この土日は少年団の試合がビッシリ。ところが、2日間とも中心選手の子が1人家族旅行で欠席、実はこれは大変な事態。と言うのは、先日来我がクラブは諸事情で3名の子が退団し、6年生、5年生合わせて13人しかいない状況。1人でも欠けると、試合をするのがやっとになってしまうのだ。
3人の退団の経緯がなかなか興味深い。
1人目。細身で小柄だが、とてもサッカーセンスのある子で、ボランチのポジションで敵からボールを奪取し、散らすのがとても巧かった。今まではフィジカルでやられる事が多かったが、技巧が相当のレベルになってきて、敵の猛チャージを見事にいなすなどできるようになっていた。ところが、お父上が昔相当のレベルで野球をしていたらしい。ここに来て本人に対して「何とか野球をしないか」との説得に成功したとの由で、野球に転向されてしまった。上級生になった以降、いや中学校に進んだ以降の完成を目指して育成したつもりだったのだが。くそぅ。でも、野球をすればしたで、かつての篠塚タイプの選手になるような雰囲気もあるな。
2人目。少年団中でも相当足は速い方、瞬発力も優れているが、もう1つ伸びない子だった。練習中にしても、試合中にしても集中が続かない。特に練習で集中が続かないから、どうしても技術が身に着かない(そのあたりが指導サイドの力の無さと言う事なのだけれども)。さすがに4年生も後半となると、あまり上手で無かった子でも、スクリーンしてのキープやフリーな状態でのパスなどは、ほとんどできるようになっているのだが、その子だけは今一歩と言う状態だった。練習への取り組みに問題があるのは、他の子も理解しているので、試合でその子がミスをすると、他の子たちも容赦せずに叱責する。そう言った悪循環が続いていた子だった。本人なりに考えたらしく、「野球をやりたい」と言ってクラブを去った。確かに種目を変えて見るのは彼にとって有効な選択なのかもしれないが、やはり残念。
そして一番ショックでもあり、一方で納得せざるを得なかったのが3人目。本blogにもかつて何度か登場したS、あのSが辞めてしまったのだ!
実はSは大変な鉄道マニア。試合会場のそばを鉄道が走っていると、本当に嬉しそうに「あ、○○系だ」と騒ぎ、夏休みの自由研究も骨太の鉄道の研究をしていた。何やらJRが主催している「鉄道少年団」なる団体があり、月に何度か週末に集まり、鉄道に試乗したり、駅の清掃活動をするらしい。そして、Sはそれへの参加、サッカー少年団との別れを決断したとの事。野球に負けると悔しいが、鉄道に負けるのは悔しいというよりは爽やかな敗北感を味わったりして。
そして、こうなったからこそ一層、あのSの初ゴールは美しい思い出となった。
数年間に渡り、週末を一緒に遊んできた友人達との別れは辛いものもある。彼らに幸多からん事を。と、気分はアラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンなのであった(古いか)。
2005年05月13日
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私も種目は違えど、単身赴任先でスキーのスポ少の指導経験があります。<br />
初めてゲレンデでボーゲンが出来るようになった時の先生が、その子にとっての最初の「自分の先生」になるとともに、指導者にとっても「自分の教え子」になるのです。<br />
しかし、どこかで別れは訪れます。<br />
私の場合は転勤でした。<br />
何時までもあの頃を覚えていてほしいのですが、子供たちはどんどん成長して、新しいことを吸収し、昔のことは忘れてしまうんですね。<br />
寂しいけれど、それが子供たちの成長ですよね。<br />