横浜FCのJ1の冒険は早々に終わってしまった。
そもそも、数奇な歴史を持ち、決して予算的にも恵まれていないこのクラブが、J1に昇格に成功した事が大変な成果だった。
とは言え、同時に昇格したレイソルとヴィッセルと比較しても、その予算規模や選手層からJ1での戦いが厳しい事は、開幕前から予想されていた。それでも、久保の獲得に成功、もし久保がそれなりに働く事ができれば、J2でも他チームを悩ませた堅固な守備と、久保の一撃で面白い存在になる事も期待された。
けれども、現実は違った。J2陥落そのものは仕方がない事かもしれないが、シーズンを通して印象的な試合も少なく、存在感を見せる事なくここまで来てしまった感もある。
無論、いくつか印象的な試合もあった。開幕のレッズ戦。久保は講釈しようのない一撃を決めた。これは凄かった。その後、横浜FCが発売した手ぬぐいもよかったけれど。しかし、この試合ではJ2で通用していた組織守備がレッズの猛攻に、終盤まで持ちこたえられなかった。そして、この開幕戦の守備崩壊は今シーズンの横浜FCを暗示していたかのようだった。
リーグ序盤に三ツ沢で行なわれた横浜ダービーでマリノスに守り勝ったのも評価されよう。しかし、後期のダービーで、あろう事かマリノスに8点を奪われる惨敗。結果的に前期の鮮やかな勝利の記憶を消し去ってしまった。
その後、ガンバに1−1で引き分けた(今考えると、ガンバにとってこの引き分けは非常に痛かったわけだが)時は、新規に補強したマルコス・パウロと呉範錫を軸に、それなりの反攻も期待された。しかし、直後にフロントはJ1昇格の功労者である高木監督を更迭。せっかくの上向きの雰囲気は、消えてしまった。確かにあの時点では、よほど奇跡的な手腕を持つ監督でなければ、状況の改善は難しい状況だった。J1昇格を決めた高木氏の手腕は驚異的だったが、フロントは奇跡的な監督を求めたのだろう。結局ジュリオ・レアル新監督就任後も連敗を重ね、J2降格が早々に決定した。
久保がほとんど使えなかった事、チームの要として期待された生え抜きの内田が負傷がちだった事、序盤戦で外国人選手がほとんど機能しなかったなど、誤算が多かったのは確かだ。ただでさえ、戦闘能力的に苦しいチームだっただけに、これらの誤算は大きかっただろう。
しかし、そのような事はいずれのチームにもある事である。やはりフロントの施策に問題があったと思う。最大の問題はカズ、山口、小村と言った大ベテランを中軸に考えた構想そのものだろう。この3人の実績はもちろん、節制もすばらしく、今なお見事なプレイを見せてくれている。しかし、彼らは既に盛りを過ぎた選手なのだ。彼らをズラリと並べてJ1を戦おうと言う発想に無理があったとしか言いようがない。常識的な年齢の選手の中で、彼らがベテランとして1枚機能するならば、状況は違ったかもしれないが。
とは言え、フリューゲルス消滅から僅か9年で、横浜FCと言うクラブがJ1を戦ったことの意義は大きいと思う。この2つのクラブの関係を、以前に語った事に加えて、今さらどうこう語ろうとは思わない。ただ、たった8シーズンと言う短い期間で、必ずしも経済的に恵まれているとは言えない新しく作られたクラブが、1部リーグにまで駆け上がった事は、評価に値するだろうと言う事だ。
そして、横浜FCと言うクラブの歴史は、過去よりは将来の方が長いのだ。このつらく厳しかったシーズンは、このクラブにとって貴重な財産になる事だろう。
2007年10月29日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック








