川口が右サイドで落ち着いたキープ、中央フリーで走り込む西へ。この日好調の西は切れ味鋭いドリブルで強引に中央に切れ込む。
マーカのアルパイが西のドリブル阻止のためにカバーに入った瞬間、中山は少しだけ外向きに移動した、この移動のタイミングと距離は中山ならではのもの、これにより西からのボールを受けて左足を強振するスペースを作り上げた。齢37歳の偉大なストライカの光彩を久々に堪能できた。
レッズはナビスコもチャンピオンズシップもPKで勝ち切れず、どうしてもこの天皇杯のタイトルは取りたかったはず。そのレッズの前に、中山、名波、藤田と言った大ベテランたちが立ち塞がり、知性の限りを尽してブッフバルド氏と熱狂的なサポータの野望を阻止した準決勝だった。名波のテレテレキープによるゲームメークの巧い事(長谷部はこの藤枝の大先輩から何かを学べただろうか)、藤田の飛び出しによる2得点(うち1つはオフサイドだったが)、そして中山。
レッズは、アレックスをトップ下に置く3−5−2。エメルソンがいないが、永井(この日再三マーカの菊地を打ち破った)がドリブル突破、田中達也(この日再三マーカの鈴木秀人を振り切った)がフィニッシュと明確に役割分担がなされ、再三好機を掴む。ただアレックスのトップ下は大失敗で、球出し、運動量いずれも不発。結果として、中央突破がほとんど利かなくなってしまったために、攻め込みの頻度が少なくなってしまった。スタメンから酒井を起用し、長谷部を前に出して、アレックスを(使うのならば)サイドにすればよかったと思うのだが。それでも、後半アタマから押し込み、ついには攻撃の両輪の狙い通りの役割分担で先制した。この先制直後にもう少し巧く守っていれば...
もっともレッズの最大の敗因は、エメルソン不在よりも、アレックスの起用法よりも、闘莉王とネネの穴を埋める事ができなかった事ではないか(状況をよく把握していないのだが、どうしてこの2人はいなかったのか)。非常に厳しい言い方になるが、堀之内と内館の個人能力が今一歩だったのが、直接の失点要因となった。いずれの失点も、河村、西のドリブルにレッズの最終ラインが対応し切れなかった事による。
かくして、2004年のJリーグで最も印象的だったチームであるレッズは、元日決戦の夢を絶たれてしまった。
全くの余談。試合終盤ハーフウェイライン手前左サイドでボールを受けた中山が、トップに張っていた川口へ40〜50mのロングパスを通した。美しい軌道のロングパスだった。VTRを取り損ねたので再確認していないのだが、あのパスを蹴ったのは中山に間違いないと思う。20年に渡りこの老雄とお付き合いさせていただいているが、あのようなプレイができるなどとは知らなかった。いや、サッカーは奥が深い。
2004年12月25日
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なんだかんだ言っても決定的な仕事を結果としてしてしまうのは流石だ。
でも磐田側の置かれた状況としては分かりやすかったですし。<br />
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試合中に監督の手腕の差が出るのは逆に昨日の浦和のように先制して浮かれていたらすぐ追いつかれてさあどうする?というときなのかも知れません。<br />
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ブッフバルトと彼のチームはその点で失敗しましたね。
確かに後半42分の中山のパスは<br />
素晴らしかったです。<br />
浦和は中盤がだめだめだと思ったら<br />
アレックスの位置が・・・<br />
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磐田は勝ったものの、世代交代は<br />
まだまだ先のようです。
準決勝、現地観戦+録画確認で堪能いたしました。武藤さんのおっしゃることへのコメントとプラスαを以下箇条書きで。<br />
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1.終盤の中山から川口へのロングパスは、トップに張っていた川口の足下にピタリと合わせたわけではなく、川口の前のスペースに速いボールを送り込んで、それに川口が追いついたものです。これは川口が出場しているときの磐田の約束事の様なもので、とにかく前に蹴っておけば川口が俊足で追いついてくれるので、結構よく見かけます。<br />
<br />
2.浦和の最大の敗因は闘莉王とネネの不在であったことは、私も同感です。闘莉王がいないことで、セットプレーの怖さもありませんでしたし。なお闘莉王は負傷、ネネは家庭の事情とやらで、2人とも帰国済みです。<br />
なお、マスコミを含め皆さん、途中出場して得点を決めたベテランばかりお褒め下さいますが、前田も褒めてやってください。前半は彼の所からしか得点の臭いがしませんでしたし、彼のドリブル突破が浦和DFを消耗させ、終盤の得点につながったと思います。また、中山と交代する直前、プレーが切れずに中山がサイドラインに暫く立っていたのですが、前田は自分が交代とわかっていたでしょうが、集中を切らさず前線からのチェックを全うしていました。現地で見ていて感心しました。<br />
<br />
3.名波は藤田とともに清水商出身です。藤枝東出身は中山、成岡ですね。
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名波の実家は藤枝市。清商には越境?入学。
ただ、出身まで取り上げると、浦和の長谷部は静岡県でも島田市の出身らしいです。
「藤枝東の大先輩」じゃなく。<br />
で、それに引っかかって、こういうサッカーとまったく関係ない話題で盛り上がるのも、また楽し、と。<br />
<br />
長谷部<br />
藤枝市立青島東小→青島中→藤枝東<br />
名波<br />
藤枝市立西益津小→西益津中→清商→順大<br />
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自分で「長谷部は島田市出身」と書きながら、島田市って藤枝市の隣だし、出身校も全部藤枝だから、サッカーの母地としては藤枝なんだろうな、と思っていたのも事実です。<br />
やはりJリーグ以前からのサッカー愛好家の方にとっては、「藤枝」というのは思い入れのある地名なんでしょうね。(お恥ずかしながら自分くらいのレベルでは、中山とブルックスくらいしか引っ掛かるものが無いのです。)
清水商業は当時清水市立清水商業だったので、県立高校とは違い学区の制限を受けなかったと思います。<br />
<br />
それについては、冨士市出身の川口能活と、沼津市出身の小野伸二も学区外です。<br />
<br />
ただ、小野伸二が高校進学を考える時には学区制が比較的緩やかになっていたかもしれません。<br />
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確実に学区外だったのは浜松出身の武田が清水東だった位でしょうか。<br />
高原は実家は三島市で清水東の学区外でしたが、中学が東海大の附属だったので大丈夫です。まあ高原も学区の制限が緩くなっていたかもしれませんがw。
本気で越境と思ってないですよ。<br />
<br />
学区の制限を受けるのは、とりあえず公立高校(もちろん市立も含む)の「普通科」のみ。(現在はどうか知らないけど)<br />
だから、私立はもちろん、公立でも商業科、工業科、農業科とか、普通科以外の学科に学区の制限、というより学区という考え方は基本的にないです。<br />
で、武田は清水東の理数科(爆)。高原も理数科だったんじゃないかな。一応、公立高校だからルールはある程度守ってると思うよ。<br />
<br />
学区外だろ! と言われれば、まぁ、そうですが、、