2006年12月27日

拡大トヨタカップ

 すっかり更新をサボってしまい申し訳ありません。色々ありまして。とりあえず復帰いたします。すっかりタイミングを逃した感がありますが、まずは拡大トヨタカップ総評から。



 すばらしい大会だった。唯一悔いが残るのはいくつかの事情で3位決定戦を見られずアル・アハリを見損ねた事。大会前から都合でインテルナショナルの準決勝観戦はあきらめていたのだが、チケットを持ちながらの3決回避は今でも悔しい。

 しかし、そのような無念さを完全に吹き飛ばすような、実に見事な決勝戦だった。さらに、その決勝戦は試合そのものもトヨタカップの中でも高いレベルにあったのみならず、準決勝でのバルセロナの大爆発と言う伏線を見る事ができたので、一層色鮮やかなものになった。



 決勝のインテルナショナル。3FWのバルセロナに対して、4番のエレールを余らせて4DFでマンマーク。さらに所謂ブラジル風のドイスボランチの4MFが、左右にスライドしながらバルセロナMFにまとわり付く。ロナウジーニョについていた2番のセアラが攻め上がると、必ず8番のエジーニョが守備ラインに引き自陣の数的優位を崩さない。さらにザンブロッタが上がってくると、ジュリについていた15番(左バック)のカルドーソが巧みに3番のインディオにジュリを任せ自分がザンブロッタを押さえに行く(同時に中央と右サイドのDFが全体にずれてマークは崩れない)。この時カルドーソが、受け渡し直前にインディオに対し片手を上げてタイミングを取る仕草が何とも美しい。

 しかもインテルナショナルは、ただ守りを固めている訳ではない。ボールをよい位置で奪うや、2トップにもう1人が必ず絡み鋭いカウンタを狙う。常にカウンタを狙う事で、バルセロナが2CBとボランチのモッタが前進しづらくする事に成功した。ただし、インテルナショナルの逆襲で面白いのは後方に必ず人数を最低6人は残す事、結果的に間延びしたラインになり、悪い位置でボールを奪われると逆にバルセロナの速攻に脅かされる事になった。しかし、どうやらそのリスクは覚悟の上だったようだ。それでも最終ラインに人数を残し、自陣前で跳ね返す事に専念する守備を選択すると決めていたのだろう。実際、ギリギリのところで守備は崩れなかった。

 この鮮やかな守備と、執拗なカウンタを継続する試合を観て、つくづく「ブラジルは凄い」と改めて思った。ブラジルのトッププレイヤの多くは海外でプレイしている。ロナウジーニョやロナウドのような超トップクラスはもちろん、Jリーグで戦っているブラジル人選手のレベルも相当なものだ。けれども、あれだけの人材を輸出しながらも、国内のクラブにはこれだけ質の高いサッカーができる選手が十分いるのだ。それでも、去年のサンパウロは、まだシシーニョとかジュニオールとかアモローゾとか、私でも知っている人材がいたのだが、今大会のインテルナショナルで知っている選手はほとんどいない。試合後、イアルレイを思い出したくらいだ。



 一方のバルセロナ。

 準決勝は凄かった。幸運にも、後半大差がついてロナウジーニョとデコを中心に、バルセロナが奔放な攻撃を見せた側のゴール裏で観戦していた。もうバルセロナの3点目(ジュリが完全にフリーから打ったのをGKがこぼしたのを例のロナウジーニョのアレ)、4点目(抜き損ねたロナウジーニョが方針を変更して後ろを向いてデコに渡し、同時にシュートコースを空けて決めさせたヤツ)、以降ロナウジーニョがトップに残り、デコと共に、仲間を使いながら次々に見せてくれた芸術。「駆け引きがどうだ」とか「勝負のアヤがどうだ」と、普段講釈を垂れている事のむなしさを感じさせてくれる美しさ。サッカーの必勝法は巧いヤツを集める事がまず第一歩と言う当たり前の事を認識させてくれた。

 毎週、バルセロナの攻撃はTV映像で愉しむ事ができる。しかし、ゴール裏であの猛攻を生観戦すると改めて発見できる事が多数ある。中でも感心したのはロナウジーニョのDFの足先ギリギリを通すパスの巧さ。巧みなドリブルでDFの動かして、狙っている足に体重ががかかった瞬間にその横を通すのだろうが、ここまで理屈どおりに巧くやれるのだから恐れいる。

 ロナウジーニョとデコと言う大駒2人の周りを、技巧的で勤勉な選手が動き回っての美しいサッカーを堪能できた(もっとも、あれにメッシとエトーが加わるのが本来の姿なのだな)。試合後、一緒に観戦した少年チームのコーチ仲間の友人と「いや、よいものを見せてもらった。子ども達も連れてきたかったな」と試合を振り返るのがまた愉しい試合だった。



 そして決勝のバルセロナ。

 インテルナショナルの分厚い守りに悩まされながらも、幾度か好機を掴むが崩しきれずに前半を終える。ライカールト氏としては、どこかで無理をして攻めかけたいところだったのだろう。そして、そのタイミングが後半開始早々が一番よいように思っていた。ところが、何とした事か、ザンブロッタが負傷すると言う不運、ハーフタイムに守備ラインで交代を1枚使う事になってしまった。これにより、後半開始早々も落ち着いた入りをせざるを得なくなった。

 後半も押し気味に進めるバルセロナだが、インテルナショナルの守備は相当厚く、どうしても崩しきれない。後半半ばにシャビをを起用するも、結果的にはイニエスタが中盤の最後尾に下がってしまい、飛び出す手数が減ってしまった感もあった。さらに結果的にデコも前掛りになってしまい、よい体勢で前向きにボールを受ける場面が少なくなったように思えた。加えて、やや焦れてきたか、ロナウジーニョが引き気味の位置取りになってしまい、攻めあぐねが継続する。

 そして、そうこうしているうちに、鮮やかな逆襲速攻からやられてしまった。しかし、あの場面のプジョルはないだろう。2対2、さらに敵が1枚後方からフォローしてきている状態で、守備者が先に仕掛けてしまっては話にならない。イアルレイもアドリアーノ3号も素晴らしかったが、やはりあれはプジョルの自滅と記憶すべきゴールと言うべきではないか。非常に乱暴な感想だが、あのプジョルのプレイを見て、スペインがどうしてもワールドカップで上位に進めない要因を見たか感すらある。

 非常に苦しくなったバルセロナだが、まだ時間は10分あった。延長を考えて残しておいた「最後の交代カード」を切り、捨て身の猛攻に出るべきなのだが、何か落ち着かない。エスケーロが投入されのは、失点後6分も経ってからだったし、選手達も焦りから上滑りのプレイが続いた。インテルナショナルがいやらしくタッチ沿いでキープしているプレイに、あれだけ苛立ってつまらないファウルをする事などは、「もはや、あきらめてしまったのか」と思わせる程、トッププロとは信じ難い場面だった。

 ベンチのライカールト氏もニースケンス氏も、なすすべなし。ここでピッチ上に必要だったのは、現役時代の2人のように、冷静にあきらめず卓越したフィジカルで身を粉にしてクライフやファン・バステンに尽くすために戦い続けるプレイだったはずなのだ。しかし、この日2人が選択したプレイヤのいずれも、そのような発想でロナウジーニョに尽くすプレイはしてくれなかった。ここでもザンブロッタの負傷退場が痛かったと言う事か。



 まあ、そうは言っても、称えるべきはインテルナショナルの90分間継続した完璧な守備である事は言うまでもない。試合後、一緒に観戦した少年チームのコーチ仲間の友人と「いや、よいものを見せてもらった。子ども達には全く理解できないだろうけれど」と試合を振り返るのがまた愉しい試合だった。



 拡大トヨタカップに関して、私は完全な野次馬である。野次馬である以上は、サッカーがサッカーとして愉しめればそれでよい。たとえTV中継の演出が酷かろうが、バカな実況にフィルタリングをする事くらいは朝飯前だし、よい映像が流れてくればそれで十分だ(いつか、ベガルタが登場し、野次馬で無くなる日を心底愉しみにしているが)。

 よい大会だった。巷にこの拡大トヨタカップの改善案を検討する動きがあるようだ。私はそうは思わない。もう、これ以上の大会形式は考えられないように思う。欧州を含め、世界中試合の日程はもうこれ以上試合数が増やせない程になっている。その状況で、この大会の出場チーム数を8に増やすなど愚の骨頂だ。またオセアニアのレベルがいかに低かろうが、世界中のクラブがこの大会につながらなければ意味がない。予備予選にしたって、もし日本のトップクラブがそれに対応しようとした瞬間の日程破綻を考えればあり得ない選択だろう。地元枠が論外なのは言うまでもない。とすれば、現状の開催方法は現時点では最適と言えるだろう。唯一の問題は、チケットの異様な高値だけである。

 トヨタと言う世界的企業のおかげで我々は過去30年近く、クラブの世界一決定戦を生で堪能し続けてきた。そして、美しいバルセロナと、完全にインテルナショナルにしてやられるバルセロナの両方を堪能してしまった以上、トヨタカップの拡大は大成功だったと言わざるを得ない。いくらブラッターと川淵が嫌いでも、この2試合を堪能できて文句を言う筋合いは一切ない。昨年より拡大したこの大会が、未来も生で堪能できればこれほど嬉しい事はない。しかし、この大会が他国に行ってしまったら、それはそれで仕方が無い事だ。新たな開催国の、私のようなサッカー狂が堪能するだけの事だろう。
posted by 武藤文雄 at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月12日

存在そのものが難しい大会だが

 試合は期待通り面白かった。

 いかにもメキシコの選手らしいバネの利いたパスワーク。アメリカの3トップは、左からクラウディオ・ロペス、カバニャス、ブランコと名の知れた各国の代表選手が並び、3人のスタイルがそれぞれ異なるから面白い。左のC・ロペスが常に張り出し、カバニャスとブランコの2人が左右の関係を維持しながら上下の位置を切替えてスペースを作りながら好機を演出する。そうこうして右サイドからブランコが狙い済ましたカーブのクロスを入れて、C・ロペスがフリーで抜け出しながらヒール気味のシュートを浮かせてしまった場面。MFのファビアーノ・ペレイラのヒールキックから右バックのカストロがオーバラップ、カストロがカバジャスとのワンツーを狙ったところで、カバジャスがさらに大外に上がってきた(この攻撃の起点だった)F・ペレイラを使い全くのフリーにした場面(F・ペレイラのシュートはニアの枠外へ)。いずれも見事な攻撃。

 対して韓国は崔眞xを軸に中央の4人が、いかにも韓国らしく粘り強くよく守る。C・ロペスはお年のせいか、やや切れがなくなったようにも見えたが、ギリギリで身体を寄せてくる全北守備陣が最後で自由にさせなかったとも見えた。ちなみに守備的MFの金鉉洙は、この試合のCBを務めていた金鉉洙と同一人物なのだろうか。詳しい人いたら教えてください。そして全北の攻撃は、大柄で突破力のあるゼ・カルロスをトップにおき、空中戦の強い王淨鉉(しかし前半で交代してしまった)、その代わりに出てきたちょっとしたタメの巧いボティ、セットプレイでカーブのかかった強いボールを蹴る事ができる金炯犯などが、よいプレイを見せる。アメリカに比べると不正確だが長いボールを使い、受け手が強引に前に持ち出して攻め込むあたりも韓国らしい。

 かくして、ややアメリカが優勢だが、両軍ともシュートがほとんど枠に行かず、後半も半ばを過ぎ延長の風情も高まってきた。「寒いけれど面白い試合だから延長も悪くないか」と、坊主と話していたら、とうとうアメリカが先制した。セットプレイ崩れからアメリカが攻め直す、中盤から深いクロスが右に開いていたカバジャスに出る間、攻撃に参加しそのまま残っていたCBロハスは全北のDFと凄まじい位置取りの争いをしていた。カバジャスが持ち出したところで、この位置取りに勝ちかけたロハス、しかしDF(右バックの田廣煥だったと思うが確認し損ねた)もよく身体を寄せていた。ここで、カバジャスは意表をついて低く強いセンタリング、そのため意表をつかれたDFは完全にバランスを崩し身体を離してしまう。ロハスはそのため、完全に一歩前に出る事ができ、足が絡まりながらもボールになだれ込んで押し込むのに成功した。終盤の好機に勇気を持って敵陣に居座り続け得点を狙ったロハスの執念と、カバジャスの見事なアイデアが結実した得点だった。

 ガンバが全北に負けた試合は映像でも見ていないが、この日の試合を見た限りでは全北の代わりにJ1の強豪クラブが出ていても、十分にやれたと思う。これはこれで、このような悔しさは持ち続けるべきなのだろう。



 と言う事で中々愉しめた試合。

 先日述べたように、坊主と私は「今後の活動に向けた研修の場」と言う事で無料の観戦(研修観戦は本人の他に同伴者1名も無料観戦が可能)。周囲にも「いかにもサッカーのコーチをしています」と言う雰囲気の中年のオッサンと、グラウンドコートを着ている少年の組み合わせが多数いた。私同様毎週末サッカーと子ども達に遊んでもらっている父親が、研修観戦を堪能したと言う事か。ありがたい事だ。

 けれども、やはり本当にこれでよいのかとなると疑問。今日、青山門で研修観戦案内ハガキを提示してもらったチケットは何とカテゴリー2。バックスタンド、ゴールラインやや後ろの5000円の席だ。当然、2000円のゴール裏だと思っていたのに。まあ、TV映りを考えて、バックスタンドの空いているあたりの席を、招待席にしたのだろう。

 いや、悪くない席で親子で無料でタフな国際試合を堪能させていただいた訳です。文句を言ったらバチがあたるのは、よくわかっています。

 けれども、このような不自然な方策は長く続かないように思える。この試合の前売券を事前に購入していた方がどのようなお考えだったのかは全く想像できないが、やはり商売としては拙いのではないか。

 結局チケットの売れ行きと言う問題に帰着し、この大会の存在意義にまで話は遡るのだろう。元々、不定期開催を余儀なくされていたワールドクラブカップが、トヨタがスポンサになった事で日本での一発勝負となり、世界に定着した経緯を思い出してみよう。今ほど世界のサッカーが過密日程で悩んでいなかった70年代ですら、既に南米チャンピオンと欧州チャンピオンはH&Aで戦う日程を確保するのが難しかったのだ(ご承知のように不定期開催だったのは、日程調整問題以外にも多数の問題があったのだが、それはまた別途)。

 まして、今日これ以上大会期間を長くする事(あるいは欧州チャンピオンを長く拘束する事)が現実的とは思えない。その中で、ベガルタ仙台に「いつか世界一を目指す」と言う目的意識を持たせてくれるこの貴重な大会をいかに育てていくか。中々妙案が出ないものだ。

 とりあえずは、坊主と2人で無料観戦させていただいた事が、結果論としてプラスにはたらく事を望むものである。
posted by 武藤文雄 at 23:10| Comment(5) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月07日

研修観戦招待受領の件

 一昨日帰宅すると、日本協会からハガキが来ていた。もちろん、協会会長に対する名誉毀損に関する内容証明付き郵便ではなかった。来週行われる拡大トヨタカップの1回戦の全北現代対アメリカ戦及び、5,6位決定戦への招待状。曰く
世界最高峰の本大会において、今後の活動に向けた研修の場として、開催地の近隣県の登録審判員や指導者の皆様に、無料でご観戦頂く機会を提供させて頂くことと致しました(一部意訳)。
との事だ。

 まあ、この大会のチケットの売れ行きについて云々言うのは野暮と言うものだろう。実際、決勝戦にしても、ロナウジーニョ出場が確定している準決勝にしても(怪我さえなければだが)、現時点でまだチケットが余っていると言うが、あの価格設定では仕方がないだろう。ただ、この件について日本協会を揶揄する気は無い。どうやら価格設定は胴元のFIFAの判断らしいからだ。そして、毎年日本開催を継続したい日本協会としては、タダ券を配ってもスタンドを埋めて、「大会成功」をアピールしたいのだろう。日本協会もつらい。ここは私も協力したい、と言う事で月曜定時退社を目指すのだが。

 もっとも、決勝チケットが売り切れになるのかどうかは興味深い。広告代理店は叡智を振り絞ってこれからの完売を目指すのだろうが、もし決勝スタンドがガラガラになったらどうなるか。来年の拡大トヨタカップは敢え無く他国に取られてしまうのか、それとも来年のチケット代が適正に下がるのか。後者だったら嬉しい事この上ないが、前者はとても残念。

 考えてみれば面白い、4年前のワールドカップでは全試合チケット売り切れになったのだが、同じ日本で行われるクラブの世界大会ではチケットは余るんだな。これが正しいか、おかしいかについては、何とも言えないが。もっとも4年前のワールドカップでチケットが余っていた国もあったけれど。

 とは言え、冷静に考えてみれば、「全北対アメリカが『タダ』で見られる」って言うのは凄い贅沢な娯楽だ。韓国とメキシコのトップクラブが本気で戦う試合って、相当面白いと思うのだが。拡大トヨタカップの1回戦は、アジア、アフリカ、北アメリカ、オセアニアの4クラブの戦いとなる。オセアニアのクラブの力が格段に落ちるのは明らか(昨シーズンのカズとヨークの奮戦は面白かったが、チームとしての戦闘能力には、明らかに限界があった)。とすれば、オセアニアが絡まない1回戦が注目の的になる。ところが、たまたま去年はアラブ同士のアル・アハリとアル・イテハドと言うやや似たタイプのチームとなってしまったので、興味としては今一歩だった(もちろん、このアラブの2強国のサッカースタイルの相違は、それはそれで愉しめたのだが)。全北対アメリカは、サッカースタイルが全く異なる国同士の対戦。正に国際試合と言う面白さが堪能できそうではないか。しかも「ああ、どうして日本のクラブがここにいないのだ」と言う悔しさをチクチクと感じながら。

 98年フランス、あのトゥルーズのアルゼンチン戦を前日に控えた異様高揚感を味わいながら、リヨンで見た韓国−メキシコを思い出したりして。河錫舟の直接FKと直後の退場、後半1人少ないのに無理して勝ちに行った車範恨氏の自滅。



 と、ここまで書いてきてふと思った。

 いっそ、この試合は全北のホームタウンでやったらどうだろう(そうなるとこの試合が観られなくて困るけれど)。不利になるアメリカ側は怒るだろうけれど、それはまあ入場料収入増大の分を回せば落としどころは見つかるだろうし。前もってこの試合のチケットを買っていた人が何人いるかは知らないが(チケット発売は全北の出場が決まるよりもずっと前だった)、払い戻しさえすればさほど問題にならないのでないか。

 でもなあ、Kリーグの観客動員を考ると、まだ国立でやった方が客が入るのかもしれないな。鄭夢周氏もそのあたりわかっていて、こっちに押し付けているのかもしれないな。

 まあいいや、指導者、審判の皆様、月曜日の国立で会いましょう。
posted by 武藤文雄 at 22:10| Comment(5) | TrackBack(1) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月29日

史上最高の守備者

 バロンドールと言うタイトルは、類似のタイトルが多々登場しつつも、最も老舗的な感覚がある世界最高峰の個人タイトルと言っても過言ではない。もちろん、こう言ったサッカーの個人表彰そのものが非常に難しいのは、随分前にも述べた通りだが。

 そのバロンドールを、晴れて?世界チャンピオンの主将でかつ世界最高峰の守備者であるカンナバーロが獲得した。元々、バロンドールの歴史を考慮しても守備者が選ばれる事は稀。GKのヤシン、リベロのベッケルバウアとザマーのみである。このうち、ベッケルバウアは最終ラインで冴えた守備を見せたいたのは確かだが、実質的にそのメインの武器は守備と言うよりは前線への展開。ザマーに至っては、洗練された闘莉王(そもそも洗練された闘莉王と言う概念があるのかどうかはさておき)と言うか、敵の守備の弱点を見つけて、スッとそこに前進して得点に絡むのが魅力の選手だった(むしろこの2人よりも、同じドイツ人のマテウスの方が所謂後方の守備者っぽい雰囲気があるのが面白い)。

 そう考えてみると、純粋な守備者がバロンドールを獲得したのは、ヤシン以来。フィールドプレイヤの守備者としては初めてと言ってもいい事態だと思う。そして「守備者」と語った時に、カンナバーロは「史上最高の守備者」と言う印象すらある。例えば、上記のベッケルバウアにしてもザマーにしても、あるいはバロンドールにかすったDF、ファケッティ、B・ムーア、フォクツ、クロル、カブリーニ、F・バレーシ、ライカールト、ジョルジーニョ、デザイイ、リザラス、カフー、そしてマルディーニ、などを思い起こしてみても、皆「守備も凄いが、攻撃もまた凄いと言う選手」と言う印象がある(95年以降、欧州外の選手も選考対象になったのを織り込んでみました)。

 しかし、カンナバーロは違う。とにかくこの男は守備者だ。しいて、同タイプでバロンドールかすり選手を考えると、K・H・フェルスターとテュランくらいだろうか。ただK・H・フェルスターは、単純な1対1の強さは見事だったが守備の全体組織と言うタイプではなかった。またテュランは98年のサイドバック時代は、攻撃でフランスの危機を救ってみたところで、守備者とての「純粋性」に欠け、またここぞと言う場面でやや肉体の強さを前面に出し過ぎる。その点、カンナバーロは若い頃からの1対1での粘着的な強さを残したまま、全守備網を指揮すると言う、稀有な能力を発揮した守備者だ(一時のパルマで、カンナバーロとテュランの2人がセンタバックを組んでいた事があったっけな)。と言う事で、単なる守備者としてカンナバーロは「史上最高」なのではないかと思った訳(あ、もちろん60年代以前の選手は、よくわからないところがあるので、暴論だと言う事は承知しております)。



 カンナバーロを生堪能したのは98年ワールドカップだった。私はこのような粘着質の守備をする選手が大好きで、すっかりそのプレイ振りに惚れ込んだ。ただ当時は今年のカンナバーロほど凄い守備者になるとは思いもしなかったが。ちょっと悔しいのは、今回のカンナバーロを生観戦できなかった事。日本が2抜けして、カイザースラウテルンで戦うはずだったのだが。



 カンナバーロほどスケールが大きくないが、日本人選手で言えば古くは石崎、新しくは薩川、大森など、同様の系列の選手が過去から登場し続けている。。オシム氏が作ろうとしているチームの守備ラインは、攻撃センスあふれる選手が守備ラインに並び、そこからの美しい展開が魅力的。しかし、そのようなチームに1枚「粘着質の守備者」がいるのも悪くないと思う。

 だから、頑張れ水本!
posted by 武藤文雄 at 23:33| Comment(1) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月15日

中村の直接フリーキック

 いいFKだった。早寝して、眠い目をこすりながら見た甲斐があったと言うものだろう。でもねえ、その後の様々な国内での大騒ぎを見るにつけ複雑な感情を持ってしまうのだよね。まあ、単に私が素直ではないと言う事なのだろうけれど。

 ちなみに誤解されたくはないが、私は結構「中村好き」である。中村の事は好きなのだけれども、このFKを決めた直後の報道などに、以下の通り複雑な感情を抱いていると言う事なのだ。



 まずこの一撃は「技術レベル」と言う観点では、過去中村が決めてきたFKの歴史の中では、それほど大したものではないと言う事。まず、ユナイテッドの守り方が根本的におかしい。GKのファン・デル・サールは(元々横への反応には課題があるGKだが)、ゴールの半分の守備を壁に託し、残り半分側に位置取りしていた。中村は、同じ姿勢から縦に曲がるボールをゴールの左右に自在に蹴り分ける技術を持っている。したがって、あのような位置取りをしたら、中村がGK不在側のサイドを狙うのは当然。中村にとっては何ら難しい仕事ではなかったはずだ。中村クラスの蹴り手のゴール正面のFKに対しては、GKはゴール中央で待って、機敏な反応をするしかないはずなのだが。

 さらにこの一撃のアヤになったのは、中村が蹴ったボールが通過した真下にいた壁の選手がジャンプしなかった事。もちろん、ジャンプしたとしてもボールを捉える事ができたかどうかはわからないし、逆に早過ぎる壁のジャンプは足元へ低いボールが来る場合のリスクも多い。けれども、中村クラスの蹴り手の場合、壁上を巻きながら枠に飛ばす技術に磐石の自信を持っているのだから、壁が飛ぶ事を期待して低いボールは蹴らないのが普通。そういう観点からすれば、やはり壁は飛ぶべきだったと思う。

 もちろんこの一撃が、オールドトラフォード、チャンピオンズリーグ、敵地、初戦などの、「場の重要性」と言う意味では重要だった事は一切否定しないけれど。



 次に違和感を感じたのは、多くのマスコミが「チャンピオンズリーグ日本人初得点」と言う表現を使っていた事。確かに「チャンピオンズカップ」が「チャンピオンズリーグ」と言うやり方なり名前になって以降は、初めてなのかもしれない。けれども、どう考えても、この2つの大会は完全に連動しているものだし、この大会は1955−56年シーズンに始まった由緒正しい大会と、皆が大事にしているのだから、やはり「日本人初得点」は78−79年シーズンの奥寺に決まっている。しかも、奥寺は準決勝で敵地で3−3とする同点弾を決めているのだ(準決勝、ノッティンガム・フォレスト−1FCケルン戦の初戦での事、奥寺のいるケルンは敵地で3点取っての同点だったので、決勝進出確実と予想されたが、逆にホームで0−1で敗れ決勝進出は失敗してしまったもの)。

 別に日本初だろうが、そうでなかろうが、この中村の得点の価値が下がるものではないのだが。



 そして、中村がこのように欧州のトップレベルの大会で活躍するのを見る度に、何とも複雑な感情を抱く事にも気がついた。「これだけやれるならば、どうしてドイツでやってくれなかったのだ!」と。
posted by 武藤文雄 at 23:23| Comment(51) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月18日

ワールドカップ全体についての雑感

 一言で語れば、私にとっては、過去最高のワールドカップだった。もちろん、ここで言う「最高」の意味は、「歓喜」と言う意味ではなく「苦渋」とか「悲嘆」などを含んだ意味ではあるが。そして、我が国以外については、86年大会以来久々に戦闘能力が充実した国が多数上位進出し、内容面で満足行く試合が多数見る事ができ、かつスリリングな大会だったと思う。贅沢を言えば、86年と異なり、ブラジル−フランスのような「夢の試合」がなかった事と、ディエゴの6人抜きのような歴史的得点がなかった事くらいか。とは言え、「日本戦の悲嘆」+「その後の上位攻防の堪能」と言う意味で、トータルで「過去最高」と語っている訳。もっとも、もう昔とは異なり、「日本がらみでない試合」については「あんなには盛り上がれなくて」(古いか)ではあったのだが。

 日本代表周辺における「極めて複雑な感情」については、明日以降色々と書いていこうと思う。その前に1度日本絡み以外のワールドカップ全体についての雑感を連ねてみるのが今日のエントリの目的である。



 なお、大会中の拙BLOGの戯言に、あれだけ多数の方々が反応してくれたのは、「書く立場」としては、本当に嬉しかった。改めて、御礼申し上げたい。あの豪州戦後の何とも言えない厳しい状況、私は自分で自分が本当に「馬鹿」だなと思っているが、私の他にも無数に「馬鹿」がいる事が何とも言えず嬉しかった。自分自身がこの多数の「馬鹿」な方々にいかに勇気付けられた事か。

 やはり、人生は「馬鹿」な方がトクなのだなと、齢45歳にして改めて認識できた。ねえ、川淵さん、やはり「馬鹿」な方がトクですよね。おっと、貴方の場合は「馬鹿」の意味が違うのですけれど。

 いかん、いかん、この話題は明日以降にします。

 

 さて、「あんなには盛り上がれなかった」日本以外の議論に戻ります。

 実に重厚なベスト8だった。あくまでも偏見に基づく戦闘能力分析だが、ベスト8国をランキングを分けしてみた。

特Aクラス:ブラジル、アルゼンチン

Aクラス:イタリア、フランス、ポルトガル、イングランド

特Bクラス:ドイツ

Bクラス:ウクライナ

 この特Aクラスの2ヶ国が準々決勝で敗れてしまったものの、ベスト4に勝ち残ったチームが全て充実していたので、逆に準決勝以降が緊迫して競り合った試合になった。

 例えば90年のベスト4(西ドイツ、アルゼンチン、イタリア、イングランド)も顔ぶれだけ見ると、中々だったが、西ドイツは序盤から飛ばし過ぎて終盤青息吐息、アルゼンチンはディエゴ含めて負傷者山積に加え赤黄を多数食らい出場停止者だらけ、一番バランスの取れていたイタリアはビチーニ氏の珍采配(準決勝で好調のロベルト・バッジョをスタメンから外す)、イングランドは攻撃の中核ガスコインとプラットが若過ぎた、と、今回の4強に比べるとそれぞれ大きな問題を抱えていた。

 今大会の4強はそれぞれ悩みを抱えながらも、バランスが取れていて、しかもいずれの監督も駆け引きに富む妥当な采配。もちろん、ブラジルとアルゼンチンが残ってくれていれば、それに越した事はなかったのだが、まあ贅沢を言っては罰が当たると言う事だろう(いや言うまでもなく、一番嬉しいのは日本が...)。



 今大会を一番盛り上げたのは言うまでもなくドイツ。あの大会が始まった頃はどうしようもなかったセンタバックが、イタリア戦でピルロが仕掛ける攻撃をギリギリで食い止めるのは、正直感動した。野心的で素質あふれる若者に場を与える事がいかに有用な事か、改めて認識させられた。

 そして早め早めにサイドに拠点を作り、そこから切り返してミドルシュートを狙ったり、強いアーリークロスを入れたりする攻撃を執拗に繰り返す。この国は伝統的にいわゆるセンタフォワードだけは必ずよい選手がいるので、やや単調でも愚直に攻撃を繰り返す事で好機を作る事ができる。

 2年前に誰も引き受け手のいなかった難しいポストを受け入れて、ここまでの実績を上げたクリンスマン氏の手腕、恐るべし。もっとも、実際に差配をしていたのは、他の人と言う情報もあるけれど。

 ただ、32年前のオヴェラート、ネッツアー、グラボウスキー、16年前のリティ、へスラー、トーンと言った技巧派の選手は、この国にはもう登場しないのだろうか。



 フランスのコンディショニングは実に見事。大会終盤の体調が最もよかったのはフランスだった。1次リーグのもたつきを思い起こすと、決勝進出に向けて大会終盤にピークを持っていく事にしていたのは明らか。結果的に決勝進出できた訳だが、スイス、韓国と同じグループで、1次リーグを落として臨むのは相当なギャンブルだったと思うが、彼らは賭けに勝ったわけだ。

 サイドバックとしてもセンタバックとしても、歴史に残る存在のテュラン。思えば、プラティニ時代のボッシとバチストンも若い頃はサイドバックで活躍し、晩年センタバックとして機能した選手だった(テュランの場合は、若い頃は両方やっていたのだが)。この国は彼らのようなオールラウンドな守備者を育むノウハウを持っているのだろうか。強化の形態を真似するのもよいが、これらの歴史的名手の具体的な育成方法を学ぼうとする方が大事に思えるのだが。考えてみれば、過去30年、日本ではサイドバックとしてもセンタバックとしてもトップレベルの存在感を示した選手は、落合弘、加藤久、堀池巧など数少ない。



 正直言って、ポルトガルがここまで魅力的のみならず、強いとは思っていなかった。ワールドカップでの実績の少なさに疑問を抱いていたからだ。

 そして、今大会改めて思ったのだが、我々が目標とすべきはポルトガルのような技巧的でしっかりビルドアップするサッカーではないか。他のいずれの上位国と異なり、フィジカルで押し切るようなタレントがほとんどいないのが、この国の魅力。後方の名手たちも(オランダとの大混戦を除いては)実にフェアで、(肉体能力に頼らない)知的で丁寧な守備を見せてくれた。例えば内田−青山−福元−水本が、厳しい実戦経験を積む事で、このレベルの4DFを目指してくれると思うのは贅沢だろうか。あ、もちろん谷口がコスチーニャです。

 そして、ポルトガルは(レベルは相当異なっているかもしれないが)ストライカ不足にお悩みのようだった。しかし、彼らはそれを現実的に捉え、フェリペ氏の魔術的采配を受けながら、慌てることなく丁寧に攻め続けた。最前線のタレントが足りないなら足りないなりに。日本の評論家たちが、ポルトガルが縦にボールを入れない事を再三批判していたが、縦に入れたら取られて逆襲されるリスクがあるのだったら、入れない選択肢もあると思うのだが。

 まあ、戯言はさておき、本当に魅力的なチームだったと思う。生でこのチームを観る事ができなかった事を悔いる。



 強豪チームが順調に上位に進出した中で、序盤の最も大きな番狂わせはチェコの敗退だろう。実は私が参加したツアーは、大会序盤はプラハに滞在した。そして、私がプラハに着いたその時間帯、チェコはガーナと戦っていたのだ。バスの運転手が、我々の荷物を積みながら、祈るようにラジオを聞き、試合が終了した時に本当に悲しそうな表情をしていたが印象的。もっとも、その数日後に我々も同様に悲しい表情をする事になったのだが。コーラとバロシュの体調が整わなかったのが何より痛かったが、直接的な敗因となったのはガーナ戦の開始早々の失点。あれで全てのリズムが狂ってしまった。

 どうしてこの国は伝統的にワールドカップで弱いのだろうか。欧州選手権には強いのに。ちょうど30年前、欧州選手権決勝でPK戦でベッケルバウアとフォクツがいた当時の強い強い西ドイツをPK戦で破って、優勝した事もあるというのに。

 ともあれ本題とは全く関係ないが、プラハと言う都市は本当に美しいところだった。

 

 宿敵韓国については、さすがに1度独立したエントリで語りたい。

 

 韓国同様ライバルのイラン。

 この国の問題はしごく単純。アリ・ダエイに首輪をつける事ができなかったと言う問題につきる。初戦のメキシコ戦、全く動けないダエイを起用し続けなければならない(おそらく政治的な)チーム事情で完敗した。「せめて本大会で(引退が近い)ダエイの得点を見たい」と思いながら、イランの応援をしたのが、8年前のフランス大会だったのだ。あれから8年、戦い続けるダエイは見事だし(昨年の横浜で中澤を出し抜いてPKを奪取したプレイは絶品だった)、尊敬に値する。しかし、ワールドカップで中軸としてプレイするのと、現役でがんばり続けるのは全く別な話のはずだ。

 当方も諸事情で問題山積ではあるが、イランがしっかりしてくれなければ、アジアのサッカーの発展はない。善処を期待したい。



 次回からアジアで戦う豪州。

 決して弱い敵ではないし、優れた選手が揃っている。ただ、悔しいし情けないのは、あのような単調なロングボール戦法にやられた事。特にあの後半戦は、豪州の単調な攻撃をほとんど終了間際まで、しっかり押さえていただけに、本当に悔しい。あのような単調な攻撃が一切通用しないのが、ワールドカップのようなビッグゲームのはずだったのだが、監督がそのレベルに達していないとこのような事が起こると言う珍事とも言えるか(誤解をされては困るが、ジーコ氏の無策は「大柄なDFを揃えなかった事ではなく、前線の選手の疲労を放置した事」である)。

 当然の事ながら、豪州は他国との試合では、しっかりとビルドアップするサッカーを見せていた。いずれにしても、彼らのアジアへの参画は、レベルアップの面からは大歓迎である。ただし、問題は(当方も韓国も同様だが)多くの選手が、欧州で活躍している現状で、いかにアジアの大会に巧く参加するかだな。



 ウクライナとスイス。

 以前も触れたが、この両国に対しては、とにかく直接の羨望と言うか、嫉妬と言うか。もう少し、ほんの少しの工夫をすればあそこまでは行かれるのではないかと言う期待、その差が想像以上に大きいのではないかという恐れ、何とも複雑なのである。ともあれ(試合前から何となく予想できたのだが)、ガップリと守り合っての0−0からのPK戦。2次トーナメントで、あのような日本代表を応援したい。PK戦後、隣に座っていたスイス人のオッサン。これ以上の悲しみはないと言った充実しきった表情。席を立つ私と握手をした瞬間だけは、絶望の底からの笑顔を見せてくれた。ウクライナの宿舎は、私の木賃宿のすぐそばのヒルトンホテル。試合後ホテル前で選手たちの帰還を待つ年配の紳士。もう、人生でこれ以上の喜びはないと言った最高の表情。どちらにしても、ああ羨ましい。

 延長終了直後、PK戦を迎える疲れ切った両軍の戦士たちを癒すシャワーのように流れるケ・セラ・セラ。4年後、川口のために歌いたい。



 アルゼンチンの自滅。

 これに関しては、以前触れた通り。ペケルマン氏はややドイツを舐めてしまったのか、不可解な交代で自滅してしまった。それにしても、このサッカー大国は、94年以降、常に大会最強の1つと思われるチームを送り込みながら、どうしてもベスト8の壁を破れていない。とても不思議な事だ。他国に類を見ない各ポジションにバランスがとれた選手層の厚さを誇るのに(たとえばブラジルだとCBの層が薄かったりするのだが)。

 ただ、86,90年のビラルド氏があまりに現実的過ぎたせいか、ここ最近は理想化肌の監督が続いたのが拙かったのだろうか。ペケルマン氏が辞任するとの噂だが、いよいよ次回はあの狡猾な守備網を築き上げるカルロス・ビアンキ氏が登場するのだろうか。

 もう1つ、優秀な選手が多すぎて、メンバが絞りにくいと言う問題があるのかもしれない。78年に地元で優勝した時は、欧州で活躍していた選手はケンペス1人であとは国内の選手(今ほど多くの選手が欧州で活躍していた訳ではなかったが、それでも欧州在籍の選手で優勝を狙えるチームがもう1つできると言う話もあった)でチームを作った。86年には、ディエゴに合わせる事ができる選手を並べ、当時世界的なストライカだったラモン・ディアスなどをメンバから外した(まあ、この時のチームはビラルド氏が守備を組織し、攻撃は「ディエゴ、点を取ってくれ」で済んだのだけれども)。今回も実に豪華なベンチとなっていたが、メッシやサビオラやアイマールが、心底その立場を納得していたかどうか。



 そしてブラジル。

 このチームの問題点は明らかで、両サイドバックが年老いていた事につきる。カフーにしてもロベルト・カルロスにしても「ここぞ」と言う重要なポイントで前進する判断は見事だったが、その頻度はあまりに少なすぎたし、当然ながら戻るのも遅かった。考えてみれば、4年前でさえフェリペ氏は大会序盤に3DF1ボランチ、あるいは2CB2ボランチで前線に3Rに加えてジュニーニョ・パウリスタを置く布陣を狙っていた。しかし、両翼のこの2人の攻守の切り替えの遅さを嫌い、準々決勝のイングランド戦からは、ジュニーニョを外し3DF2ボランチに切り替え、優勝に向かって行った。あれから4年経ち、当然この2人は一層衰えた。もはや、2CB2ボランチの両翼を託すのは無理があったのだ。

 同じくロビーニョを中軸に使わなかったのも失敗だった(負傷がちだったと言う情報もあるが、日本戦にせよ、終盤起用されたフランス戦にせよ、調子はよいように思えたが)。ロナウドとアドリアーノの2トップでは、2人とも弾を供給してもらってのストライカ。あまりよい組み合わせとは言えなかった。また、多くの報道で太り過ぎロナウド否定論があったが、ロナウドを外してアドリアーノと言う選択肢も現実的とは思えなかった。2人のストライカとしての瞬間的な鋭さと技術の精度のは大きな差がある。ガーナ戦、ロナウドが世界新記録を樹立した直後、アドリアーノも同様のスルーパスから抜け出した場面があったが、瞬間のボール扱いのミスからGKを抜ききるのに失敗していた。つまり、割り切ってアドリアーノを外しロビーニョで行くべきだったと思うのだ。

 そう考えてくると、日本戦のメンバ構成こそ、「史上最強」のメンバだったのではないかと思えてくるではないか。

 同点時のロナウジーニョのサイドチェンジは、右サイドに走り込むシシーニョの頭にピタリ、そしてそのサイドチェンジが飛んで中澤がそのボールを目で追った瞬間、ロナウドがヨタヨタと反対側にポジションを移した。あんなもの、どうやって防げと言うのか。

 2点目のジュニーニョ・ペルナンブカーノのミドルシュート。川口の後方で応援していた私は、川口同様ボールの軌跡を追う事ができなかった。一体、どのような変化だったのだろうか。8年前のクロアチア戦のゴール裏、シュケルが1度反対側を向き突然振り向いてのシュートに、川口同様に軌跡を失ったのを思い出した。8年間で2度も、ワールドカップ本大会で、川口と共に巧妙極まりないシュートの軌跡を見失う事ができるとは。何という幸せなのだろうか。

 今回のブラジルの、本当の美しさや凄まじさを味わう事ができたのは我々だけだったのだ。

 

 で、イタリア。

 まあ、カンナバーロにつきる訳だが、本当に素晴らしい守備者だ。8年前のフランス大会で、その異様な粘着質のマーク振りに感心させられたが、その後経験を積み、マークの強さをそのままに、危ないところを嗅ぎ分ける読みのよさを身につけた。攻撃サイドとしては、カンナバーロを外に引き出した上で攻め込みたいところだが、前後左右を固めるガットゥーゾの運動量と、ザンブロッタ、グロッソの知的なポジションにより、そのような場面はほとんど見る事ができなかった。いわゆるマンマーカタイプのストッパとしては、史上最高の選手の1人と言っても過言ではないだろう。

 そして、その後ろにプッツォンがいるのだから。こちらはこちらで、イタリア史上最高のGKの座をゾフから禅譲されたと言えるのではないか。

 ここぞと言う場面で大活躍したグロッソだが、このポジションはこの国にとって非常に重要な意味を持つ。過去約40年間のほとんどを3人の偉大な先達でまかなってきた伝統を持つのだから。ここに五輪で痛い目にあったモレッティが来るかと思っていたのだが、グロッソもなかなか。今大会だけでは何とも言えないが、どこまで成長できるのか。

 そした、ザンブロッタとガットゥーゾ。もう、何と言うか凄い。今野とザンブロッタ、明神とガットゥーゾ、2人には己と、この世界のトップとの差を冷静に検討して欲しい。そいて、一方でわが国においては、彼らを大事にする文化の形成こそ、この偉大なサッカー国に近づくための方法ではなかろうか。それを把握した上で、次に中村憲剛なり阿部勇樹なりとピルロの差を議論すべきではないか。



 お遊びとしてのベスト11。好きな選手が後方に多かったので、3DFでしかもアンバランスな布陣になってしまったが、ご容赦を。あの豪州戦の、図に乗った飛び出し失敗がなければ、GKは川口にしたかったのだけれども。



        プッツォン

  カンナバーロ テュラン メイラ

ミゲル ガットゥーゾ ヴィエラ ザンブロッタ

    リベリー   ピルロ

       クローゼ



 ボビー・ムーア、カルロス・アルベルト、ベッケルバウア、パサレラ、ゾフ、ディエゴ、マテウス、ドゥンガ、デシャン、カフー、そしてカンナバーロ。世界チャンピオンになるための必要条件に、「絵になるキャプテン」が挙げられる事が、改めて認識された今大会であった。
posted by 武藤文雄 at 23:05| Comment(8) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月15日

続たった110分間の至福

 試合前にも書いたが、ワールドカップの決勝戦はここ最近凡戦が多い。80年代以降の決勝で、内容もあり面白かった試合と言えば、94年のブラジル−イタリアくらいか。もっとも、この試合は0−0のままPK戦になってしまったのだが。この決勝戦は、両軍の駆け引きのメリハリという意味では、12年前を凌駕する高度で内容のある戦いだった。



 開始早々のフランスのPK。その瞬間のテレビ映像を見る限り私もPKだと思った。ところが、執拗に流されるVTR映像を見ると、見事にマテラッツィは身体をよけていた。最終的にイタリアが優勝したから、笑い話で済まされるが、もし結果が異なっていたら、イタリアのマスコミを中心に大騒ぎになっていただろう。マテラッツィのよけ方は、さすがにイタリアの一流ディフエンダと感心させられるものだったが、マルダの方が一枚上手だったと言う事か。

 これだけダイビングが横行する現状を考えると、本当に審判は大変だと思う。しかも、様々な角度から映されたVTRが、それぞれの判定の妥当性をえぐるように検証してくる。トップレベルの試合での、PKや否やと言った煮詰まった判定時は、主審は攻守双方の動きに加え、それぞれの選手の実績、相対関係などの過去情報を含めて判断しているのだろうか。

 準決勝で、サイドネットぎりぎりに強烈なキックを決めているジダンを考えれば、プッツォンはそちらに飛ぶしかなかったろう。それをわかっていて、逆に浮いたボールを蹴ったジダンの勝ち。もっとも、バーに当たり微妙なコースに飛んだのは、少々のコントロールミスだったのだろうが。

 データに基いて動いたGKの逆を突いて開始早々のPKが決まるとは、32年前の決勝のニースケンス対マイヤーを思い出したりして。あの時はインステップキックでど真ん中だったな。



 フランス先制後は、試合はやや落ち着いた。前半はイタリアペース。ここ2試合猛威を振るっていたジダンのドリブルを、2人が絡む事で抑える守備の巧さはさすが。そして、CKからマテラッティが同点弾を決める。この場面と言い、前半終盤トニがバーを叩くヘディングを放った場面と言い(ピルロのショートコーナを絡めた仕掛けが巧いと言う考えもあろうが)、長身の空中戦要員にあそこまでフリーでやられるのは、フランス守備網もまずかろう。とは言え、両軍の守備の強さは相変わらずで、前半は1−1で終わった。



 後半開始早々、フランスが攻勢に出る。これは年齢的な問題があるフランスとしては当然の事で、早めに勝負に出て再度リードし、テュランとヴィエラを軸に守りに入る事を狙ったものだろう。

 これまでフランスの攻撃はリベリーの右サイドを軸にしていたが、この日は左サイドのマルダの調子がよく、後方のアビダルもよく押し上げ、こちらからの攻め込みが目立った。結果的にザンブロッタが思うように前進できなくなり、一層フランスペースになる。これはイタリアにとっては完全な誤算であり、ドメネク氏が見事だったと言う事になろう。

 ここでヴィエラの負傷交代、これまで中盤を支えていたこの名手の退場はフランスにとっては非常に痛いと思われたが、交代で登場したディアラがまた素晴らしいプレイを見せた。このディアラの好調はこの日の1つのポイントとなった。延長終了まで、ディアラの活動量と強さはフランスの中盤を支え続けたからだ。逆にヴィエラが負傷しなかった場合、連戦の疲労を抱えながら最後の最後まで、ディアラほど機能したかどうか、想像するのは愉しい。

 イタリアは、ここでほとんど機能していないトッティを諦め、出場停止が解けたデ・ロッシを投入し、ピルロを前に上げる。結果的にトッティが今大会行った仕事はあの豪州戦のPKだけだったのか。同時にイアキンタをペロッタに代えアビダルを押し下げる。この交代でイタリアは一時ペースを取り戻す。このあたりはさすがリッピ氏。

 ところが、このイタリアペースは一過性のものだった。前に出る事でかえってピルロがボールに触れなくなってしまったのだ。さらに最前線のトニが全くテュランとギャラスに勝てないので、逆襲がほとんど機能しない。この時間帯になってくると、さすがのイタリアも中盤でジダンを止められなくなってくる。ジダンが中盤で1枚は必ず外せるので、ますますフランスは好機を作る事ができる。さらにベテランぞろいのフランスのスタミナが切れない(これは上記のディアラの存在が大きかった)。

 無論、カンナバーロとプッツォンは完璧で、イタリア守備陣は崩れないが、止める場所は次第にイタリアゴール近くに下がってくる。そして、フランスペースは継続したまま延長戦に突入した。



 延長突入前に、リッピ氏はデル・ピエロを投入していた。ところが、この名手が全く機能しない。幾度か後方から好フィードを受けたが、コース取りがよくなく力強さも感じられない無理なドリブルで簡単にボールを奪われてしまう。考えてみれば、準決勝でもこの男の調子はあまりよくなかった。ほとんど有効なプレイができずにいたところで、120分+に2点目を決めただけだったのだ(しかも、この得点の価値はそれほど高いものではなかった、見ている野次馬としては興奮したけれど)。トッティにせよ、デル・ピエロにせよ、本調子にほど遠い大会だったと言うか、ロベルト・バッジョの偉大さを思い起こさせたと言うか。

 前線に収まらないイタリアは攻め手を失い、相変わらずフランスの攻勢が続いた延長戦。そうなってからの守りの強さが、イタリアの持ち味なのだが、さすがにあれだけ押されると少しずつギャップができる。

 そして、延長前半終了間際、ついにジダンがカンナバーロを破る。中盤で落ち着いて前を向き右に展開、その折り返しに対し自らトレゼゲとアンリの(懐かしの2トップだ)の中間に飛び込み、(8年前ブラジルを屠ったCKへの飛込みを思い出させる)見事なヘディングシュート。しかし、イタリアにはカンナバーロのみならずプッツォンがいた。

 延長後半、ジダンとカンナバーロと言う稀代の英雄が、この最高の舞台で攻め切るか、守り切るか。「矛盾」と言う言葉を具現化したような、攻守それぞれの「真のスーパースター」同士の対決。決勝戦でこのような対決が堪能できるのは、32年前のクライフ対ベッケルバウア以来ではないか。その対決はいよいよ終幕を迎えようとしていた。



 この日、選手入場口にはワールドカップが鎮座されており、FIFAのテーマををBGMにした両軍の選手入場を一層盛り上げる見事な演出となっていた。しかし、この鎮座が、その約2時間半後に、あそこまで悲しい舞台効果を演出する事になるとは。
posted by 武藤文雄 at 23:54| Comment(7) | TrackBack(4) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月10日

たった110分間の至福

 講釈をたっぷり垂れる事ができるすばらしい決勝戦だったのに。

 1つの偉大な試合と、1人の偉大な選手を、素直に称える事ができないのが、ただ寂しい。これがこのすばらしいワールドカップの終末なのだろうか。

 「これもまたサッカー」とは語りきれない己の未熟さを改めて感じつつ。



 イタリアの歓喜を差し引くものではないが、悲しい。
posted by 武藤文雄 at 05:42| Comment(32) | TrackBack(2) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月09日

決勝を前に

 いよいよ明朝(日本時間)は決勝戦。やはり興奮を禁じえない。ここまでの列強同士の激闘はもちろんだが、日本の負けっぷりを改めて思い起こし、この1ヶ月の右往左往が頭の中を行き来する。いやそれだけではない。この4年間、カンナバーロとプッツォンが、テュランとジダンが、どのような思いでこの日を迎えたのかを想像するのも、また愉しい。

 まあ陳腐な言い方になるが、イタリアが勝つような気がしている。それも2点差くらいで。(過去も再三述べているが、私の予想は外れる事が多いのだけれども)。

 まず、中心選手の年齢。特に大黒柱のジダンとテュランの年齢が厳しい。ブラジル戦、ポルトガル戦と見事な集中を見せたお2人だが、肉体的な疲労もあろうが、精神的に3試合あの最高度の集中が続くかどうか。さらに悪い事に、お2人とも既に8年前に世界チャンピオンの栄冠を手にしている。決勝進出を果たしたところで、誇りは存分に満たされてしまっているのではないか。

 次に双方の守備力の微妙な差。フランスは守りに入ったときの守備は相当だが、イタリアは攻めに出ている時の逆襲に対する守備も相当。つまり、イタリアは「勝負をかける」時間帯でも、フランスに比べリスクが小さいと思われるのだ。

 そうこう考えると、前半終盤なり後半序盤なりに、フランスが一息ついたくらいで、イタリアが攻めに人をかけピルロの展開あたりからイタリアが先制。ジダンを中心に猛攻をしかけるフランスに対し、逆襲からザンブロッタなりグロッソがえぐってもう一撃で2−0、と言うのが私の予想。

 

 予想はさておき、期待したい事がある。それは、ギリギリまで勝負の動向がわからないような攻防になる事への期待だ。70年以降のワールドカップの決勝戦の歴史を振り返ると、案外と戦闘能力で優位にある国がそのまま勝ちきってしまう試合が多い。そうでなかった試合は、74年(西ドイツ2−1オランダ)、78年(アルゼンチン3−1(延長)オランダ)、94年(ブラジル0−0(PK勝ち)イタリア)くらいのもの。得点差が競った86年(アルゼンチン3−2西ドイツ)にしても90年(西ドイツ1−0アルゼンチン)にしても、内容的には競り合ったとは言い難いものだった。それ以外の試合は推して知るべし。どうせならば、70年(ブラジル4−1イタリア)のように、勝つ方が「歴史的」チームならばさておき。

 そう考えると、「フランスが先制した方が面白いかな」でも「カンナバーロの歓喜を見たいな」などと甚だ無責任な思いが出てきたりして。まあ、ただの野次馬のたわ言だな。



 いつか死ぬまでにこの瞬間を「野次馬としてではなく」迎えたいと、ようやく真剣に考える事ができるようになってきたここ数年。でも、まだまだ、その時は訪れないであろう事はよくわかっている。いや、自分が死ぬ時までには無理かな。坊主が「俺が死ぬまでに」と吠えていたが、そこまでの夢は坊主に託すのが正解かな、などと思いつつ、明日の早起きに思いをはせるのも、また愉しい。
posted by 武藤文雄 at 21:41| Comment(4) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月08日

日本風ジャッジとワールドカップ

 本大会1次リーグでの敗退、敗戦後監督が無能であった事を自ら是認する発言を行った記者会見、協会会長自らが己を人物として超小物である事を示した次期監督招聘劇、(これらの小人物と同列には扱いたくないが)長きに渡り日本サッカーをリードしてきた選手の早過ぎる引退発表。あまりに残念なニュースが続く日本サッカー界に、久々に悪くないニュースが訪れた感もある。

 さらに言えば、このセットのもう1人の副審は、韓国の金大英氏。このような形態での日韓連携は大歓迎だ。このライバル国には、極めて複雑な思いがあるけれども、相互に強化を図って世界に近づいていかなければならないのは、歴然たる事実なのだし。

 広嶋氏については、副審としての技量、現役教師とのして活躍、悪い話を全く聞かない方だ。世界最高の副審として評価される事を期待しよう。

 で、上川氏なのだけれども、数年前のJリーグの表彰式で「最優秀審判」と発表された際に、会場に詰め掛けていたサポータたちに「えーーっ」と言う声援で迎えられたと言う実績の持ち主。やや杓子定規すぎる笛の吹き方に定評があり、日本国内ではあまり人気のない主審の1人だ。ただ、毎週毎週続くリーグ戦ではの過剰な杓子定規さは、ご免こうむりたいところだが、ビッグゲームでの杓子定規さも少しは大切でないかと、ポルトガル−オランダを見て思ったのだ。



 私はこの試合を、ケルンの大聖堂の裏手のパブリックビューで観戦した(あ、しばらくただの自慢話が続きます)。この大聖堂の写真を初めて見たのは、中学校の教科書だったと思うのだが、「あの馬鹿馬鹿しいほどの巨大な建物に1度登りたい」と言う夢を適えた訳。その巨大建造物をバックにワールドカップの映像を愉しむのは、なかなか快適だった。ちなみに16年前、ミラノのドゥモ横のパブリックビューで「ディエゴの一刺しでセレソン沈没」を観戦した。巨大歴史建造物横でのパブリックビューは最高なのだ。日本だと、姫路城か、平等院鳳凰堂か、奈良の大仏か(これはちょっと無理か)。



 ポルトガル−オランダに戻ります。観ていて面白い試合ではあった。だが、この試合は数え切れない警告が乱れ飛び、試合終了時点では9対9になってしまった(ワールドカップ史上初めてらしい)。主審は経験豊富なイワノフ氏だったのだが、開始早々にオランダのブラルーズが対面にあたるC・ロナウドを削った場面で警告を出した。明らかに意図的に敵エースを傷つける事をねらった大変危険なファウルであり、退場でもおかしくないところだったが、イワノフ氏は試合を壊したくなかったのだろう。ところが、このファウルで完全にC・ロナウドは負傷退場してしまった事もあり、ポルトガルの選手たちは「あのくらい汚いファウルをしても退場にはならないのだな」と言う態度で報復を始めてしまった。かくして、カードが連発される事になった。やはり、最初の場面でブラルーズを退場にすべきだったのではないか。トッププロの守備者たちは、審判の基準を読んで、どのレベルまでファウルをすべきかをコントロールしている。そのような意味では、やはりこの試合序盤ではある種の「杓子定規さ」が必要だったのではないかと感じた。このあたりの審判技術は永遠の課題なのかもしれない。

 もっとも、この試合の混乱を決定的にしたのは、75分過ぎのオランダのヘイティンガのプレイだった。ポルトガル選手が負傷したためのドロップボール、フィーゴとコクーがニコニコ笑いながら、ドロップボールに対応、そのボールを拾ったヘイティンガは、あろう事かそのままドリブルで攻撃に出る。当然、ルーズボールになると思っていたポルトガル選手は対応できない。やむを得ずヌノ・バレンテは、かなり危険なタックルで止める。これ以降はもうどうしようもなくなってしまった。

 この滅茶苦茶になってしまった唯一の救いは、既に退場処分を食らっていたデコとファン・ブロンクホルストが、ロスタイムに仲良く並んで座って観戦していた映像が映された事か。



 と話がずれて行ってしまったが、言いたい事は3氏がナイスジャッジをしてくれる事につきる。期待しよう。
posted by 武藤文雄 at 21:25| Comment(13) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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