10月29日がいかに悲しい日であるかは、もう言うまでも無いだろう。
よりによって、この日が日本サッカー史にとって非常に重要な10月26日と10月28日の近隣だと言う偶然は、サッカーの神の啓示なのではなかろうか。10月26日も10月28日も、確かに本当にどうしようも無いくらい悲しかった。しかし、先日来述べてきたように、この手の悲しみはある種の快感なのだ。そして、悲しい思い出は美しくすらなり得る。
しかし、10月29日の悲劇は、何らの快感にもつながらず、美しい思い出にもなりはしない。2度と思い出したくも無い、忘れてしまいたい事件だ。しかも人為的な事件だ。けれども、私たちは絶対のこの悲劇を忘れてはいけないし、風化させてしまってはいけないのだ。2度とこの悲劇をくりかえなさないためにも。
この悲劇に関して、ここ最近動きがあった。
山口素弘の横浜FCへの加入である。このエントリで述べたが、私は、横浜FCと言うクラブは「ある意味において明確にフリューゲルスと言うクラブの後継クラブ」だと捉えている。そして、その横浜FCに山口が復帰した事は、1つの事件である。こちらのblogで見事に描写されているように、本人もそのような意識をたっぷり持っているようだし。
今シーズンも、トリニータやザスパと言ったJリーグのクラブの経営危機が報じられた。また、Jリーグを目指そうと言う、JFLや地域リーグのクラブの多くも、相当厳しい経営状態にある事も、周知の事実だ。けれども、何があっても、そのクラブの存在が無くなるような悲劇は起こしてはならない。繰り返すが、そのためにも皆が10月29日を忘れてはいけないはずだ。
TVでトリニータ−ジェフを見ていた。一時は、勝てないわ、カネがないわで、苦闘していたトリニータ。それがシャムスカ氏就任で、見事に改革された。そして、腕章を巻いて見事なプレイを見せた吉田。フリューゲルス最後の試合となった天皇杯決勝で、決勝ゴールを決めた吉田。もし、フリューゲルスが、あのまま存続していたら、吉田はどのような選手になってたのだろうか。
2005年10月29日
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Long and Winding Road
Excerpt: 93年アメリカ・ワールドカップアジア最終予選、初のワールドカップ出場に手をかけながら最終戦のイラク戦でロスタイムにコーナーキックからオムラムにヘディングシュートを決められ予選敗退に終わった「ドーハの悲..
Weblog: フットボール問わず語り
Tracked: 2005-01-01 00:00









とにかく挨拶の場面は記録しなくてはいけない気がして、メモを取りながら聞いていました。
「Jリーグ、全日空、誰でもいい、助けてくれ!」<br />
の叫びは今でも頭から離れません。
昔話をするのは年の証拠と思っていたのですが、今、そんなことはないと思い直しています。語り継がなければいけないこともあるのかもしれませんね。
酔っていたチームに対し「身の丈にあう経営をさせるため適切な運営ができないチームは<br />
本当に潰れる」という実例をあえて作ったのではないか、という筋書きが頭から離れないのですが、<br />
どうなんでしょうか。<br />
あの頃ヴェルディの尻馬に乗ってはしゃいでいたジェフなんかは、あれでかなりいい方に<br />
転向したんじゃないかという気がするし。<br />