2015年07月18日

新国立競技場について

 昨今話題となっている新国立競技場問題について。

 40年以上サッカーに浸りきっているが、競技場の事はよくわからない。そりゃ、陸上トラックが無い方がよいとか、傾斜のきついスタンドの方が見やすいとか、屋根があれば濡れなくてよいとか、そう言う意見はあるよ。一方で、屋根があまり大きいと芝の育成の妨げになるとか、どのような構造にすれば入退場がしやすいとか、そのあたりはさっぱりわからない。言うまでもなく、シロートゆえ、何百億円なら妥当だとかの値頃感は、もちろんない。それに加え、どのような外観の競技場がよろしいかなどについての意見もないのだ。

 個人的に外観を見て感動したのは唯一サンシーロスタジアム。90年イタリアワールドカップで、ミラノの街で体感したこの競技場は美しかった。あの四隅を構成する美しい螺旋階段。あの螺旋階段のピッチ側がそのままスタンドの入り口となっているために、階段を一周する度にスタンドの声援が聞こえてくる高揚感。「そうか、競技場と言うものは、こんな素敵な建造物足り得るのだ。」と素直に感動した。この街で堪能した「最後の晩餐」と「ドゥモ」と、そしてこの競技場の感動は、人生の宝物の1つだ。もちろん、そこで演じられたドラマ、バルデラマの妙技、ブレーメの知性、ファン・バステンの絶望なども。
 一方で、後日この競技場がその構造物が故に、芝の生育の問題があると聞いた。こうなると、競技場のあるべき姿の検討は、シロートには荷が重い。したがい、競技場のあるべき姿については、あまり考えなくなった。
 そうなると、話は簡単。私にとって最高の競技場は言うまでもなくユアテックであり、忘れ難い3大競技場は、広島ビッグアーチ(初のアジア王者)、ジョホールバルラーキンスタジアム(言うまでないですね)、そしてスタジアム・ミュニシパル・ドゥ・トゥールーズ(最初のワールドカップアルゼンチン戦)、と言う事になる。
 こう言う人間ゆえ、競技場のハードウェアについては何の意見もない。サッカーさえ見る事ができれば、それでよいのだ。

 もっとも。却下された現行プランがダメなのはシロートでも理解できる。
 このプロジェクトはダメだ。当初予算の1300億円を超過しているのも論外だが、要件が確定せず上限金額が確定していないからだ。あれこれの要件が確定し、施工側が安全サイドの見積もりを提示し、それが高過ぎるならば、問題はあるが仕方がない。
 けれども、本件は違う。最終要件が決まらず、現状の見積もり金額が最上限とは確定していないからだ。屋根やらスタンドやら、不確定要素が多すぎる。再三、「2520億円」と言う金額が報道されているが、シロートから見ても、これが上限金額ではない事が明らかだ。このようなプロジェクトは間違いなく破綻する。
 したがって、現行プランが中止となり、「やれやれ」とは思うが、だからと言って「2520億円」が前提となり、「それ以下の金額なら上々」と言う世論には気をつけたいとは思うけれど。

 一方で、私はしがないサッカー狂だ。五輪など、どうでもよいと思っているのが正直なところ。
 「どうせならば、ラグビーワールドカップに合わせ、球技専用競技場ができればシメシメ」と思っていたのも否定しない。だから、今回の「ラグビーワールドカップに間に合わないのはやむなし」には、少々複雑な思いもある。まして、ラグビー好きの方々の気持ちは考えると、何とも言えない。
 もっとも「シメシメ」は、五倫招致成功時点で諦めざるを得なかったのだろう。五輪の競技場なので、開会式や陸上競技をする必要があるから、陸上トラックは必須だからだ。そうなると「シメシメ」を修正して、「東京五輪のドサクサで、立派な新国立競技場が完成し、できれば五輪後に陸上トラックをなくす改装が行われて球技専用競技場が入手できればシメシメ」くらいは考えていたは確かですが。
 それよりは税金を有用に使うべきだと、考える程度の思考力はあるつもり。だから、「シメシメ」が実現しなくても仕方がない。よい五輪用競技場が完成するのを期待したい。 

 だけれども、あの都心の超一等地、それも幾多の思い出がある伝統的なあの場所の競技場。どのような競技場を作るのが一番よいのか、真剣に考えるべきだとは思う。
 サッカー狂の戯言と言われるかもしれないが、定期的に数万人以上の観衆を集める事が可能な競技は、サッカーあるいはラグビーしか考えられない。その場合、陸上トラックがあるだけで競技場の利用率は下がってしまう。だから、競技場として考えるならば、冗談抜きに将来は球技専用競技場への改造を考慮すべきだろう。
 一方で、巷言われるようにコンサート会場として有用ならば、そう決断すべきだろう。それならば五倫での仮利用の後は、そのようなイベント会場と割り切るのも一案だ。全天候用屋根をつけて、芝生の事など何もも考えず、球技競技場への転用は捨ててしまう。
 ウルトラCとして、日本で最も観客動員が期待できる野球場への転用もあり得る選択肢かもしれない。そうなると、神宮をつぶしてコンパクトな球技専用競技場とか言いたくなるが。
 さらに言わせてもらえば、五輪は味の素スタジアムなり、日産スタジアムに任せ、更地になったあの土地は、いったんそのままにすると言う選択肢も…

 よい機会だと思う。皆でどうすればよいのか、真剣に考える機会なのではないかなと。
posted by 武藤文雄 at 00:39| Comment(4) | TrackBack(0) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月02日

サッカーの母国の歴史的悲劇

 何歳になっても、何試合経験しても、サッカーの奥深さは尽きない。新たな感動と発見を体験させてくれた両国の選手達に感謝の意を表するしかない。
 講釈の垂れようがない結末だった事は確かだ。また日本の選手達、関係者の方々のきめ細かな努力が歓喜を生んだのも間違いない。しかし、ここは敢えて、あの場面およびその直前について執拗に語る事が、自分なりのローラ・バセットへの最大級の敬意ではないかと考えた。

 そもそも。サッカーの言語において、この自殺点は「ミス」と語るべきではないだろう。バセットがボールに触れなければ、至近距離から大儀見がシュートを放つ事ができたのだ。悲劇は悲劇だったが、バセットはボールに触るしかなかったし、川澄のクロスを誉めるしかない。あのような位置関係で、川澄があのボールを入れた時点で、バセットがやれる事は限られており、バセットは的確にそれを行った。それだけの事だ。これは「ミス」ではない。あのような選手の配置関係を作り出し、川澄がタイミングと精度が適切なボールを入れた瞬間に、日本はバセットの悲劇の準備をすべて終えていたと言う事だ。
 もちろん、細かな事を言えば、いくらでも指摘できる事はある。極力自殺点となるリスクを下げるために、ボールを浮かしたり外に出すために、足首のスナップを使えばよかったとか。直前の大儀見との位置取りの駆け引きを工夫すればよかったとか。しかし、そんな詳細まで語り始めたら、サッカーの論評は成立しない。むしろ、バセットは工夫してクリアを浮かそうとしたからこそ、ボールはネットを揺らさずバーを叩いたのかもしれない。いずれにしても、バセットが何か判断を誤った訳でも、技術的な失敗をした訳でもない。オランダ戦の終盤の海堀のプレイとは異なるのだ。
 
 だから、あの自殺点は「ミス」ではない。

 一方、これはイングランドにとっても「悲劇」ではあったが、決して「不運」ではない。日本は能動的にあの状況を作り、日本の攻撃がイングランドの守備を上回ったから、得点となったのだ。イングランドは日本に得点を奪われる状況を作ってしまったのだ。それを「不運」と呼ぶのは、すばらしい戦いを演じたイングランドに対しても失礼と言うものだろう。
 ただし、日本にとっては「幸運」だった。なぜならば、サッカーで最も厄介な「シュート」と言う要素を自ら行う事なく、得点となったからだ。

 さらに、この場面を作り上げたのが、我らが主将の宮間の明らかな「ミス」だった。
 直前の場面を思い起こそう。イングランドが攻め込みを日本DFがはね返し、宮間はほとんどフリーでボールを持ち出す。「よし、速攻につなげられる。」と思った瞬間、信じ難い事に、宮間がボールを大きく出し過ぎ、敵MFにカットされてしまった。速攻をしようとした日本としては恐ろしい瞬間(逆速攻を受けるリスクがあった)だったが、イングランドもボール扱いに手間取り、そこから速攻をされ直す事はなかった。そして、紆余曲折の末、日本DFがほぼフリーでターンできる状態の川澄にボールを出す事になる。
 敵にボールを奪われ速攻を許しそうな場面が訪れた直後に、逆にボールを奪えると、自軍がよりよく速攻を狙える可能性が高い。宮間のミスの瞬間のイングランドは正にそのような状況を迎えていた。ところが、そこでボールを確保し切れなかった。結果として、イングランドの後方の選手の意識にズレが生まれ、結果川澄の持ち出しにつながった。
 その意識のズレそのものは、イングランドのチーム全体の「ミス」だったが、防ぐ事が非常に難しい「ミス」だったのは言うまでもない。あの終盤の難しい時間帯に、確実なマイボールを確認するまで安全をとるか(安全をとり過ぎると、逆にラインが間延びするリスクともなり得る)、勝負どころと見て前進するか(あの時間帯に上がり過ぎるのは非常に危険でもある)、11人全員が極めて高級な判断を余儀なくされる状況だったから。そして、その難しい状況の起因となったのが、日本の大黒柱のずっと単純な「ミス」からだったのだから、サッカーの無常さを感じずにはいられない。

 この「悲劇」は、長らくイングランドの方々に歴史的悲劇として、語り継がれる事だろう。そのような試合をサッカーの母国と戦う事ができた事を、誇りに思う。 
posted by 武藤文雄 at 23:34| Comment(5) | TrackBack(0) | 女子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月30日

柿谷には会えなかったけれど

 ちょっとした私用があり、お休みをいただき欧州を旅する機会を得た。そして、5月29日金曜日、バーゼルFCの2014-15年シーズン最終戦を観に行った。既に優勝を決めているバーゼルが、リーグ最終戦でザンクトカレンをホームに迎えた試合だった。

 バーゼルFCのホームスタジアム、ザンクトヤコブパルクは旧市街の中心地からトラムで15分程度。スイス鉄道のバーゼル駅からも臨時電車で一駅に位置する。20時半キックオフに向けて、夕刻から青赤のウェアを着たサポータ達が、街中で愉しそうに怪気炎を上げており、彼らと共に競技場に向かう。
 余談。幾度も語ってきたが、ユアテックスタジアムは、そのロケーションと言い、構造と言い、そこで演じられるドラマと言い、間違いなく日本最高のスタジアムだと確信している。(ここから思い切りローカルネタですが、仙台市民の方以外で興味あれば、Google Mapでも参考についてきてください)しかし、ユアテックは所詮泉中央駅近傍。仙台の旧市街(笑)からはほど遠い地下鉄の終点。便利な場所ではあるが、街中とは言い難い。しかし、ザンクトヤコブパルクは、仙台で言えば、北仙台や長町に建っている。仙台駅からJRで一駅の場所に、ショッピングモール付きの4万人近くを収容できる競技場がそびえているのだ。仙台市民以外の方々にもわかりやすく言うと、ニッパツ三ツ沢やNACK5大宮のあたりに4万人スタジアムが立っていると、イメージしてもらえばよいか。
 バーゼルはスイス第3の都市と言っても、人口は20万人足らずと言う。そのような街でも、このような超一等地にこれだけの大競技場を持っている。サッカー観戦が文化として定着したのがここ20年の日本と、100年近い歴史がある西欧の都市の差なのだろうか。現在の日本の都市事情を考慮すると、将来に渡りどのような都市でも、このような立地の競技場を持つ事はできないように思う。仕方がない事だが、素直に羨望した。
 ちなみに試合終了後、トラムの大混雑を心配したのだが、対策は十分。数十台のトラムが待機しており、それらが皆バーゼル駅に向かう。旧市街の一角ゆえ歩いて帰る人、スイス鉄道を利用する人などを含め、競技場からの撤退対応もよく準備されている訳だ。

 個人的に、スイスのサッカー界には強烈なライバル意識を感じている。単なる横恋慕と言ってしまえばそれまでだが。何故ならば、この国は、常にワールドカップにせよ、欧州選手権にせよ、たいがい予選は勝ち抜き、本大会で2次ラウンドまで何とか進む(あるいは進めない)。実質的な世界の相対ランキングで非常に近いところにいると思えてならないからだ。たとえ、先方のFIFAランキングが非常に高い現状があるにせよ。
 ついでに言うと、2006年ワールドカップ。1次ラウンドで我々が木端微塵にやられた後、ドイツに残った私は当時小学生だった坊主と1/16ファイナルのスイス対ウクライナを観戦、0対0のPK戦で全員が外すと言う凄絶なスイスの敗戦を堪能させていただたいた。隣に必死に声を枯らして戦い続けたスイス国旗をかたどった服を着ていた60歳過ぎのオッサンがいた。試合終了後、(シェフチェンコへの想いも持ちながら)何となく勢いでスイスを声援していた極東から来た親子2人が席を立つ。オッサンはボロボロと涙を流しながら「Thank you, Thank you 」と握手をしてくれた。本当に本当に羨ましかった。そして、その羨望は4年後にかなえられるのだが。
 スイスとの試合は唯一2007年にオシム爺さん時代に戦っている。PK大乱発のバカ試合は面白かったな。こう言うライバルと、もっと交流を深めたいところだ。

 言うまでもなく、柿谷を見たかった。今期、中々定位置を掴めなかった柿谷だが、(優勝が決まった事もあったのだろう)前節に久々に起用され、何とも美しいループシュートを決めていた。最終節も起用され、眼前で得点する事を期待していた。大体、私が欧州で生観戦すれば、柿谷は点をとる事になっているのだ。と、考えていたが、柿谷は敢えなくベンチ外。
 リーグ最終戦のホームゲーム。さらにこの試合は、クラブのレジェンド、マルコ・シュトレーラの引退試合だった。パウロ・ソウザ監督は、ベストに近いメンバでシュトレーラの最終試合を飾ろうとしたのだろうか。ちなみに、シュトレーラは上記のウクライナ戦でPKを外したのだっけな。
 試合前のウォーミングアップ。柿谷を見られない事がわかって落胆していた私の眼前で、引退するシュトレーラを称えるイベントが始まった。30,000を超える観衆からの暖かい拍手。おもしろかったのは、敵のザンクトカレンの選手達が、そのイベントに全く同調しない事。ザンクトカレンの選手は淡々とアップを続け、ゴール裏2階席に隔離されている敵地から来訪したサポータも、ホームチームのイベントを全く無視し、自クラブへの声援を継続する。1つの作法だな。
 ちなみに、選手紹介やバーゼルの得点時に、スタジアムのアナウンサは選手のファーストネームを大声で叫び、それに続いてサポータ達が姓をコールするのが、このクラブのやり方らしい。たとえばアナウンサが「マルコ〜〜〜〜」と叫び、サポータが一斉に「シュトレ〜〜〜ラ」とコールする。これで日本人選手を応援できたら最高だったが、まあ贅沢は禁物と言うものだ。

 感心したのは、チケットが日本で購入できる事。クラブのWEBサイトのチケット購入ページで、席を指定し、クレジットカード番号を入力するだけでよい。送られてきたメールに添付されたファイルのプリントアウト(バーコードが含まれている)が、チケットとして機能するのだ。これはとても便利だ。手数料の問題はあろうが、国内の試合でスポットの試合を観戦するのも、海外を含めた広い範囲の観客を集めるのにも有効だ。最近の報道で、「FC東京やマリノスが海外からのチケット購入を可能にする」との記事を読んだが、多くのJクラブが真剣に検討すべきだと思う。
 少々驚いたのは、周辺の観客の観戦姿勢。試合の真っ最中に、ビールなどを買うために席を外す観客が非常に多いのだ。今まで、世界中でサッカーを愉しんできたが、トップレベルの試合で、このような経験は初めて。合衆国で野球を観た際が、こんな感じだった事を思い出した(同じ野球でも、日本ではここまで席を外す観客は多くない)。サッカーの愉しみ方は、人それぞれではあるが、ピッチでの熱戦との対比に考え込んでしまった。
 ちなみに、この日の観衆は32,000人くらいだった。バーゼルはスイスで最も人気があると聞いている。観客動員力を日本のクラブと比較するとすれば、やはり浦和レッズと言う事になろう。そして、リーグ最終戦と言うハレの舞台で八分の入りで30,000人越えとすれば、レッズの動員力が上と見るべきか。もちろん、曜日(この日はスイスの祝日でかつ金曜日と言う特殊な日だった)、当該地域の人口、競技場へのアクセス容易性、天候など、多くの比較障害があるのだけれども。
 ついでに言うと、私の席はバックスタンド3階席、スタンドはかなりの急勾配で、3階席でもとても見やすかった。ちなみにチケット価格は、日本円で約7,500円だった。Jリーグでこのあたりと同じ指定席を購入すると、4,000円程度か、つまり倍近い価格となる。もっとも、スイスと言う国は物価が非常に高く、何を買うにせよ、日本の倍以上の値段がかかる感覚だった。まあ、こんなものか。

 さて試合。これが結構微妙な内容だった。ミスが多いのだ。それも、後方でボールを回す際に、コントロールミスが目立ち、それを引っ掛けられる場面が続出。守備陣の奪われた瞬間の切り替えの早さはさすがで、厳しいボディアタックで奪い返すのは見事だったが。乱暴で抽象的な比較だが、厳しいプレスがかかっても回す能力はJリーグが上で、奪われたボールを奪い返す能力はスイスリーグが上、って言う感じだな。
 しかし、自陣でミスを繰り返せばいつか崩れる。実際、そう言ったミスから、バーゼルは引退するシュトレーラが先制。ところが、バーゼルDFも同様のミスを連発し、敢え無く失点を重ね前半は1対2で終了。後半ようやく追いつくが、またもDFのミスから失点し、突き放され2対3。点がたくさん入れば、スタジアムの雰囲気は盛り上がるけれども。
 ホーム最終戦と言う事もあり、バーゼルはメンバ変更で猛攻を仕掛けるが空回りが続く。ザンクトカレンが分厚く守ってくるので、丁寧にサイドチェンジを交えたビルドアップから仕掛けるのだが、最前線の精度に欠けるのだ。この空回りを見ると、「この攻撃ラインにもかかわらず、柿谷は定位置を掴めなていないのか」と複雑な気持ちにはなった。僅かなスペースでも正確にボールをコントロールできる柿谷は、このような事態に最適なストライカだと思ったのだが。
 ともあれ、バーゼルは交代で起用された選手も皆よい選手で、サイドチェンジを繰り返して揺さぶりと圧迫を継続する。このあたりは、両チームの持てる資源の絶対量の差だ。そして、圧力に耐えられなかったザンクトパウリの守備陣が左右の修正が利かなくなった終盤2得点を決め逆転に成功。見事に最終節を飾った。多くのライバルクラブと戦闘能力差がある以上、パウロ・ソウザ氏もわざわざ使い道の難しい柿谷をはめ込む必要がないと考えたのかもしれない。

 外国でのサッカー観戦は愉しい。
 まず選手との出会い。たとえばバーゼルのCBにリーダシップに優れ、前線へのフィードが巧みな選手がいた。よく調べてみたら、あのサムエルだった。こう言う再会は何とも言えず嬉しいものだ。またバーゼルのトップ下のマティアス・デルガドと言う選手は、私にとっては初見だったが32歳のアルゼンチン人。いかにも、アルゼンチンのこのポジションの選手らしい技巧と判断力に富むタレントだった。このような邂逅は堪えられない。
 そして上記クドクドと書き連ねた様々な環境相違の発見。ピッチ上のサッカーを囲む周囲環境は国によって色々異なる。それは、極端に言えば文化の相違によるもの。愛するサッカーを通して観察できる文化相違体験は、とても愉しい。
 言うまでもなく、ピッチ上のサッカーでの発見。この日は優勝決定後の試合と言う事で、少々緊張感に欠けた感もあり、守備のミスからのゴールが多く、大味な試合となった。しかし、サッカーはサッカー。そのような試合でも、スイス独特のスタイルは垣間見え、そこに加わる外国人選手による変化は、常に新しい発見がある。まして、世界のトップを目指そうとする(当方から見ての)ライバル国のトップゲーム故の比較感覚も面白い。
 改めてサッカーの愉しさを堪能する1日だった。
posted by 武藤文雄 at 01:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月29日

上々の折り返し

 ベガルタはホームでグランパスに2-0で快勝。7位、6勝5分け6敗、得失点差プラス7と、そこそこの成績でリーグ戦を折り返す事になった。途中、暗黒の5連敗があった事を思えば、上々の折り返しと言えるだろう。

 グランパスは闘莉王、田口、ダニルソン、矢野ら、経験豊富な選手の多くが負傷離脱中。3-4-3のフォーメーションで守備的な布陣を敷いてきた。とは言え、最前線にはノヴァコビッチ、永井、小屋末と癖のあるタレントが並んでいる。そして、前節は少ないチャンスを活かしてノヴァコビッチの一撃でレイソルに勝利している。ベガルタとしても、慎重な戦いが必要だった。
 ベガルタは金園と奥埜の2トップのチェーシングがよく、それに呼応し最終ラインが的確に押し上げ、ペースをつかむ。グランパスの守備ラインが3DFと言うよりは、5DFと呼ぶのが適切な感じで引き過ぎている事もあり、両翼で数的優位を作れる。左は野沢と蜂須賀、右は梁と菅井。それに加えて、2トップのいずれかが絡み、3人の連係が効果的。金園、奥埜、梁が決定機を掴みながら決め切れず、ちょっと嫌な雰囲気が漂った39分、奥埜が見事な動き出しから右サイド前線でボールを受ける。金園がよい位置に入り込んでいたので、クロスへの対応を意識したグランパス守備陣に対し、奥埜は意表をついたドリブルで内側に切れ込み、走り込んだ野沢にラストパス。梁の陽動動作もあり、全くのフリーとなった野沢が正確にサイドネットを打ち抜き先制。きれいなゴールだった。
 直後左サイドの崩しから、梁がミドルシュート。先ほどの野沢とほぼ同じ場所からだったが、僅かに枠を捉えられず。これが決まっていれば、一方的な展開になっていたかもしれないのだが。
 正直言って、グランパスの引き過ぎは疑問だった。上記の通り、後方の中核選手の多くが離脱しているチーム事情はわかるが、あそこまで引き過ぎるのはいかがだろうか。逆に最終ラインのタレントの個人能力の弱さが前面に出てしまうリスクもあるし、梁や野沢に自由なスペースを与えてしまう事にもなっていた。

 後半、西野氏は動いてきた。DFの竹内に代えて、川又を起用。4-2-4に切り替えたのだ。そのため、グランパスの中盤が薄くなり、野沢と梁の抜け出しが容易になり、ベガルタはさらに攻勢をとれるようになる。ところが、そうなると野沢と菅井が凝り過ぎた軽いプレイを行い始め、攻撃に人数をかけた状況でボールを奪われ、速攻を食らい、再三危ない場面を作られる。幸い、鎌田と渡部の出来が素晴らしく、さらに六反の好セーブもあり、何とかしのぐ。
 「これを続けると、いくら何でも危ない。野沢か菅井を代えるべきではないか」と思い始めた70分あたり、菅井が魅せてくれた。富田の好パスで右オープンに抜け出すや、ダイレクトのサイドボレーで正確に後方から走り込む梁に鮮やかなラストパス。梁は教科書通りの完璧なファーストタッチでボールを受け、ファーサイドに強シュート、「これは決まった!」と思ったものの、楢崎が驚異的な反応を見せる。しかし、さすがの楢崎もCKに逃げるフィスティングまではできず、ボールはピッチ内にこぼれる。そこに奥埜がいた。まあ、菅井の魔術は、凡人の守備的姿勢を遥かに超えていると言う事だな。
 2点差となり、グランパスの動きはガクッと落ちた。ベガルタは野沢→金久保、奥埜→山本と交代し、丁寧に試合をクローズ。贅沢を言えば、もう1点欲しかったし、藤村を使って欲しかったが(3枚目の交代はアディショナルタイムでの菅井→多々良だった)、贅沢を言ってはいかんな。

 完勝を堪能した一夜だったが、楢崎の鮮やかなセービングに切歯扼腕する快感も素晴らしかった。
 的確な位置取り、当方のシュートぎりぎりまで動かない姿勢、老獪な読み。楢崎がゴールマウスにいなければ、大量得点が奪えたはずなのに。しかし、最高級のゴールキーパにありとあらゆる手段で妨害されながらの完勝。もう最高です。
 楢崎のプレイ1つ1つは、日本中のサッカー狂にとっての宝物だ。若いゴールキーパにとってこれ以上の教科書はないのだし。今後も節制を重ね、美しいプレイを見せ続けて欲しい。ベガルタ戦を除いて。

 リーグ戦の折り返し。5連敗しながら、相星に戻しての7位と言う成績は悪くない。
 何より、六反、渡部、金眠泰、奥埜、金園と、新しい選手が完全な中軸として機能している。茂木が調子を崩しているのは残念だが、若さ故の苦闘と前向きに捉えておこう。一方で、ここに来て金久保が試合ごとによくなっている。多々良、山本、藤村も起用されれば相応に活躍している。すっかり選手層が厚くなってきた。
 また、この日何より嬉しかったのは、蜂須賀がよかった事だ。今シーズン、蜂須賀は幾度か守備固めに起用されながら、軽率なプレイで期待を裏切ってきた。ところが、前節左DFに起用されよいプレイを見せてくれた。利き足の右が活かせない左サイドで起用されると、ファーストタッチを強く意識する事になるのが大きいようだ。自分が蹴りやすい位置にボールを置く事を強く意識し丁寧にプレイしてくれた。蜂須賀が左サイドで機能すれば、負傷離脱中の二見にも格段の刺激となる事だろう。
 ベガルタフロントの手腕を高く評価する。もちろん、渡邉監督の手腕にも。昨シーズンの老齢化から脱却する事に成功しつつあるからだ。このまま、全てがうまく行くと思うほど、私はウブではない。でも、これだけ若手、中堅どころが機能しているのだ。楽観的になる私を許してほしい。

 もう1つ。今シーズン、梁勇基が素晴らしいのだ。33歳になった梁、さすがに瞬間加速は往時に比べて衰えてきた。しかし、ファーストタッチの精度が格段で、そこから様々な攻撃が生まれるのだ。上記の2点目はその典型だ。中村俊輔とも、遠藤保仁とも、小笠原満男とも、中村憲剛とも、それぞれ異なるベテランMFとして、梁勇基は格段の輝きを見せてくれようとしている。

 うん、私は幸せだ。
posted by 武藤文雄 at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月17日

ハリルホジッチ氏、罠にはまる

 ひどい試合だった。
 正にサポータ冥利に尽きる試合だった。40年以上にも渡る己のサポータ人生でも忘れ難い、腹が立って仕方のない試合と語っても過言ではないな。ハリルホジッチのバカ野郎。

 前半、香川と本田の厳しいマークに岡崎は苦しんだ。本田が絞って入ってくるのは、このチームのやり方の1つなので、本田がマークを引き連れて岡崎の近傍に入ってくるのは一種の必要悪とも言える。実際、ペナルティエリア近傍で、本田がしっかりとキープしての好機は作れていたのだし。しかし、香川がズルズルと岡崎と同じラインでボールを待ち続けるのは不思議だった。確かに開始早々に、トップ近くで見事なターンから決定機を掴んだのは確かだが、それ以外の時間帯は最前線でほとんど消えていた。さらに悪い事に、各所で報道されたように、岡崎はハリルホジッチ氏に「最前線から動くな」と指示されていた模様で、普段ならば岡崎が作るスペースを活かしや、岡崎の飛び出しから作られる好機が生まれない。結果的に、バイタルエリア周辺で、敵のDF4人と香川と本田が、岡崎を厳しくマークする状況になり、長谷部も柴崎も、有効な縦パスが入らず、単調な攻撃に終始して45分が経過した。
 もう一つ悪い事に、審判の判定が日本向きではなかった。一昔前のJリーグの判定を思い出すような、選手が転んだらファウルと言う笛だったのだ。結果、相手に蹴られても持ちこたえる日本選手はファウルをとられず、簡単に転ぶシンガポールはファウルをもらう展開。それでも、審判の基準そのものは明確だっただから、学習して欲しかったのだが、麻也には。
 香川が前線に張り続けるのを放置したのだから、これはハリルホジッチ氏の作戦と理解するしかない45分間だった。ハーフタイムには、友人と「アルジェリアをあそこまで育てた監督だ、この45分間は後半への伏線に違いない(と、考える事にしよう)」と語り合った。

 後半立ち上がりから、香川は前線に張らず、中盤でプレイするようになった。改めて、ハーフタイムの友人との会話が誤りで、香川とハリルホジッチ氏の連係不足が45分間放置された事が理解できた。状況はたちまち改善し、岡崎へのマークが緩くなり、日本の攻撃がスムーズになる。10分、長谷部の展開からの太田のクロス、岡崎のヘディングはGKを破り、ゴールラインを越えたように私からは見えたのだが。まあ、このような判定は審判に任せるしかないが、その瞬間副審がゴールラインまで戻れていなかったのだけは、よく見る事ができた。
 60分過ぎに香川に替えて大迫。大迫の変化をつけた動きにより、岡崎もやりやすくなったのだろう。日本はさらに押し込み、好機を再三作れるようになる。
 問題は次の交代だった。何かきっかけを掴みたいところだったから、原口投入は妥当だろう。しかし、交代される選手が宇佐美ではなく、柴崎なのにビックリした。直後、原口の仕掛けから、ゴール前のFKを獲得。本田が直接狙うもポストに当たる。「さすが、このような狙いなのか」と友人と語り合ったが、原口が機能したのはこの場面が最後だった。以降、原口は中盤のバランスを取る事に終始し、攻撃にほとんど登場しなかった。
 原口にしても、両サイドバックの酒井にしても太田にしても、思い切りよく飛び出す場面は、ほとんど見られなかった。これは、ハリルホジッチ氏の指示だったと考えるしかあるまい。ハリルホジッチ氏は、敵の逆襲を警戒し、後方に人数をある程度残す事を厳しく指示したのだろう。そのため、日本の終盤の攻撃は迫力を欠く事になった。まあ、それも1つの考え方だろうが、だったら前半の香川に「不用意に前に行くな」と厳しく指示すれば、すべての問題は解決していたようにも思うのだが。さらに言えば、後半半ば過ぎから、シンガポールの各選手は疲労で青息吐息。とてもではないが、逆襲を心配する状況には見えなかったのだが。
 上がらない両サイドバックと、前線で効力を発揮するストライカ4人を抱え、長谷部が1人労苦を重ねたが、状況は打開されなかった。終盤には、酒井が再三ビックリするようなミスを連発し、攻撃ムードを阻害してしまった。こう言った状況下で、ベンチで長友は何を思ったのか。それにしても、長友の欠場には驚いた、よく言えば「トレーニングで充実していた太田を抜擢した」と言う事なのだろうか、いや、悪く言えば、ハリルホジッチ氏が自己顕示欲を発揮し過ぎて、奇策を当て損ねたようにも思えるが(それとも、長友は負傷だったのだろうか、でもメンバには入っていたし)。

 無様な試合だった。このような試合で勝ち切れない事も悔しいが、終盤のメンバ選定の誤りで、絨毯爆撃のような猛攻を仕掛けられなかったのが、また腹が立つ。思えば、イラク戦で香川のバックアップを試さず、総とっかえを選択したハリルホジッチ氏の油断。柴崎を残さず、原口を投入したハリルホジッチ氏の焦り。監督の油断と焦りが錯綜し、自ら勝ち点ロスに向かった無様な試合だったのだ。
 各地で鮮やかな実績を残してきた名監督ハリルホジッチ氏が、罠にはまった試合だったのだ。

 イライラ、怒り、不完全燃焼、正にサポータ冥利に尽きる試合だった。

 この時点では、よくある不出来な試合に過ぎなかった。このような怒りを、過去幾度味わってきた事か。
 しかし、今日はそれで終わらなかったのだ。試合終了と同時に競技場を飛び出した時は、雨は大したことなかった。ところが...
 埼玉スタジアムを出て、浦和美園に向かった瞬間、雨は半端ないものと変わった。ゲリラ豪雨である。スタジアムを出る時に、カッパを来たり、カバンをビニールで覆っていれば被害は少なかったのだが、その手当を怠っていた。腹が立っていて、冷静さを欠いていたのかもしれない。そして、1度競技場を出てしまうと、それを修正する場所がない。細い道に多数の観客が充満、大渋滞をお越し、どうしようもなくなってしまったのだ。かくして、傘でかろうじて身を守りながら、ゲリラ豪雨の中を、失意のサポータの皆様と、粛々と浦和美園まで行進する事と相成った。本当につらい行軍だった。

 八つ当たりである。
 本当に不愉快な一夜だった。油断と焦りから、次々と繰り返される監督の采配ミス。自ら失ってしまった貴重な勝ち点。これほど腹が立つ試合は珍しい。正にサポータ冥利に尽きる不快感。
 そこにゲリラ豪雨。

 繰り返すが、八つ当たりである。
 もう許せない。私はハリルホジッチ氏を許せない。
 いや、私は寛容だ。氏を許す事にしようと思う。ロシアでベスト8以上を獲得してくれるだろうから。
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2015年06月16日

女子代表、結果は100点満点のスタート

 女子代表はスイス、カメルーンそれぞれに似た試合で2連勝。グループリーグ1位抜けをほぼ確定した。見事だ。極めて難しいワールドカップ連覇と言うミッションをめざし、ほぼ100点満点のスタートと言えるだろう。
 誰が見てもわかる通り、内容はよくない。早々にリードを奪い、しっかり守る作戦を採ったのは明らかだが、内容的にはうまく機能していない。守りを固めると言っても、体格的劣勢から最後方を固める策をとれない以上は、ラインを上げて厳しいプレスをかけて敵の自由を奪い続けるのが基本的なやり方。もちろん、それでは体力がもたないのでボールを丹念に回し、敵にペースを与えない事が肝要。ところが、これまでの2試合は、いずれもプレスが利かず、ラインを上げきれない時簡帯がしばしば見られ、結果的に敵に決定機を許す時間帯が増えてしまった。
 その要因は明らかで、各選手の体調が今一歩なためだ。たとえば、大儀見がその典型。終盤になると、明らかに切れがなくなり、前線でのボールキープできなくなってしまう。終盤の内容が悪いのは、ここに最大要因がある。しっかり守ろうとしている時間帯、いつもいつもうまくボールを回すのは難しい以上、トップに入ったボールを持ちこたえて時間を稼ぎたいところ。これが有効に機能しなくなるのだから。しかし、これだけ実績のある大儀見である。あれだけ、ボールキープができないと言うのは、体調を大会後半に合わせていると理解するのが妥当だろう。
 他の選手も同様だ。終盤苦しい時間帯、結構ミスが出る。澤が肝心の時にミスパスするのは全盛期からだが(笑、たとえばこれこれね)、大野や宮間のような知性と経験あふれるタレントが、無理をすべきでない時に無理をして状況を悪くしている。しかし、これも彼女達が大会後半、いや終盤に合わせているが故と見る。
 そうこう考えれば、体調が悪いなりに内容は褒められたものではなかったが、最初の2試合にベストの結果を残せたのだから、100点満点と言う評価ではないか。

 説明は不要と思うが、日本は比較的対戦相手に恵まれたグループに入れた。さらに1位抜けをすると、ドイツ、USAと決勝まで当たらない可能性が高まる。さらに、試合会場も、エクアドル戦のウィニペグを除くと、バンクーバーとエドモントンに限られる。この両都市の移動は飛行機で僅かに1時間半程度、広大なカナダを考えると、とても楽な移動だ(全くの余談:私がカナダで訪ねた事がある都市がこの2都市なのですよ、いずれも美しい都市で、人々も親切、とても印象のよい都市でした)。したがい、1位抜けをする事が、1次ラウンドのミッションだった。
 もちろん、準々決勝ではブラジルが来る。1/16ファイナルで、いきなりフランスやイングランドが来る可能性もある(必ずしも確率は高くないがね)。けれども、「優勝」を目指す上では、ドイツとUSAに決勝まで会わないに越した事はない。4年前の「どうせ当たるならば準々決勝も悪くない」とはちょっと違っているのだ。なぜか。

 そもそも。
 前回、我々は世界一となった。素晴らしかった。しかし、日本代表の戦闘能力は、USA、ドイツと比較して、優れているとは言えなかった。それでも、彼女達は、この両国に対し、堂々と戦い、知性の限りを尽くし、ほんの僅かな幸運にも手伝ってもらい、世界一を獲得した。本当に、本当に、素晴らしい戦いだった。今、彼女達の胸に光る星の美しい事と言ったらない。
 間にはさんだ五輪でも彼女達は見事な戦いを見せてくれた。したたかに、フランスとブラジルを破り、堂々の決勝進出。しかし、決勝ではUSAとの戦闘能力差を埋め切れず苦杯した。
 その後、佐々木氏は退任するとの噂がもっぱらだったが留任。連覇を目指す事となった。けれども、4年前の中心選手を凌駕する選手は、開拓できなかった。ほぼ4年前と同じメンバでの連覇への挑戦。これはある意味仕方がない事だ。「世界一」と言う成功経験を積んだタレントは、最高レベルの経験を得る事で、他の選手よりも格段の能力を身につけてしまったのだから。新進気鋭のどんな優れたタレントが登場しても、最高級の成功体験を抜き去るのは容易ではないのだ。
 かくして、連覇を目指すために、佐々木氏は4年前とほぼ同じメンバを連れてきた。元々、戦闘能力で圧倒した訳ではない「世界一」。連覇は容易なミッションではない。それでも、佐々木氏と宮間の仲間たちは連覇を目指す。その道は非常に細い道だ。しかし、その細い道筋は見えている。
 大会終盤に体調を合わせる事、抽選で得た優位を活かすべく最小限のエネルギーでグループラウンドを1位突破する事、2次ラウンドは対戦相手ごとに淡々と策を立て粘り強く勝ち抜く事、そして決勝に残れれば戦闘能力で上回るUSAなりドイツ(他の国かもしれないが、たぶんこのいずれかが来るだろう)に奇策を含めて立ち向かう事。つまり、4年前と異なり、ドイツとUSAと手合せするのは、できれば最後にしたい。
 細い道筋通りに大会序盤を抜けかけているのだ。素晴らしい。この後、どこまで行かれるかはわからない。しかし、真のプロフェッショナルである彼女達が、その総力を賭けて「世界一」を目指す。素晴らしい娯楽を愉しませていただけるのだから、ありがたい事だ。
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2015年06月13日

評価のしようがない試合が続く

 イラク戦。格段に素晴らしい試合でもなかったが、特別に悪い試合でもなかった。
 岡崎と本田の調子がよければ、どのようなチームから得点を奪う事は可能な事はわかっている事。長谷部のサポートを受けた柴崎が再三早いタイミングでよい縦パスを出した事、宇佐美が再三よい突破を見せた事、原口の得点も相応に見事だった事、よい事はたくさんあった。地味ながら、槇野が無茶な攻撃参加を控え冷静な守備を継続したと言う、嬉しい誤算もあった。後述するが、イラクの悪さを差し引かなかければならないのだが。
 しかし、守備はもう少し安定感が欲しかった。川島と麻也のドタバタを愉しんだ事は否定しないが、いつになったらこの2人は落ち着くのか。前半、酒井宏樹と本田の右サイドの守備に軽さも気になった。序盤に2点差としてしまい攻撃のペースが落ちたのは仕方がないが、それを活性化する采配をハリルホジッチ氏を採らなかったのも不満、攻撃ライン総とっかえをしては攻撃は機能しない。そのため、蛍によるクローズを除くと、メンバの組み合わせを広げるテストは、ほとんどできなかった。例えば、清武が離脱してしまっているのだし、後半総とっかえなどせずに、今一歩の出来だった香川のところに他選手を入れるテストをするのが常識と言うものだろう。
 巷で言われる「縦の意識の向上」だが、イラクが比較的ノーガードだったのだから、評価のしようがない。敵を自在に引出し、狙い澄まして素早い速攻を連発でもしてくれれば別だが。単にコンディションのよくないイラクに対し、立ち上がりにうまく点をとり、その後低調ながら押し切った試合に過ぎなかった。
 可もなし、不可もなし、評価のしようがない試合だったのだ。

 イラクは確かに残念な出来だった。キリンチャレンジにアジアの代表チームを招聘すると、どうしてもコンディショニングの差が出てしまい、一方的な試合となる傾向がある。とは言え、シンガポールとの初戦を前にしたA代表マッチデー。スポンサとの約束している国内での有料準備試合を行うには適切な日だし、その相手としてアジア最強(あるいはそれに準ずる)クラスのイラクを選考したのは、有効な選択だろう。本番のシンガポール戦を前に、ウルグアイやらベルギーを呼んでしまっては、何が本番かわからなくなってしまうではないか(もちろん、コパアメリカやら、ワールドカップ予選で、これらの列強を呼ぶことは不可能だったのだが)。
 もちろん、イラクには国内情勢から安定した長期の強化が難しい事情もある。ために、2007年のアジアカップ制覇、2004年のアテネ五輪ベスト4など、短期集中大会では見事な成績を収めるが、長期のホーム&アウェイには今一歩と言う傾向なのも確か。その上、イラクは16日のインドネシアとのアウェイゲームが、インドネシア協会の不祥事によりキャンセルになっていた。そう考えると、選手のモチベーションや準備を含め、イラクが残念な出来だったのは仕方がない事なのだ。

 シンガポールを軽視する気は毛頭ないが、日本での試合ならば10回試合して1回引き分けまで持ち込めるかどうかだろう。当然シンガポールは「その1回」を目指す事になる。しかし、今の日本は岡崎と本田を筆頭に、宇佐美、原口、武藤ら、得点能力の高い選手が前線に多く、リスクはほとんどないと考える。
 一方でこの2次予選グループの対戦相手は、その他にはシリア、カンボジア、アフガニスタン。シンガポールより歯応えがありそうなのはシリアくらい。来年春先(2018年への折り返し点あたり)まで、貴重なA代表試合日をこう言ったチームとの試合が続く訳で、、「強化」と言う視点からは感心しない状況が続く。しかし、アジア各国にとっては日本との公式試合は、単に代表チームに止まらず、その国のサッカー界の総合強化にも、最高の経験となる事だろう。だから、「困った事だ」と言ってはいけないし、長期的にはアジア全体の底上げがなければ、日本のワールドカップ制覇もない。ゆったりと、慌てず、進んでいく事が肝要なのだ。

 ハリルホジッチ氏はわかりやすい人だ。まずは過去を徹底的に否定し、うまく行った事を針小棒大に語り、自慢し、自分の実績と語る。このような外国人監督は、トルシェ氏、アギーレ氏と同じ系列で、安心して任せる事ができる1つのタイプだ。就任前から絶大な信頼をおけたオシム爺さんは別格として、何も考えていないジーコ氏、決して失言しないオフト氏よりは、その自慢話から状況を正確に推定する事が可能だからだ(ザッケローニ氏はオフト氏と同じく寡黙系だったが、就任早々のアジア制覇とアルゼンチンへの勝利と言う実績で、我々を納得させてしまったが)。また、そのハリルホジッチ氏の自慢話、景気のよい勝利、日本のサッカーマスコミの報道姿勢、いずれのマッチングのよさも中々だ。
 現実は現実ととらえ、じっくりとサポートしていきたい。3年後の歓喜を信じて。
posted by 武藤文雄 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月05日

井原正巳監督への期待

 Jリーグには無限の魅力が詰まっている。その全てをしゃぶり、味わい、語り尽くしたいのは山々なのだが、ベガルタの七転八倒を愉しむだけで、ほとんどの時間が過ぎていく。それでも、隙を見て浮気を愉しみたいのは男の常。で、どうせならば、あれこれ手を出さず、唯一の愛人と愉しむのがよかろう。と、言う事で、今シーズンに関しては井原正巳監督が率いるアビスパ福岡だ。いや、もとへ。言い換えよう、ベガルタ以外の時間は、いよいよJの監督に就任した井原正巳氏を見守る事に費やしているのだ。

 私は井原正巳選手が大好きだった。
 88年10月26日の日韓定期戦。筑波大学3年生だった井原が、日本代表の守備の中核として、崔淳鎬を軸とした韓国に対して、ほぼ完璧な守備を見せてくれた。あの晩の興奮は今でも忘れられない。そして、あの晩の期待通り、井原は幾多の喜び(もちろん涙も)を私に与えてくれた。92年の広島ビッグアーチ、93年のドーハ、そして97年のあのジョホールバル、98年のトゥールーズ、ナント、そしてリヨン。
 井原は1988年1月27日、敵地でのUAEとの親善試合に20歳で起用され、すぐに中心選手として活躍を期待され、常にレギュラとして活躍を継続した。つまり122試合の代表戦のほとんどを、いや違う、すべてを中心選手として戦ったのだ。そして、上記のUAE戦以降93年のUSAワールドカップ1次予選タイ戦で退場になるまでに、B、C代表戦を含め88試合、7958分フル出場を継続した。さらに、その後同予選のスリランカ戦に復帰以降、97年の2月11日のキングスカップルーマニア戦にバックアップ(秋田、小村、斉藤の3DF)のテストを行うまで、52試合のA代表戦4,706分(93年10月4日国立のアジアアフリカ選手権、つまりドーハ直前、コートジボワール戦はカズのVゴール勝ちで延長の26分を戦っている)にフル出場している。その後、幾度かバックアップテストで抜ける事があったが、負傷で戦列を離れたのは、98年4月1日ソウルでの日韓戦での途中交代が初めて(この時井原は30歳になっていた)。つまり、20代の10年間、井原は壊れる事すら一切なく、常に日本代表の大黒柱として活躍してくれたのだ。今日のように、A代表戦が年間15〜20試合行われていたならば(たとえば88年のA代表戦は5試合、90年は6試合、91年は何とたったの2試合!、USAワールドカップが行われた94年ですら9試合に止まっている)、代表出場記録はどこまで伸びていたのだろうか。
 しかも、井原が活躍したのは、日本代表戦でもスタンドに閑古鳥が鳴いていた80年代から始まり、全国民がその勝敗に熱狂するあのフランスワールドカップまで続いたのだ。幾度か書いたが、この日本サッカー界が経験した(おそらく日本を除くいずれの国も経験していない)「超右肩上がり」時代のすべてを、井原は経験したのだ。
 現実的に、井原は日本サッカー史上最高の守備者であった事も間違いない。いや、日本代表選手としても、井原は史上最高の存在だと確信している。井原が活躍していた当時と比較し、国際試合における日本代表の相対的地位は間違いなく高くなった。しかし、苦しい試合になればなるほど、「今、ここに井原がいてさえくれれば」と嘆息する経験が増えていく。06年のドイツでも、昨年のブラジルでも、同じ思いを抱いたのは私だけではないのではないか。
 選手、井原正巳には、いくら感謝してもし切れない思いばかりがある。

 その「日本代表史上最高の巨人」であり、「超右肩上がりの全ての体験者」である井原正巳氏が、アビスパ福岡で、とうとうJリーグの監督に就任した。
 輝かしい実績から考慮すると、あまりに遅すぎた感もある。これは2つの要因があると思っている。1つには、レイソルでのコーチ(ネルシーニョ氏の補佐官)が、あまりに板につき過ぎた事があるだろう。ネルシーニョ氏からすれば、かつてのライバルチームの大黒柱が守備組織構築を担当してくれるのは、とてもありがたかったに違いない((95年のJリーグプレイオフではヴェルディのネルシーニョ氏と、マリノスの守備の要井原の虚々実々の駆け引きは実におもしろかった)。今1つには日本においては「名選手必ずしも名監督ならず」が定着しており、名選手の監督登用に、クラブも相当慎重になっている事が挙げられるのではないか。
 そして、井原氏はいきなり開幕戦から3連敗を喫する。このあたりの映像を見ていると、特に守備ラインでの球際の当たりの不安定さが目についた。よい時はよいのだが、90分の中で、何人かの選手が突然当たりが甘くなってしまっていたのだ。けれども、連敗を脱した4節あたりから、そのような不安定さがなくなり、守備ラインの各選手が粘り強く90分間戦いを継続できるようになってきた。守備が安定した試合が続けば、攻撃も安定してくる。前節、フォルランを軸に猛攻を仕掛けるセレッソ戦は、セットプレイから先制すると粘り強く守り、時に効果的な速攻を繰り出し、見事な勝利を収めた。アビスパが、ジュビロ、ジェフ、セレッソ、アルディージャと言ったクラブと、J2の上位争いを完全に争える戦闘能力を持っていることを示す試合となった。
 アビスパのメンバを見ると、中村北斗、堤、濱田、鈴木惇と言った、かつて若年層代表チームに選考されながらも、伸び切れていなかった選手が目につく。彼らは能力は非常に高いのだが、90分間の集中継続、あるいはシーズンを通しての集中継続と言った課題を克服できずに、ここまで来てしまった感がある。そして、序盤の3連敗時代は、彼らもそのようなプレイ、つまり90分間の中で「抜けてしまう」場面が散見されていた。けれども、ここ最近は、特に堤と濱田に関しては、そのような姿をほとんど見なくなってきた。これは井原氏の薫陶が大きいのではないか。
 選手井原は、判断力、ボール扱い、肉体能力と言った他者に見える能力は、もちろん格段のものがあった。けれども、その格段のプレイを常時継続し、10年以上も日本代表の大黒柱として君臨し続ける事ができたのは、そう言った格段の能力を常に発揮する精神力を具備していたからのはずだ。アビスパの序盤低迷からの脱出は、その自らの精神力を、選手達に的確に伝授できたからではないかと思えるのだ。そう考えると、アビスパの選手はベテランを含め、この偉大な監督から学べる事は非常に多いはず。そして、その指導が的確に遂行されれば、J1復帰も現実的な目標となってくるはずだ。
 もちろん、井原氏の監督経歴は始まったばかり、これから艱難辛苦を乗り越えない限り成功はない。そしてJ2からJ1に昇格する難しさは、今さら繰り返すまでもないだろう。
 けれども、上記したような選手として究極の経験を持った井原氏が、アビスパで監督として成功を築いてくれたとしたら、これは日本サッカー界にとっても、非常に重要な事となる。井原氏は手倉森誠氏と同級生。手倉森氏と異なり監督としてはこれからだが、(ベガルタサポータとしてはちょっと悔しいが)井原氏は手倉森氏が現役時代に積む事ができなかった経験を、あふれるほど持っている。そう、何より井原氏は1億3千万国民に歓喜を提供してきたのだ。
 ちょっとは夢を持っても構わないだろう。

 以下余談。
 井原を称える「イハラー、イハラー、イハラー」と言う歌は、私が歌い始めたものだ。個々の選手を称える歌としては、この「イハラー、イハラー、イハラー」は、植田朝日氏が始めた「オー、ナカヤマ」と並び、日本サッカー界で初めてのものだったと自負している。そして、いつか井原が日本代表監督に就任した際に、「イハラー、イハラー、イハラー」を歌うのを密かなる夢としてきた。でも、ちょっと待ちきれない自分がいる。
 で、もしこの文書を読まれたアビスパサポータの方がいれば教えてください。アビスパが勝った時、「イハラー、イハラー、イハラー」を歌ったりしているのでしょうか。もし「Yes」ならば、こっそりと偽アビスパサポータとして、ゴール裏に忍び込み、一緒に歌わせていただきたいのですが。
posted by 武藤文雄 at 01:21| Comment(7) | TrackBack(1) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月03日

苦闘続くベガルタ

 ベガルタは敵地でサンフレッチェに0-2で敗戦。疲労が溜まっている連戦下、攻守の弱点を森保氏に的確に突かれての完敗となった。4連敗と言うつらい結果に加え、守備の大黒柱鎌田が負傷、さらにCBでコンビを組む渡部が次節出場停止。何とも重苦しい結果となってしまった。

 双方とも連戦のため、身体が重い。そのため、前半は無理をしない手堅い試合を狙ってきた。その中で、サンフレッチェは大きなサイドチェンジでスライドするベガルタのサイドバックの外を狙う。そして、ベガルタのブロックにギャップを作ろうとしてきた。その策にはまり、野津田にミドルシュートのスペースを与え先制を許した。この一撃の前にも、柴崎のミドルシュートがバーに当たり事なきを得た場面もあった。森保氏としては狙い通りと言う事だったのだろう。サンフレッチェの強みの1つは、相手の守備組織がしっかりしている状況でも巧みな位置取りで僅かな隙を逃さずに点を狙える寿人がいる事。したがい、センタバックは寿人との位置関係に相当神経を使う必要があり 、どうしてもバイタルのカバーが遅くなる。この攻撃を防ぐためには、サイドチェンジをさせぬように前線から厳しいプレスを仕掛けるか、ミドルシュートを打たれないように中盤選手が几帳面にスペースを埋める必要がある。しかし、連戦で各選手に疲労が蓄積しているだけに前者はあまり現実的ではない。したがって、後者が重要となり、渡邉氏もそれを考慮して、ボランチにフレッシュな武井を起用したのだろう。ところが、この野津田の一撃時、対応した武井がスリップし野津田を止められなかったのだから皮肉なものだ。
 ベガルタとしては、お互いが慎重に戦った前半に速攻で活路を開きたいところだったが、サンフレッチェの水本と塩谷の2ストッパがウイルソンを押さえる。ウイルソンとこの2人の攻防は見ごたえがあったが、とにかく当方の負け。これはこれで悔しいけれど仕方がない。もう少し、金園がウイルソンの近くでプレイし、サポートを密にしたいところだったが、このあたりの連係の熟成はこれからの課題と言う事か。

 リードされた事もあり、後半は序盤から前線に人数をかけ攻めに出るが、分厚く守るサンフレッチェを崩せない。ちょっとチグハグだったのは交代のタイミング。64分に野沢と茂木の2枚を同時交代して勝負に出た訳だが、そうするならば後半頭からあそこまで前掛かりに出る必要はなかったのではないか。せっかくフレッシュな選手を2枚入れた時間帯にもかかわらず、ベガルタの後方の選手達は後半立ち上がりからの攻勢に一息つく時間帯となってしまった。現実的に、連敗している状況で先制を許したのだ。どの選手も同点を狙いに前に行こうとするはず、それならば後半の最初から、ベテランの梁に代えて若い茂木を入れてグッと攻めに出るのも一手段だと思ったのだが。
 そうこうしているうちに、人数をかけた攻めの精度がちょっと悪くボールを奪われ、青山の鮮やかなロングボールを、(寿人に代わって入った)前進速度豊かな浅野に決められ引導を渡される。完全にサンフレッチェの注文相撲にはまってしまった。その後も、ベガルタはいつものように諦めず丁寧に攻め込んだのだが、崩し切れず。

 今年のチームに始まった事ではないが、ベガルタのサッカーは豊富な運動量と球際の強さを軸にしたものだから、連戦や夏場は苦手としている。そして、このサンフレッチェ戦はその難しさが完全に出た試合となってしまった。ナビスコを含め、ここまでの全試合にフル出場していた鎌田が負傷したのも疲労の蓄積からだろう。
 確かに状況は重苦しい。けれども、私は楽観的だ。丁寧に修正を加え、チームとしての戦闘能力を積んで行けばよいのだ。むしろ、新しいチームが早い段階で問題を明確に把握できたと、考えるべきだろう。
 次節以降、中3日で、ホームに強豪FC東京とレッズを迎える。非常に難しい試合となろうが、調子が悪いときは強豪と当る方がよいのだ。対策が絞り込めるから。鎌田と渡部が不在なのはつらいが、上本と多々良がいるのだから、連係面はさておき陣容としては問題ない。昨シーズンの序盤や連敗時と異なり、控えには若い藤村、山本、金眠泰ら実効的な選手も控えているから、様々なトライも可能だ。序盤に勝ち点を積んでいたから、勝ち点計算で短期的に追い込まれる事もない。
 オロオロ、イライラを堪能しつつ、よいチームに成長していく事をじっくりと愉しみたい。
posted by 武藤文雄 at 00:21| Comment(1) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月01日

茂木と渡邉氏が若さを露呈

 ベガルタはユアテックでアントラーズに1対2で苦杯。前半こそ好機を多数つかんだものの、40分過ぎ先制されてからは、終始しっかりと引いてボールを回すアントラーズペース。スコアから見ると1点差だが、当方の得点はアディショナルタイム。試合運びと言う意味では完全に圧倒されており、今シーズン最悪の試合内容と言っても過言ではなかった。
 そして、その敗因は、茂木と渡邉監督の若さにあった。

 先制点はCKから、アントラーズ昌子のヘディングを許したもの。これは完全に茂木のミスだった。ベガルタはゴール前のセットプレイをゾーンで守る。セットプレイ守備がゾーンがよいかマンツーマンがよいかの議論は、とても愉しい知的遊戯。ただ、ゾーンを採る以上は常にボールの落下点への出足を怠ってはいけない。今シーズンのベガルタの守備のよさは、正にそこにあり、いずれの選手も格段の集中力でそれを完遂しているところにあった。しかし、この場面茂木は完全に昌子の後手を踏み、昌子に走りながらジャンプせずともよい高さのヘッドを決められてしまった。高さでやられたのではなく出足でやられた(実際出遅れた茂木は弱々しく足を出していたのだが)。流れの中で「消えられた」訳でも、駆け引きでしてやられたのでもない(ゾーンで守っているのだから、なおさらの事だ)。単に集中が切れ、出足で負けたのだ。直前、ゴール前のもみ合いで、昌子は完全に茂木を明らかに押し、茂木のアピールで主審に注意されていた。茂木は若いものの、このようなしたたかさをしっかり身につけている、と思ったら直後にこれだ。主審が昌子を注意した事で、逆に気が抜けてしまった訳だ。これも経験である。経験なのだが、これを繰り返してはいけない。絶対にいけない。このような事をしていたら、リオは夢と消え去ってしまう事を、強く自覚して欲しい。

 前半、4-1-4-1気味の配置でベガルタは攻勢をとり、多くの決定機を掴む事ができた。梁や野沢のシュートが決まっていれば試合展開は全く異なったものになっていたに違いない、と言いたいところだが、そうだったろうか。正直そうは思えないのだ。と、言うのは、後半立ち上がりからはアントラーズに圧倒されたからだ。これは、先制されて後方のリスクヘッジが弱くなったからではない。老獪な小笠原のサポートを受けた柴崎の挙動開始を、ベガルタの中盤選手が押さえ切れなくなったからだ。要は、前半から飛ばし過ぎたのだ。だから、前半で先制できていたとしても、そのまま1点差をしっかり守り、丁寧にクローズする試合に持ち込めたかとなると、相当疑問なのだ。
 2点目は、そうやってアントラーズペースが続いた時間帯だった。富田が見事なインタセプトを見せ前線をルックアップするも出しどころがない、そこで後方の菅井に戻したところ、ミスパスとなりカイオに拾われ、そのまま失点。厳しい連戦で、中盤で止め切れず苦しい時間帯。闘将が中盤で拾ったにもかかわらず、前線の選手が呼応できず、後方の選手が一息ついたところでミスが出た。もちろん一義的な責任は富田と、明らかに集中を欠いていた菅井にある。
 特に菅井には一言言いたい。押し込まれた場面での投入、久々の試合、普通の選手であれば「難しい時間帯、入りづらい時間帯での投入」と言えるかもしれない。けれども、菅井なのだ。菅井なのだから、そのような普通の選手に対するコメントを述べさせないで欲しいものだ。菅井なのだのだから。いや、菅井らしいか。でも違う、菅井ならば、あのようなミスはご愛嬌だが、反対側のゴールに鮮やかな得点を決めてもらわなければ。菅井なのだから。
 話を戻そう。一義的には富田と菅井のミスだが、あのような状況に持ち込んでしまったのは、やはり渡邉氏の采配の拙さが最大要因だ。あれだけ、ペースが落ちているのだから、前々節のフロンターレ戦同様に選手交代で中盤を活性化させるべきだった。このあたり、フロンターレ戦の反省が足りない。ただ、フロンターレ戦とは異なり、敵監督が奇策を弄してきた訳でもなかった。むしろ、連戦下で前半からあそこまで攻勢をとるべきだったのか、と言う議論にさかのぼるべきなのではないか。
 2点差となって金園を投入。一見、押し返したように見えるが、フロンターレ戦や山雅戦同様、敵エンドには入っているが、前半よかった時間帯のようにサイドに起点を作る事ができず。右サイドを起点にウイルソンの妙技から梁がフリーとなた場面と、敵DFのミスを金園が引っ掛けウイルソン経由で金園が掴んだ2つの絶好機を除くと、それ以外の攻撃はアディショナルタイムの金園の得点を含め、偶然から掴んだチャンスに止まった。アントラーズが落ち着いて引いているのだから、まともに行っては好機を多数作るのは難しい。金園投入と前後して、中盤にフレッシュな選手を投入していれば、中盤が活性化し改めてサイドに起点を設け、効果的な遅攻も可能になったと思うのだけれども。ベンチには、独特の技巧を持つ藤村、強さと展開力を具備する金眠泰、経験豊富な武井らが控えていたのだが。そして、この試合の藤村の起用は88分。2点差で負けているのだ、あまりに遅過ぎる。主将の富田、機動力で好機を作れる梁、信じ難いラストパスを操れるの野沢、この3人に拘泥する気持ちはわかるのだが、せっかく良好な控え選手を保有しているのだから。後は決断だ。あるいは、梁や野沢をフレッシュな状態で勝負どころで投入するやり方だってあるはずだ。このあたり、渡邉氏はまだまだ若い、いや青い。
 渡邉氏の手腕に疑いはない。前節の山雅戦での拙攻を反省し、ちょっとしたフォーメーションの切り替えで良好な攻撃を再三見せてくれた。気が付いてみたら、上記の控え選手含め、選手層も相当分厚くなっている。堅牢な守備も、中盤の運動量が落ちなければ健在だ。氏の巧みな指導により、チームの質は日増しに向上しているのだ。ただ、唯一残念な事は、その見事な指導を、本番で活かし切れない事。もっともっとやれるはずなのに、何とも、もどかしい。

 渡邉氏が名監督となるまでの「もどかしさ」と言う最高級のディナーを堪能できるなんて、何と素敵なシーズンだろうか。そこに茂木が大選手となるまでの「経験と苦闘」と言う最上級の葡萄酒まで加わっているのだ。正にサポータ冥利に尽きると言うもの。諸事情で中々現地参戦できない己の愚かしさを反省する毎日である。
posted by 武藤文雄 at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする