ベルマーレ−ベガルタ戦の試合以外の雑をいくつか。
試合前に岩本テルがインタビューを受けていた。よい企画だ。
「人前に来るのだから、もう少しちゃんとした服装をした方がよいのではないか」と思うのは、世代的な問題か。もっとも、インタビューア(ベルマーレのアナウンサ)とのやり取りは中々面白かった。特に「ベルマーレの勝利を願って...」と振られた時の、「いや、そう言われても...」と言う困りっぷりが面白かった。さらに「いやベルマーレを」とインタビューアはテルを押しまくり、見事にベガルタサポータ席からブーイングを引き出した。その後は、双方のサポータ席から相前後して「テル」コール。これは、インタビューアもテルも見事なプロの妙技とも言えるだろう。大したものだ。
どうせながらバックスタンド側の両軍のサポータ席にまで挨拶に来てもよかったと思うのだが。
この試合翌日、少年団コーチ仲間と家族同士で一杯やった。このコーチ仲間は当然ながら?居住地のベルマーレサポータで小4と小1の息子がいる(共に我が少年団所属)。前日は家族4人で悔しさを堪能いただいた訳。ところが、奥様によると1年坊主の方が翌朝起きてくるなり、「ベガルタ!仙台!」とコールし始めたと言うのだ。奥様曰く「メインスタンドで観てたんですけど、バックスタンドからの『ベガルタコール』って凄い圧力なんですよね。いつのまにか、この子の耳に焼き付いて離れなくなったみたい。」
見所のある少年ではないか。次回は父親から引き離して、ベガルタの応援席に連れて行き「ロペス、ローペス」を一緒に踊る事にしよう。
試合終了後、友人たちと平塚駅近傍の居酒屋に繰り出した。客引きをしていた若い女の子が「あのー、今日は黄色い服を着た方々が町中にいるんですけどー、何かあったんですかー。」と聞いてきた。友人が某有名新興宗教団体の名前を出して「会合がありまして」と説明したところ、結構引かれてしまった。おじさんが若い娘さんをからかってはいけないね。
駅前の居酒屋のお姐ちゃんが、地元ベルマーレの試合の事を認識していないのは、ちょっと寂しかった。ただ、居住地柄、極めてマーケティング活動がしづらいベルマーレの営業部門の苦労は知っているだけに、あまり厳しい事は言えないのだが、繁華街界隈の告知くらいは改善して欲しいなと。いや「敵サポータに飲ませる酒はない!」とまで、なられては困るのだが。
しかし、サポータの集団って結構宗教団体と類似するものがあるのは確かだよね。上記の1年坊主君は、お経を唱えだしたようなものだろうし。ダイヤモンドサッカーを通して観る事で、羨望の対象でしかなかった欧州南米のサポータ達。デズモンド・モリスが「サッカー人間学」を著し、彼らを「宗教」と関連付けて説明してくれたたのが、確か1983年。あれから僅か20数年後に、自らがこれだけ多数の友人達とその「宗教」に浸れる時代が来るなんて、当時は思いもしなかった。本当によい時代になったものだ。
2007年08月27日
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欧州サッカー
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Tracked: 2007-08-28 15:16









残り1/3弱のJ2、ベガルタの御健闘祈ります。
あまり長くお話しできませんでしたね、ぜひ次回またよろしくお願いします。
岩本テルにはほのぼのさせてもらいました。
そして試合は劇的な場面に立ち会うことができました。
ベガサポにとっては最高の夜となりましたが、湘南サポさんの気持ちはいかばかりかと思っています。
お知り合いの小1息子さんにはぜひ、ロペスダンスとリャーンヨンギ〜♪をやっていただきましょう^^!
ただしくは、(未開の)部族社会だったと思います。
部族社会の宗教・呪術もたとえ話には入っていたような気がします。
あの本は、あの時代の刊行にしては日本に好意的。
曲解してサッカー=狩猟論を展開する(Y崎K一氏のような)困った人も多いのですがねwww
「二」には加藤久がいるが、「一」には武藤文雄がいるのだ)。
1983年は高校3年生でした。その頃はサッカーのサポーターなんて全く興味なかった僕も今では立派な素敵なベガルタ狂です。今後とも宜しくお願いします。
日記面白くて読みふけってました。
で本題ですが、伝説のサポーターの戦術くんこと岩佐さんのお墓と菩提寺を探しています。
今月、岩佐氏の親友であった壇さんが来日します。
http://itodan.exblog.jp/
なので、本人も菩提寺やお墓を訪ねたいそうです。
情報提供をどうかお願いいたします。