2006年10月10日

プロの指導者

 昨日も講釈を垂れたが、J2クラブがずらりと登場した天皇杯3回戦。ベガルタは何とか帳尻を合わせる事ができたが、各地で番狂わせも相次いだ。

 中でも、ヴェルディが栃木SCに負けた事は、相変わらず試合終了後にポイントを外した発言を連続するラモス監督の映像と共に、ヴェルディの一層の落ち込みを喜ぶ多くの野次馬を愉しませてくれた。まあ、昨日も述べた通り、2部リーグと3部リーグの戦闘能力差は、それほど大きいものではないから、番狂わせそのものは仕方がないと思う。ただし、ヴェルディは現状J2で苦戦はしているものの、戦闘能力は「なぜJ2に降格したのだ」と言うほど、充実したものがあるだけに、関係者の悔しさはひとしおのものがあるかもしれないが。

 一方で、JSLの中上位に位置し、近い将来のJ2入りを目指す栃木SCにとっては、非常に重要な勝利となるだろう。



 さて、この栃木SCの快勝の報道を読んでいて、思い出した事がある。ずいぶん以前に講釈を垂れた事があるのだが、栃木の高橋高監督は国士舘大学時代、ヴェルディコーチの柱谷哲二氏の先輩にあたるのだ。つまり、柱谷哲二氏は、卒業後約20年ぶりに先輩と公式戦で戦い、敗れた事になる。

 選手としての高橋は、国士舘時代に学生選抜にも選ばれるような名選手だった。フィジカルの強さと執拗な対応は、当時の大学のトップクラス。当時の国士舘は、ボランチに柱谷哲二、ストッパに高橋、スイーパにレジョン・ミッシェル(現宮澤ミシェル)と言う強力な布陣で、大学サッカーのトップを謳歌していた。高橋が、もしJSL入りしていたたとしたら相当な活躍をしたのではないかと思えるし、事実複数のJSLチームが勧誘に動いたとの噂もあった。しかし、高橋氏はその道を歩まず、郷土の栃木に戻り、教職に就きながら栃木SCの前身の栃木教員クラブで長く活躍し、その後監督に就任したと聞く。言わば、この20年間に渡り、高橋氏は栃木県のサッカー界を支えてきたとも言えるだろう。

 その高橋氏を中心とする栃木SCがJリーグ入りを目指すと言う話は中々壮大なドラマと言えるだろう。残念ながら、彼らの前に横たわる試練も相当なものがあると思うが、この日の勝利がその試練を乗り越えるよい材料となる事を期待したい。



 逆に考えてみよう。高橋氏は、学生時代に日本の最高クラスに近いレベルの選手で、教員クラブでプレイを継続しながら、教職と言う「教えるスペシャリスト」の職業に20年間就いていた訳だ。これはサッカーの指導者、監督としては、ある意味で理想的な経歴とも考えられないだろうか。正に氏は「サッカー指導者としてプロフェッショナル」と言うべき存在に思える。

 そう考えると、このプロ中のプロの監督に率いられた栃木SCが、いくらよい選手が多数いても素人同然の監督が率いるチームを破ったのは、不思議でも何で...(以下自粛)。



 冗談はさておき、先日高円宮杯を制覇した滝川二高の黒田先生がヴィッセルの強化部門に移る事が報道された。帝京の古沼先生がヴェルディの若年層指導を担当しているのも一時話題になった(いや、古沼先生には、若年層ではなくて、大人のチームを率い...(以下自粛))。このような、指導者の流動は、日本サッカーの質をさらに上げていく事だろう。

 日本協会が強化のために考えるべき施策は、このように、サッカー界の優秀な人材が適切な職業に就けるような制度を作り上げる事ではなかろうか。このような人材流動の最大の障害は、教員と言う職業における様々な制限(年齢問題や、いったん別職業についた教員の復職問題、優秀な成果を上げた教員の報酬問題など)にある。これらを改革するためには、独自に考えられた理想的な計画の立案や、現行方式を管理する文部省との粘り強い交渉のはず。そして、今の日本協会の財力(財力により、そのような問題対策ができる人間を雇用できると言う意味で)があれば、そのような建設的活動は十分可能だと思うのだが。福島に中学生を集めたり、都心にビルを建てるよりも、このような施策を具現化してくれればいいのに、と思うのは私だけだろうか。
posted by 武藤文雄 at 23:15| Comment(4) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あんまりにも正論過ぎてコメントつけようがないみたいですねw<br />
御説御尤もで御座います
Posted by ラモスだけは… at 2006年10月14日 21:15
現状では、教員という立場にメリットがありすぎて、プロのコーチとして勝負するリスクをかけられないのでしょう。全国を制したことのある指導者であっても、プロコーチを目指さずにS級を取得する方もいるわけです。市船の布先生が教職を辞め、U16代表監督に転身したことは有名な話ですが、地元開催でタイトルを義務付けられた2年前のアジアユースで予選敗退。現在は関東トレセンのほうにまわっていますが、再登板は微妙な状況です。日本協会は地道に改革を続けてるようです。でも今回の国体U16化にもかなり時間がかかり、こういうのはサッカー界だけの問題ではないため簡単にはいかないのでしょう。
Posted by 海外組 at 2006年10月15日 00:49
以前、高橋先生のコラムの時にメールさせて頂いたものです。<br />
高橋先生の現役時代を覚えていらっしゃる武藤さんが凄いのか、武藤さんの記憶に残るほどのプレイぶりだった高橋先生の現役時代が凄いのかは不明ですが(後者だと願いたい)、改めて懐かしい思いが沸き、コメントさせて頂きました。<br />
闘将柱谷と名手ミッシェルと同じグラウンドに立っていた高橋先生は、教員のイメージが強くてなかなか想像出来ません。<br />
まあ、体育の授業で中学生相手に猛チャージをかましている姿は目に浮かぶのですが(笑<br />
私がお世話になってからもう15年ですが、その間もサッカーへの情熱を全く失っていない先生のような人達が、日本サッカーを支えているのだなあと改めて実感致しました。<br />
<br />
ちなみに口癖は「ガッツ&ファイト」で、好みの飲み物は「ソーダ抜きDrペッパーのHOT」(国士舘サッカー部名物だそうです)でした。
Posted by tom at 2006年10月18日 22:37
ここにたどりつきました。<br />
いきなりのコメント失礼いたします。そしてはじめまして。<br />
長らく自分もサッカーをやっておりまして、この天皇杯4回戦の放送ぶりを見て、「昔は元旦の決勝しか放送なかったのにな・・・(田舎なので)」と感慨深い思いをしている黄金世代のひとりであります。。<br />
高橋監督が国士舘大の監督をやっていたと清水戦のあと聞き、そのときの話を聴きたいなぁと検索してみたのです。国士舘大学といえば、わたくしが高校大学のころにめちゃくちゃ強くなった強豪だという意識があったので、高橋監督がその強化に貢献されていたのか、そして何年くらい率いてらっしゃったのか知りたくて。そしたらば、自身も国士舘大学、そして柱谷とミシェルwと組んでたなんてびっくりです。名バックだったんですね〜。清水戦での前半、そして後半失点するまでの鬼のようなDFの理由がわかったような気がいたしました。教職20年ということは、ほぼ国士舘大に身をうずめてらっしゃったということですか?そして栃木SCへ・・・。栃木SCも一貫してアマチュアクラブとしてがんばっているようで。岐阜FCなど、積極的に元Jリーガーを補強しているクラブもある中、この精神は斬新に映ります。一時期の強さより、着実に強くなっていきたいというあらわれなのでしょうか。もともとのクラブの精神でしょうか。。しかしあらためて天皇杯4回戦で盛り上がれること自体、日本サッカーの成長を感じてやみません。露出が多いことも含めて。少なくとも、日曜にあったデポルvsバルサより面白かった、と思いました。今風な比較で申し訳ないのですが。。。<br />
<br />
いきなりのおしかけ、さらに長文、大変失礼いたしました。。ではでは・・・
Posted by eric at 2006年11月06日 20:01
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