2011年06月27日

U17、2次トーナメント進出

 ワールドジュニアユース、U17代表が堂々と1次リーグをトップで通過に成功。それもアルゼンチン、フランスと同じグループでのトップ通過なのだから、すばらしいではないか。ついでにジャマイカにしっかりと勝った事も、かつての甘酸っぱい思い出に浸る事ができて、それはそれでよかった。
 特にアルゼンチン戦の3得点がよい。右サイドの石原が見事な技巧で1対1を制したところからの先制点。CKからの植田の高さで完全に勝利したヘディングによる2点目。そして、敵の一瞬の隙をついた鈴木武蔵の敵の隙を突く突破からの3点目。たしかに、過去アルゼンチンはU20は滅法強いのに対し、必ずしもこの世代は格段に強くはない。そうは言っても、技巧と高さと狡さで、それぞれ上回って、このサッカー超大国に勝利したのだから、気持ちよい事この上なかった。

 さて、今回の2次トーナメント進出は93年の日本大会以来、18年ぶり、2回目と言う。
 あの1993年は、言うまでもなくJリーグ開幕年であり、ドーハの悲劇の年だ。元々、広告代理店の巧妙な販売促進政策が奏功し、大きく注目を集めていた日本サッカー界。それに加えて、前年秋にアジアカップを初制覇し、J開幕前には最終予選進出を決めた日本代表の前代未聞の好成績。Jはどんな試合でも満員売り切れ。あの年の日本サッカーは「異様」としか言いようのない雰囲気に包まれていた。
 その中で行われた大会。開幕戦のガーナ戦は国立で行われたのだが、試合前に「久しぶりに空席があるじゃないか」と友人と語り合ったのが忘れ難い。あの年のJは、国立開催の試合のほとんどがチケット売り切れ状態だったのだ。
 日本の戦いぶりもよかった。国見高校の小嶺先生に、読売クラブ出身の小見幸隆氏がコーチ(この2人の組み合わせを考えた人は誰なのだろうか、実に見事な組み合わせだった)の、まとまりのよいチームだった。初戦のガーナに敗れたものの、イタリアに引き分け、メキシコに勝って、準々決勝進出。準々決勝ではナイジェリアに敗れるが(決勝はガーナ対ナイジェリアだった)、非常に守備の強いチームだった。
 中でも忘れられないのは、3DFのセンタを務めた鈴木和裕のプレイ。抜群の反転の速さと、読みのよさ、さらに精神的な落ち着きで、全軍をリード。一緒に応援していた植田朝日が、ガーナ戦突然に、当時全盛期を迎えつつあった井原の応援歌の節で「スズキー、スズキ、スズキー」と歌い出したのも、忘れ難い想い出だ。
 鈴木はその後順調に成長、市立船橋3年次には主将として活躍し、圧倒的な強さで高校選手権を制覇。ジェフに加入し、すぐに3歳年上の中西永輔から右サイドバックの定位置を奪った。このまま、アトランタ五輪代表を経てA代表入りも望めるかと期待したのだが、そこから急に伸び悩み、大きく成長はしてくれなかった。確かにセンタバックとしてはやや小柄で、サイドバックとしてはスピードはあるが自分で持ち上がるプレイがあまりうまくなく、タッチラインの使い方にも課題があった。結局いずれのポジションをするべきか、迷っているうちに持ち味の読みのよさが失われてしまった感があった。それでも、ジェフ、サンガ、ホーリーホック、それぞれで見せてくれた、精神的にしっかりとしたプレイ振りは見事だったのだが。
 あの93年のすばらしかった鈴木のプレイを思い起こすたびに、若い選手の成長の難しさを考えてしまう。
 一方で大成した選手も多かった。鈴木の左右で3DFを構成したのは松田直樹と宮本恒晴。松田のフィジカルの強さと、個人戦術眼のよさは、この大会でも十分に見てとれた。宮本の冷静さは大したものだったが、反転の遅さと言う欠点もこの大会で確認できた。けれども、この選手は持ち味の冷静さを最大限に成長させ、選手にとって「長所を伸ばす」事の重要性を存分に見せてくれた。
 そして、中田英寿と財前宣之。右サイドを見事な技巧で突破していた中田、正確なプレースキックで好機を演出した財前(この大会はキックインがテスト導入され、それを活かそうとした日本が敵エンドでタッチラインを出たボール全てを財前に蹴らせたために、プレイされない時間がとても長くなった。そのため、キックインのつまらなさが理解され、この制度は導入されなかった)。この2人が、それぞれ4年後と8年後に、私の人生の中でも1番目と2番目と言っても過言ではない歓喜を味合わせてくれるとは、当時思ってもみなかった。

 さて、今回のチーム。この若さで、チーム全体として少々まとまり過ぎているのではないかとの想いがない訳ではない。しかし、アルゼンチンやフランスに対して、組織力のみならず個人のサッカー能力(技巧、判断、フィジカル)のいずれでも、ほとんど遜色なかったのだから、文句を言ってはバチが当たるというもの。以降も伸び伸びと戦い、1試合でも多くの成功体験を積んでくれる事を期待したい。
実はこの世代は、私の坊主の世代となる。坊主はサッカーからは離れてしまったが、今戦っている彼らは紛れも無く坊主の同年代の日本中のサッカー小僧から選ばれし若者達。そう考えると、一層思いは募る。79年のワールドユース日本大会は「自分の世代」の戦いに興奮したものだが、とうとう「坊主の世代」に興奮する年齢になってしまったか。うん、愉しみは尽きないな。
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2011年03月24日

藤澤恭史朗に代表合宿帯同権を

 重苦しい報せばかりの昨今、ベガルタが発表したニュースリリースには、多くの人が勇気をもらう事ができたはず。藤澤恭史朗、正にあっぱれとしか語りようのない男の中の男である。
 しかし、藤澤はサッカー選手としては、まだまだ見習の立場にしか過ぎない。その立場の選手が、マスコミ的な話題にさらされるのは、決して望ましい事ではない。それでも、ベガルタが公式発表したのは、あまりに藤澤の活躍が水際立っており、いつか話題になるのは間違いないための対策なのだろう。

 とは言え、これだけの活躍をした若者を、可能な限り最大限に称える事は考えてよいとも思う。そこで、私が提案したいのは、3月29日に森島スタジアムで行われるチャリティゲームの準備として行われる代表合宿に、藤澤を帯同させる事だ。1人ではさすがに辛かろうから、チームメートも同行させよう。
 そして、そこで長谷部や遠藤や長友や岡崎や本田圭佑が、いかほどのレベルにあるのか、いかほどの節制をしているのか、いかほどの努力をしているのか、いかほどサッカーを突き詰めているのか、それらを直接見る機会を提供するのだ。
 プロフェッショナル見習いの若者にとって、この経験はどんなに実り豊かなものになるだろうか。藤澤は、ベガルタのプロフェッショナル達と触れ合う機会は、過去もあっただろうし、これからもあるだろう。そして、私はベガルタサポータとして、我々の選手達のプロフェッショナリズムは、相当レベルが高い事はよくわかっているつもりだ。しかし、それらのプロフェッショナルの中で選ばれた超エリートが、どのようにサッカーに取り組んでいるか、そして彼らが揃った時のトレーニングのレベルがいかに高いか。
 それに参加する権利を、希有な経験、社会貢献をした若者に与える。そして、以降は一切採り上げない。まして、大観衆前での表彰などは一切不要。あとは、藤澤がプロ選手になった時に「美しいエピソード」と語られる事を期待するのみである。
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2010年11月12日

U16に足りなかったもの

 U16代表が技巧的な攻撃とバランスのとれた試合運びを見せて、堂々とワールドジュニアユース出場を決めた。世界大会は3回連続出場、以前は中々この世代は、世界大会に出られなかったのだから隔世の感もある。かつて常勝を誇ったユース代表の2大会連続の世界進出失敗を併せて考えると、「日本サッカー全体の若年育成は上々に進んでいるが、ベストメンバで戦えないユースは苦戦している」と言う仮説が成立するのかもしれない(もっとも、先日の広州での中国への完勝を考えると、やはりか(以下略))。
 準々決勝で日本は、イラクとの美しい攻め合いを制し、世界大会出場を決めた。イラクは日本と並び、アジアでは最もボールを大事にして丁寧なサッカーをする国(07年アジアカップやアテネ五輪のように1カ所集中開催の大会だと抜群の強さを発揮するが、H&Aでは中々勝てないのは、現在の「国情」のためなのだろう、この国が安定した強さを発揮してくれれば、アジアのレベルは格段に上がると期待しているのだが)。その特長のかぶるイラクに真っ向勝負で勝ち切ったのだから価値があった。
 一方続く準決勝。序盤の入りの悪さから2失点、前半は北朝鮮の運動量と的確な位置取りに、ほとんど有効な攻めを発揮できなかった。しかし、後半は日本の短いパスを軸にした揺さぶりが効果を発揮、トップに差し込むように入れる低くて強いパスを軸に、再三決定機をつかむ。1点差とする攻撃はその典型だった。その後も猛攻を仕掛けるも、とうとう追いつけず敗戦となった。終盤敵GKが負傷で足を引きずっていただけに、短いパスにこだわらず、クロス主体の攻撃に切り替えてもおもしろいと思ったのだが、選手たちは後半序盤にうまく機能した短い高速パスを回す攻撃に拘泥したのが、ちょっと残念だった。

 ここからが、今日の本題です。
 実は試合後に上記の感想をtwitterでつぶやいたところ、サポティスタ主宰の岡田さんより実に興味深い反論を受領したのだ。以下、岡田さんとのやりとりを掲載させていただく。
hsyf610muto
「前半、入りの悪さから連続失点し北朝鮮の出足のよさに苦戦。後半に入り、しっかりとボールを回し、低くて速いボールを縦にいれる崩しが奏功。得点場面を含めた速いパス回しは見事だった。ただ、終盤双方が疲れ、さらに敵GKが壊れているにもかかわらず、同じテンポの攻めを続けてしまったのは残念。入りの悪さも、終盤の単調さも、若さがゆえと考えれば、しかたがないのかなと思う。少なくとも、この年代の若者に『駆け引きで勝って欲しい』とも思えないから。そう言う意味では、(グラウンドが悪かったけれど)もっとスキルを上げてくれ、と言う事なのかな。」
supportista
「本当にこの世代は駆け引きで勝たなくてもいいのかな?駆け引きもこの世代から鍛えておかないと間に合わないのでは。」
hsyf610muto
「そう言う考え方もありかも。ただ、鍛えるものではないでしょう。そう言う発想のある素材を見つける必要ありと言う事ですかねえ。」
supportista
「最終的には自分で考えられるようにならないとダメだけど、発想のヒントというか考え方自体は教えることができると思うんですよね。でも難しいのかな。」
hsyf610muto
「少なくとも、代表チームでやる事ではないと思います。ただ、今日の選手に『終盤の攻撃がよかったか』と反省させるのは、とても重要だと思うけど。まあ、永遠の議論ですよね。選手の知性が培われるのはいつか?幼少時か、中高校生の頃か、20歳くらいか、もっとトシをとってからか、たぶん人それぞれだと思う。ただし、ペレやマラドーナになるには、10代半ばの完成が必要、と言う事でしょうか。」
supportista
「確かに。体の成長以上に個人差大きいですもんね。」
 何とも愉しいやりとりをさせていただいた訳だが、この議論は「若年層選手がいかほど『駆け引き』を使いこなすべきなのか」と言う、古くから議論されてきた、典型的なサッカー界の酒の肴と言える。もちろん、イラク戦の歓喜や、北朝鮮戦の悔悟が、プレイしていた選手(あるいは選抜にもれながら「次回」を期している同世代の若者達を含むか)にとって、格好の経験となり、それが彼らの「駆け引き」能力を向上させる事だけは間違いない。しかし、それはそれとしても、この「駆け引き」の議論は、もっと色々な面から考察できるものだと思う。以下は、本件に関する切り口の羅列である。

 まず「駆け引き」と私は、一言で語っているが、「駆け引き」には多くの構成要素がある。たとえば、「敵を崩すためのアイデア」、「敵の意図の読みとり」、「敵を当方の意図通り動かす」など比較的王道的なものもある。一方で、「勝っている時の時間稼ぎ」さらには「審判を欺くトリック」など人によっては眉をひそめるものもあろう。これらのうち、ある程度若年層のうちに身につけておくべき事(あるいは身についていなければならない事)もあるだろうし、ある程度大人になってから学べるものもあるだろう。
 あるいは、上記でお互いが指摘しているが、個人差、それも年齢とは別の成熟度の問題もある。「駆け引き」がどの年齢で培われるのかは議論百出。そして、「駆け引き」ができるには、ある程度の知性的成熟が必要。10代半ばと言うのは、正に成長過程だから、その分野の個人差が大きかろう。しかも、この段階での知的成熟度合いが、伸び代があるのか、伸び切っているのか、と言う切り口があるのも言うまでもない。
 もちろん、「駆け引き」は教えられるのか、自然に身に付くものなのか、と言う議論もある。「『駆け引き』は遊びやストリートサッカーから生まれる」と言う説は根強いものがある。けれども、南米諸国ならばさておき、今日の欧州のトッププレイヤの多く、日本同様いわゆる「育成プログラム」育ちの選手は多いとの事だ。さらにはイニエスタやシャビのような選手の「駆け引き」が天性なのか、遊びの中で生まれたのか、バルセロナカンテラでの指導の成果なのか、議論は尽きない。
 言うまでもなく、年代別代表チームの選抜基準の問題もある。「この年齢で最もよい選手を選ぶべきなのか」あるいは「将来性のある選手を選ぶべきなのか」と言う議論だ。もっとも、後者に関しては「どうやって将来性を見抜くのか」と言う問題が継続するのだが。いや前者についても先日のユ(以下略)。それはさておき、これらは「今『駆け引き』がうまい選手が将来性があるのか」と言う議論にも発展していく。
 また「駆け引き」を発揮するために、まず技術が必要と言う要素もある。古くから言われ続けている話だが、ボール扱いを苦にしなくなれば、それだけ考える余裕ができるのは確か。だからある程度の年齢までは、ボール扱いを重視し、持ち過ぎくらいの方がよいと発言する人もいる。当然、ボールを持ち過ぎることと「駆け引き」は背反するものがある。そして、どの年齢あたりまで、持ち過ぎが許されるのか(これまた個人差もあるだろうが)、議論が分かれるのだが。
 さらには、「監督の指示を守る」のと「その時、その時の自分の判断」のバランスと言う問題もある。たとえば、この試合の後半に日本がペースを取り戻せたのは、上記した低く速く性格なトップへのパスを多用した事がある。これは明らかに、吉武監督の指示の下、全員が共通認識で戦った賜物だろう。あれだけ全員が意思統一したいやらしいボールを回しと縦グサリは非常に有効だった。しかし、贅沢な要求かもしれないが、終盤は「違う発想」をして欲しかったのだ。このあたりの「監督意向の適切な無視」については、前代表監督の方の岡田氏が南アフリカ後にさんざん自慢話をしているのだが。

 繰り返しになるが、ペレやディエゴの域に達するには「駆け引き」の10代での完成が必要なのかもしれない。けれども、こう言った「神の域」とは別な選手であれば、遠藤保仁のように30歳での完成してくれれば、との思いもある。。一方で、遠藤保仁が20代前半で、今日の「駆け引き」を身につけていたならば、歴史は変っていたのだろうとの欲目も...いや、30歳の「駆け引き」遠藤も、十二分に歴史を作ってくれたのだが。
 何にしても、上記クドクドと講釈を垂れた「駆け引き」の完成についての議論は尽きないし、永遠の酒の肴であろう。まずは、このような思考実験の機会を与えてくれた、岡田さん、吉武監督以下のスタッフの方々、そして何より早川史哉とその仲間達に多謝。そして、まずはメキシコ本大会に向けて、彼らの世代の優秀な選手の激しい切磋琢磨を期待するものである。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(10) | TrackBack(0) | 若年層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月21日

先日のユース代表の惨敗について

 先日惨敗したユース代表。残念だったし、腹も立った。また、先日も述べたように、少なくとも布監督は、日本協会の強化スタッフを辞任すべきだろう。
 もちろん、布氏が過去市立船橋高校で積み上げた実績、「高校段階で勝つ事」は最高級のものだった。一方で高校段階での勝利を目指し過ぎではないかとの批判もあったし、市立船橋の選手は「後で伸びない」との揶揄もある。しかし、こちらを見るとわかる通り、野口幸司、北嶋秀朗、小川佳純など、純然たる日本のトッププレイヤを多数輩出している訳で、代表のレギュラ選手を作れていないだけの事。そして、代表の中核選手となるには、ユース時代の指導よりは天分の要素の方が重要に思える。そうこう考えると、布氏の日本サッカーへの貢献度と実績は極めて高いものだったと評価すべきだろう。
 もっとも、今回布氏が作ろうとしたチームは、市立船橋当時の「とにかく勝つ」と言うチームとは随分と異なるものだったが。諸事情があったのだろうが、Jで活躍中のトップクラス選手招集の自粛、今なお不可解な大型CBを招集しなかった事。最終ラインの平均身長は今回のユース代表よりも、布監督当時の市立船橋の方が高かったのではないか(笑...いや、さっぱり笑えない)。
 しかし、繰り返すが重要な事は、布氏が日本協会の若年層強化スタッフから去る事だろう。先日も述べたが、あのような無様なチームを作ってしまった人が何を言っても、単独チームの関係者は冷笑するだけだろうから。もちろん、過去あれだけの実績を挙げた布氏である。いずこかの高校チームなりクラブユースチームの監督の話はあるだろう。そこで、市立船橋時代を凌駕する成績、人材育成に成功すればよいのだ。そうすれば、また協会育成スタッフとして今回やり残した仕事を目指す機会も生まれよう。

 ではユース代表の監督を誰に任せればよいか、と言うと中々難しい。もちろん、倉又氏や森山氏はよい選択肢だろうが、果たして各クラブが手放してくれるかどうか。まさか「森山って言っちゃったね」と言う訳にもいかないだろうし。また、さんざん上記した通り、布氏のユース世代の指導者としての実績は格段のものがあったのだ。その布氏の、今回の味わい深いチーム作りを見てしまうと、ユース世代での監督としての実績が十分条件ではないようにも思えてくる。
 とにかく、協会御用達ではないプロフェッショナルを、と言う声も多い。それにも基本的に賛同するが、典型的協会御用達コーチだった田中孝司氏や山本昌邦氏が、ワールドユースでそこそこの成績を収めた事もある(2人とも、爾後Jの監督に就任し、お世辞にも成功したとは言えない成績だったが)。また、まだ10代の若者のチームをまとめる仕事と、トッププロの指導の仕事は随分と性格が異なるのも間違いない。そのような状況で、10代の代表チームをうまく強化できるプロフェッショナルをどのように探すのか課題は多い。
 優秀な外国人監督の招聘を推す声も多いが、この世代の指導に外国人監督が果たして適切かも議論が分かれる。フィリップと言う大成功例はあるものの、あれは日本代表監督として「未来へのつながり」が明確だったゆえの成功と言う見方もできる。たとえば、「今の若年総代表チームをフィリップに任せる!」と日本協会が言い出したとすれば、「おいおい」と止める人も多かろう。まして、新外国人監督には、日本の学校制度、高等学校卒業年に合わせてJクラブも選手を輪切りにするなどの日本独特のJリーグ制度、さらにJ1、J2、JFL、大学リーグ、その他地域リーグなどへの選手分散の理屈、そう言った日本独特の事情をある程度理解してもらう必要ある。これはこれで、相当エネルギーが必要そうに思えるではないか。
 誤解しないで欲しいが、上記理由から「現状維持がよい」などと言う気は毛頭ない。私だって、もう布氏の顔をとうぶん見たくないし、「協会御用達コーチがよい」などとの思いはない。ただ、「誰に何をどのような立場で頼むと成功する」と言った、簡単な議論では片付かない事を述べたかっただけなのだ。

 しかしだ。
 あの悔しい敗戦が日本サッカー界を絶望の淵に落とすものだろうか。むしろ、ユース代表なのだから、代表入りを目指せるであろう何人かが「高い個人能力」を存分に発揮して、よい経験を積んでくれれば、それで十分ではないのか。そして、あの韓国選手は、そう言った一部の選手が「圧倒的な個」を発揮したのも確かなのだ(ただし、そうは言っても2回連続のワールドユース失敗は堪え難いものがあるのだが)。
 先日の試合で、終盤の永井のシュートがバーを叩いた場面。試合映像は見られなくとも各種のニュース映像で見た方が多いと思う。あの場面、日本は宇佐美と永井の即興で約5名いた韓国守備網を完全に右に寄せる事に成功、さらに永井は永井でボールを受けた後見事な加速で敵DFを振り切るのに成功した。同様に、序盤の指宿の2得点も同様に見事だった。大柄な指宿にもかかわらず、瞬間的な柔軟性と技巧を発揮してくれたのだ。これだけ前線のタレントがそろっていたのだ。負けたのは悔しくて仕方がないが、若年層育成はうまく進んでいると考えるべきではないか。

 今回のユースの敗戦は、日本協会が作ったユース代表チームの敗戦であり、日本サッカー界の若年層強化の敗戦でない。あるいは、前後して行われたA代表の颯爽とした戦い振りや南アフリカでの成功は、日本サッカーの育成の成果であって、日本協会の育成の成果ではない。我々はここを絶対に間違わないようにしなければならない。
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2010年01月02日

東北高校苦杯

 高校選手権。今年は事情で帰省しなかったので、久々に生観戦できた。幸いな事に東北高校の2回戦が、自転車で行ける平塚競技場。宮城県のトップレベルのユースチームを見る事ができたのは久しぶりだったので、得難い機会となった。よりによって、対戦相手は隣県福島の尚志高校、東北勢同士の対戦となった。

 驚いたのは東北の戦い方。
 最前線は小柄だが瞬発力にすぐれるドリブラ千葉、後方に2シャドー主将の峰岸(1回戦でも2得点、左足の精度が抜群と言う)と柏崎は技巧と判断に優れる。1トップ2シャドーは、日本強会御用達の指導者が好むもののあまり機能しないやり方として定評のあるところだが、東北のそれは見事に機能している。しかも、過去の成功例の多くは、往時のセレッソ(西澤ー森島、古橋)のように、「前進できるポストプレイヤ」を使うのが常道。ところが、東北のトップ千葉はスリムで小柄、常に動き回って前向きにボールを受けてドリブルを仕掛けるタイプ。そして、峰岸からの高精度パスを千葉が受けるだけで好機を作ってしまう。その他にも球際に強くドリブルで抜け出せる選手が多く、少人数で最前線まで抜け出してしまう、まるでアルゼンチンのようなサッカーだ。正直言って、宮城県のユースクラスのチームが、このような技巧と判断で成立する攻撃をするとは思ってもいなかった。すばらしい。
 ただ、守備は感心しなかった。2ストッパが敵2トップをマンマークし、スイーパの日野を余らせた3DF。それも日野が深〜〜い位置取りをする。90年代の韓国みたいな守備スタイル。もちろん最近でも1人余らせる守備網のチームは存在する、オシム爺さんのジェフとか、ブラジルのクラブチーム(たとえばこのチーム)とか、少々古いが98年フランス大会の井原とか。これらのチームの「スイーパ」は深いラインをとらず、マーカと同じライン、あるいは前に位置取りし、中盤のこぼれ球も拾いに行く。けれども、最終ラインで人を余らせるやり方そのものは否定しないが、あそこまで深くスイーパが引いてしまうと、どうしても中盤が粗になってしまう。

 開始早々、峰岸の高精度FKから日野のヘディングで先制した東北は、その後も峰岸を起点にしたカウンタで再三好機を掴む。峰岸は、右でもボールを扱えるし、ヘッドも強く後方からのフィードを巧く受けて展開を図る。峰岸の好パスから、尚志DFの間隙を突いた千葉のシュートがポストを叩いた場面などは絶品だった。このペースを掴んでいた前半に2点差にできていればよかったのだが。
 後半、尚志は負傷していたエースの渡部を起用、中盤でドリブルの巧い平野や古庄が強引に仕掛けてくる。こうなると深いラインを引いている分、中盤で劣勢になり最終ラインが脅かされ、さらにラインが深くなる悪循環に陥る。同点弾は右サイドバック田中の精度高いアーリークロスに渡部が飛び込み(マーカが振り切られ)ニアサイドでヘッドで決められたもの。ここでも、深すぎるラインによりチェックが甘くなっていた。このあたり、尚志の仲村監督の策が当たった感があった(仲村氏は、バルセロナ五輪代表候補選手、1次予選ホームのインドネシア戦、澤登、藤田と中盤を組み、精度の高いロングパスで中盤を作り将来を嘱望されたタレントだった。Jリーグを目指したものの、解散を余儀なくされた福島FCでプレイしていた)。その後は双方攻め合うが詰め切れずPK戦に、主将のGK菅野が2本止めた尚志の勝利となった。

 おそらく手の内を知っている同士の戦い、監督同士の駆け引きに関しては、一見の私にはわからないものがあったのかもしれない。ただ、宮城県サッカー出身者としては、アルゼンチンばりの攻撃タレントを抱えていただけに、あのサッカーを上位に進出して全国に見せたかった想いがあるので残念と言う事だ。
 ただ、峰岸、日野を含め、東北にはベガルタJY出身選手が相当数おり、ベガルタを軸にした宮城県の若年層のサッカーの質が相当上がっている事は実感できた。さらに、東北勢同士が全国の場で、技術に優れた選手を多数所有し、堂々たる勝負を演じるのを見る事もできた。そう考えると、実に満足できる試合だった。元日のガンバの華麗な攻撃に続き、このようなサッカーを見る事ができて、新年早々景気がいい。うん、満足。
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2009年12月25日

倉又寿雄対森山佳郎

 このままでよいのかどうなのか、幾多の議論はあるものの、明後日はクラブユースの最高峰を決める決勝戦が行われる。育成年代で相応の成果を挙げているFC東京対サンフレッチェ、非常に興味深い戦いとなる事だろう。両軍の若者の奮闘を期待したい。
 で、今日のお題は、その本質とは全く関係なく、双方の監督が「典型的なファイタータイプ」のサイドバックだった事について。

 倉又寿雄が所属していた日本鋼管(NKK)は、70年代までは、JSLにおいては必ずしも強豪とは言えなかった。しかし、81ー82年シーズンには大ベテランの藤島信雄を軸に、冷静に中盤後方を固める田中孝司や巨漢CF松浦敏夫らを擁し、天皇杯を制覇したあたりから、次第にJSLでも上位を伺う存在となる。倉又は当時から「闘えるサイドバック」として、チームの中軸を担っていた。そして、80年代半ばから、強烈な左足シュートを持つ藤代信世、中盤で才気あふれる組み立てができる及川浩二などの前線のタレントが登場、後方は代表でも活躍したGK松井清隆、CB中本邦治と言った超一級品の守備者がそろい、JSLでも上位に進出するようになった。その頃には倉又は、主将としてチームを引き締める存在となっていた。
 必ずしも体躯に恵まれなかったものの、典型的なファイタータイプのサイドバックだった倉又だが、一方で非常に知的な守備を見せ、チームに貢献。日本のトップレベルのチームで最初に3DFの守備ラインを作り上げたのは当時のNKKだったが、その守備ライン構築に倉又の献身的で巧みな位置取りは、非常に重要な存在として機能した。私は倉又のファイトあふれる、そして知的なプレイを見るのが大好きだった。
 所属していたNKKが本格的なサッカー強化を取りやめた直後から、倉又氏はFC東京のコーチングスタッフに加わり、多くの経歴を大熊、原と言ったコーチの補佐に費やして来た。一時トップチームが苦戦した際にトップの監督を務めた事もあるが、その後は若年層の指導に専念。典型的な「育てる指導者」として経歴を積んで来たプロ中のプロである。

 森山佳郎はJ黎明期のサンフレッチェのサイドバック。ファルカン氏時代には代表のレギュラにも抜擢された。筑波大時代は井原正巳や中山雅史の同級生。井原が「森山は成績で大学に入って来たから...代表で一緒にやれるとは...本当に嬉しい...」と語った存在だった。サンフレッチェに加入した以降の森山はいわゆる「吠える」プレイヤ。好プレイを見せた試合後のインタビューでの「吠え方」は愉しかったな。
 当時の監督バクスター氏が、「森山が代表に呼ばれた」と聞いて、「森保の間違いだろう」と言い返したのは秘密だ(おお、森保ジュニアが森山配下で闘うのだな)。もちろん、森保一、風間八宏、高木琢也、盧廷潤、ハーシェクらがすばらしかった当時のサンフレッチェの想い出と共にだが。
 森山のプレイで何が見ていて気持ちよかったかと言うと、一歩目の前進意欲。「ボールが奪える」と決心した際の猟犬のような飛び出しの良さが絶品だった。その飛び出しが外れる事が滅多になかったのが、魅力だった。
 バクスター氏がチームを離れた以降は出場機会が減り、いくつかのクラブを転々として引退。そこで、将来の指導者としてあの今西和男氏に誘われサンフレッチェに復帰し、以降若年層の指導に携わって来た。サンフレッチェユースでの実績は今さら繰り返す必要もなかろう。

 執拗にこの2人を並列して論じたかった事を理解いただけただろうか。この2人は知的だったのだ。ファイターだったのだ。そのような共通の印象を持たせてくれた、「見て愉しい」サイドバックが指導者となった。そして、多くの実績を重ねて来た。
 愉しみな対決である。もちろん、勝負は明後日では決まらない。15年後くらいに、この2人のすばらしいサイドバックの指導者としての成果の勝負を語る事を愉しみにしたい。
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2009年02月07日

「個」と言う単語の使い方

 昨年末に10大ニュースをまとめた。複数の友人から、そのうちの
3.ワールドユース出場失敗
 大変残念。しかし、ここまでの連続出場そのものが見事だったのであり、負けた事は仕方がない。ワールドカップ予選に負けた訳でもないのだし。重要な事はいかに反省し次に備えるかであろう。
 心配なのは、日本協会の強化筋から「強烈な反省」が聞こえてこない事。たまたま昨日の読売新聞に布氏の発言が掲載されていた(高校サッカー展望を兼ねて)が、相変わらず「日本は個が弱い」と言う抽象的内容。だいたい、A代表を見ていても、他のアジア諸国に中澤、遠藤、中村俊輔より「個」が優れた選手には、ほとんどお目にかかれないのだが、具体的に「日本選手の何が『個』で劣っているのか」語ってくれないものか。
について、「『個』の議論について、もう少し詳しく語れ」と突っ込まれた。今日はそのあたりの講釈を。
 以降は布氏に対するイヤミの羅列になる。ただし誤解されては困るが、私は布氏を尊敬しているし、過去の業績は素晴らしいものがあると評価しているし、今後も氏は日本サッカー強化に相当な貢献をしてくれると予想し期待している。ただ、新聞の小さなインタビューだが、日本の若年層指導のトップの発言が、「個」と言う単語を不適切に用い誤解を招きかねない事への危惧からのイヤミと理解していただきたい。
 まず布氏が語った原本は、こちら。さらに「個」を語ったところをそっくりと引用させていただく。
 ――11月のU―19(19歳以下)アジア選手権で、日本はU―20W杯の出場権を8大会ぶりに逃した
 これまでもギリギリの戦いだったが、敗退で日本全体が抱える課題が明らかになった。組織力を長所としてきたが、北朝鮮、韓国、中国などは同等の組織力がある。中堅も確実にレベルアップした。もう組織力は日本の強みではない。
 これからは「個」を伸ばさないと対抗できない。ボールを持った「オン」の動き、「オフ」の両方が必要。「利き足は上手でも、逆の足は駄目」「攻撃は好きでも守備はできない」など片面だけでは通用しない。
 ――「個」を伸ばすために必要な試みとは
 小学生年代からの積み上げだ。小学生で身のこなしと技術、中学年代でボールを使いながらの持久力。高校年代では技術のスピードや質を磨く。特にスピードの爆発力を高めることが大切だ。地域を巻き込んで中学年代から一貫指導することもテーマになる。

 「『個』が劣る」事について、上記の布氏の発言を素直に理解するのは難しい。文章をそのまま読むと
(1)日本は元々北朝鮮、中国、韓国より元々「個」が劣っていた。
(2)しかし、「組織力」でそれをカバーしていた。
(3)上記3国は、「組織力」が向上し日本に追いついたから、日本は負けた
と言わんばかりの論理攻勢である。
 大体韓国と言う日本、豪州、サウジ、イランらと並ぶアジア最強国と、中国、北朝鮮を同列に議論している乱暴さが無茶苦茶だ。両国とも、アジアのトップとはとてもではないが言えない国だ。韓国人の方がこれを読んだら「失礼な」と激怒するか、「しめしめ日本の若年層指導者はサッカーを理解していないな」と思う事だろう。
 実際、中国、北朝鮮と比べ、選手の「個人能力」で劣った試合など、少なくとも私はいずれの年齢層でもここ15年間見た事がない。もちろん、両国の選手が(特に若年層の大会で)肉体能力面で日本の選手よりも優れていた事はある(それでも、判断力や技巧では常に当方が圧倒していた)。さらに、大人になり当方の選手がフィジカルでも負けなくなると、両国を圧倒するのが常だった(ただし最近北朝鮮は、在日挑戦人選手を含め判断のよいタレントが結構出てきており苦戦をする事例はあるが)。
 さらに言えば今回敗北したユースチームは、ワールドジュニアユースに出場した年代であり、当時の予選、本戦での奮闘振りを見る限り、その時点で格段に「個人能力」が劣っていたとは思えない。
 あくまでも想像だが、布氏は、「個」と言う単語を「肉体能力(フィジカル面)」と「欠点の無さ」と言う意味で使っているのではないか。これならば、氏の話は非常に論理的に理解できる。つまり「アジアの若年層の大会で、従来フィジカル面で劣勢だったが、組織力で他国を圧する事ができた。他国がその面で追いついてきたから負けた。」「その対策のためには、できるだけ多くの選手を一環指導で育成し、早い段階で肉体的にも他国に負けず、欠点の少ない選手を育成すべき。」と言いたいのではないか。これならば、理屈が通った分析になる(それが的を射ているかどうかにも異論はあるが、それは今日の本題ではない)。ね、そうですよね、布さん、某国のように、「でかくて足が速くて、ボールではなくて相手を蹴る選手」を理想にしている訳ではないですよね。

 しかし、一般の日本人にとって「個」とはそのような意味で使われる単語だろうか。私にはそうは思えない。一般的にはサッカー選手としての「個人能力」、具体的には技巧や判断力などを含めた総合能力(もちろん「肉体能力」も「欠点の無さ」も含まれるだろうが)を指すのではないか。さらには、他の選手より秀でた特長と言う意味が加わるだろうか。たとえば、「マンチェスター・ユナイテッドの選手とガンバの選手では『個』に差があった」ならばしっくりくるけれども。影響力の大きい人だけに、言葉の選択には慎重になって欲しい。
 いや、サッカーで薀蓄を垂れる私のような野次馬も、言葉の選択には神経を使うべきだな、自戒として。

 もっとも、布氏は「個」と言う単語を特殊に用いているだけでまだ罪は少ないように思う。氏の上司は別な大会の総括で、おそらく私と同じ意味で「個」と言う単語を用いていた。このような分析にもなっていない言い訳は見苦しいだけだが。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(8) | TrackBack(0) | 若年層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月15日

クラブユースと高等学校

(追記 2009年1月19日)
 多数のコメントありがとうございます。
 コメント欄でmasuda氏が指摘されたように、私に事実誤認がありました。プリンスリーグ、高円宮杯では高等学校の生徒でなくても出場できますね。
 反論を読ませていただいても、私の意見は変わりません。詳細については別に述べようと思いますので、しばしお待ち下さい。

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 高校選手権が行われる季節になると、毎年クラブチーム(特にJクラブユース)と高等学校の強化面での比較が議論される事になる。どちらが強い、どちらが強化に適切か、過去に比べてレベルが低い、将来性を考えると云々等々。まあ、若年層の大会と言うものは「その時点での完成」とは異なった函数で評価されるべき部分もあるから、色々な議論が可能。これらの議論は、直接強化を担当されている日本協会関係者にはとても重要だろうし、我々野次馬にも格好の酒の肴。肴をしゃぶりながら、大迫や中西のこれからを愉しみに思うのは悪くない。
 考えてみれば、3年前にも2年前にも似たような講釈を垂れたのだが、今年風の武藤版肴のしゃぶり方を。

 ここ数年のJクラブユースが絡む大会、高円宮杯、Jユースカップなど、の充実振りは大したものだと思う。大会への注目も高まっているし、権威も上がってきた。ただし、これら一連の大会でJクラブユースが活躍すればするほど、疑問も覚えてくるのだ。「これじゃあ、高等学校の大会と同じじゃないか」と。何故ならば、両者とも、学齢で高校3年生までの選手同士が試合をしているからだ。
 もちろん、Jクラブユースには高等学校にないメリットがある。それは飛び級だ。最近ではガンバの宇佐美が話題になっているが、過去も山口、稲本、市川、阿部ら多くの選手が高校在籍時にJデビューしているし、森本に至っては中学生時点でデビューしている。これは学校チームでは不可能な事で、鹿児島育英館中学校の選手は鹿児島城西高校の公式戦に出られないし、流経大柏高校の選手は流通経済大学の公式戦には出られない。これはJクラブユースの大きなメリットだ。そして、この「飛び級」を含め日本のトップクラブ、日本いや世界のトップを目指そうとする優秀な素材がこちらを選択する大きな理由の1つになっているのだろう。
 しかし、サッカー的に見れば、飛び級以外には学齢の上限が同じなので、高等学校のチームとJクラブユースと決定的に違いはない。Jクラブユース選手にしても、残念ながら「飛び級」の機会に恵まれる選手は限られており、多くの選手は同年代との試合に終始するのだし。

 と考えれば、「高等学校だけの大会」、「クラブだけの大会」が分離されている事そのものがもったいないではないか。高校選手権のように、これだけ盛大に行われる(投資もされている)壮大なトーナメント戦にクラブチームが参加できないのは、やはりサッカー的見地からは見世物としても強化の件からも面白くない。比較的近い次期にクラブチーム独自の大会が行われている訳だが、(あくまでもサッカー的な見地からは)「一緒にやればいいじゃないか」と言いたくなる。「双方が戦う大会はプリンスリーグや高円宮がある」ではなく「双方が戦う大会はプリンスリーグや高円宮しかない」と考えるのが、サッカー的発想と言うものだ。
 もし、「分離した大会があった方がいい」と「サッカーの都合」での反論があれば聞かせて欲しい。誤解されては困るが「高等学校の方が強化、育成の方が適切」とか「色々な強化手段があるべき」が反論にならないのは言うまでもない。多様な強化ルートがある方がよいに決まっているが、切磋琢磨の機会は統合されるべきと言っているのだ。高等学校、Jクラブユース、さらには一般のクラブまでが混在した大会は、テレビ局が相互対立を煽るにも格好ではないか。
 たとえば、J1がいる都道府県から複数チーム出られる事にでもして64チーム出場。ついでにグループリーグ方式にして、優勝まで最高8試合消化と言う大会にしても、冬休み直後から始めれば何とかなりそうではないか。

 と考えていたら、もっと違う事を考え付いたのでそれは後日。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(22) | TrackBack(1) | 若年層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月12日

大迫勇也への期待

 実は新年早々、本業都合で隣のサッカー弱小国に滞在しており、この週末に帰国した次第。結果的に高校選手権は、序盤の幾試合をと今日の決勝をTV観戦したのみとなった。
 で、決勝戦。大迫勇也は、なるほど中々のストライカ振り。先制点、ペナルティエリアの中であれだけの敵DFに囲まれて、細かく修正を繰り返してシュートに持ち込んでしまった。何と言うボディバランスだろうか。2点目では、大迫がボールを持つだけで、位置取りのバランスのよい広島皆実の守備がズレてしまった。ここまでの試合の得点振りを含め、とにかくペナルティエリア近くで前を向くだけで、大変な脅威となる。これは「逸材」と呼んで間違いないだろう
 しかし言い換えれば、守る方としては「大迫がペナルティエリア近くで前を向く」状況を作らなければよい事になる。皆実は3点目で突き放した以降、見事な組織守備でこれに成功した。これ以降、大迫が低いボールをしっかり収める事ができた場面は、左サイドからドリブルシュートを狙いGKに候補された1回だけだった。終盤、うまくつなげなくなった鹿児島城西の後方の選手達は、皆実の注文にはまりロングボールを蹴り続け、大迫に的確なボールを提供できずタイムアップを迎えた。
 皆実の試合は、1回戦の帝京戦を見た。(少々厳し過ぎる判定に思えたが)前半にDF崎原が退場になりながらも、整然とした組織守備とカウンタアタックを見せPK戦で振り切った試合だ。その後も、僅か1失点で決勝まで進出した皆実だが、いかにも高校選手権で上位に残るチームらしい組織守備がいいチームだった。他のチームがやろうとしてできなかった「大迫によい体勢で持たせない」事に、ほとんど成功したのだから、日本一の資格は十分と言えるだろう。
 一方で、ここまで猛威を振るい、見事なボディバランスを見せた大迫への期待は大きい。現状のレベルではボディバランスの良さで持ち出せてしまうが、より厳しいJの守備者を相手にした際に、自分の得意なシュートポイントにボールを止める事ができるかどうかが鍵になると思う。愉しみな逸材だ。

 サポティスタ経由で発見したのだが、高校選手権の得点王があまり大成していないと言う論評がある。平成になって以降20年間の大会の得点王をリストにしてくれたものだ。これは中々面白い視点だと思う。過去を振り返り個人的にも、西田、吉原、北嶋、林、大久保、そして平山には、結構な期待をした事を思い出した。いや、昨年の大前も忘れ難いタレントだ。彼らの「的中率」が高いのか、低いのかは何とも言い難い。大久保まで行けば、多くの方が合格点をつけるだろうが(この男には別な意味での不満山積なのだが、とにかくドイツで頑張れ、期待してるぞ)、吉原や林の実績をどう評価するかは微妙なところかもしれない。
 ただ、代表に完全に定着するレベルの選手は、せいぜい1学年で数人と言う事を考えると、こんなものではないかと言う気もしてくる。だいたいトーナメントの全国選手権で得点王になるためには、本人の実力と運に加え、チームメートにも、(監督を含めた指導陣にも)恵まれる必要もある。ただでさえ、代表に定着するストライカが少ないのが悩みの我が国にあって、1年間に数人の「本当の逸材」が、前線のポジションの選手で、トーナメント方式の大会の得点王まで取ってしまう確率は低くてもおかしくはなかろう。このようなトーナメントの連戦では、必ずしも「抜群の素質の選手」を抱えているチームが勝ち抜くとは限らないのだし。
 ただし、将来大成し代表に定着したようなストライカは、得点王に至らずとも高校時代から高名だった事例は多いのも確か。釜本、松永、永井、碓井、水沼、武田、中山、柳沢あたりは、高校選手権でも「スーパー」だった。また、奥寺、柱谷兄、福田、高木、西澤、高原、玉田、田中達也のようにそれなりにユース時代に知られながらも選手権運に恵まれなかったタレント、一方で松浦、原、鈴木、久保、巻のようにユース時点ではほとんど目立たなかったタレントもいる。言い換えれば、この時点では「何もわからない」のだ(戸塚、カズ、寿人のように「選手権とは別ルート」を歩んだタレントもいる、これらの「別ルート」のタレント数が多いか少ないかは別な議論として)。
 とは言え、上記の高校選手権で「スーパー」だったタレント達を見れば、私はやはり大迫には期待したくなる。優秀なストライカの素材ならば、高校選手権でボカスカ点を取って悪い事はないのだ。

 むしろ、「大迫大丈夫か」議論は、
(1)テレビ局をはじめとするマスコミがキンキンと過剰に大騒ぎする事
(2)誰もが「これはイケル!」と期待した平山の伸び悩み
(3)クラブユースなどとの比較から、高校選手権そのもの地盤低下
などが錯綜しているのかもしれない。それぞれは、個別に議論すべき事だと思うので、別途機会を見て。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(3) | TrackBack(5) | 若年層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月27日

不愉快の弁を繰り返す

 さすがにいくら激怒していても、酒を飲んで、寝て、シゴトをして、寒い中閑散とした競技場で意味不明の試合(よい試合だったけれど)を観れば、少しは落ち着こうと言うもの。改めて、あの思い出しくもない無様な試合を反芻してみたい(何か矛盾している日本語だな)。

 試合直後に激怒したが、直接的な敗因は川口と阿部のミスである。どのような選手にもミスはある。ジョホールバルでは井原のトラップミスから同点に追いつかれた。試合の重要さでは、格段にジョホールバルの方が上だった。しかし、昨日の川口と阿部には腹が立つが、当時井原には腹が立たなかった。否定しないが、私は井原が大好きだった。けれど、川口も阿部も十分好きな選手のはずだ、井原ほどじゃあないけれど。そうなると、この温度差は好みの深さの違いだろうか。
 ただし、ちょっと違う印象もあるのだ。過去、幾度川口のおバカに悩まされた事か。上記のジョホールバル、2失点とも川口の責任は小さくなかった。ドイツ予選の埼玉北朝鮮戦の失点も川口の「決めつけ」による失点だった。そして、ドイツでの豪州戦...しかし、それらの川口おバカは「何か許せる」思いがあった。しかし、昨日のおバカを許せない自分がいるのだ。
 おそらく、昨日のチーム全体のぬるい雰囲気がどうにも嫌なのだからだと思う。
 
 と言う事で間接的敗因に移ろう。

 序盤はむしろ日本ペース。啓太や憲剛が中盤で再三インタセプトに成功し、速攻を仕掛ける。また、阿部と今野の出足もよく、敵攻撃陣にシゴトをさせない。サイドで再三数的優位を作り、駒野と安田の両翼からよい攻め込みを見せる。バーレーンの中央が強いため、簡単には崩せないが、悪くない立ち上がりだった。
 ところが前半半ばくらいか。A・フバイルの執拗なキープに今野が我慢できずファウルで止めた場面があった。A・フバイルは典型的な天才肌のストライカで、「ここまで粘ってくるとは」と驚いた場面だった。一方で今野は我々が誇る知的労働者。敵の天才に、当方の知的労働者が根負けするのは、非常にイヤな予感がした。
 そして、そのFKあたりからバーレーンペースに移る。全員が執拗なフォアチェック。思わず日本は余裕のない縦パスで逃げる。溜めも仕掛けもないロングボールばかりでは、いくら巻でも勝てない。簡単に跳ね返され、2トップにつながれ、またファウルで止める。と、悪循環が継続した。
 ここでの問題はやはり憲剛である。押し込まれてバタバタしている時こそ、中盤の将軍はチームを落ち着けなければならない。しかし、遠藤と言うパートナ不在(たしかにJ開幕後の調子は最悪と言っても過言ではない程だったので、思い切って外したのだろう)、部下の知的労働者達は余裕なし、と言う状況では憲剛も落ち着かないプレイを重ねるばかりだった。
 だからと言って、各選手がああも注文相撲にはまって蹴りあいをするのはいかがなものか。遠藤がいないと、自律判断で展開できる選手はいないのかと言う酷い惨状だった。
 また(ミラン・マチャラ氏の指示だと思うが)、DFなり後方の選手が強引にドリブルで前進しミドルシュートを狙ってくるのは、嫌らしかった。たしかに、日本のDFは瞬発力の差を恐れるあまり、ディレイし過ぎて敵に切れ込まれる傾向がある。言い換えれば、全員のフォアチェックと後方の選手のドリブルシュート、この2つのみがマチャラ氏が仕掛けた策だったのだ。
 もっとも、前半に敵の体力に任せたプレスに苦戦するのは、アジアのチームに対してはよくある話。後半になるとすっかり敵が消耗し、日本ペースでの試合となるのは、過去いくらでも経験している。思わしくなかった前半を0−0で終えたのは、ある意味では日本の計算通りとも言えなくもなかった。

 しかし、後半立ち上がりにバーレーンの猛攻を食らう。相当無理な走りをしているバーレーンが、この時間帯仕掛けてくるは明確なのだが、その注文相撲に安易にはまるのが相当不愉快だった。たまらず、岡田氏は遠藤を起用。そのあたりから、バーレーン選手の疲労も顕著になり、以降は敵に好機を与える機会はほとんどなくなった。
 予想通り後半半ば以降は、バーレーン選手の疲労は顕著に。敵に次々と足がつる選手が出始め、いよいよ日本ペースになる展開になった。しかし、敵の攻撃が完全に停滞してしまったこの時間帯、日本もそれに合わせたかのように、停滞してしまった。後半半ばまでの展開も残念だったが、この時間帯の仕掛けの停滞には本当に失望した。
 そして、運命の失点場面へ。取られた時間帯が最悪だった。もっと早い時間帯だったら、まだ逆襲の時間が残されていたのだが。

 前半にズルズルと敵ペースに持ち込まれたのは、選手全体の能力不足と言う事だろうか。不振の遠藤不在が、それを際立たせてしまった。
 そして遠藤投入以降の、敵疲労状況にも関わらずのグダグダ。上記したこの日の間接的敗因。これは前半の不出来とは質が違う。想像だが、バーレーンの選手達の疲労が顕著になり、悩んでいたフォアチェックがなくなってきた時に、「よし、これで勝てる」と安易に思ってしまったのではないか。そして、「戦う気持ち」もそのままどこかに忘れてしまったようだった。

 結論から言えば、岡田氏のチーム全体のコントロールが、巧くいかなかったと言う試合だった。もしかしたら、あの無様な失点をした瞬間に、岡田氏を含めた選手達は目を覚ましたのかもしれない。6月の4連戦は厳しい日程にはなるが、それはいずれの国も同じ事。重要な事は今回の反省を活かした次への準備だろう。そう思わなければやりきれないと言う事もあるが、「おお、ようやくワールドカップ予選だ」と高揚する気持ちもある事も確か。 
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(20) | TrackBack(0) | 若年層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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