを強化する傾向があると言うが、それがこの大舞台で見られたのだから愉快だった。
 2本目のトライ。正にパスワークの妙味。松島のパスを受けた五郎丸の外に、もう1人選手がいた事でわかる通り、完全に南アフリカを崩し切った美しいトライだった。ここの仕掛けは前半から、再三鋭い前進を見せいてた立川が、この場面は「縦に出るぞ」とのフェイントから、パスを回した事による。正に、ここまでの68分間の伏線が活きたトライだったのだ。いや、本当に見事なトライでした。

 29対32のまま、時計は回り、ノーサイドが近づいてきた。ジャパンは、冷静にボールをつなぎ、南アフリカゴールライン近傍まで攻め込む。そして、79分、モールでの逆転トライ狙いに対し、南アフリカは明らかに自らモールを崩す。素人目には、認定トライが妥当に思えたが、主審はそう判断しなかった。これは主審にも同情する。「史上最高の番狂わせ」を、自らの判断による認定系の得点とするのは、耐えられなかったのだろう。
 それでもジャパンは、丁寧にボールを保持し、回して、とうとう崩し切った。この最後の時間帯、おそらく5分を超える間、15人すべてがミスをせずに、格段の意思疎通で戦い切ったのが、また素晴らしかった。
 試合終了後、勝因を聞かれたリーチマイケルが、迷わず一言「フィットネス」と答えていたが、この日に合わせて鍛えぬき、体調を揃えていたジャパンは、最終盤に体力でも判断力でも技術でも、南アフリカを圧倒していたのだ。そして、選手達もそれを自覚していたのだろう。80分経過後にジャパンに提供されたペナルティで、キックによる同点ではなく、ボールをつないでの逆転狙いを選択した事が、「あくまで勝ちを目指した勇気」として称える向きが多いようだ。しかし、リーチの選択の最大の理由は、(シンビンによる敵の人数不足を含め)ボールを回して逆転トライできる可能性が、異様なプレッシャ下で角度のない所から難しいキックを狙う仕事を五郎丸1人に託すより確率が高い、と言う事だったのではなかろうか。

 そもそも、「ラグビーと言う競技は、番狂わせが起こりづらい」のが常識と言われている。その最大の理由は、戦闘能力の劣るチームが守備を固めて失点を最小限に押さえる事そのものが厄介だからだ。それは、ラグビーがサッカーと異なり、フィールドの幅全体を守らなければならない事、特にフィジカル差が顕著な場合にラインを上げて守る策が採れない事、パスを回して時間を稼ぎ疲労しない手段が採れない事(ラグビーにおける「キープ」は、パス回しではなく、最も身体を張らなければならないラックなのだ)などによる。だから、現実的に、サッカーのように、「守備を固め失点を最小に押さえ、少ない好機を活かす」と言うやり方が使えないのだ。
 実際、この日のジャパンは、上記したように水際立った守備を見せ、沈着冷静にファウルを最小にした。それでも、32点奪われた。そのくらい、ラグビーの守備と言うものは厄介なのだ。それでもジャパンは勝った。粘って、粘って、粘って、失点を32点に止め、しっかりと計画した攻撃で、その失点を超えた得点を奪ったからだ。素晴らしい。

 と、ここまで書いてきて思った。そもそも、この日のジャパンの80分間の試合内容を見ても、体格差で押し込まれる場面は多々あったが、局面局面では負けていなかった。そのくらい、戦闘能力面でも際立った内容を見せてくれていたのだ。
 つまり、エディー・ジョーンズ氏と言う格段の指導者が、リーチマイケルとその仲間達を的確に指導し、選手達も能動的に自らを鍛え抜いた。その結果、過去の実績からは「弱者」としか言いようのないジャパンは、南アフリカに対し互角近くに戦える戦闘能力を具備できたのだ。もはやジャパンは「強者」である。

 リーチマイケル達の冒険は始まったばかりだ。スコットランド、サモア、USA、彼らに対し2勝以上を挙げ、ベスト8に進むのは、不可能ではないが、決して容易ではないミッションだ。きっと、彼らはやり遂げてくれると確信しているが。しかし、目標のベスト8を実現できる、できないは別にして、既に彼らは歴史を作ったのだ。
 それは「史上最大の番狂わせ」に止ままらない。
 エディーさんとリーチ達は、この南アフリカ戦で、「過去の実績は『弱者』でも、鍛錬と創意工夫で『強者』に勝てる」と言う事を、具体的に示した。つまり、ラグビー界の「番狂わせが起こりづらい」と言う常識そのものを、否定する事に成功した。彼らは、そのような意味でも、歴史を作ったと言えるのではないか。
posted by 武藤文雄 at 02:21| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月19日

クラマーさん、ありがとうございました

 デッドマール・クラマー氏逝去。
 いつかこのような日が来るのはわかっていたし、90歳での逝去と言えば、天寿を全うされたと言う事だろう。心からご冥福をお祈りします。そして、ありがとうございました。

 ともあれ、自分なりの想いを書かなければなるまい。

 コーチとしての日本サッカーに提供していただけた直接的貢献は言うまでもない。東京五輪準備段階からメキシコ五輪まで、断続的に日本代表長沼監督を補佐する形態で指導、メキシコ五輪銅メダル、あるいは釜本邦茂。
 その技術指導の見事さは、直接指導された方に語ってもらうほうがよかろう。

 まずこの方から。
(前略)社会人、大学生が対象だったが、(中略)山城高校から二村、長岡、ぼくの三人が、特別参加した。(中略)
 「そこの大きいの。ちょっと出て来て」
 集団の中からぼくが引っ張り出された。
 ポーンとボールを投げてよこす。ヘディングだ。威力のないボールが少しそれて返っていく。
 クラマーさんが今度はやる。びっくりするほど加速されたボールが、投げたぼくの手元へ”バシッ”と戻ってきた。
 トラップ、トップスピードのボール扱い。うまくいかない。小さな男は、見事にやってのけていった。
「この男のようにしちゃいかん」
 まるで、悪いほうの見本にさせられて、ぼくはがっくりするとともに
”何てすごい人なんや、こんなすごい人がいるんか”
 驚きを、どうすることもできなかった。
 ボールをもらい、トラップして、くるり振り返ってパスを出す。
「いかん、いかん、ロスが多過ぎる。こうやるんだ」
 すごい早さで、正確に、クラマーさんは何でもやってのけた。
(釜本邦茂著、「ゴールの軌跡」より)


 次にこの方。
 ユース代表の合宿地、デュイスブルグのスポーツ学校へ行くと、DFBのコーチ、クラマーが受付でわたしを待っていた。(中略)
 クラマーはわたしにサッカーの戦術をくわしく講義してくれた最初のコーチだった。黒板に向かい、白ぼくで線を引き、一人ひとりの選手の動きを書いた。どうやったらプレーヤーがフリーなポジションを作れるかを説明した。ボールを持っていないときの、プレーの重要性を強調した。
 クラマーの講義は、わたしには目新しいものではなかった。というのは、それがわたしがいつもやっていた方法だったし、自然で合理的なプレーのやり方だったからである。
 ただ、わたしにはクラマーの話し方は印象的だった。彼は非常に具体的に話したので、彼の言葉はわたしの頭の中にしっかりときざみこまれた。
(フランツ・ベッケンバウアー著、鈴木武士訳、「わたしにライバルはいない」より)


 もっとも。クラマー氏が日本サッカー界に残してくれた功績は、上記の直接的なものより、これから述べる間接的なものが大きいのではなかろうか。東京五輪後の5提言はあまりに有名だ。
1. 国際試合の経験を数多く積むこと。
2. 高校から日本代表チームまで、それぞれ2名のコーチを置くこと。
3. コーチ制度を導入すること。
4. リーグ戦を開催すること。
5. 芝生のグラウンドを数多くつくること。

 考えてみると、この50年間に渡り、日本サッカー界はこの提言の実現を粛々と目指し、今日の繁栄を得たように思えてくる。そして、我々はドイツのようなサッカー大国にある程度は近づく事ができた。しかし、こうやって近づく事ができればできるほど、明確で具体的な差が見えてくる。
 1975年にクラマー氏は、ベッケンバウアやゲルト・ミュラーを擁しバイエルンミュンヘンを率い、欧州チャンピオンズカップ(チャンピオンズリーグの前進)を制した。その折に「人生最高の瞬間ではないか」と問われ、「最高の瞬間は日本がメキシコ五輪で銅メダルを獲得したときです。私は、あれほど死力を尽くして戦った選手たちを見たことがない。」と語ってくれたと言う。40年前の当時、日本代表がドイツ代表(当時は西ドイツですな)と、互角に近い戦いができるとか、多くの日本人選手がブンデスリーガで中心選手として活躍するなど、誰も想像できなかった。確かに我々は接近する事には成功したのだ。
 けれども、日本代表がドイツ代表と互角の戦いを演じ、(例えばバイエルンミュンヘンのような)欧州の本当のトップレベルのクラブで日本人が大黒柱として活躍するためには、まだ「何か」が足りない。この「何か」を埋めるためには、我々はクラマー氏の教えを追うのみならず、我々独自の手段を考え抜き、行わなければならないのではないか。
 氏の訃報を聞き、そんな事を考えた。

 ただし、氏の提言を乗り越える際にも、氏の教えは有効だ。氏は、銅メダル獲得直後に「試合で勝った者には友人が集まってくる。新しい友人もできる。本当に友人が必要なのは、敗れたときであり敗れたほうである。私は敗れた者を訪れよう。」と語ったと言う。これは人生にとっての箴言なのは間違いないが、サッカーに絞って考得たときに、あまりに重い意味を持つ。勝った時の友人のいかに多い事か。
 優れた師を持てた事を誇りに思い、粛々とサッカーを愉しんでいきたい。繰り返します。ありがとうございました。
posted by 武藤文雄 at 17:52| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月13日

ベガルタ久々の勝利

 ベガルタはユアテックで、山雅に3対1の逆転勝ち。前半は絶望的な酷い内容だったが、後半よい攻撃が復活し、幸運にも恵まれた勝利。ともあれ、実に久々の勝ち点3、素直に喜びたい。

 それにしても、ベガルタの前半の戦いは酷かった。言い方を変えると、山雅がとてもよかったと言う事になるのだが。
 山雅は、ベガルタに後方からの高精度ロングボールを入れさせない事を狙い、ベガルタDFのみならずGKの六反にまで前線から極端なフォアチェックを仕掛けてくる。ベガルタが自陣奥深い所で得たスローインにも、マンマーク気味に投げ手を囲む。さらにCBの石川、鎌田、ボランチの金眠泰がパスの相手を探し、ボールの動かしが小さくなった瞬間を狙い、後方あるいは側方厳しいプレス(と言うよりはタックル)を仕掛ける。ベガルタ、特に金眠泰はこの山雅の厳しい前線守備に完全に浮き足立ち、前半は完全に山雅ペース。まあ、阿部吉朗のチェーシングと、身体を巧みに入れてのいやらしいキープ。このようなベテランの妙技には感心させられたけれど。
 山雅の攻撃もさすが。精度が悪くても、前に出てくる菅井と、軽率な二見(後述します)の両サイドバックの裏に、精度が欠けてもロングボールを放り込み、ベガルタ陣深くのスローイン獲得を狙う。そのスローインからの攻撃が多彩。岩上のロングスロー、あるいはそれをフェイントにして後方に投げてのダイレクトクロス、逆に岩上に近づいた選手に低く速いスロー。その課程は様々だが、いずれも最終的な狙いはセットプレイ時のベガルタのゾーン守備網の外側、そこに長いクロスを入れて、折り返しで揺さ振る。失点時もその典型。ベガルタ右サイド(以下、左右はすべてベガルタから見て)、上記したロングスローを装い後方に投げられたボールを左サイドにクロス。そのクロスへの二見の稚拙な対応から崩され、起点のスローインを投げた岩上(つまり右サイドから進出してきた)にフリーで決められた。
 さすが、反町康治。この2週間、丹念にこの試合に向けて準備を重ねてきたのだろう。そして、この陰々滅々とした采配を行う名将の指示を的確に実行する山雅イレブンの見事な事。「いや、敵ながらあっぱれ」とは感心するが、ベガルタイレブンの情けなさはどうだ。「あの用意周到な監督が率い、敵地では完全に作戦負けを喫したクラブと、下手をすれば降格争いに巻き込まれる難しい直接対決を戦う」と言う自覚があったのか。山雅が執拗に当方の長所を消し、弱点を突いてくるのは、わかり切った事ではないか。それを、ただただオロオロして前半45分間を終えるとは。

 後半、さすがに修正が行われた。敵のフォアチェックが厳しいと言う事は、それを外せばフリーの味方を見つけやすい、と言う事になる。そのためには、Think before を徹底し、素早くボールを回す事が肝要。ハーフタイムに渡邉監督に叱られたのだろうか、前半ガタガタだった金眠泰が積極的にボールに触る。これにより富田も楽になる。そして、奥埜がよく右サイドに斜行し頻繁に梁に絡み、右前方に張る菅井を使い、右サイドで数的優位を作り、崩す形が出てくる。その結果、山雅守備陣が右に寄ると、老獪な野沢が左サイドで落ち着いたキープを見せ、金園、二見を使って崩す。そうやって両翼に起点ができると、クロスを上げるフェイントから、ペナルティエリア内に走り込む奥埜を使った中央突破も有効になる。
 そうこうしているうちに、石川のグラウンダのフィードを二見がスルー、その結果野沢がフリーでボールを受け、ニアへの低い好クロス。山雅のGKとDFの連係ミスからこぼれたボールを丁寧に金園が押し込み同点。
 その後も、攻勢をとるベガルタだが崩し切れない。逆に、中盤での混戦から、身体を張り切れずにボールを奪われ、山雅の速攻にも悩まされる。オビナに完全に抜け出された事もあったが、六反が落ち着いて防いでくれた。ベガルタが上位を伺おうと言うならば、どんな相手にも球際の競り合いは負けないにしなければ。
 終盤、野沢に代わって起用されたばかりの金久保が、左サイドから、いかにも彼らしい鋭い切り返し後、右足でファーサイドに好クロス、DFと競り合った後の金園の強引なシュートが敵自殺点を招き(公式記録は金園の得点)、とうとう逆転に成功した。さらに前掛かりになった山雅の裏を突いたハモンの強烈なミドルシュートが決まり、3対1。苦労を重ねた試合だったが、逆転勝利を収める事ができた。

 実際、前半を0対1で終えられたのは、ベガルタとしては幸運だったとしか言いようがない。たとえば、石川が山雅のチェックでボールを奪われ、抜け出そうとした山雅のFWを鎌田が倒した場面は、退場とされてもおかしくなかった。まあ、六反の的確な位置取りを中心に、悪いなりに各選手が自陣でよく身体を張った成果とも言えるけれど。
 一方で、前半あまりにベガルタが酷過ぎたため、山雅はやりたい事がすべてできたように見えた。ところが、その結果、山雅の策が前半で出尽くしてしまったのではないか。そのため、後半ベガルタが攻勢をとりやすくなった。たまには、このような幸運が訪れると言う事かもしれないな。
 また、二見の起用はいよいよ考えどころ。1つのプレイが切れた後に、動きを止めてしまい、修正が遅れるのがこの選手の大きな欠点。失点時はその典型で、右サイドからのサイドチェンジで数的不利となり振り切られた直後、富田がカバーリングに入る。ところが、二見は棒立ちになり、富田のカバーが遅れる。その結果、山雅に精度の高いクロスを上げられてしまった。たとえば、左CBの石川の後方にロングボールが入り、石川は自陣に向けてそのボールを追う。当然山雅のFWは石川を追走する。二見は左タッチ沿いを戻る訳だが、石川からのパスを受けやすい(石川がパスを出しやすい)ように、石川に近い深さまで後退しなければならないのに、途中で止まってしまう。そのため、石川は追走してきた敵FWのプレッシャを感じながらのパスを余儀なくされ、展開が遅くなってしまう。このような小さな配慮の積み重ねが、よい展開を作る事につながるのだが。ファウルが多いのも、修正の遅さによるものだ。こう言った欠点は、昨シーズンの入団以来、残念ながら改善はあまり見られない(もちろん、この日は執拗に狙ってくる反町氏が故に、弱点が目立ったのだが)。幸い、蜂須賀が左サイドで機能(いや、利き足でない左を意識しなければならないためか、蜂須賀は右サイドより左サイドの方が機能するようにすら見える)している事もあり、二見に拘泥する必要もないようにも思えるのだが。ぜひ、二見には、私に謝罪の機会を提供して欲しい。
 逆転したものの攻撃面の改善点もまだまだ多い。同点、逆転それぞれの金園は見事だったが、相手のミスが関与していた。3点目は敵守備の前掛かりを突いたもの。いずれも、敵守備を能動的に崩し切ったものではなかった。攻撃にはもっともっと変化が必要だ。ポイントになるのは、奥埜の使い方だと思っている。奥埜は後方に下がりながらターンもできるし、トップスピードで前進しながら正確にパスを受ける事もできる。両サイドに起点を作り、奥埜にペナルティエリア内で前向きにボールを受けさせるパタンを充実させる事がポイントではないか。そう言う意味では、勝負どころの77分に奥埜をハモンと交代した渡邉氏の采配も、個人的には不満だ。

 と、色々文句を言ったけれど、文句を言い続けられるのもサポータ冥利と言うもの。次節は強敵アントラーズとアウェイゲームか。簡単な試合にはならないだろうが、間違いなく上向きのチーム状況。粘り強く戦い、勝ち点奪取を期待したい。
posted by 武藤文雄 at 16:13| Comment(2) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月05日

ハリルホジッチさん、わかっているよね

 ハリルホジッチ氏はアジアを舐めている。
 シンガポール戦にせよ、この北朝鮮戦にせよ、相手の能力を軽視し、自分の都合だけで試合に臨んでいる。さらに、状況の悪さの修正を怠っている。
 誤解しないで欲しいが、私はアジアサッカーの特殊性を指摘しているのではない。むしろ、正反対だ。日本の戦闘能力はアジア屈指だから、シンガポールが守備を固めてくるのも、北朝鮮がシンプルだが高さを前面に押し立ててくるのも当然の話。これはレベルこそ違え、ドイツやアルゼンチンが各大陸の大会で苦労するのとまったく同じだ。それに対して、的確な準備をせずに試合に臨み、しかも試合中に修正ができていない。これだけ実績のある監督だけに、この2試合の失態は、氏が「アジアを舐めている」が故としか思えないのだ。

 開始早々、右サイドバックに起用された遠藤航の好クロスを、敵DFを振り切った武藤雄樹が押し込んだ。五輪代表の主将と、今シーズン「化けた」攻撃タレントが、それぞれ初代表で得点に絡んだのだから、誠にめでたい展開となった。もちろん、私の歓喜はそれに止まるものではないが。立ち上がりに失点した北朝鮮守備陣がやや腰が引けた事もあり、日本はその後もリズムよく攻める。しかし、2点目が決まらない。それにしても、川又の謎の反転、永井の逸機、いずれも柳沢クラスの味わい深さだったな。
 そうこうしているうちに、北朝鮮も攻め返してくる。単調ではあるが、ハイクロースをドガーンと上げ、複数の選手が飛び込んでくる、いかにも北朝鮮らしい攻撃だ。しかし、日本も森重が安定しており、落ち着いて北朝鮮の攻勢をはね返し好機を作らせない。ただ、問題は1度奪ったボールをキープできない事。せっかく森重や遠藤が敵のクロスをはね返しても、どの選手も前に前に急ぎ過ぎる。それでも、トップの川又がボールを収めてくれれば、早く前にボールを出した意味が出てくるが、川又はそのような選手ではない。そのため、簡単に北朝鮮にボールを奪われ、再度クロスが上がってくる。いかにも暑そうな天候なのだから、少しは楽をするためにゆっくりプレイをすべきだと思ったのだが。
 それにしても、(アルビレックス時代からわかっていたが)川又は、ボールを収めるのが不得手な選手だ。前半、中途半端にハーフウェイライン近傍に戻ってきて後方からのフィードを収めようとして、ダイレクトパスで北朝鮮MFに落とし、北朝鮮の逆襲の起点となった場面には笑った。毎週少年団で、CBをやっている子供達に、「フリーの味方を探しておいて、出足よく飛び出し、その味方にパスが出せれば最高」と指示しているのを思い出したりして。
 さらに永井の不振も残念だった。守備のために後方に下がった所で、味方からパスを受けても、どうしたらよいかわからないのだ。やはり、この選手はトップにおいて、元気にDFラインの裏を狙ってもらうのが適切に思えてくる。もっとも、この混乱はこの選手がグランパスと言うクラブ(潤沢な予算で常に強力なFWを多数所有している、だから永井を最前線ではなく、サイドで機能させようとする)を選択した事から始まっているのだが。

 後半序盤に、明らかに温存していた柴崎を起用。しかし、交替するのは機能せずもがいている永井や川又ではなく、宇佐美。まあ、確かに宇佐美の温存も必要ですがね。これによって急ぎ過ぎは改善されて試合は小康状態に。さらに、川又に代えて興梠が起用された頃には、後方の選手は皆相当疲弊してしまっていた。そうなると、もうラインを上げられなくなっており、北朝鮮としては後方からドガーンが増々やりやすくなっていた。だからと言って、あの2失点の無様さが割り引かれるものではないが。それにしても、あの時間帯までドガーンをちゃんとはね返していた森重は悔しかろうな。でも、これはCBと言うポジションの宿命なのだ。

 FIFAランクのような形骸的なランクに捉われなければ、北朝鮮と中立地で戦えば難しい試合になる事は自明の事だ。しかも、選手達は皆、先週土曜にJリーグで死闘を演じている。さらに、報道によると、現地の暑さは相当との事だ。とすれば、常識的に考えれば、できるだけスローテンポの展開にして、疲労を最小にする事が肝要。加えて、北朝鮮がドガーンしてくるのは予想できるので、ラインを上げられる戦いにする、などの策が適切なのは言うまでもない。
 しかし、スタメンそのものがおかしい。前の4人は、永井、川又、武藤雄樹、宇佐美。何と言うか、50年以上前に世界の主流だった4-2-4を思い起こすよね。前線の4枚に、持ちこたえたり、時間を稼いだりする選手が、誰もいない。私はどうしても武藤雄樹を中心に語るから、川又や永井でなく、丁寧に持ちこたえる興梠のようなタレントと併用して欲しかったと書く。一方で、川又や永井からすれば、「武藤雄樹ではなく興梠なり倉田と併用してもらえれば」との思いもある事だろう。要は各選手の特長を活かす起用となっていないのだ。この軽率なスタメン選択は、シンガポール戦直前のイラク戦で、攻撃ラインで最も立場を確保できていない香川の交代選手を試さず、総とっかえをした事で準備の好機を逸したのと同じだ。
 そして、上記の通り、試合展開が思わしくないのに修正を怠る。これも、シンガポール戦で、香川がフラフラと前線に位置取り岡崎の妨害をするのを放置したのと同じだ。
 ハリルホジッチ氏の実績を考慮すれば、的確なスタメン選考や交代選手準備、試合の流れからの修正が、しっかり行える監督なのは間違いないだろう(ね、そうですよね、大丈夫ですよね)。それを、公式戦で2度も無様にやり損ねるのだから、アジアを舐めているとしか思えないのだ。
 何となくだが、FIFAランキング、あのいいかげん極まりないFIFAランキングだけを見て、「この相手には楽に勝てる」と考え、試合に臨んでいるのではないかと思えてくる。10年ちょっと前に、大変愉しい思いをさせてくれたフランス人がいたけれど、この教条主義のところ、そっくりに思えて、何か嬉しい。いや、腹が立つ。うん、「だからサポータはやめらなれない」と言えば、それまでだけれどね。

 もちろん、氏が就任直後と言う事もあり、各選手が「この監督に対し、どこまで指示を忠実に守らなければならないのか」を計りかねている事もあるだろう。試合を観た限りでは、シンガポール戦では太田と酒井の両サイドバックは攻撃参加の自重を求められていたのだろうし、北朝鮮戦では「皆早く攻めろ」と指示をされていたのだろう。監督の指示に対して、いかに柔軟に対応するかは、選手の判断力の見せどころ。けれども、マスコミ報道を読む限り、「俺の言う事を聞かない奴はクビだ」的な発言もあるようだから(あれは対マスコミ、いや対スポーツ新聞へのリップサービスで、実際には違っていたら、ごめんなさい)、選手も判断に苦しんでいるのだろう。しかも、今回のチームは代表での実質的な実績、経験がある選手は、森重と蛍、それにまあ柴崎くらいしかいない。この3人が立場をよく理解し、ピッチ上でのリーダシップをとってくれれば嬉しいのだが。

 前期終了後、謎の1週休みの日程を組み、水曜の試合を2週入れたJリーグ首脳が愚かなの言うまでもない。日本代表の強化のみならず、各クラブの観客動員収入をも妨害する、歴史的愚策である。けれども、そう言う事は、大会前に大騒ぎする必要があるのだ。上記したフランス人のように。そのあたりも、ハリルホジッチ氏がアジアを舐めていると言う事なのかもしれない。

 まあ、いくら何でも韓国相手に、舐めた態度はとれないだろうから。うん、とにかく韓国に勝ってくれればいいよ。
 わかっているだろうな。おい。
posted by 武藤文雄 at 00:41| Comment(4) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月29日

結果は悩ましいが、内容は悪くない、このままでよい

 ベガルタはユアテックで、レイソルに痛恨の敗戦。ホームグラウンドで3連敗、折り返し以降獲得した勝ち点は僅かに1。何とも悩ましい。
 とは言え、この敗戦は、年に1回あるかどうかと言う不運が訪れたものだった。それなりの時間帯で攻勢をとり、少ないながらも好機の数で上回り、0対0で試合を進めながら、87分にCKから失点したのだから。確かに、このような敗戦はつらいものだ。しかし、内容は悪くなかった。こう言う時こそ、ブレずに良質な内容を継続する努力を積むことが肝要だ。
 試合間隔が1週あいた事もあり、前節のヴィッセル戦とは異なり、運動量も相応に復活し、前線からの組織守備もよく機能した。よい準備が行われれば、今のベガルタはよいサッカーをする事ができる。前半は良好な中盤守備で攻勢をとり、セットプレイを軸に幾度か好機をつかむ。後半の序盤こそレイソル大谷の気の利いたキープから劣勢を余儀なくされた。けれども、後半半ば過ぎからはレイソルの中盤が疲労した事もあり、再度攻勢を取り返した。しかし、どうにも崩し切れぬまま終盤となり、上記87分を迎える事となった。まあ、こういう試合もある。

 両サイドバックが代わったも大きかった。左サイドは石川が負傷癒えて復活。右には久々に多々良が起用された。石川はチームの大黒柱で、野沢や富田との的確な連係で好機を演出すると共に、守備ラインの安定をもたらした。多々良も久々の起用だったが、己の地域を丁寧に守ると共に、前線に上がれば的確な判断で攻撃を組み立て、上々のプレイだった。
 前節までの蜂須賀、二見は、それぞれ大卒3、2年目。共に昨シーズン大きな負傷から復活し、近い将来のベガルタを支えて行く事を期待されている選手達だ。2人とも、日本のサイドバックとしては大柄で、体幹の強さも上々、前進しながら 角度のあるクロスを蹴る事ができる。しかも二見はロングスロー、蜂須賀は両足での強く角度のあるキック、とそれぞれ他にはない長所も持っている。ただ、2人とも判断力に課題がある。守備面では時々強く前に行き過ぎてあっけなく敵に外されてしまう事があるし、攻撃面でも敵がしっかり守備を固めてきた時に落ち着いて回し直せばよいのに焦りから軽率なミスパスでボールを失う事が再三。この2人に切歯扼腕し、成長を期待するのも今シーズンの大きな愉しみの1つだが、このレイソル戦に関しては、石川と多々良の好プレイを素直に喜ぶ事としよう。

 確かに、セットプレイでいくつか掴んだ好機を当方がしっかり活かせていれば勝てていた事だろう。一方で、それなりに攻勢をとりながらも、思うように好機を作れなかった。レイソルの守備がよかったが、当方の攻撃には、まだまだ変化が足りないのだ。

 ここから渡邉氏はどう積上げて行くか。
 1つは攻撃の人数を増やす事。これについては、菅井がベストコンディションを取り戻せば一瞬で解決する。しかし、菅井もそれなりの年齢になった。となれば、やはり金眠泰に期待したい。このスケールの大きな、(しかし少々オッチョコチョイの)タレントには、菅井に学び、もっともっと大胆に飛び出す時は飛び出して欲しい。あるいは、渡邉氏はもっともっと金に、そのような指示を与えて欲しい。金眠泰と言う上下動を苦にしない中盤後方の逸材が、菅井と言う飛び出す事に格段の才を持つ天才と、同じチームで戦う機会を得た事、そしてその場が私のクラブである事を素直に喜びたい。
 野沢の使い勝手の悪さも悩みの1つだ(あるいは最高の思考実験だ)。前節のヴィッセル戦のCKなど、セットプレイの駆け引きや精度は、今なお日本屈指。さらに時折見せる、独特のタイミングで敵の隙を突くパスは、精度といいタイミングといい絶妙だ。レイソル戦の前半、石川と見せた左サイドでの組み立てなど、ほれぼれする物だった。しかしながら、この選手は短い時間で爆発的に能力を発揮するタイプではなく、プレイを継続しながら突然ヒラメくところに妙味がある。したがって、スタミナに課題がある事がわかりながらも、できるだけ長い時間ピッチに置いておきたいので、スタメン起用するのが有効と言う事になる。終盤の勝負どころでこの鬼才を、「切り札」として使えれば、これほど嬉しい事はない。渡邉氏はこの課題にも取り組んで欲しいのだが。
 終盤、ハモン・ロペスや金久保を起用して、崩し切る事を狙うのは、渡邉氏が好む終盤の戦い方だ。ただ、2人とも真面目に前に前に行こうとし過ぎる。そのため、終盤の攻めが単調となっている。前の方にフレッシュな選手を使うのもよいが、中盤後方の活性化も必要なのだ。先日も述べたが、梁と富田に拘泥し過ぎるのはいかがだろうか。ここには、ベテランで色々な使い方ができる武井も、後方からいやらしいキープや変化技を使える若い藤村もいる。当然ながら、梁も富田も我々の宝だ。だからと言って、彼らにすべての無理を負わせるのはいかがなものか。特に梁は、今シーズン前のオフ、アジアカップに出場していた事もあり、十分な休養をとり、鍛錬を積み切れていないはずだ。梁を大事に使い、シーズンを通してフル出場してもらう事、いやそれよりも少しでも長くユアテックに君臨してもらう事、それぞれはベガルタと言う小さなクラブにとって、そして我々サポータの歓喜にとって、とてもとても大切な事なのだから。
 一方で、奥埜については限界まで挑戦して欲しい。渡邉氏は、動き回り消耗気味の奥埜を、終盤交替するのがお好みのようだ。確かに、試合終盤の奥埜の疲労感は中々ののものがある。それでも、どんなに疲労していても、奥埜は常に引出し、ボールを受けるや有効に戦ってくれる。そう、交替させる意味はない。そして、まだ20代半ばの奥埜だ、梁や富田のように休養も考慮する必要はない。渡邉氏が奥埜に、タフで厳しい戦いを強要すればするほど、奥埜にロシアが近づくのだから。

 など考えながら、明日の敵地FC東京戦に思いをはせるのは愉しい。ただ、問題は本業都合で、明日味の素に行く時間を獲得できそうにもない事なのだが。相変わらず、人生の目的と手段を取り違えた情けない男だ。
posted by 武藤文雄 at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月20日

杓子定規まで師匠に似とる

 ベガルタはホームユアテックでヴィッセルに1対2で完敗した。不可解なPKを奪われた事もあり、一見不運な逆転負けに見えたが、内実は完敗。連戦の疲労、高温多湿を何ら考慮せず、漫然と試合に臨んだ渡邉監督の責任は重い。

 前半から酷い内容。各選手の動き出しは遅いわ、運動量は少ないわで、後方から苦し紛れの縦パスばかりの攻撃で、全く形にならない。たまに奥埜の粘りで形になりかけるが、後方からのサポートがないため、単発に終わる。金園もよく頑張るが、明らかに切れがない。
 それでも、前半を0対0に終える事ができたのは、ヴィッセルがベガルタのひどさに合わせてくれたかのような単調な攻撃に終始したから。鄭又栄、三原が反応鈍いベガルタMFを出足で圧倒、結果ベガルタDFは遊弋する森岡を捕まえられない。そして、両翼の高橋と相馬がタッチ沿いで再三フリーとなる。しかしながら、マルキーニョスとレアンドロの2トップの運動量が少なく、高橋と相馬も単調なクロスを上げるのみ。おかげで、ベガルタは前半を無失点で終える事ができた。相当な高温多湿の悪環境、相手の出来が悪過ぎたため、ヴィッセル選手にもその悪さが伝染してしまったのだろう。

 後半、ベガルタは先制に成功する。野沢がCKを2本連続でニア狙いを続け、3発目をGK前に蹴り、飛び込んだベガルタ選手がすらしたボールを金眠泰が押し込んだのだ。このあたりのセットプレイの野沢の巧みさはすばらしい。
 おもしろいもので、先制を許した事でヴィッセル選手の反応がガクッと落ち、ベガルタが中盤を制せるようになる。そこで、ネルシーニョ氏は小川と渡邉千真を2枚替えで起用。スピードあふれる小川が再三ベガルタDFラインの裏を突いてくる。ただし、小川のプレイに疲労した他選手が呼応できず、ベガルタDFは何とか守り切る。
 ここで渡邉氏は不思議な采配を行う。リードして、ヴィッセルの選手も疲労気味、しかし小川に裏を突かれてイヤな時間帯。常識的には守備を強化する策をとるべきだっただろう。けれども、最前線で奮戦する奥埜に代えてハモン、先制弾の演出以外ほとんど消えていた野沢に代えて金久保。ハモンも金久保も意欲満々攻撃を仕掛けるが、後方からのサポートが足りず、空回りを続ける。
 そして、中盤で鄭又栄を捕まえ損ね、小川にまたも裏を突かれる。「やられた」と思った瞬間、渡部が見事にスライディングタックルで防ぎ「やれやれ」と安堵したら、東城主審はペナルティスポットを指さした。まあ、このようなミスジャッジはたまにある事だし仕方がない。裏を突かれたベガルタが悪いのだ。
 さらにその直後、CK崩れから速攻を許し、高橋の一撃で逆転される。これはレアンドロ、小川、高橋の連係が見事でちょっと防ぎようがなかった。
 残念だったのはその後。もう富田も梁も消耗しきっており、攻めを焦る金園、ハモン、金久保に有効なボールを提供できず。好機すら作る事ができなかった。終了間際に、金眠泰に代えて山本を起用したが、ボールが出ない状況の改善には全くつながらず。せめて、中盤に藤村を起用して展開を改善する発想はないものか。

 結果的には、ミスジャッジによるPK込みの逆転負け。何となく不運に思えるが、落ち着いて考えると、高温多湿の連戦に特別な対処をしなかったが故の完敗だった。敗因は渡邉氏の采配そのものだったのだ。
 ベガルタの強みは、運動量を活かした組織的な攻守にある。そして、それはスタメンも交代選手も固定化されては、この高温多湿下では実現できないのだ。
 この連戦、菅井の負傷、二見の回復があり、サイドバックだけは菅井、二見、蜂須賀が2試合ずつの起用。しかし、それ以外のスタメンは完全固定。富田、梁、金園は一切交代なし。元々運動量に課題ある野沢と、若い奥埜と金眠泰に代えてハモン、金久保、山本が機械的に投入される交代劇。前線にいくらフレッシュな選手を投入しても、そこにボールが配球されなければ意味はない。上記したが、藤村なり(ようやく控えに入った)石川直樹を投入するなりすれば、状況は改善された可能性はあったと思うのだが。
 私は渡邉氏の監督としての素質を高く評価してきた。けれども、ここまで杓子定規に教条的な采配をされてしまうと、さすがにつらい。

 と、こう書いてきて、何かしら既視感が。たとえば、この試合。疲労困憊の千葉直樹と、今日の富田、梁に、何かしら共通点を感じたのは私だけだろうか。
 己の思い通りにしか試合が展開しないと杓子定規に考えるところまで、師匠を真似る必要はないと思うのだけれども。まあ、よい監督を獲得するためには、相応に失敗経験を積んでもらう必要があると言う事かな。
posted by 武藤文雄 at 00:55| Comment(2) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月19日

3大会連続世界大会決勝進出を称えて

 早いもので、女子ワールドカップ終了から、2週間が経過した。決勝戦およびその後について雑感を。

 まずは偉業を称える。
 五輪を含め、3大会連続での世界大会決勝進出である。言葉にするのも難しい偉業だ。
 男のサッカーに比較すればマイナー競技かもしれないが、女子サッカーを本格強化している国は少なくない。西欧、北欧、北米、大洋州、東アジア、少なくとも10国を超える。その中での快挙だ。
 重要な指摘。北京五倫では、日本はかろうじて2次ラウンドに進出、何とかベスト4に滑り込んだ印象だった。あの大会を観た限りでは、選手達には失礼だが、このメンバで世界のトップに到達するのは容易ないと思ったものだった。けれども、私は間違っていた。ほぼ同じメンバ(戦力的には、熊谷と川澄が加わったくらい)で、3大会連続の決勝進出。これは、各選手達の努力が生半可なものでなかった事を示している。
 実際、この3大会を振り返ってみると、1つ1つの試合の勝ち抜きぶりの鮮やかさには恐れ入る。大会終盤を目指して的確に体調を整え、大会が進むに連れ連係の精度が増していく。正に本当のプロフェッショナルだけが演じられる戦い振りを見せてくれた。 
 もちろん、宮間と仲間たちは優勝しか考えていなかっただろうから、今大会の最終結果は大いに不満だった事だろう。けれども、サポータの我々からすれば、ここまで鮮やか結果を残してくれた彼女たちに、感謝の言葉しかない。
 本当にありがとうございました。

 ともあれ、何とも重苦しい決勝戦だった。
 サッカーの神は(女神かもしれないが)、時にこのような気まぐれを起こす。昨年のドイツ対ブラジルのように。しかし、この日の女子代表にとっては、この苦闘は昨年のブラジル以上に厳しいものだった。それは、その失点劇の直接要因が、選手の個人的ミスによるものだったからだ。最初の3点の岩清水、残り2点の海堀のプレイは、かばいようのない個人的ミス。もちろん、合衆国の攻撃は見事だったし、3、4点目はボールの奪われ方が、あり得ない軽率なものだった等、2人以外にも失点要因はあったのも確かだ。けれども、5失点とも2人が判断を過たなければ防げたものだった。それをあいまいに記述するのは、かえって2人に失礼と言うものだろう。、
 けれども、この2人がいなければ、決勝まで来る事ができなかったのは言うまでもない。いや、ここ数年間の女子代表の好成績はなかった。何とも残酷な現実ではあったが、胸を張って欲しい。
 それでも、宮間達は崩壊せずに堂々と90分間を戦い抜いた。崩壊し切ったまま、3位決定戦を終えた昨年のセレソンとは異なり。見事なものだ。

 決勝で合衆国にしてやられたのは確かだ。しかし、大会終了後の「合衆国が強かった。恐れ入りました」報道には違和感を感じる。
 開始早々のトリックプレイ以降、序盤に失点を重ねてしまったが故の完敗だった。この試合に関しては、相手が強いとか、こちらが弱いとかを感じる前にやられてしまったのだ。。
 4年前のドイツ、3年前のロンドン、正直言っていずれも戦闘能力は合衆国が上回っていた。今回もそうだった、と思う。「思う」と書いたのは、それを確認する前に勝負がついてしまったからだ。4対2に追い上げた以降を含め、好機の数は合衆国の方が格段に多かったのだし。けれども、今回に関しては、敵に感心する事なく敗れてしまったのも確か。戦闘能力差を云々する前に失点を重ね、勝負をつけられてしまったのだ。
 だから、「合衆国にひれ伏す」的な報道に違和感を感じるののだは、私だけだろうか。

 大会終了後、宮間が「女子サッカーをブームではなく文化にする」と見事な発言をした。それを面白おかしく採り上げるマスコミは論外としても、実に重い問題提起なのは間違いない。
 宮間が潤沢なキャッシュを望んでの発言なのはよく理解している。けれども、身も蓋もない言い方になるが、「文化」にすると言う事は、彼女たちに潤沢なキャッシュを提供できる環境を作る事と等価と言わざるを得ない。そして、過去も女子代表が鮮やかな戦いを見せてくれる度に語ってきたが、どうやったら彼女達に豊かなキャッシュを提供できる環境を作れるのだろうか。
 いつもいつも語っているが、なでしこリーグの最大競合は、Jリーグなのだ。冷めた目で語れば、なでしこリーグが定期的に万単位の観客を集める事は不可能に近い。Jリーグでさえ、スポンサを集めるのに四苦八苦している中で、どうやって、彼女たちにキャッシュを落とせるか。
 日本協会が、女子のトッププレイヤを積極的に欧州に送り出す対応を行ったのは、今大会の成功につながったのは間違いない。また、各Jクラブに女子チームを持つように行政指導?をしているのも悪くない。我がベガルタも、レディーズを持たせていただいたし。このような1つ1つを丁寧に実施し、女子サッカーに落ちるキャッシュを増やしていくしかないのだろう。
 このような努力は、この10年来丹念に続けられてきた。それにもかかわらず、女子の好成績と比較して、男の代表チームを揶揄し、偉そうに「カネを女子に回せ」と言う輩が後から後から出てくるは悲しい事だ。それも、通常サッカーの仕事をしていない人ならさておき、日々サッカーで食っている人間にもそう言うのがいるから残念なのだが。

 それはそれとして。「わたしもボールを蹴りたい」と言う、小学生の女の子が増える事が「文化」には重要な事も間違いない。しかしながら、我が少年団には、宮間達の颯爽といた戦いに感銘し「私も蹴りたい」と言う女の子は、今のところ登場していない。
 もし、そのような女の子を増やすノウハウがあるのならば、どなたか教えてください。

 ともあれ。宮間とその仲間たちの颯爽としたプレイ振りに乾杯。
posted by 武藤文雄 at 00:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 女子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする