2010年05月26日

1970年決勝、ブラジルーイタリア

 少々旧聞となるが、先日NHKで中継された70年ワールドカップ決勝ブラジル−イタリアを堪能した。この時のブラジルは、29歳全盛期のペレを軸に今なお「史上最強」と呼ばれているチーム。学生時代に1度映像を見て感動した記憶があるのだが、約30年振りの再見となった次第。

 40年前の試合ゆえ、今日のサッカーとは多いに異なる点がある。ルール的に決定的に異なるのは、当時バックパスをゴールキーパが手でさばく事が許されているくらい(当時キックオフからの直接シュートは認められていなかった等の小さなルール変更はあるが)なのだが、試合展開は全く異なる。
 それ以外で、大きくルールは変わっていないのだが、1つ決定的に異なっているのは、ルールの運用への考え方。中でも、後方から相当きついタックルをしても、退場はおろか警告にならない事が、もっとも大きな違いだろう。したがって、(反則タックルがあまりに危険過ぎて)目を覆うよう場面に我慢する必要があった。
 次に、前線の選手がほとんど守備をしない。もちろん、流れの中からボールを追う事くらいは行うが、ゴールキーパのフィードを受けた守備者が持ち上がるのに対して、FWが妨害するケースはほとんどなかった。ただし、ブラジルのCFトスタオは、味方がボールを奪われた直後に、幾度かすばやい攻から守の切り替えを見せていた(と、言ってもその努力や頻度は、今日のトップ選手の1/10程度だろうが)。当時から、勤勉で頭の良いストライカと呼ばれていた理由が、この守備振りからも理解できた。
 前線の選手が守備をしない事ととも関連するが、中盤でのプレスがほとんどないのも今日のサッカーとの大きな違い。ただし、これはこの日のイタリアが極端に後方を厚くして守りを固めていたのも関連しているかもしれないが。と言うのは、ブラジルはサイドを有効にえぐる事はできず、それなりに攻撃に苦労していた。これはイタリアが中盤でボールを奪うのをあきらめ、おかげで、ブラジルの中盤のリーダのゲルソンは、常にハーフウェイラインを過ぎたあたりで、ノンビリと実に優雅な展開を見せてくれた。それにしても、ゲルソンは、視野の広さ、長いボールの精度、頭の上がり具合など、12年後のファルカンによく似ていた。
 もう1つ。ボールの違いもあるようだ。今のボールと異なり、完成時の寸法精度が落ちると言えばいいだろうか、ボールの当たりが不安定。ペレやリベリーノのように、抜群に上手な選手が時々信じ難いようなミスキック(宇宙開発)をしてしまう。高地のせいもあるかもしれないが、16年後の同じワールドカップでは、あまりそのような場面は見なかった記憶があるので、そう思った次第。なお、この映像の解説者が、高地について愉しい事を喋っていたが、それは書かないのが武士の情けと言うものか。

 さて試合。
 序盤からブラジルが中盤を支配し、イタリアが引いて守るのはお約束。上記の通り、ゲルソンがハーフウェイラインを越えた当たりで、悠然とルックアップしボールを散らす。サポートするクロドアウドは技巧的でよく動くボランチ。ファルカンとトニーニョ・セレーゾの組み合わせと同じだ(クロドアウドはトニーニョ・セレーゾより一層技巧的な分、あのバカバカしい長駆はないようだったが)。
 右ウィングのジャイルジーニョ(どうでもいいが、70年代半ばにあのヤスダが出していたジャイールラインのスパイクは懐かしい)は強引で直線的なドリブル。マークするファケッティとの1対1の攻防と駆け引きはすばらしい見せ物。そしてジャイルジーニョが内側に切れ込む事で空いた右サイドに主将のカルロス・アルベルト(グランパスにいたトーレスの親父、どうでもいいが高校時代世界史のテストでラテン人名を問う問題で答えがわからない時、私はいつも「カルロス」と書く事にしていた。そうすると4回に1回くらいは正解になる)が前進してくる。そして、多くの攻撃の起点はカルロス・アルベルトだった。イタリアが後方を固めているのを見ると、カルロス・アルベルトは球足が速く正確で低いクロスを、ペナルティエリア内のペレとトスタオにいれる。この2トップが、激しいプレッシャを受けながら、正確無比にそのボールを保持する事で、ブラジルの攻撃にスイッチがはいる。こう言うのを見ると、ジーコがサイドバックとしてアレックスに拘泥した気持ちがわかってくる。残念ながら、アレックスはカルロス・アルベルトではなかったのだが。
 引き気味の左ウィングはもちろんリベリーノ。この試合のリベリーノは、フェイントの総合百貨店みたいなプレイ振りで、とにかく何をするかわからない。スピードも抜群で、イタリア守備陣は深めに守っているのだが、それでも幾度も勝負して抜いていく(抜き去った後、必ず後方から削られて直接FKとなり、そのFKをリベリーノが豪快に外す、と言う事を繰り返していた)。トップのトスタオは、常に冷静にボールを受け、後方から削られながら冷静にペレ達にボールを落とし続ける。その落ち着きぶりに、ちょっと二川を思い出した。
 一方のイタリアは、正に正真正銘のカテナチオ。全員がマンツーマンでブラジル選手にまとわりつき、抜かれたら責任を持って後方から大ファウルで削り止める。ボールを奪うや、勇気を持ってカウンタに出る。最前線のリーバは怪我しない久保竜彦、ボニンセーニャは技巧的な鈴木隆行。この2人だけでどんなチームからも点を取ってしまう、そして後方から押し上げるマッツオーラ。巧いし動くし頭がいいし。やはりイタリア史上最高の10番ではないか(私は昔からジャンニ・リベラよりアレッサンドロ・マッツオーラの方が好きなのだ)。
 
 ブラジルの先制点は有名なペレのヘディングシュート。左サイドでスローインを受けたリベリーノが見事な動き出しで難しい体勢でファーサイドにセンタリング、ペレが後方に引いてマーカのブルグニキの視野後方に入り、驚異的な滞空時間のヘディングを決めたもの。あの体勢から高精度のセンタリングを上げるリベリーノもリベリーノだが、そのようなボールを期待して位置取りするペレもペレだな。あんな攻撃されたら防ぎようない。
 しかし、イタリアは恒例のブラジル守備陣のミスを引っ掛け、ボニンセーニャが同点弾を決めて1−1で前半を終える。
 後半開始早々のブラジルの攻撃は印象的。ペレが引いて右サイドのジャイルジーニョへ、ファケッティと正対したジャイルジーニョの右外側をカルロス・アルベルトが追い越す。ジャイルジーニョの高精度パスを受けたカルロス・アルベルトはそのままゴールラインギリギリまで切り込み、低いセンタリング。そこに飛び込んだのが起点となったペレ。けれども僅かに合わせ切れず逸機。これまた有名な場面だが、この試合外を完全にえぐる事ができたのは、先制点とこの場面の2回のみ。いかに、イタリアのカテナチオが利いていたかの証左と言える。
 ブラジルの2点目はゲルソン。左サイドから中央に切れ込むジャイルジーニョ(相変わらずポジションチェンジが頻繁)、ファケッティが冷静についていく。その時、右サイドから挙動を開始したゲルソンが、ジャイルジーニョと交錯する動き(いわゆるシザース)でボールを奪う。さすがのイタリア守備陣もずれる。そこでゲルソンは強く右足を踏み込んでクロスするように左足でシュート、ボールはサイドネットに突き刺さった。GKのアルベルトシからすると、ジャイルジーニョのドリブルで(自分の)右から左にボールが動き、シザースで左から右に、そして最後は再びゲルソンがいきなり左に強シュートを打って来たもの、たまったものではない。
 イタリアは散発的ながら幾度もリーバを軸に反撃する。ほんの少しイタリアに幸運があったとしたら、もう少し試合はもつれたかもしれない。しかし、もうブラジルは止まらない。ハーフウェイラインを越えたあたりでつかんだFK。外に開いたゲルソンが受け、ゴールを交差する深いロビング。何の事はないボールと思ったが、いやらしくGKがとれないコースへ。そして、そこにはまたも見事な後方への陽動動作で引いたペレが、ブルグニキを振り切ってフリーでヘディング。ゴール前に飛び込んで来たジャイルジーニョは、ファケッティに腕をつかまれバランスを崩しながらゴールに押し込んだ。歓喜で走ったジャイルジーニョがひざまずいて十字を切るのも有名な場面だな。
 そして、あの伝説的4点目。自陣でのクロドアウドの4人抜き(そりゃ2点差で負けていればイタリアは無理に取りにいくから、こうやって抜かれてしまう)、それを受けたジャイルジーニョが中央に切れ込み、右サイドで全くフリーのペレへ。ペレは一拍おいて、丁寧なパスを右に流す。と、後方から長駆してきたカルロス・アルベルトが全くのフリーで、強烈な右アウトサイドキックで叩き込んだ。この場面、ペレが後方にも目を持っている事を証明する場面と言えた(真実は、その前にいたトスタオが指差していたらしいが)。正にビューティフルゴール、お祭りの大団円を飾る一撃だった。

 それにしてもペレ。
 ディエゴのように「人間とは思えない」瞬間加速とも違う。クライフのように「流れるような体勢から展開する」のとも少し違う。最前線で、厳しいマークを受けて、幾度も削られながら、肝心の時に抜群の視野の広さと究極の状況判断を見せてくれる。ヘディングを含めて、技術も完璧。常にイタリアの意表を突き、超一流のチームメート達を使いこなす。そして、一番危険な選手が最前線にいる事の恐怖。

 なるほど、本当にすごい歴史的なチームだったのだ。
posted by 武藤文雄 at 23:31| Comment(7) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昨日、BSでもやっていました。ペレやゲルソンでなく、若いリベリーノとジャイルジーニョが攻撃をひっぱってたんですね。子どものころ、みんなが二人のドリブルのまねをしていた理由がわかりました。リベリーノが、例のまたぎフェイントをあんなに連発していたとは思いませんでした(なぜ通用するのか不思議なくらい)。ペレとジーコの間の世代の大エースのはずなのに、同時期のクライフやベッケンバウワーと比べると、忘れさられた感があり、寂しく思います。ネッツァーみたいな感じでしょうか。後年の壁抜きフリーキックとかもみんなまねしたんですが・・。
Posted by mk at 2010年05月27日 02:32
私にとってサッカーを突き詰めると、70年W杯のブラジルチームであり、前の4人に集約されます、当時高校生でしたが家庭教師がサッカー好きの大学生で、『ジェルソンがボールを持った時、レーダーのように周りを見て、ボールを散らす』等と勉強そっちのけで教えられ、サッカーへの理解を深めました、良かったのか悪かったのか?
因に解説のY氏、リベリーノとセルジオ越後氏がコリンチャンスでポジションを争っていたコトなど、一言でも付け加えて欲しかったです。
Posted by MASA at 2010年05月27日 12:42
ありがとうございます。
この間の放送と、今回の解説で二度美味しいです。
それにしてもペレ!もう何も言えません。
Posted by ベガルタファン at 2010年05月27日 12:44
昔のサッカーは、ゴールキックになると、まずキーパーは隣に立っているDFにパスを出して、DFがキーパーに戻す。そしてキーパーがボールを両手でもって大きく蹴り出すことが多かったように思います。
Jリーグが始まってからまたサッカーを見たら、そんな動作は禁止なので、アレっと思いました。

カウンター攻撃を避けるためにGKの前にFWが立ちはだかるシーンも多かったです。
油断しているGKから頭や足を使ってボールをたたき落としてもよかったはず。
Posted by ベガルタン at 2010年05月27日 16:01
ブラジル-イタリア戦面白かったです
('86イングランド-アルゼンチンも!)

ボールはこの大会からアディダス1社提供で、初代のテルスターですね
アディダスも気合いが入っていたはずで、それほど真球度が悪かったとも思えません。ただ、当時の本革ボールで縫い目とか、ヘソのあたりに変なかたちでキックが入って宇宙開発しちゃったのかもしれませんね
あと、ピッチも芝が長くかつ不均一みたいなので、そのあたりも影響したかも

しかしそれでもあの「重〜い蹴り心地」の本革ボールで、ときおり低くて速いシュートを打っていた(ジェルソンあたり?)のはさすがと思いました
Posted by Dortmund06 at 2010年05月28日 16:42
完全な逃避症候を示していますね。
まあ、しょうがないけど・・・。w

夢を見るのもいいけど、まずは
足元を見つめ直すのが先決なのでは?

日本の現実がどうなのか認識してますよね?
Posted by at 2010年05月30日 00:00
武藤さんより岡田監督のほうがよく分かって頂いているみたいですね……長谷部キャプテン!
あなたは「昔話」をして「しっかり」無視してくれましたが……。

もちろん義務なんてありませんが、もうあんまり勉強にならないんでもう読みません。

僕らは先に進まなきゃならないですから。

今までありがとうございました。

以上
Posted by yohei at 2010年05月30日 22:12
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